「ポスト菅」不透明=民主、深刻な人材難
2011/06/02-21:55 時事通信
菅直人首相の2日の退陣表明で、民主党の後継代表選びが政局の焦点となる。しかし、衆目の一致する候補者は見当たらない。かねて指摘されている同党の人材不足は深刻といえ、「ポスト菅」の見通しは不透明だ。
次期代表選に意欲を示しているのは、樽床伸二元国対委員長。昨年6月、鳩山由紀夫前首相の辞任を受けた党代表選に初めて立候補したが、菅氏の291票に対し、129票と惨敗。認知度の低さを露呈した。
枝野幸男官房長官は、福島第1原発事故を受け、政府のスポークスマンとして存在感を示した。しかし、前原誠司前外相や仙谷由人官房副長官ら実力者と同じグループに属し、内部では必ずしも筆頭候補と見なされていない。
代表経験者でもある前原氏は外相在任中の3月、政治資金規正法違反の外国人献金が発覚して辞任に追い込まれ、謹慎中。岡田克也幹事長も地元の三重県知事選を含めた統一地方選で大敗するなど、選挙戦連敗、不戦敗の責任を問われており、出馬は困難とみられる。仙谷氏は65歳の年齢がネックだ。
野田佳彦財務相も有資格者と目されているが、財務副大臣から昇格して以降、党内では「財務官僚の言いなり」と陰口をたたかれ、存在感はいまひとつ。首相の退陣時期が不透明なこともあり、当面、各グループは様子見を続けそうだ。
引用ここまで
この辺りで現状を明確にしておく必要がある。
政局も、解散も、内閣総辞職も、これは「方法」に過ぎない。
「世論が」「民意が」と言うが、我が国はデモクラシーの国であり、現在の政府も与党も、「民意」であり「国民の選択」であることに疑う余地はない。
では、国民の多くが、「一体何を期待しているのか」である。
果たす目的が明確でなければ、「方法」のみを論じても不毛であろう。
間違いなく国民は、「これまで通りの景気や生活の維持・向上」を期待している。
ここには日本を取り巻く諸外国の先進や状況といった因子は、完全に無視されている。
少子高齢化や労働時間の短縮、財政危機といった問題も等閑視されている。
ここでいう「これまで通り」とは、文字通りのものであって、実際のところ「変化」「改革」など「誰も望んではいない」。
その上、「これまで通り」の何かに問題があって、或いは適正でなくなったからこそ現況がある、とは全く認識していないのだ。
それどころか、「これまで通り」の要求には、何ら問題はなく、その要求を達成出来ぬ「政治家・官僚」が悪いのだ、と結論している有様である。
挙句には、「政治家を自らが選択している」という自明の事実や、「官僚であれ、地方公務員であれ、国民という土壌からの産物である」という当然の事実さえ認識出来ては居ない。
それは、かの中共や北朝鮮のように、我が国に確固たる「独裁ワル」が存在し、彼らに対して国民が何の抵抗手段も持たず、彼らの意のままに国民に塗炭の苦しみを浴びせているかのような妄想的解釈である。
要するに現在の国民の要望とは以下の通りなのである。
1)これまで通りの生活を維持・向上させよ。
2)それが出来ないのは政治家の無能と官僚の悪徳故である。
国民の多くが、その存在し得ぬ要求を叶える「方法」を、この先も他罰的で幼稚な態度のまま捜し求め続けるようであれば、この国の繁栄は絶望的といわざるを得ない。
2011/06/02-21:55 時事通信
菅直人首相の2日の退陣表明で、民主党の後継代表選びが政局の焦点となる。しかし、衆目の一致する候補者は見当たらない。かねて指摘されている同党の人材不足は深刻といえ、「ポスト菅」の見通しは不透明だ。
次期代表選に意欲を示しているのは、樽床伸二元国対委員長。昨年6月、鳩山由紀夫前首相の辞任を受けた党代表選に初めて立候補したが、菅氏の291票に対し、129票と惨敗。認知度の低さを露呈した。
枝野幸男官房長官は、福島第1原発事故を受け、政府のスポークスマンとして存在感を示した。しかし、前原誠司前外相や仙谷由人官房副長官ら実力者と同じグループに属し、内部では必ずしも筆頭候補と見なされていない。
代表経験者でもある前原氏は外相在任中の3月、政治資金規正法違反の外国人献金が発覚して辞任に追い込まれ、謹慎中。岡田克也幹事長も地元の三重県知事選を含めた統一地方選で大敗するなど、選挙戦連敗、不戦敗の責任を問われており、出馬は困難とみられる。仙谷氏は65歳の年齢がネックだ。
野田佳彦財務相も有資格者と目されているが、財務副大臣から昇格して以降、党内では「財務官僚の言いなり」と陰口をたたかれ、存在感はいまひとつ。首相の退陣時期が不透明なこともあり、当面、各グループは様子見を続けそうだ。
引用ここまで
この辺りで現状を明確にしておく必要がある。
政局も、解散も、内閣総辞職も、これは「方法」に過ぎない。
「世論が」「民意が」と言うが、我が国はデモクラシーの国であり、現在の政府も与党も、「民意」であり「国民の選択」であることに疑う余地はない。
では、国民の多くが、「一体何を期待しているのか」である。
果たす目的が明確でなければ、「方法」のみを論じても不毛であろう。
間違いなく国民は、「これまで通りの景気や生活の維持・向上」を期待している。
ここには日本を取り巻く諸外国の先進や状況といった因子は、完全に無視されている。
少子高齢化や労働時間の短縮、財政危機といった問題も等閑視されている。
ここでいう「これまで通り」とは、文字通りのものであって、実際のところ「変化」「改革」など「誰も望んではいない」。
その上、「これまで通り」の何かに問題があって、或いは適正でなくなったからこそ現況がある、とは全く認識していないのだ。
それどころか、「これまで通り」の要求には、何ら問題はなく、その要求を達成出来ぬ「政治家・官僚」が悪いのだ、と結論している有様である。
挙句には、「政治家を自らが選択している」という自明の事実や、「官僚であれ、地方公務員であれ、国民という土壌からの産物である」という当然の事実さえ認識出来ては居ない。
それは、かの中共や北朝鮮のように、我が国に確固たる「独裁ワル」が存在し、彼らに対して国民が何の抵抗手段も持たず、彼らの意のままに国民に塗炭の苦しみを浴びせているかのような妄想的解釈である。
要するに現在の国民の要望とは以下の通りなのである。
1)これまで通りの生活を維持・向上させよ。
2)それが出来ないのは政治家の無能と官僚の悪徳故である。
国民の多くが、その存在し得ぬ要求を叶える「方法」を、この先も他罰的で幼稚な態度のまま捜し求め続けるようであれば、この国の繁栄は絶望的といわざるを得ない。

