2017年06月
2017年06月30日
梅雨時のご近所ドライブ
北陸高速道米山インターから1分
日本海の絶景が楽しめる酒屋「酒の新茶屋」へ
梅雨らしい霧雨&時折小雨の中
新潟からの知人を案内してご近所ドライブでした。
まずは柏崎市と上越市の境あたり
柏崎市小清水にある国重要文化財のある「大泉寺」へ
梅雨時の主役・アジサイが綺麗です。
大泉寺の開基は今から1300年以上も前
茅葺の観音堂は江戸時代、今から460近く前に改築
このお堂には、日本最大の萩の樹の柱が使われています。
霧の大泉寺、こうしてみると幽玄です。
境内にある西国33観音めぐり
海岸から標高200mにある観音堂は
越後の名将・上杉謙信、上杉景勝らの信仰も集めた
由緒あり観音堂です。
堂内の案内に改めて歴史のすごさを実感。
この滝は上輪集落のはずれにある「白糸の滝」
目の前はすぐ海岸。
昔、修験者が滝行をしたといわれる
笠島海岸を行く。
海の底まで透き通る。
今回の超おすすめポイント。
笠島5号トンネル。明治32年に信越本線開通の時の単線のトンネル跡
トンネル内は電気がないので暗い
出口の灯りが頼り
このトンネルは昭和40年代鉄道が複線化されるまで使われていました。
そういえば、息子がこのトンネルで小学生の夏休みに一晩キャンプに使ったことを
思い出しました。
トンネルを抜けると東洋一の層内褶曲地層「牛が首」
東洋一というのに地元でも知る人は少ない。
海辺は大きな石(岩?)がゴロゴロ
独特な海岸風景です。
遊歩道とありますが
今は面影もありません。参考までに
トンネル出口。向かって左側に牛が首の
層内褶曲があるのですが
残念ながら画像の真ん中に廃墟と化した
トイレがあるのでご紹介できません。
とても残念です。
市内大久保で明治時代に焼かれたという煉瓦
手作り感が貯まりませんね。
笠島海岸に瀟洒な海の家(?)新築
ヤシの樹の植え付け作業中でした。
笠島海岸 弁天岩
浜辺に咲いた浜昼顔
青海川海岸に来て谷根川にかかる
前ノ浜橋
ちょうど越乃syu*kura号青海川駅停車中
いつも反対から見ている
恋人岬から我が家を見る。
恋人岬の弁天岩
恋人岬駐車場から遊歩道があります。
少し山道ですが少し行くと絶景が!
遊歩道案内板
我が家からは見えない
岬の裏側。景勝・だるま岩
晴れていると柏崎市街方面の海岸が一望です。
ぎおん海の大花火をここから見ると
遠くですがそれなりに風情が・・
我が家(酒の新茶屋)周辺は海と、山の入り混じった
素晴らしい景色が楽しめます。
お近くにおいでのおりにはぜひ!
当店で案内マップご用意しています。
お気軽にお立ち寄りくださいね。
新潟の地酒のことなら
酒の新茶屋
酒の新茶屋女将と笑売仲間の
福島の酒屋さん!
小さな酒屋 きしなみ酒店さんも宜しくね!
女将さんのブログこちらもご覧くださいね。
酒の新茶屋を3倍楽しめます!
酒の新茶屋の周辺ガイドページ
日本海の絶景が楽しめる酒屋「酒の新茶屋」へ
梅雨らしい霧雨&時折小雨の中
新潟からの知人を案内してご近所ドライブでした。
まずは柏崎市と上越市の境あたり
柏崎市小清水にある国重要文化財のある「大泉寺」へ
梅雨時の主役・アジサイが綺麗です。
大泉寺の開基は今から1300年以上も前
茅葺の観音堂は江戸時代、今から460近く前に改築
このお堂には、日本最大の萩の樹の柱が使われています。
霧の大泉寺、こうしてみると幽玄です。
境内にある西国33観音めぐり
海岸から標高200mにある観音堂は
越後の名将・上杉謙信、上杉景勝らの信仰も集めた
由緒あり観音堂です。
堂内の案内に改めて歴史のすごさを実感。
この滝は上輪集落のはずれにある「白糸の滝」
目の前はすぐ海岸。
昔、修験者が滝行をしたといわれる
笠島海岸を行く。
海の底まで透き通る。
今回の超おすすめポイント。
笠島5号トンネル。明治32年に信越本線開通の時の単線のトンネル跡
トンネル内は電気がないので暗い
出口の灯りが頼り
このトンネルは昭和40年代鉄道が複線化されるまで使われていました。
そういえば、息子がこのトンネルで小学生の夏休みに一晩キャンプに使ったことを
思い出しました。
トンネルを抜けると東洋一の層内褶曲地層「牛が首」
東洋一というのに地元でも知る人は少ない。
海辺は大きな石(岩?)がゴロゴロ
独特な海岸風景です。
遊歩道とありますが
今は面影もありません。参考までに
トンネル出口。向かって左側に牛が首の
層内褶曲があるのですが
残念ながら画像の真ん中に廃墟と化した
トイレがあるのでご紹介できません。
とても残念です。
市内大久保で明治時代に焼かれたという煉瓦
手作り感が貯まりませんね。
笠島海岸に瀟洒な海の家(?)新築
ヤシの樹の植え付け作業中でした。
笠島海岸 弁天岩
浜辺に咲いた浜昼顔
青海川海岸に来て谷根川にかかる
前ノ浜橋
ちょうど越乃syu*kura号青海川駅停車中
いつも反対から見ている
恋人岬から我が家を見る。
恋人岬の弁天岩
恋人岬駐車場から遊歩道があります。
少し山道ですが少し行くと絶景が!
遊歩道案内板
我が家からは見えない
岬の裏側。景勝・だるま岩
晴れていると柏崎市街方面の海岸が一望です。
ぎおん海の大花火をここから見ると
遠くですがそれなりに風情が・・
我が家(酒の新茶屋)周辺は海と、山の入り混じった
素晴らしい景色が楽しめます。
お近くにおいでのおりにはぜひ!
当店で案内マップご用意しています。
お気軽にお立ち寄りくださいね。
新潟の地酒のことなら
酒の新茶屋
酒の新茶屋女将と笑売仲間の
福島の酒屋さん!
小さな酒屋 きしなみ酒店さんも宜しくね!
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酒の新茶屋を3倍楽しめます!
酒の新茶屋の周辺ガイドページ
shincyaya_bor at 17:32|Permalink│Comments(0)│
2017年06月14日
天領・出雲崎にて(北国街道の手をつなぐ会総会)
北陸高速道米山インターから1分
日本海の絶景が楽しめる酒屋「酒の新茶屋」へ

歴史の北国街道を研究する会
「北国街道の手をつなぐ会」の総会会場は
毎年長野県と新潟県と交代で開催されますますが
今年は「良寛さん」の故郷、新潟県出雲崎町
道の駅「天領の里」での開催です。

総会は、会長・金子潤次氏(妙高市)の開会あいさつから

総会終了後、地元副会長・三輪正氏による講義
演題は「出雲崎宿の御金蔵について」
江戸時代隆盛を極めた出雲崎町の
繁栄を忍ばせる興味深い資料の数々に思わず引き込まれました。

総会と講義の後は会場にある「レストラン陣屋」にて昼食
本来なら海の幸といきたいところですが
今日は肉が食べたく、トンカツ定食でした。
波打ち際に遊ぶ鴎に癒されながらの昼食でした。

その前に、天領の里の「時代館」を見学

そして館内には400年の歴史にタイムスリップの街並みが

出雲崎の繁栄を支えた、北前船は迫力満点!

そしていよいよ街道ウォーク


地元ボランティアガイドの渡辺さんに案内していただきます。

出雲崎の町はとにかく寺院が多い
最盛期にはこの小さな町に
ナント!2万人が住んでいたそうです。
海岸に平行に長く続いた街道沿いの町並みの上に
一体どのくらいのお寺があるのでしょうか?
「良寛和尚」が剃髪したという光照寺への階段です。

階段を昇り切ると
そこからは日本海と妻入り屋根の
独特な風景が見渡せます。

そこにあった「孝婦ゆりの碑」
江戸時代親孝行を讃えて幕府が全国に広めた「孝行な嫁」の記念碑だそうです。

「さどおけさ発祥の地」のいわれの書かれています。
ここでガイドさんが「出雲崎おけさ」を一節歌ってくれました。
私の大好きな民謡のひとつです。

このお寺も階段。とにかくどのお寺へも階段を昇ることになります。

「良寛さんと筍」の逸話をご存知ですか?
こちらの民家も大きく伸びた樹木のために
ブロック塀をこんな風にしていました。さすが!良寛さんのおひざ元!



出雲崎の街歩きは退屈しません。
町のいたるところに歴史のエピソードが楽しめます。

今回の演題のメインテーマ「御金蔵」があったという
通称「御金蔵小路」。

かなり歩いて一休み

「奥の細道」の旅の途中に芭蕉も立ち寄った出雲崎
この「芭蕉園」の向かいに芭蕉が泊まった宿があったとか・・・

芭蕉園にある「芭蕉」の句碑

出雲崎町には名だたる歴史の人物が往来しています。
これがその一覧。

江戸時代繁盛したという海鮮問屋の裏口
昔はここまで海があって海から直接船荷をこの入口から
搬入できたということです。

狭い出雲崎の町の中に多くの人々が住んだ名残の
妻入り長屋が今も残ります。

良寛生誕の地「橘屋」跡地に建てられた「良寛堂」

良寛堂の裏には海に向かって「良寛さん」の坐像、。
ここで、今回の歴史ウォークは終了
ガイドの渡辺さんありがとうございました。


余談ですが、帰り道に出雲崎漁港から揚がったばかりの
魚介類のセリを初めて見ることができました。
何を言っているかは私たちにはわかりませんでしたが
生きの良い掛け声でセリ落とされる声にしばし聴きほれてしまいました。

「北国街道の手をつなぐ会」の出雲崎町での総会は平成13年以来16年ぶりです。
それ以前に入会してかれこれあっという間に20年近くたっていたなんて夢のようです。
来年は長野県。一年一度の楽しみですが会員の皆さんがまた元気に揃うことを楽しみにしています。
新潟の地酒のことなら
酒の新茶屋
酒の新茶屋女将と笑売仲間の
福島の酒屋さん!
小さな酒屋 きしなみ酒店さんも宜しくね!
女将さんのブログこちらもご覧くださいね。
酒の新茶屋を3倍楽しめます!
酒の新茶屋の周辺ガイドページ
日本海の絶景が楽しめる酒屋「酒の新茶屋」へ

歴史の北国街道を研究する会
「北国街道の手をつなぐ会」の総会会場は
毎年長野県と新潟県と交代で開催されますますが
今年は「良寛さん」の故郷、新潟県出雲崎町
道の駅「天領の里」での開催です。

総会は、会長・金子潤次氏(妙高市)の開会あいさつから

総会終了後、地元副会長・三輪正氏による講義
演題は「出雲崎宿の御金蔵について」
江戸時代隆盛を極めた出雲崎町の
繁栄を忍ばせる興味深い資料の数々に思わず引き込まれました。

総会と講義の後は会場にある「レストラン陣屋」にて昼食
本来なら海の幸といきたいところですが
今日は肉が食べたく、トンカツ定食でした。
波打ち際に遊ぶ鴎に癒されながらの昼食でした。

その前に、天領の里の「時代館」を見学

そして館内には400年の歴史にタイムスリップの街並みが

出雲崎の繁栄を支えた、北前船は迫力満点!

そしていよいよ街道ウォーク


地元ボランティアガイドの渡辺さんに案内していただきます。

出雲崎の町はとにかく寺院が多い
最盛期にはこの小さな町に
ナント!2万人が住んでいたそうです。
海岸に平行に長く続いた街道沿いの町並みの上に
一体どのくらいのお寺があるのでしょうか?
「良寛和尚」が剃髪したという光照寺への階段です。

階段を昇り切ると
そこからは日本海と妻入り屋根の
独特な風景が見渡せます。

そこにあった「孝婦ゆりの碑」
江戸時代親孝行を讃えて幕府が全国に広めた「孝行な嫁」の記念碑だそうです。

「さどおけさ発祥の地」のいわれの書かれています。
ここでガイドさんが「出雲崎おけさ」を一節歌ってくれました。
私の大好きな民謡のひとつです。

このお寺も階段。とにかくどのお寺へも階段を昇ることになります。

「良寛さんと筍」の逸話をご存知ですか?
こちらの民家も大きく伸びた樹木のために
ブロック塀をこんな風にしていました。さすが!良寛さんのおひざ元!



出雲崎の街歩きは退屈しません。
町のいたるところに歴史のエピソードが楽しめます。

今回の演題のメインテーマ「御金蔵」があったという
通称「御金蔵小路」。

かなり歩いて一休み

「奥の細道」の旅の途中に芭蕉も立ち寄った出雲崎
この「芭蕉園」の向かいに芭蕉が泊まった宿があったとか・・・

芭蕉園にある「芭蕉」の句碑

出雲崎町には名だたる歴史の人物が往来しています。
これがその一覧。

江戸時代繁盛したという海鮮問屋の裏口
昔はここまで海があって海から直接船荷をこの入口から
搬入できたということです。

狭い出雲崎の町の中に多くの人々が住んだ名残の
妻入り長屋が今も残ります。

良寛生誕の地「橘屋」跡地に建てられた「良寛堂」

良寛堂の裏には海に向かって「良寛さん」の坐像、。
ここで、今回の歴史ウォークは終了
ガイドの渡辺さんありがとうございました。


余談ですが、帰り道に出雲崎漁港から揚がったばかりの
魚介類のセリを初めて見ることができました。
何を言っているかは私たちにはわかりませんでしたが
生きの良い掛け声でセリ落とされる声にしばし聴きほれてしまいました。

「北国街道の手をつなぐ会」の出雲崎町での総会は平成13年以来16年ぶりです。
それ以前に入会してかれこれあっという間に20年近くたっていたなんて夢のようです。
来年は長野県。一年一度の楽しみですが会員の皆さんがまた元気に揃うことを楽しみにしています。
新潟の地酒のことなら
酒の新茶屋
酒の新茶屋女将と笑売仲間の
福島の酒屋さん!
小さな酒屋 きしなみ酒店さんも宜しくね!
女将さんのブログこちらもご覧くださいね。
酒の新茶屋を3倍楽しめます!
酒の新茶屋の周辺ガイドページ
shincyaya_bor at 22:50|Permalink│Comments(0)│























