岩手が無い

本日4月23日はエッセイ集『縁もゆかりもあったのだ』(太田出版)の発売日なのですが、気に病んでいることがある。書き下ろしのひとつに「あの世の記憶」という両親と東北三県をまわる話があり、文頭に「青森、秋田、岩手を」と書いておきながら、最後まで岩手が出てこないのだ。秋田のホテルで急に話が終わる。「縁もゆかりも」などと言って岩手ないじゃねえか。私が岩手県民ならそう思う。

青森と秋田の話だけで4000字を超えてしまい(連載したエッセイは2000字前後)、こんな長い文章読むのいやだよなあと思って強制終了してしまった。もっとうまい書き方があったんじゃないか。最初から「青森と秋田の話です」と書けばよかったじゃないか。悩んでも遅いので、書けなかった岩手の思い出をここに少し残す。唐突に終わらせ、唐突に始める。


東北三泊四日の最終日、私たちは朝から岩手県平泉の中尊寺へ向かった。父の運転するレンタカーで、のどかな山道を進んでいく。我らは機械関係にめっぽう弱く、四日目にしてようやくカーナビの使い方を覚えた。道順をめぐる両親の喧嘩が激減した。世の争いごとを鎮めようとした寺の願いに背くことなく、晴れやかな気持ちで初夏の月見坂を歩いた。


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杉の大木に囲まれた勾配のある坂を汗ばみながら登る。この道を松尾芭蕉も歩いたらしく、銅像が建っていた。その顔は母方の嘘つきな祖父によく似ており、母を横に立たせて「親子写真」を撮った。祖父が事故で急逝した時には「あんなくそじじい死んでくれてせいせいした」と大声でまくし立てた母だったが、背格好までそっくりな銅像にぴったりと寄り添い、満面の笑みを浮かべた。旅は人の気持ちを変える。

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その坂の途中に弁慶堂があった。本堂や金色堂のような迫力はないけれど、その質素なお堂に惹かれ、資格試験を控える夫のお土産に必勝御守りを買った。500円玉くらいの小さな御守りで、黒字にただ一文字「勝」の刺繍。こういうのを求めていた。勝つためだけに作られた御守りだ。

帰宅して「勝」を夫に渡したら「ふん」と一瞥し、明らかに興味のない顔をした。
「試験の日に持って行くんだよ」
「やだね」
「落ちろ、落ちて泣け」
私はそう言い捨て、御守りの話はそれきりになった。

ある日、クリーニング屋へ夫のスーツを持って行くと、受付の女性が「胸ポケットにこれが」と何かを取り出した。「勝」だった。
持って行ってんじゃん。
初対面の女性に向かって思わず「ははっ」と笑った。その試験には合格した。気を良くした彼は数年後、別の試験日にも「勝」をポケットに入れた。その瞬間を私はドアの陰からこっそり見ていた。人間が見ていたら餌を食べない野生の生き物みたいなところがあるから、何もなかったように「いってらっしゃい」と送り、そのあと思い出して笑った。その日の試験には落ちてしまった。「勝」の効力がわかるのは次回かもしれない。


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厳美渓の吊り橋

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渓谷の向こうの茶屋から救助隊のようにするすると渡ってくる「かっこうだんご」。かごにお金を入れて木槌で板を叩くと店員さんが気付いてくれる。


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「どうなってんの」といろんな角度から見上げて声を上げた達谷窟毘沙門堂。こんな不思議な建築物なのに訪れる人は少なかった。清水の舞台を模して造られたらしい。

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猫多めの印象

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生き延びています

すぐここのパスワードを忘れてしまう。コロナのこと、2020年9月に3冊目の『いまだ、おしまいの地』(太田出版)を刊行できたこと、その裏でたくさんの方から励ましの言葉をいただいたこと、取材と個人的な理由で東京に二度行けたこと、機器の扱いが丸っきり駄目な私でも普通にzoomを使うようになったこと、長年患っていた自己免疫疾患からくる鬱により日常生活が滞っていること、「書けない」という私自身の問題でゆっくりとしたペースになっているけれど文章のお仕事をいただいていること、大きめの事故を起こしたこと、19年近くそばにいた猫が死んでしまったこと、異動が決まったこと。ブログを書かずにいた間、何もない山奥にいるわりには仕事も私的な出来事も相変わらず盛りだくさんだった。


そして、もうひとつ。今夜2時25分フジテレビでドラマ『夫のちんぽが入らない』の放送がスタートします。このドラマは2019年にFODおよびNetflixにて全10話が配信され、海外からも「なんてタイトルだ」というからかいや「性の悩みは気軽に打ち明けられず万国共通」といった反響がありました。

著者こだまの「夫とデキない」という実話から、夫婦の繋がりと幸せのカタチに一石を投じた私小説の実写ドラマが地上波放送決定 - フジテレビ (fujitv.co.jp)

昨年秋に「地上波の候補に挙がっている」と担当編集の高石さんからメールをもらったときは「まさか」と思った。このタイトルでは没になるのでは。テレビ向けに変えてもらって構わないと伝えた。と同時に「変えてもらって構わないって、私は何様だ」とも思った。
私は原作者でしかない。ドラマは脚本の黒沢久子さん、演出のタナダユキさん、企画・プロデュースしてくださった清水一幸さん、夫婦を演じてくださった石橋菜津美さんと中村蒼さん、そして多くのスタッフと出演者のみなさんによる作品だから。それを忘れてはいけないと思った。

まだ配役が決まっていない頃、高石さんとともにタナダさん清水さんにお会いする機会があった。タナダさんは改題せず、原作に込めた思いを通したいときっぱり仰った。批判も、やりにくさもあるはずなのに、そんな風に言い切れる人を私は素敵だと思った。


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撮影していた当時、私は関係者に会うたびにまず謝っていた。「このようなタイトルを付けたためにみなさんにご迷惑をかけてすみませんでした」「役者として汚点にならないでしょうか」。私は毎回本気で頭を下げていたが、みなさん笑っていた。それは思い上がりだったと後になって気付いた。真剣に制作し、覚悟を持って演じている方々になんて失礼なことを言ってしまったのだろうと。それ以来、自著を卑下することは、関わってくださった方も貶めることになると気付き、できるだけ口にしないようにした。卑屈だから油断するとすぐそういうことを書いてしまう。でも、この本を出し、ドラマ化、漫画化されたことで私は前よりも自分の意見を言えるようになったし、変な我慢をしなくなった。

ツイッターの反応を見る限り、今回は関東圏での放送みたいです。私の地域では、その時間帯「井上順の7日間お世話になります」と「LIONテレビショッピング」になっている。
ドラマは原作と違う場面が多々あります。それを含めて楽しんでいただけたら嬉しいです。


原作に関して書いておきます。
夫とは交際していた大学時代から性生活がうまくいかなかった。こんなことに悩むのは私たちだけだと思い、身近な人にも医師にも、本当のことを誰にも話すことができなかった。私たちはそのこと以外は何も問題がなく、ずっと二人でささやかに過ごしてきた。その自然な流れで結婚した。
そのままでよかったはずなのに、結婚と同時に「子供はいつ?」と周囲から聞かれるようになった。「セックスの仕方を知らないんじゃないか、教えてやろうか」などと職場や飲み会の場で笑い話にされることもあった。私たちは「このままの生活でいい」と納得していたつもりだったけれど、まわりのちょっとした声や母の「欠陥品」という言葉に揺らぎ、いつしか「生まなくてはいけない」と思い込むようになった。からかわれた飲み会の席で、孫を望む両親の前で、「子育て経験のない先生の言葉は説得力がない」と言われた職場で、ぶちまけてみたい一言があった。いつもその一言を飲み込み、その場に合わせて笑うことしかできなかった。

仕事を辞めてからブログを始めたけれど、私の悩みの核となる部分は書けなかった。文章だとしても恥ずかしくて打ち明けられず、どうでもいい話ばかり書いていた。2014年にネット上の知人と同人誌を作ることになった。「これまでに書かなかった話を書いたほうがいい」と言われ、20年近く自分の胸にためていたことを初めて書いてみようと思った。性的な話に極度の嫌悪感と恥ずかしさがあり、私生活で下ネタを口にすることはなかったが、ずっと言いたくても言えなかった一言をタイトルに置いた途端、迷わず書けた。自分の人生で一番気にしていたこと、触れてほしくなかったこと、言わずにいたこと。それが「夫のちんぽが入らない」だった。他の書きようがあったはずだけど、身も蓋もないような題名をつけないと曝け出せなかった。呆れられ、批判されるような出来事も多く書いている。全部書けたのは、もうすべてが遠い過去の話になっているからだ。

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私たちの間で性の悩みがそれほど重大だったのだろうか。自分の中で膨れ上がり、暴走していただけではないか。そもそもどうして私はあんなに追い詰められていたのだろう。
そんなこと考え、出版から3年、少し落ち着いた頃に短いエッセイを書いた。
こだま「しない選択」


発売時からタイトルに関する意見は多い。本のレビューには賛否あれど読んでくださったのだなあとわかるものと、インタビュー記事の感想をヤフコメ感覚で書きにくる人と、こんな本が存在すること自体許せないという人、本の内容に全く関係ない怒りを書く人など、500件以上が入り乱れ、世の中には本当にいろんな人がいるんだなとわかる。あまり放置しないで明らかにおかしいものは通報したほうがいいのかもしれない。

先日「本のレビューがズタボロだったから期待してなかったけどドラマは面白かった」というようなツイートを見かけ、あの一覧がそういう役に立つこともあるのだと知った。

特設サイトに試し読みが数ページ掲載されています。
私小説『夫のちんぽが入らない』│こだま 著│扶桑社公式特設サイト (fusosha.co.jp)


この本に関して書きたいことが多すぎるのですが、仕事が終わらなくなるのでこの辺で。


わたし何を頑張ったんですか

朝からどうしようもなく不調な日が続く。このまま家にいても原稿を書けそうにないので美容院へ行くことにした。髪は伸び放題、色も落ちている。今年に入ってから一度も手入れをしていないことに気付いた。ほかのことで頭がいっぱいだったのもあるけれど、担当医と習い事の高齢者にしか会わない暮らしが続き、どうでもよくなっていた。

美容師になったばかりという若い女性が担当してくれた。無闇に話しかけてこない、適度に声をかけ、放っておいてくれる。私にとって良い距離感の人だった。お仕事何されてるんですか、家で何されてるんですか、と訊いてこないところも良い。ほぼ何もしていないから、いつも答えに詰まる。ああ私は人に話せるようなことをしていない、と改めて気付かされてしまい、ちょっと落ち込むのだ。

髪を染めてもらっているあいだ私はスマホでメールを打っていた。最近のうまくいってない状況を書いているうちに涙目になってしまい、ぐっと堪えた。すると、そのとき彼女が「……頑張りましたね」と言った。前の部分がマスクに阻まれてよく聞こえなかったが、メールの流れとあまりにも合致していた。どこか先生のような優しい口調。慰められているような気分になり、右目からすごいはやさで涙がこぼれ落ちた。

まずい。初対面の若者の前でも簡単に情緒が狂うようになった。「コンタクトが痛くて」とコンタクトなどしていない目をごしごしこすって誤魔化した。やべえ中年になっている。いやだな。面倒くさいな。そう思いながらメールの続きを打った。

最後、前髪を切ってもらっているとき、ふと気になって訊いてみた。
「さっき『頑張りましたね』と言ってくださいましたが、わたし何を頑張ったんですか」
「上から見ると髪の色がかなり違ったので」
彼女は申し訳なさそうに答えた。
長いあいだ変な髪の色で過ごしていたことを「耐えていた」と捉え、遠回しにねぎらってくれたらしい。
前髪は眉毛のかなり上で切られてしまったけれど、いやな気分にはならなかった。

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文庫版『ここは、おしまいの地』と、これからのこと

ブログの存在もパスワードも忘れつつあった。目の前の作業をこなすだけでぎりぎりで、長めの文章を書く力が残っていなかった。1年くらい前から、はっきりと「駄目」な状態になり、もうこれは自力でどうにかできるレベルじゃないこともわかり、病院へ行った。薬を飲み始めた。まず1錠で様子を見て、吐き気や頭痛がおさまったら2錠にした。まだ動けない日も多いけれど、悲しみを引き摺らない「大丈夫な日」が増えた。「何かができる」よりも前の段階。何もできないけど、感情はそんなに狂っていない。それを「大丈夫な日」として、ゆっくり暮らしてきた。おかげで2019年はほぼ何もしていない。


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6月11日、新刊『ここは、おしまいの地』が講談社文庫さんから出ました。
2018年に太田出版さんより単行本化され、その年に講談社エッセイ賞をいただいた作品。文庫版のあとがきとして「わたしが『かわいそう』な訳ない」というエッセイを加筆。執筆への思い、「おしまいの地」で書いていく決意、変わらない弱さ、そういった気持ちを5000字のエッセイにした。

『ここは、おしまいの地』は、デビュー作『夫のちんぽが入らない』とは全く違う心境で出した。1作目が一時的な話題性だけで読んでもらえたのか、2作目で証明されるような気がした。辛辣な言葉をぶつけてきた人たちに「うるさい、ほかの話も書ける」と作品を通して言いたかった。言いたいことがいっぱいあった。だから気を張っていたし、とても怖かった。部数は1作目に全く及ばなかったけれど、たくさんの人から感想をいただいた。エッセイ賞の受賞はこの先もずっと私の心の支えになる。このまま書いていていいんだ、とようやく思えた。


文庫版のあとがきにも書いたけれど、作品ごとに自分の気持ちが変化している。以前は「うるせえ」と尖っていた私だったが、いまは他人の評価よりも、自分はどういうものが書けるんだろうと手探りしながら向き合っている。身の回りの奇妙な現象を書くだけでなく、ひとつひとつを丁寧に描写していこう、と思うようになった。気付くのが少し遅い気もするけれど。エッセイと小説の中間に位置するような、私小説ともまた違う、細やかなエッセイを書けるようになりたい。

(なぜかこの十数行だけ文字の大きさ調整できない)

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カバー写真とデザインは『夫のちんぽが入らない』の装丁でもお世話になっている江森丈晃さん。白と青を背景に、ひんやりとした美しさが伝わる写真。そして、この文字はオリジナルのフォント。特に「お」の字のこだわりが好きです。

文庫の担当編集は講談社の水口来波さん。前作の文庫化に続いて、2作目も声を掛けてくださいました。外出自粛期間の編集作業ということで普段とは違う大変さがあったと思います。それでなくても私は原稿や戻しの作業が遅く、最初から最後までご迷惑を掛けっぱなしでした。江森さん、水口さん、そして文庫化を快諾してくださった単行本担当の太田出版・続木順平さん、本当にありがとうございました。

『ここは、おしまいの地』の内容はこの記事に書いた 



話は変わりますが、今年やり遂げたいのは小説を書き上げること。2年ほど前から担当編集さんと構想を練っている。でも昨年は前述の通り、何も書くことができず、心も頭も止まっていた。「1年間何もできなかった」と悔やんでいたけれど、「1年間も時間をもらえた」と考えるようにしたい。担当編集さんは私が書けるようになるまで辛抱強く待ってくださった。それが本当にありがたかった。一進一退の日々だけど、進む方向は見えてきた。

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「おしまいの地」の発売日、いつもの神社へ手を合わせに行ったら、一番苦しんでいた時期にお参りした際の達磨の絵馬がぶら下がっていた。どうしても原稿を書けなくて、2020年に2度訪れるという運の良い日に行ったのだった。ちゃんと書き上げたら右目を入れに行きます。それまで雨風に飛ばされず待っていてほしい。


◇今後、出るもの
6月下旬「クイックジャパン」エッセイ連載
7月6日 ゴトウユキコさん『夫のちんぽが入らない』第5巻
7月7日「文藝」 2020年秋季号、短編小説

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年末年始に『夫のちんぽが入らない』と『ここは、おしまいの地』を読んで下さる方がたくさんいて嬉しい。ツイッターで本の感想に出合うと「ありがとうございます」と頭を深く下げたくなる。当然「読まなきゃよかった」という率直な意見もある。それでもいい。ラジオから流れてきた「人の評価はどうでもいいの。あなたが良ければそれでいい」という人生相談の助言が思いのほか効いている。

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「(俺が)飲みに行く日はひとりでうどんを食べていて可哀想だから」との気遣いにより、年が明けてから温泉や銭湯に連れ出されている。私には忘年会も新年会もなく、一年を通して誰かと食事に出かける気配すらないので憐れみの目で見られている。自分では特に悲しいとは思っていない。地元以外には本を通じた知り合いがいるので。

前に住んでいた街の銭湯へ行った。湯の花が浮く、ぬるぬるとした泉質が気に入り、夜勤の帰りに必ず寄っていた。長い勤務を終えて湯船に浸かると大抵そのまま寝入ってしまい、ガクッと沈みかけて目が覚めるのだった。ほとんどの人は設備の整った別の銭湯へ行く。朝、そこへ通うのは私と知的障害のある中年女性だけだった。彼女はいつも洗い場で歌謡曲を大声で歌う。しかし、これが驚くほど美声なので、壁越しの男湯から拍手が沸くこともあった。ひたすら軽石で指をこすりながら古いポップスや演歌を歌う。身体を洗ったり湯船に入ったりする姿は一度も目にしたことがない。純粋に「歌い」に来ているのだった。
あの人好きだったなあ。
そんなことを懐かしみながら肩まで浸かった。

しばらく非公開にしていましたが、当時の日記です。

『歌い手さんの日常』
http://blog.livedoor.jp/shiod/archives/8408347.html

『湯屋のエンターテイナー』
http://blog.livedoor.jp/shiod/archives/8408321.html

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