嬉しいと苦しいの波

パスワードをすっかり忘れるくらいブログを開いてなかった。
1月にエッセイ『ここは、おしまいの地』を出版してから爪切男さんとトークイベントに3回(阿佐ヶ谷ロフトAさん、神楽坂スナックコアさん、大阪ロフトプラスワンWESTさん)出させてもらったり、文月悠光さん爪切男さん末井昭さんペス山ポピーさんと対談させてもらったり、『夫のちんぽが入らない』の漫画版を担当して下さるゴトウユキコさんや実写版の監督さんらとお会いしたり、親切な方に京都や大阪を案内してもらったり、会いたいと思っていた人に会えたり、新たにweb連載を始めたり、生意気にも本や映画の推薦コメントを書かせてもらったり、そうかと思えばノイローゼになって何も手につかず寝込んだり、原稿の締切に何日も遅れてしまったり、部屋の中が荒れ放題になったり、心療内科に予約を入れようとするも電話が苦手すぎてかけられずにいたり、気を取り直して台湾へ行き顔面皮膚病になって帰国したりしていた。嬉しい、苦しい、嬉しい、苦しい、と波のように訪れた。短期間にいろんなことがありすぎて、うまく処理できずにいたけれど、最近かなり落ち着いた。目の前のことをひとつずつ頑張っていきたい。そして、いま起きていることや自分の気持ちを忘れないでいたい。

DSC_0488


先日、空港で濃厚バニラシェイクを飲みながら、ぼうっと乗り継ぎの飛行機を待っていたらラジオ番組の人にマイクを向けられた。
「これからどちらへお出かけですか?」
「大阪です」
「大阪で何をされるんですか?」
「お話をしたり...ですね」
「大阪にお友達がいるんですね?」
「友達...友達なのかな...友達か...」
「あとは何かされるんですか?」
「お話をするくらいですね」
「はあ、そうですか...では、いってらっしゃい!」
あまりにも抽象的で要領を得ない受け答えを繰り返したので「いってらっしゃい」と強制的に元気よく締められた。なぜこいつは情報を出し惜しみするんだ、空気を読んではっきり喋れよ、と思われたかもしれない。

DSC_1163
この覆面を被ってトークイベントに出るのだとは説明できなかった。


■漫画版の連載スタート
「週刊ヤングマガジン」さんにてゴトウユキコさん作画『夫のちんぽが入らない』の連載が始まりました。昭和を思わせる、どこか懐かしく艶かしい画風。うまくものを言えぬ「私」の心情を表情や後ろ姿で完璧に語らせるゴトウさんの才能に脱帽しました。文章で何行もかけて説明したものが、たった1コマで、ど真ん中の説得力をもって描かれている。すごいねえ、ゴトウさん、本当にすごいねえ、と唸りながら毎回ネームと原稿を拝見しています。オリジナル作品に取り組む貴重なお時間を奪っているのだから、すごく責任を感じるし、ものすごく感謝している。最後まで全力で応援します。引き受けていただき本当にありがとうございます。
第1話、試し読みできます。
http://yanmaga.jp/contents/och/?utm_campaign=TrialEndPage&utm_medium=referral&utm_source=trial_end_page


■web連載スタート
キノブックスさんのwebサイト「キノノキ」で月1連載『縁もゆかりもあったのだ』が始まりました。担当編集の寺谷さんと初めて挨拶を交わしたのは2015年秋の文学フリマでした。ブログ本『塩で揉む』をわざわざ買いに来て下さった。その当時から書くことを熱心にすすめていただいたのに、「執筆活動を家族に話していないのでこれ以上書く場所を増やせない」「書ける自信もない」と尻込みしてお断りしてしまった。そのあとも本の感想を丁寧に送って下さったりした。今年に入って、自分の中で「先のことなんてわからない、家族にいつ反対されるかわからない、もうこの際やりたいこと全部やってみたらいいじゃん」と珍しく強気で開き直っていた時期があって、そのとき、本当にすごいタイミングで再び寺谷さんが「書きませんか」と声を掛けて下さった。普段メールのやりとりをしていたわけではないのに。超能力者かと思った。ちょうど東京へ行くタイミングも重なり、直接お話を聞いて「やってみたい」と返答した。これもタイトル通り「縁」なのかもしれない。
連載では旅やその土地の人にまつわる話を書いていきます。
第4金曜に更新します。読んでいただけたら嬉しいです。
http://kinonoki.com/book/enmoyukari/kodama01.html

アパホテルより広い

退院するまで続けます。

2015年3月
個室に移動してから好きな時間にシャワーを使えるようになった。生活水準が一気に1000上がった。
病棟の共同シャワーは「空いていたら入れる」システムだった。一見自由そうに思えるが、私のような何をするにもタイミングの悪い人間は「空き」を狙ってスッと入ることができず、シャワー権を逃がし続けたまま一日を終えていた。先日は3日連続でシャワーに失敗した。虎視眈々と順番争いに臨むも、検査やリハビリに呼ばれて権利を手放さなければいけないこともある。そうして清潔感という言葉からどんどん遠ざかり、「赤ちゃんのおしり拭きシート」で足の指の間や腋の下を拭う。せつない。共同の洗面台には髪を洗えるシャワー付きのスペースがあるが、手術して首がどの角度にも曲がらないので使えない。よって、この病院に転院してからずっと私は臭かった。みんなどうやってシャワー権を得ているのだろう。不思議でならなかった。

先月までの入院先はシャワー室のホワイトボードの時間割に自分で名前を書き込むシステムだった。完全予約制なので安心して本を読んでいられる。だが、中には勝手に他人の名前を消して割り込む悪質なおばさんもいた。油断できない。自宅なら好きなときに好きなだけ浴びられるシャワー。お湯の出る道具にここまで固執する日が来るとは思わなかった。

そんな闘争に敗北してきた私が突如「いつでもシャワー権」を授かった。神は存在する。幸せを噛み締めながら、朝起きてすぐシャワーを浴びた。昼食に、ちらし寿司とさくら餅。添えられていたお雛様のカードを見て、きょうが桃の節句だと気付いた。

P3034588

三姉妹だったこともあり、実家には昔ながらの七段飾りの雛人形があった。私は土台となる階段を組み立てるのが一番好きで、三女は人形を並べ、次女はそれらの手に小道具を持たせていくのが好きだった。そんなことを思い出しているうちに、まともに仕事が続かなくてごめんなさい、私は何もできないままだ、とだんだん親に申し訳ない気持ちになってきて、泣きながらちらし寿司を食べた。こんな明るい献立を前になぜ泣くのか。「きょうはうれしいひなまつり」なのに。寝不足だから感傷的になってしまうのだ。本気で悲しいわけではない。あほらしい。そう自分に言い聞かせる。

こんな日に限って両親がお見舞いにやって来た。用事があって近くまで来たついでに寄ったらしい。猫のアップリケの珍妙なセーターを着た母が「アパホテルより広いじゃないの」と言い、デコポンを2個置いてすぐ帰って行った。相変わらずよくわからない。中村文則『悪意の手記』読了。

東京、 1月

エッセイ集『ここは、おしまいの地』(太田出版)が発売されたその週、1泊で東京へ行った。毎回いろんな人に訊かれるが、本を出したことは親族に一切話していない。でも、みんな薄っすら気付いているのかもしれない。収録した『すべてを知ったあとでも』にも書いたけれど、こんな感じだから常に罪悪感を抱きながら綴り、「おしまいの地」と東京を行き来している。担当編集さんと一緒に本を作ることに喜びを感じ、手に取った人から感想をもらえることに幸せを感じながらも、真夜中に布団を被り「私なにやってるんだ」と眠れなくなったりする。でも、まだ書いていたい。なんの罪滅ぼしにもならないけれど、野良猫の保護団体にお金や物品を定期的に寄付することで心の安定をはかるようになってしまった。いよいよだ。私は真の猫おばさん。「おしまい」なのは私自身である。

だから今回、同人誌仲間の爪切男さんと対談し、「自分の人生をもっと誇っていい」「隠れて書いたっていいと思う」と言われたとき、ちょっと泣きそうになった。対談の原稿が送られてきたときも、やっぱりそこだけ文字が大きく見えた。

上京前に爪さんのデビュー作『死にたい夜にかぎって』が送られてきた。爪さんの類まれなる半生は、同人誌『なし水』や日刊SPA!の連載にも書かれていたけれど、書籍化にあたって構成や文章のひとつひとつに鋭さが増していた。そのうえ以前よりかなり読みやすくなっていた。対談の日までに読み終えなければいけないのに、なんだか私は猛烈に悔しくなり、残り4分の1を残したまま本を閉じてしまった。

同じようなことが1年前にもあった。私が本を出すと決まったとき、旧知の仲の数人から「悔しいので読みません」と言われたのだった。また、別の知り合いからは「たとえ内容が素晴らしくても、このタイトルなら読まない」と宣告された。どちらも悪意がないことは承知している。むしろ、そう言ってくれたことに敬意を抱いた。でも、こんな感じだったんだ。去年私はわかったつもりでいたけれど、もっと苦しいものだった。自分の書いたものが小さく思えるような、感情のぐさぐさをいまになって知った。

滞在中に新刊の取材をいくつか受けた。その合間にクイック・ジャパン編集部に入ったばかりの若者3人とお話することができた。「原稿届くのが楽しみです」と言われて嬉しかった。一生懸命で、眩しかった。担当編集の続木さん、営業の森さんと、以前から個人的にお世話になっている書店(伊野尾書店さん、HMV&BOOKS SHIBUYAさん)を訪問した。予定の最後に入っていたのが爪さんとの対談だった。

新宿から品川に向かう山手線で、バッグから爪さんの本を出し、残りを読み進めた。隣に座る続木さんも同じく「死にたい夜」の本を開いた。車内の爪率、そこだけ濃厚だった。陽が射して背中がほんのり暖かい。席も適度に空いている。そんな居心地の良い車内で爪さんとアスカさんの別れの場面を読んだ。ずいぶん没頭していた。ふと顔を上げるともう品川。隣の続木さんも本に入り込んでいたようで、慌てて降りた。「電車でぐるっと一周しながらずっと読んでいたかったですね」と感想を言い合った。

対談場所は品川駅そばのデニーズ。ここは私たちが文学フリマを終えたあと毎回立ち寄り、疲れた目でパフェを食べ、売り上げを数え、来てくれたお客さんの話なんかをしていた場所だ。今回はそんな思い出の地で爪さんと向かい合って座り、潰し合いのようなやりとりをし、最後に前述の「もっと誇っていい」と言われた。爪さんの話はいつもどこまで冗談で、どこから真意かわからないけれど、ありがたく受け取ります。貶してばかりで素直に言えなかったけれど、爪さん、本おもしろかったよ。そして、私もまだ頑張りたい。もっといいものを書きたい。そう改めて思った。

対談は発売中のクイック・ジャパン136号(千鳥の表紙)および日刊SPA!に掲載されています。クイック・ジャパンには私の連載エッセイもあります。ぜひ。

爪切男『死にたい夜にかぎって』
こだま『ここは、おしまいの地』
二作とも試し読みできますのでよろしくお願いします。

「お便」が報われた日

新刊『ここは、おしまいの地』を読んで下さった方、感想を書いて下さった方、本当にありがとうございます。きちんと個別にお礼を返せず申し訳ありません。とにかく、とても嬉しく思っております。
私の文章は地味で卑屈で伝わりにくいかもしれませんが、わかってくれる人にだけ静かに届けばいい。

出版の慌しさで中途半端になっていた入院日記、続きます。

2015年2月
午前中、私を含め同じ部屋の3人が上の階の病棟に移動することになった。リハビリが中心となる患者の棟らしい。ということは退院が近いのかもしれない。身の回りの荷物をまとめていると、おばあさん2人に「一緒に上行こうね」と言われる。「一緒に上の大学目指そうね」みたいな女子高生同士の会話のよう。私たちは看護師のあとに付いて、わくわくしながらエレベーターに乗った。

3人とも部屋はばらばら。おばあさんたちは4人部屋に案内され、私はまさかの個室を与えられた。シャワー、トイレ付き。なんで?いいの?ハガさんの「お便」に耐え忍んだご褒美だろうか。目に沁みるほどの大便臭に泣いていたあの日の私に言いたい。「必ず報われる」と。

看護師さんに「この個室って追加料金かかるんですか」とおそるおそる訊ねた。自分だけ良い思いをするという経験が少なすぎるため、何か裏があるのではと疑ってしまう。「大部屋が埋まってるんです。こちらの都合なので、通常の料金ですよ。安心して使って下さい」と笑われる。もう一度言いたい。「お便」の苦労は報われます。

リハビリルームに行くと担当のMさんが包丁を持って近付いてきた。Mさんは患者に暴言を吐くことで有名という話を思い出す。私には暴言を飛び越していきなり刺す気だろうかと身構える。Mさんは包丁の柄にタオルを巻き「退院したら料理するんでしょう。こうすると指の負担が少ないかもしれない」と教えてくれた。Mさんただの優しい人じゃないか。優しいMさんは私の腕に750グラムの重りを巻き付けた。曲げ伸ばしの運動をする。手首と首のマッサージを受け、最後にエアロバイク20分。

看護師が今後の予定をまとめた「入院計画書」を持ってきた。そこに「入院期間:30日」と書いてあった。まさか。春じゃねえか。気絶しそうになった。病棟の自販機ぜんぶ張り倒して歩きたい。いま私の心は荒れている。

夜の個室はとても静か。本を読んで、スマホを見て、もう一回「春じゃねえか」と呟き、定時に寝る。

プロフィール

shiod