老年学者 澤岡詩野のつれづれblog

「高齢期のゆるやかなつながりづくり」に取り組む楽しむ事が大好きな研究者が、毎日の生活で発見した諸々を綴る・・・

百聞は「イッケン」にしかず

このシーズン,地域に関わる研究をしている人にはかなりきつい時間.
というのも,地域では顔をだしたくなるイベントが盛りだくさん,講師にお声掛けをして下さるような自治体や大学主催の催しも盛りだくさんなうえに,学会もあったり.

あ~大変と言いながらも,スケジュールが楽しい事でうまるこの季節は嫌いではなく,むしろ祭りの様な感覚で楽しんできた.
これまでずっとそうしてきたせいか,家族のイベントごとも二の次で許されていた(正しくは,家族から居ない人として諦められていた).

これが一変したのが3年前.
新たな生命の誕生と共に,ジブン中心からコドモ中心の生活に早変わり,週末は家にいるのが当たり前の時間に.

どうせ時間をそこに割くのなら楽しんじゃえということで,保育園のイベントごとなどの子ども関連の関わりに積極的にお手伝い要員として参加.
そうして見えてきたのが,今まで第三者として知っているつもりで見てきたことと,当事者となって見えてきたことの違い.

これを特に感じたのが,近くの公園広場を借りて開催された保育園の運動会.
凄く小さな園庭しかない為に,お祭りや運動会はいつも近場の公園を借りての開催.

この公園の急斜面を使って行われるのが,園名物の2歳児クラスの崖登り!
オトナでも上るのが大変な急斜面を2歳児がよじ登る姿を見た時にはビックリして声が出ず,さらにはうちの子どもができるなんて思いもよらないまま.

そうして迎えた運動会の日,目の前で泥だらけになりながら崖をよじのぼる姿に涙腺崩壊で周囲を見渡せば,同じ様な親や祖父母の姿が.
どことなく自信を手に入れたような我が子を抱きしめながら感じたのが,先に触れた当事者にならないと見えないこと.

飲食店の2階にある園庭の小さな古い建物にある我が子の保育園.
はじめてみた時に頭をかすめたのは保活のマニュアルに書かれたイイ保育園の条件の一つとして挙げられた「広い園庭があること」.

確かに立派に見えるし,子どもも沢山遊べていいよね~とその時は鵜呑みにしていたのだが,運動会を終えて振り返ると逆の点が見えてくるわけで.
毎日,近くの公園まで遊びに行くから凄い距離を歩けるようになっているし,道路を歩く際のルールも,人と歩く際の配慮も1歳くらいからわかっていたし.

運動会では,公園だからこそできるチャレンジャブルな競技があったり,通りすがりの人にも応援されたり.
一般的にネガティブポイントとして挙げられていることも,ヒトによるけれど,中から見ればポジティブポイントということもあるのだな~と.

これって,高齢者施設でも,会社でも,すべて同じことが言えるのかな~.
やはり大量に出回る情報に振り回される前に,実際に自分の目や耳で確かめるコトが大事,百聞はイッケンにしかずとはよく言ったものだな~と改めて感じた運動会でした.


危険人物は「ワタシ」

退職後の新たな居場所の作り方なんて研究をしていると、居場所を見つけて毎日を謳歌するシニアに出会う事が多々。
自分もこうなりたいと思う相手に出会った時には、コツを知るべく根掘り葉掘り。

でも、研究者として興味津々なのは、居場所探し、自分探しにさまよう事が全てになってしまう人の存在。
さまよった結果、多くの人に起きる変化が、人の居場所の評論家になってしまうこと。

それを1番強く感じるのは、毎年、声をかけて頂いている市民大学の講座。
毎年、1番前に座るその人の初めての年のコメントは、居場所探しのヒントができた。

次の年の講座にも現れた際のコメントは、方向性は定まったけれど、もう少し深堀りのリサーチをしたい。
そのまた次の年にも現れた際には、終わってから「どれを見ても自分に合う場がなくてね。それより、話し方が上手くなったね〜。」。

仕事中心で過ごした40年で自分中心にモノが考えられなくなり、退職後は長い時間をリサーチに費やした結果が評論家。
評論家になってしまった人が自分中心に戻るのは至難の技、その先にある否定家にならない様願うばかり。

なんて偉そうに書きながら、自分に当てはめてボー然。
研究者という傍観者視点は退職しても取れるわけではなく、仕事が趣味にもなっている私の行く先は近所の五月蝿いクレーマー…。

危険人物は実はワタシ。
さまようおじさんに興味津々なのは、自分に似ているからか…、悩ましい…、ハア…。

教育と教養と「キョホウ」

季節の変わり目、こう寒かったり暑かったりすると身体も心もついてこない。
かといって閉じこもっていては仕事にならず、豪雨や炎天下をフィールドからフィールドを渡り歩く毎日。

先日も急に降り始めた雨の中、訪問先のシニアグループへのお土産とパソコンを濡らさじとずぶ濡れになりながら歩くワタシ。
これが真冬も続くと考えると出てくるのはため息と、今日は引き返して帰りたいという気持ち。

でも不思議なのは、訪問先で挨拶をした瞬間にそんな気持ちも疲れも消え去ること。
さらに、活動に混ぜて頂き、立ち話なんかから新たな発見があった瞬間には、次はいつ来させて頂こうと考え始めている自分がいたりで。

訪問を終えた帰りの電車、発見を整理しながら思い当たったのは、シニアの間で呪文の様に呟かれる「キョウイク(今日行くところ)」「キョウヨウ(今日すべき用事)」の話。
調査対象の団体さんが活動するところ、知りたい事を調べるという用事、それがあるから徹夜明けでも出かけるわけで。

ただワタシの場合、そこに行けば新たな発見や人に出会えるというご褒美の存在も大きかったりして。
そこまで考えながら気付いたのは、シニアの場合も同じということ。

だから、発見や出会いを一度でも知ったシニアは、足が痛かろうが、新たな場にも出て行くわけで。
うーむ、これをきょういく、きょうように続く単語であらわすと何になるのだろう…。

キョホウ(今日の報酬)?、ぶどうじゃないし…。
そんな単語しか想い浮かばない教育も教養もない自分を反省しつつ過ごす日曜日。
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