Farewell!信州カンファ2019☆2

   唯一と言ってもいい杉浦の仕事。それはブログ「実行委員長に聞く」。この始まりは何だったか記憶していない。
   ただ単に、こんな内容ですなんてカンファの紹介では芸がないし、対談している方が話があちらこちらに飛んで楽しい。おしゃべりスギちゃんと言われることが多いが、実は自分から話すよりも、どこまでもパッシブに質問されとるうちに、どんどん考えが出てくる感じ。その最たる例がslideのボカサミットでの代表、ぽっしゅん本田、ボカ王子との掛け合いや、学校脱力化での原さんとの話。特に後者はデジタル化した音声データがあるが、これがなかなか楽しい。久しぶりに探して聞き直すかな。またこういった座談ってリードする人の裁量がかなり要求されるが、この点ですごいのが代表。うまいところに次々とボールを打ち分ける落合の内野ノックみたい。代表のノックに左右に振られているうちに自分の考えが見えて来て、また他者と重なりに気づいたり。信州カンファの10年そのものがそんな感じとも言えるかもしれない。
   よく誤解されてるのが、実行委員長に聞く、のインタビュアが本田先生だと思われていること。いやいや、本田先生はあんな普通な返しはするわけないでしょ。あくまでも杉浦の二人羽織。とはいえ今回本田先生から文字数が実は11万字聞いて驚いた。毎回、毎年のことなんだが、書く内容を決めてキーボードを叩くことはない。書き始めることで徐々に今考えてることが浮かび上がってくる。''最近どう?"'どうもこうもないよ"なんて風に何もないところから話が出てくる。このインタビューがあったから自分の考えみたいなものの方向が生まれ、カンファやスイッチラボで話す中身が生まれた。最終巻を読み返してみる度に、このテイストの特別支援教育本っていいなと思う。
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Farewell!信州カンファ2019☆1

  公民館でのミーティング以降は、雑誌slide9の画伯のマンガにもある通り、メールでのやり取り。つまりはそのすべては本田先生の手になる。以前は会計部分は杉浦が担当したこともあったが、悲しいくらいにできない。結局仕事のできる人に集まってしまうのは本当に 申し訳なかった。
   これまた老人の繰り言になるが、カンファ開始時は本田先生と杉浦が激しくメールをやりとりするだけでカンファすべてを決定。
    参加した人全てが気づいていると思うが、杉浦は本当に飾りだけの実行委員長。でもそんな立場に偶然にもなれたことは本当に幸せなことだった。
    はてさて、あまり何かが決まらない打ち合わせが終わった後のメール合戦を通じて、大喜利、お土産等が決まると後はただひたすらに当日を待つことになるのである。
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Farewell!信州カンファ2019☆0

  南信のみなさんにはご足労をかけることになり、申し訳ない限りだったが、実行委員長権限発動で上田にある公民館に決定。どなたかも書いていたが、みなさん公民館と聞いて、うらぶれたモルタル平屋建て的な建物を想像されたよう。しかし、実際は木造二階建て、借りた広間は60畳。即、嘉納治五郎と乱取り稽古ができるような広さ。地域の投票所にも使われる場所。キッチンから寝具もある。10台以上車を置ける庭もある。代表が「ここで来年、カンファやろうよ」と一言。嬉しいことを言って下さる。
  これまで何回も案として浮上したものの断念したアイデア。旅館等を借り上げ、夜までプログラムをやるというもの。固いプログラムじゃなくて、例えば画伯と一緒に飲みながらシンボル書こうとか、矢島先生のギター弾き語りを楽しんで重い子の指導について話すとか。結局実現しなかったが、公民館二部屋くらいで2日間じっくり代表となんて希望者は多いのでは。
  話を元に戻そう。
   畳に座卓を出してみればホッコリなテイスト。そしていつも通り、雑談炸裂であまり決まらないままに終了。しかし、実際、この時間が自分なんかは一番楽しい。近年、目的のない話ほど嫌われるものはない。会議にしても時短時短とウルサイ。確かに短いといいが、その分急きたてられ、意見を言わないとアウト的な扱いを受けるのもムカつく。
    どこへともなく転がっていく議論って楽しい。カンファはなくなってもこのミーティングはやる価値があるのではと本気で思っている。来年も公民館か?
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Farewell!信州カンファ2019☆−1

  信州カンファが終わりました。年々、いろんなものに気持ちを持っていかれないようにしていたせいなのか、その終わりに際しても、特段に今のところ気持ちの変化みたいなものが不思議にありません。基本的にボンヤリしているので、きっと後からいろいろ思うのかな。
  一つの区切りとして、最後のまとめをしますかね。 

   時間を遡ること数ヶ月。恒例の一回しかない打ち合わせ会。これまでは旅館、ホテル、カフェでやってましたが、正直あまりよろしくないと個人的には感じてました。
   というか、これはカンファ打ち合わせに限ったことではなく、こういう場所でやると、どうしても店側の何かを強いられることが増える。会食するにしても、せっかく話をしているのに、店員さんが割込んできて、「イノシシのコンフィ白薔薇ソースです」なんて、説明したりするし、コーヒー専門店はいいんだけれど100種類もある店だと、選ぶだけでヘトヘトになる。
  年々いろんなことが億劫になりつつあって、場所をかりたり、手続きやルールが多いとその段階でゲームオーバーな気持ちに。どんだけ弱いねんとツッコマれてもしかたない。
  場所だけ借りて、後は好きなように使えるところはないかいな。そんな時に思いついたのが公民館だった。
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スイッチラボ無事終了ー

スイッチラボ、無事終了しました。

今回もなんだかんで30名越のご参加がありました。

いつもながらのスイッチラボな雰囲気が炸裂で、何も大きな変化もないのが、
これまたとても楽しい時間でした。

まずは伊藤研究室にお邪魔し、久しぶりにおしゃべり。
独行も公立化した大学も抱える課題には共通点が多くー
昨今の情勢をあれこれー

そんなこんなのうちに、うらさん、ボカ王子が登場。
会場設営、受付業務を開始。

今回の特徴は、N県中心部に位置するH養護から大量の参加。
どうやら自立専任のS先生のお声がけによるものらしい。

同じ職場から複数参加すると、機器が複数になるだけではなく、いろんなクラスで実践されるから、アイデアがたくさん出そう。

そんなこんなで、開始時間だが、結構社長出勤の人が多く、これまたゆるく開始。
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口開けは青木代表の3Dプリンタの試行報告。いやはや楽しい。
高度なテクニックを駆使した製作であることを忘れてしまうような楽しいトーク。
代表のトークの楽しさは今年、初めて席を連ねて仕事をさせてもらって再認識したが、この日も炸裂。
飛び入りでI養護のK先生作成の3Dプリンタで作成したスイッチもご披露していただく。
代表の愛機を無期限レンタルOKで日々試作を重ねているK先生、腕を上げている。確実に。
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お次は令和になって初めてと言うことと、初心者が多くご参加いただいたので、はんだ付けの基本技法のレッスン。

一応、パワポを作って、説明するもー
誰も聞いていない(笑)。
おお、これぞ学級崩壊ー
しかし、意外に、そんなに気分は悪くない。むしろいい。

その昔わずか2年しか担任しなかったクラスは若干崩壊気味と言われていたが、
スイッチラボでの崩壊に比べればみんなよく聞いてくれていたと思う。
しかし、そもそも、30人近い子供達がさりとて関心のないだろう、例えば小数÷小数の計算方法について、黙って聞いているということ自体が不思議。
基本的に、人は人の話を聞かないものだと思うと、きちんとした学級経営ってこと自体が
崩壊しとるんじゃないか・・・てなことを考えつつ、誰も聞いていない説明を続ける。ああ、誰も聞いていないって、自由だ。楽しい。

計ったかのように、ジャストお昼で終了。簡易式のコルクスイッチが完成した。

どうでもいい話だが、近くのホカ弁の500円でのお任せ弁当。毎回なかなかのラインナップを用意してくれる。細かなおかずの連射。ちょっとした宇宙だ。

午後はいよいよのバブルタワー。
シャボン玉を吹き出しながら、回転するというある意味での理想型。プール開きになっても、気温はともかくも、水温が上がらない長野県の支援学校には不可欠かもしれない。窓ガラスに斑紋を残して、怒られるのも楽しいだろう。謝罪をVOCAでするなんていう活動も生み出すかも。
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改造は簡単で、30分程度で終了。
あとはサドンデス。
己が限界に挑みつつ、手当たり次第に改造。
バブルマシンが簡単に改造できそうな予感があったので、扇風機、電動水鉄砲等を用意。しかし、水鉄砲はあまり人気なし。
そしてそれ以上に不人気だったのが、お札ばらまきマシン。
完全に売れ残った。

そこで、片付けを手伝ってくれていた信州の特別支援教育を背負って立つだろう若者2人にミッションを。
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お札ばらまきマシンを活用した実践を研究し、3月に発表せよ。

そう、「君が歩けば、そこに必ず道ができる」(永井流雲)

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次回は3月。楽しみである。











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第21回スイッチラボやりますよ。

  定例のスイッチラボやりますよ。

もう少しすると、となりのバナーから申し込み可能になります。今回の目玉は、回転型バブルマシン〜



信州スイッチラボ

第21回 研修会+製作講習会

日時 

2019年6月8日(土)10時~16時30分(受付9時30分~)
         
会場 長野大学2号館202・203教室
     
          上田市下之郷658-1

参加費 500円(材料費別途)先着25人

日程
(受付 9時30分~)

10時00分~10時30分
研修① 「3Dプリンターで作る支援機器シリーズ その4」 青木高光先生
(国立特別支援教育総合研究所)
 ボカケースから始まった3Dプリンタでの支援機器作成シリーズ。今回はどんな新しい展開があるのか。青木先生の取り組みから学びたいと思います。  

10時30分~12時00分
研修② 簡易式スイッチを作りながらはんだ付けの基本を再確認 杉浦 徹
(信州スイッチラボ流 はんだ付け道 家元)
 新年度が開けたと思ったら、改元フィーバーで2回目の新年度みたいな感覚。ならば、仕切り直しにふさわしく、改めて基本の技術の確認を行いましょう。コルクコースターを使った簡易式スイッチを作りながら、基本的なはんだ付けの作法を学びます。導線とスイッチの接続方法、改造の基本原理を丁寧に解説する予定です。 

昼食休憩

13時00分~16時30分
研修③ 電動バブルマシンの改造 
 もうすぐ水遊びの季節がやってきます。そろそろバブルマシンの準備はいかがでしょう。少し気温が低くて、プールに入れない午後の自由遊びに最適です。スイッチで自由自在にシャボン玉を作って遊びましょう。交流及び共同学習の場面での活用方法を考えるのも楽しそうですね

研修④ おもちゃの製作等 
 おもちゃ、VOCA、スイッチ等の製作です。 
製作可能な機器
 ①簡単VOCA(10秒)
 ②おもちゃの改造    
 ③スイッチ(プッシュ、フレキシブル、振動等)
 ④振動するおもちゃ等 その他のご希望には、ご相談にのります。
 ⑤100均等で販売されている小型のねじ回しセットをご持参いただくと便利です。
  改造したいおもちゃをお持ちいただいても結構です。
18時~ 上田駅前にて懇親会
    (希望者のみです。会場会費等は当日お知らせします)
    ※宿泊の斡旋は行いません。各自でお願いします。ごめんなさい。

お願い 

①半田ごてや工具類はできるだけご自分でご用意下さい。

②ケガ等への対応ができません。自信のない方は絆創膏等ご用意下さい。

③不明な点はtoru6848@gmail.comにお尋ね下さい。

④製作に要した材料費は自己申告でお支払いいただきます。その際、おつり等の対応が難しいので予め小銭をお持ち下さい。

信州スイッチラボのブログでこの研修についてお知らせすることがあるかもしれません。時々ご覧下さい。



shinshu_switch_labshinshu_switch_lab  at 07:21  | コメント(0)  |  この記事をクリップ! 

20回目のスイッチラボ

そもそもどうしてこの会をやり始めたのか。

最近記憶というものがとんと定かではなくなってきているせいなのか、スイッチラボにしてもカンファにしても、はっきり思い出せないことが多い。

 しかし、面白いもので、いざ人が集まり、会が始まると、その最初と同じような熱が身体に蘇るという感じになるから不思議だ。

   いわゆる会というもの、そう、何かをやるために、基本的には同じ考えの人が集まってきて、何かを実行する。すると楽しいし、喜んでいる人がいる。するともう一回やるか、なんて言っているうちに、繰り返しやることになったというのが本筋だろう。いくつか、こういう会に関わっているせいか、そういうことをするのが好きだと思われている節がある。とんでもない。正直なところ、そもそも怠け者なのでできれば何もしたくない。また会も何回も繰り返していくと、会を開く楽しさよりも、良くも悪くも開催することが目的になる。これってよくあるパタン。酒席、懇親会も、お酒を飲み、懇親するために開かれているはずなのに「酒飲みたくない」「嫌だなー今日の懇親会」とか意味不明の現象が起こる(嫌ならいかなくていいはずだが、いくことが半ば義務化しとるし、断ること自体が面倒)。 

 そういった意味では、スイッチラボの20回もそもそもどうしてやり始めたのかが徐々に薄れ、毎回なんとなくやることになっているし、それなりに材料集めが大変。サバンナで狩りをするがごとく、その時々によって、めぼしい獲物がないこともあるとさらに、なんでやっとるんだと思う。 

ーがしかし、である。 

こう思うのも、前日までなのだ。 
実際に始まってみると、ミルキーよりも甘くて楽しい時間が始まる。詳しくはぽっしゅんのブログに詳しいのでここではあえて書かないが、特に年末の会限定のショーアンドテル、実践の交歓会が楽しい。今回も支援機器とは天竺ほど遠い発表内容のものもあったが、それがまた楽しい、というか離れているから楽しいのだ。 
 そもそもこういう支援機器、というか教育関係の会って、少なからず実践に繋がっているのは自明。来ている人たちは見たこと、聞いたことを自分のものとして、自らの実践に役立てるために来とるわけ。しかし、よくあることだが、見たこと、聞いたことだけでは役立たないことも多い。当たり前。機器や教材を使う状況や違うからね。そこで大事なのが全く関係のない話や教材教具、時にはゴミに限りなく近い試作品の惨状を笑って聞くことなのだ。これらの一見、全く関係ないものを見た経験が実は頭の中でアイデアの化学変化を起こすから面白い。杉浦が恥ずかしながら考案した支援機器は確実に無関係な情報から生まれたものだと言っていい。 今回の発表者にしても、ガチで立候補というより、せっかく来るなら何かしゃべってくれないか的にお願いしたもの。新鋭のK先生、新潟のY先生あたりまでは、まともだとしても、代表の完成しなかったVOCA噺は、きっと完成品を見るより楽しかったし、H先生の自身の性癖を語るという身を挺した内容、そしてそこから生まれたコマノートの提案は面白い。それらを打ち消す清涼剤のようなF君のヘボコン参戦記。勝つことが美しくないという、道家思想を体現したかのような報告は大人達の汚れた心をハイターのように清めてくれた。 
 実践発表というものは、別段珍しいものではない。学会なんてのはその最たるものなんだが、そっちは正直極めて楽しくない、泣きたいくらいつまらないのだ。時間も、内容も、型どおり、内容も同じ系列でまとめられているから、トーンが同じ。やる方も発表することが目的になっているから、下手に質問したら、キッとにらまれたり。盛り上げる気が全くないし、面白がる感じとはほど遠い。それに比べたら、スイッチラボは何でもいいし、時間枠もあってなきが如し。20回やって何がいいって、きちっとやろうといういかにもことを誰も言わないことだろう。すべからく会というものはなんとなく集まって何かをやって、いや、いい時間だったなと思うためにやるものだ。そうなのだ。 
 午後の製作会もいい感じだった。 
 前回は光り物が大量に出回っていたが、今回は全く不漁。これでもかというくらいに見当たらない。これは困ったと思っていた矢先に格好の獲物。そう、電動はさみ。これも一時期、といってもかれこれ10年足らず前だけれど、巷に出回っていたが最近とんとご無沙汰。ところが今回大量放出。しかも、1000円台、中には900円台のものがどんどん出てきて何かの啓示なのかと思うほど。 
 改造作業は極めて単純なれど、しかし、そこは初心者のみなさん。公園の砂山に登るだけなのになぜか八甲田死の彷徨的に難易度を上げる。まあ、それもよし。高ければ高い壁の方が上った時気持ちいいもんなMr.children的満足感に浸るもよし。砂山で遭難してるのに、アイガー北壁レベルの改造に挑みたいという無謀な挑戦ー 
すればいい、すればいい、そして玉砕すればいいさ。どのみち誰かが直してくれる。 
そんなこんなで一日が終わった。 
20回だから、というわけではないけれど、いつになくさわやかな時間だった今回。 
来た人だけがもらえる記念ステッカーがこれまた感じよく会を彩ってくれた。 

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shinshu_switch_labshinshu_switch_lab  at 18:06  | コメント(0)  |  この記事をクリップ! 

スイッチラボをやりますよ。

  携帯からだとバナーが見られないので、こちらにも紹介しますね。申し込みはこちらから。

第20回研修会+ 製作講習会
日時  2 0 1 9年3 月9 日( 土) 10時~ 16時3 0分( 受付9時30分~ )
会場  長野大学2 号館2 0 2 ・2 0 3 教室
上田市下之郷6 5 8- 1
参加費  5 0 0円( 材料費別途) 参加可能人数25人
日程( 受付9時30分~ )
1 0 時~ 1 1時
研修① ショウ& テル2 0 1 8年度の実践、支援、教材教具をふり返る
いろいろあった今年度。みなさんいかがでしたか。うまくいった実践。そうはいかなかった支援。はまった教材。砕け散った機器。さまざまだと思います。すべてをひっくるめて自由に発表してみませんか。失敗した教材から思いもかけない新しいひらめきがうまれるかもしれません。お一人5 分でも、1 0分でも結構です。一瞬の教材自慢でも大歓迎。希望される方は杉浦までご連絡ください(メール要項最後)。発表者は参加費無料です。発表者が決まったらブログで紹介します。当日の飛び入り発表も歓迎します。
1 1 時~ 1 2時
研修② 電動はさみの改造
今年度も終わりが見えてきました。今年度中に断ち切りたい悪縁や因縁があれば、電動はさみでバッサリいきましょう。図工美術に使うもよし、ちらし寿司の海苔を切るのもよし、くす玉、テープカット等の行事系でも。アイデア次第です。滅多にでない掘り出し物、さあ、スイッチで動かせるように改造しましょう。
昼食休憩
1 2 時3 0 分~ 1 6 時3 0 分
研修③ おもちゃの製作等
おもちゃ、V O C A、スイッチ等の製作の続きです。
製作可能な機器
① 簡単V O C A ( 1 0 秒)
② おもちゃの改造
③ スイッチ( プッシュ、フレキシブル、振動等)
④ 振動するおもちゃ等その他のご希望には、ご相談にのります。
※ 改造用のおもちゃ等は若干ご用意があります。改造したいおもちゃをお持ちいただいても結構です。
1 8時~ 上田駅前にて懇親会
( 希望者のみです。会場会費等は当日お知らせします)
※ 宿泊の斡旋は行いません。各自でお願いします。ごめんなさい。
お願い
① 半田ごてや工具類はできるだけご自分でご用意下さい。
② ケガ等への対応ができません。自信のない方は絆創膏等ご用意下さい。
③ 不明な点はt o r u 6 8 4 8 @ g m a i l . c o mにお尋ね下さい。
④ 製作に要した材料費は自己申告でお支払いいただきます。その際、おつり等の対応が難しいので予め小銭をお持ち下さい。
⑤ 信州スイッチラボのブログでこの研修についてお知らせすることがあるかもしれません。時々ご覧下さい。
⑥ 参加申し込みはF A X または「信州スイッチラボ」のブログからメールで申し込んで下さい。



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夢見た自分を取り戻す

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 この本の出版を聞いて、即手に入れるかと思っが、やはり atacに行って読むべきと待った。それは正解だった。

 読後まず思い浮かんだのは、恥ずかしながら自らの学校時代だった。井上さんの苦しさとは比べものにならないものだが、自分にとっても学校という場所は怖い場所だった。如何に自分の弱みを見せないようにするか、知られては困る秘密(これは未だに言えていないが)がバレたらどうしようかという恐怖に日々さいなまれていた。当時は、当番のように誰かがいじめされるクラスにいたから、些細なミスが命取りになる。それ故、緊張感は常にあった。きっと楽しい記憶もたくさんあるのだろうけれど、思い出すのは、マイナスの記憶が多い。マット運動の前転で失敗したこと、自信を持って答えた算数の答えが間違っていたこと、給食が食べられなくて泣いたこと等々、それらの記憶もさることながら、そこに後続する級友の笑い顔はやはり強烈な記憶として残っている。そういう記憶がありながらも、その後もどうにか学校生活を終え、その上学校で働くことになったのはどういうわけなのか自分でも時々わからない。

おそらくはその困難さが直接学校の基本活動である学習とは関係が薄かったことやその後も学校に通う中で徐々に回避方法を学習していったことが考えられるが(学校外で一風変わった塾に行っていたことも大きい)、教師になったのは、やはりどこかで、自分があまり輝けなかった学校でのリターンマッチ、という側面は完全に否定できないかもしれない。しかし、実際には子ども時代以上に、学校という職場で、求められることに対応できない困難さや多種多様な人のコミュニケーションの苦手さはさらに重篤になり、17年目に逃げ出して、その後は職を転々とするものの、相変わらず、といった感じというのが正しい現状描写であると思う。

井上さんの大変さと比べると叱られるかもしれないが、自分を振り返ってみると、今、日々苦しんでいることがある。書類の作成だ。職場での事業や旅行命令等の文書作成。

いつも間違える。

何度も間違える。笑っちゃうくらい、間違える、何度も。

特にエクセルでの文書作成技術はじんましんができるくらい苦手だ。左から右へ数値をコピーするだけでも間違える。古い話で恐縮だが、ワープロを一太郎で始めた自分にとってワードは未だにラビリンスだ。半角ずれている、日付と文書番号の左右の端がそろっていないと、文書の修正命令が出る。正直に苦手であることをいくら言っても、「やり方はネットで調べれば出てますよ」「マニュアルがあります」と言われる。けれど、苦手なことはネットで調べても、マニュアルを見てもわからないことが多い。そして、そもそもネットやマニュアルを調べることは、苦手なことについてはやはり難しいし、苦痛を伴う。いくら大丈夫と言われても、全く大丈夫じゃない。頑張ればできるよと言われても、頑張れないのだが、それを誰も理解してくれない。

近年、発達障害だけではなく、障害のある子ども達のため、つまりは障害が軽減克服されるとされる、緻密なプログラムや有効な機器が紹介されるにつけ、それはきっと素晴らしいことなのだろうけど、それを使って、より正しく行動、より正しく表記できることを求められるとすると、それは本当にその子にとって有効な方法やアイテムなのかなと思うことがある。評価の視点や要求水準を多様にすることのほうがいいように思う。学校脱力化ってそんなテイストなんだけれど。

井上さんのレポート作成に関する記述を拝見すると、ワープロがあるからそれですべて解決ではないことがありありとわかる。書くことと読むことに関しては、いくつもの入力処理過程と表出処理過程があり、それぞれに困難さが伴う場合があることは当事者ではなくてはきっとわからない。

学習障害だから、こういう状況だから、これこれ、こういう方法が有効と、いわゆる専門家という人は言いがちだし、自分なんかもそういうことが多い。これは多くは間違いではないけれど、細かな点についてはそれぞれに違うとすると、これだけでは必ずしも正しいとは言えない。あくまでも一般的な、初期の導入としてのことであって、それを使いこなすには、それぞれの調整が必要なことが改めて大事だとこの本から教えてもらった。

このような、いわゆる専門家の陥りやすい、利用者視点の欠落について、シンプルに示して下さっていたのが畠山卓朗先生だった。先生が、繰り返し、本当に繰り返しATAC等でお話し下さった、支援者に必要な3つの視点だと思う。1つは観察者の視点。これは検査等、ある意味では冷たい視点で観察に徹することだろう。2つめは対話者の視点。これは利用者としっかりコミュニケーションを図り、利用者のニーズをつかみ取ることだろう。ここまでの2つで十分だという人もいるし、科学的な評価と利用者ニーズが併せれば、きっと大部分の支援は成立する可能性は高い。

しかし、畠山先生が3つめにあえてあげられた視点は共感者の視点である。1,2の視点を踏まえた上で、支援者という立場や相手が利用者であるという先入観を捨て、その人そのものに共感すること、可能なら一体化することなのだろう。これは難しい。がしかしである。

昨今の支援は年々エビデンスベースに基づいて、より科学的により効率的になるし、フローチャートやチェックリストが次々に試作されている。しかし、当事者のニーズと支援者が提供される支援は本当にマッチしているのだろうか。この機器が有効、この方法が使える、そういった情報が出る度に、特定の方法が流行る。しかし、それはまた潮が引く如く消えてゆくのは何故か。畠山先生の言う、共感者の視点が欠如していることが原因ではないか。自らが行った、いわゆる裁ち切れになった支援のいくつかを思い起こすと本当にその機器や方法は、その人にあったものだったのだろうか。その人が使い続けたくなるものだったのか。いくつもの後悔と失敗があり、忸怩たる思いだ。自らの力のなさを恥じるしかなく、その失敗を糧に次の支援をよりよいものにとは思うが。

自分の勝手な意見だが、いわゆる「専門性」は、1,2の視点にのみ特化したものして捉えられているのではないか。最新の機器、最新の行政動向、これらを知っていれば、支援者として至上と考えてしまうことが多いのではないだろうか。そして、教師の専門性と言われる場合、自分の感覚だけかもしれないが、この1,2番目の視点を指すことが多く、むしろ3番目の視点は軽視されていると感じる。先日も、ある教職大学院の先生から、教職大学院のミッションは現場から3つのKを駆逐することだと言われた。3つKとは、勘、経験、根性だという。これらのいわば形のないものを軽視し、目に見えるものだけで評価する、1,2の視点に重きを置くことがよいように言われているが、果たしてどうなのだろう。

井上さんが作られた卒業制作について、その中の表記についての誤りを指摘されたという章は読みながらいろんなことを考えた。井上さんと親しくないから、そうしなかっただけで、もし親しければ、ひょっとしたら、自分もそうしたかもしれない。それはすべてのものは正しくあるべき、誤りは正すべきだという刷り込み。言うなれば1,2の視点、そして教師としての専門性としての視点が強く色を出せば、そうしてしまうだろうなと。単なる事実としての誤り、として。しかし、やはり必要なのは、共感者の視点なのだろうと。そして教師こそが、1,2の視点以上に、共感者の視点が必要なことを教えてくれる。

 「この子はどうして授業を聞かないのだろう」

 「この子はどうして読むのをいやがるのだろう」

 「この子はどうして、なんでも「やりたくない」というのだろう」

それはまた井上さんの学校や学歴に対する思いからもわかる。

読み書きが苦手と聞くと、ついその大変さから逃げることを勧めてしまう。「やらなくてもいいよ」「できなくてもいいよ」「学校なんていかなくてもいいよ」と。それが救いになる子もいるだろうが、井上さんや賞子先生が紹介された事例の多くは、勉強したいと思っている。それが実現できないことの悔しさは、状況を回避するだけでは満たされない。そのことは1,2の視点からは簡単に導き出せない。同じ状況でも、その人がどう考えるか、どうすることを望んでいるのかは、共感者の視点がないときっとわからない。

一義的な正誤、善悪ではなく、まず当事者に共感しようとすることが、すべての支援、いや、人と人とが理解し合うための基本なのだろう。今回のATACpractice dayは時間のほとんどを井上さんの奥さん、賞子先生のお話を聞いたが、そのことを見事になぞっていた。

 「やりたくない」

 「嫌い」

 「つまらない」

そういう子の言葉を、その言葉の裏側にある本当の気持ちを、それこそ「勘働き」で読み取りとられ、適切な支援を提案する賞子先生は、本当の教師だと思う。

 

井上さんの本を、賞子先生の話を聞きながら、時に井上さんのお話を聞きながら読ませてもらったことで、通常より何倍もビシビシと感じるものがあった。

井上さんから、当事者としてのお話をお聞きすることはとても支援者にとって有意義ではあるが、丁寧に言葉を選び、懸命に話をされる姿から推察するに、たくさんの物心ともにしんどさがあるに違いない。それは書かれていたように啓発活動の中で味あわれた誤解や無理解からすれば、きっと話したくないことも少なからずあるだろうに、しかし、先生達には本当のことをしっかり理解して欲しいという願いから無理をしていただいているように思う。とても申し訳なくも、ありがたく、ATACで話を聞かせていただいた。

でも、できたら、自分は、それ以外の部分、ものづくりの巧としての井上さんの話を聞きたいなと思った。これまで賞子先生とは面識があったが、井上さんとは初めてご挨拶できた。どこまでも勝手な希望だけれど、できれば、ものづくりの大先輩として、機器や教材・教具について話をさせて欲しいと思った。そこからわかること、井上さんの伝えたいことを時間をかけて感じたい。そんなことを感じた本であり、今回のATACだった。井上さんが、会場にいた多くの支援者に、ディスレクシアの子ども達に向けてのメッセージを求めておられた。青木代表、岡耕平先生の間で自分もしゃべることになり、あがってしまってうまく話せなかった。今ならこう話したい。

 

あなたは、自分を嫌いになりそうなことにたくさん出会うかもしれないけれど

きっと、それはそうじゃない。あなたは自分を好きでいるべきだし、好きでいて当然。

そう思えるように助けてくれる人はたくさんいる。自分を好きと思えるようになる未来を信じて、生きよう。私もそうしています。

 

もう一回撮影してくれますか?井上さん。

 



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弱くなった人間

  このやり取り。一番最初に観た時はそれほど、感想もなかった。ふうん、と思っただけ。しかし、時間が経って見返すといろいろ考えてしまった。
宮崎駿が素晴らしい、ドワンゴ社長がダメ、またはその逆、という、評価も様々だが、自分として、気になったのは、鈴木プロデューサーの質問へのドワンゴスタッフの答え。
「人間のように、自分で絵を描く機械」
それは技術的にはすでにきっと可能だろう。しかし、それは目的になりうるのだろうか?何のためにと考える必要はないことが増えてる。人間の想像力を超える技術はたくさん生まれているからね。AIが勝手に作った人体の動き。気持ちが悪いから、ゾンビの動きにというドワンゴ社長とその動きが肢体不自由者の動きに似ているという宮崎駿。双方に差別性を指摘することも可能だが、それ以上に、その差別性に人間性を感じるほどの、人間不在がある。
教育現場へのタブレット端末の導入は、どこかで、「人間のように、自分で教える機械」を目指しているし、society5.0が描く未来の教育は、そういった世界を予想している。
「人間が弱くなった」と宮崎駿は言うが、それは
「教育が弱くなった」
「教師が弱くなった」ということだろう。



shinshu_switch_labshinshu_switch_lab  at 08:14  | コメント(0)  |  この記事をクリップ!