2−3 「生活者の視点」「生活者第一」とは何か。

―――俵孝太郎・中川八洋『政治改革の非常識、常識』、学研、129〜132頁(ここから)―――

俵:
生活者の視点というのは何だろう。

生活者の視点というのは、要するに消費者の視点ということだ。

消費者の視点とは何だろう。

稼ぎが無くて文句を言っているだけのやつの視点ではないか。

中川:
大前研一氏の「生活者の視点」には、その発想の根底には、国民というものを否定する概念がある。

つまり、国家を否定し、国民を否定して、そして無国籍の人間がいて、要するに、浮草のような民がいて、そういう浮草のような民がただ勝手なことをしようという思想を背景としている。

そうすると、政治改革で一番危険なのは、そういう風に国家を忘れたり、政治の本旨を忘れて、自分たちの「台所感覚」だけで物を見ることを正当化する制度づくりや思想の蔓延が生じることだ。

「台所感覚」には、法を守るとかの概念は全然ないのですから、政治があるわけがない。

そういうものを逆に正当化すれば、より日本の政治が腐敗し低下を招いていく。

「生活者の視点」には、このような恐ろしい発想というより恐ろしい狙いが潜んでいるのかもしれません。

大前研一氏の「平成維新」なんていうのは、何となく親しみ易い言葉だが、それは「日本型ロシア共産革命」を大前流に表現し直した可能性がある・・・。

そして、大前氏自身がレーニンのような、独裁者になりたいと考えているふしがある。


俵:
大前氏は、みんなが一万円ずつ出して百万人(が)出したら百億円できる。

その金を配って推薦者を当選させると言う。

これはおかしい。

一万円ずつ出した百万人が一票を出して、この人に政治をやらせたいというのならわかる。

けれども、大前氏は「黙って出せ、俺たち幹部が人選して配る」ということでしょう。

それは逆に言うならば、生活者の代表は俺だ。

諸君は生活者だ。

生活者のための政治をするんだから、黙って一万円だせということに他ならない。

これでは、幹部独裁の「民主集中制」になる。

中川:
大前研一氏のその論理はマルクス・レーニン主義と同一ですね。

彼の言う「生活者」とは、共産党宣言にいう「プロレタリアート」の大前流の翻訳だと推定して間違いないようだ。

・・・俺が「生活者」という人民〔プロレタリアート〕の一般意思を体現するんだから、「生活者」は俺〔大前氏〕の命令に従えと、こういう論理構成をしている。

講談社刊の大前著『平成維新』に、そう書いている。

 また、大前氏はこの『平成維新』の題をもともとは『日本政府解体論』と考えていたように、しかもゼロ・ベースという現体制の破壊が彼の目標であるのはいうまでもない。

大前氏が田原総一郎氏との対談を収録したもう一つの著もタイトルが『日本大改造案』である。

・・・とくに大前氏の声高な道州制導入論が一般通念上の地方分権を主張しているのではないことには警戒しなくてはいけない。

なぜなら、中央あって初めて地方があるのに、大前氏はこの道州制によって中央政権をつぶす〔転覆する〕ことにしているからです。

「改革」という言葉でマルクス主義の「革命」が置きかえられ、受容されたようである。

俵:
私もまったく同じ意見だね。

「生活者の視点」とは、レーニン流の煽動の論理だ。

ツアーというのはクレムリンの中にいてやりたい放題やっているんだ、貴族というのは俺たちから搾り取るだけなんだ、プロレタリアートの利益、それは俺一身が体現をして、おまえたちに「千年王国」を与えてやるんだ。この論理なんだな。

―――俵孝太郎・中川八洋『政治改革の非常識、常識』、学研、129〜132頁(ここまで)―――


解説:
この俵孝太郎・中川八洋『政治改革の非常識、常識』は1993年5月発刊の著作である。

この対談の中にある、大前研一の造語「地方分権」(1989年)をさらに過激にした造語が「地方主権」という「妄語」である。

この対論の続きとして、再び中川八洋『民主党大不況』、清流出版、2010年から引用させて頂く。

―――中川八洋『民主党大不況』、清流出版、163〜170頁(ここから)―――

“国家解体の劇薬語”「地域主権」をつくって流布せしめた最初は、中共系マルキストの江口克彦と思われるので、江口の『地域主権型道州制』(2007年)をとりあげよう。

民主党の2009年『マニフェスト』にある「地域主権」も、ここからとっているようだ。

「反自民」の旗幟を鮮明にする江口克彦は、「みんなの党」の多額資金提供者である。

江口克彦とは、幼少の頃から熱狂的な“毛沢東崇拝教徒”のマルキストで、彼の「地域主権」論が日本の中共属国化への遠大な構想に基づいていることは、間違いないだろう。

だから、「地域主権」のロジックにおいて江口は「国境の破壊=日本国の破壊」を次のように平然と口にする。

「地域主権」の主張は、秘した「過激な反日」の信条なくしてはできない。

「究極の反日」と「地域主権」とは、同じコインの裏表である。

「〔道州制となった〕北海道については、・・・〔ロシア人を含め〕ビザが不要になった。外国人からは北海道とサハリンは一体化した観光地域と見られるようになった。

・・・千島列島全体との行き来も容易となり、もはや国境というものが実質的になくなった」(江口克彦『地域主権型道州制』、生活社、2005年、37頁)

外交は、「道州」の上位にある政府の専管と言いながら、北海道は「地域主権」だから、ノー・ビザの決定など外交に関しても勝手に決められ、日本から独立している(のだ)、と江口はうそぶく。

しかもロシアとの間に国境がなくなったとする江口(の地域主権)構想とは、驚くなかれ、「北海道=ロシアとの共同統治の地」論である。

「地域主権」の本義は、このように、日本の地方を切り刻んでロシアや中共に売ることの犯意を糖衣錠にする修飾語である。

しかも、北海道や樺太に「世界から観光客がどっさり」など・・・あり得もしないバラ色の未来図をふりまくのが、「地域主権」論者の手口であり、江口もその例外ではない。

例えば、彼のもうひとつの著は『国民を元気にする国のかたち―――地域主権型道州制のススメ』〔2008年〕で、つまり、「地域主権」が「国民を元気にする」と、「この株を買えばあなたは億万長者!」と、金持ちの老婆を騙すプロの詐欺師並みに、悪意の妄像を虚空に描いて見せる。

江口が前原誠司(=現外務大臣、平成23年2月現在)と共同編著でまとめた、民主党への選挙応援用の雑本『日本を元気にする地域主権』でも同じで、「地域主権」にすれば、日本経済が崩壊し、カタストロフィが全土を襲うが、この現実を逆さにして「日本が元気になる」〔2008年〕と詐言を弄

・・・大前研一の「地方分権」を踏襲して、それを国家レベルで法的強制力のもとで実行するのが定まったのが、社会主義協会系の教条的マルキストで社会党の党首の村山富市が総理大臣になるというハプニングにおいてであった。

村山はさっそく、1995年5月19日「地方分権推進法」を制定した。

この法律に従い、「地方分権推進委員会」を村山は同7月に発足させたが、その7名の委員には名うての極左が過半であった。

社青同解放派〔現在の革労協〕の西尾勝や、共産党の長洲一二、教条的なマルキストの樋口恵子などである。

そして、専門委員には、コミュニストの神野直彦ら、これまた左翼/極左翼が中核をなしていた。

「地方分権推進委員会」の後継である、安部晋三首相がつくった「地方分権改革推進委員会」〔2007〜〕もまた、委員長の丹羽宇一郎を含め、コミュニストやマルキストが支配的である。

革労協の猪瀬直樹が委員だし、同じ革労協の西尾勝が委員長代理である。

井伊雅子はコミュニストである。

「地方分権」はどのようなものであれ、日本国廃滅をめざす、マルクス・レーニン主義から派生したアナーキズムを半ば基軸にした“反日のドグマ”である。

しかし、それは、〔プルードンやフーコーなど(のポストモダン思想)の〕純粋なアナーキズムではなく、母胎のマルクス・レーニン主義への“戻りモーメント”を強くもっているもので、「地方分権」屋は、底意においては日本を最終段階で全体主義体制化することを秘めている。

彼らは、イデオロギーにおいて自由や自治の根絶論者である。

だから彼らは必ず、最後の段階では、地方自治体に対して、その自治を取り上げ、全体主義化することを強制する。

・・・民主党の原口一博・(元)総務大臣が出版した『地域主権改革宣言』〔2010年1月刊〕は、まさにこの種の国民騙しの詭弁集である。

そこで原口は、「地域主権の理念」を定義して、「霞が関に集権してしまったものを解体する」と同時に「〔人民〕民主主義の基本である、自ら(=社会で)学び、自ら(=社会で)育み、自ら(=社会で)つくっていくという協働〔=共産〕の原点に帰る」と、マルクス・レーニン型革命を宣言している。

原口の思想本籍は“隠れコミュニスト”かのようである。

もしそうならば、(世界からルービーと名指しされた日本国の恥晒しである)鳩山(由紀夫)民主党政権が打ち上げた「地域主権戦略会議」は、「〈日本国消滅・日本国赤化〉戦略会議」と正しく名称を変更すべきである。

日本人は、もうそろそろ、“世紀のデマゴギー”「地方分権」の、その巨大な嘘(=虚構)に気づくべきである。

・・・日本が直面している国全体の大借金を返済していく未曾有の大事業は、財源を国で一括集中管理する以外に方法はない。

日本は英国病を治癒するに大宰相マーガレット・サッチャーが断行した(民間部門の自由と共存する形での)中央集権化に範を求め、(過度に地方に与えられすぎている)財源の地方から中央への集中管理体制を早急に確立する必要がある。

―――中川八洋『民主党大不況』、清流出版、163〜170頁(ここまで)―――


解説:
ここまでの分析で、「地方分権」や「地方主権」の隠された本義を知った良識ある日本国民は、もはや「地方分権」論者や「地方主権」論者らの虚言・妄言には決して騙されないであろうと信じたいと思う。

ここでは、「地方分権」思想や「地方主権」思想に隠された本質であるマルクス・レーニン主義に関する思想を幾つか拾っておきたい。

(1) 根なし草的個人、国民性の廃止、世界市民に関するもの

「共産主義者たちは、(女性の共有制の導入に加えて)さらに祖国と国民性を廃止しようとしたと、非難されている。

労働者は祖国を持たない。

人はかれからかれらがもたないものをとりあげることはできない。

プロレタリアートは、まず(祖国の)政治的支配を獲得し、(祖国の)国民的階級(→国民の指導的階級の意味)に上昇し、自己を国民(→指導者階級)として構成しなければならない、という点で、それ自体やはり、まったくブルジョワジーの意味において(の意味の国民)ではないとはいえ、国民的(→祖国に限定された国民そのもの)である(→先の、「労働者は祖国を持たない。人はかららがもたないものを取り上げることはできない」などというのは全くの詭弁である)

(→ある国家のブルジョワジーもプロレタリアートもその国家の国民でしかあり得ないのは自明である)

諸民族の、国民的な分離と対立は、ブルジョワジーの発展と共に、商業の自由、世界市場、工業生産およびそれに対応する生産諸関係の一様化とともに、すでにますます消滅している(全くの出鱈目、世界史と矛盾)

プロレタリアートの支配は、それ(=諸民族の国民的な分離と対立)を一層消滅させるであろう。

少なくとも文明諸国の、団結した行動(=世界革命)は、かれらの解放の第一の諸条件の一つである(→結局、プロレタリアートの世界革命=世界共産化のみが、祖国を持たないプロレタリアート=根無し草的個人=世界市民を生み出し、祖国と国民性を廃止するのである)」(マルクス/エンゲルス『共産党宣言・共産主義の諸原理』、講談社学術文庫、42頁)

(2)私的所有を収奪するための諸方策の一部抜粋

「直接に私的所有(=私有財産)を収奪し、プロレタリアートの生存を保障する諸方策を貫徹するための手段として・・・の方策のうちで、既に現在、既存の状況の必然的な帰結として出てくる、もっとも主要なものはつぎのとおりである。

(一)累進課税、重い相続税傍系(兄弟、甥など)相続の廃止、強制公債などによる私的所有の制限

(五)私的所有の完全な廃棄まで、社会のすべての構成員に対する平等な労働義務(→「共産党宣言」では「強制」と表現)。とくに農業のための産業軍の形成。

(八)すべての児童を、かれらが母親の最初の世話からはなれうるようになった瞬間から、国民の施設で国民の費用で、教育すること。教育と制作の結合。

(九)国家公民の自治体のための、共同住宅として、国有地に大邸宅を建設する。

その自治体は、農業とならんで工業を営み、農村生活の長所とともに都市生活の利益をも統一し、しかも両者の生活様式の一面性と害悪を持たない。

・・・共産主義的に組織された社会では、教育がわかい人びとに生産の全体系(=農業技術も工業技術も)を急速に修了させることができ、・・・必然的に階級差別を廃棄するする手段を与えるのである。

このことから、都市と農村のあいだの対立もまた、なくなるだろうということになる。

農耕および工業がふたつのちがった階級によって経営されるかわりに、同一の(万能)人間によって経営されることは、すでに全く物質的な理由で、共産主義連合社会の必然的な条件である。

大都市への工業人口の集中と並んで、農耕人口の農村への分散は、農業および工業の、まだ発展しない段階だけに、適合する状態であり、このことはすでに現在、よく感じられるようになっている」(マルクス/エンゲルス『共産党宣言・共産主義の諸原理』、講談社学術文庫、155〜157頁、161〜162頁)


解説:
「地方交付税制度」とは、上記の施策(九)のように、農業および工業が「同一の万能な人間(=進歩した人間)」によって経営される、都市と農村の融合した「共産主義連合社会」=「地域格差の無い完全平等社会」を実現する手段であり、「地方(農村・農業)と都市(大都市・大工業)は融合して平等にならなければならない、あるいは、地方はすべて平等であって当然である」という「マルクス教の完全平等の教義」に思想本籍を置くものであることはもはや明白であろう。


騙されるな!「地方分権(地域主権)論」の正体は「反日・マルクス主義革命論」である(1)

騙されるな!「地方分権(地域主権)論」の正体は「反日・マルクス主義革命論」である(2)

騙されるな!「地方分権(地域主権)論」の正体は「反日・マルクス主義革命論」である(3)