September 23, 2017

文武両道のすゝめ

「天は人の上に頭を造らず人の下に体を造らずといへり」(文武両道のすゝめ,篠原稔) 
(この記事は宮下幸恵さんのYahoo記事「文武両道の鍵は急がば回れ!」の取材時に伝えきれていなかった部分を補足し膨らませた内容です.前半は似ていますが後半はかなり膨らませています.)
子供の頃は国語が大の苦手で,自由作文の課題に,「僕はどう考えても作文が書けないので書きません」と一行だけ書いて提出し,先生に怒られたことがある.それくらい,国語がダメダメだった.

スポーツは走ったり泳いだりの持久系は得意な一方,体操系はイマイチで悔しい思いをしたりした.ところがある時期から友達と筋トレ競争を始めたら,急にバク転とか宙返りとかが簡単にできるようになって驚いた.技術そのものを練習する直接的な方法だけではなく,別のアプローチでこそ結果が出ることもある,という解決法を実体験で学ぶことができた.

そこで,運動で実体験した問題解決法を,苦手な国語に当てはめてみることにした.

それは,文章を「書く」のではなく,「読む」ことを深くトレーニングするというアプローチだ.

ちょうど学力増進会という通信教育の国語が難解文章で,考えずに目を通せば3分もかからないような一つの文章を,毎日毎日うなりながら1か月間繰り返し読む,というトレーニングを数か月間続けてみた.

そうして毎日毎日執拗に読みこんでいくと,あるときパッとひらめいたりして,書き手の考えが全て手に取るようにわかるようになってくる.どうしてこの部分でこういう表現をして,わざわざこの単語を使っているのか,とかまでわかってしまう.最初は読み手だったのが,いつの間にか書き手と一心同体のような気持ちで考えるようになっていた.読みながら書き方を考えるという学習トレーニングとなっていて,結果的に書き方が身に付いてしまった.

それ以来,国語は読むのも書くのも得意になり,文系の道をまっしぐらに進むこととなった.大したことのない例かもしれないが,スポーツの体験で学んだことが学業にプラスになったという具体例である.


スポーツを通じた学びは,学業中心の生活では遭遇しないような体験学習として,実感的に身につきやすい.

明確なチャレンジ目標を持つ → 目標に向かって地道な努力を懸命に繰り返す →  勝てるかも!と希望を持つ → 試合では緊張する → 負けてしまう → くじける → しかし立ち上がる → そして新たな作戦で挑む → 次は勝つ!

こういうサイクルを何回も何回も繰り返す.

この心身ともにダイナミックな体験学習の繰り返しの中で,チャレンジ課題発見能力,努力持続力,ストレスマネージメント,タイムマネージメント,問題解決能力などがトレーニングされ,身についていく.そしてトレーニングの結果としての成功体験を積み重ねていく.

アメリカの大学入学選抜などで人物評価する際に重視する特徴的な経験と能力がある.いかにチャレンジをし,失敗し,そこから反転して逆に成功に導いたか,という

チャレンジ能力 → 失敗 → リカバリー反転能力


だ.

大きな失敗経験の無い一見“優秀な”人だと,その人は能力を超えたチャレンジをしたことが無いとみなされ,リカバリー反転能力も未知となり,人物評価が低くならざるを得ない.リカバリー「反転」とは,単にリカバリー前に戻るのではなく,チャレンジ前とは違う方向あるいはより高い成功を生み出す能力である.そういう能力が求められている.

チャレンジ能力とリカバリー反転能力は人物評価に限らず,子供が将来独立し充実した人生を送るために鍛えておくべき基本能力だろう.日常生活で失敗を繰り返すわけにはいかないが,スポーツはチャレンジ → 失敗 → リカバリー反転のトレーニングを繰り返し体験学習できる貴重な世界というわけだ.

チャレンジ能力 → (失敗) → リカバリー反転能力

失敗は,チャレンジとリカバリー反転の間での通過点に過ぎない.失敗に対する社会のマイナス評価が日本と比べて厳しくないのは,チャレンジの多いアメリカ社会では失敗は当たり前で,それよりもその前のチャレンジとリカバリー反転に価値を置き注目しているからなのかもしれない.

そういう意味で,いわゆる頭のいい一見“優秀な”人に対してこそ,スポーツ競技への真剣な取り組みが勧められる.アメリカで一流大学にトップ選手がいたり,トップ選手が引退後に医師や弁護士になったりするのは,頭脳を鍛えて将来活躍したい子供(活躍させたい親)こそが,スポーツ競技(や芸術活動)にも真剣に取り組んでいるからだ.

身体運動が認知能力を高めるという研究結果も次々と出ている.頭をよくしたければ運動した方がいいのは科学的に明らかだ.私自身,学習直後の筋トレによって記憶力が10パーセント増加する(正答率が10パーセント増加,相対的には20パーセント増加)という研究論文を数年前に発表し,ネットニュースなどで世界に広まっている.

「天は人の上に頭を造らず人の下に体を造らずといへり」 

頭と体に上下関係はなく,お互いに相乗効果を与えあう平等な関係として捉え,両方を上手に鍛えていくべきであろう.

では,「文武両道のすゝめ」は日本ではどうやって「作っていく」ことができるのだろうか.たとえばこんなことが考えられる.
  • 文武両道授業校:学校で各授業の最後は先生も生徒もその場でスクワットなどの筋トレで締めくくるようにしたらいいだろう.授業内容のより大きな学習効果が期待されるし,足腰が強くなり先生のロコモ予防にだってなる.それを取り入れた学校は「文武両道授業校」として国や自治体がサポートすればいいだろう.

  • 文武両道入学枠:東京大学などの人気大学でスポーツ等の実績を入試得点に加味する「文武両道入学枠」を定員の半分位でも作れば,“優秀な”人もスポーツ競技に真剣に取り組むようになっていくに違いない.

  • 文武両道コース:文武両道入学枠を目指せるよう,トップ進学塾とトップスポーツクラブが提携して「文武両道コース」ができたりすれば,色々な意味で面白い刺激になるだろう.

  • 文武両道オンライン:スポーツ大会のために欠席する授業と同等の内容がオンラインで遠隔学習できたり,宿題をオンラインで受け取り提出するような教育システムのオンライン化(文武両道オンライン)も重要だ.我が娘の学校は公立だが随分前からそうなっていて,大会や遠征先で当たり前のように宿題をやっている.
    Study_2
文武両道はあり得るか,あり得ないか,とそれぞれが右往左往したりするのではなく,そういう風にして文武両道の大きな価値を社会が理解し,社会自体が文武両道を取り入れたシステムを作っていってほしい.

「文武両道のすゝめ」が実現するためには,勉強と同様,効率的なスポーツトレーニング法を探求し,スポーツの練習時間を短時間化すべきという社会的な要請に基づいたシステムを作っていくことも同時に不可欠である.

実際,効率的な指導を受けている我が娘の練習時間は普通の選手よりも大幅に少なく,そのおかげで練習疲れも少なく,頭を鍛える時間と気力が確保できている.私の専門とする身体運動科学の研究も,効率的なトレーニング法につなげていくための研究分野だ.

効率的なスポーツトレーニングを施せる優秀な指導者は,効率的に頭を鍛えられる優秀な塾講師と同様,高く評価されるべきで,高い給料や指導料も受け取れるようにすべきだろう.時間あたりでなく,引き出されたトレーニング効果あたりで計算すれば,そういう指導者の給料や指導料は実は割安であり,時間ばかり費やす指導者のそれが割高であることに気づくであろう.

文武両道の要はスポーツ指導法の効率化と練習の短縮化であり,そのためにはスポーツ科学研究の更なる発展,スポーツテクノロジーの開発,そして優秀なスポーツ指導者を養成し高く評価するシステムが不可欠である.

一方のアメリカの話は,理想論ばかりではなく,実は「生き抜くための」文武両道でもある.

アメリカは貧富の差が大きい厳しい格差社会ということはよく知られているだろう.実際,格差社会は小学校の中から既に始まっている(参照:小中学校内で始まっているアメリカ格差社会の住み分け).私の住む学区では,公立校でも小学3年生位からクラスも授業も成績分けで決まってしまう.その頃に学業成績が上の方に入っていないと,どんどん引き離されていき,その後に挽回するのも難しい.

社会に出れば首切りや倒産は日常茶飯事,健康保険も高額でかなりの収入がないと“普通の”生活ができない.将来が不透明な社会の中で,生き抜く武器が必要不可欠だ.

強いコネを持たない外国出身者にとって,大学は個人の価値という武器を磨く重要な機会だ.学歴は,一つ目の仕事のみならず仕事を失った後に次の仕事を得やすくするための保険のような武器となる.そしてそれなりの大学に入るためには学業成績だけでは十分ではない.スポーツや芸術でのそれなりの実績が必要となる.

そういう社会要請への対応としての文武両道でもある.

自分の夢(ワガママと読む)に付き合わせて子供をアメリカに連れてきてしまった自分としては,厳しいアメリカ社会で生きていく子供を路頭に迷わせないために,まずは文武両道に育てなければ,という責任感を感じている.

個人の価値こそが重要になりつつある厳しい時代,これまで唱えられてきた「生きる力」の教育では心許ない.文武両道は個人と親と社会の発想転換と努力で「作っていく」ものだと思う.文武両道を通じ,厳しい時代の中でもチャレンジし,失敗してもリカバリーして新たな成功に導く「生き抜ける力」をこれからの子供達には養ってもらいたい.


shinojpn at 07:08|PermalinkComments(0) プロフ生活 

August 15, 2017

10年勤続同伴パーティと3倍の稼ぎ

労働力の流動性が高いアメリカ,10年働いただけで「長い間の貢献ありがとう」と,大学から感謝されてしまう.そんなパートナー同伴の永年勤続パーティーは,予期せぬ果実を生み出してくれた.

ランチョンパーティーに招待されたのは,数ヶ月前の春のこと.ファカルティもテクニシャンも事務員も一緒に招待され,スーツからジーンズまで身なりも様々だ.立場による分け隔てなく適当にテーブルにつき,豪華な食事をいただきながら大学上層部からの労いを受ける,半フォーマル半カジュアルな会だ.

普通に働いてきただけなのに感謝され,二人で美味しい食事をいただけるとはありがたい話だ.だが,パーティーなのにワインなどのアルコール類が供されなかったのは少し(とても)寂しく,自分個人としては,盛り上がるような感情は沸いてこなかった.

ただ,パートナー同伴だったことは,10年に渡る妻への感謝の気持ちを伝えるいいきっかけになった.

そして,それ以上に,思わぬ結果さえも生み出してくれた.

10yearParty1

こうやってそれなりの場所で一緒に宴を供され,それなりの大学から感謝される立場の夫を見ると,なにやら誇らしく思えてくるらしい.

そして,その誇らしい夫の妻であることを嬉しく思うらしく,いつも以上の「尊敬感」がかもし出されていた.

嬉しさのあまり,アラフィフ熟年夫婦らしからぬセルフィーを撮るほどの勢いだ.

10thYearParty

どうやら,こういうパートナー同伴の会は,実はパートナーのための会,と捉えた方がいいのかもしれない.そしてそのパートナーが感じた結果が自分に返ってくる,いい意味での因果応報の世界なのかもしれない.

高く上がった夫の評価からは,さらなる期待も生まれてくるらしい.

...あれから数ヶ月,出費がかさむ夏場にもなると,こんな風な会話にもなったりする.

「研究じゃなくてビジネスの世界でバリバリ頑張れば,今の3倍くらい稼げる力もあるのかもね?」

確かに,バリバリとそれぐらい稼ぐビジネスマンも沢山いるだろう.

ただ,状況に応じて,色々な生き方,物の見方がある.

自由の国=自己責任の国アメリカで,日本出身の家族3人がそこそこ成功して幸せに生きていくためには,お金だけでは不十分だ.

家族それぞれがアメリカ社会で充実した生活をし将来への道筋が作れるよう,大黒柱にとって,物理的な自由度と精神的な余裕を持って色々な状況に対応していくことは,窮屈な時間やストレスをお金に変えたりすることよりも重要なはずだ.

「気が付いてないかもしれないけど,実は3倍稼ぐ頑張りはしてると思うんだ」

首が斜めに傾いた.

「そのうちの三分の一が,お金という数えられる形で家族に入って,見えているだけ」

目がキョトンとした.

「あとの三分の一が娘への愛情,そして三分の一が妻への愛情.数えられないし見えにくいかもしれないけど,そういう形で家族に入ってきていると思ってみたら?」

口が開いてきた.

「そういう風に,時間やエネルギーの使い方を意識しているつもりだけど」

首がゆっくりと縦に沈み,目が大きく見開いてきた.

「それとも,全部,お金にしちゃった方がいい?」

首が激しく横に揺れ,目がまぶしく輝いた.
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shinojpn at 08:00|PermalinkComments(0) プロフ生活 

January 22, 2017

空気を読むアメリカ人

妻が泊りがけでテキサス出張に行くので,空港まで送ってあげることにした.

心配していた雷雨もあがり,爽やかなライトブルーがのぞき始めてきた.

家を出てしばらくは,取りとめもない夫婦の会話をしながら,いつものハイウェイを走る.

午前中の出来事,娘の近況,来週の予定,...

 


取りとめもない話もひと段落し,お互いが静かに自分の気持ちの中に入っていく.

6車線のだだっ広いハイウェイで,温かい無言の空気を吸いながら,前を見つめている.



空港が近くなってきた.

妻が,ふと気付いたように口を開き,小さく静寂をやぶる.

 

「よかったね」
 

 

「うん」


 

「うん,だって.ふふっ」


 

「何で?」

 


「だって,よかったね,って言ったら,うんって言うんだよ」

 


「うん」

 


「わかるんだ」

 


(ふふ)

 


空港の道端では,アメリカ人達が普通にハグやキスをし,別れの
ひと時を惜しんでいる.

 


車から降りることもなく,いつもの見送りの一言.

 

「じゃあ,行ってらっしゃい」

 


いつもと違い,右手が肩を引き寄せ,唇が近づいていった.

 


一瞬ふさがれた唇が再び開く.

「アメリカ人みたい」



shinojpn at 12:25|PermalinkComments(0)

January 08, 2017

必然の科学者史

久しぶりに日本から届いた郵便物を少し乱暴に開け始めると,ピンクっぽい物が目に飛び込んできた.

ピンク?と体が反応し,少しドキドキしながら,ビリビリビリッと破き開けてみる.

私の中に封じ込められていた,あの興奮を刺激する,ピンクの本が飛び出してきた.

非売品.

一般には出回らず,マニアとして認められた人達だけが手に入れられる.

「手と指」
  
アメリカに来て数年経った2003年にそのテーマで研究助成をいただいた,中山人間科学振興財団の創立25周年記念誌である.受賞者達はこの「25年の歩み」という記念誌に載せる文章を「自分の研究史における受賞研究の位置づけ」というお題で寄稿依頼されていた.

依頼されたとき,それが科学史を専門とする村上陽一郎氏の企画と知った瞬間,学生時代,氏の読み物から刺激していただいた,オドロキの知的興奮がパパッとよみがえった.

「科学的」って何だろう

 
東大生が読むには,タイトルも,見かけも,重さも,軽い本だった.

30年も昔のことだから,本の細かい内容は覚えていない.しかし,昔,初めてのお子様ランチに飛び上がって小旗を振ったような,その時の「興奮したという記憶」は封印され残っているものである.

「科学的な発見は偶然ではなく,その背景には,それが必然となる,科学者達の歴史がある」

うろ覚えながら,いくつかの具体例から,そんな「必然の科学」的な科学史があるということを,臨場感あふれる形で,初めて知り,興奮した.
 
論理的な思考が大好きだった文系学生の私は,事項説明に終始する脈略の無い歴史は大嫌いだった.しかし,この本で科学史という歴史分野があること,そしてそれは必然の歴史という論理の物語であることを知り,のめりこむ様に読み進めた.

そこに書いてあったのは,もしかすると「科学の」必然的歴史だったのかもしれない.しかし,私の記憶の中では「科学者の」必然的歴史が書いてあったような記憶になっている.副題に「科学の歴史の落ち穂を拾う」とあるように,見逃しがちな情報を拾いあてていくその紐解きは,まるで探偵小説のようであり,衝撃だった.

そんな風に私の若き心を刺激してくれた村上氏の企画に参加できることを光栄に感じ,私個人の「科学史」ではなく「科学者史」における研究助成の位置づけを「25年の歩み」にしたためることにした.

CoverPage












「アメリカでのグラントとファカルティ職につながった科学者史の1ページ」
過去の受賞者達の文章の中で,誰よりも長いタイトルとなっていた.

非売品のピンク本を持つ研究マニア達だけの中に埋もれ去られるのも惜しいので,内容を少し抜粋してみる.


“海外在住者にこそ必要な,独自の研究活動を可能にする日本の研究助成は少なく,...”

“2003年,ボスの研究助成金で雇われた研究員であったため,その助成内容からズレる個人的な興味の研究に対しては,研究費サポートが得られなかった. ....この助成金によって,外国でも自分独自の研究アイディアを試すことが可能になった.”

小さなアイディアを試すだけの研究だったが,思い起こせば,それがきっかけとなってグラントやファカルティ職につながった.そんな「私の科学者史」の大切な1ページが,2003年にいただいた「手と指」の研究助成であった.

財団は,国際交流助成として,海外研究者の招勅にも助成をしている.

“いつの日か,海外研究者受け入れ助成のサポートで日本と国際交流する幸運に恵まれ,「私の科学者史」の財団の2ページ目を綴れる日がくることを願っている.”

去年の3月,そんな結びで締めくくった文章を寄稿した(全文は末尾に掲載).

その数ヶ月後,財団の助成テーマ「生体情報のモニタリング」に日本の共同研究者の国際交流申請が採用され,12月に日本に招勅された.あまりにも「できすぎ」だった.

しかし,この国際交流助成は,記念誌への寄稿が依頼されたことから意識され,その流れで「工学のスポーツ科学への応用」の研究交流のために招勅法を探していた共同研究者に伝え,申請されたものだった.後から考えれば,これも必然と言えるのかもしれない. 

こうやって,その時々はがむしゃらで行動していたことも,1ページずつ,必然の科学者史としてつむがれていくものなのかもしれない.

過去を変えることはできない.

そして,その過去があるからこそ,何かが起きるのが必然である.

その必然は,過去を踏襲する必然かもしれないし,過去を否定する必然かもしれない.

いずれにせよ,今日の行動は過去からの必然であり,未来への必然を引き起こす可能性を秘めている.

さあ,今日は何をするか.

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shinojpn at 19:59|PermalinkComments(0) プロフ生活 

July 13, 2016

ブログの目次を作り始めました:まずは序章

2000年に33歳で渡米し,2005年から書き始めたブログに目次を作っていく予定でいます.まずは序章.

序章:アカデミックな内容を中心に2005年2-5月の間に約60本の記事を書きましたが,一度終了し,代表的な記事のみをいくつか残しました.

(本章では再開後の記事を順次トピック別にまとめていく予定です)

 

shinojpn at 08:24|PermalinkComments(0)

July 03, 2016

在外研究者の妻がアメリカで起業

今年2016年前半の大きな出来事として「妻のアメリカでの起業」という快挙があった.

「アメリカで地に足を付けて研究していこう」と10年計画で考え始めた当初から,研究者である前に家族持ちとしての課題を抱えてきている.アメリカという地で,どうやって家族「それぞれが」困らずに(=ハッピーに)生きていけるようにするか,という課題である.

好んでアメリカに飛び込んできた自分がつまずいたり困ったりするのは自業自得だ.が,日本での立場を捨てて付いて来てくれた妻や,アメリカ社会で育ち独り立ちしていかなければならない娘に対し,それぞれが将来困った状況に陥らないように道筋をつけてあげることは,言いだしっぺの私にとって失敗の許されない責任である.

親族もお金も宗教もない外国人/移民が格差社会アメリカで生きていけるように,とはどういうことか.終身雇用の無いアメリカで生きていく第一の策としては,専門性を磨き活かせるように妻を導いていくこと,そして高いレベルの高等教育を受けられる状況に子供を導いていくことであろう.

妻は4年前に新体操指導者として体操スクールに採用され,その後,英語で苦労しながらもナショナル審判の資格を取ったりキャンプに参加したりして,今やアメリカ新体操界で唯一のアジア系ナショナル指導者として一目置かれるようにまでなった.

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地元ジョージアでは,新体操の本場ロシア系の気合いの入った親達が,ロシア系クラブではなく妻を頼り,子供達の指導を懇願してくるようにまでになった.日本人の親が子供の柔道指導を日本人指導者からアメリカ人指導者に乗り換えるような,オドロキの逆転状況である.

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異国の地で暮らしながら,本場の目の肥えた人達から信頼され,必要とされること.私が研究という分野で享受できるようになったことを,妻はスポーツという分野で達成してしまったのである.

そればかりか,さらには研究者の私を超えてしまった.

それが,新体操指導の会社(Shinohara Academy)の起業である.日本から来た在外研究者「自身」のアメリカ起業はそれなりにあるかもしれないが,日本から来た在外研究者「妻」のアメリカ起業は快挙だろう.会社登記を終えて喜ぶ歴史的瞬間がまぶしい(写真).これから10年かけてトップ選手を育てていくという.

NamieCompany

一方,アメリカで独り立ちすべき娘に関しては,高等教育に結び付けていかなければならない.アメリカのハイレベル大学での入学選考では,学業成績は「足切り」に過ぎず,学業以外の活動(スポーツや芸術)で卓越し,強いリーダーシップを持ち,その一方で社会にも貢献するという総合性を有し,それらが目に見える形で認められていることが重要となる.

幸運にも娘はスポーツ(新体操)でナショナルメンバーに選ばれたり,今年前半には全米優等生協会メンバーに選ばれたりしながら(写真),今のところは好ましい方向に向かってくれている.

ElenaNationalHonorSociety
 

研究者という職業柄,四六時中研究のことばかりを考えてしまいがちだが,ここ数年,妻と娘にこれらの道筋を作ることを優先し,意識して切り替えて行動してきた甲斐があった.

子どものスポーツ活動に関しては,練習を見にいく,疲れた心身をいたわる,試合に応援に行く,という日常的サポートに加え,国籍を変えるという非日常的サポートもあった.妻のスポーツ指導に関しては,専門指導以外の雑事(外部との英語連絡,出張準備,カスタマーサポートなど)をすべて引き受けたりしている.

SalutBack


これらを優先するため,今は研究に費やせる時間が少し限られてしまうが,この道筋作りもあと数年で落ち着くだろう.

長い目で見て,アメリカに来た研究者の家族「それぞれが」そこそこハッピーに暮らしていける一例になっていければ,とも思っている.


shinojpn at 19:18|PermalinkComments(0) プロフ生活 

July 04, 2015

娘はアメリカナショナルメンバー,妻はナショナルコーチに

私の研究上の興味(一般にワガママと読まれる)に付きあわされてアメリカで暮らしている妻と娘.住む場所=所属活動する社会について自由の利かない状況にしてしまっている立場上,二人のアメリカでの成長と成功があって初めて,自分の研究上の興味(=○○○○)を気兼ねなく追い求ることができる(参:研妻キャリア).

娘が新体操でアメリカ代表ナショナルメンバーを目指せるように,と,アメリカ市民権を取得し日本国籍を捨てた親バカ全開の父親(参:国籍取得 1/3, 2/3, 3/3).英語に不自由な妻でもアメリカ新体操界で滞りなく指導に専念できるように,と妻専属マネージャーとしてサポートに徹する夫.

アメリカ移住15年目にして,この大切な二人の確かなる成長と成功が,刺激的に現れ,刻まれることとなった.

6月上旬の新体操全米予選で娘は本来の力を出し切れず,19位と低迷.2週間後に迫る全米決勝で,上位8名のみがナショナルメンバーに入る.絶望的な順位である.

その後の2週間,妻と娘は,コーチと選手になったり,母親と娘になったりと,単純ではない関係を行ったり来たり混ぜこぜになったりしながら,夢と絶望の狭間を綱渡りしていた.二人の願いは,持っている力を出し切れる状況に持っていくこと.

私が決めた自分の役割.それは,第三者として見守ること(あの「巨人の星」の明子のように).

第三者として,コーチと選手それぞれの話に耳を傾け,妻と娘それぞれの話に耳を傾ける.ハイレベルでのスポーツパフォーマンスを追及し,ギリギリのところで頑張っている二人.それぞれが,それぞれなりの感じ方で,時には思い通りにいかない苦しみや不安に苛まれながら,向上へのエネルギーの行き先をさまよわせている.

第三者として,コーチと選手が,妻と娘が,確固たる信念で前に向かっていけるように願うしかない.

Focus(一つに集中).アメリカに来て,耳にタコができるほど何度も聞いた言葉.いつもの大会ウォームアップでは娘に直接アドバイスする私だが,全米決勝当日は選手がメインコーチ一人に集中するよう,第三者になった私のアドバイスは,メインコーチ(妻)の耳に向かってのみささやかれる.

誰もが緊張する全米決勝の本番.選手は,これまでに見せたことの無い集中力を二日間に渡って発揮し,我々二人を驚かせ,おののかせ,喜ばせた.結果,娘はトップ8に入賞してアメリカナショナルチームメンバーに,妻はアメリカナショナルコーチに,それぞれの頑張りで輝かしい立場を獲得した.

NationalMember 

スポーツや芸術での活躍が高く評価されるアメリカの大学入学システムにおいて,ナショナルチームメンバー入りは,スポーツの世界以外でも(以上に?)娘の将来に大きくプラスになる.ナショナルコーチとなった妻も,周りのコーチ達から賞賛と尊敬のまなざしで挨拶され,微笑んでいる.

二人とも,羨ましいほどの成長と成功だ.

私も頑張らないと.
NationalFamily

この報告を,アメリカ人になって最初の独立記念日にできるとは,感慨深い.


shinojpn at 23:12|PermalinkComments(1)

June 13, 2015

名前の英語表記を裁判所で修正

親が夢を託して付けた子供の名前が,思いがけず,強制的に変えられてしまうことがある.
 
15年前,娘のパスポートを日本で申請した時,英語表記はヘボン式ローマ字しか許されなかった.

我々が付けた「エレナ」という娘の名前は,ローマ字つづりで「Erena」にされてしまい,生後5ヶ月でアメリカに来てみると,「エリーナ」と呼ばれてしまう.

これじゃあ,別の人みたいだ.

「音から入ろう」と何日もかけて決めた娘の名前が,あっという間に否定されてしまった.

家の中や日本人社会ではエレナと呼ばれ,アメリカ社会ではエリーナと呼ばれていたら,アイデンティティの確立にもよろしくない.なので,ビザや保険証などの最重要書類以外は,この十数年,(非公式だが)Elenaで通してきた.

そして今,アメリカ国籍取得により正式にアメリカ人の仲間入りしたのを契機に,アメリカ社会での発音に合う英語表記に直すことにした.

手続きはそれほど難しくない.

必要書類をカウンティのウェブサイトからダウンロード.基本情報と氏名変更理由を入力して印刷し,夫婦の公式署名をした後,申請料$200と新聞掲載料$50を添えて裁判所に提出.「名前変更に異議がある人は連絡するように」というお知らせを地元新聞に2週間掲載するらしい.

待つこと3ヵ月, 2週間後にヒアリングに来るように,との手紙が裁判所から届く.

Court

ヒアリング当日,ハリウッド映画で目にするような裁判所の証言席に立つ.

何も悪いことをしていないはずなのに,その席に立つだけで胸が高鳴る.

「右手を挙げて」と促されたまま氏名を名乗り,嘘の発言をしないことを誓う.

(こういう時,何でいつも右手なんだろう?)

少しずつ冷静になってくる.

名前変更希望の理由を説明すると,裁判官やアシスタント達の顔が柔らかくなってくる.

直後に離婚調停を控えた彼らとしては,わが子を思う案件は,心温まるヒアリングなのだろう.

「You are not xxxxxxxxx?」

年配の裁判官の南部なまりは聞き取りにくく,何をたずねてきているのかわかりにい.Notという単語を耳にして,なにか間違いでもしでかしたかと,気が気でない.

きょとんとした顔を見せて,もう一度質問を促す.
 
「悪用のために名前変更する,ということではないですよね?」

と言っているらしい.

「Oh, no.」

と微笑み返し,にこやかにヒアリングは終了.

傍聴席に戻ってから5分ほど後,名前変更の裁判所命令書2枚が,重々しく手渡された.
 
あれから15年,我々が心を込めて名づけた名前=エレナ(Elena)を正式に取り戻した瞬間であった.

CourtOrder

 


shinojpn at 11:14|PermalinkComments(0) プロフ生活 

February 09, 2015

可能性は子供に与え,大人からは奪え(国籍取得3/3)

アメリカ国籍/市民権取得の経緯にまつわる三部作の最後である.第一部(アメリカ国籍を取得―夢と希望のため)において,娘が新体操でアメリカのナショナルメンバーを目指せるように「夢と希望」を与えることが,最大の目的であることを記した.何とめでたい親バカだろう,と呆れられたかもしれない.

その通り,私は胸を張って親バカになりきっている.子育てにおいて,実現性(probability)の高低を示して無難な成長にまとめさせようとする親ではなく,最大限の可能性(possibility)を与え示し,それに向かって努力する姿勢を育み,その過程で何かを達成する楽しさを味わってもらいたいと思っているからだ.

ナショナルメンバーを目指せるように,というのは目の前の制限を外したに過ぎず,それはオリンピック出場,そしてオリンピックでの優勝を目指せるように,という究極の可能性に及ぶ話である.たとえ実現性(probability)が限りなく低くても,「ゼロでは無い可能性(possibility)」に対してポジティブ妄想に浸ることさえできれば,夢が膨らみ,興奮し,やる気が出て,がむしゃらに努力することができるでかもしれない.こういう可能性由来のポジティブ妄想過程を強く繰り返すことによって,子供は大きく成長しやすくなるのではないだろうか.それを求めるからこそ,親バカになりきってポジティブ妄想の場を限りなく膨らませ,引き立ててあげている.

ナショナルメンバー「程度」を目指すなら,取り組む練習内容は全国レベル「程度」に留まってしまう.それでは,うまくいかなければナショナルメンバーに「さえ」なれないだろう.一方,大風呂敷にオリンピック優勝「まで」目指してしまえば,取り組む練習内容は世界レベル「まで」たどりつく.こうしておけば,たとえ思い通りにいかなくてもナショナルメンバー「程度」にはなれるかもしれない.限りなく高いレベルでの可能性を与えておけば,実現レベルでそれなりに高いものが得られるだろう,という算段である.

「目指せ日本一!」という標語をよく見かけるが,これを「目指せ世界一!」とした方が,ポジティブ妄想効果で,日本一がより近くなるのでは,という発想である.

そういう意味で,まだ出来上がっていない,一つの目標に向かって一途に取り組める子供時代には,高いレベルに向かう(変化の)可能性を与え,それに意識を向けさせてあげることが,成長や向上への大切な刺激だと思う.

一方で,「そこそこ」出来上がって,中途半端に色々な物を持って欲張りになってしまった大人にとって,可能性というのは大きな曲者になりかねない.「変化の」可能性ではなく「変化しない」可能性に対する執着が,ネガティブ妄想を引き起こしてしまいがちだからだ.

「このままいれば…(今持っている物を失わなくてすむ)」という「変化しない」ことへの可能性をもっていると,「これから何かを変えたら…(今持っている物を失ってしまうかもしれない)」という,マイナス面への意識がクローズアップされたネガティブ妄想に陥ってしまい,身動きがとれなくなってしまいがちなのだ.

たとえば,「このままここにいれば,それなりに安定したポジションで研究を続けられる」という変化しない可能性.

これに対し,「海外に行ってより研究能力を高めることができれば,よりレベルの高い楽しい研究ができるようになるかもしれない」という変化の可能性へのポジティブ妄想.

そして,「もし海外に行って研究能力を高めることができなかったら,安定したポジションで研究を続けられることができなくなるかもしれない」というネガティブ妄想.

そこそこの物を持ってしまった大人が陥りがちなネガティブ妄想であるが,そもそも,本当にそんな物が欲しかったのだろうか.(研究者としての)子供時代,何を求めていたのだろうか.一度だけの人生,どのような状況で研究を楽しみたいのだろうか.

「得る物あれば失う物あり」
である.これを逆手に考えてみる.
「得たい物があれば,持っている物を失ってしまえ」

少しばかりの物を持ってしまった私は,そうやって(変化しない)可能性という曲者を退治してネガティブ妄想の余地をなくし,自らを鼓舞していくという作戦を取ってきた.

まず,日本の大学助手(期限なし)という好ポジションを捨て,戻れる可能性のある職場を自ら失った.

数年後,日本のベストポジションへのお誘いも断り,日本の職場に帰れる可能性を自ら失った.

その数年後,日本で購入してあった新築マンションを売り払い,帰れる可能性のある家を自ら失った.

ついには,日本国籍という貴重な国籍をさえ捨て,帰れる可能性のある国を自ら失った.

こうして,ポジティブ妄想に浸るしかないように自分を追い込んで,さらに成長していくことを願っている.アメリカ国籍/市民権取得=日本国籍喪失とは,更なる成長を欲する私にとって,こういう流れの中での位置づけであり,一途に目標に向かえる「子供返り」としての手続きだったのである.

そう,さらなる可能性と実現性を高めていくための.


shinojpn at 11:26|PermalinkComments(0) プロフ生活 

October 19, 2014

アメリカ市民権獲得の本当の価値(国籍取得2/3)

「Shino がアメリカ市民権を獲得しました! Welcome to our country! 」
突然のアナウンスにキョトンと顔を上げると,教授会参加者から,温かい笑みと拍手がふくらんできた.

娘がアメリカでスポーツ競技の夢を追い続けられるように,という目的で取得したかったのはアメリカ「国籍」だった.しかし,その過程で書類上正式に使われてきた言葉は,国籍(Nationality)ではなく,市民権(Citizenship)であった.

Nationality(国籍)という言葉が「ある国への帰属」を意味するのに対し, Citizenship(市民権)とは,国籍を有する者の「国民としての権利」を意味する.移民や植民などの歴史を持つアメリカには,国民としての権利=市民権が必ずしも国籍に伴わない,あからさまな差別の時代があった.

その市民権は,人種や宗教,性別などによる差別の撤廃を目指した公民権運動という,すさまじい努力の結果として獲得されてきた.現在でも,基本的人権の不確かな国を逃れ,アメリカで人間らしく生きようと移民してくる人達が沢山いる.そのため,アメリカでは市民権は「与えられるもの」というよりも「獲得するもの」という捉え方になる.

この国で,差別されずに生きる権利を獲得するのだ.

逆に言うと,これまで市民権を持たず,永住権(グリーンカード)で暮らしていた私達は,実は差別されていた,ということになる.脳天気な私はそんなことには無頓着だったが,娘は「アメリカ代表選手決定を伴う決勝大会には参加できない」という差別を受けたのだった.市民権を持たないことによる差別とは,一般的な目に触れることはあまりなく,そういう状況になった時にその当事者だけがわかる,具体的な差別なのである.

そして,差別は,その権利が無いという行動制限自体よりも,差別に直面するという心の衝撃が悲しい.こう書いてきて,今,初めてわかったのだが,外国に暮らしてスポーツ競技を行った結果,娘は,スポーツの夢を終えないという心の痛みのみならず,差別をされたという心の痛みの,二重の痛みを負ってしまったのである.私は,二つ目の痛みについて,今まで気づくことも考えることもなかった.

奇しくも,今回の教授会でファカルティメンバー選考時の注意に話が及んだ.ファカルティの採用候補者を数名選ぶとき,人種や性別が極端に偏ることは避けなければならない,と.このようなあからさまな気遣いは逆差別ではないか,という考え方もあるだろう.一方,あからさまだろうが潜在的だろうが,差別に見えるような社会的ふるまいは,その当事者になった人にしか気づかないところで,夢や希望を失わせるという心の痛みを与えてしまう危険性もあるのだろう.

私と娘が獲得したアメリカ市民権.

行動制限という意味では,代わり映えのしない私の身の周りだが,一つだけ,ひしひしと感じることがある.
 
それは,親近感.

「市民権を取得しました」と周りのアメリカ人に報告すると,「おめでとう.Welcome to our country!」と言って親近感を感じさせてくれる.教授会での笑みや拍手からも,親近感を感じる.この温かな親近感は,本当に相手が与えてくれていて感じているのか,自分が親近感をもって接し始めて勝手に感じているのか,きっとその両方なのかもしれない.

この親近感を肌で感じて考えたのが,親近感の対義語だ.
親近感の対義語,それは疎外感だろう.
 
本当に,この文章を最後まで書いて,今,初めて気が付いた.

アメリカ市民権によって獲得した最も大切なものは,アメリカで暮らす娘が顕在的あるいは潜在的に感じてきたであろう,疎外感という心の痛みからの開放であった.

アメリカで暮らす私と私の家族にって,本当に価値の高いアメリカ市民権なのである. 

関連記事:可能性は子供に与え,大人からは奪え(国籍取得3/3)



shinojpn at 20:19|PermalinkComments(4) プロフ生活 

October 15, 2014

「篠原稔のアメリカ人プロフェッサー生活」へ

このブログ,2005年に始めた頃はコロラド大学で研究員をしており,たしか
篠原稔のアメリカ研究者生活
というタイトルだったような気がする.

2005年4月当時,「アメリカにいる理由」という記事では,日本の大学からの誘いを辞退しながらも,別の形で日本の若者に役立てれば,と,こんなことを書いていた.
若くて希望に満ちている人達に,自分の二の舞を踏んで欲しくはない.若さゆえの好奇心とパワーを活かして,興味ある分野での知的興奮を楽しんで欲しい.そういう気持ちが日に日に強くなってきた.日本にいると「研究はこんなもの」と誤解してリラックスしまう危険性があるが,それは知的財産の損失であろう.日本にいると,国際標準の研究の世界に触れる機会があまりないであろうから,まずはそういう世界を少しでも紹介すれば,自分の向かいたい方向が見えてくるのでは,と思ったのが,このblogの始まりであった.日本に帰って雑事に追われて消耗するよりは,こちらで活き活きして遠隔教育をした方が,別の教育効果があるかもしれない,と.
多くの一般の人達を対象にするのではなく,狭い世界の限られた読者層でもいいから,アメリカで過ごす研究者からの情報を真に利用できる人達を対象に,いわばニッチなブログにしようと書き連ねてきた.

その後,ジョージア工科大学に移ったときには,
篠原稔のアメリカプロフェッサー生活
へとタイトルを変え,アメリカで過ごす(日本人)プロフェッサーの生活という,さらにニッチな世界になっていった.

そして,とうとうアメリカ人になってしまい不思議な世界に入ってしまったからには,再びタイトルを変えるべきであろう.
篠原稔のアメリカ人プロフェッサー生活
か?

漢字の名前なのにアメリカ人というのも奇妙なので
ミノル・シノハラのアメリカ人プロフェッサー生活
という案も考えた.しかも,かなり真剣に.

でもファーストネームが頭にくるのはさらに奇妙なので,少しだけ奇妙なままにしておくことにした.

さて,アメリカ人として過ごすアメリカのプロフェッサー生活は,いったい何が違うのか?

実は,そういうことを考えること自体が,大きく違うのである.

乞うご期待.

shinojpn at 11:22|PermalinkComments(0)

September 23, 2014

アメリカ国籍を取得―夢と希望のため(国籍取得1/3)

48回目の誕生日を数週間後に控えた今日,アメリカ国籍を取得し,アメリカ人になった.

日本は二重国籍を認めていないため,やむなく日本国籍を放棄し,いわゆる日系アメリカ人一世となった.移民の国アメリカでは,Asian Americanとしてくくられる.“日本語が上手なアメリカ人”だ.これで14歳の娘もアメリカ国籍を自動的に取得し,日本人のままの妻にとっては「私の夫はアメリカ人」という国際結婚だ.私が日本で講演をすれば,これからは”外国人講演”となる.

今日の国籍授与式(正式には帰化宣誓式)には67カ国からの移民が出席し,国名が次々と呼ばれて立ち上がっていくさまは,まるでオリンピックの入場式アナウンスのようであった.

「皆さん,アメリカ国籍取得おめでとう!」の瞬間,涙ぐむ人達や抱き合う人達が,あちらこちらで見受けられた.それぞれ,様々な経緯や夢や決心があって,ここまでたどり着いたことを感じさせる.

Naturalization

私がアメリカ国籍を取得した最大の目的は,私の夢追求(一般に“ワガママ”と読む)に引きずられて生後5ヶ月からアメリカで育ってきた娘に,将来への夢や希望を与えるため.

6歳から新体操競技に励んでいる娘は,ナショナルメンバーを正式に競う“ジュニア”の年齢に達した昨年から,アメリカの全国決勝大会には出場できなくなってしまった.予選を勝ち抜いても決勝に進むことが許されなかった娘のやるせない気持ちは,当事者にしかわからない.一方,国籍のある日本で地方大会から勝ち抜くために,出席日数に厳しい学校を何度も休むことはできない.

自分自身の夢を追った結果,成長期の娘から夢を奪っている親が,どんなに惨めなことか.

また,アメリカでは学費が高いので,大学進学には返還不要の奨学金取得が大前提だ.将来はヘルスケア分野で「困っている人を助けたい」と希望している娘にとって,奨学金取得はては進学や就職などにおいて,アメリカ国籍がないと不利になる場合があるかもしれない.

親の夢追及(=ワガママ)のせいでアメリカ文化の中で成長している娘の夢追及から,マイナスの足かせを外すのはその張本人の責任だろう.

USCitizens

と言いつつ,自分自身もアメリカ国籍の恩恵を受ける可能性があるかもしれない.私の分野では,アメリカ人のみを対象したグラントがいくつかある.また,グローバル化への期待が高まっている日本の大学では,将来,外国籍の人を優先的に採用する可能性も高くなるかもしれない.

日本で生まれ育ち,日本の大学と大学院で教育を受け,日本の大学で働いた後にアメリカに渡り,国籍まで変えてしまった大学教員というのは,私の分野ではあまりいないだろう.日本国籍を放棄するというのは複雑な思いだが,そういう変わった立場からの情報や発言も,国籍に関する議論が進むかもしれない将来,いつの日か誰かの何らかの役に立つかもしれない,と願いつつ.

関連記事: アメリカ市民権獲得の本当の価値(国籍取得2/3)
 


shinojpn at 12:06|PermalinkComments(4) プロフ生活 

July 06, 2014

小国の研究費申請は外国の人しか査読できない

ヨーロッパのある小国から依頼されていた研究費申請書の査読が終わった.
依頼元は,厚生労働省に相当する,権威高い国立機関だ.
心に入りやすくするため,ここでは厚生労働省と呼んでしまおう.
 
他のヨーロッパ諸国同様,申請書は小国一般社会の公用語ではなく,国際研究社会での公用語=英語で書いてある.

査読コメントをアップロードしようとログインすると,まず,査読者の資格に関する確認を求めてくる.
 
「以下のいずれかに該当する人は査読者になれません.」

 “厚生労働省の担当者が依頼してきたんだから,問題ないはずだけど.”

面倒だな〜と思いながら,サラッと目を下に動かしてみる.
  • 厚生労働省の理事
  • 厚生労働省の専門委員
  • 申請者の共同研究者
 “よくあるConflict of interest (利益相反)関係の制限だし.”

サラサラッとすぐ下のリストに意識を移す.

一瞬,目が止まり,そして泳いだ.
  • 本国の大学や研究機関に属している人
“えっ!”

目を何度も左右に動かし,脳をゆっくり動かしてもみたが,読み間違えではない.

この小国の厚生労働省が出す研究費への申請書は,すべて外国の人が査読する,ということだ.

貴重な税金を適正に配分するために,すべて国際的な視点で評価したい,ということのようだ.

そういえば,
「申請者が科学者として国際的な視点からどのような位置にいるか」
という,国際評価をあからさまに問う査読項目もあった.

この小国の本気度が伝わってくる.
国内には国際レベルの研究者が少ない,という事情もあるのかもしれない.
その小国が国際競争力を高めるために,外国の人達を積極的に活用して国民を評価してもらう.
国内の税金配分を国外の人達に委ねるとはビックリだが,よく考えれば合理的だ.

査読コメントをアップロードし終わると,最後に査読者プロフィールを確認・アップデートするページに飛ばされた.厚生労働省の担当者が勝手に入力したプロフィールが載っている.
  • 所属機関と国:Georgia Institute of Technology, USA
“うん.”
  • 国籍:USA
“やはり勘違いか.”

USAを一文字づつ消しながら,ふと思う.

“勘違いされていなかったら,査読を依頼されてたのだろうか?”


shinojpn at 21:22|PermalinkComments(0) プロフ生活 

May 30, 2014

小中学校内で始まっているアメリカ格差社会の住み分け

アメリカでは親の経済力によって住むエリアが綺麗に分かれている.裕福な人が多く住むエリアは,家の値段が高い.そのエリアでは固定資産税収入が豊富になり,それに依存する公立学校の教育の質に,大きな格差が生じている.

そして,それとはまた別の「格差社会の住み分け」が,小中学校の中で既に始まっている.

つい先週卒業した娘の公立ミドルスクール(中学校)の卒業表彰式の場面である.700名を超える生徒達の席は,親達が座る後方観覧席の両隣りと,観覧席から見て左下の席(1枚目),そしてメインの先生から近く観覧席から見て右下の席(2枚目)の3箇所に分かれている.

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これらの席がホームルーム別に分かれているわけではないことが,表彰式でわかってくる.

まず,この1年間の成績がすべてB以上だった生徒が表彰される.
名前を呼ばれて順々に立ち上がっていくのは,左下の席からだ.
時折,左右の後方観覧席レベルの生徒達から,お祝いの叫び声が飛んできたりする.
同じホームルームの友人の活躍を誇らしく喜んでいるようだ.そう,観覧者として.


次に,この1年間の成績がオールAだった優秀生徒が表彰される.
静かに,順々に立ち上がっていくのは,右下の席からだ.

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さらに,ミドルスクール時代の3年間を通じて,ずっとオールAだった最優秀生徒が表彰される.
その10名ばかりは,みんな右下の席から立ち上がってきて,うやうやしくメダルを受け取る.

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そう,既に,小中学校の中で「格差社会の住み分け」が示されているのだ.

学力が最も高い生徒達は,先生に近いメインの右下の席に座り,表彰式のメイン参加者となる.
学力がそこそこ高い生徒達は,先生から少し離れた左下の席に座り,表彰式の参加者となる.
学力が優れない生徒達は,先生から遠く離れた後方観覧席に座り,表彰式の観覧者となる.

「学力格差」に基づく住み分けだ.

その後,音楽などの芸術クラスで活躍した生徒達も表彰される.
これも,ほとんど右下の席からだ.

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アメリカの大学入試では,学力以外の芸術活動もかなり重視されるため,学力が高い生徒達こそが芸術クラスでも頑張り,活躍する,という流れだ.

娘のミドルスクールでは,公立にも関わらず,生徒個人の学力に応じて,進度・深度が異なる授業を受けるようになっている.それも,スタンダードクラスから最上級クラスまで,数段階に分かれている.最上級クラスでは,博士学位を持つ先生が中心になって授業を行ない,そのクラスの生徒達はハイスクール(高校)の単位も取得してしまう.

この学力別クラス分けは,エレメンタリースクール(小学校)の2-3年生くらいから始まっている.できる生徒がピックアップされて試験を受け,選抜されていく.そして,だいたい5年生位には,スタンダードかそうでないか(Giftedと呼ばれることが多い)に大別されてしまう.その段階で,既に受ける授業が大きく違ってきてしまうので,スタンダードと上級クラスの差はどんどん大きくなっていってしまう.

さらにミドルスクールでは,上級クラスがさらに細分化され,学力の高い生徒ほど,より質の高い教育を受け,学力をさらに効率的に伸ばせることになる.上を伸ばす教育だ.

大人になってからの経済力格差による「格差社会の住み分け」を生み出すもととして,子供の頃の学力格差による「格差社会の住み分け」が,小中学校の中であからさまに行なわれているのである.


 











shinojpn at 09:23|PermalinkComments(0) プロフ生活 

August 09, 2013

銅像というプレゼンテーションで伝える心

研究論文を Written Presentation と捉えて自分の考えの伝え方を工夫しよう,と主張する今日この頃,ひょんなことから「銅像というプレゼンテーション」について考えさせられることとなった.

銅像と言えば,観光地での「記念撮影のお供」程度にしか捉えていなかった芸術音痴の私である.作者がそれぞれの銅像で何を表現したかったのかなど,それまで考えようと思ったことさえなかった.

身体運動の研究教育を専門とする私としては,運動選手の銅像に親しみが湧く.
ハンマー投げ
http://www.mytownclub.com/sns/picture.php?asid=38000&aid=1790002003&cid=0&image_no=8369

「若き心」と題されるこの銅像では,ハンマー投げというスポーツ運動の動的な一瞬が,静的な銅像として表現されている(神奈川県本厚木駅北口).芸術音痴の私が二次元の写真で見ただけでも,重いハンマーを振り投げようとする筋肉の力強さや,今にも伸び上がって動き出しそうなダイナミックさを感じとることができる.

では,作者自身は,一体何を思ってこの「若き心」の像を作ったのか.碑文を読んでみよう.
若き心
http://www.mytownclub.com/sns/picture.php?asid=38000&aid=1790002003&cid=6&image_no=8486

投擲(とうてき)をする若者と創作活動をする芸術家としての自分に共通する"心身一如の無我の境"を感じる.その,若き自らのほとばしる創作意欲の喜びを,ハンマー投げの若者に投射表現したようである.ハンマー投げの若者の力強さを表現したというよりも,ひたすら一つのことに没入する"ふるえる様な喜び"の素晴らしさと尊さを,この銅像でプレゼンテーションしているのである.


作者は,旧国立東京美術学校(現国立芸大)彫刻科を主席で卒業し,日展審査員として昭和時代に活躍した難波孫次郎という彫刻家である.彫刻界の最高峰である平櫛田中長崎平和祈念像北村西望に師事し,「常に,建立目的をつかんで精神内容の充実を重視するようにと,戒められていました」と述懐している.

難波孫次郎は,星薬科大学の創始者である星一の記念胸像を作ったときに,説明している.


「胸像制作に重要なことは,その形を通してその人格,個性をつかんで表現することであります.」
「似顔の英像を作るというよりもむしろ,永遠に本学の象徴として仰ぐ,偉大な指導者としての英智,世界人としての気品を備えた,気魄の躍動する英姿を夢見て作ることにいたしました.」
「それがためにできるだけ多くの物的資料を集め,また,知友のかたがたの言にも耳を傾け,形以外の精神的な面を探求しました.」

(星薬科大学八十年史より)

そこまで調べ,考えぬいた上で銅像を作るものだとは,考えたことがなかった.単に功績者の顔に似せた像を写実的に作るのではなく,胸像を通じて功績者独自の精神的な面を伝える,というプレゼンテーションである.
HoshiHajimeStatue
http://www.hoshi.ac.jp/home/100thAnniversary/PhotoBook/

北村西望を恩師とした難波孫次郎の作品は,師の「静的」な筋肉美とは対照的に,今にも動き出しそうな「動的」な筋肉美,身体躍動美とでもいうような,力強くダイナミックな美しさを訴えかけてくる.

Nanba_Disc1
https://www.mytownclub.com/sns/picture.php?asid=617000&aid=14660001003&cid=0&image_no=32165

「若き力」と題されるこの像は,円盤を投げようとしている若者の投擲像(神奈川県厚木市勤労福祉センター)  .重心を後ろに載せ,しっかりと前を見つめ,軽い円盤に渾身のエネルギーを与え始めようとしている.

Nanba_Rugby1 
http://blog-imgs-37.fc2.com/d/o/u/douzoukenkyu/DSCF2902_1.jpg

「清冽な若き心」と題されるこの像は,ボールを胸に走るラガーマン.胸や腕の筋肉が押しつぶされる程の力で抱えたボールを,頑強な肩を突き出して守りながら,しっかりと前を見つめ,走る.


これら難波孫次郎の「若」像たちの今にも動き出しそうな躍動感には,ひたすら圧倒されてしまう.かの古代ギリシャの円盤投げの像や,日本にある他の代表的なスポーツ関係の銅像とは全く趣きが違う.異なるスポーツの特徴的な瞬間を表現したこれらの像それぞれにおいて,我々鑑賞者の感じ方が,そして作者のプレゼンテーションしたかった心が,どう響き合えるのか.とても興味深い.

彫刻者がプレゼンテーションするとしたら,自分のどんな精神的な面に注目するのだろう,と,意味の無いことをちょっと考えてみたりもする.



shinojpn at 05:04|PermalinkComments(0) プロフ生活