ストロングじじい

都内で初開催となる伊野尾書店でのサイン会で、ひときわ注目を集めた人物がいる。ストロングじじいだ。ストロングおじさん、ストおじなど、目撃者の感覚によって、おじいさん派とおじさん派に分かれた点も興味深い。私は熱がこもらないよう浅めに覆面を被っていたため視界が狭く、小柄なおじいさんに見えたのだけど、実際それほど高齢ではなかったのかもしれない。昔から、まわりに迷惑をかけた大人をじじい(ばばあ)と表記することにしているので、今回はストロングじじいでいかせてもらいます。

サスケの覆面を被り、緊張のまま始まったサイン会。店のレジ横に机を配置してもらい、引換券番号順に二人ずつ入店する流れとなった。感染対策と通常のお客さんへの配慮もあり、参加者には店の外に並んで待っていただくことに。私の作業の遅さから、暑い中かなり待たせてしまい申し訳なかった。そんなまっすぐ伸びる行列に誰よりも反応したのが、隣のセブンイレブン前でストロングゼロを飲む老人だった。界隈によく出没する人だという。

新刊を読みながら待つ方が多かったらしい。歩行者の邪魔にならぬよう道路の端で等間隔に並ぶ、静かな謎の行列。格好の酒の肴を見つけたストロングじじいは、ひょこひょこと歩み寄り絡んでいく。

「外で酔っ払ったおじさんが」「ストロングゼロを」と対面した方々から少しずつ情報が入ってくる。初めは「わあ、大変ですね」と驚くも、通りすがりの酔っぱらいだろうと思っていた。ところが、しばらく経ってもストじいの目撃談が寄せられる。しかも新情報だ。え、まだ居るんか。どういうこと。外のみんな無事だろうか。まだ見ぬストじいへの不安が募る。なぜかストじいの報告をしてくれる人は半笑いだった。凶暴なじじいでは無さそう。それだけが救いだった。

私にできることは「30分押し」を取り戻すこと、目の前の人に感謝の気持ちを伝えること。夢中でサインしている間、外で何が起きていたのか。ストじいを目撃した人々のツイートやブログを追ってみる。

ストじいに気付く人々
・登場時は隣のコンビニから両手に食べかけの麺類みたいなの持ってたけどいつしか手ぶらになり、サイン待機列の横の歩道傍に座った。「あっ!座った!なんか言ってる!」というところまでは横目で確認していた。
・サイン会の待機列に並びながらめろめろに酔っ払っているおじさんを眺める
・皆さんが話題にされてるストロングおじさんもきちんと見ました
・ずっと見えない誰かと楽しそうにお話していて微笑ましかった
・サイン待ちの列に向かってコンビニ前の酔ったおじさんがささやかに演説していて、それがまた良かった

犬に噛まれるストじい
・待ってる間、本を読む人たちが多かったけど、きっと誰もが視界の端に捉えてたおじちゃん。散歩中のワンちゃんに優しく声かけてた。
・散歩してた犬に手を少しかまれてました

ストじいを通して広がる交流、対応する紳士
・私はスマホをみるふりをしながら、一部始終をきいていたところ、伊野尾書店さんのお店の外壁に貼ってあった芥川賞受賞された女性作家さんがきてるのだと思っていたらしく、絡んだ男性に、この人が来てるのか??と尋ねるストロングゼロおじいさん。違うんですよ、と優しくこたえる若き紳士。
・酔っ払ったおじさんが列の方に絡んでたけど、どなたかすごく優しく対応してて流石…と思った「誰がきてるの?こだま?下の名は?」「下はないんですよ」ちょっと笑ってしまった。こだまファンはみんな優しい。
・あ、それ私です。壁のポスターの女性が来てるの?と2度尋ねられたのでおじさんのタイプだったのかなと思いました。ともあれ待ち行列でも優しい気持ちにさせてくれたのはこだまさんのおかげです。まさにこだまさんのエッセイに出てきそうなおじさんでしたね笑(若き紳士談) 
・おじさんが「直木賞なの?」「賞じゃないのに何で並んでるの?」とボケと鋭さが入り混じったツッコミをしてくるのが可笑しくて、ちょっと演じるような気分で返答していました(若き紳士談)

ストじい謎のマウント
・何と、そのおじいちゃん、こだまさんの素顔をみた、的なことをいいはじめ。www綺麗な人だった、俺、みた、といって、マウントとって、また定位置のコンビニ前へ。 思わず、私は笑ってしまったのですが、みんな静かに、何事もなかったかのように並び続けていたので、[ 皆さん、大人なんだわ、、、]と自分を恥じた次第。

遭遇できなかった参加者が寂しがる
・こだまさんファンはあのおじちゃんに出会えた事をラッキーだと思う人種の人達だと思うよ。なんかわかんないけど、こだまさんのサイン会っぽい!みたいな感情になったもの。
・あのおじいちゃんのお陰で、こだまさんワールドに迷い込んだ気がしました
・こだまさんのサイン会に参加した人々は、道端の酔っ払ったおじさんをもれなく目撃しており、共通の話題としている。もちろん私も見た。こだまさんと会えたことと並ぶくらいインパクトに残った可能性がある。サイン会を思い出すとき、おそらくあのおじさんのことを皆も思い出すのだ…
・1番乗りだったから話題になってるストロングおじさんに会えなかったな〜
・サイン会は早い順番だったので、皆さんが噂しているストロングおじさんに会えなくてちょっぴり残念。こだまさんと皆さんと共有したかったなぁ

ストじい意外な結末
・私が最後尾だったので、酔っ払いおじいさんの動きをずっと見守りながら並んでいました。結構派手な立ち回りでした。
・スタッフの方に話しかけたり、最後は先生のサインがほしいって店内に入ってきたりしてたけど、結局どうなったのか気になる
・「業界が大変な中、あなたのおかげで100人も200人も並んで……」と感極まって涙しながらお帰りになりました(編集・藤澤さん談)


窓の外がすっかり暗くなっていた終盤、視界の端で伊野尾さんが誰かをなだめていた。噂のストじいがとうとう店内に入ってきたのだ。しばし押し問答のようなやりとりが続き、やわらかな声掛けとは裏腹に、腕にぐっと力を込めて店の安全を守ろうとする伊野尾さんがいた。どうやらお帰りになったようだなと安堵した直後、ストじいが『ずっと、おしまいの地』を持って目の前に立ったので笑った。急に「買う」と言い出したらしい。絶対読まないだろ。そう思ったけれど、べろんべろんで会話が成り立たず、そうでもしないと店に居座りそうな状況だった。

いきなり世の中を嘆く演説が始まった。座っていた私は「おっ、達者だな」と思いながら、サインの手を止めてストじいを見上げた。マスクから出ている両方の鼻の穴から大きめの白い塊が見えた。「この不況で」と論調が強まると、その白いものがふわりと揺れる。ストじいの呼吸と連動してる。その様子をじっと見ていると、とつぜん会話が途切れ、ストじいの目が赤く潤み、演説じいから泣きのじいに急変した。よくわからないまま必要以上に感謝され、大人しく店を出て行った。「この辺でよく見かけるけど、うちの店で本を買ったのは初めてです」と伊野尾さんも驚いていた。

「これからも伊野尾書店をよろしくお願いします」とサインした。本当に頻繁に来るようになったら伊野尾さんに迷惑が掛かるなと後悔していたら「こないだは芥川賞作家さんにサインしてもらえてよかったですねと言っておくのでノー問題です」と強気の返信があった。ストじいは終始、芥川賞作家の高瀬さんのサイン会だと思い込んでおり、散々ちがうと言っても聞いてくれなかった。ストじいの中では今でもそういう話になっているだろう。それは感極まって泣くよな。高瀬さんがザ・グレート・サスケに扮する意味は全くわからないが。


中学生のとき、集落の公民館でとある女性エッセイストの講演会があり、人数集めのため、母に連れ出された。本業は俳優らしい。初めて聞く名前だった。母親の世代がぎりぎり知っているくらいの知名度だった。彼女の壮絶な体験が本になったという。本人が登壇しても「ああ、あの人か」とはならなかった。知らない人の知らない話だった。

だけど、ひとつだけ鮮明に覚えているエピソードがある。本の営業でスナックをまわった彼女は、酔っぱらいに「一曲歌ったら買ってやる」と絡まれ、屈辱を味わいながらマイクを持った。この酔っぱらいが興味を持たなくても、翌朝テーブルの上に本があったら家族の誰かが読んでくれるかもしれない。そう思ったら歌えた。そんな話だった。

赤ら顔のストじいにサインをしながら、私も同じようなことを思った。この人に家族がいるかわからないけれど「芥川賞作家のサインだぞ」と自慢された相手が「聞いたことねえよ、こだまって誰だよ」と思いながらページをめくってくれたらいいな。

ストじいのことばかり書いてしまったが、来てくださったひとりひとりのことを折に触れ思い出すだろう。文学フリマにも来てくださった人、「なし水」や「塩で揉む」を持参してくださった人、家族や姉妹で読んでいるという人(多かったです。ありがとう)、一度も会ったことはなかったけれど十数年前からネット大喜利の投稿で名前を見続けてきた人、創作に励んでいる人、ツイッターでよく「いいね」してくれる人(意外とアイコン覚えてます)、ごはんを食べに行ったことのある人、素晴らしい作品を生み出している人、お誕生日の人(3人に「おめでとう」と書いた)、数時間前に訪問したキャッツミャウブックスの安村さん、家出中の人(このあと無事帰宅できた模様)。どうもありがとうございました。伊野尾さんをはじめ、書店スタッフのみなさま、不慣れな私に親切にしてくださりありがとうございました。そして、暑い中ずっと外で案内をしてくださった太田出版営業部の森さん、本間さん、店内で終始にこやかに対応してくださった担当編集の藤澤さん、大変お世話になりました。


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サイン会終了後、伊野尾さんが「あっ貼るの忘れた!」と、とても残念がっていたポスター。この日のために自作してくださったのに。記念にいただいた。

思えば、地元を出る際にも想定外の出会いがあった。山道で「〇〇空港」とスケッチブックを掲げるヒッチハイクの青年を乗せたのだ。空港まで十キロほどの民家のない草原で、近くには「クマ出没」の看板が立っていた。前夜泊めてくれた親切なおじさんが「台風が近づいている。帰るなら今だ」と飛行機の手配をしてくれたのだという。青年はスマホを持たずに旅をしており、世話になった人々の住所や電話番号を手帳にメモしていた。昭和のようなやりとりである。私と同じ便に乗って東京へ行くことがわかった。飛行機に乗るのが初めてで搭乗手続きがわからないと言われ、保護者のように立ち会った。親切なおじさんが書いてくれたメモを見ながらパネルを操作していくと、前方の高いシートが予約されていた。空港までのバス賃なかったのに広々とした席に座るんだ、と思うと笑いが込み上げてきた。「いい席ですよ」と教えたら「交換しましょうか」と言われた。遠慮した。東京へ何をしに行くか聞かれた私は「ちょっと知り合いの集まりがあって」と言葉を濁した。嘘ではない。

サインと覆面

9月3日、中井にある伊野尾書店で新刊『ずっと、おしまいの地』のサイン会だった。人生2度目の書店サイン会。1回目は昨秋、函館の隣町の北斗で開催していただいた(その様子は新刊に収録した日記で)。トークイベントなどの終盤にサインの時間を設けてもらったことは何度もあったけれど、サインだけのために集まってもらうイベントには慣れていない。

いいんだろうか、とサイン本を作るたびに思う。私の名は、平仮名三文字。堂々と自分の名を中央にバンと書いて終わることもできるけれど、その文字数の少なさ、平易さに、申し訳ない気持ちになり何か一言書いている。デビュー作で初めてサインをすることになった時、その申し訳なさは今よりももっと強く、無名の人間のサインをありがたく思う人がいるだろうか、と懐疑的だった。だから、一言添えるだけでなく、できるだけ被らないメッセージにしようと決めた。くじ引きみたいにいろんなパターンがあったら、それほど思い入れがなくてもSNSに載せてくれるかもしれない。そんな下心もあった。自分の身をわきまえているけれど、同時に欲深い。本買ってほしい。そうやって2017年に今のサインの形がほぼできあがった。

次の本ではやめようと思っていたけど、やっぱりやっていた。平仮名三文字だけで買ってもらえるような立場ではない。それに、どうしたって欲深い。ビニールの封を開けるまで、または通販で注文して手元に届くまで、何が書いてあるかわからないのはちょっとした占いみたいでいいじゃないか。そんな流れで5年経った今も80~100くらい文言を用意しておく。主に東京へ向かう飛行機の中で考え、手帳にメモする。ネット大喜利に最もはまっていた頃と同じようなことを形を変えてやっている。名前ひとつでいく人をかっこいいと思っている。私は自信がないからいろいろ書いてしまう。

前置きが長すぎる。伊野尾書店の話だ。覆面作家が本格的な覆面を被ったらいいのでは、とプロレス好きの伊野尾宏之店長が私物の覆面を何枚か用意してくださった。その中に私でもすぐわかるザ・グレート・サスケのマスクがあった。サスケは岩手の県議に当選した際、奇しくもベテラン議員たちに「覆面を外して活動しろ」と怒られた人でもあった。けっこう揉めて、顔を覆う面積を若干減らす譲歩をしつつも、最後まで覆面で通していた。他人と思えない。ジャンルがあまりにも違うから結びつかなかったが、同じ道を渡ってきた人ではないか。これでサインをするのは息苦しいかもしれないと言われたけれど、そんな親近感もあり、絶対着けなきゃと思った。

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一般のお客さんとして来店していた子供に「誰?何してるの?」と不思議そうに言われた。本当にその通りだ。君の疑問は正しい。


次回、ストロングじじいの話


この夏はよく動いてる

久しぶりだ。新刊の準備と急に始めたバイトで頭がいっぱいになり他のことができなくなっていた。他の人ならさっと片付けられるようなことに何日もかかってしまい、私は本当に仕事ができないんだなとつくづく思う。新刊にも仕事の話をいくつか書いたけれど、同じ職場で何年も働くことができない。いい顔をして引き受けすぎたり、細部までやろうとして時間が足りずどんどん作業が増えたりして当然のように限界がくる。その調整がかなり下手で、「できない」や「辞めたい」もなかなか言い出せない。働きたい気持ちは常にあったけど、うまくいかない。あるときから数か月、半年の臨時職員に絞ったら何とかやり通せることがわかった。自分から言わなくても自動的に消滅するのは助かる。終わりが見えているのも助かる。職場に迷惑をかける前に終われる。

今のバイトも体力がぎりぎりだけど、帰宅して汗でざらざらになった顔を洗い、寝転びながらアイスを食べ、録画した番組を観ながらうとうとしている時間がたまらなく幸せだ。次の勤務日が近付くとそんなことも忘れて再び不安に襲われるのだが、「不安、働く、不安からの解放」という短期の流れが今はちょっとした麻薬みたいになっていて、無計画にぶち込んだバイトにこの夏は救われている。
去年の夏は精神の状態がかなり悪く、春先にほぼ毎日つけていた自分だけの日記が夏の間だけぽっかり抜けている。本当に何もできなかった。急にバイトを始めたのはいくつか理由があり、去年みたいになりたくないという不安もそのひとつだった。

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数年前から文章の仕事をもらえるようになってありがたく思っているのは仲介してくれる編集さんの存在だ。一対一で仕事の依頼をもらうと自分の能力を考えず、「やります」と言ってしまう。どれくらいの時間を要するか、他の作業と被ってないか、ちゃんと考えることができない。断るのも苦手だ。今は目の前の作業に集中したほうがいいのではないか、無理してませんか、断ってもいいんですよ、この日までにできるんですか、といった編集さんの一言で正気に戻り、そうだった、私は一度にいろんなことができないんだったと気付く。仕事量かなり少ないはずなのにうまくやりくりできない。多分これは直らない。ゆっくり自分のできる範囲のことだけやっていきます。

最後に、不器用ながら書き続けてきたエッセイと日記が本になります。
ずっと、おしまいの地 - 太田出版 (ohtabooks.com)


おすすめした一覧

先日おすすめの本を訊かれ、推薦コメントを載せていただいたり、書評欄で紹介した作品をまとめておこうと思った。ツイッターではその都度告知しているけど、私のどうでもいい日常の投稿にどんどん埋もれていくので以後ここに追加していきます。思い出しながら書いたので、漏れている作品もあるような気がする。毎回のことだけど、人様の作品に自分のような無知が意見してよいのかという気持ちになり、百文字程度に何日も何日も悩む。定期的に身の回りのことが何もできなくなる停滞、落ち込みの時期が訪れ、本もまったく読めなくなり、書評やコメントのお話を引き受けられないことも多々ありました。すみません。
そういえば自分の寄稿したエッセイなどもまとめたことがなかった。今度ちゃんとやろう。


■帯や書店広告、特設サイトなどにコメントを載せていただいた作品
◇小説、私小説
吉村萬壱『前世は兎』
舞城王太郎『されど私の可愛い檸檬』
pha『夜のこと』
寺地はるな『水を縫う』
爪切男『死にたい夜にかぎって』(文庫)
寺地はるな『大人は泣かないと思っていた』(文庫解説)

◇エッセイ、日記
小林エリコ『この地獄を生きるのだ』
はらだ有彩『日本のヤバい女の子』
まなつ『おっぱいが大きかったので会社員を辞めてポールダンサーになった話』(kindle)
レンタルなんもしない人『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』
鳥飼茜『漫画みたいな恋ください』
僕のマリ『常識のない喫茶店』
佐々木ののか『自分を愛するということ(あるいは幸福について)』
ララ・パーカー『子宮内膜症で痛すぎてセックスも満足にできない女子が、毎日闘いながら生きていく話』
鶴見済『人間関係を半分降りる』←7月発売
藤岡みなみ『パンダのうんこはいい匂い』←8月発売

◇漫画
うめざわしゅん『パンティストッキングのような空の下』
藤岡拓太郎『夏がとまらない』
ペス山ポピー『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。』2巻
吉田貴司『やれたかも委員会』3巻

◇ZINE、私家版
ベルク郎×ヘテ『TWIN PEAKS ZINE(全話感想&イラスト集)』
ミワ『日々はすべて穏やかな一日に』

◇映画
『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』
『17歳の瞳に映る世界』

■書評
◇小説現代「読書中毒」
戸田真琴『あなたの孤独は美しい』
王谷晶『どうせカラダが目当てでしょ』
福森伸『ありのままがあるところ』
島田潤一郎『古くてあたらしい仕事』

鳥羽和久『おやときどきこども』
寺地はるな『水を縫う』
佐々木ののか『愛と家族を探して』
山崎ナオコーラ『かわいい夫』

12人のオムニバス・エッセイ『障害と病と、傍らにあった本。』
温又柔『魯肉飯のさえずり』
サラ・クロッサン(訳/最果タヒ・金原瑞人)『わたしの全てのわたしたち』

坂本千明『退屈をあげる』
五十嵐大『ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと』
坂口恭平『躁鬱大学』

わかしょ文庫『うろん紀行』
諸隈元『人生ミスっても自殺しないで、旅』
高瀬隼子『犬のかたちをしているもの』

吉村萬壱『哲学の蠅』
桜庭一樹『少女を埋める』
キム・ヘジン(訳/古川綾子)『娘について』

◇hontoブックツリー
末井昭『自殺』
松尾スズキ『東京の夫婦』
押見修造『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』
せきしろ『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』
王谷晶『完璧じゃない、あたしたち』

◇ちくま
鶴見済『人間関係を半分降りる』

駄目のお経

やはりソフトクリームを食べている。いや、こだわりとか無さそうな売店だよ、きっとありきたりなやつだよ、と一瞬迷うけど、もしかしたら好みの味かもしれない。その可能性に賭けて食べている。自分たちの間で上、中、下があって、下のソフトクリームもそれはそれで忘れられず「あの味を保ち続けているか久しぶりに食べてみたいな」などと話す。何様なんだと思う。名のある店だから良いというわけでもない。今回食べたのは「わりと美味しい」で一致した。

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秋頃から夫の発作がたびたび出るようになった。仕事の忙しさが関係していると思う。毎年りんごを送ってくれる共通の知人に海の幸でも、と先日ふたりで市場へ行った。車で地下駐車場に入った途端その発作に見舞われ、ああ駄目だ、苦しい、とハンドル操作が危うくなり「すぐ出よう」と声を掛けてまっすぐ出口に向かった。近くのドラッグストアで栄養ドリンクを買い、少し休んで落ち着いてから帰宅した。

発作を起こした後「駄目だなあ駄目だ駄目だ駄目だ」と否定的な独り言が続く。その言葉を打ち消したり励ましたりしても夫の場合あまり意味を持たない。それどころか「何を言っても聞いてもらえない」と私が別方向に落ちてしまうので、「駄目」のお経を黙って聞くようにしている。読経の間は透明な壁ができるけど、通常の精神状態に戻るための夫なりの儀式なんだと思っている。

55くらいで仕事を辞めて、この地域から離れたいと夫は言う。知り合いのいる土地だと、せっかく退職しても人手不足のときに働かされたりボランティアを頼まれたりするのが嫌らしい。テレビ観てゲームしてたまに温泉に行ってごろごろ寝て暮らしたい。そう決まって言う。最近そんな話を頻繁にするので、いつも以上に追い詰められているのだと思う。55より前でも辞めたらいいよ、自分のことだから自分で決めて、と私も毎回言う。子供もいないし何とかなるだろう。その時が来たら私がもう少し仕事を増やそう。

不揃い

私の好きなスイートポテトは大人の靴のサイズくらいある。昔、帯広出身の同僚が帰省のお土産に買ってきてくれて、世の中にはこんなに大きなスイートポテトが存在するのかと驚いた。少しずつ切り分け、放課後みんなで食べた。大きさで目を引く食べ物は見た瞬間がピークで、味は適当でも多少許されるようなところがあるが、それは違ったのです。その時の甘い匂いと柔らかさと何ともいえぬ幸せな気持ちが忘れられず、巨芋を買うためだけに何度か泊まりで出掛けている。

ショーケースに細長いものや丸いもの、さまざまな形状が並ぶ。この不揃いな光景を眺めるのも楽しい。同じじゃなくていいと体を張って伝えているようにも見えるので、そういう時は精神状態を疑うようにしている。黄色と焦げ茶色といえば私の好きなセスジキノボリカンガルーと同じ配色である。やつらは仕草に愛嬌があるだけでなく、焼きたて感まである。

量り売りは見た感じで値段が読めず、高かったらどうしようと緊張するのだが、これに関しては「いくらでも払います」と気が大きくなる。

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ずんぐりしたモルモットみたいなのを選んだ

冬のソフトクリーム

夫の仕事が今日から数日休みなので蟹を求める旅に出た。温泉、蟹、ソフトクリーム、という何の捻りもない王道に惹かれる恥ずかしさは早い時期に捨てており、今回もこの全部をやりに来た。

地域名とソフトクリームで予め検索しておいた店へ向かうと寒空の下、部活帰りっぽい中高生が石段に一列に座ってソフトクリームを食べていた。寒冷地の子供たち、強い。混雑しているようだったので近場の別の店に行ってみると、やはり氷点下10度の店外で制服の集団がソフトクリームを食べている。これが日常なのだろうか。いいものを見た。俄然食べたくなって私たちも並んだ。夏場と違って持ち歩いても溶けることがない。慌てて食べなくていい。冬のソフトクリームっていいものだ。

ソフトクリームは何種類かあり、せっかくなので高いのを頼んでしまったが、夫と「一番安いやつも普通に美味しいんじゃないか」と話し、それを確かめるために明日また寄ることにした。

旧式スマホのカメラ、何を撮っても故人の記憶のように写る。最近ほとんどデジカメを使うようになった。握力のなさと不注意のせいで歴代のカメラを落として故障させてきたので「高い所から落としても大丈夫」と書かれた私のためにあるような心強いやつを使っている。ツイッターの人が教えてくれた。ツイッターは知。

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故人の蟹


わかりました

家庭内の雑務に時間を取られ、ほぼ何もできなかった。こんな作業で一日が終わってしまう、と焦っていたら、母から着信。父の容態が急変したのではと嫌な予感がして電話に出たら「パソコンからメールを送れないの。こっちに何か送ってみて」「私アドレスわからないよ」「お母さんもわからないの」というパソコンを触ったことない者同士の会話みたいになった。「ちょっと今やることあるから後にして」と切ったら、即電話が鳴り「わかりました。アドレスはエー、エム......」と滑舌よく口頭で伝え始め、わかってないじゃんと思ったが、その「わかりました」は「アドレスわかりました」なので間違ってはいなかった。自分の作業に入れぬまま夜になり、夫とラーメンを食べに行き現在深夜2時。明日は泊まりで出掛けるのでいろんなことを終わらせておきたかったが間に合いません。寝る。

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