真正保守政党を設立する

「真正の保守主義」とは、「真正の自由主義」である。 「真正の自由」とは、「道徳・倫理」に適った「美徳ある自由」である。

人々の言葉

我々は沖縄を信じる。琉球の民は紛う事無き「誇り高き日本人」である。

第062016番電(1945年6月6日20時16分)
大田実海軍中将

発 沖縄根拠地隊司令官
宛 海軍次官

左ノ電文ヲ次官ニ御通報方取計ヲ得度

沖縄県民ノ実情ニ関シテハ県知事ヨリ報告セラルベキモ県ニハ既ニ通信力ナク三二軍司令部又通信ノ余力ナシト認メラルルニ付本職県知事ノ依頼ヲ受ケタルニ非ザレドモ現状ヲ看過スルニ忍ビズ之ニ代ツテ緊急御通知申上グ

沖縄島ニ敵攻略ヲ開始以来陸海軍方面防衛戦闘ニ専念シ県民ニ関シテハ殆ド顧ミルニ暇ナカリキ

然レドモ本職ノ知レル範囲ニ於テハ県民ハ青壮年ノ全部ヲ防衛召集ニ捧ゲ残ル老幼婦女子ノミガ相次グ砲爆撃ニ家屋ト家財ノ全部ヲ焼却セラレ僅ニ身ヲ以テ軍ノ作戦ニ差支ナキ場所ノ小防空壕ニ避難尚砲爆撃ノガレ(不明)中風雨ニ曝サレツツ乏シキ生活ニ甘ンジアリタリ

而モ若キ婦人ハ卒先軍ニ身ヲ捧ゲ看護婦烹炊婦ハ元ヨリ砲弾運ビ挺身切込隊スラ申出ルモノアリ

所詮敵来リナバ老人子供ハ殺サルベク婦女子ハ後方ニ運ビ去ラレテ毒牙ニ供セラルベシトテ親子生別レ娘ヲ軍衛門ニ捨ツル親アリ

看護婦ニ至リテハ軍移動ニ際シ衛生兵既ニ出発シ身寄無キ重傷者ヲ助ケテ敢テ真面目ニシテ一時ノ感情ニ馳セラレタルモノトハ思ハレズ

更ニ軍ニ於テ作戦ノ大転換アルヤ夜ノ中ニ遥ニ遠隔地方ノ住居地区ヲ指定セラレ輸送力皆無ノ者黙々トシテ雨中ヲ移動スルアリ

是ヲ要スルニ陸海軍部隊沖縄ニ進駐以来終止一貫勤労奉仕物資節約ヲ強要セラレツツ(一部ハ兎角ノ悪評ナキニシモアラザルモ)只々日本人トシテノ御奉公ノ護ヲ胸ニ抱キツツ遂ニ(不明)与ヘ(不明)コトナクシテ本戦闘ノ末期ト沖縄島ハ実情形(不明)一木一草焦土ト化セン

糧食六月一杯ヲ支フルノミナリト謂フ

沖縄県民斯ク戦ヘリ

県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ


沖縄根拠地隊司令官より海軍次官へ。
次の電文を海軍次官にお知らせ下さるよう取り計らって下さい。

沖縄県民の実情に関しては県知事より報告されるべきですが、県は既に通信する力は無く、三二軍(沖縄守備軍)もまた通信する力がないと認められますので、私は県知事に頼まれた訳ではありませんが、現状をそのまま見過ごすことが出来ないので、代わって緊急にお知らせ致します。

沖縄に敵の攻撃が始まって以来、陸海軍とも防衛のための戦闘にあけくれ、県民に関しては殆ど顧みる余裕もありませんでした。しかし私の知っている範囲では、県民は青年も壮年も全部を防衛のためにかり出され、残った老人、子供、女性のみが、相次ぐ砲爆撃で家や財産を焼かれ、わずかに体一つで軍の作戦の支障にならない場所の小さな防空壕に避難したり、砲爆撃の下で彷徨い、風雨にさらされる貧しい生活に甘んじてきました。

しかも若い女性は進んで軍に身を捧げ、看護婦、炊事婦はもとより砲弾運びや斬り込み隊への参加を申し出る者さえもいます。敵がやってくれば老人や子供は殺され、女性は後方に運び去られて暴行されるからと、親子が生き別れになるのを覚悟で、娘を軍に預ける親もいます。

看護婦に至っては軍の移動に際し、衛生兵が既に出発してしまい、身寄りのない重傷者を助けて共にさまよい歩いています。このような行動は一時の感情にかられてのこととは思えません。さらに軍において作戦の大きな変更があって、遠く離れた住民地区を指定されたとき、輸送力のない者は夜中に自給自足で雨の中を黙々と移動しています。

これらをまとめると、陸海軍が沖縄にやって来て以来、県民は最初から最後まで勤労奉仕や物資の節約を強いられ、ご奉公をするのだという一念を胸に抱きながら、ついに報われることもなく、この戦闘の最期を迎えてしまいました。

沖縄の実情は言葉では形容のしようもありません。

一本の木、一本の草さえも全てが焼けてしまい、食べ物も六月一杯を支えるだけということです。

沖縄県民はこのように戦いました。

県民に対して後世特別のご配慮をして下さいますように。




今回の沖縄知事選において、「真正極左知事」を誕生させ、「中共隷属の波」に、これ以上呑まれてはならない。
「自由ある平和」を希求するには、この時点では先ず「仲井真弘多」を選択しなければならない。

我々は沖縄を信じる。琉球の民は紛う事無き「誇り高き日本人」である。

人々の言葉(10)


自分の愛する場所を滅ぼすおそれがいちばんあるのは、
その場所を何かの理由があって理性的に愛している人間である。
その場所を立ち直らせる人間は、その場所を何の理由もなく愛する人間である。

―G.K.チェスタトン「正統とは何か」

人々の言葉(9)

「日本には犠牲的行為がたやすくできる人が多く、人々はそれを善と考えて人生を渡るときの指針にしていたのである。
それを日本国新憲法の前文が実に突飛なことをいい、社会通念が大新聞によっていちはやくこれに同調したから、人は利己的行為をするのが正しいといわれることになった。
それまでとは正に正反対である。
だからこのくにの人々は今、茫然自失してめざすべきところを知らないのである。
芭蕉にいわせると「是非善悪の差別もなく鮒の泥に酔いたるがごとし」というのであろう。
私たちは「日本は神の国」といいならわしてきたが、それは正しいのであって、ここにいう神とは「犠牲的行為が容易にできる人」という意味である。

天照す神の御光ありてこそ
わが日の本は雲らざりけれ(明治天皇御製)

この磁石なしには複雑きわまりない人生は渡れないのであろう。」

―「月影」 岡潔


「私は本来の日本人は、共通な情緒の色どりを持っていると思っている。
これが日本的情緒であって、その人の情緒の基調がそれと一致すれば本来の日本人だというのである。
他のものは一切問わない。」

―「春の雲」 岡潔

人々の言葉(8)

戦争中、殊に敗戦後、
日本人には真の悲劇も不幸も感じる力がないといふ、
私の前からの思ひは強くなった。
感じる力がないといふことは、
感じられる本体がないといふことであらう。
敗戦後の私は日本古来の悲しみのなかに帰つてゆくばかりである。
私は戦後の世相なるもの、風俗なるものを信じない。
現実なるものもあるひは信じない。

―川端康成 1947年10月「哀愁」

人々の言葉(7)

「大衆」という言葉には、ネガティブな意味合いが含まれることは少ない。
しかしながら、本来「大衆」と「民衆」は異なる定義である。

オルテガの定義によれば、「大衆」とはおおよそこういったものである。

「大衆とは、如何なる理由からも自らを良いとも悪いとも判断せず、自分が「すべての人」と同じであると感じ、しかもそのことに苦痛を感じることもなく、むしろ自分が他人と同じであることに喜びを感じるすべての人々のことである。」

「現代の特徴は、凡俗な人間(大衆)が、自分が凡俗であるのを知りながら、敢然と凡俗であることの権利を主張し、それをあらゆる所で押し通そうとするところにある。」

「(大衆は)生のプログラムもなく、計画もなく生きているのである。大衆とは、生の計画がなく、波間に浮かび漂う人間である。」

「かれら(大衆)は自分の福利にしか関心がないが、その福利の生産には無縁である。」

「(大衆とは)歴史を持たない人間、 つまり過去という内臓を欠いた人間であり、したがって「国際的」と呼ばれるあらゆる規律に従順な連中である。 」

「(大衆とは)ただ欲求のみを持っており、自分には権利だけあると考え、義務を持っているなどとは考えもしない、みずからに義務を課す高貴さを欠いた人間である」

「大衆というものは、その本質上、自分自身の存在を指導することもできなければ、また指導すべきでもなく、ましてや社会を支配統治するなど及びもつかないことである。」

「人間についての、もっとも根本的な分類は、次のように二種の人間に分けることとである。一つは、自分に多くを要求し、自分の上に困難と義務を背負いこむ人であり、他(大衆)は、自分になんら特別な要求をしない人である。後者にとって、生きるとは、いかなる瞬間も、あるがままの存在を続けることであって、自身を完成しようという努力をしない。いわば波に漂う浮草である。」

「大衆は、生は容易であり、ありあまるほど豊かであり、悲劇的な制限はないというふうに、心底から、生まれたときから感じており、したがって、各平均人は、自分のなかに支配と勝利の実感をいだいている。そのことから、あるがままの自分に確信をもち、自分の道徳的・知的資質はすぐれており、完全であると考えるようになる。この自己満足から、外部の権威にたいして自己を閉鎖ししてしまい、耳をかさず、自分の意見に疑いをもたず、他人を考慮に入れないようになる。たえずかれの内部にある支配感情に刺激されて、支配力を行使したがる。そこで、自分とその同類だけが世界に存在しているかのように行動することになるだろう。したがって、慎重も熟慮も手続きも保留もなく、いわば「直接行動」の制度によって、すべてのことに介入し、自分の凡庸の意見を押しつけようとするだろう。」


最後に森下伸也 がまとめた「オルテガの大衆観」が明解であるので引用しておく。

1.非常に均質的・画一的で、突出した個性を持たない。
2.何事においても他律的で、他人や世論に同調し、あるいは自分に同調を求める「烏合の衆」である。
3.理想や使命感や向上心など無縁の存在で、自分の現状に満足しきっている。
4.文明の恩恵が自動的に享受できるのを当たり前と思っており、文明や伝統に対する畏敬や感謝の念、 そして未来に対する責任感を欠いた「忘恩の徒」である。
5.自分たちが一番偉いと思い、自分たちのわがままをどこまでも押し通そうとする「駄々っ子」である。
6.精神性などかけらも無く、物質的快楽だけを求める「動物」である。
7.以上のような自分たちのあり方を、何が何でも社会全体に押し付けようとする「野蛮人」である。

これに対して、「このような人間であってはならない」ことを自覚し、自戒する構えを保持しているのが「民衆」であり、さらに「こうあってはならない」事を自らに対して徹底的に課しているものが「エリート」である。


上記に目を通せば「大方の現代人」が、まさに「大衆」そのものであることが分かるだろう。

人々の言葉(6)

今回は、吉田松陰の言葉を紹介する。
現在の日本における人身の腐敗、倫理の喪失、社会正義の蒸発を解決する一助となるだろう。


「道の精なると精ならざると、業の成ると成らざるとは、志の立つと立たざるとに在るのみ。故に士たる者は其の志を立てざるべからず。夫れ志の在る所、気も亦従ふ。志気の在る所、遠くして至るべからざるなく、難くして為すべからざるものなし。」

人としての行き方が正しく優れているかそうでないか、また、勉強などが巧くいくかいかないかは、心に目指すところがきちんと定まっているか否かによる。だから、武士たるものは志を立てない訳にはいかない。つまり、志があればやる気もまたそれに従うものである。志とやる気があれば、目標が遠すぎて至らないということはなく、また、難しくてできないということはない。


「夫れ重きを以て任と為す者、才を以て恃みと為すに足らず。知を以て恃みと為すに足らず。必ずや志を以て気を率い、びん勉事に従いてしかる後可なり。」

重要な仕事をする者は、才能を頼りとするようではだめである。知識などを頼りとするようでもだめである。必ず、何の為にそのような仕事をしているかということを考えて、気持ちを奮い立たせ、仕事に励むことにより、達成することが出来るのである。


「人才育せざるべからず。蓋し人各々能あり不能あり、物の斉しからざるは物の情なり。斉しからざる人を一斉ならしめんとせず、所謂才なる者を育することを務むべし。今の弊、こう国の人をして皆一斉ならしめんと欲するに在り。しこうして却って其の間、才なる者特出するを見ず。」

人の持って生まれた才能は、育てずにおくべきではない。ただし、人にはそれぞれ出来る事と出来ない事とがある。物が同じでないと言う事は、物の本質である。同じでない人を同じにしようなどとせず、いわゆる才能に秀でた人を育てることに努めるべきである。今の欠点は、全国の人をみんな同じにしようと願っていることである。そうであるから、かえって我が国では才能に秀でた人を見ないのである。


「天下才なきに非ず、用うる人なきのみ、哀しいかな。」

世間に才能のある人がいないのではない。それを用いる人がいないだけである。何とも哀しいことである。


「明の葉向高曰く、「乱とは禍変の説に非ざるなり、法紀凌遅し、人心ごう競す。即ち之れを乱と謂う」と。」

明の葉向高は、「国家が乱れるというのは、災いとなるような騒動を言うのではない。国民から法律や規律を守る心が次第に衰退し、人々が出世や贅沢のみを求めて、争い騒ぐ状態となること。これを乱という。」と言っている。


「世人の、事を論ずる、浅き者は事の成敗を視、深き者は人の忠奸を視る。かくの如きのみ。」

世間一般の人が事を論ずる際、未熟で底の浅い人は勝ち負けの結果をみるが、成熟して深遠な人はその心情や正邪をみる。そういうものである。


人々の言葉(5)

今回は、主に外国からの、神道として結実した「自然と調和する日本の世界観」に対する賞賛の声を紹介する。

「日本の芸術を研究してみると、あきらかに賢者であり哲学者であり知者である人物に出合う。彼は歳月をどう過ごしていたのだろう。地球と月との距離を研究しているのだろうか、いやそうではない。ビスマルクの研究をしているのか、いやそうでもない。彼はただ一茎の草の芽を研究しているのだ。
ところが、この草の芽が彼に、あらゆる植物を、つぎには季節を、田園の広々とした風景を、さらには動物を、人間の顔に描けるようにさせるのだ。こうして彼はその生涯を送るのだが、すべてを描き尽くすには人生はあまりにも短い。
いいかね、彼ら自らが花のように、自然の中に生きていく、こんなに素朴な日本人たちがわれわれに教えるものこそ、真の宗教とも言えるものではないだろうか。
日本の芸術を研究すれば、誰でももっと陽気にもっと幸福にならずにはいられないはずだ。われわれは因習的な世界で教育を受け仕事をしているけれども、もっと自然に帰らなければいけないのだ。」
 1961年 フィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホ(画家)


「私が断じて滅びないことを願う一つの国民がある。それは日本人だ。あれほど興味ある太古からの文明は消滅させてはならない。日本は驚くべき発展をしたが、それは当然で、他の如何なる国民にもこれ程の資格はない。彼らは貧乏だ、しかし高貴だ。あんなに人口が多いのに。」
 1943年 ポール・クローデル(大正時代の駐日フランス大使)

「初めから日本人は、自分達を取り巻いている自然に驚嘆していた。日本人は慈悲深い大地と、魚がたくさんいる海を崇拝した。
神々が彼らを幸福にしてくれるのだと心底から考えた。
熱や光を身体に感じ、また目にすることの喜びを与え、目の前で瑞々しい果物を熟させ、足元に見事な花を咲かせ、網の中においしい魚を投げ入れる、そんな超自然に、彼らは大いに感謝していることを示した。
そこで日本人は黙想し、手を合わせ、頭を下げて礼拝したのだ。誰を、何をだって?・・・全てをだ!」
 1876年 エミール・ギメ(ギメ東洋美術館創設者)

「私はとうてい、驚きと感嘆を隠せません。日本では、自然と人間は一体化しているように見えます。
この国に由来するすべてのものは、愛らしく朗らかであり、自然を通じて与えられたものと密接に結びついています。」
 大正11年日本滞在中に アルバート・アインシュタイン

しかしこれと同時期、大正デモクラシーに狂乱する日本に対して、アインシュタインはこうも言っている。

「いたるところで外国にかぶれているのは、日本および日本人のために好ましくありません。着物は実に優美だが、活動に適していないので、これからは洋服になっていくのでしょう。とにかく日本の風習の中で、保存すべきものまで破壊しようとする気風には感心しません。日本の建築はすみずみまで手が入り込んでいて、外国の彫刻を見るようでした。一言でいえば、日本は絵の国、詩の国であり、謙遜の美徳は、滞在中最も感銘を受けた忘れがたいものとなりました。」


悲しいかな、これらは全て「先人達」への賛美であり、現代の日本がこのように評されることは万が一にもないだろう。


人々の言葉(4) 

今回は、先の大戦において散華された、特攻隊員の遺言を紹介する。


「此の手紙を書いているうちにも敵機の襲来を見ました。
痛憤やるかたなく、奮激の極みであります。
血は煮え立つ様であります。」
神風特別攻撃隊 第一護皇白鷺隊 海軍大尉 佐藤清
昭和20年4月6日 沖縄周辺海域にて戦死 39歳

「我が故郷よ、無尽の幸あれ。
そして生まれくる国の子供等をいつまでもいつまでも育んでくれ。
我がふるさと人よ、いつまでもいつまでも純粋であってくれ。」
神風特別攻撃隊 隊名不明 海軍少尉 小久保節弥 
南西諸島海域にて戦死 22歳

「後世史家に偉いと呼ばれることも望まない。
名もなき民として自分の義務と責任に生き、
そして死するのである。」
神風特別攻撃隊 第一昭和隊 海軍少尉 佐々木八郎
昭和20年4月14日 南西諸島海域にて戦死 23歳

「もちろん、我々は消耗品にすぎない。
波のごとく寄せくる敵の物量の前に、単なる防波堤の一塊の石となるのだ。
しかしそれは大きな世界を内に築くための重要なる礎石だ。」
神風特別攻撃隊 第一正気隊 海軍少尉 安達卓也
昭和20年4月28日 沖縄周辺海域にて戦死 23歳

「我とても、木石ならぬ身、愛欲のきづな絶ち難し。
されど悠久三千年の国体を磐石の泰きに置かんが為、
又は子孫のため捨石となるは数ならぬ身、
何の惜しむ事やあらん。」
陸軍特別攻撃隊 飛行第六六戦隊 陸軍兵長 宗宮亮平
昭和20年6月6日 沖縄方面海域にて戦死 20歳

「何も私がやらなくとも、特攻隊員となる搭乗員は幾らもあるだろうに、
と考える人もあるかも知れません。
だがそう言う考え方は、私の心が許しません。」
神風特別攻撃隊 第5昭和隊 海軍少尉 小泉宏三
昭和20年4月29日 沖縄東方海域にて戦死 23歳

「自分は一時の感激、名誉、及び名を残すために死を選ぶのではなく、
我等は日本民族の興亡を救う最大の途と思ってやるのである。」
神風特別攻撃隊 神雷部隊第二建武隊 海軍一等飛行兵曹 杉本徳義
昭和20年4月3日 沖縄周辺海域にて戦死 18歳


これらの言葉を読みながら、次の論語の一節について考えてもらいたい。

「義を見てせざるは勇無きなり」

人としてなすべきことと知りながら、それを実行しないのは勇気がないからである。

人々の言葉(3)

「民衆」と「大衆」は全く異なる概念である。
「民衆」とは「歴史」と「常識」、つまり垂直の関係性と水平の関係性を保持している人々であり、「大衆」はそれを喪失した人々である。
「大衆」については、オルテガの批判が有名であるが、ここではル・ボンの辛辣な言葉を挙げて置きたい。
ル・ボンは「大衆」のことを「群衆」と呼び、「群衆心理」という著書の中でその特徴を語り、徹底的に非難している。


「衝動的で、興奮しやすく、推理する力のないこと、判断力および批判精神を欠いていること、感情の誇張的であること、その他こういう群衆の幾つかの特性は、野蛮人や小児のような進化程度の低い人間にもまた同様に観察されることである。」

「意識的個性の優勢、暗示と感染とによる感情や観念の同一方向への転換、暗示された観念を直ちに行動に移そうとする傾向、これらが群衆中の個人の主要な特性である。群衆中の個人は、もはや彼自身ではなく、自分の意思をもって自分を導く力のなくなった一箇の自動人形となる。それだから人間は群衆の一員になるという事実だけで、文明の段階を幾つも下ってしまうのである。それは、孤立していたときには、恐らく教養のある人であったろうが、群衆に加わると、本能的な人間、従って野蛮人と化してしまうのだ。」

人々の言葉(2)

「人権」「平等」「自由」「博愛」といった空疎なお題目が、あたかも何かに裏打ちされた「真なる善」であるかのように流布され、カルト宗教の如く民衆に信奉されている現状に対して、「正論」と「常識」による反駁が、これほどまで必要な時代はないだろう。


以下は、哲人「岡潔」の言葉である。


「私は、人は善行を行えば良いのだと思っている。
私だけでなく、日本人らしい日本人は皆そう思っているだろうと思う。
しかし、どういう行為を善行というのであろう。
自己本位の行為が善行でないことは明らかである。
これも日本人らしい日本人は皆そう感じるであろう。
しかし、それから先はなかなかわからない。
標語としての徳目の実行は、善行の練習にはなるであろうが、善行そのものとは言えない。
習い覚えた徳目の実践は、善行の練習にはなるであろうが、善行そのものではないと思う。
これも日本的情緒の人は皆そう思うであろう。
このくにで言う善行は非常に格調が高いのである。」
「国旗国歌法」に反対した 真正反日議員
赤松 広隆君    
伊藤 忠治君  
家西 悟君     
池田 元久君
池端 清一君    
石毛えい子君
石橋 大吉君    
岩國 哲人君
岩田 順介君    
上原 康助君
生方 幸夫君    
枝野 幸男君
小沢 鋭仁君    
大畠 章宏君
海江田万里君   
金田 誠一君
河村たかし君    
菅 直人君
北橋 健治君    
桑原  豊君
小平 忠正君    
小林  守君
五島 正規君    
近藤 昭一君
佐々木秀典君
佐藤謙一郎君
坂上 富男君    
末松 義規君
辻  一彦君    
土肥 隆一君
中桐 伸五君    
中沢 健次君
葉山  峻君    
鉢呂 吉雄君
原口 一博君    
日野 市朗君
肥田美代子君    
福岡 宗也君
細川 律夫君    
前原 誠司君
松本 惟子君    
松本  龍君
山元  勉君    
山本 譲司君
山本 孝史君    
横路 孝弘君
石井 郁子君    
大森  猛君
金子 満広君    
木島日出夫君
児玉 健次君    
穀田 恵二君
佐々木憲昭君    
佐々木陸海君
志位 和夫君    
瀬古由起子君
辻  第一君    
寺前  巖君
中路 雅弘君    
中島 武敏君
中林よし子君    
春名 直章君
東中 光雄君    
平賀 高成君
不破 哲三君    
藤木 洋子君
藤田 スミ君    
古堅 実吉君
松本 善明君    
矢島 恒夫君
山原健二郎君    
吉井 英勝君
伊藤  茂君    
北沢 清功君
知久馬二三子君   
辻元 清美君
土井たか子君    
中川 智子君
中西 績介君    
畠山健治郎君
濱田 健一君    
深田  肇君
保坂 展人君    
前島 秀行君
村山 富市君    
横光 克彦君
拉致実行犯シンガンスの釈放要望書に署名した真正 鬼畜・売国・反日議員
日本社会党
衆議院
阿部未喜男、五十嵐広三、池端清一、石橋大吉、石橋政嗣、伊藤茂、伊藤忠治、稲葉誠一、井上泉、井上一成、井上普方、岩垂寿喜男、上田哲、上田利正、上原康助、大原亨、大出俊、緒方克陽、岡田利春、小川国彦、奥野一雄、小澤克介、加藤万吉、角田堅次郎、河上民雄、河野正、川崎寛治、川俣健二郎、木間章、上坂昇、小林恒人、左近正男、佐藤観樹、佐藤敬治、佐藤徳雄、沢田広、沢藤礼次郎、渋沢利久、嶋崎譲、清水勇、城地豊司、新村勝雄、新盛辰雄、関山信之、高沢寅男、田口健二、竹内猛、田中恒利、田邊誠、田並胤明、辻一彦、土井たか子、戸田菊雄、永井孝信、中沢健次、中西績介、中村茂、中村正男、野口幸一、野坂浩賢、馬場昇、早川勝、広瀬秀吉、細谷治通、堀昌雄、前島秀行、松前仰、水田稔、三野優美、武藤山治、村山喜一、村山富市、安田雄三、山口鶴男、山下八洲夫、山花貞夫、吉原栄治、渡部行雄

参議院
青木薪次、赤桐操、穐山篤、秋山長造、一井淳治、糸久八重子、稲村稔夫、及川一夫、大木正吾、大森昭、小川仁一、小野明、梶原敬義、粕谷照美、久保亘、久保田早苗、小山一平、佐藤三吾、志苫裕、菅野久光、鈴木和美、高杉延恵、千葉景子、対馬孝且、中村哲、野田哲、浜本万三、福間知之、渕上貞雄、松前達郎、松本英一、丸谷金保、村沢牧、本岡昭次、八百板正、安恒良一、安永英雄、矢田部理、山口哲夫、山本正和、渡辺四郎

公明党

衆議院
小川新一郎、鳥居一雄、西中清
参議院
猪熊重二、塩出啓典、和田教美

社会民主連合

衆議院
江田五月、菅直人
参議院
田英夫

無所属

衆議院
安井吉典(社会党系)
参議院
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喜屋武真栄、山田耕三郎
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