2009年11月17日
2009年11月06日
2009年11月04日
6号、鹿芝居!
11/2・3、2日間の3回公演で、なかの芸能小劇場にて橘家文左衛門師匠が座長で『ボク達の鹿芝居-2009大工調べ-』が上演されました。鹿芝居ってのは、噺家が演じるお芝居の事。ハナシカ芝居…で、鹿芝居というのです。
通常は歌舞伎や新派の演目を上演することが多いんですが、文左衛門師が作・演出の鹿芝居は、古典落語に材を得ています。
過去、『らくだ』『文七元結』『妾馬』と上演してきて、今年のネタは『大工調べ』。今は殆ど演じられない、後半のお白洲の場面までを、更にストーリーに肉付けをして、若手芸人達で上演しました。
いや〜楽しかったぁ…まるで学園祭みたいでした♪
SWA6号こと喬太郎は日替わり出演者の一人。入船亭扇辰師と古今亭菊之丞師とのトリプルキャストで、奉行の役を演じました。
写真は奉行姿の僕、喬太郎であります。
御来場下さったお客様方、なかの芸能小劇場の皆様、誠にありがとうございました!
キャスト・スタッフの皆さん、お手伝いの方々、お疲れさまでした!
そしてそして文左衛門座長、お疲れさまでした!
楽しいひとときを、ありがとうございました!
6号・柳家喬太郎
2009年10月31日
2009年10月29日
4号甲州城めぐり


4号こと春風亭昇太は「白山城」「新府城」の後、独演会をやり、次の日は独演会を主催してくれた「石和ざぶとん亭」の馬場さんのリクエストで「獅子吠城」(ししく城)に行った。
随分渋い城に行きたいモノだと思ったら。獅子吠城というネーミングに引かれたらしい♪
そのわりに獅子吠が読めなくて「獅子…何とか城」と連発♪
「獅子吠城」は元々自然石がゴロゴロしている場所だったのだろう。石がゴロゴロの部分と、その石を積み上げて石垣にしている部分が一緒になって、風景としても、他の城とは異彩を放っていて面白い。(写メ1石垣部分)竪堀も見事ですよ。
次に、凄く近いということで「若神子城」…ここは公園になっていてイマイチ…
最後に「谷戸城」ここはきれいに整備してあって、とても見易い!!こんなに良く土塁が残っているものだと思ったら、復元整備でした。
でも中世の城をイメージするにはイイ感じ。
土塁の内側に空堀が有る(普通、外側に堀があります)のが「吉野ヶ里遺跡」と同じです。守りにくいだろうと思うんだけど…なぜでしょう?(写メ2)
山梨も、いいお城揃い!本当は「深草館」に行きたかったんだけど、また行こう〜。
2009年10月22日
2009年10月20日
4号白山城と新府城へ




4号こと春風亭昇太は、甲府の独演会の前に韮崎市の「白山城」と「新府城」に行って来ました。
「白山城」は遺構が良く残っている、見事な城でした。桝形虎口や土橋が素晴らしかったですよ〜。写真だと分かりにくいケド土橋です(写メ1)
感動しながら「新府城」へ。甲斐武田家、最後の根拠地「新府城」は堀に突き出た「出構え」(写メ2)という、鉄砲等で、堀に近付く敵を攻撃出来る、独特な遺構で有名ですが、その「出構え」が有る堀が発掘調査中でした。(写メ3)
「東出構え」の上からボンヤリ発掘を観ていると韮崎市教育委員会の方とお会いして「良かったらどうぞ」と発掘中の堀を見せて下さった♪
今まで、堀の事がよく解ってなかった為の調査だそうだが。説明を聞かせて頂いて、戦闘を想定してみたら凄く面白かった!
城には、そんなに幅はないのですが「箱堀」(写メ4)が掘って有って、水がはってあり。その前には湿地が広がっていた事が解ったそうです…
…つまり。敵側は城に近づくと、湿地帯に足を踏み入れます。動き辛い程度で「行けるな♪」と、バシャバシャ進む。そこで「出構え」からの銃撃に「早く城に取り付こう」と思って、急いで城に近づくと。突然足を取られて「箱堀」に水没!…という訳だ。平らな水面下に巧妙な「落とし穴」が新府城の堀に口を開けて待ち構えている!と言うわけだ。
甲冑なんか身に付けていたら、絶対浮かんで来られません…恐ろし〜。
「ちょうど、お茶の時間なんで、どうぞ」とお茶までご馳走になりました。
発掘作業のおじちゃんや、お姉さま方には「昨日、笑点視たよ!」とか「こういうお城が好きだ。ってテレビで言ってたから、いつか新府城に来てくれると思ってた〜」なんて嬉しい言葉も頂きました。
「新府城」発掘作業の皆さん、有り難うございました。
「甲府独演会」もノリノリのお客様のパワーを貰って、ガンガン演れました。また行きます、ありがとう〜♪
次の日も甲州城めぐり。報告は、また。
2009年10月19日
4号杉山城へ


4号こと春風亭昇太は、埼玉県小川町の落語会に行ってきました。このあたりは、お城がワンサカ有る地域で、もちろん行って来ました。お隣、嵐山町の「杉山城」
!もう最高!いやいや、噂に違わぬ素晴らしい、遺構と保存状態!!
今まで、観てきたお城の中でも最高ランク。感動モノの城郭でした。
大手口から、馬出し。目に入ってくる物全てに、キャーキャー言いながらの夢の散策!
妖精みたいなボクが(どこがだバカ)邪魔してますが「南三の郭」から「馬出し」方向です(写メ1)細い通路の回りの土塁や空堀の様子が判るでしょ♪
その外側の「帯曲輪」(細い帯状のスペース)に敵兵が立てば、手前は堀、反対側は急な斜面。逃げ場が有りません(写メ2)
とにかく、見せ場を上げたら切りがない程の中世城郭テクニックのオンパレード。戦国期最高傑作の呼び声も納得です。
しかも、この城は私有地で地権者の方のご厚意で、保護、公開がされています。感謝、感謝!
素晴らしさを、もっと書きたいけど書ききれません!ビバ杉山城。また行きたいです。
2009年10月15日
2009年10月12日
4号浪岡城へ


先日、4号こと春風亭昇太は「笑点」青森収録の為に青森市にやって来ました。
「笑点」の地方収録は、いつも前日入りなので、朝一番の飛行機で青森空港に降りて、空港近くの「浪岡城」へ行ってきました。
「浪岡城」は浪岡北畠氏の本拠地で、現在は国指定史跡。整備もされて、本丸に相当する「内館(うちだて)」を取り巻く「北館」「西館」「東館」「猿楽館」等々の郭を散策してきました。
浪岡城の堀には、堀の中央に「中土塁」と呼ばれる土塁が有って、これが、堀の障害物となり、或いは通路にもなっているのです。しかし、これを敵側が通路に使うと両サイドの郭から、攻撃にさらされるので〜す。
城の入口にあたる「虎口」は「桝形」になっていてますよ(写メ1)わかりにくいケドね。
時間が有ったので20年ぶり位に「弘前城」にも寄りました。ここの城は、土塁の間に古風な門が現存して、本当にカッコイイ♪ 日本に数少ない「現存天守閣」も厳かに建っております。(写メ2)
好きな城を二ヶ所も見たので「笑点」の収録も、爽やかに終えましたとさ♪
2009年10月01日
いちごうぉうすッスっ
一号っす。女装でもお城でもなく、新幹線でコーヒーこぼしたの図っ。
大阪連日っす。毎年10月に志ん朝師匠の命日ということもあり米團治師匠が開催されてている東西落語会。アタシでいいのだろうか。
明日は朝日東西名人会で東京組が談春師とアタシっす。
むふっつ。しっかりせねば、コーヒーこぼしている場合ではない。
品川駅で、雑誌「週間アスキー」と釣りの「フライロッダー」と
デーンアンドなんとかというコーヒーを買い込んで、これから二時間・・うふふのふぅ・・・と思ったら新横浜を過ぎたあたりでコーヒーがバタン。トホホっす。
で、時々swa丸秘メールをやりとりする我々。それによると、かねてより思案考案していた我々のswaスカジャンがかっちょよく完成したらしい。うぉっ!
どんなんだろう。近日こちらでも誰かが着て登場することだと。
オシャレなこーでぃねーとでぇぇ。
ね、二号師匠っ。
2009年09月28日
4号吉野ヶ里へ


4号こと春風亭昇太は、佐賀市での公演の前に、電車に揺られて「吉野ヶ里遺跡」に行ってきやした。
堀や柵に囲まれた「環濠集落」は、お城そのもの。
実際、ここ吉野ヶ里は「名城100選」にも選ばれています。
いや〜広いね。弥生時代もダイナミックだ。(写メ1)
そして、驚いたのは「北内郭」と呼ばれるエリアの門だ。二重の濠の間に、2つの門が「桝形虎口」のように形成されていて、素晴らしい防御システム!
凄いぞ弥生時代!
説明員の方の言葉を借りると。問題は、こんな大規模に防衛しなくてはならない程、吉野ヶ里遺跡に住んでいた人々が何に怖れていたか!いう事だそうだ。
その吉野ヶ里に対抗する勢力の遺構が見つかっていないし、3世紀に入って突然この集落が消えいるのが、ナゼなのか…
古代史の魅力の一つは、資料が無い分、誰でも自由に想像を巡らせる事が出来る事だけど、それらの答えが、九州の地面の下に埋まっているかと思うと、ワクワクするなぁ〜。
面白いぞ日本史!
2009年09月26日
6号、にぎわい座
4号沓掛城へ


トゲトゲ鐘の後は、せっかく時間があったので、名古屋から豊明市にある「沓掛城」に行った。
名鉄「前後」の駅からタクシーに乗って7〜8分程のところに「沓掛城」はある。
二の丸の一部、本丸、掘がきれいに残っていて、解りやすい。
本丸の横には、掘を挟んで「諏訪曲輪」があり、本丸より一段高くなっているので、櫓など建っていたのだろうか?(写メ1 北側の掘りから諏訪曲輪を見る)
簡単に見る事の出来る平城だが、ここ「沓掛城」は「桶狭間の戦い」で「今川義元公」が憤死をする前日に泊まり、軍議を開いた場所として有名な城だ。今、歩いている此の場所に今川義元も、歩いていたかと思うと感慨無量。最後にみた夢はどんなだっただろう。
桶狭間古戦場は、目と鼻の先。そのまま、待ってもらっていたタクシーに乗り込んで「桶狭間古戦場」へいった。(写メ2
)
かくして、この戦いによって、今川義元公はバカ戦国大名の汚名を着せられ、織田信長は、現代人から見る戦国最大のヒーローとなる訳だが、最近の「今川氏」研究によって、「馬鹿って言う方が、馬鹿なんだからね!」という時代になりつつある。
今川義元は戦場で、敵と切り合って討ち死にし、信長は、お寺で家来に寝返られ殺されてます。
どちらも同じ時代の、戦国大名の最後。馬鹿もヒーローもない、戦国時代の武家の生き様と、死に様でございます。
2009年09月25日
4号金沢へ
2009年09月23日
4号と岡本太郎の鐘


無事に「大須演芸場」での芸協まつりから帰ってまいりましたが。
21日の朝、講談の「神田京子」が「岡本太郎」先生デザインの鐘を観に行くと言うので、一緒に連れて行ってもらった。
名鉄清水駅で降りたが、場所が判らず、京子が「久國寺」さんに電話で場所を聞いたら、あいつがチンプンカンプン(久しぶりに使ったな、この言葉)な事を言ったのだろう。なんと上品なご婦人(お寺の奥様だと思う?)が車で迎えに来てくれた!
恐縮しながら「久國寺」さんへ。山門を入ってすぐ右側にその梵鐘はあった!!
…普通じゃない♪鐘にはトゲトゲが、カンブリア期の生物のように突き出ている。さらによく見ると、そのトゲトゲは、鐘に浮き出た人の腕で、見る者を抱き、或いは突き放しているようであり、関係なく踊っているようでもある!
さすが岡本太郎先生!!爆発し続けている。ここから鳴り響く鐘の音は、どんなだろう…♪それが、聞けるサイト等もあるようだ。
まだ公演まで時間があるので「栄」で京子と別れて豊明市にある「沓掛城」へ向かう。それは次回で!
2009年09月22日
2009年09月15日
2009年09月14日
4号新発田に


最近、すっかり「お城ブログ」みたいになってますが、もちろん落語はやっていま〜す。
今回は、林家たい平くんと、新潟県新発田市で二人会です。最近ホント、たい平君との二人会が多いんだよね♪
とにかく、楽しんでもらう事に主眼をおいている彼の高座は、迷いが無くて、清々しくて好きだなぁ〜。新発田での二人会も楽しくで、マスク越しの目も輝いています。(写メ1)
…でも、お城に行かなかった訳じゃないよ。会場から歩いて3分ほどのトコに「新発田城」とくれば行かないワケ有りません。
現存する表門は重厚で、風格があって流石。(写メ2)ヤッパリ本物はいいなぁ〜近世城郭もカッコいい! 土橋門跡に僅かに土居が残っていて、在りし日の「新発田城」の様子が感じられ素敵でしたよ。近世城郭でも土塁系の城はエエなぁ〜














