英断に敬意=「地元経済にも適切対応を」−川勝静岡知事
2011/05/06-22:58 時事通信

菅直人首相が6日、中部電力に対し浜岡原発(静岡県御前崎市)の全原子炉の停止を要請したことについて、静岡県の川勝平太知事は「安全性確保に対する地元の要望を最優先した菅総理と海江田(万里・経済産業)大臣のご英断に敬意を表します」とするコメントを発表した。その上で「地元経済に対する影響についても、適切に対応していただかなければなりません」と国に配慮を求めた。

また、小林佐登志県危機管理監は記者団に「国がどういう考えに基づいてこういう判断をしたのかや、今後、浜岡原発をどうしていくのかについて国の考え方を聞きたい」と述べ、週明けにも原子力安全・保安院に対し、説明を求める考えを示した。原子炉の稼働停止に伴う交付金や税の減収など、地元自治体財政への影響については「国が決めたことで生ずる結果には、当然国が対応してもらわなければならない」と強調した。


<浜岡原発>中部経済、夏に懸念 関西電力に支援要請

毎日新聞 5月6日(金)21時12分

浜岡原発の全原子炉停止が避けられない情勢になったことを受けて、中部電力が電力を供給する愛知、静岡、三重、岐阜、長野の5県では需要がピークを迎える夏場の電力供給に懸念が高まってきた。東海地域にはトヨタ自動車、ホンダ、スズキなど大手自動車メーカーなど製造業の工場が集積している。仮に電力の使用が制限される事態になれば、東日本大震災で打撃を受けた生産の復旧への影響は避けられない。

中部電が策定した11年度の供給計画によると、同社の供給力は約3000万キロワットで、ピーク時の最大電力量を約2560万キロワットと想定している。供給力から最大電力量を引いた予備電力は439万キロワットだ

浜岡原発の供給電力量は、現在定期検査中の3号機(出力110万キロワット)と4、5号機の合計で360万キロワットのため、浜岡原発を全面停止した場合の予備電力量は約80万キロワットに落ち込み、予備電力率は約3%程度に低下することになる。

中部電幹部は「極めて低い水準で、計画停電などの協力をお願いする可能性もある。東電に融通している電力供給にも影響が出る恐れがある」とする。海江田万里経済産業相は6日、関西電力に対して中部電に電力を融通するよう支援要請したことを明らかにしたが、夏場に電力が不足する東電管内から関西電力管内に生産を移管する予定の企業も多く、関西電力もどれほど余裕があるか不明だ。

浜岡原発では10年12月に駿河湾沖地震などの影響で三つの原子炉全てが停止した時期がある。しかし、この時は電力需要の少ない冬場だったため、火力発電所の運転再開などで補うことができた。管内の電力需要の約7割は産業用で、仮に猛暑などで家庭の使用電力量が増加すれば、使用制限など生産活動に影響が出る可能性もある。


引用ここまで

基本的に「詰み」である。
我が国は、今後、超衰退に入る。
本格的な「貧困時代」の到来と、「革命」への布石が敷かれたということである。

原子力発電をヒステリックに止めてしまえば、「電力不足」が必須となる。
原発事故に端を発した「電気代値上げ」は、原子力発電停止によって拍車が掛る。
原子力発電を止めたとて、その管理を含めたランニングコストに変化はない。
その上、引用記事の通り、「原子炉の稼働停止に伴う交付金や税の減収」までも「国(要するに国民全体)が負担する」というのだ。
単に「電力供給だけが下がる」のである。
そしてその「代替発電」のコストも「国民が負担する」のだ。

また、「電気料金の値上げ」を「電気料金だけの値上げ」だと考える無知蒙昧が多いようであるが、おめでたいとしか言いようが無い。
全ての製品の製造には「電力」が使用されている。
一次産業であれ、サービス業であれ、「電気料金の値上げ」によって「コスト増」に見舞われるのだ。
つまり「電気料金の値上げ」は、全ての製品やサービスの値上がりを意味する。
「リフレ派」は歓喜しそうであるが、普通の国民にとってはいい迷惑だろう。
支出の増加だけではない。
電気料金という言わば「人頭税」の上昇に加え、震災復興費用、原子力発電停止コスト(引用記事のような)も、国家財政を直撃することになる。
再生可能エネルギー、特に太陽光発電は、その微力な発電力とは裏腹に超高コストにあり、現実には既にジャブジャブの補助金漬けの状態なのであるが、この新たな利権目掛けて一層「輩」が群れるのは必然である。
そしてこのコストも国民が支払う事になる。
これらは一直線に「増税の必要」となる。

またぞろ「国債発行で賄え」などというヤケクソの声も上がるだろう。
「子供たちを被爆させるな」と掲げながら、「子供たちに増税を付回し」して恬として恥じぬ連中の二重思考、偽善、欺瞞、不道徳には言葉もない。

電力は全ての産業の基盤である。
この不安定と不足、そしてコスト増は、当然のことながら一大不況を齎す。
「景気が回復してから国債を返せばいい」などという寝言が通用するような状況には最早ない。
明確に「景気が浮揚することは、この先の十年や二十年はない」と断言できよう。
「国債の野放図な発行」は、この「塗炭の不景気」と手を携えて、「国家財政破綻」或いは「インフレ税」へと決定的に繋がることになる。

足腰の強い企業は、この機に海外へと移ってゆくだろう。
そのような地力のない企業は、これからの不況の中、その多くが倒産していくことになる。
勿論、失業、賃金の引き下げという問題も伴うことになる。
そしてこれらは、特に「中流層〜貧困層」を直撃するのだ。

話は既に「原子力発電の是非」の段階ではない。
「原発事故」が起こり、それに対して「安全神話が崩れた」だの「放射能がどうだの」とヒステリックに騒いだ時点で、「脱原発」への道は既定となっていたのだ。
当ブログは、原発問題を静観していた。
その理由は、「結論」「帰結」が事故発生の時点で既に決まっていたからである。
そしてその予測は、不幸にして的中している。

その上救い難いのが、「被爆」について騒いでいる割に、その対応が全く行われていないという誠に愚かな顛末である。
「被爆騒ぎ」の結果、せめて「児童の被爆回避」が成されれるのであればまだしも、それは全く行われる気配もない。
「被爆騒ぎ」が齎したのは、肝心の「児童の被爆回避措置」ではなく、直情的反射的無思考な「脱原発」の「過激」な断行だけであった。
原発周辺の児童の被爆は回避されず、脱原発だけが推進され、これによって産業は疲弊し、「人命を守る」どころか、停電によって猛暑の折の人命の危機までが引き起こされる様相である。
要するに「被爆騒ぎ」は、左翼陣営の掌の上の裸踊りであったのだ。

かくして話は既に「国家」「国民」の生き残りの話に移行している。
我が国は「デモクラシー」の国である。
国民がこの道を選択するのであれば、これは何と言おうが仕方のない話なのだ。

また、これにて日本人や日本国が消滅する訳ではない。
この機に極左陣営は嬉々として「反原発デモ」を繰り返し、オルグに精を出している。
学生運動以来、50年以上辛酸を舐め続けた「極左陣営」が、「着実堅調なフェビアン社会主義の推進」とその看板たる「民主党政権の樹立」というステップを踏み、その集大成として動き始めているのだ。
民族派が、軽軽に「反原発」を掲げ、極左陣営と共に「原始時代に還れ」「文明を破壊せよ」と絶叫する様は見るに耐えない。
従来の予測通り、民族派が極左道に堕ちるのは容易であった。
現在、こうした「文明否定のファッショ」に対峙し、論陣を張っているのは「放縦自由主義陣営」のみという体たらくである。
そしていつもの如く、彼らは「人命軽視」「経済至上主義」などという典型的な極左アジに晒されており、劣勢にある。
容易にオルグされた民族派を巻き込んだ「文明否定」のファッショは、「経済によって人命が守られている」という簡単な事実にさえ盲目となり、狂気を加速させている。

我々が出来る事、そして成すべき事は、次の防衛段階に入っている。
極左連中は、これまでありとあらゆる策動を巡らして「貧困」「不景気」「大増税」「失業」「社会不安」「秩序崩壊」という「革命気運」の構築を謀ってきたが、遺憾ながら遂にその熟成を達成しつつある。

我々が出来る事、そして成すべき事は、今後訪れる「貧困」「不景気」「大増税」「失業」という暗黒の中、極左陣営の煽動によって、「革命」が惹起されるのを徹底して防ぐ事である。