来る総選挙で、我々「保守自由主義勢力」が達成しなければならないことは、

1)自民党への「政権交代」
2)「日本維新の会」躍進の封殺
3)民主党議席の大幅削減と巣食う極左の政界放逐
4)共産党、社民党、国民の生活が第一、みどりの風等々の極左泡沫政党の完全駆逐


上記の通りである。
そして、この中で最も達成困難であるのが、ご存知「日本維新の会」の封殺である。
我々は、民主党政権という極左政権による亡国への暴走を回避したのも束の間、それを超える極左集団と徹底対峙しなければならない事態となった。

「日本維新の会」の政策骨子である「維新八策」や「太陽の党との政策合意」については、盟友ブログ「オノコロ こころ定めて」に詳しい。

点検・維新八策1 リセット幻想に酔う維新。前文からしておかしい

点検:日本維新・太陽「政策合意」−−誕生「第2民主党」

未見の方は、総選挙前までに一読をお勧めしておく。

今回は、「日本維新の会」が掲げる「一生使い切り型人生モデル」という最極左スローガン、そしてその「悪魔の思想」から自ずと導き出された「資産課税構想・相続税100%構想」について集中的に分析する。
ここに彼らの「思想根本」が最も露になっていると考えるからである。


「真正の保守哲学」の骨幹の一つを成すのは、「世襲の原理」である。
「真正の保守哲学」とは、「国家の繁栄と永続」を願う哲学である。
命のバトンタッチ、世代のバトンタッチといった縦軸の繋がりを欠いた「永続」など存在し得ない。
皇室や天皇という「国法」の保守も達成され得ない。
「世襲」なくして「国家の繁栄と永続」など万に一つも達成され得ない。
「世襲を否定する保守」など、転倒言語も甚だしい、言語矛盾の極みである。

そして「一生使い切り型人生モデル」とは、この「バトンタッチ・世襲」を完全否定する「悪魔的スローガン」である。
「保守哲学」を完全否定する「極左スローガン」である。
「人間を完全にアトム化し、それらを政府・公権力が再統合する」というこれ以上ない「最極左思想」である。
「日本維新の会」が基盤思想に据える「一生使い切り型人生モデル」とは、万が一にも「保守哲学」と相容れる事は無い、「保守哲学」と完全に対立する思想である。


「バトンタッチ」「世襲」の完全否定(つまり国家の繁栄と永続の完全否定)は、一直線に「資産課税・相続税100%」という「極左政策」を産み落し、これを肯定する。

では、「相続税100%」という状態が如何なる状態であるか考えてみよう。

これは、先代がどれだけ資産形成しようが、蓄財に励もうが、世代交代時に「その全てが政府に没収される」状態である。
これはつまり、如何なる「資産・財産」も、「政府から、その代限りの使用権を認められているだけの状態」に他ならず、これこそが「糖衣で包んだ私有財産の否定」であり、紛う事なき「共産主義」の完成状態である。
目下の中華人民共和国の状況と僅かの違いもない。

「”私有財産の否定”という極左思想を根底にした”資産課税・相続税”に賛同する保守」など、これもまた転倒言語甚だしい、言語矛盾の極みである。


また、「一生使い切り型人生モデル」においては、「残せば全没収」という重罰が課せられるため、実質的に「蓄え・備えの禁止」を意味する。
こうして「国民が、いざという時には政府に頼るしか無い」という「隷属の状態」を人為的に作り出す。
そして、「蓄え・備え」を顧みず、刹那的に放蕩生活を送る無防備と無分別と不道徳を奨励し、これを完全に肯定する。
今、「蟻とキリギリス」の童話を精読すべきは、児童ではなく大人達であろう。


ここで「まさか100%にはならないだろう」と軽々しく構え、「相続税率が上昇するにつれて、この状態(共産主義の完成)に近づいている」という事実を失念してはならない。
また、現在は「相続税控除」という制度があり、一定の相続額までは納税を控除されるが、ここにも「控除廃止」「控除額の引き下げ」を含めた、牙がむかれる事も想像に難くない。
「自分レベルには関係ない」などと、他人事に考えて、高を括ってはならない。
現下の「相続税率」であっても、「相続の際に家業を閉める」或いは「実家を手放す」類いの事例が相次いでいるところに加え、更なる相続税アップなどという蛮行を行えば、如何なる「人為的不幸」が引き起こされるだろうか。予見するのに、それほどの想像力は必要在るまい。

当ブログに来られる諸氏には、そのような馬鹿げた楽観に溺れる者は居ないと考えるが、「考え過ぎではないのか?」などと口を開けて笑う愚か者も居るやもしれない。
以下に、「日本共産党」による「財政危機打開案」を紹介しておく。
「日本維新の会」の掲げる「資産課税」との発想的一致に刮目して頂きたい。


消費増税せず20兆円捻出可能=共産
時事通信社 2012年 2月 7日

共産党は7日、「消費税大増税ストップ!社会保障充実、財政危機打開の提言」と題した政策集を発表した。
社会保障制度改革は消費増税に頼らなくても実現可能と主張。
行政の「無駄一掃」や、高額な不動産などの資産に課税する「富裕税」創設などにより、20兆円程度の財源を捻出できるとした。
野田政権が目指す消費増税を含む社会保障と税の一体改革への対案と位置付ける。



引用ここまで

またそれ以外にも、「相続税」そのものには多くの問題がある。

・相続税とは、先代が、納税した残りから爪に灯をともす思いで続く世代の為に行った蓄財資産に、更に課税するという完全なる「二重課税」である。
「二重課税」は税制の外道であり、厳に慎まれなくては成らない。

・相続税の肯定根拠として、「スタートラインの機会平等」が主張されるが、平均寿命が80歳を超える現況で、大方の相続が為されるのは、後続世代が60歳以上の時であり、この主張は全く成立し得ない。
また、極左が巣食う法学界隈では、この瞬時に論駁される矛盾に塗れた「スタートラインの機会平等」などそもそも根拠に据えられておらず、ストレートに「再分配政策(つまり極社会主義政策」)」がその肯定根拠とされていることも知っておかなければならない。
このように、「相続税」とは、「社会主義思想」から生まれる極左政策であって、保守哲学と交わるところは僅かにも無い。

・「相続税」は、小金持ち程度では行えない「節税策(名義変更、資産隠し等)」を、大金持ちであれば存分に講じる事が出来る、「捕捉率」にバラツキのある特に不公平な税制である。


最後に、「橋下・日本維新の会」が、この一点の曇りなき「共産化政策」である「資産課税・相続税100%構想」を、便宜的、建前的にどのように正当化させているかを振り返ってみる。

1)「資産課税・相続税増税」をもって、急増する公営社会保障・公営社会福祉費に充てる。
2)高齢者の「貯蓄・蓄財」を政府が回収し、政府の手で強制的にフロー化する事によって、景気回復を図る。


この2点が、橋下・日本維新の会が、表向きに掲げる根拠である。
これらが幾ら「便宜的な表向きの理由」とはいえ、余りに愚かな発想である。

高齢者の需要の多くを占めるのは、「医療・介護」である。
その自己負担をタダ同然に設定し、且つその主たる収入である「年金」を、身の丈に合わぬ額で「放蕩支給」し続けておいて、その「財源がない」と頭を抱え、「資産課税」や「相続税」で引っ張り出そうなどというマッチポンプ、分裂思考には嘲笑すら憚られる。


何故に、「高齢者医療と介護保険利用の自己負担を上げる」「年金支給額を減額する」という「普通の」発想をしないのか?

ここにこそ、橋下・維新の会の「思想本籍」が露呈している。
もっともらしい理屈で糊塗しているが、彼らの真の狙い、真の目的とは、結局のところ「社会主義者・共産主義者」の相も変わらない、あの「念願」「悲願」「ユートピアの到来」に他ならない。

1)再分配政策の急進
2)国民を「揺りかごから墓場まで」政府が管理する「人間牧場化計画」


「橋下・日本維新の会」は、紛う事なき正真正銘の「極左・共産主義/社会主義」政党である。

我々は、彼らの躍進を決して許しては成らない。