本日16日、私小説『夫のちんぽが入らない』が全国の書店に向けて送り出され、18日に公式発売となります(一部の書店ではそれより早く店頭に並ぶかもしれません)。手に渡る前に、関わって下さった方々に一言お礼を言いたくて更新しました。


●ちんぽの本
昨春から、老人の止まらぬ小便のように、少量ずつ長々と告知してきました。アマゾンには9月中旬から掲載してもらっています。すべてはタイトルのせいであります。この題名でも手に取って読んでみたい。そう思われるよう、書店員さんや作家さんらにゲラを読んでいただいたり、卑猥ゼロのデザインにしてもらったり、できることはすべてしてきました。

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「夫」が欠けてしまった。不吉。
帯文は敬愛する松尾スズキさんです。毎日新聞に素敵な書評をありがとうございます。


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装丁はデザイナー、編集者、ミュージシャンと多彩な顔を持つ江森丈晃さん。美しい銀箔の文字が連なるカバーを外すと、静かな夜空が広がっている。これは私が精神を病み始めたころ、プールの帰りに見上げた空に似ています。「あとがき」のページも用紙サイズと色を変えるなど趣向を凝らして下さいました。タイトルから連想される猥褻さを見事に蹴散らしてくれる素敵なデザインです。


●ちんぽの担当
コラムの連載でお世話になっていた担当編集の高石さんに「ちんぽを本にしませんか」と大真面目に言われたときは焦りました。こんな恥ずかしい話を世に出してはいけない、限られた人しか読まない同人誌に載せるくらいがちょうどいいと思っていたからです。高石さんは最初から、ちんぽにかける熱が尋常ではありませんでした。次第に私も「ちんぽは高石さんに預けるか、世に出さずに葬るかの二択しか考えられない」と言うようになっていました。すべてメールでやりとりしているので、件名が「Re:ちんぽの見通し」「Re:Re:ちんぽ会議」「Re:Re:Re:ちんぽカバー」となるのですが、どれも至って真面目な内容。こう何度も使用していると「ちんぽ」すらただの記号にしか思えなくなるから不思議です。

この本の出版を認めて下さる扶桑社ってすごいなと思っていたのですが、のちに「ここで出せないならよその版元に持って行く」「このタイトルしかない」などと高石さんがゴネていたらしいと知る。ちんぽ熱すごすぎ、と思った。まともじゃない担当編集さんに出会えて幸せです。とにかく、よかった。


●協力して下さった方々
出版が決まってからは、販売部の宮崎さんが公式サイトやツイッターで呼びかけ、書店員さんにゲラを配布して下さいました。たくさんの方から感想が寄せられ、現在掲載スペースが不足している状態だという。いただいた感想はすべて読んでいます。書いてよかったなと思える瞬間です。また、サイト内には「お客様がタイトルを声に出して言わなくても書店員さんに予約注文できる申込書」という老舗旅館の熟練仲居のようなきめ細かな配慮があり、笑いました。全国のたくさんの書店員さんとのつながりを作って下さりありがとうございます。

深刻さと可笑しさが調和したサイト
http://www.fusosha.co.jp/special/kodama/

店頭に並べるのをためらうタイトルゆえの協力体制というのか、そんなありがたみを感じた数ヶ月でした。初版3万部というありえない部数にしていただいのも、ひと足先にゲラを読んで感想を送って下さった書店員さんや作家さん、関係者のみなさん、「読みたい」と声を上げて下さった方のお力によるものだと思っています。可能であれば、でいいのですが、直接書店でご購入いただけると、とても嬉しいです。


●「入らない」方へ
数名の女性から「実は私も入らないんです」「友人が入らなくて困っています」とメッセージをもらいました。解決法を探るために読みたいとおっしゃる方もいたのですが、残念ながらそういった本ではありません。私は「入らない」という身体的な問題が治療で解決することを知らず、こんな思いをしているのは自分だけだと悲観し、目の前のどうしようもない現実から逃げてしまいました。独自の「対応策」を覚えてからは、ますます病院から遠のきました。もし子供を切実に望んでおられるのなら、本を読むよりも病院へ直行してほしいと思います。本書はさまざまなことから逃げた人間の話です。逃げてしまった過去を受け止めつつ、ふたりで生きていく話です。こうなってはいけない、という悪い見本になるかもしれないし、世の中の「ふつう」に縛られることなんてない、と感じるかもしれません。


よくわからない日記になってしまった。
大事に育てたちんぽを嫁に出す親の心境になっている。
どうぞよろしくお願い致します。