信州・富士見高原、今日も晴れ。

東京から信州・富士見高原 ( 長野県富士見町 ) に家族で引っ越しました。

御柱祭

諏訪大社上社御柱祭 里曳き(本宮二)

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全国的には GW という呼び名の期間ですが、ここではGWというよりも、御柱祭という意識。GWだということを忘れてしまっています(笑)。

1ヶ月前の「木落し」や「川越し」をした「山出し」に続き、5月2日から3日間、「里曳き」が開催されました。里曳きは、山出しの終了地点から、諏訪大社上社(本宮)まで御柱を曳行して、御柱を建てるまで行われます。

■1日目(5月2日)
この日、我が家も子どもと一緒に御柱を曳きに出かけました。
車ではなくて電車&シャトルバスを利用したのですが、残念ながらそれが失敗…。御柱の曳行地点とはだいぶ離れた場所にバスが到着してしまい、御柱と合流する前に、上社本宮前でひとまずお弁当。
だいぶ歩いて疲れたので、今日は、ここでのんびりして帰ろうか…とも話したのですが、子どもが「御柱に行く!」と強い意志を表明。頑張って御柱まで再び歩きはじめ、やっとの思いで本宮ニ之御柱に合流です。

20100505_002御柱に合流すると、その威勢と賑やかさで、疲れも吹っ飛びます。
山出しの時よりも大勢の人が御柱を曳行していました。初日は曳行する道も広いですし、山出しに比べると曳行距離も短いので、本当にのんびりムードで御柱が進んでいきます。



20100505_003到着した時間が遅かったり、子どものトイレなどもありすぐには一緒に曳くことはできませんでしたが(あのトイレ行列の中でも頑張って待っていた娘は偉い なぁ…と思いました)、最後の数百メートルだけは一緒に曳くことができました。我が家の子どもは御柱を曳くのが大好きなようで、一緒になって、ヨイショヨイショと曳いてくれました。

■2日目(5月3日)
さすがに、小さい子どもがいる我が家では朝一番で駆けつけることはできませんが、前日の教訓を生かしてこの日は車で到着。事前に下見をしておいたので、スムーズに車を停めることができました。

20100505_004御柱と合流した時には、すでに本宮前の細い道に入ってきていました。
道幅が前日の半分ぐらいになってしまうので、人、人、人であふれかえっています。





20100505_005道の両側には、桟敷席が設けられて、多くの観光客や休憩をとる氏子さんの姿が見えました。

到着して、よし曳こうと思ったら、これからお昼休憩とのことで(^_^;)、桟敷席裏の小高い広場でお弁当。我が家のおじいちゃんもちょっとだけ顔を出してくれて、子どもたちもニコニコ笑顔に。

お昼休憩の後、おじいちゃんの地区の方々とご一緒させていただき子どもたちと一緒に御柱を曳きました。子どももヨイショ、ヨイショと頑張って引っ張ります。息子は、手から縄が離れると、「僕が引っ張るんだ」とばかりに怒ります(笑)。本当に御柱を曳くのが好きなようです。

20100505_006狭い鳥居も無事に通過し、狭く賑やかな参道を御柱が進みます。








20100505_007境内入り口の鳥居。この鳥居をくぐって、中に引き込めば、曳行は終了です。

でもこの鳥居の中まで子どもと一緒に曳行するのはちょっと危ないので、ここで御柱を曳くのは終了し、境内の中から御柱を見守ることに。



20100505_008境内の中で見守っていると、曳き子の方々が続々と御柱を曳行しながら入ってきます。先ほどまでご一緒させていただいていた、おじいちゃんの地区の方々も入ってきます。





20100505_009それに続き、氏子の人がヨイサ、ヨイサの掛け声と共に入ってきました。

後ろで見ていた観光客の方が、「御柱って、本当に人の手だけで引っ張ってくるんだ…」と驚いていました。




20100505_010鳥居の直前まで、御柱を曳いたところでストップ。Vの字の「めどでこ」があたらないように、慎重にかつ大胆に、片方ずつ通していきます。






20100505_011御柱を傾けて、鳥居をくぐります。「めどでこ」に乗っている氏子の方は、器用にバランスを取りながら、見事に乗りこなします。
「めどでこ」に乗っている氏子の中は、保育園から一緒だった人など、知っている人も大勢いますので見ながらもちょっとドキドキです。



20100505_012鳥居をくぐり抜け、一気に引き込みます。

抱っこする我が家の子どももそんな御柱の姿に釘付け。「お父さん、見えない」とばかりに身を乗り出してきます(笑)。




20100505_013「前めど」に続き、「後(あと)めど」も一気に引き入れます。









20100505_014上社本宮境内の中まで御柱を引き込み、大きな歓声が上がります。

山出しのスタート地点から上社本宮境内まで、氏子の方々の力を合わせて、無事に御柱を曳いてくることができました。自分は別にたいしたことをしたわけではないのですが、とても感慨深いものがあります。


■3日目(5月4日)
御柱祭最終日は「建て御柱」。上社本宮境内に引き込まれた御柱は、先端を三角に切り落とされ(「冠落とし」)、境内に建てられます。そして、山の大木が神になります。

20100505_015この日もすごい人。特に本宮ニの場所は狭いので、人がごった返しています。我が家族が到着した時には、すでに冠落としが始まっていていました。

先端がきれいに三角に切り落とされると、大きな歓声が上がりました。





20100505_016そして、御柱を建てる「建て御柱」に向けて、ワイヤなどの準備が進められます。

ちなみに、建て御柱の際、このワイヤも人力で巻き取られていきます。

この後、御柱に乗る26名の氏子の方が足場を準備したり、各方面から御柱のバランスを取るための綱が準備されます。バランスを取るための綱は、「七五三巻き」という独特の技法によって行われます。これは、御柱を建てた後、下から綱を引っ張ると結び目が取れて、御柱から綱が外れるという巻き方だそうです。(御柱のバランスを取るのにもその綱を引っ張っているのに、どういうこと…?(^_^;)と、個人的にちょっと興味があります。)

実は、この日、建て御柱の前のセレモニーで、妻が富士見太鼓の演奏に参加。この大勢の方の前で、太鼓を披露しました。
(妻のブログにも紹介されています♪)

自分は子どもたちと一緒に舞台の裏で、演奏を聴きました。
舞台の裏といってもまったく何も見えませんでしたが、「この太鼓の音、お母さんの太鼓だよ」と子どもに言うと、一緒になって、トントコと手を振っていました。

# 待ち時間が長くて、
# お弁当にする〜!と泣き出したりしましたが、
# 「これからお母さんが太鼓やるよ、聴く?」と聞くと
# 「うん」と力強くうなずきました。

20100505_017妻の太鼓が終わってから、ひとまず御柱から離れてお弁当…。広場で少しのんびりした後、再び御柱に戻ってみると…、すでに建ってました…(^_^;)。
よくよく見ると、乗っている氏子の中には知っている人もチラホラ。
人込みにもまれながら、御柱が無事に建ったセレモニーを見て、御柱を後にしました。

木の切り倒しからはじまった御柱が、ご神木として境内に建てられました。子どもの頃に何度も親に連れて行ってもらいましたが、しばらく諏訪を離れていたこともあるので、この年になって初めて御柱を"ちゃんと"体験した気がします。(もちろん、氏子の方のように、準備から全工程に参加したわけではありませんが。)
東京にいた時にいくつも見に行ったお祭りではそんなことは感じませんでしたが、今回は、「あぁやっぱり、自分たちのお祭りなんだ」ということを改めて実感しました。そう感じられるということは、たとえ、何年も離れていたとしても、自分の中に諏訪の文化が宿っているんだなぁ…と思いました。お祭りや文化は、そういうものかもしれませんね。


妻のブログも合わせてどうぞ♪
上社里曳きのようすを動画でご覧いただけます。(ケーブルテレビサイト)

富士見町若宮区の小宮御柱祭に参加させていただきました。

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4月25日(日)に、若宮区で小宮御柱祭が開催され、親戚の方にお招きいただき、我が家族も参加させていただきました♪

富士見町にはいくつもの "区" があり、毎年、区ごとにお祭りが開催されます。普段は、豊作を祈っての春のお祭りや、豊作に感謝しての秋のお祭りとして、"長持ち" が地域を練り歩く形が多いのですが、御柱の年は、各区とも御柱を開催します。(つまり、いや、当然といえば当然ですが、各区ごとに神社があるんですね♪)

この日は朝から晴れ! 1才・2才の我が家の子どもも、「御柱〜♪ 御柱〜♪」と朝からとても元気です。(^o^)/

20100430_002御柱にはたくさんの人が参加していました。小宮と言えども、もちろん御柱は本格的です。多くの人が曳いてくれないと動きません…。






若宮の若宮小宮御柱祭子どもたちの "木やり" に合わせて、曳き子の意気を合わせます!










若宮小宮御柱祭途中の休憩場所で、木やりの子どもたちも Vの字の "めどでこ" に乗せてもらって記念撮影。諏訪大社の御柱では当然こんなことはできませんから、こうやって楽しみながら御柱を体験できるのも小宮御柱祭の特徴のひとつです。




20100430_003御柱を追いかけるように、3本のかわいい御柱も付いていきます。この御柱は、地元の消防団の方が曳いてくれました。
(細かいことで恐縮ですが、この3本、若宮五六七の御柱です。)




20100430_004我が家の子どもも、この小さい御柱に乗らせてもらい、ヨイサ、ヨイサの掛け声とともに進みます♪ 子どもも大喜びです!






20100430_009桜が満開の境内を、若宮の御柱が進みます。
とても美しい光景でした!








20100430_007神社まで曳行して、"建御柱(たておんばしら)"です。

諏訪大社の御柱よりも規模が小さいとは言え、柱の重さが何トンもあることには変わりありません。和やかな雰囲気で進められる御柱ではありますが、柱周りを担当する方々はもちろん真剣そのもの。事故がないように、細心の注意を払って進めます。(もちろん、お祭りとはいえ、終わるまでお酒は口にしません。)

20100430_008無事に、御柱も建ちました。諏訪大社上社の建御柱は、このGWに開催されますので、それよりも前に、若宮の御柱が建ったということですね。






この小宮御柱祭のために、若宮区の方々は、何ヶ月も前から毎晩のように準備を進めてこられたそうです。木の切り出しからはじめて、御柱をひとつひとつ作らないといけませんので当然です。小宮御柱の和やかな雰囲気も、こうやって地区のために尽力されている方々によって支えられているんだなぁ…ということを改めて感じたひと時でもありました。

この日は、大平地区でも小宮御柱祭が開催されたそうで、この後、富士見町の各地区でも小宮の御柱祭が開催されるようです。我が家族が住んでいるこの地区や、我が家のおじいちゃんの地区など、我が家ももう少し小宮御柱祭に参加するかと思います。

そして、諏訪大社の御柱「里曳き」が、このGWに開催されます。
詳しいことは、御柱公式サイトをご覧ください。

諏訪大社 御柱祭(上社 山出し)〜その4 人々の思い〜

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全 4回にわたり、週末に開催された諏訪大社 御柱祭(上社 山出し) について掲載します。

御柱祭、上社山出しは無事に終わりました。我が家のおじいちゃんも、曳行を終えて無事に帰ってきました。



あれは30年前、自分が小学校低学年の時の御柱祭でした…。
消防団として警備で参加していた父親は、たまたま最終日の「建て御柱」の時に非番となったので、兄弟を御柱に連れて行ってくれました。そして、氏子の方々と混じって、御柱から10メートルほど離れた場所で建て御柱を見ることになりました。御柱を建てるために掘られた、2メートルほどの穴を上から覗き込み、あまりの深さに驚いた記憶があります。

御柱は、根元を穴に添え、そして多くの氏子を乗せ、ワイヤーで引っ張られながら少しずつ少しずつ立ち上がっていきました。

次の瞬間…。

でも、それ以降の記憶は自分にはありません…。
悲鳴と怒号と、何かが大変なことが起きたというかすかな記憶。

御柱のすぐ近くにいた我々。
父親はとっさに自分たちを抱きかかえたと教えてくれました。

多くの人が見守る中、御柱が1メートルほどあがった時、その事故が起きたそうです。ワイヤーを支えるチェーンが突然切れ、御柱が倒れ、御柱の下にいらした方が下敷きになり亡くなりました。


今でこそ少しは変わってきましたが、それ以来、御柱がとにかく怖くて仕方なくなりました…。
そして、御柱を見るたびに、「とにかく無事に運びますように」と祈るようになりました。


御柱祭は、ニュースや映像(ブログでもそうかもしれません)では、華やかで勇ましい部分がメインに紹介されます。それはそれで仕方ないことというか、当然のことだと思います。

ただ、その華やかで勇ましい御柱の陰で、氏子の方々を中心とした、さまざまな下準備や思いがあることも知っていただきたいなぁと思います。

上社では、V字の「めどでこ」というものが御柱に付けられます。この「めどでこ」は、御柱にめどでこを刺すための穴を開けて作ります。これを作業を担当する方々は、御柱祭に「めどでこ」に乗る方が事故のないように、細心の注意と安全への願いを込めて作ります。
また「めどでこ」は、左右の綱で引っ張られてバランスを取ります。バランスを崩して横に倒れてしまうと、めどで子に乗っている人は大怪我をしてしまいます。ですので、めどでこの左右で綱を引っ張る人は、ずっとずっと引っ張り続けます。
めどでこに乗って「おんべ」を振る氏子は、一見するととても華やかで勇ましく見えますが、木を造る人や左右で綱を引っ張る人の支えと安全への配慮があってはじめて成り立っています。ですのでめどでこに乗る方々は、自分がそこに乗ったということよりも、そういう方々の支えで乗せてもらったという感謝の言葉を口にします。(ある意味、命を預けるわけですから。)言い換えれば、そこに乗せてもらうには、まわりで支える方々が「こいつの命を守る」と信頼を得られるからこそです。

御柱の周りには、腹掛けをした多くの氏子の方々がいます。
周囲はお祭りムードですが、氏子の方々は御柱の曳行中、お酒は口にしません。危険と隣り合わせなので当然です。一瞬の気の緩みが大事故につながりますから…。

そして、大きな柱を大勢の人で動かすわけですから、それぞれが勝手なことをしないようにしっかりとした指示と細心の注意が必要になります。木落しや川越しはもちろん、角一つ曲がるにも細心の注意が必要です。何かあっても周囲の人だけではどうしようもできない巨大な柱を動かしているわけですら。ワッと御柱に人がたかっているようにも見えますが、そこは物凄いピリピリとした空気と気迫が漂っています。
我が家のおじいちゃんも役員として、曳行の下見に行ったり、どこでどう柱を動かすのかを打ち合わせたりと、毎晩のように準備に参加していました。また、氏子の方々は、各地区ごと、または合同で御柱の練習をするなど、安全で楽しい御柱祭にするために事前の準備をたくさんしています。

100405_4_002御柱祭の写真や映像をみていただくとわかるかと思いますが、氏子の方々は腹掛けの下に、紐を襷掛けにしているのがわかるかと思います。また、首飾りのように木の札をしている姿も見られるかと思います。

襷掛けの紐には糸で編んだお守り入れが付いていて、その中には諏訪大社のお守りが入っています。近年ではこれらをお店で購入することもできますが、女性の方がひとつひとつ編んで作る方も大勢います。我が家でも、このお守り入れはおばあちゃんがひとつひとつ結び目を作りながら編んでくれ、襷掛けにする紐は、我が家の門松を作ってくれた親戚のおじさんがひとつひとつ編んでくれました。私の分だけでなく、我が家4人の分まで。
この襷掛けのお守りは言うまでもありません。ケガなく無事に帰ってきますように、という思いです。その思いを、ひとつひとつの結び目に込めて作られているのだと思います。今でこそ、御柱はケーブルテレビで生中継されますが、ずっと昔はそんなものはありません。氏子の男性が御柱に出て行ったら、戻ってくるまで家族は家で祈るしかなかったでしょう。そんな家族の思いを託されたお守りが、今も脈々とひきつがれているのだと思います。

首から下げている木の札は、一本の木から全員の札を作るのだと、我が家のおじいちゃんが教えてくれました。全員が一つになるように。そんな思いが込められているのだそうです。全員の心を一つにしないと重い柱は動かない、ということもあるでしょうが、全員の心が一つになって安全に曳行できますように、という願いが込められているに違いありません。


めどでこや御柱の上で、「ヨイサッ、ヨイサッ」と声を張り上げ、木落しや川越しの瞬間を前にしている氏子の方の姿を見れば見るほど、そして、その緊張が高まれば高まるほど、ふっとそのお守りに目が行き、その氏子の方を支えようとしているいくつもの「思い」に飲み込まれるように、急に涙があふれ出てきてしまいます。そして、今か今かと木落しを見ている観光客の方々に混じって、私はただひたすら「うまく落ちろよ…」と祈り見守るばかりでした。

声高らかにうたわれる木やり。
(私も小学生の時、小宮の御柱祭で何度も歌いました。)
「山の神様、お願いだ。」
「みなさま、ご無事で、お願いだ。」

華やかで勇ましい御柱祭。
その陰で、こうした氏子の方々やその家族の準備や信頼や思いがあることも、また御柱祭のひとつとして知っていただければと思います。

いや、もしかしたら御柱祭に限らずどのお祭りでも、またお祭りに限らず普段の暮らしの中のいくつもの場面で、同じような信頼や思いが込められているのかもしれませんね。

御柱祭はまだまだ続きます。
豪快な木落しで有名な下社の御柱祭も始まりました。
どうぞ無事に、どうぞ楽しい御柱祭になりますように。

我が家族も、また御柱祭(上社 里曳き)に出かけますよ!

※信濃毎日新聞社の記事

上社山出し ハイライト動画 をご覧いただけます。
by LCVケーブルテレビ

  • 難所の大 曲木落し川越しの動画が見られます。
  • 富士見町の曳行担当は、" 本宮二 "" 前宮三 " です。

諏訪大社 御柱祭(上社 山出し)〜その3 川越し〜

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全 4回にわたり、週末に開催された諏訪大社 御柱祭(上社 山出し) について掲載します。

御柱祭、上社山出し3日目。我が地区の御柱、本宮ニは昨日曳行が無事終了していますが、まだまだ前宮ニ、本宮三、前宮三、本宮四、前宮四の御柱の曳行が行われます。富士見町の住民としては、富士見町のもう一つの担当、前宮三もやっぱり気になります。

とはいえ、丸々2日間も、1才・2才の子どもも頑張りましたので、今日はゆっくりと家にいようか、と妻と話していました。前宮三の木落しや川越しも午後なので子どもにとってはちょっと辛いんです(お昼寝したりしないといけないので…)。

と思っていたのですが、あることに気づきました。
そうだ、昨日木落しを見た前宮ニの御柱は、「川越し」を昨日やらずに今日に持ち越したんだ!もしかしたら、午前中に川越しをするかも!
と、急いで調べてみると、11時からの予定になっていました!(^o^)/ というわけで、今日は家でゆっくりの予定を急遽変更して、前宮ニの御柱の川越しを見に行くことにしました。天気もいいので、その後、外でみんなでお弁当を食べて帰ってくるという流れです♪

問題は車を停められるところがあるかなぁ…でしたが、まだUターンしてきて1年足らずとはいえ、そこは一応地元人、頑張って歩けば何とか辿り着けるところに車を停めることができました。

子どもを抱っこして、川越しの会場に急ぎます。
いや、急いでいるというよりも、はやる気持ちで足が勝手にどんどん前に進んで行きます…(^_^;)。

川越しの会場に到着すると、川の両岸にはすでにたくさんの人が陣取っていました。ぎりぎり見える土手の中腹に場所を確保でき、ひと安心。子どもも、「御柱いた!」と、御柱を指差します。

ちょうど前宮ニの御柱が川越しの準備のために「めどでこ」(←Vの字のところ)の再確認をしているところでした。

# 川に落ちた衝撃で根元から折れたら大変な事故になって
# しまいますので…。

100405_3_002いよいよ、木やりの合図で、前宮ニの御柱の川越しが始まりました。
「ヨイサ、ヨイサ」の掛け声とともに、御柱を少しずつ前に前に引き出していきます。








100405_3_003もう少しで御柱が川に入りそうです。前の綱にも何人かの人が乗っているのも見えます。

とにかく無事に着水しますように! 乗っている人は、とにかく御柱よりも先に落ちないように!目の前の川越しに興奮が高まりながらも、そう祈るばかりです。
「もうすぐ落ちるよ」と子どもに伝えると、子どもも身を乗り出して興味津々で御柱を見つめています。

100405_3_004周囲の歓声とともに、前宮ニの御柱が宮川に突っ込んでいきました。両岸で見守っていた観客からは大きな拍手が起こります。

と、同時に、最大の山場の着水を見届けて、それまで陣取っていた多くの人が帰り始め、急に周りに人がいなくなってしまいました…(^_^;)

着水はもちろん危険で、最大の緊張の瞬間ですが、川越しは実はこれからが大変…。頭から突っ込んだ御柱を曳いて、前に進めないといけないのですから。

100405_3_005前宮ニの御柱は、無事に宮川の中を進んでいきます。川岸から、曳子の皆さんがヨイサ、ヨイサと力強く引っ張る声が聞こえます。

ここで子どもが「もう、車に行こう」と訴えたので、このまま無事に川越しが終わることを祈りながら、川越しの会場を後にしました。



その後、春の暖かな陽射しの中、宮川の岸で子どもとお弁当を食べて帰ってきました。

夜、他の御柱も「木落し」と「川越し」が行われ、無事に山出しの日程が終了したことを知り、ほっと胸をなでおろしました。(御柱に足を挟まれて骨折された方が一人ほどいらっしゃったと新聞に出てきましたが、大きな事故もなくてよかったです。)

妻もこの日の様子をブログにアップしていますので、合わせてご覧ください♪

上社山出し ハイライト動画 をご覧いただけます。
by LCVケーブルテレビ

  • 難所の大曲木落し川越しの動画が見られます。
  • 富士見町の曳行担当は、" 本宮二 "" 前宮三 " です。

諏訪大社 御柱祭(上社 山出し)〜その2 木落し〜

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全4回にわたり、週末に開催された諏訪大社 御柱祭(上社 山出し) について掲載します。

前日、御柱を曳いて家に戻って後、翌日に行われる「木落し」の有料観覧席が取れるか確認しました。御柱祭が始まる前は「どうしようかなぁ…」と悩んでいたのですが、いざ御柱祭が始まるとやっぱり間近で見たい!と思うようになりました(^_^;)。

本当は、我が地区の御柱,本宮二の木落し見たかったのですが、残念ながら席が取れず、次の柱、前宮ニの木落しの座席を取ることにしました。(前宮ニを担当する地区も、いつも我が家族がお世話になっているところです)

さて、翌4月3日は、富士見駅から電車で行くことにしました。普段はゆるやかな時間が流れる富士見駅ですが、今日は御柱に向かう人でホームは満員!みんな、御柱祭に出かける人です。

茅野駅に到着したら、これまたすごい人…。上りと下りの電車が一緒に到着して、ホームから改札口まで人の波です。(でも、駅を出たらそんなに混んでなかったです。)我が家族は、有料観覧席のチケットをもらいに市民センターに移動し、まずはそこで腹ごしらえ。そんな中でも、もうすぐ木落しだよ、大丈夫かなぁ…と気になる本宮二の御柱。

本宮二の御柱の木落しを本当は近くで見たいのですが、ちょうど市民センター内の大スクリーンでも見られるので、そこで見守ることにしました。

# この市民センターでは、御柱祭のイベントを開催していて、多くの人で賑わっていました。

100405_2_002大スクリーンの中で映し出される本宮二の御柱。
時々、我が家のおじいちゃんも見えます!子どもと一緒に「おじいちゃ〜ん」と、スクリーンに向かって手を振ります。

スクリーンの同じ映像を見ていても、観光客(ツアーで木落しに来ている人がたくさんいました)の方々とはちょっと感情が違うのかもしれません…。だって、我が地区の御柱。我が家のおじいちゃんもいますし、多くの知っている人が乗ったり、曳いたりしています。とにかく事故なく無事に木落しができますように…。木落しのその時が刻一刻と近づくにしたがって、何か不思議な感情が込み上げてきて今にも涙が出そう。子どもも「おじいちゃ〜ん、頑張って〜」と声をかけます。

そしてついに、坂の上の旗が赤から白に変わり、おじいちゃんの持つ旗も白旗に変わり、スクリーンの中の本宮二の御柱はラッパの音とともに木落し坂を下っていきました。途中、柱が右側に傾いてしまいヒヤッとしましたが、体制を立て直して無事に木落しが終わりました。高らかに響く「万歳〜」の声に、無事に終わってよかったと一気に気が抜けてしまいました…。

100405_2_003本宮二の御柱の木落しを無事に見届けて、我が家族は、次の前宮ニの木落しを見るために観覧席に移動しました。

観覧席の入り口には、すでに多くの人が並んでいました。ほとんどの方が地元というよりは、遠方から見に来られた方のようでした。



100405_2_004前宮ニの御柱が、木落し坂に向かってきます。多くの曳子が、ヨイショ、ヨイショの掛け声とともに御柱を引っ張ります。









100405_2_005木落し坂に到着した前宮ニの御柱。











100405_2_006少しずつ曳かれ、まさに落ちる寸前です。

ただただ、無事に木落しできますように…と祈るばかりでした。







100405_2_007ラッパの音と、周囲の歓声に包まれて、前宮ニの御柱が木落し坂を下っていきます。
最初はゆっくり、そして「パンッ!」という「追いかけ綱」の切られる音とともに、一気に加速して…。

柱の後方では「追いかけ綱」を担当していた氏子の方々が、木落し坂の頂上に集まってきます。そして「うちらの柱はどう落ちてる?」と言わんばかりに、坂の上から御柱を見守っています。乗る人だけでなく、曳く人も、周りでバランスを取る人も、そして陰で支えている人も、みんなの思いが一つになっての木落しなんです。


100405_2_008前宮ニの御柱は、途中、バランスを崩すこともなく、見事な木落しでした。そして何より、無事に木落しできたことが本当に良かったです。






この日、本宮二の御柱は「川越し」もします。我が家のおじいちゃんをはじめ、参加している多くの人は、木落しで気を緩めることなく、また危険な川越しに向かっていきます。川越しの時間は遅くなってしまうので、我が家はここで帰宅です。この日も、我が家の子どもも頑張りました。

家で夕食を食べようとしている時、テレビで、本宮二の御柱が無事に川越しを終え、山出しの曳行が終わったと伝えていました。無事に終わって本当によかったです。

終わったといっても、後方付けなどがあるので帰ってくるのは夜遅く。旗を持って歩き続けた親父様もきっとヘトヘトでしょう。実家に電話して、無事に終わってよかったねと伝え、この日は終わりました。

妻もこの日の様子をブログにアップしていますので、合わせてご覧ください♪


上社山出し ハイライト動画 をご覧いただけます。
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  • 難所の大曲木落し川越しの動画が見られます。
  • 富士見町の曳行担当は、" 本宮二 "" 前宮三 " です。

諏訪大社 御柱祭(上社 山出し)〜その1〜

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全4回にわたり、週末に開催された諏訪大社 御柱祭(上社 山出し) について掲載します。

すでに多くの方がニュースでご覧になっているかもしれませんが、この4月2日から御柱(おんばしら)祭が始まりました。


御柱祭とは、諏訪大社にて十二支の寅と申の年、つまり6年に一度開催される、樅(もみ)の大木をご神木として山から切り出し、諏訪大社社殿の四隅に曳建てるお祭りです。山から社殿までの途中、急坂を勇壮に下り降りる「木落し」や、春先の冷たい川で御柱を清める「川越し」を経て、最後は社殿に立てられます(建御柱)。

諏訪大社には大きく分けて「上社」と「下社」とがあり、それぞれ
8本、計16本の御柱があります。ここ富士見町は「上社」の御柱を担当し、さらに富士見町の中でも2つの地区に別れ、富士見地区は茅野市の金沢地区とともに「前宮三」の御柱を、本郷・落合・境地区は「本宮二」の御柱を担当することになっています。(担当する柱はくじ引きで決められます。)

東京を中心に、柱に乗って急な坂を下り降りる映像がニュースで取り上げれらるのは、「下社」の御柱になります。上社の御柱は、「めどでこ」と呼ばれるVの字の木を取り付け、左右のバランスを取りながら進んでいきます。

御柱祭の詳しい情報については、御柱祭公式サイトをご覧ください。

4月2日(金)は朝から大雨。当然ですが、雨でも雪でも御柱は曳行(えいこう)されます。

* 御柱を曳き進んでいくことを「曳行(えいこう)」と言います。

我が家も子どもを連れて、雨の中を御柱を曳きに出発しました。
前日に下見をしておいたので、スムーズに車を御柱が通る道の近くまで寄せることができ、まずはひと安心。

車にたたきつけられる雨の音で外の音が聞こえないくらいのどしゃぶり雨。そんな雨の中でも、本宮一の御柱から順々に曳行されていきます。

# 1つの御柱を曳く人は約1500人。
# 人の手だけで曳いていきますので、そのくらいの人がいないと
# 御柱は動きません。

はやる気持ちを抑えながら、本宮一、前宮一の御柱が曳行されていくのを車の中で子どもたちと待っていると、霧の中から、本宮二の先頭を行く旗が見えてきました。
「よし、行こう!」
どしゃぶりの雨の中、子どもと一緒に飛び出します。
100405_1_002遠くから、「ヨイサッ!ヨイサッ!」の掛け声が聞こえてきて、霧の中から御柱を曳く人の姿が次第に見えてきます。物凄い数の人!
そして、その先に、我が地域の御柱、本宮二が見えてきました。

※あまりにどしゃぶりすぎて、カメラは取り出せず...。

おばあちゃんに手伝ってもらい、御柱を曳くための縄を御柱の綱にかけてもらい、子どもを抱っこしながら御柱を引張ります。子どもも雨をもろともせずに、「ヨイサ、ヨイサ」の掛け声とともに手を振っています。

数百メールか曳いたところで、少し休憩。
子どもが寒いと言っているので、我々は一旦家に戻ることにしました。車に戻って気温を見ると、4度。寒いわけです。
それでも「清めの雨の中」、御柱は曳行されていきます。

お昼前、雨が上がりました。
おばあちゃんの家でお弁当を食べ、再び御柱を曳きに出発です。

本宮二の御柱は、100405_1_003ちょうどお昼休憩中。我が家のおじいちゃんはいるかなぁ?と探してみましたが、役員のため忙しいようで残念ながら会うことはできませんでした。








100405_1_004お昼休憩中、富士見太鼓のメンバーが、太鼓の演奏で応援してくれました。








100405_1_005お昼休憩の後、本宮二の御柱は、「木やり」の合図とともに曳行を再開です。この日、翌日の木落しを控え、木落し坂の近くまで曳行されていきます。

朝早くから頑張ってきた子どもも今日はそろそろ限界…。我が家も今日は家に帰ることにしました。


妻もこの日の様子をブログにアップしていますので、合わせてご覧ください♪


上社山出し ハイライト動画 をご覧いただけます。
by LCVケーブルテレビ

  • 難所の大曲木 落し川越しの動画が見られます。
  • 富士見町の曳行担当は、" 本宮二 "" 前宮三 " です。

信州 富士見高原、今日も晴れ。
2009年春、家族で東京から信州に移住しました。
東京でお世話になった多くの方々に 元気です!をお伝えしながら、信州・富士見高原の魅力や田舎での暮らしも一緒にお伝えできたらと思います。
のんびり更新ですのでお暇な時にお立ち寄りください。
写真で綴る、富士見町の暮らし
コメントありがとうございます。

信州・富士見高原の魅力紹介♪

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