July 04, 2015

娘はアメリカナショナルメンバー,妻はナショナルコーチに

私の研究上の興味(一般にワガママと読まれる)に付きあわされてアメリカで暮らしている妻と娘.住む場所=所属活動する社会について自由の利かない状況にしてしまっている立場上,二人のアメリカでの成長と成功があって初めて,自分の研究上の興味(=○○○○)を気兼ねなく追い求ることができる(参:研妻キャリア).

娘が新体操でアメリカ代表ナショナルメンバーを目指せるように,と,アメリカ市民権を取得し日本国籍を捨てた親バカ全開の父親(参:国籍取得 1/3, 2/3, 3/3).英語に不自由な妻でもアメリカ新体操界で滞りなく指導に専念できるように,と妻専属マネージャーとしてサポートに徹する夫.

アメリカ移住15年目にして,この大切な二人の確かなる成長と成功が,刺激的に現れ,刻まれることとなった.

6月上旬の新体操全米予選で娘は本来の力を出し切れず,19位と低迷.2週間後に迫る全米決勝で,上位8名のみがナショナルメンバーに入る.絶望的な順位である.

その後の2週間,妻と娘は,コーチと選手になったり,母親と娘になったりと,単純ではない関係を行ったり来たり混ぜこぜになったりしながら,夢と絶望の狭間を綱渡りしていた.二人の願いは,持っている力を出し切れる状況に持っていくこと.

私が決めた自分の役割.それは,第三者として見守ること(あの「巨人の星」の明子のように).

第三者として,コーチと選手それぞれの話に耳を傾け,妻と娘それぞれの話に耳を傾ける.ハイレベルでのスポーツパフォーマンスを追及し,ギリギリのところで頑張っている二人.それぞれが,それぞれなりの感じ方で,時には思い通りにいかない苦しみや不安に苛まれながら,向上へのエネルギーの行き先をさまよわせている.

第三者として,コーチと選手が,妻と娘が,確固たる信念で前に向かっていけるように願うしかない.

Focus(一つに集中).アメリカに来て,耳にタコができるほど何度も聞いた言葉.いつもの大会ウォームアップでは娘に直接アドバイスする私だが,全米決勝当日は選手がメインコーチ一人に集中するよう,第三者になった私のアドバイスは,メインコーチ(妻)の耳に向かってのみささやかれる.

誰もが緊張する全米決勝の本番.選手は,これまでに見せたことの無い集中力を二日間に渡って発揮し,我々二人を驚かせ,おののかせ,喜ばせた.結果,娘はトップ8に入賞してアメリカナショナルチームメンバーに,妻はアメリカナショナルコーチに,それぞれの頑張りで輝かしい立場を獲得した.

NationalMember 

スポーツや芸術での活躍が高く評価されるアメリカの大学入学システムにおいて,ナショナルチームメンバー入りは,スポーツの世界以外でも(以上に?)娘の将来に大きくプラスになる.ナショナルコーチとなった妻も,周りのコーチ達から賞賛と尊敬のまなざしで挨拶され,微笑んでいる.

二人とも,羨ましいほどの成長と成功だ.

私も頑張らないと.
NationalFamily

この報告を,アメリカ人になって最初の独立記念日にできるとは,感慨深い.


shinojpn at 23:12|PermalinkComments(2)

June 13, 2015

名前の英語表記を裁判所で修正

親が夢を託して付けた子供の名前が,思いがけず,強制的に変えられてしまうことがある.
 
15年前,娘のパスポートを日本で申請した時,英語表記はヘボン式ローマ字しか許されなかった.

我々が付けた「エレナ」という娘の名前は,ローマ字つづりで「Erena」にされてしまい,生後5ヶ月でアメリカに来てみると,「エリーナ」と呼ばれてしまう.

これじゃあ,別の人みたいだ.

「音から入ろう」と何日もかけて決めた娘の名前が,あっという間に否定されてしまった.

家の中や日本人社会ではエレナと呼ばれ,アメリカ社会ではエリーナと呼ばれていたら,アイデンティティの確立にもよろしくない.なので,ビザや保険証などの最重要書類以外は,この十数年,(非公式だが)Elenaで通してきた.

そして今,アメリカ国籍取得により正式にアメリカ人の仲間入りしたのを契機に,アメリカ社会での発音に合う英語表記に直すことにした.

手続きはそれほど難しくない.

必要書類をカウンティのウェブサイトからダウンロード.基本情報と氏名変更理由を入力して印刷し,夫婦の公式署名をした後,申請料$200と新聞掲載料$50を添えて裁判所に提出.「名前変更に異議がある人は連絡するように」というお知らせを地元新聞に2週間掲載するらしい.

待つこと3ヵ月, 2週間後にヒアリングに来るように,との手紙が裁判所から届く.

Court

ヒアリング当日,ハリウッド映画で目にするような裁判所の証言席に立つ.

何も悪いことをしていないはずなのに,その席に立つだけで胸が高鳴る.

「右手を挙げて」と促されたまま氏名を名乗り,嘘の発言をしないことを誓う.

(こういう時,何でいつも右手なんだろう?)

少しずつ冷静になってくる.

名前変更希望の理由を説明すると,裁判官やアシスタント達の顔が柔らかくなってくる.

直後に離婚調停を控えた彼らとしては,わが子を思う案件は,心温まるヒアリングなのだろう.

「You are not xxxxxxxxx?」

年配の裁判官の南部なまりは聞き取りにくく,何をたずねてきているのかわかりにい.Notという単語を耳にして,なにか間違いでもしでかしたかと,気が気でない.

きょとんとした顔を見せて,もう一度質問を促す.
 
「悪用のために名前変更する,ということではないですよね?」

と言っているらしい.

「Oh, no.」

と微笑み返し,にこやかにヒアリングは終了.

傍聴席に戻ってから5分ほど後,名前変更の裁判所命令書2枚が,重々しく手渡された.
 
あれから15年,我々が心を込めて名づけた名前=エレナ(Elena)を正式に取り戻した瞬間であった.

CourtOrder

 


shinojpn at 11:14|PermalinkComments(0) プロフ生活 

February 09, 2015

可能性は子供に与え,大人からは奪え(国籍取得3/3)

アメリカ国籍/市民権取得の経緯にまつわる三部作の最後である.第一部(アメリカ国籍を取得―夢と希望のため)において,娘が新体操でアメリカのナショナルメンバーを目指せるように「夢と希望」を与えることが,最大の目的であることを記した.何とめでたい親バカだろう,と呆れられたかもしれない.

その通り,私は胸を張って親バカになりきっている.子育てにおいて,実現性(probability)の高低を示して無難な成長にまとめさせようとする親ではなく,最大限の可能性(possibility)を与え示し,それに向かって努力する姿勢を育み,その過程で何かを達成する楽しさを味わってもらいたいと思っているからだ.

ナショナルメンバーを目指せるように,というのは目の前の制限を外したに過ぎず,それはオリンピック出場,そしてオリンピックでの優勝を目指せるように,という究極の可能性に及ぶ話である.たとえ実現性(probability)が限りなく低くても,「ゼロでは無い可能性(possibility)」に対してポジティブ妄想に浸ることさえできれば,夢が膨らみ,興奮し,やる気が出て,がむしゃらに努力することができるでかもしれない.こういう可能性由来のポジティブ妄想過程を強く繰り返すことによって,子供は大きく成長しやすくなるのではないだろうか.それを求めるからこそ,親バカになりきってポジティブ妄想の場を限りなく膨らませ,引き立ててあげている.

ナショナルメンバー「程度」を目指すなら,取り組む練習内容は全国レベル「程度」に留まってしまう.それでは,うまくいかなければナショナルメンバーに「さえ」なれないだろう.一方,大風呂敷にオリンピック優勝「まで」目指してしまえば,取り組む練習内容は世界レベル「まで」たどりつく.こうしておけば,たとえ思い通りにいかなくてもナショナルメンバー「程度」にはなれるかもしれない.限りなく高いレベルでの可能性を与えておけば,実現レベルでそれなりに高いものが得られるだろう,という算段である.

「目指せ日本一!」という標語をよく見かけるが,これを「目指せ世界一!」とした方が,ポジティブ妄想効果で,日本一がより近くなるのでは,という発想である.

そういう意味で,まだ出来上がっていない,一つの目標に向かって一途に取り組める子供時代には,高いレベルに向かう(変化の)可能性を与え,それに意識を向けさせてあげることが,成長や向上への大切な刺激だと思う.

一方で,「そこそこ」出来上がって,中途半端に色々な物を持って欲張りになってしまった大人にとって,可能性というのは大きな曲者になりかねない.「変化の」可能性ではなく「変化しない」可能性に対する執着が,ネガティブ妄想を引き起こしてしまいがちだからだ.

「このままいれば…(今持っている物を失わなくてすむ)」という「変化しない」ことへの可能性をもっていると,「これから何かを変えたら…(今持っている物を失ってしまうかもしれない)」という,マイナス面への意識がクローズアップされたネガティブ妄想に陥ってしまい,身動きがとれなくなってしまいがちなのだ.

たとえば,「このままここにいれば,それなりに安定したポジションで研究を続けられる」という変化しない可能性.

これに対し,「海外に行ってより研究能力を高めることができれば,よりレベルの高い楽しい研究ができるようになるかもしれない」という変化の可能性へのポジティブ妄想.

そして,「もし海外に行って研究能力を高めることができなかったら,安定したポジションで研究を続けられることができなくなるかもしれない」というネガティブ妄想.

そこそこの物を持ってしまった大人が陥りがちなネガティブ妄想であるが,そもそも,本当にそんな物が欲しかったのだろうか.(研究者としての)子供時代,何を求めていたのだろうか.一度だけの人生,どのような状況で研究を楽しみたいのだろうか.

「得る物あれば失う物あり」
である.これを逆手に考えてみる.
「得たい物があれば,持っている物を失ってしまえ」

少しばかりの物を持ってしまった私は,そうやって(変化しない)可能性という曲者を退治してネガティブ妄想の余地をなくし,自らを鼓舞していくという作戦を取ってきた.

まず,日本の大学助手(期限なし)という好ポジションを捨て,戻れる可能性のある職場を自ら失った.

数年後,日本のベストポジションへのお誘いも断り,日本の職場に帰れる可能性を自ら失った.

その数年後,日本で購入してあった新築マンションを売り払い,帰れる可能性のある家を自ら失った.

ついには,日本国籍という貴重な国籍をさえ捨て,帰れる可能性のある国を自ら失った.

こうして,ポジティブ妄想に浸るしかないように自分を追い込んで,さらに成長していくことを願っている.アメリカ国籍/市民権取得=日本国籍喪失とは,更なる成長を欲する私にとって,こういう流れの中での位置づけであり,一途に目標に向かえる「子供返り」としての手続きだったのである.

そう,さらなる可能性と実現性を高めていくための.


shinojpn at 11:26|PermalinkComments(0) プロフ生活 

October 19, 2014

アメリカ市民権獲得の本当の価値(国籍取得2/3)

「Shino がアメリカ市民権を獲得しました! Welcome to our country! 」
突然のアナウンスにキョトンと顔を上げると,教授会参加者から,温かい笑みと拍手がふくらんできた.

娘がアメリカでスポーツ競技の夢を追い続けられるように,という目的で取得したかったのはアメリカ「国籍」だった.しかし,その過程で書類上正式に使われてきた言葉は,国籍(Nationality)ではなく,市民権(Citizenship)であった.

Nationality(国籍)という言葉が「ある国への帰属」を意味するのに対し, Citizenship(市民権)とは,国籍を有する者の「国民としての権利」を意味する.移民や植民などの歴史を持つアメリカには,国民としての権利=市民権が必ずしも国籍に伴わない,あからさまな差別の時代があった.

その市民権は,人種や宗教,性別などによる差別の撤廃を目指した公民権運動という,すさまじい努力の結果として獲得されてきた.現在でも,基本的人権の不確かな国を逃れ,アメリカで人間らしく生きようと移民してくる人達が沢山いる.そのため,アメリカでは市民権は「与えられるもの」というよりも「獲得するもの」という捉え方になる.

この国で,差別されずに生きる権利を獲得するのだ.

逆に言うと,これまで市民権を持たず,永住権(グリーンカード)で暮らしていた私達は,実は差別されていた,ということになる.脳天気な私はそんなことには無頓着だったが,娘は「アメリカ代表選手決定を伴う決勝大会には参加できない」という差別を受けたのだった.市民権を持たないことによる差別とは,一般的な目に触れることはあまりなく,そういう状況になった時にその当事者だけがわかる,具体的な差別なのである.

そして,差別は,その権利が無いという行動制限自体よりも,差別に直面するという心の衝撃が悲しい.こう書いてきて,今,初めてわかったのだが,外国に暮らしてスポーツ競技を行った結果,娘は,スポーツの夢を終えないという心の痛みのみならず,差別をされたという心の痛みの,二重の痛みを負ってしまったのである.私は,二つ目の痛みについて,今まで気づくことも考えることもなかった.

奇しくも,今回の教授会でファカルティメンバー選考時の注意に話が及んだ.ファカルティの採用候補者を数名選ぶとき,人種や性別が極端に偏ることは避けなければならない,と.このようなあからさまな気遣いは逆差別ではないか,という考え方もあるだろう.一方,あからさまだろうが潜在的だろうが,差別に見えるような社会的ふるまいは,その当事者になった人にしか気づかないところで,夢や希望を失わせるという心の痛みを与えてしまう危険性もあるのだろう.

私と娘が獲得したアメリカ市民権.

行動制限という意味では,代わり映えのしない私の身の周りだが,一つだけ,ひしひしと感じることがある.
 
それは,親近感.

「市民権を取得しました」と周りのアメリカ人に報告すると,「おめでとう.Welcome to our country!」と言って親近感を感じさせてくれる.教授会での笑みや拍手からも,親近感を感じる.この温かな親近感は,本当に相手が与えてくれていて感じているのか,自分が親近感をもって接し始めて勝手に感じているのか,きっとその両方なのかもしれない.

この親近感を肌で感じて考えたのが,親近感の対義語だ.
親近感の対義語,それは疎外感だろう.
 
本当に,この文章を最後まで書いて,今,初めて気が付いた.

アメリカ市民権によって獲得した最も大切なものは,アメリカで暮らす娘が顕在的あるいは潜在的に感じてきたであろう,疎外感という心の痛みからの開放であった.

アメリカで暮らす私と私の家族にって,本当に価値の高いアメリカ市民権なのである. 


shinojpn at 20:19|PermalinkComments(5) プロフ生活 

October 15, 2014

「篠原稔のアメリカ人プロフェッサー生活」へ

このブログ,2005年に始めた頃はコロラド大学で研究員をしており,たしか
篠原稔のアメリカ研究者生活
というタイトルだったような気がする.

2005年4月当時,「アメリカにいる理由」という記事では,日本の大学からの誘いを辞退しながらも,別の形で日本の若者に役立てれば,と,こんなことを書いていた.
若くて希望に満ちている人達に,自分の二の舞を踏んで欲しくはない.若さゆえの好奇心とパワーを活かして,興味ある分野での知的興奮を楽しんで欲しい.そういう気持ちが日に日に強くなってきた.日本にいると「研究はこんなもの」と誤解してリラックスしまう危険性があるが,それは知的財産の損失であろう.日本にいると,国際標準の研究の世界に触れる機会があまりないであろうから,まずはそういう世界を少しでも紹介すれば,自分の向かいたい方向が見えてくるのでは,と思ったのが,このblogの始まりであった.日本に帰って雑事に追われて消耗するよりは,こちらで活き活きして遠隔教育をした方が,別の教育効果があるかもしれない,と.
多くの一般の人達を対象にするのではなく,狭い世界の限られた読者層でもいいから,アメリカで過ごす研究者からの情報を真に利用できる人達を対象に,いわばニッチなブログにしようと書き連ねてきた.

その後,ジョージア工科大学に移ったときには,
篠原稔のアメリカプロフェッサー生活
へとタイトルを変え,アメリカで過ごす(日本人)プロフェッサーの生活という,さらにニッチな世界になっていった.

そして,とうとうアメリカ人になってしまい不思議な世界に入ってしまったからには,再びタイトルを変えるべきであろう.
篠原稔のアメリカ人プロフェッサー生活
か?

漢字の名前なのにアメリカ人というのも奇妙なので
ミノル・シノハラのアメリカ人プロフェッサー生活
という案も考えた.しかも,かなり真剣に.

でもファーストネームが頭にくるのはさらに奇妙なので,少しだけ奇妙なままにしておくことにした.

さて,アメリカ人として過ごすアメリカのプロフェッサー生活は,いったい何が違うのか?

実は,そういうことを考えること自体が,大きく違うのである.

乞うご期待.

shinojpn at 11:22|PermalinkComments(0)

September 23, 2014

アメリカ国籍を取得―夢と希望のため(国籍取得1/3)

48回目の誕生日を数週間後に控えた今日,アメリカ国籍を取得し,アメリカ人になった.

日本は二重国籍を認めていないため,やむなく日本国籍を放棄し,いわゆる日系アメリカ人一世となった.移民の国アメリカでは,Asian Americanとしてくくられる.“日本語が上手なアメリカ人”だ.これで14歳の娘もアメリカ国籍を自動的に取得し,日本人のままの妻にとっては「私の夫はアメリカ人」という国際結婚だ.私が日本で講演をすれば,これからは”外国人講演”となる.

今日の国籍授与式(正式には帰化宣誓式)には67カ国からの移民が出席し,国名が次々と呼ばれて立ち上がっていくさまは,まるでオリンピックの入場式アナウンスのようであった.

「皆さん,アメリカ国籍取得おめでとう!」の瞬間,涙ぐむ人達や抱き合う人達が,あちらこちらで見受けられた.それぞれ,様々な経緯や夢や決心があって,ここまでたどり着いたことを感じさせる.

Naturalization

私がアメリカ国籍を取得した最大の目的は,私の夢追求(一般に“ワガママ”と読む)に引きずられて生後5ヶ月からアメリカで育ってきた娘に,将来への夢や希望を与えるため.

6歳から新体操競技に励んでいる娘は,ナショナルメンバーを正式に競う“ジュニア”の年齢に達した昨年から,アメリカの全国決勝大会には出場できなくなってしまった.予選を勝ち抜いても決勝に進むことが許されなかった娘のやるせない気持ちは,当事者にしかわからない.一方,国籍のある日本で地方大会から勝ち抜くために,出席日数に厳しい学校を何度も休むことはできない.

自分自身の夢を追った結果,成長期の娘から夢を奪っている親が,どんなに惨めなことか.

また,アメリカでは学費が高いので,大学進学には返還不要の奨学金取得が大前提だ.将来はヘルスケア分野で「困っている人を助けたい」と希望している娘にとって,奨学金取得はては進学や就職などにおいて,アメリカ国籍がないと不利になる場合があるかもしれない.

親の夢追及(=ワガママ)のせいでアメリカ文化の中で成長している娘の夢追及から,マイナスの足かせを外すのはその張本人の責任だろう.

USCitizens

と言いつつ,自分自身もアメリカ国籍の恩恵を受ける可能性があるかもしれない.私の分野では,アメリカ人のみを対象したグラントがいくつかある.また,グローバル化への期待が高まっている日本の大学では,将来,外国籍の人を優先的に採用する可能性も高くなるかもしれない.

日本で生まれ育ち,日本の大学と大学院で教育を受け,日本の大学で働いた後にアメリカに渡り,国籍まで変えてしまった大学教員というのは,私の分野ではあまりいないだろう.日本国籍を放棄するというのは複雑な思いだが,そういう変わった立場からの情報や発言も,国籍に関する議論が進むかもしれない将来,いつの日か誰かの何らかの役に立つかもしれない,と願いつつ.


shinojpn at 12:06|PermalinkComments(4) プロフ生活 

July 06, 2014

小国の研究費申請は外国の人しか査読できない

ヨーロッパのある小国から依頼されていた研究費申請書の査読が終わった.
依頼元は,厚生労働省に相当する,権威高い国立機関だ.
心に入りやすくするため,ここでは厚生労働省と呼んでしまおう.
 
他のヨーロッパ諸国同様,申請書は小国一般社会の公用語ではなく,国際研究社会での公用語=英語で書いてある.

査読コメントをアップロードしようとログインすると,まず,査読者の資格に関する確認を求めてくる.
 
「以下のいずれかに該当する人は査読者になれません.」

 “厚生労働省の担当者が依頼してきたんだから,問題ないはずだけど.”

面倒だな〜と思いながら,サラッと目を下に動かしてみる.
  • 厚生労働省の理事
  • 厚生労働省の専門委員
  • 申請者の共同研究者
 “よくあるConflict of interest (利益相反)関係の制限だし.”

サラサラッとすぐ下のリストに意識を移す.

一瞬,目が止まり,そして泳いだ.
  • 本国の大学や研究機関に属している人
“えっ!”

目を何度も左右に動かし,脳をゆっくり動かしてもみたが,読み間違えではない.

この小国の厚生労働省が出す研究費への申請書は,すべて外国の人が査読する,ということだ.

貴重な税金を適正に配分するために,すべて国際的な視点で評価したい,ということのようだ.

そういえば,
「申請者が科学者として国際的な視点からどのような位置にいるか」
という,国際評価をあからさまに問う査読項目もあった.

この小国の本気度が伝わってくる.
国内には国際レベルの研究者が少ない,という事情もあるのかもしれない.
その小国が国際競争力を高めるために,外国の人達を積極的に活用して国民を評価してもらう.
国内の税金配分を国外の人達に委ねるとはビックリだが,よく考えれば合理的だ.

査読コメントをアップロードし終わると,最後に査読者プロフィールを確認・アップデートするページに飛ばされた.厚生労働省の担当者が勝手に入力したプロフィールが載っている.
  • 所属機関と国:Georgia Institute of Technology, USA
“うん.”
  • 国籍:USA
“やはり勘違いか.”

USAを一文字づつ消しながら,ふと思う.

“勘違いされていなかったら,査読を依頼されてたのだろうか?”


shinojpn at 21:22|PermalinkComments(0) プロフ生活 

May 30, 2014

小中学校内で始まっているアメリカ格差社会の住み分け

アメリカでは親の経済力によって住むエリアが綺麗に分かれている.裕福な人が多く住むエリアは,家の値段が高い.そのエリアでは固定資産税収入が豊富になり,それに依存する公立学校の教育の質に,大きな格差が生じている.

そして,それとはまた別の「格差社会の住み分け」が,小中学校の中で既に始まっている.

つい先週卒業した娘の公立ミドルスクール(中学校)の卒業表彰式の場面である.700名を超える生徒達の席は,親達が座る後方観覧席の両隣りと,観覧席から見て左下の席(1枚目),そしてメインの先生から近く観覧席から見て右下の席(2枚目)の3箇所に分かれている.

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これらの席がホームルーム別に分かれているわけではないことが,表彰式でわかってくる.

まず,この1年間の成績がすべてB以上だった生徒が表彰される.
名前を呼ばれて順々に立ち上がっていくのは,左下の席からだ.
時折,左右の後方観覧席レベルの生徒達から,お祝いの叫び声が飛んできたりする.
同じホームルームの友人の活躍を誇らしく喜んでいるようだ.そう,観覧者として.


次に,この1年間の成績がオールAだった優秀生徒が表彰される.
静かに,順々に立ち上がっていくのは,右下の席からだ.

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さらに,ミドルスクール時代の3年間を通じて,ずっとオールAだった最優秀生徒が表彰される.
その10名ばかりは,みんな右下の席から立ち上がってきて,うやうやしくメダルを受け取る.

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そう,既に,小中学校の中で「格差社会の住み分け」が示されているのだ.

学力が最も高い生徒達は,先生に近いメインの右下の席に座り,表彰式のメイン参加者となる.
学力がそこそこ高い生徒達は,先生から少し離れた左下の席に座り,表彰式の参加者となる.
学力が優れない生徒達は,先生から遠く離れた後方観覧席に座り,表彰式の観覧者となる.

「学力格差」に基づく住み分けだ.

その後,音楽などの芸術クラスで活躍した生徒達も表彰される.
これも,ほとんど右下の席からだ.

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アメリカの大学入試では,学力以外の芸術活動もかなり重視されるため,学力が高い生徒達こそが芸術クラスでも頑張り,活躍する,という流れだ.

娘のミドルスクールでは,公立にも関わらず,生徒個人の学力に応じて,進度・深度が異なる授業を受けるようになっている.それも,スタンダードクラスから最上級クラスまで,数段階に分かれている.最上級クラスでは,博士学位を持つ先生が中心になって授業を行ない,そのクラスの生徒達はハイスクール(高校)の単位も取得してしまう.

この学力別クラス分けは,エレメンタリースクール(小学校)の2-3年生くらいから始まっている.できる生徒がピックアップされて試験を受け,選抜されていく.そして,だいたい5年生位には,スタンダードかそうでないか(Giftedと呼ばれることが多い)に大別されてしまう.その段階で,既に受ける授業が大きく違ってきてしまうので,スタンダードと上級クラスの差はどんどん大きくなっていってしまう.

さらにミドルスクールでは,上級クラスがさらに細分化され,学力の高い生徒ほど,より質の高い教育を受け,学力をさらに効率的に伸ばせることになる.上を伸ばす教育だ.

大人になってからの経済力格差による「格差社会の住み分け」を生み出すもととして,子供の頃の学力格差による「格差社会の住み分け」が,小中学校の中であからさまに行なわれているのである.


 











shinojpn at 09:23|PermalinkComments(0) プロフ生活 

August 09, 2013

銅像というプレゼンテーションで伝える心

研究論文を Written Presentation と捉えて自分の考えの伝え方を工夫しよう,と主張する今日この頃,ひょんなことから「銅像というプレゼンテーション」について考えさせられることとなった.

銅像と言えば,観光地での「記念撮影のお供」程度にしか捉えていなかった芸術音痴の私である.作者がそれぞれの銅像で何を表現したかったのかなど,それまで考えようと思ったことさえなかった.

身体運動の研究教育を専門とする私としては,運動選手の銅像に親しみが湧く.
ハンマー投げ
http://www.mytownclub.com/sns/picture.php?asid=38000&aid=1790002003&cid=0&image_no=8369

「若き心」と題されるこの銅像では,ハンマー投げというスポーツ運動の動的な一瞬が,静的な銅像として表現されている(神奈川県本厚木駅北口).芸術音痴の私が二次元の写真で見ただけでも,重いハンマーを振り投げようとする筋肉の力強さや,今にも伸び上がって動き出しそうなダイナミックさを感じとることができる.

では,作者自身は,一体何を思ってこの「若き心」の像を作ったのか.碑文を読んでみよう.
若き心
http://www.mytownclub.com/sns/picture.php?asid=38000&aid=1790002003&cid=6&image_no=8486

投擲(とうてき)をする若者と創作活動をする芸術家としての自分に共通する"心身一如の無我の境"を感じる.その,若き自らのほとばしる創作意欲の喜びを,ハンマー投げの若者に投射表現したようである.ハンマー投げの若者の力強さを表現したというよりも,ひたすら一つのことに没入する"ふるえる様な喜び"の素晴らしさと尊さを,この銅像でプレゼンテーションしているのである.


作者は,旧国立東京美術学校(現国立芸大)彫刻科を主席で卒業し,日展審査員として昭和時代に活躍した難波孫次郎という彫刻家である.彫刻界の最高峰である平櫛田中長崎平和祈念像北村西望に師事し,「常に,建立目的をつかんで精神内容の充実を重視するようにと,戒められていました」と述懐している.

難波孫次郎は,星薬科大学の創始者である星一の記念胸像を作ったときに,説明している.


「胸像制作に重要なことは,その形を通してその人格,個性をつかんで表現することであります.」
「似顔の英像を作るというよりもむしろ,永遠に本学の象徴として仰ぐ,偉大な指導者としての英智,世界人としての気品を備えた,気魄の躍動する英姿を夢見て作ることにいたしました.」
「それがためにできるだけ多くの物的資料を集め,また,知友のかたがたの言にも耳を傾け,形以外の精神的な面を探求しました.」

(星薬科大学八十年史より)

そこまで調べ,考えぬいた上で銅像を作るものだとは,考えたことがなかった.単に功績者の顔に似せた像を写実的に作るのではなく,胸像を通じて功績者独自の精神的な面を伝える,というプレゼンテーションである.
HoshiHajimeStatue
http://www.hoshi.ac.jp/home/100thAnniversary/PhotoBook/

北村西望を恩師とした難波孫次郎の作品は,師の「静的」な筋肉美とは対照的に,今にも動き出しそうな「動的」な筋肉美,身体躍動美とでもいうような,力強くダイナミックな美しさを訴えかけてくる.

Nanba_Disc1
https://www.mytownclub.com/sns/picture.php?asid=617000&aid=14660001003&cid=0&image_no=32165

「若き力」と題されるこの像は,円盤を投げようとしている若者の投擲像(神奈川県厚木市勤労福祉センター)  .重心を後ろに載せ,しっかりと前を見つめ,軽い円盤に渾身のエネルギーを与え始めようとしている.

Nanba_Rugby1 
http://blog-imgs-37.fc2.com/d/o/u/douzoukenkyu/DSCF2902_1.jpg

「清冽な若き心」と題されるこの像は,ボールを胸に走るラガーマン.胸や腕の筋肉が押しつぶされる程の力で抱えたボールを,頑強な肩を突き出して守りながら,しっかりと前を見つめ,走る.


これら難波孫次郎の「若」像たちの今にも動き出しそうな躍動感には,ひたすら圧倒されてしまう.かの古代ギリシャの円盤投げの像や,日本にある他の代表的なスポーツ関係の銅像とは全く趣きが違う.異なるスポーツの特徴的な瞬間を表現したこれらの像それぞれにおいて,我々鑑賞者の感じ方が,そして作者のプレゼンテーションしたかった心が,どう響き合えるのか.とても興味深い.

彫刻者がプレゼンテーションするとしたら,自分のどんな精神的な面に注目するのだろう,と,意味の無いことをちょっと考えてみたりもする.



shinojpn at 05:04|PermalinkComments(0) プロフ生活 

July 28, 2013

「学問販売所ではない大学」へ表敬訪問

「わたしは学問販売所ではない,本当の人をつくる大学にしたい」

高等教育の価値が揺らぐ現代にこそ必要な本質的理想を,今から100年も前から叫び続けていた男がいた.

福島県出身のその男は,明治から昭和にかけ,アメリカで12年かけて育んだ“和魂洋才”(杉山茂丸, 1988)を基に,科学を中心とした教育,事業,社会貢献が三位一体として循環する理想的システムの構築へと,努力を続けた.

男が,科学利用事業として製薬会社を始めた時,その当初から図書館付き教育部門を社内に設けたことは,その時代においては突飛なことではあったが,その男にとってはごく当たり前,いや必然の前提条件であった.

「営利事業と社会奉仕を並行できる可能性を世界に示したい」

男は,“親切第一”主義に従えばそれは可能という信念から,その実現に向かって多面にわたる努力をした. 

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そして「アメリカ人」とも愛称されたこの男にとって,社会奉仕の“社会”とは狭い一国のことではなく,グローバルな“世界”のことであった.

チェーン店システムを日本で初めて作り仕事に困った人々を救い,社員のみならず各地方店主にも教育を施して成功させ,その子息にも無料で教育を施し,女子寮や保育園を作り,選挙大学を開いて民衆を啓蒙し,敗戦で困窮のドイツ化学会に大金を寄付し…,すべて“親切第一”主義に基づく行動である.

この「努力と信念の世界人(大山恵佐, 1949)」星一は,星製薬社長でありながら,「社長」ではなく「星一先生」と当初から呼ばれていた.私の家系がこのユニークな教育者と同じ血を引いていることを知り,この度,その星一が創立した星薬科大学を家族三世代で表敬訪問した.

コロンビア大学ローホールを模したドーム型大講堂を中心に,趣き深いキャンパスのここかしこに星一の魂が宿る.田中隆治学長や事務局長,星製薬取締役など,沢山の関係者から恐縮する程の厚遇と貴重な資料などをいただく.

星薬科大学八十年史(1991)という1,000ページ以上の“バイブル”には,建学の精神と,その実現に対する戦いとも言える程の努力の歴史が,心に訴えかける語録と共に刻まれている.そんな書物でしか知らない星一の業績に関し,実物証拠の展示場となっているのが歴史資料館だ.

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星一について調べ始めてから,何度も何度も目にした「親切第一」という言葉.星一自筆の「親切第一」揮毫(きごう)に出会った瞬間,満面の笑みがこぼれてしまう.

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「親切とは積極的人道行為又は善行為を意味する.」

星一は, 何事に対しても親切第一になれ,とその主義を教え続ける.

「自己に親切になれ.自己に親切を施し得ぬようでは,他に対して親切を施すことは出来ぬ.」

「時間に親切になれ.今日失いたる金銀は,明日之を補うことができるが,今日失いたる時間は,再び之を得ることはできない.」

「学問に親切になれ.学問に親切なれば,学問より慈しまれ,遂には学問をせぬでは居られぬ様になる.」

星一は,自らの子供にこそ,この親切第一を体現してもらいたいと,長男に親一と名付ける.それが,ショートショートの神様,SF作家の星新一である.
 

星一の代表的な写真の前で,すかさず記念写真.

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瞬間,まるで魂が乗り移ったかのように,顔つきが変わる.

そして,同じ血を引いている娘(13歳)も記念写真.

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「星一は,13歳の頃,もう小学校の先生をしていたんだよ.」

「私だって,学校で下級生に勉強教えたり,色んな人に新体操教えたりしているもん!」

すかさず切り返してくる.やはり,血なのか.
 

アメリカ時代に出会った野口英世とは福島県出身同士の親友であり,母に会うための帰国旅費や滞在費を全面サポートしたりしている.

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 野口英世とともに発明王トーマス・エジソンに会ったとき,写真へのサインとともに添えられた一言が心に響く.

「なぜ多くの人は成功しないのか? それは,考えないからだ.」 

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“Because they don’t THINK”

成功したい星一にとって,そして,成功を望む人々を教育するにあたって,この成功者からの戒めには,こだわり続けなければならない. 

成功とは何か.星製薬という営利事業の成功は,営利事業と社会奉仕の並行システムの実現にとって必要な一部にすぎない.営利事業の成功によって,金銭的な財産を個人が得て満足するのが目的ではない.


「貧乏からこそ成功が生まれる」
と信じる星一は,贅沢嫌いであり,社長であっても,身にまとうのは社員と全く同じ制服である.

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しかも,間近で見ると,ボロボロのつぎはぎだらけだ.


当時の知人は,清貧星一のエピソードを記す.

「財布をすられたことがあった.その時は革の財布.そうしたら,“俺はまだ革の財布を持つ資格の無い人間だ”と.それで,奥さんに紙に布を貼らして,それを持って来られた.」

求めるべきは,社会奉仕の成功である.

エジソン曰く「成功しないのは,考えないからだ」

「科学なしに成功なし.」

「科学は成功の近道である.」

科学,すなわち学問こそが成功への近道だ.

科学や学問を使った成功のために必要な財産は,お金ではない.

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「一に人,二に人,三に人,万事人なり.何時でも,何処でも人である.如何なる時代にも,金より人である.」

「人格は財産中の最大最高の財産である.永久不動産の財産である.」

その最大最高の財産を作りだす現場の一つとして,大学がある.
 

大学正面の,一番目立つ所に星一の胸像がある.日展審査員の難波孫次郎が,その精神的な面を探求して作りあげた.その胸像の裏に,建学理念がしっかりと刻まれている.

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「本学は 世界に奉仕する 人材育成の揺籃(ようらん)である」(揺籃=ゆりかご)

この理念は,コロンビア大学を模した大講堂の開堂式でも伝えられている. 

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奇しくも世界に飛び出して学問をしている者として,私もいつかこの大講堂で話をし,同じ血を引く偉人の思いに,少しでも貢献できれば,と願う.

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 娘も,同じ思いか.

「我思ふ 百世後の若人を 如何に育てん 如何に教へん」

この偉人の壮大なる考えや実行力は,星新一の記した伝記(明治・父・アメリカ (新潮文庫) [文庫]
 人民は弱し 官吏は強し (新潮文庫) [文庫] 明治の人物誌 (新潮文庫) [文庫])に記されている.

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最近,これらの刺激に次々と触れるたび,翻って自分自身の生き様について再考させられる.二十歳前後のアイデンティティ確立の頃,様々な刺激を得て,自分の価値観と生きる方向性を考え,決めていった.あれから二十年以上が経ち,アメリカでテニュアを取って落ち着きつつある今,このような刺激が私のDNAに揺さぶりをかける.

「君の親切第一は? さあ,そろそろアイデンティティを再考し,再確立せよ」
と,訴えかけられているような気がしてならない.


(星薬科大学は五反田の戸越銀座のそばにあり,8/2-3オープンキャンパス




shinojpn at 19:20|PermalinkComments(1) プロフ生活 

July 21, 2013

アメリカでPhDを育て上げて成長する

アメリカで育てた2人目のPhD院生が,無事,学位論文のディフェンスを終えた.昨年の1人目はアフリカ系アメリカ人女性で,今回の2人目はロシア系アメリカ人男性.2人目にして人種,性別の両面でいわゆるDiversity(多様性)を満たすこととなった.

この多様性とは,実は人種や性別という見た目以外のところにも,大きく根をはっている.そんな多様性に満ちたアメリカでPhDを育て上げるという教育経験は,多様性の少ない日本出身の自分を,否応なく成長させてくれる機会を与えてくれている. 
 

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多様性と言えど,教育の本質であるサイエンス自体は世界共通なので, 世界のどこであろうとPhDを育てる教育において目指す方向には,揺るぎがない.


「新しく質の高い サイエンス研究を独立して行える能力を養う」

これがメインであり,そして,これにこだわらなければ私がここでPhD教育をする意味がない.

だが,この能力を養う過程においては多大な時間と労力が必要であり,自主的に学ぶために失敗させることも,すぐには答えを与えずに多少苦しませることもるため,院生にとっては 非効率的に感じることも少なくないであろう.さらに,私のPhD教育では,論文執筆能力と執筆過程での解釈深化に関する要求度も高く,それこそ書いては消してを繰り返す,一見非効率的に見える営みを何度も続けなければならない.

日本とは大きく文化の異なるアメリカ社会の中で, 社会的にも時代的にも自分が培ってきたのとは違う多様な価値観を持つアメリカ人院生に,そんな 学習活動を5年間も行わせ続けて成長させるには,自分の狭い価値観だけで教育していては,うまくいかない.

自分にとって「一番大切なこだわり」が満たされるようにするために,そして相手にとってのこだわりが満たされるようにするために,研究や学習に対する取り組み全般に関する話を,長い時間掛け,頻繁に行ってきた.そして,「二番目以降のこだわり」には積極的に目をつぶる.そうやって,もしかすると日本的とでも言えるような「つまらないこだわり」を,一つ一つ消していった.それは,自己否定による自己実現への道のりでもあった.

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当人は全く気づいていないだろうが,彼がPhD取得までの間に大きく成長したのと同じ位,その間に私も大きく成長させてもらえたのである.子どもによって親が人間として成長させてもらうのと似ているかもしれない.

そして,この成功体験が,次なる成長を生み出す礎となり始めていることに,私は気付き出した.
 



shinojpn at 22:20|PermalinkComments(0) プロフ生活 

June 24, 2013

大学の後輩女性がアメリカで飛躍:PhD取得&イギリスの大学就職

今は昔,大学に文系で入学した当初は,国際関係論を専攻する予定で意気込んでいた.そんなかつてのはかない思い出を遠くから呼びさますかのように,同じ大学出身の少し遅咲きの後輩(女性)が,ここアトランタで大きな飛躍を遂げた.

国際政治学を専攻し,つい数日前に博士論文を提出,来週半ばの口頭試問が終われば,晴れてPhDを取得する.イギリスの大学にテニュア付きの教員としての就職も決まったという,二連発のお目出度い話だ.同じアメリカで苦労してきた後輩の喜びを分かち合おうと,祝杯をあげずにはいられなくなった.

日本人思いのお店のカウンターで,大将の目の前に座らせてもらう.

「今日は,この女性のお祝いをさせていただこうと思って.」
「チャーミングで素敵な方なんですが,いや,こんなに強い目をした女性は,初めて見ました.すごいエネルギーを感じます.ほんとに.」

長年の客商売で何人もの女性達を目の前で見続けてきた大将が,どぎまぎしながら,うなるように驚きの声をあげた.

隣りで照れ隠しっぽく頬杖をついていた顔を,ひょいと左に傾けてみる.今日の主役は,女性研究者という陳腐なイメージにはつぶされず,丁寧に化粧をしてきている.紅の引かれた唇にふと魅き込まれそうになったいたずらな視線を,違う違う,と心でつぶやきながらそっと押し上げてみる.

目は口ほどにものを言う.

この目が,これまで,何を見て来たのか.

そして,この目で,今,何を見つめているのだろうか.

日本で暮らす同輩達は,官僚になったり,大きな会社で活躍したり,そんな着々とした人生を随分前から進み続けている.自分自身は,20代半ばになってから渡米,20代後半からPhD課程に通い始め,30半ばになって悶々とした学生生活をやっと終える.同輩達が一般的な道を歩んでいく姿に目を奪われそうになったこともあるだろうが,自分自身を見つめることに正直であり続け,世界に自分の道を切り開いていった.

ここ一年の就職活動の中,アメリカ各地はもちろん,シンガポールやカザフスタンなどの大学に就職する可能性にも揺さぶられた.学問的にも生活的にも,大きく異なる文化にさらけ出された自分の姿を心の中に映し出すことは,自分自身を,より深く見つめ直させてくれる.それは,自分が本当にしたいことなのか,そして,自分を伸ばせる環境なのか.それらを求めることは,分不相応な,贅沢なことなのか.

そんな心の揺れに押しつぶされそうになる自分の弱さに戸惑いながらも,それくらいの揺れには負けない自分を作らなきゃと,大和撫子ならではの力を振り絞り,目の前の博士論文執筆にエネルギーを注ぐ.

「天は自ら助くる者を助く」

博士論文執筆が進んだ最後の最後になった頃,まるでご褒美かのように,望ましい就職話が舞い込んでくる.

最終的に決めたこのイギリスでの大学教員職は,テニュア付きのいわゆる安泰なポジションである.しかし,ここは安逸に過ごす場所ではなく,次のステップ用に自分を伸ばすための一時的な場所と,既に決めている.数年後に成長してアメリカに戻って来るため,今からでも早く次の研究をしていかないと,と意気込んでいる.

この強い目は,もうすぐ実現する新たな自分の姿を,静的な固定物としてではなく,そこからさらに成長していく動的な変化物として追い見つめている.だからこそ感じさせる,すごいエネルギーなのかもしれない.



 

shinojpn at 06:36|PermalinkComments(2) 研究 

June 06, 2013

助成金審査のグローバル化−若手教育が組み込まれた研究助成

投稿論文が世界各国の研究者に査読されているように,研究助成の審査も,今や世界各国で審査される.このように研究助成審査がグローバル化してきているということは,各国の研究助成システムの情報もグローバルに知れ渡っていくことに他ならない.

そう,またまた,外国の公的研究助成機関から申請書の審査依頼を受けており,今日はその審査内容をめでたく提出し,ほっと一息ついたところである.

このような依頼を受けるたびに,どうやって外国の機関が私のようなマイナーな分野の研究者を見つけ出すのか不思議でたまらないが,こちらとしては,サイエンスの発展にグローバルに貢献できているような気がして,とても光栄である.

そして,外国の研究助成審査をする一番の楽しみは,その国の研究助成審査システムについて,具体的に経験できる,という覗き見的なオマケである.

まず気になるのは,各助成金プログラムや申請書を采配するプログラム担当者が博士持ちかどうか.

そう,この国も博士号を持つ人がプログラム担当者になっている.ああ,この国にも有識者を活用したシステムができているんだな,と感心したりする.まだ,そのようになっていない国もあるからだ.

次に,申請書類の言語.所属などの事務的な項目に関しては,

  大学
(University)

というように,現地語の下に括弧つきで英訳がついている.こんなささやかな努力で,現地で書類を扱う人も,私のような外国人査読者でも,無理なく,そして気分よく情報が取得できる.

そして,肝腎のサイエンスの記述.ジャーナルに載せる科学論文と同様,もちろん英語で書かれており,背景,目的,仮説,方法,期待される結果,その重要性,新規性,応用性など,これらは,どこの国でも大差ない.よくある違いといえば,予備データをどの程度必要とするかどうかだが,これは助成プログラムによっても違うので,簡単には比較できない.

さて,今回の審査基準で一番目を引いたのは,「このプロジェクトが参加研究者のキャリア形成に与える影響の重要性」という項目だ.この助成金は特に若手を対象としたものではない.実際,研究代表者も既に経験豊富なシニア研究者であった.

なのに,こんな場違いっぽい審査項目が入っているとはどういうことなのか?

そんな疑問を抱えながら申請書をよーく見てみると,なるほど,研究グループの中に博士号を取り立ての若手研究者が研究分担者として入っており,プロジェクトの一部分を任されている.

そうか.

こうやって,シニア対象の大きな研究費申請であっても若手研究者を入れさせるようにしむけて,「研究費が欲しければ若手研究者もちゃんと育てなさい」,という暗黙のプレッシャーをかけているということか.

弟子を育てない名人には,お金を与えない.

名人による弟子の教育が自然に組み込まれた研究助成システム.

さすが,徒弟制度の歴史を持つ文化圏が作り出したシステムである.


shinojpn at 10:53|PermalinkComments(0) プロフ生活 

May 03, 2013

英語科学論文執筆ワークショップの報告記

毎日毎日,アメリカ人学生を相手に論文執筆を指導したり,アメリカ人共同研究者の英語論文に手を入れたりしている.外国語として英語を使う日本人の私がそんな大それたことをしているのは自分自身奇妙に思う時もあるが,このことは,英語科学論文執筆能力が言語能力にのみ依存するのではなく,それ以前に科学論文を執筆するための正しい知識と技術を身につけているか,ということにより大きく依存することに他ならない.

昨年の初め,アメリカ生理学会主催による科学論文執筆法の合宿ワークショップに参加してその具体的な教育法を体験し理解した私は,昨年夏の一時帰国時に,行く先々でそのような教育の重要性を訴え回った.そして昨年末の二度目の一時帰国時には,講師数名でやるアメリカ生理学会方式を講師一名の小規模にアレンジして,同様の合宿ワークショップを日本人対象で行ってみた.講師も受講者も,ワークショップ以前からかなりのエネルギーを使うワークショップであったが,それだけ,手ごたえもあった.

そのワークショップの報告記が,我々体育科学研究の専門誌,「体育の科学」誌の今月号(5月号)に掲載された.

この報告記を読んだ人達が,そのような教育の重要性を強く認識して行動に移してもらえれば,と願っている.院生やジュニア研究者達はこのような教育を真剣にリクエストし,シニア研究者達がお互いに協力しあって,このような教育を与えるシステムを作っていこうとする.もし,この経験と報告記が,そういう波を作り出す一投石にでもなれば,うれしい限りである.

あれから数ヶ月経ち,受講者から「投稿しました」「アクセプトされました」という知らせが届くたびに,単純にうれしい気持ちになり,ビールで乾杯したくなる.そして,「自分も書かなきゃ」と叱咤激励された気持ちにもなってくる.

あのワークショップは,受講者のためだけではなかった.


shinojpn at 08:19|PermalinkComments(2) プロフ生活 

March 30, 2013

大学生の要求で新生復活した身体活動の実習授業 -誰が教えるのか?

顧客満足度が大切なこちらの大学では,学生からのリクエストに応える形で授業が編成されることがある.

私の所属する応用生理学科では,その前身時代,“体育の先生”を中心として1時間の健康教育講義と1時間の体育実習を組み合わせた必修授業を行っていたが,予算や人手などの様々な理由により体育実習部分が省かれていき,今では健康教育講義のみが必修として存在している.

その授業を受けている学生達の声により,これに変化が起きることになった.

健康教育講義では,環境問題や栄養問題などを含め様々なテーマが取り扱われており,身体活動と健康に関する教育も多く含まれている.この必修講義により,我々の専門とする身体活動に対する科学的な理解と身体活動の重要性が,全学部生に広く伝わっている.

学習内容をより実践的に身につけるため,こちらでは講義と実習がセットとなっている授業が多い.その流れからだろう,ここ数年,健康教育の授業に対する不完全性を指摘する声が学生達の中から生まれてくるようになっていた.

「講義で身体活動の科学と重要性を理解させておきながら,その実践に関する実習教育が無いのは教育として手落ちである.」

大学体育の先生達が聞いたら泣いて喜びそうな意見である.元“体育の先生”の私も,こういう要求が知的なジョージアテックの学生達から出てきていることに,驚き半分ながら血が騒ぎ始めた.そしてこのような意見が,授業編成に関する学生からの改善要望をまとめる中央団体で大きく取り上げられ,それは,具体的な要求として我が学科に回ってきたのである.

「身体活動の実習授業を新たに作ることを要求する.」

今や研究重視のプロフェッサー中心に様変わりしてしまった我が応用生理学科が,どのような形でこの要求に応えるのか.プロフェッサー数が少ない学科なので,もしかして元“体育の先生”の私も駆り出され,研究活動に集中できる研究プロフェッサーとしての立場から,実習教育をも兼ねるプロフェサーに舞い戻らされるのだろうか?

そんな心配をしながら臨んだ学科会議での,学部教育担当教員の一言.

「テニュアファカルティは,現在の研究活動と教育活動に専念すべきであり,その他に学部実習教育を担当する余裕はない.学生からの要求であるならば,それ専用の実習教員を雇うだけの予算が大学上層部から充てられるべきであり,そうでなければ開講しない.」

まっとうだ.専門性を大切にし,適材適所で仕事を分担する文化なのだ.

「そして,以前のような単なる運動実技実習ではなく,科学的知識に基づいた新たな実習とすべきである.」

すばらしい.

日本で“体育の先生”だった時代, 大学体育実習に科学的な知を取り入れていくべきという主張をかかげ,教員側からのトップダウン的な実習改革に力を注いでいた.

  • 篠原稔.インテリジェント・ボディ −知の劇場としての身体.東京大学教養学部報 第419号,1998.
  • 篠原稔.インテリジェント・ボディ -教養としての身体の知.体育の科学 48:813-817, 1998.
  • 篠原稔.様々な「身体に関する知」の実習教育の可能性.大学体育 68:49-52, 2000.
  • 高石鉄雄,篠原稔.大学体育教育に関わる具体的な提言.大学保健体育研究 20:25-31, 2000. 
  • 篠原稔.身体「に関する」知と身体「による」知の実践へ. 21世紀と体育・スポーツ科学の発展 pp.186-192, 2000.
  • 篠原稔.「身体の知オタク」と呼ばれる背景.バイオメカニクス研究 4:82-87, 2000.
  • 篠原稔,金久博昭.日本独自のスポーツフィッシング=へら鮒釣りで教養を考える.大学体育 72:69-77, 2001.

その努力は実習用の教科書作成に至るほど,身を結んだ.
教養としてのスポーツ・身体運動 [単行本]
教養としての身体運動・健康科学 [単行本]

しかし,実習教育改革にエネルギーを使った分,研究活動がおろそかになったことは,言い訳のようでもあり,事実のようでもある.

今回は,学生からのボトムアップ,そして,教育担当と研究担当の役割分担がはっきりしている文化でのできごとである.

かくして,テニュアファカルティの仕事には全く影響なく,身体活動の実習授業が新生復活されることになった. 

NEW WELLNESS COURSE INCORPORATES PHYSICAL FITNESS

大学体育改革に力を注いできた元“体育の先生”,現テニュアファカルティとして,とても感慨深い.



shinojpn at 10:41|PermalinkComments(0) プロフ生活