検索してくれてありがとう

東京に行きすぎだと思う。

私小説『夫のちんぽが入らない』がヤフー検索大賞2017・小説部門に選ばれました。前年比で最も検索された小説のタイトルだそうです。担当編集者の高石さんからメールで報せを受けた際、あまりにもわけがわからなすぎて、そんなこと一度もしたことがないのに自ら電話を掛け「どういうことですか...どうすればいいんですか...」と動転しながら相談した。結局何もわからず、ふたりでおろおろした。そういう全く予期せぬ賞だった。

思えば1年間いろんな知らない人に怒られていた。
中年にもなって、こんなに怒られることがあるんだ、というくらい怒られた。

2014年に出した同人誌『なし水』(たか、爪切男、のりしろ、こだま)のときから既にこのタイトルだった。「どうせ100冊しか配布しないんだから普段のブログとは違う、思い切ったことを書け」とメンバーにキレられ、改心した結果「夫のちんぽが入らない」話が出来上がった。ようやく仲間として認めてもらえた気がした。たかさんと爪さんの恫喝で生まれた「ちんぽ」だった。

2015年、週刊SPA!連載の担当高石さんから「ちんぽを読みたい」と言われ原稿を送信したところ、「この先、何度も何度も読み返すと思う」と、ものすごく熱のこもった返信をいただいた。その言葉は現実のものとなり、本当に「何度も何度も読み返す」原稿になってくれた。

同人誌は「エッセイ」だったけれど、単行本は「私小説」として、風景や気持ちを丁寧に書いていこう、と提案された。原文に「このときどういう気持ちでしたか」など、たくさんの赤字が入り、私はそれらの質問にひとつひとつ答える形で物語を埋めていった。
インタビューで「この作品を誰に伝えたいか」「どういう人たちに向けて書いたのか」と訊かれることがあるけれど、私はそんなたいそうなことは考えておらず、全部ただ高石さんに向けて書いていた。目の前に伝えたい人がいたから全部さらけ出して書けたのだと思う。高石さんが受け取ってくれたら別に本にならなくてもいいやと思っていた。
そうやって書いたものが私と同じ内向的な人、夫婦関係や心身の病に悩む人、職場や社会に溶け込めない人などに届き、自分の話のように受け止めて下さったのだったらとても嬉しい。

このタイトルで出すことに最初は社内で反対されたそうだけど、「“普通じゃなくていい”と訴える作品なのだから、タイトルだって“普通”にとらわれなくていい」「ここで出せないならよその版元に持って行く」と高石さんが闘ってくれたらしい。だから、私に代わって登壇してもらえて感無量だった。

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3.5キロの「金色の検索バー」にタイトルがしっかり刻まれている。


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扶桑社販売部の宮崎さんは店頭に置いてもらえるよう全国の書店員さんに対して熱心に呼び掛けて下さった。女性である宮崎さんに何度も電話口で「ちんぽ」と言わせてしまい心苦しく思っていたけれど、そんなのは余計な心配であった。完璧に「ちんぽ」をさばきまくっていた。「ちんぽ」さばきのプロだった。恥ずかしいだろうと考えていた私こそ恥ずかしい人間だったのだ。
そんな宮崎さん、広い心で受け止めて下さった扶桑社第二編集局長の渡部さん、新聞や電車に広告を出して下さった宣伝部の鈴木さんと共に受賞の瞬間に立ち会えたことをとても幸せに思う。

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本を読んで下さった方はもちろん、好奇心から検索して下さったみなさんにも心から感謝いたします。
1年の終わりに最高の賞をありがとうございました。


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『そこまで言って委員会』にて「このタイトルアリ?ナシ?」というテーマで取り上げられ、血の気が引いたのも今となっては良い思い出。

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「売るのは自由」、ありがとう猪瀬さん。


授賞式を終えたあと、高石さんと共に日刊SPA!さんの取材を受けた。私は文章を書く人間とは思えないほど言葉がたどたどしくて恥ずかしい。そういうのが全部出てしまう。もう少し頑張りたい。記者の藤井さんは爪切男さんの連載の大ファンらしい。初対面だったけれど、それを聞いてとても親しみを覚えた。
https://nikkan-spa.jp/1436688


爪切男さんのデビュー作『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)は1月24日発売予定。
担当編集は高石さん。このふたりで作り上げた本が“普通”の枠で収まるわけがない。
可愛らしいカバーイラストはポテチ光秀さん。予約受付中です。
http://fusosha.tameshiyo.me/9784594078980


同日、私も『ここは、おしまいの地』(太田出版)というエッセイ集を出します。
こちらも予約開始しています。
詳細は次回ブログに書きます。
どうぞよろしくお願い致します。
http://www.ohtabooks.com/sp/oshimai/

夏に死んで、秋によみがえる

2ヶ月もブログを書いてなかった。

猛暑の地に住んでいるわけではないのに、毎年夏になると調子を崩し、通常の生活を送れなくなる。
夏休みを利用して入院していたことが多かったから、夏イコール病と身体が記憶してしまったのか。お盆過ぎに押し寄せてくる「新学期が始まる不安」に心が持っていかれてしまうのか。夏は心臓のばくばくが収まってくれない。もう生徒としても、教師としても、学校なんか行かなくていいのに、どうして私は苦しくなってしまうんだろう。

今年の夏は特に調子が悪かった。
体に力が入らず、ぼうっとパソコンの画面を眺める日が続いた。原稿は一向に進まないのにツイッターだけは変わらず投稿できた。完全に選り好みしてるな、逃げてるだけだな、と自己嫌悪に陥っていたのだが、いつにも増して気力が持たないのは、持病の強めの薬が増えたことが原因だったらしい。
理由がわかり、夏も終わり、回復した。


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9月のはじめ、いつもの人たちとすすきのでご飯を食べた。
東京からもふたり遊びに来てくれた。朝方3時ごろまで飲んで、翌昼はカレーやパフェを食べた。
この人たちには、ずっと前から書くことを応援してもらっている。山奥に篭ってパソコンに向かっていると、どうしようもなくひとりだと実感する。家に夫はいるけれど原稿のことは話せない。これでいいんだろうかという迷いが積もってきたころに、いつもの人たちに会い、「この前のよかったよ」とか「あんなの気にするな」とか言ってもらい、へへっと笑って帰ってくる。心が大分軽くなっている。いつも施しを受けてばかりだ。たかさんと「お互い、いつ死んでもおかしくないから。これが最後かもしれないから」と握手して別れた。私の手は病気でどんどん変な形になっていっているが、まだ文字が打てるし、握手もできる。当分やっていける。

ようやく頭が動くようになったので、中途半端になってしまった東京でのできごとも書きたい。

『夫のちんぽが入らない』の集い、ありがとうございました

今頃かよ!と思われるかもしれませんが、先月23日、下北沢の本屋B&Bさんにて『夫のちんぽが入らない』の集いが開催されました。足を運んで下さったみなさま、どうもありがとうございました。

担当編集者の高石智一さん、装丁を手掛けたデザイナーの江森丈晃さん、「こだまんが」連載中のてにをはさん、書評で取り上げて下さった餅井アンナさん、インタビュー・対談・レビューと専属のようにお世話になっている福田フクスケさんの5名が登壇して下さいました。地方在住の私は後半の質問コーナーだけチャットで参加させてもらいました。

会の発案者は高石さん。以前ある団体が読書会で本書を扱って下さったのですが、参加者からは否定的な意見や疑問がほとんどだったらしい。それを知った高石さんが「読書会、開こうかな」と対抗意識を燃やしたのがきっかけでした。冗談かと思っていたら本当に企画して下さった。私は堂々と人前に出られないためサイン会などの記念イベントを一切行っておらず、そんな事情も汲んで、関係者のみなさんが「ちんぽ本」誕生の秘話や私のネット遍歴、賛否が分かれる理由、編集部に届いた呪いの手紙など、興味深いお話を繰り広げて下さった。

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高石さんが川原で拾ったという「ちんぽ石」
特に何の説明もなく展示されていたらしい


私は後半、寄せられた質問にチャットで回答することになっていた。事前に届いたものや客席からの声にリアルタイムで答える形式だった。会場のスクリーンにチャット画面が映し出されていたらしい。

私には困った問題が2つあった。頭の回転が鈍いのでスッと答えられない。そして文字を打つのがかなり遅い。典型的な老人なのです。お客さんを待たせて変な空気にしてしまうのではないか・・・と不安に思った私は「そうか!質問が送信されてくる前に書き始めればいいんだ!」と、ひらめいた。いくつかの質問内容は事前に教えてもらっていたのだ。

その結果、フクスケさんが質問を打っている最中なのに、もう回答を書き込んでいるというバリバリの予知能力みたいな現象が起きてしまった。スクリーンに「書き込み中」の表示が出ているとは知らず。でも、ぎりぎり許せる範囲だった(らしい)。問題は次。客席からの質問に移っても、やってしまったのだ。事前打ち合わせなどなく、質問内容を知らないはずなのに、スクリーンの中の私はまたしても「書き込み中」になっている。お客さんは「えっ?」と思っただろうし、登壇者のみなさんはかなり焦ったらしい。やべえなと思ったらしい。

関係者以外には言ってなかったのですが、実は私もB&Bにいたのです。カーテンで仕切られた、隣のスタッフルームで猫背になって、比較的障害の少ない2本指でキーボードと挌闘していました。打つことに必死になりすぎて、隣から漏れてくるマイクの音声を聞いて普通に回答を送ってしまうというミスを犯してました。質問して下さったお客さんの声、ちゃんと届いていました。どうもありがとうございます。
安易に人前に出ないほうがいいというみなさんの配慮、そして実際に緊張でまともに話せないという性格から、カーテンの奥より通信させてもらいました。そういう間接的なふれあいが私にはちょうどいいです。

前半は会場の一番後ろの関係者席で一緒に聞くことができました。扶桑社のカメラマンさんと、まんしゅうきつこさんの間に着席。まんしゅうさんは高石さんの変な顔写真入りのキラキラうちわを持参。「ともかず」って書いてあった。作っているところを想像して笑った。最高の品だった。

てにをはさんはツイッターや同人誌以前となる、ネット大喜利をしていたころについて「掲示板で叩かれてた」「基本、誰かに絡まれてる」といった、あまり思い出したくない歴史をざっと解説して下さった。詳細は書きませんが、自分を見失っていた時期が多々あったのです。
てにをはさんの『こだまんが』は「コココミ」で連載中。
ただいま5話まで公開!
http://estar.jp/_comic_view?w=24702903

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本のカバー写真に使われたプロテアのドライフラワー

江森さんは装丁のこだわりについて。カバーの文字、不良品と間違える人が多発した不揃いな「天アンカット」、星空が広がる表紙、あとがき。それぞれに意味を込めて作って下さった。何故あとがきが途中から手書きなのかとよく訊かれるのですが、これも江森さんのアイデア。ペンネームで顔も出さずに活動する私の「存在する証を」という思いから肉筆にしてくれたのだと以前話していた。高石さんと江森さんは何度も酒を飲みながら様々なアイデアを出し合ったらしい。高石さんは江森さんのことを「あの人はアル中だ」と言うけど、私から見ればどっちも完全にアル中です。

餅井さんとフクスケさんは「ちんぽ本」の賛否両論について、アマゾンレビューの酷評を例に挙げつつ話して下さった。「これは自分との戦いの書である」「解決しない、救いがないなど低評価の根拠とされているものは高評価の条件なのでは」「きつく当たっている人は自分を押さえつけているのでは。その人の被害者意識をどうにかしない限り救われない」「入らなかった理由を具体的に書いていたら“その症状の人の話”になってしまう」「フィクションだとしてもかまわない。それでも読み物としておもしろい」「半信半疑でいいんじゃないか」などなど。もっと広く深く話して下さったのにメモ追いつかず申し訳ない。
絶滅危惧種の保護集会に参加させてもらっているような気持ちになりました。ありがとうございます。

アマゾンレビュー、気にしないようにしていたけれど出版直後は結構ズキズキと突き刺さるものがあった。この本を不快に思う人がたくさんいることも知った。「いろいろなことがあったけど、こう思えるようなった」という、他人には些細かもしれないが、私にとって確かな気持ちの変化があった。でも「いろいろなことがあったけど」の部分で「胸糞悪い」「無理」になって、「結局何も解決してない」から「読む価値なし」とジャッジする人の多さに茫然とした。そういう解説書のような捉え方もあるのだ。

過去の自分が自己肯定感の異常な低さにより、ものの考え方が歪んでいたことは自覚して書いている。「自分はおかしい」「おかしかった」ということに気付き、少しずつ変わろうとするも、実際のところまだ抜け切れていない。「全部自分のせいだ」と考えて、そこで思考が止まる癖も抜けていない。
先日、妹が「豊田真由子様の罵声、むかしのお母さんだよね、お姉ちゃんだけいつも怒られてたよね」と言った。私もなんとなく似ているなと思っていた。あれを18年聞かされて、自己肯定感というものをちゃんと持てる子供がいるんだろうか。死なずに生きているだけですごいじゃないかと自分を褒められるくらいにはなれた。だからといって、この本で母を責めたいのではない。おかしな思考になった一因はそこにあるのかもしれないけど、その状態に甘んじていたのは自分なのだから。過去のことで誰も恨みたくないし、自分を無価値だと思わないで生きられるようになりたい。その変わろうとする過程にようやく今いるのだと思う。40年かかってしまった。
人の顔色ばかり見て生きてきた私が、本を出し、「この女はおかしい」「気持ち悪い」と言われたことで「世間からどう思われてもいい、そういう決意も込めて付けたタイトルなのだから」と吹っ切れたのは感慨深い。どう受け取ってもらってもいいんだった。そういうつもりで出したのだ。

忘れそうになっていたたくさんのことを会場のみなさんから教えてもらった気がする。
発売直後、私はこの世の終わりみたいな青ざめた顔で上京していたらしく、今回複数の方から「血色良くなってる」と言われました。私は元気です。

最後になりましたが、企画、司会進行、ノイローゼになったときの救出、そして美味しいパフェをありがとう、高石さん。企画から当日の裏方(物覚えの悪い老人にチャットの仕方を丁寧に教えてくれた)に至るまで奔走して下さった紐野義貴さん、B&Bスタッフのみなさん、足を運んで下さったお客様、登壇者のみなさん、本当にありがとうございました。


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骨董品の並ぶ、とある対談場所
ナタを手にした瞬間、東京滞在中で一番の笑顔を見せた担当編集者

5月のはなし

5月は少しノイローゼでした。

■集落の坊主の話
祖母の法事があり、帰省した。おなじみの適当な坊主が適当な経を唱えに来た。我が集落には寺がひとつしかなく、改宗しない限りこの男に頼まなくてはいけない。

「明日拝んでくれるんですよね」と事前に確認の電話を入れても姿を現さないことがよくある。来るか来ないか、その日になってみないとわからない。餌付けした狸よりうんと出没率が悪い。1時間待っても来ないので寺の呼び鈴を押したら灰色のスウェット姿の坊主が目をこすりながら出てきたとか、集落に1軒だけあるパチンコ屋に電話をかけたらすぐ身柄を確保できるとか、そんな話ばかりだ。どうしてこんな片田舎の、客のいないパチンコ屋が潰れないのだろうとずっと疑問に思っていたが、私たちのお布施で支えられている事実を大人になってから知った。集落の貨幣の流れは残酷だ。

この日の坊主は、いつになく咳き込みが激しかった。
「風邪なのかな」
そう母に訊いたら、よほど怒りが溜まっていたのか火炎放射のように吠えた。
「あいつは咳をして何行もいっぺんにお経を飛ばすのさ。最近そういうズルを覚えたんだよ。だからあいつのお経はやけに短いんだ。誰の足も痺れやしない。よその人にこんな恥ずかしいお経聞かせられないよ。地域の恥。仏教の恥。はよ死んでくれ」
最後のほうはインターネットの書き込みみたいだった。

私は当日の明け方まで原稿を書いていたので、かなり眠たく、腹の調子も悪かった。料理を残し、隣の部屋で横になっていると、親戚のおばさんの「おめでたじゃないのかね」という声が聞こえてきた。やめてほしい。5兆%ない。私は『夫のちんぽが入らない』という本を出したことをまだ家族に言えずにいる。


■食べ歩いた話
ネット大喜利の友達(みょくさん、アンシャン、ひつじさん、カーヴァーさん、ムナゲさん、恋愛バラエティー)とその地元の友達(中内さん、すもまん)という不思議な組み合わせで、すすきのの美味しい店を2日間食べ歩いた。ムナゲさんと中内さんは東京から来た。普通にふらっと来てしまう。狂っている。

古い人だともう10年以上の付き合いになる。人様の家に上がり込んで朝方に鮭チャーハンを作ってもらったり、手作りの面雀の札で遊んだり、病院までお見舞いに来てくれたり、去年は飲み会の最中アニサキスにやられたムナゲさんが救急車で運ばれたりとたくさんの思い出がある。私がネットや実生活で関わりのある多くは、そういうサイトに投稿していた人たち。友達のいない期間がとてつもなく長かったから、たまに遊んでもらうと小中高大をいっぺんに取り戻したような気持ちになる。

ちなみに「夫のちんぽ」というワードに初めて対面したのは、数年前みょくさんが私に向けて作ってくれた『チキンライス』の替え歌だ。「膣カンジダって何?って考える」に始まり、「夫のちんぽもってこい これが夫のちんぽか思ってたよりでかいな やっぱりあたし安いバイブでいいや」で終わる、最高に酷い歌詞だった。

当時、夫婦関係のことは誰にも話してなかったけれど、適当に作ったはずの歌詞に偶然にも真実が見え隠れしていた。多分そのフレーズが頭のどこかに残っていて、「夫」には「ちんぽ」、「夫のちんぽ」と当然のようにすんなり行き着いたのだと思う。みょくさんに著作権料を払わなければいけない。

不謹慎で良い人たちと美味しいものをたくさん食べた。また夏に会えると嬉しい。
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