『夫のちんぽが入らない』を出版して1ヶ月あまりが過ぎた。
発売から1週間後、近所の書店に2冊だけ入荷していた。「こんな田舎じゃ当然置いてないだろう」と試しに覗いた程度だったので、高倉健さんの御本の隣で申し訳なさそうにうっすら光る「ちんぽ」を発見したときは変な声が出た。そして、手に取り「よくこんな僻地の潰れそうな本屋まで来たね」とねぎらった。地元の人間には読んでもらいたくなかったので、その2冊を買い占めようと思ったが、「すぐ売り切れたら、売れる本だと思われてもっと入荷してしまう」という話を聞いた覚えがあり、変に手を出さず流れに任せることにした。都会でだけ売れてくれ。そう願いながら棚に戻した。

2月上旬に取材を受け、念願の書店訪問もさせていただいた。まだ店頭で2冊しか目撃していないまま東京へ行ったので、出入口付近の目立つ場所やベスト5の棚に「ちんぽ」が置かれている状況に「うわあー」しか言えなかった。私の人生にはこんな信じられない出来事が待っていたのかと驚愕した。東京の「ちんぽ」は光の下できらきらしていた。一緒に書店をまわった担当編集の高石さん、販売部の宮崎さんとサイン本を作成したり、棚を眺めて撮影したり、現場の書店員さんから直に売れ行きを聞いたりすることもできた。プルーフを読んで感想を寄せて下さった書店員さんにもお会いできた。本当に自分の身に起きていることなのだろうかと何度も自問した。

編集部に届いた読者はがきも読ませていただいた(既に70通くらいあった)。私宛のお手紙のみ、ありがたく持ち帰らせてもらいました。はがきも手紙も本当に嬉しかったです。


発売直後からたくさんの方がツイッターやブログなどに感想を書いて下さっている。ありがとうございます。出版社の方から「批判は必ずあると思います」と何度も言われていたので、それはそうだろうなと思っていた。タイトル、内容、そして家族に無断で書いていること、突っ込みどころしかない本だ。評価は気持ち良いくらい真っ二つに分かれている。否定的な人の意見には、病院行け、不倫や風俗は許せない、こんな夫婦は気持ち悪い、イライラする、モヤモヤする、なぜ入らないか明確に書け、不幸自慢、結婚できるだけ恵まれていると思え、親のせいにするな、作り話っぽい、馬鹿、知恵遅れ、全部言い訳、最後まで救いがない、などたくさんありすぎて書ききれない。また、私小説の書き方がわかっていない、と親切に教えて下さる方もいらっしゃった。

そういう考え方もあるのだな、なるほどなと思う一方、私は本に共感してくれた人、批判的な人、その誰の人生も、考え方も否定したくないと思うようになった。本にも書いたことだけれど、発する言葉の後ろには、その人にしかわからない過去や思いが含まれているはずだから。原稿に向き合っていたときよりも、それはもう強く強く思うようになった。でも編集部に呪いの封書を送り付けるのだけは勘弁してほしいと思っている。担当編集さんの眉毛がまた全部無くなってしまうのは嫌だから。

本を出して、賛否たくさんの反響があり、その速度に全くついていけてないのですが、「バリバリ書くぞ」でも「もうやめたい」でもなく、もっと文章がうまくなりたい、もっとちゃんと描けるようになりたいと思っている。先日、私の本を「壁打ち」と巧みに喩えて下さった方がいたのですが、ちょうど今の私も、うまくなりたい、うまくなりたい、とひたすら壁に向かってボールを打ち返している最中です。


本に関する記事をいくつか。
私の考えの及ばなかった部分にも触れて下さり、また同じようにうまく生きられない人に寄り添うような書評でした。

餅井アンナさん『夫のちんぽが入らない』は「試合」ではなく「壁打ち」である
http://mess-y.com/archives/41917

小沼理さん『叶わなかったことの代わりに』
http://apartment-home.net/long-visiter/hairanai/

福田フクスケさん『すべての人が“入らない”人生を生きている』
https://tofufu.me/kodama_interview/