次期総選挙の足音が聞こえてきた。
ところが、肝心要の投票先を眺めると、安全保障や外交、国体に関する事項を除けば、どの主要政党も似たり寄ったりの政策を並べ、「福祉国家政策の推進」は既定路線、その財源や財政を巡る意見対立のみが「政党間の別」という体たらくだ。
しかしながら、片方では、行政や官僚、公務員や役所に対する非難や不信を叫びながら、片方で彼らに対する依存強化を叫ぶ大衆の倒錯ぶりでは、「支持政党なし」が圧倒的多数であるのも、政党や政治家のせいばかりとは言えまい。
「無駄を削減せよ!」と絶叫しながら、その「無駄とは何か」も考えず、どこかに「圧倒的ワル」が存在して莫大な公金をかすめ取っているかの如く妄想する大衆に、付ける薬はない。
タダ同然の医療・介護・保育、錬金術的でねずみ講そのものの年金制度、野放図に膨張する生活保護、これらが巡り巡ったものこそが、彼らの体感している「損失」なのだ。
しかもこれでさえ、公債1000兆円という負債による錯誤によって、「損失感」は相当に疑似緩和されているのだ。
論外の主張ではあるものの、「共産、社民」の如く「国防費や企業利益、そして金持ちの収入こそが”無駄”だ」と自らの考える「無駄の正体」を開陳した上での「無駄を削減せよ」ならまだしも、マスコミを含めた大衆人らの指弾する「無駄」の正体は、依然として正体不明のままだ。
どうやら公務員以外の国民にとって、例えば「公務員」というのは「大きな無駄」と認識されているようだが、公営社会保障や公営社会福祉、或いは公営事業の推進を肯定しながら、「公務員人件費を削減しろ」だの「公務員待遇を許すな」と叫んでみても、これは背反矛盾の極地でしかない。
当ブログの考える「無駄」とは、生活の営みまでもを「政府」に保障を求め、生活の営み(家事や扶助)の多くを、怠惰と便利と責任放棄の為に「外部委託」し、その外部委託によるコストの増大を「社会保障費、社会福祉費」などという尤もらしい名目で「他人」に肩代わりさせようとしてきた、大衆の狂いに狂った性根と錬金術的で成立し得ぬ「病的な異常要求」そのものである。
盟友ブログ『「保守主義の父」 エドマンド・バーク 保守主義』において、「真正の保守(自由)主義たる政策提言」が発表された。
簡潔にして明瞭。
一般国民のみならず、上滑りを続ける政治家諸氏にも、刮目してご覧頂きたい。
「日本らしさがよみがえる5つの方針×5つの政策(中間仮提案)」
ところが、肝心要の投票先を眺めると、安全保障や外交、国体に関する事項を除けば、どの主要政党も似たり寄ったりの政策を並べ、「福祉国家政策の推進」は既定路線、その財源や財政を巡る意見対立のみが「政党間の別」という体たらくだ。
しかしながら、片方では、行政や官僚、公務員や役所に対する非難や不信を叫びながら、片方で彼らに対する依存強化を叫ぶ大衆の倒錯ぶりでは、「支持政党なし」が圧倒的多数であるのも、政党や政治家のせいばかりとは言えまい。
「無駄を削減せよ!」と絶叫しながら、その「無駄とは何か」も考えず、どこかに「圧倒的ワル」が存在して莫大な公金をかすめ取っているかの如く妄想する大衆に、付ける薬はない。
タダ同然の医療・介護・保育、錬金術的でねずみ講そのものの年金制度、野放図に膨張する生活保護、これらが巡り巡ったものこそが、彼らの体感している「損失」なのだ。
しかもこれでさえ、公債1000兆円という負債による錯誤によって、「損失感」は相当に疑似緩和されているのだ。
論外の主張ではあるものの、「共産、社民」の如く「国防費や企業利益、そして金持ちの収入こそが”無駄”だ」と自らの考える「無駄の正体」を開陳した上での「無駄を削減せよ」ならまだしも、マスコミを含めた大衆人らの指弾する「無駄」の正体は、依然として正体不明のままだ。
どうやら公務員以外の国民にとって、例えば「公務員」というのは「大きな無駄」と認識されているようだが、公営社会保障や公営社会福祉、或いは公営事業の推進を肯定しながら、「公務員人件費を削減しろ」だの「公務員待遇を許すな」と叫んでみても、これは背反矛盾の極地でしかない。
当ブログの考える「無駄」とは、生活の営みまでもを「政府」に保障を求め、生活の営み(家事や扶助)の多くを、怠惰と便利と責任放棄の為に「外部委託」し、その外部委託によるコストの増大を「社会保障費、社会福祉費」などという尤もらしい名目で「他人」に肩代わりさせようとしてきた、大衆の狂いに狂った性根と錬金術的で成立し得ぬ「病的な異常要求」そのものである。
盟友ブログ『「保守主義の父」 エドマンド・バーク 保守主義』において、「真正の保守(自由)主義たる政策提言」が発表された。
簡潔にして明瞭。
一般国民のみならず、上滑りを続ける政治家諸氏にも、刮目してご覧頂きたい。
「日本らしさがよみがえる5つの方針×5つの政策(中間仮提案)」
