新医療制度は“サラリーマンいじめ”15年後は9万4000円増
★現役世代の負担激増!高齢者の保険料肩代わり
2010.10.26 ZAKZAK
サラリーマンの背に、さらなる負担がのしかかる
厚生労働省は25日、後期高齢者医療制度に代わる新医療制度について、加入者1人あたりの保険料の将来試算を公表した。それによると高齢者の保険料負担を抑えるために現役世代の負担が激増。サラリーマンらが加入する健康保険組合は、2025年度には今年度に比べ9万4000円増の年28万9000円になる“サラリーマンいじめ”ともいえる内容だ。
「あまりにも負担が重い」
25日に開かれた厚労省の高齢者医療制度改革会議で、大企業のサラリーマンが加入する健保組合を代表する白川修二・健康保険組合連合専務理事は声を荒らげた。
新制度は、給与水準に応じて負担が決まる「総報酬割」になるのが柱だが、試算によれば25年には次のような額になる。
無職者や自営業者などが加入する国民健康保険が75歳以上で今年度6万3000円から9万5000円、74歳以下が9万円から12万9000円。
平均年収385万円の主に中小企業のサラリーマンが加入する協会けんぽが17万1000円から24万3000円に、平均年収554万円の大企業サラリーマンが加入する健保組合が19万5000円から28万9000円、公務員などの共済組合が21万7000円から33万円となる。
これを見て分かるとおり、負担額の伸び率は、圧倒的に現役世代で高いのだ。そのため、25日の会議でも「現役世代の保険料収入に過度に依存すると働く意欲に影響する」との懸念が出た。
一方、高齢者も、70−74歳の窓口負担が現行の1割から2割に引き上げられる。ただ、13年度時点で71歳の人はそれ以降も1割負担となるため、不公平感が出る。
実は、これらの内容は、自公政権最後の厚労相だった舛添要一参院議員が08年9月に公表した「見直し私案」のコピーに近い。
民主党は後期高齢者医療制度廃止を主張してきたが、「廃止後の詰めた議論はしていなかった」(藤村修厚労副大臣)といい、なにも代替案を持たずに当時の政権与党に対する攻撃材料にしていたことが明らかになった形だ。
政府は13年度から新制度を導入したい考えだが、あのときの民主党の反対運動はなんだったのか。
引用ここまで
最初に言っておきたい事がある。
「日本の財政破綻を煽るのは、財務省によるプロパガンダであって、日本は財政破綻などしない」といった無根拠で無責任な白痴的妄想に取り付かれている阿呆がいるようだが、全くの論外である。
こういった妄想的主張を繰り返す連中は、実際に「財政破綻(デフォルトにせよハイパーインフレにせよ)」が起こった際には、「何らの責任も取る事は無い」。
連中の言う論法は、須く「錬金術」の類であって、現実的に成立する話ではない。
「国債無問題派」の異常思想は止まる所を知らず、今や「無税国家論」などという妄想話にまで至っている。
また、ハイパーインフレを「財政破綻ではない」としてみたり、インフレやデフレを「金融政策によって解決・コントロール出来る」などと与太を飛ばしてみたりと、その論は到底「良識的」な話ではない。
その果てに「とにかく日銀が悪い」と短絡するその無節操と無責任、無知では済まぬ本質的他罰態度には言葉も無い。
今の「日本病」は、日銀が金をばら撒いて解決するような簡単な病理ではない。
今の日本の財政収入と支出のバランスのままでは、早晩「国家財政破綻する」ことは、全くの自明である。
従って「財政収支(プライマリーバランス)の健全化」は、今の日本に必須(必要条件であって、十分条件ではない)の課題である。
それには二つの方法しかない。
1)収入を増やす。
2)支出を減らす。
当然のことである。
では、収入(税収)を増やす為にはどうするのか。
a)景気を回復させる。
b)増税する。
「景気を回復させる」とは言っても、これが簡単に実行できるならば、疾うの昔に行っている話であって、そう簡単にはいかない。
日本の産業構造や労働環境、外国の産業・経済状況と、この問題は多岐に渡る為、特効薬を期待することは適わない。
そもそも「景気を良くする」のは良いが、それを「どうやって達成するのか」、現実的な方法論の提案など聞いたことが無い。
経済学の常識に反した「社会福祉国家政策によって福祉雇用を増やし、この雇用増によって景気を回復させる」などという出鱈目以外に、具体的方法など提案されてはいないのだ。
哀しいかな上記の現内閣総理大臣の提言は、完全に誤りであり、詭弁の最たるものである。
「景気が上向くから雇用が増える」のであって、「雇用が増えるから景気が上向く」のではない。
現内閣総理大臣の政策は、出発点から完全に転倒している。
また恐ろしい事に、目下の日本の「国債」を取り巻く「不健全な均衡状態」は、「不況下だからこそ」成立している面が大きい。
不況下の「企業による投資の減退」によって「金融機関の企業融資」が冷え込み、豚積みになった「預貯金」が、国債の購入に雪崩れ込んでいるのだ。
この構図によって、結果的に国債の低金利が担保され、無尽蔵な国債発行に繋がっている。
ここで景気が回復した場合、金融機関は企業融資に流れ、国債の金利が一気に上昇してしまう結果さえ予測されるのだ。
今の日本の「財政の不健全」は、その余りの「病的状態」故に、行くにせよ帰るにせよ更なる深刻な問題を生み出すのだ。
では、最近論議が活発化している「増税」についてはどうだろうか。
言っておくが、保険料のアップや年金掛け金のアップも「立派な増税」であり、ハイパーインフレーションなどは「究極の禁じ手的強制大増税」である。
それは兎も角として、「狭義」の増税に絞って考えてみよう。
先ず押えておかなければならないのが、「税率のアップ」が即ち「税収増」ではないという事である。
例えば、タバコ税の増税は、結果として「税収減」となった。
消費税論議についてもそうであるが、「税率のアップ」によって「税収増」となる確証などない。
ある水準までの消費税率の引き上げが「税収増」となるにせよ、ある水域から「税収減」に転じる事は明白なのである。
従って、「現在の国家税制を健全化するには、消費税で○○%必要である」などという議論は、全くのホラ話に過ぎない。
ここで「社会正義」として登場するのが、所得税や相続税等によって「金持ちからもっと取れ」という鬼畜のような意見である。こういった意見は、頭の先から爪の先まで「妬み」という悪徳から生まれたものでしかない。
「金持ち」や「地位の高い人」に対して、それだけを理由に敵意を剥き出し、「金持ち」「地位の高さ」を持って「悪」と結論付け、この足を引っ張ろうとする輩には、欠片程の理もない。
それとは別に、闇社会や利益誘導組織(暴力団、極左組織、極右組織、圧力団体、労働組合等々)と繋がり、利権談合、カルテル、コネによる許認可取得というような不徳を犯して、「金」や「地位」を得たものについては、この規模を問わずこれを「卑下」し「糾弾」する必要がある。
「糾弾」の対象は、「金」や「地位」ではない。
「糾弾」の対象は、徹頭徹尾「不道徳」と「不行儀」「無節操」、そして「不法」なのである。
別の角度から「金持ちからもっと取れ」という意見を検証してみる。
経済を牽引するのは、どうしたって「金持ち」や「地位の高い人」である。
起業するのも「金持ち」であり、「地位の高い人」なのだ。
少ない例外を持ち出してみたとて、これは当然の現実である。
皆が貧乏或いは「遊び金」を持っていない状態であれば、融資や投資など起こりえず、経済など成立しない。
感情的にここを否定したとて、何の意味も無い事である。
もちろん存在意義さえ問われかねない金融機関の「ノーリスク融資の跋扈」や「パチンコ複合体や福祉産業のみへの手堅い集中融資」といった「金融機関の無能・無節操」には大問題があるが、これを解決することは容易ではなかろう。
大衆人は、「景気を良くしろ」と空念仏のように叫ぶが、これは一体「誰に向けて」叫んでいるのか。
頼るときだけは頼り、その上、頼りどころの服や食事までも毟り取ろうとする、そんな下劣な大衆人の姿がそこに在る。
そして最後に大衆人は、「何も無くなった」と途方に暮れるのだ。
「金持ちからもっと取れ」を実行すれば、日本経済が一層沈み込むことは、「自明」の論理である。
また「消費税10%」を「止む無し」と論じる者も居るが、この規模の増税では、「不況を増長させる」ことは確実であっても、財政の健全化に対する効果は「無」に等しい事を知って頂きたい。
以上の通り「増税」による「財政健全化」など「成立し得ない」のだ。
次に、「支出を減らす」ことを考えてみる。
この点は、実に明確で「支出を減らす」=「福祉支出を減らす」ことである。
幻のような「仕分け」を何度行おうとも、こんなものが焼け石に水であることは論を待たない。
刮目して、真摯に数字を見れば、これは明々白々なのだ。
何度も解説してきたため、この点については下記を参照して頂きたい。
今行われているのは「福祉ではなく、似非福祉である」こと、現在の福祉の主たる対象は「弱者ではなく、似非弱者である」こと、そして何より現在「福祉」という美名の名の下に行われている事は、「敬老ではなく、子供喰いであること」、ここをしっかり押えて頂きたい。
それを踏まえてから、「福祉」を考え、その思想基盤について問い直して頂きたい。
日本は可及的速やかに「社会主義」から脱出せねば、必ず破綻を迎える。
老人が弱者であるなどとは笑止千判、老人は「圧倒的強者」である。
「将来世代への投資・支援」を掲げるならば、当然その財源は、完全に先行世代の財布でなければならない。
「未来への責任を果たし、粛々と清貧に生きるか」、それとも「未来を食いつぶして刹那に享楽するか」
「高齢者の未来喰い」を、似非敬老で肯定してはならない。
何度でも言う。日本の未来を暗黒に染めているのは、「先行世代の将来世代喰い」である。
「菅直人」は妄想経済政策を掲げる真正社会主義者である。
「福祉」を絶対善と信仰し、「福祉」に一切の疑念を抱けぬ愚か者に告ぐ
我々は、「思想的裏付けなく」「経済的裏付けなく」これらの論陣を張っているのではない。
無知蒙昧で教条的な「福祉擁護論者」は、今般の「福祉を中心とした世相の乱れ」「末期的な国家・自治体財政」については、全く口を閉ざす。
「福祉費用の削減」を「絶対的悪だ」と頑なに述べるのみで、その思想的・経済的根拠を示す事は無い。
それどころか、彼らはこの「似非福祉」を継続させることによって「精神的・経済的亡国を招く」ことを喜んでいるようでさえある。
念を押しておくが、「国債発行継続」という「問題の先送り・将来へのツケ回し」も、「消費税10%」などという取るに足らない対症も、この問題の解決には全くならない。
そしてこの問題は、1日1日着実に肥大しているのだ。
「未来に対して責任を持ち」意見するか、刹那と社会正義なるドグマに踊り「未来への責任を放棄して」意見するかにおいて、「社会主義者」と「自由主義者」との別が表れる。
「福祉を絶対善として肯定する」ことに、「勇気」も「知性」も「道徳」も一切必要はない。簡単なことである。
対して「福祉に疑義を呈する」ことには、「勇気」「知性」「道徳」が必要である。
我々は当然のことながら「勇気」「知性」「道徳」を以って、「未来に対する責任を堅持して」意見するのである。
★現役世代の負担激増!高齢者の保険料肩代わり
2010.10.26 ZAKZAK
サラリーマンの背に、さらなる負担がのしかかる
厚生労働省は25日、後期高齢者医療制度に代わる新医療制度について、加入者1人あたりの保険料の将来試算を公表した。それによると高齢者の保険料負担を抑えるために現役世代の負担が激増。サラリーマンらが加入する健康保険組合は、2025年度には今年度に比べ9万4000円増の年28万9000円になる“サラリーマンいじめ”ともいえる内容だ。
「あまりにも負担が重い」
25日に開かれた厚労省の高齢者医療制度改革会議で、大企業のサラリーマンが加入する健保組合を代表する白川修二・健康保険組合連合専務理事は声を荒らげた。
新制度は、給与水準に応じて負担が決まる「総報酬割」になるのが柱だが、試算によれば25年には次のような額になる。
無職者や自営業者などが加入する国民健康保険が75歳以上で今年度6万3000円から9万5000円、74歳以下が9万円から12万9000円。
平均年収385万円の主に中小企業のサラリーマンが加入する協会けんぽが17万1000円から24万3000円に、平均年収554万円の大企業サラリーマンが加入する健保組合が19万5000円から28万9000円、公務員などの共済組合が21万7000円から33万円となる。
これを見て分かるとおり、負担額の伸び率は、圧倒的に現役世代で高いのだ。そのため、25日の会議でも「現役世代の保険料収入に過度に依存すると働く意欲に影響する」との懸念が出た。
一方、高齢者も、70−74歳の窓口負担が現行の1割から2割に引き上げられる。ただ、13年度時点で71歳の人はそれ以降も1割負担となるため、不公平感が出る。
実は、これらの内容は、自公政権最後の厚労相だった舛添要一参院議員が08年9月に公表した「見直し私案」のコピーに近い。
民主党は後期高齢者医療制度廃止を主張してきたが、「廃止後の詰めた議論はしていなかった」(藤村修厚労副大臣)といい、なにも代替案を持たずに当時の政権与党に対する攻撃材料にしていたことが明らかになった形だ。
政府は13年度から新制度を導入したい考えだが、あのときの民主党の反対運動はなんだったのか。
引用ここまで
最初に言っておきたい事がある。
「日本の財政破綻を煽るのは、財務省によるプロパガンダであって、日本は財政破綻などしない」といった無根拠で無責任な白痴的妄想に取り付かれている阿呆がいるようだが、全くの論外である。
こういった妄想的主張を繰り返す連中は、実際に「財政破綻(デフォルトにせよハイパーインフレにせよ)」が起こった際には、「何らの責任も取る事は無い」。
連中の言う論法は、須く「錬金術」の類であって、現実的に成立する話ではない。
「国債無問題派」の異常思想は止まる所を知らず、今や「無税国家論」などという妄想話にまで至っている。
また、ハイパーインフレを「財政破綻ではない」としてみたり、インフレやデフレを「金融政策によって解決・コントロール出来る」などと与太を飛ばしてみたりと、その論は到底「良識的」な話ではない。
その果てに「とにかく日銀が悪い」と短絡するその無節操と無責任、無知では済まぬ本質的他罰態度には言葉も無い。
今の「日本病」は、日銀が金をばら撒いて解決するような簡単な病理ではない。
今の日本の財政収入と支出のバランスのままでは、早晩「国家財政破綻する」ことは、全くの自明である。
従って「財政収支(プライマリーバランス)の健全化」は、今の日本に必須(必要条件であって、十分条件ではない)の課題である。
それには二つの方法しかない。
1)収入を増やす。
2)支出を減らす。
当然のことである。
では、収入(税収)を増やす為にはどうするのか。
a)景気を回復させる。
b)増税する。
「景気を回復させる」とは言っても、これが簡単に実行できるならば、疾うの昔に行っている話であって、そう簡単にはいかない。
日本の産業構造や労働環境、外国の産業・経済状況と、この問題は多岐に渡る為、特効薬を期待することは適わない。
そもそも「景気を良くする」のは良いが、それを「どうやって達成するのか」、現実的な方法論の提案など聞いたことが無い。
経済学の常識に反した「社会福祉国家政策によって福祉雇用を増やし、この雇用増によって景気を回復させる」などという出鱈目以外に、具体的方法など提案されてはいないのだ。
哀しいかな上記の現内閣総理大臣の提言は、完全に誤りであり、詭弁の最たるものである。
「景気が上向くから雇用が増える」のであって、「雇用が増えるから景気が上向く」のではない。
現内閣総理大臣の政策は、出発点から完全に転倒している。
また恐ろしい事に、目下の日本の「国債」を取り巻く「不健全な均衡状態」は、「不況下だからこそ」成立している面が大きい。
不況下の「企業による投資の減退」によって「金融機関の企業融資」が冷え込み、豚積みになった「預貯金」が、国債の購入に雪崩れ込んでいるのだ。
この構図によって、結果的に国債の低金利が担保され、無尽蔵な国債発行に繋がっている。
ここで景気が回復した場合、金融機関は企業融資に流れ、国債の金利が一気に上昇してしまう結果さえ予測されるのだ。
今の日本の「財政の不健全」は、その余りの「病的状態」故に、行くにせよ帰るにせよ更なる深刻な問題を生み出すのだ。
では、最近論議が活発化している「増税」についてはどうだろうか。
言っておくが、保険料のアップや年金掛け金のアップも「立派な増税」であり、ハイパーインフレーションなどは「究極の禁じ手的強制大増税」である。
それは兎も角として、「狭義」の増税に絞って考えてみよう。
先ず押えておかなければならないのが、「税率のアップ」が即ち「税収増」ではないという事である。
例えば、タバコ税の増税は、結果として「税収減」となった。
消費税論議についてもそうであるが、「税率のアップ」によって「税収増」となる確証などない。
ある水準までの消費税率の引き上げが「税収増」となるにせよ、ある水域から「税収減」に転じる事は明白なのである。
従って、「現在の国家税制を健全化するには、消費税で○○%必要である」などという議論は、全くのホラ話に過ぎない。
ここで「社会正義」として登場するのが、所得税や相続税等によって「金持ちからもっと取れ」という鬼畜のような意見である。こういった意見は、頭の先から爪の先まで「妬み」という悪徳から生まれたものでしかない。
「金持ち」や「地位の高い人」に対して、それだけを理由に敵意を剥き出し、「金持ち」「地位の高さ」を持って「悪」と結論付け、この足を引っ張ろうとする輩には、欠片程の理もない。
それとは別に、闇社会や利益誘導組織(暴力団、極左組織、極右組織、圧力団体、労働組合等々)と繋がり、利権談合、カルテル、コネによる許認可取得というような不徳を犯して、「金」や「地位」を得たものについては、この規模を問わずこれを「卑下」し「糾弾」する必要がある。
「糾弾」の対象は、「金」や「地位」ではない。
「糾弾」の対象は、徹頭徹尾「不道徳」と「不行儀」「無節操」、そして「不法」なのである。
別の角度から「金持ちからもっと取れ」という意見を検証してみる。
経済を牽引するのは、どうしたって「金持ち」や「地位の高い人」である。
起業するのも「金持ち」であり、「地位の高い人」なのだ。
少ない例外を持ち出してみたとて、これは当然の現実である。
皆が貧乏或いは「遊び金」を持っていない状態であれば、融資や投資など起こりえず、経済など成立しない。
感情的にここを否定したとて、何の意味も無い事である。
もちろん存在意義さえ問われかねない金融機関の「ノーリスク融資の跋扈」や「パチンコ複合体や福祉産業のみへの手堅い集中融資」といった「金融機関の無能・無節操」には大問題があるが、これを解決することは容易ではなかろう。
大衆人は、「景気を良くしろ」と空念仏のように叫ぶが、これは一体「誰に向けて」叫んでいるのか。
頼るときだけは頼り、その上、頼りどころの服や食事までも毟り取ろうとする、そんな下劣な大衆人の姿がそこに在る。
そして最後に大衆人は、「何も無くなった」と途方に暮れるのだ。
「金持ちからもっと取れ」を実行すれば、日本経済が一層沈み込むことは、「自明」の論理である。
また「消費税10%」を「止む無し」と論じる者も居るが、この規模の増税では、「不況を増長させる」ことは確実であっても、財政の健全化に対する効果は「無」に等しい事を知って頂きたい。
以上の通り「増税」による「財政健全化」など「成立し得ない」のだ。
次に、「支出を減らす」ことを考えてみる。
この点は、実に明確で「支出を減らす」=「福祉支出を減らす」ことである。
幻のような「仕分け」を何度行おうとも、こんなものが焼け石に水であることは論を待たない。
刮目して、真摯に数字を見れば、これは明々白々なのだ。
何度も解説してきたため、この点については下記を参照して頂きたい。
今行われているのは「福祉ではなく、似非福祉である」こと、現在の福祉の主たる対象は「弱者ではなく、似非弱者である」こと、そして何より現在「福祉」という美名の名の下に行われている事は、「敬老ではなく、子供喰いであること」、ここをしっかり押えて頂きたい。
それを踏まえてから、「福祉」を考え、その思想基盤について問い直して頂きたい。
日本は可及的速やかに「社会主義」から脱出せねば、必ず破綻を迎える。
老人が弱者であるなどとは笑止千判、老人は「圧倒的強者」である。
「将来世代への投資・支援」を掲げるならば、当然その財源は、完全に先行世代の財布でなければならない。
「未来への責任を果たし、粛々と清貧に生きるか」、それとも「未来を食いつぶして刹那に享楽するか」
「高齢者の未来喰い」を、似非敬老で肯定してはならない。
何度でも言う。日本の未来を暗黒に染めているのは、「先行世代の将来世代喰い」である。
「菅直人」は妄想経済政策を掲げる真正社会主義者である。
「福祉」を絶対善と信仰し、「福祉」に一切の疑念を抱けぬ愚か者に告ぐ
我々は、「思想的裏付けなく」「経済的裏付けなく」これらの論陣を張っているのではない。
無知蒙昧で教条的な「福祉擁護論者」は、今般の「福祉を中心とした世相の乱れ」「末期的な国家・自治体財政」については、全く口を閉ざす。
「福祉費用の削減」を「絶対的悪だ」と頑なに述べるのみで、その思想的・経済的根拠を示す事は無い。
それどころか、彼らはこの「似非福祉」を継続させることによって「精神的・経済的亡国を招く」ことを喜んでいるようでさえある。
念を押しておくが、「国債発行継続」という「問題の先送り・将来へのツケ回し」も、「消費税10%」などという取るに足らない対症も、この問題の解決には全くならない。
そしてこの問題は、1日1日着実に肥大しているのだ。
「未来に対して責任を持ち」意見するか、刹那と社会正義なるドグマに踊り「未来への責任を放棄して」意見するかにおいて、「社会主義者」と「自由主義者」との別が表れる。
「福祉を絶対善として肯定する」ことに、「勇気」も「知性」も「道徳」も一切必要はない。簡単なことである。
対して「福祉に疑義を呈する」ことには、「勇気」「知性」「道徳」が必要である。
我々は当然のことながら「勇気」「知性」「道徳」を以って、「未来に対する責任を堅持して」意見するのである。


