2006年01月04日

乳がんが見つかった

2005年10月に乳がんが見つかり、12月に乳房温存手術、現在放射線治療中です。
乳がんは、マンモグラフィーによる検診が一般化したこともあり、今日本で急増しているようです。毎年、3万5千人もの人が新たにがんが見つかっている
(『別冊NHKきょうの健康 乳がん』より)とか。私のがんが見つかったのも、乳がん検診をすすめるリボンキャンペーンの最中のこと。きっと私と同じよ
うに「なんで私が……」という思いのなかで、がんと向き合っている女性たちが大勢いるのだと思います。
がんに関する情報は、書店にも、インターネットにも、あふれています。私はずいぶんそれらの情報に助けられました。ただ、次々と発信される情報に、疲れ
てしまったことも何度もありました。
「この医師に手術をしてもらおう」。そう決めたのは、がんと診断されてからほぼ一か月がたっていました。そこにたどり着くまでに回った病院は4か所。私
をこのような行動に駆り立てたのは「手術してしまってから後悔したくない」という一心でした。初期の胃がんの手術をしたばっかりに、手術中に脳こうそく
を起こし、亡くなるまでの3年間、不自由な生活を強いられ、唯一の楽しみともいえる食べることを奪われた義父の無念を繰り返したくない。
乳房温存治療の第二段階ともいえる放射線治療は、手術をお願いした医師とは別の病院の医師のところで行っています。放射線医師の初診のときに、私の病院
遍歴をざっと見た彼は「ベストチョイスだったね」といいました。その言葉を聞いて、初めてほっとしています。
私のがんとの付き合いは、始まったばかりです。今では書店の医療関係の書棚は素通りできなくなりました。ただ、たくさんの情報を、私自身とても消化しき
れるものではありません。私のわずかな経験を通してしか、お伝えすることはできませんが、多くのがん体験のひとつとして、読んでいただければ幸いです。





2005年10月、内幸町にあるIクリニックより封書で「人間ドック後のおたずね」が届きました。5月に受けた人間ドックのエコーで乳腺腫瘤の疑いがあ
り、再検査を受けたかどうかの確認の手紙でした。6月にはその年のお正月から入院していた義父が亡くなり、同じ月、25年勤めた出版社をやめたばかりの
私は、頭の中は退社後の仕事のことでいっぱい。再検査のことなどすっかり忘れていたのです。改めて人間ドックの結果を見てみると、「右乳頭付近に小腫瘤
あり。乳腺外科を受診してください。膿胞は良性で問題ありません」。触診の際にも「異常はありません」といわれていたので、人間ドックの結果が届いたと
きは「良性」という言葉に安心しようと思っていました。「エコーで良性か悪性かわかるのかなあ」と、突然不安が頭をもたげ、急いで病院をさがし始めまし
た。とはいえ、乳腺外科のある病院に心あたりはなく、書店で宝島社の『全国病院実力度ランキング』を買ってみました。もしも手術となったときに、大きい
病院に最初から行ったほうがその後の対応が早いかも、と思ったからでした。今読むと、ランキング10位までの病院は診療やケアの特色などが書かれ、50
位までは乳がん手術に対する検査や体制に関する評点が書かれているのですが、そのときはさっぱりわからず、ただそのリストに掲載されている病院のなか
で、以前に聞いたことのある名前、通える場所にあるかどうか、というところだけ、見ていました。
 ランキング13位のS病院は、元の職場の同僚たちが行きつけにしており、ブレストセンターがあって乳がんの症例、乳房温存手術の実績数も多いので、こ
こで再検査を受けることにしました。


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