アパホテルより広い

退院するまで続けます。

2015年3月
個室に移動してから好きな時間にシャワーを使えるようになった。生活水準が一気に1000上がった。
病棟の共同シャワーは「空いていたら入れる」システムだった。一見自由そうに思えるが、私のような何をするにもタイミングの悪い人間は「空き」を狙ってスッと入ることができず、シャワー権を逃がし続けたまま一日を終えていた。先日は3日連続でシャワーに失敗した。虎視眈々と順番争いに臨むも、検査やリハビリに呼ばれて権利を手放さなければいけないこともある。そうして清潔感という言葉からどんどん遠ざかり、「赤ちゃんのおしり拭きシート」で足の指の間や腋の下を拭う。せつない。共同の洗面台には髪を洗えるシャワー付きのスペースがあるが、手術して首がどの角度にも曲がらないので使えない。よって、この病院に転院してからずっと私は臭かった。みんなどうやってシャワー権を得ているのだろう。不思議でならなかった。

先月までの入院先はシャワー室のホワイトボードの時間割に自分で名前を書き込むシステムだった。完全予約制なので安心して本を読んでいられる。だが、中には勝手に他人の名前を消して割り込む悪質なおばさんもいた。油断できない。自宅なら好きなときに好きなだけ浴びられるシャワー。お湯の出る道具にここまで固執する日が来るとは思わなかった。

そんな闘争に敗北してきた私が突如「いつでもシャワー権」を授かった。神は存在する。幸せを噛み締めながら、朝起きてすぐシャワーを浴びた。昼食に、ちらし寿司とさくら餅。添えられていたお雛様のカードを見て、きょうが桃の節句だと気付いた。

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三姉妹だったこともあり、実家には昔ながらの七段飾りの雛人形があった。私は土台となる階段を組み立てるのが一番好きで、三女は人形を並べ、次女はそれらの手に小道具を持たせていくのが好きだった。そんなことを思い出しているうちに、まともに仕事が続かなくてごめんなさい、私は何もできないままだ、とだんだん親に申し訳ない気持ちになってきて、泣きながらちらし寿司を食べた。こんな明るい献立を前になぜ泣くのか。「きょうはうれしいひなまつり」なのに。寝不足だから感傷的になってしまうのだ。本気で悲しいわけではない。あほらしい。そう自分に言い聞かせる。

こんな日に限って両親がお見舞いにやって来た。用事があって近くまで来たついでに寄ったらしい。猫のアップリケの珍妙なセーターを着た母が「アパホテルより広いじゃないの」と言い、デコポンを2個置いてすぐ帰って行った。相変わらずよくわからない。中村文則『悪意の手記』読了。

東京、 1月

エッセイ集『ここは、おしまいの地』(太田出版)が発売されたその週、1泊で東京へ行った。毎回いろんな人に訊かれるが、本を出したことは親族に一切話していない。でも、みんな薄っすら気付いているのかもしれない。収録した『すべてを知ったあとでも』にも書いたけれど、こんな感じだから常に罪悪感を抱きながら綴り、「おしまいの地」と東京を行き来している。担当編集さんと一緒に本を作ることに喜びを感じ、手に取った人から感想をもらえることに幸せを感じながらも、真夜中に布団を被り「私なにやってるんだ」と眠れなくなったりする。でも、まだ書いていたい。なんの罪滅ぼしにもならないけれど、野良猫の保護団体にお金や物品を定期的に寄付することで心の安定をはかるようになってしまった。いよいよだ。私は真の猫おばさん。「おしまい」なのは私自身である。

だから今回、同人誌仲間の爪切男さんと対談し、「自分の人生をもっと誇っていい」「隠れて書いたっていいと思う」と言われたとき、ちょっと泣きそうになった。対談の原稿が送られてきたときも、やっぱりそこだけ文字が大きく見えた。

上京前に爪さんのデビュー作『死にたい夜にかぎって』が送られてきた。爪さんの類まれなる半生は、同人誌『なし水』や日刊SPA!の連載にも書かれていたけれど、書籍化にあたって構成や文章のひとつひとつに鋭さが増していた。そのうえ以前よりかなり読みやすくなっていた。対談の日までに読み終えなければいけないのに、なんだか私は猛烈に悔しくなり、残り4分の1を残したまま本を閉じてしまった。

同じようなことが1年前にもあった。私が本を出すと決まったとき、旧知の仲の数人から「悔しいので読みません」と言われたのだった。また、別の知り合いからは「たとえ内容が素晴らしくても、このタイトルなら読まない」と宣告された。どちらも悪意がないことは承知している。むしろ、そう言ってくれたことに敬意を抱いた。でも、こんな感じだったんだ。去年私はわかったつもりでいたけれど、もっと苦しいものだった。自分の書いたものが小さく思えるような、感情のぐさぐさをいまになって知った。

滞在中に新刊の取材をいくつか受けた。その合間にクイック・ジャパン編集部に入ったばかりの若者3人とお話することができた。「原稿届くのが楽しみです」と言われて嬉しかった。一生懸命で、眩しかった。担当編集の続木さん、営業の森さんと、以前から個人的にお世話になっている書店(伊野尾書店さん、HMV&BOOKS SHIBUYAさん)を訪問した。予定の最後に入っていたのが爪さんとの対談だった。

新宿から品川に向かう山手線で、バッグから爪さんの本を出し、残りを読み進めた。隣に座る続木さんも同じく「死にたい夜」の本を開いた。車内の爪率、そこだけ濃厚だった。陽が射して背中がほんのり暖かい。席も適度に空いている。そんな居心地の良い車内で爪さんとアスカさんの別れの場面を読んだ。ずいぶん没頭していた。ふと顔を上げるともう品川。隣の続木さんも本に入り込んでいたようで、慌てて降りた。「電車でぐるっと一周しながらずっと読んでいたかったですね」と感想を言い合った。

対談場所は品川駅そばのデニーズ。ここは私たちが文学フリマを終えたあと毎回立ち寄り、疲れた目でパフェを食べ、売り上げを数え、来てくれたお客さんの話なんかをしていた場所だ。今回はそんな思い出の地で爪さんと向かい合って座り、潰し合いのようなやりとりをし、最後に前述の「もっと誇っていい」と言われた。爪さんの話はいつもどこまで冗談で、どこから真意かわからないけれど、ありがたく受け取ります。貶してばかりで素直に言えなかったけれど、爪さん、本おもしろかったよ。そして、私もまだ頑張りたい。もっといいものを書きたい。そう改めて思った。

対談は発売中のクイック・ジャパン136号(千鳥の表紙)および日刊SPA!に掲載されています。クイック・ジャパンには私の連載エッセイもあります。ぜひ。

爪切男『死にたい夜にかぎって』
こだま『ここは、おしまいの地』
二作とも試し読みできますのでよろしくお願いします。

「お便」が報われた日

新刊『ここは、おしまいの地』を読んで下さった方、感想を書いて下さった方、本当にありがとうございます。きちんと個別にお礼を返せず申し訳ありません。とにかく、とても嬉しく思っております。
私の文章は地味で卑屈で伝わりにくいかもしれませんが、わかってくれる人にだけ静かに届けばいい。

出版の慌しさで中途半端になっていた入院日記、続きます。

2015年2月
午前中、私を含め同じ部屋の3人が上の階の病棟に移動することになった。リハビリが中心となる患者の棟らしい。ということは退院が近いのかもしれない。身の回りの荷物をまとめていると、おばあさん2人に「一緒に上行こうね」と言われる。「一緒に上の大学目指そうね」みたいな女子高生同士の会話のよう。私たちは看護師のあとに付いて、わくわくしながらエレベーターに乗った。

3人とも部屋はばらばら。おばあさんたちは4人部屋に案内され、私はまさかの個室を与えられた。シャワー、トイレ付き。なんで?いいの?ハガさんの「お便」に耐え忍んだご褒美だろうか。目に沁みるほどの大便臭に泣いていたあの日の私に言いたい。「必ず報われる」と。

看護師さんに「この個室って追加料金かかるんですか」とおそるおそる訊ねた。自分だけ良い思いをするという経験が少なすぎるため、何か裏があるのではと疑ってしまう。「大部屋が埋まってるんです。こちらの都合なので、通常の料金ですよ。安心して使って下さい」と笑われる。もう一度言いたい。「お便」の苦労は報われます。

リハビリルームに行くと担当のMさんが包丁を持って近付いてきた。Mさんは患者に暴言を吐くことで有名という話を思い出す。私には暴言を飛び越していきなり刺す気だろうかと身構える。Mさんは包丁の柄にタオルを巻き「退院したら料理するんでしょう。こうすると指の負担が少ないかもしれない」と教えてくれた。Mさんただの優しい人じゃないか。優しいMさんは私の腕に750グラムの重りを巻き付けた。曲げ伸ばしの運動をする。手首と首のマッサージを受け、最後にエアロバイク20分。

看護師が今後の予定をまとめた「入院計画書」を持ってきた。そこに「入院期間:30日」と書いてあった。まさか。春じゃねえか。気絶しそうになった。病棟の自販機ぜんぶ張り倒して歩きたい。いま私の心は荒れている。

夜の個室はとても静か。本を読んで、スマホを見て、もう一回「春じゃねえか」と呟き、定時に寝る。

『ここは、おしまいの地』の話

25日にエッセイ集『ここは、おしまいの地』(太田出版)を出しました。前作『夫のちんぽが入らない』の出版前から『クイック・ジャパン』にて読み切り・連載として載せてもらっていたので、2作目といっても、ほぼ同時進行で2年間書き続けていた作品になります。こうして本を出せるのも前作や連載、そしてこのブログを読んで下さる方々のおかげです。本当にありがとうございます。

また、2014年から一緒に同人活動をしてきた爪切男さんのデビュー作『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)も同時に発売しました。「文学フリマ」で並んで売り子をしていた爪さんと、今度は書店の同じ棚に並べてもらっている。まさかこんな日が来るとは思ってなかった。同人誌を出せただけで充分幸せだったから、そのあとのことは全部夢なんじゃないかと思いながら過ごしている。

9784778316129_帯あり
カバー写真/こだま
ブックデザイン/鈴木成一デザイン室
公式サイト
http://www.ohtabooks.com/sp/oshimai/


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まるで集落の山並みのような目次。
2015年6月~2017年8月の全20話を大幅に加筆修正。


書店もCDショップも服屋もコンビニもない。電車も止まらない。ただヤンキーと熊がのびのびと暮らす。私はそんな山奥の集落で育った。「東京」はテレビや本の中にだけ存在する場所で、行ってみたいと思ったこともなかった。行く手段もわからなかった。憧れる気持ちすら抱けないほど、地理的にも心理的にも遠い場所だった。そんな閉ざされた地での暮らしは、集落の民ですら「おしまい」だと感じていたのだから、都会の人にはもっと奇異に映るかもしれない。

土地だけではない。家族、親戚、同級生、初めて交際したヤンキー、好きだった先生、奇病、いくつもの仕事。都会の出来事は黙っていても誰かがきっと書く。でも、私の「おしまい」の地の話は誰も書かない。そもそも誰も知らない。そのことに気付いてから故郷の話を綴るようになった。そして、少しだけ愛着を持てるようになった。

担当編集の続木順平さんから「手に取って、どこからでも気軽に楽しく読めるような本にしよう」と言われ、連載時よりも内容を絞った。文字数も1000弱~8000字と長短さまざま。


■担当編集さん
この2年で担当編集さんが2度代わった。退職や社内事情によるもので私が問題児なわけではないです、多分。交代のたびに悲しくて泣いたけど、いま思うと計3人の編集さんと関わることができたのは幸せだった。

「エッセイを書きませんか」とDMで声を掛けて下さったのは初代担当の小田部仁さん。編集者の方とやりとりすること自体初めてで、少し怖くなり、小田部さんのお名前で検索したら某番組に出演した動画があった。誕生日プレゼントをもらってすごく喜んでいる映像だった。その様子がとても誠実そうで、本当に良かった。この人は怖くない人だと思い、すぐ「書きます」と返信した。たぶん初めて言いますが『クイック・ジャパン』に寄稿しようと思った理由は「小田部さんが良い人そうだったから」です。その号に掲載されたのが『父、はじめてのおつかい』。好きなことを書いていいと言われて真っ先に父の顔が浮かんだ。

掲載誌が発売されると、昔からのネットの友達が自分のことのように祝福してくれた。本当に嬉しかった。私はこのことを家族や身の回りの人には言わず、ネットの人たちとだけ共有した。それはいまも変わらない。

二代目の担当さんは元編集長の藤井直樹さん。ももクロに全力を注いでいた藤井さんに「1万字を超える長い文章を読んでみたい」と言われ、そんなものは書いたことがなかったので大いに困った。もう何でも自分の思い出を詰め込んでやれと自棄になり、『集落に生まれて』という昭和初期の貧乏物語みたいなタイトルで提出。すると、藤井さんは文中にあった「おしまいの地」というフレーズを拾って「こっちのほうがいい」と言い、『ここは、おしまいの地』という題名を提案して下さった。貧乏そうなタイトルを捨てて正解だった。

そして三代目の続木さん。続木さんの編集長就任に伴って誌面がリニューアルし、私の「読み切り」が「連載」となった。2ヶ月に1度とはいえ、そこそこ長いエッセイを書いていくと、「体験」の貯金がどんどん減っていく。いずれ書きたいことが何もなくなってしまいそうで怖かった。そんなとき、とある方に「出し惜しみしないでどんどん書いていけ。どうにかなる」と励まされた。私は後先考えずに突っ走ることにした。この先も髪を振り乱して書いていこうと思っている。書籍の担当編集を務めるのはこれが初めてだとお聞きし(勘違いだったらすみません)、絶対いい本にしたいと思った。『クイック・ジャパン』の忙しすぎる編集作業で死んだ目をしていた続木さんを見てそう思った。

業務部の杉山さんは素敵な特設サイトを作って下さった。書店員さんの心のこもった感想が日々更新されている。何度か太田出版さんに伺ったことがあるのですが、みなさんとてもフレンドリーで、「いつも読んでますよ」と気軽に話しかけて下さる。こんなに応援してくれる人がいるんだ...と思うと次の連載も頑張れる。私は匿名で活動しているので「売れたい」とは思わないけど、本に関わって下さった方々にお世話になった分を返したいから、本は売りたい。作品は売れてほしい。


■装丁
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装丁は鈴木成一デザイン室の鈴木さんと岩田和美さんが手掛けて下さった。
鈴木さんは私の撮った10枚ほどの写真の中から「これがいい」と即決。「おしゃれにはしたくない。でもどこか気になるつくりにしたい」と言って下さった。実際の写真よりも全体の色味を落とし、絵画のような灰色の空の下、朽木が浮かび上がっている。白い題字が添え木と共に地面に打ち込まれている。この地で書いていけと背中を押してもらったような気持ちになった。


■推薦文
帯の推薦文はゴールデンボンバーの歌広場淳さん。お忙しい中、数編を収録した「プルーフ」ではなく、全編のゲラに目を通して下さったと聞きました。なんて律儀な方なのだろうと震えました。このブログも読んで下さっていたそうです。光栄です。侘しい草原を彩る画像と言葉。アンバランスさが素敵だなと思う。どうもありがとうございました。

書店用のPOPには竹原ピストルさんの力強い推薦文を掲載させていただきました。
https://twitter.com/mzsm_kuzuhaeki/status/956352974711762944
水嶋書房くずは駅店さん
https://twitter.com/tsutayahatagaya/status/956414422569725953
TSUTAYA幡ヶ谷店さん

この海辺の写真も、カバー写真候補としてデザイナーの鈴木さんにお渡ししていたものだった。10年くらい前、野狐禅の「カモメ」という歌が好きだとブログか何かに書いたことがあったのですが、竹原さんの沁み入る文章と共に偶然にもカモメの写真を使っていただき、ひとりでこっそり喜んだ。ツアーや紅白などでスケジュールがいっぱいな中、本当に感謝しています。

歌広場さん、竹原さん、とても素敵な推薦文をありがとうございました。贅沢だ。贅沢すぎる。

プロフィール

shiod