今頃かよ!と思われるかもしれませんが、先月23日、下北沢の本屋B&Bさんにて『夫のちんぽが入らない』の集いが開催されました。足を運んで下さったみなさま、どうもありがとうございました。

担当編集者の高石智一さん、装丁を手掛けたデザイナーの江森丈晃さん、「こだまんが」連載中のてにをはさん、書評で取り上げて下さった餅井アンナさん、インタビュー・対談・レビューと専属のようにお世話になっている福田フクスケさんの5名が登壇して下さいました。地方在住の私は後半の質問コーナーだけチャットで参加させてもらいました。

会の発案者は高石さん。以前ある団体が読書会で本書を扱って下さったのですが、参加者からは否定的な意見や疑問がほとんどだったらしい。それを知った高石さんが「読書会、開こうかな」と対抗意識を燃やしたのがきっかけでした。冗談かと思っていたら本当に企画して下さった。私は堂々と人前に出られないためサイン会などの記念イベントを一切行っておらず、そんな事情も汲んで、関係者のみなさんが「ちんぽ本」誕生の秘話や私のネット遍歴、賛否が分かれる理由、編集部に届いた呪いの手紙など、興味深いお話を繰り広げて下さった。

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高石さんが川原で拾ったという「ちんぽ石」
特に何の説明もなく展示されていたらしい


私は後半、寄せられた質問にチャットで回答することになっていた。事前に届いたものや客席からの声にリアルタイムで答える形式だった。会場のスクリーンにチャット画面が映し出されていたらしい。

私には困った問題が2つあった。頭の回転が鈍いのでスッと答えられない。そして文字を打つのがかなり遅い。典型的な老人なのです。お客さんを待たせて変な空気にしてしまうのではないか・・・と不安に思った私は「そうか!質問が送信されてくる前に書き始めればいいんだ!」と、ひらめいた。いくつかの質問内容は事前に教えてもらっていたのだ。

その結果、フクスケさんが質問を打っている最中なのに、もう回答を書き込んでいるというバリバリの予知能力みたいな現象が起きてしまった。スクリーンに「書き込み中」の表示が出ているとは知らず。でも、ぎりぎり許せる範囲だった(らしい)。問題は次。客席からの質問に移っても、やってしまったのだ。事前打ち合わせなどなく、質問内容を知らないはずなのに、スクリーンの中の私はまたしても「書き込み中」になっている。お客さんは「えっ?」と思っただろうし、登壇者のみなさんはかなり焦ったらしい。やべえなと思ったらしい。

関係者以外には言ってなかったのですが、実は私もB&Bにいたのです。カーテンで仕切られた、隣のスタッフルームで猫背になって、比較的障害の少ない2本指でキーボードと挌闘していました。打つことに必死になりすぎて、隣から漏れてくるマイクの音声を聞いて普通に回答を送ってしまうというミスを犯してました。質問して下さったお客さんの声、ちゃんと届いていました。どうもありがとうございます。
安易に人前に出ないほうがいいというみなさんの配慮、そして実際に緊張でまともに話せないという性格から、カーテンの奥より通信させてもらいました。そういう間接的なふれあいが私にはちょうどいいです。

前半は会場の一番後ろの関係者席で一緒に聞くことができました。扶桑社のカメラマンさんと、まんしゅうきつこさんの間に着席。まんしゅうさんは高石さんの変な顔写真入りのキラキラうちわを持参。「ともかず」って書いてあった。作っているところを想像して笑った。最高の品だった。

てにをはさんはツイッターや同人誌以前となる、ネット大喜利をしていたころについて「掲示板で叩かれてた」「基本、誰かに絡まれてる」といった、あまり思い出したくない歴史をざっと解説して下さった。詳細は書きませんが、自分を見失っていた時期が多々あったのです。
てにをはさんの『こだまんが』は「コココミ」で連載中。
ただいま5話まで公開!
http://estar.jp/_comic_view?w=24702903

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本のカバー写真に使われたプロテアのドライフラワー

江森さんは装丁のこだわりについて。カバーの文字、不良品と間違える人が多発した不揃いな「天アンカット」、星空が広がる表紙、あとがき。それぞれに意味を込めて作って下さった。何故あとがきが途中から手書きなのかとよく訊かれるのですが、これも江森さんのアイデア。ペンネームで顔も出さずに活動する私の「存在する証を」という思いから肉筆にしてくれたのだと以前話していた。高石さんと江森さんは何度も酒を飲みながら様々なアイデアを出し合ったらしい。高石さんは江森さんのことを「あの人はアル中だ」と言うけど、私から見ればどっちも完全にアル中です。

餅井さんとフクスケさんは「ちんぽ本」の賛否両論について、アマゾンレビューの酷評を例に挙げつつ話して下さった。「これは自分との戦いの書である」「解決しない、救いがないなど低評価の根拠とされているものは高評価の条件なのでは」「きつく当たっている人は自分を押さえつけているのでは。その人の被害者意識をどうにかしない限り救われない」「入らなかった理由を具体的に書いていたら“その症状の人の話”になってしまう」「フィクションだとしてもかまわない。それでも読み物としておもしろい」「半信半疑でいいんじゃないか」などなど。もっと広く深く話して下さったのにメモ追いつかず申し訳ない。
絶滅危惧種の保護集会に参加させてもらっているような気持ちになりました。ありがとうございます。

アマゾンレビュー、気にしないようにしていたけれど出版直後は結構ズキズキと突き刺さるものがあった。この本を不快に思う人がたくさんいることも知った。「いろいろなことがあったけど、こう思えるようなった」という、他人には些細かもしれないが、私にとって確かな気持ちの変化があった。でも「いろいろなことがあったけど」の部分で「胸糞悪い」「無理」になって、「結局何も解決してない」から「読む価値なし」とジャッジする人の多さに茫然とした。そういう解説書のような捉え方もあるのだ。

過去の自分が自己肯定感の異常な低さにより、ものの考え方が歪んでいたことは自覚して書いている。「自分はおかしい」「おかしかった」ということに気付き、少しずつ変わろうとするも、実際のところまだ抜け切れていない。「全部自分のせいだ」と考えて、そこで思考が止まる癖も抜けていない。
先日、妹が「豊田真由子様の罵声、むかしのお母さんだよね、お姉ちゃんだけいつも怒られてたよね」と言った。私もなんとなく似ているなと思っていた。あれを18年聞かされて、自己肯定感というものをちゃんと持てる子供がいるんだろうか。死なずに生きているだけですごいじゃないかと自分を褒められるくらいにはなれた。だからといって、この本で母を責めたいのではない。おかしな思考になった一因はそこにあるのかもしれないけど、その状態に甘んじていたのは自分なのだから。過去のことで誰も恨みたくないし、自分を無価値だと思わないで生きられるようになりたい。その変わろうとする過程にようやく今いるのだと思う。40年かかってしまった。
人の顔色ばかり見て生きてきた私が、本を出し、「この女はおかしい」「気持ち悪い」と言われたことで「世間からどう思われてもいい、そういう決意も込めて付けたタイトルなのだから」と吹っ切れたのは感慨深い。どう受け取ってもらってもいいんだった。そういうつもりで出したのだ。

忘れそうになっていたたくさんのことを会場のみなさんから教えてもらった気がする。
発売直後、私はこの世の終わりみたいな青ざめた顔で上京していたらしく、今回複数の方から「血色良くなってる」と言われました。私は元気です。

最後になりましたが、企画、司会進行、ノイローゼになったときの救出、そして美味しいパフェをありがとう、高石さん。企画から当日の裏方(物覚えの悪い老人にチャットの仕方を丁寧に教えてくれた)に至るまで奔走して下さった紐野義貴さん、B&Bスタッフのみなさん、足を運んで下さったお客様、登壇者のみなさん、本当にありがとうございました。


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