大前研一氏の『低欲望社会 「大志なき時代」の新・国富論』を紙の単行本で読了。

最近の情勢を反映しているとはいうものの、過去の大前氏の著書と比較して特に目新しいものはない。

大前氏の著書や『大前研一通信」などについては、過去このブログでも何度か書いてきた。

本書は過去の著書の『心理経済学』の続編とでもいうべきものだろうか。

バブル期を頂点に日本は成熟社会となり、バブル崩壊後の長期の低迷で、「低欲望社会」となり、特に若者たちは「プア充」で十分と考えるようになった。

そんな社会情勢を過去の雑誌記事などを集めて、加筆・修正などにより、一冊の本にしたもの。

世界情勢こそは変化しているものの、日本の問題点については大前氏の言っていることは20年以上変わっていない。

本書においても、20年以上前の著書である『新・大前研一レポート』や『平成維新』などの主張を繰り返している。

確かにこれらの著者は今読んでも根幹部分では古臭さを感じないところも多いし、当時もそうであるし、今も納得感のあるものである。

では、どうしてそうなるのだろうか。
大前研一氏の主張は世の中の不安を煽ることを商売としているような人たちと同じようなものだからか。
いや、違う。

あまりにも正論を突いているからであろう。

その正論とは、多くの利害関係が絡み合い、多くの既得権者がその既得権を失ってしまうようなものばかりであるので、現在のポピュリズム民主主義の中では実現できないからなのである。

だから、みんな正論とは分かっていても、そうは言っても難しいのよ、という感じで実現できないでいるのである。

道州制などがいい例で、構図としては大阪都構想と同じである。

やるためにお金がかかる、効果がよくわからない、そんなことは現体制下でも可能である、などなど実はその反対の理由は現状においても問題であるにもかかわらず、その問題は認めずに変化への問題点としている。

国会議員の定数・一票の格差問題や地方議会の問題など、政治家が自分の仕事を奪うようなことを自分で決められるはずはない。

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過去ブログ
政治の問題は政治家には解決できない : のとみいの金融日記 http://blog.livedoor.jp/shinkozo/archives/44550666.html
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何一つ実現できないうちに、確実に変わってきているものがある。
それは「すでに起こった未来」と言われ、確実に予測できるはずである、人口問題である。

これは大前氏に限らず多くの有識者が指摘し続けてきたにもかかわらず、放置されているのである。

移民政策などは、大前氏は20年以上前から提案していたにもかかわらず、全く手付かずである。

本当にもう手遅れなのだろうか。

そうならないようにしないといけないのだが…


本書のあとがきにも書かれているが、どうして日本人は変われないのか。

グローバル化は否が応でも広がる。
日本人は変わらないと「替えられる」時代がそこまで来ているのである。

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過去ブログ
ちきりん氏の『マーケット感覚を身につけよう』読後感 : のとみいの金融日記 http://blog.livedoor.jp/shinkozo/archives/43599154.html
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一度海外に出た工場などはもう国内には戻ってこない。
単純労働は新興国やロボットに取って代わられる。

そうなると「プア充」なんて言っていられなくなり、本当の単なる「プア」になってしまう。

そして、アベノミクスの超金融緩和の着地を間違えると、ハイパーインフレなどというのも現実的になってくるかもしれない。

その時に大切なのは、ちきりん氏の言葉を借りれば「マーケット感覚」を身につけることであり、「稼ぐ力」なのである。

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過去ブログ
大前研一氏の『稼ぐ力ー「仕事がなくなる」時代の新しい働き方』読後感 : のとみいの金融日記 http://blog.livedoor.jp/shinkozo/archives/32960801.html
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新興国では代替のきかない稼ぐ力、ロボットではできない稼ぐ力をつけることこそ、日本が世界から取り残されないために必要なとこである。


読書においては、世間で普通に理解されているのとは異なる意見の人のものを読んで思考の幅を広げようと心が得ているのであるが、大前研一氏のものはほとんど読んでいる。

だから、過去のブログで書いてきたことも、大前氏の考え方に近いなと思う。

あまり、近いと全て受け入れるのも問題だから、大前氏の主張も問題指摘できるような思考力を身につけないと、いけないな。

マーケット感覚も稼ぐ力もまだまだ足りない。