今回は、過去のエントリーを再掲する。
これは平成21年8月1日から3日に掛けて掲載した、かの愚劣な政権交代選挙を前にしての内容である。

TPPが話題に上る中、民族派や左翼、そして焦げ付いたゾンビ既得権者らを中心に、「TPPが日本の農業を壊滅させる!」だの「TPPが日本の医療を壊滅させる!」だのといったプロパガンダが盛んに叫ばれている。

当ブログでも再三に渡って提示しているように、我が国の「農業」も「医療」も完全に「死に体」で、既に事実上「壊滅・崩壊」しているのが現実であって、「TPPで壊滅する」などというのは笑止千万、無知蒙昧の極みと吐き捨てる他ない。
そればかりでなく、日頃は全くの無関心と無関係を決め込み、寧ろ「崩壊・壊滅」に与する言動に終始しておきながら、こうしたトピックの際にだけ「農業を守れ!」「医療を守れ!」と思い出したように絶叫する大衆の無様には閉口させられる。

2年前に提示した内容が、未だ何ら変わる事なく通用する現状には、些か諦めさえ感じることは否めない。
TPPを機にした「農業問題論議」も、ここで「問題」であると提示した「病巣」を固定化させる愚昧な主張ばかりが垂れ流されている。
当ブログの読者であっても、これまで「農業エントリー」や「医療エントリー」について関心が高かったとは言えない。
TPPそのものの是非もさることながら、TPP問題を機会に、我が国の「農業」や「医療」について、真正保守(自由)哲学からの検討が続けられることを願って止まない。


農業の復興

民主党は「農業の復興」と称して、「現在農業に従事している者に対して金をばらまこう」としている。

お金が貰える農家は喜び勇んで民主党に投票するだろう。卑しい投票行動ではあるが、此れ程までの大衆化にあっては、農家だけを責める訳にもいくまい。

しかしながらこの政策で「農業」が復興したりすることは、万に一つもない。
農業の復興を考えるならば、農業の現状を知る必要がある。
現在の農家は、その「9割」が「兼業農家」であり、その殆んどが「農業が従」であって「別業が主」である。
要するに「既に日本の農業は死に体」なのだ。
これを維持したとて早晩「屍」になるのは必至である。


日本の逼迫した課題は、「農業の復興」であって「農業における現状の維持」ではない。
そして「農業の復興」とはイコール「農業に新たに従事する若者を増やす事」であって、それ以外では決してない。
このことを基本中の基本として、先ず押さえておく必要がある。

次に、日本にとって農業がどういった形で存在したのか、簡単におさらいしてみたい。

最初に、勘違いされている方が多いようなので確認しておくが、開国以来、我が国が「農業立国」であった験しはない。
国土が狭く、平地が割合が極めて少ない我が国が、「農業国」として世界と渡り合う事は、物理的に有りえないことである。

次に農業構造の変遷を振り返ってみる。
元来、「地主」と呼ばれる資産家が、「小作人」に土地を貸し与えるというのが日本の農業の在り方であった。
これが戦後の体制改革の際に、地主から強制的に土地を召し上げ、それを小作人にバラまく形で解体され、小作人が自分の耕す土地を所有する現在の形となった。
「地主が小作人を束ねる」という組織構造を破壊した結果、「小地主」としてバラバラに解体された農家を束ねる目的で誕生したのが「農協」である。
ところがこの新たな構造が肥大化するにつれ、農家という大票田や農協を絡めた利権に向かって、政治家や地元の怪しげな輩が群がり、現在のおどろおどろしい「農政」が形成されるに至った。

「農協」もこういった「団体」の既定路線を辿り、農家の相互扶助団体から、農家を指揮し、農家に指示を下す「農家の上位団体」へと変容した。
農協の存在目的は、「農家の束ね」や「農家の相互扶助」から、「農協そのものの維持と収益確保」へと堕落したのだ。
農家に対し「市場より遥かに高額の農薬、肥料、農機具等を農協から購入する」よう義務付け、農作物の流通についても「農協」を介することを義務付けた。
これに反対する者は、容赦なく排斥した。
こうした農協の搾取は、農家の収入は減少する一方、消費者には「高い商品」が提供されるという今なお続く異常事態を齎した。

農協と農水省、そして族議員のトライアングルが先導した「食料管理制度下の米価引き上げ」や「減反政策」によって、「農家の努力」が農家の利益に反映されることはなくなり、農業の社会主義化は粛々と進行し、その当然の帰結として農業の衰退を直接的に招いた。


その「共産主義的市民化」は深刻の度を深め、当然のことながら農家の「活力」は徹底的に削がれることになった。こと米作については、補助や特権狙いの「零細な兼業農家(似非農家)」がその多くを占める最終局面にまで至った。

「専業農家」それも「次世代の専業農家」を育まねば「農業の復興」などは万に一つもありえないのだが、現実としては各利権団体、組織、似非農家ら「偽農家代表者」らの思惑を中心に農政は成され、「その真逆」が結果として到来したのだ。

今や「継ぎ手もなく、続ける気もなく、やる気もない、高齢の兼業農家(似非農家)」が農家の典型となり、それを農政や農協が、公金補助や規制や許認可等によって「手厚く保護」し、似非農家から「票」や「上納金」としてその見返りを得ている最悪の構造だ。

そして民主党の掲げる「農家個別所得保証」は、正にこの最終形であり、「決して農業の復興には繋がらない」。

では、農業の復興の条件とは何か。
それは簡単な事で、「次世代の専業農家の育成」と「利権と中間搾取に塗れ、それを堅持するために高々と築き上げられた参入障壁の撤廃と農政の見直し」である。
それを実行させないのは、「現在の兼業農家(似非農家)」と「農協」そして「農水省」「族議員」である。


まず、大前提として「現在の死に体を呈している似非農家を保護する策」は、須らく「次世代の専業農家の参入を阻む方向に働く」事を押さえなくてはならない。

「次世代の専業農家」にまず必要なのは、兎にも角にも「農地となる広大な土地」であるのだが、「次世代」にそのような資金力があるはずもなく、「農家」が戦後に濡れ手で泡で取得した農地は「休耕田」のまま放置され、良くて零細兼業農家の「家庭菜園化」しているのが関の山である。
また、継続の目処がない農家であっても、格安の値段で「農地」を手放したり貸したりする事はなく(借地期限までが設定されている)、その農地を利用しての「プチ不動産業」に勤しんでいるのが現状である。
その「農地利用」も、農業委員会との談合によって多岐に渡り、「駐車場への転用」、「店舗経営者への借地」などは良い方で、酷い場合には「産廃の埋立地として利用」されている例まである。


「次世代の専業農家」を育成するのに、「農地確保」が大きな壁となっているのだ。
そしてこれは簡単には解決しない問題である。
例えば「株式会社による農業経営」が考えられるが、昨今緩和に向かっているとはいえ、依然としてこれには強い規制が掛かっている。

また「農協」を中心とした「利権談合搾取トライアングル」の解体であるが、これこそ戦後日本の抱える問題の核そのものであり、その根を絶つことは非常に困難である。
例え解体出来たにせよ、「官僚」や「地方分権」の問題と同様、解体後「それに代わって何が農業を束ねていくか」を提示しなくては、単なる「破壊」に終わる。
「農協」を解体したとして、それに変わって「より良い束ね」を実行する組織が想定出来るだろうか。

「農業の復興」は、民主党が言うような「ばら撒き」による「現状維持」で解決されるような容易い問題では断じてない。