2018年11月03日

なぜか物足りないヒーロー、劉秀

 中国・後漢王朝の初代皇帝である光武帝劉秀は、知勇兼備の名君である。詳しくは「光武帝と建武二十八宿伝」というサイトをご覧いただきたい。このサイトは、光武帝をテーマにしたものとしては少なくとも日本一内容が充実したものであろう。ちなみに、アマチュア研究者の手による日本一充実した三国志専門サイトは「いつか書きたい『三国志』」だろう。
 日本で人気がある中国史の分野の筆頭は、言わずと知れた三国志である。その次が項羽と劉邦の楚漢戦争で、さらにその次が宮城谷昌光氏の作品群や原泰久氏の漫画『キングダム』などによって注目されるようになった春秋戦国時代だろう。西晋以降の時代の中国史が日本で人気がないのは、90年代以降の洋楽がそれ以前の洋楽ほど日本で人気がないのと似たようなものである。
(そう、80年代の洋楽は三国志で、それ以前は春秋戦国時代や楚漢戦争などの史記ネタに相当するのね)
 劉秀は、日本では大した人気がない。中華圏での人気は知らないが、少なくとも日本では「マイナーコンテンツ」である。宮城谷昌光氏や塚本靑史氏が長編小説化しても、決定打とはほど遠く、あくまでも「 その他 ワンオブゼム 」でしかない。

 前述の日本一の光武帝サイトの記事を拝見する限りでは、劉秀は魅力的な人物である。しかし、あるヤフー知恵袋ユーザーさんは「光武帝よりも王莽の方が、人間的には悪い意味で面白い」と言っていた。劉秀が良い意味でアーサー王的なヒーローなのに対して、王莽は悪い意味でファウスト的なアンチヒーローである(ちなみに、この「アーサー王」VS「ファウスト博士」という図式は、楚漢戦争での田横と韓信の関係にも当てはまるが、それゆえに彼らは『Avaloncity Stories』で重要人物である)。
 劉秀は円卓の騎士たちの先駆けのような有能な忠臣たちの協力によって天下を取った。そして、高祖劉邦みたいな功臣粛清などはしていない(功臣の一人馬援は死後、無実の罪で官爵を剥奪されたが、後に名誉回復がなされた)。そう、高嶺の花レベルの美人がかえってモテないのと似たような欠点がある。
 ボロが出ない事自体が、ボロ。すなわち、スイカの甘味を引き立てるための塩が用意されていないのだ。
 項羽と劉邦は、あえてメタフィクション的な見方をするならば、それぞれの欠点を自らの魅力を引き立てるための小道具として有効活用していた。しかし、劉秀の「天然ボケのダジャレ好き」という特徴は大した欠点ではない。彼の最大の欠点は彼自身の資質ではない。
 ズバリ、劉邦にとっての項羽や、劉備にとっての曹操のような強力なライバルがいないのだ。劉秀自身は天下人になるためにかなりの苦労をしてきたハズだが、強力なライバルがいないせいで「リアルなろう系」などと揶揄されてしまう事があるようだ。

 まずは、「元祖ヴォーティガン」である王莽は、直接劉秀に討伐されていない(まあ、ヴォーティガン自身も直接アーサー王に倒されてはいないが)。一番のライバルである更始帝劉玄は、項羽や曹操とはほど遠い凡庸な人物とされる。その他敵群雄たちも、枯れ木も山の賑わいのお飾りでしかない。確かに、物語としての物足りなさは厳しいところである。
 やはり、ヒーローたるもの、強力なライバルがいてこそ輝くものである。ヒーローの周りにただの太鼓持ちか嫉妬深い小物しかいないような物語は読む気がしない。私が宮城谷氏の『楽毅』をたびたび非難するのは、この小説が単なる安直な「キャラ萌え小説」に成り下がっているからである。もし私が宮城谷氏だったら、楽毅を憎む燕の太子(後の恵王)を桐野夏生氏の『グロテスク』の語り手「わたし」のような重要人物として描いて、主人公である楽毅に対して偶像破壊的な描写をしたい。

shion_faust at 00:00|Permalink中国史 

2018年09月30日

血の色の貞節 ―夏侯令女―

 三国志の魏に、曹文叔という人がいた。彼は魏の権臣曹爽の従弟であり、夏侯文寧の娘令女を娶っていた。この「夏侯令女」というフルネームは、『三国志演義』では「夏侯令の むすめ 」と誤読されている。
 令女の夫文叔は若くして亡くなった。彼女は「絶対に再婚しない」という思いを示すために、髪をバッサリと切った。現代の日本人男性は自らの髪に対する執着心のある人が少なくないが、日本には「髪は女の命」という言葉がある。しかし、実際には長髪が似合わない女性は男性と同様にいるのだ。それはさておき、令女は喪が明けてから「女の命」を自ら断ち切ったのだが、実家の者たちは「あの娘はまだ若いし、子供がいないから」と再婚先を見つけようとした。しかし、令女自身は「絶対に再婚しません」と言い、何と、即座に刀で自らの両耳を切り落としてしまった。
 この時点で、現代人の私は理解不能である。令女は、夫の従兄である曹爽のもとに身を寄せたが、曹爽自身は多分、この猛烈な義理の従妹を持て余していたのだろう。多分、令女の実家のみならず、嫁ぎ先である曹家もまた、やたらと強情な嫁を内心「お荷物」だと思っていただろう。

 さて、司馬懿の政敵だった曹爽が粛清されてから、令女の叔父は朝廷に訴え、令女と曹氏一族との婚姻関係を断ち切り、無理やり姪を家に引き取った。
「しょせん、私は『ただの女』。だけど、私は男たちを渡り歩くあばずれ女どもとは人種が違う」
 しかし、親の心子知らず。彼女の父文寧は、娘が女盛りを過ぎて「枯れていく」のを惜しんだ。
「お前はまだ若い。このまま枯れていくのは惜しいではないか?」
 家の者たちは再び令女に再婚を勧めた。彼女は涙を流しつつ、答えた。
「分かりました」
 家の者たちは安心して、油断したが、これから行われるのは彼女の「復讐」だった。彼女は自分の寝室に戻り、刀で自分の鼻を削ぎ落とし、布団をかぶって横になる。令女の母親は娘を呼ぶが、返事がない。まるで「ただの屍のようだ」。そう、夏侯令女は象徴的に自らを葬り去った。すなわち「外見的な自殺」である。
「私は最後まで節操を貫きたい」
 曹氏一族の敵である司馬懿は、この「美談」に感動し、彼女が曹氏一族の跡取りとしての養子を迎えるのを許した。令女の「名声」は天下に鳴り響いた…と、正史『三国志』にはある。

 さて、この過激な「貞女」に対しては色々とツッコミどころはある。要するに、前夫よりもレベルやランクが劣る男を再婚相手として押し付けられるのがプライドが許さないというのもあったのではないのか? それに、自分の肉体を損ねてまで再婚を拒むなんて、自分で去勢して斉の桓公の寵臣になったクソ野郎とどう違うのか?
 しかし、令女はおそらくは自分を「お荷物」扱いする実家と婚家双方に対する激しい怒りがあったのではなかろうか? よほどの激情がない限りは、このような「外見的な自己去勢」はあり得ない。
 私は「ブス」の男性版は実質的に「ブ男」ではなく「無能な男」だと思うが、それと似たような見方として、女性にとっての「去勢」は「生殖能力をなくす事」ではなく「容姿を損ねる事」である。昔のロシアのキリスト教の異端派「スコプツィ」なんて、男性が文字通り去勢するのに対して、女性は乳房や陰核、小陰唇などを切除したというのだ。そう、明確に子宮や卵巣を摘出したというのではない。つまりは、本当に生殖能力を奪ったのではない。

 多分、令女は女を単なる「嫁」並びにその卵としか見なさない世間に対する激しい怒りがあっただろう。しかし、再婚を拒む口実としての出家は仏教が普及する以前の時代ではあり得なかったし、ましてやフェミニズムなど微塵もない時代である。

shion_faust at 00:00|Permalink中国史 | 女性史

2018年08月15日

サークルクラッシャーはあちこちにいる

キャンベルさん 同性愛公表、自民議員の発言を批判…「スッキリ」出演

 日本文学研究者のロバート・キャンベル東大名誉教授がブログで自身が同性愛者であることを公表し、自民党の衆院議員が「同性愛は趣味みたいなもの」と発言したのに対して批判をしたという。私はキャンベル氏のカミングアウトに対しては「ふーん、そうなの」としか思わず、特に驚きはなかった。しかし、仮にキャンベル氏と同姓の他の有名人、すなわちスーパーモデルのナオミ・キャンベルがそのようなカミングアウトをしたならば、私はものすごーく驚いてしまっただろう。
 なぜなら、スーパーモデルなどの「女たちの仁義なき戦い」の世界で修羅場をくぐり抜けている人ならば、大なり小なり「女の敵は女」という感覚があるだろうからだ。
 私が勝間和代氏に同性パートナーがいるというニュースを知って大いに驚いたのは、要するに「そういう事」である。とはいえ、前漢の武帝という「男の権力者」の嫌なエキスを煮詰めて作り上げられたような人物にだって同性の愛人はいたのだし、性的指向と人間性は別問題だ。そもそも、武帝の祖父であり、名君として名高い文帝にだって同性の愛人はいたのだ。しかし、この文帝には実に苦々しい「ダブルスタンダード」があった。

 倹約家の文帝は、女性の側室たちの服装の制限をした。裾を引きずる贅沢な着物を着るのを禁じたのだが、男性の愛人に対しては、経済的事情も含めて色々と甘やかした。そして、ある占い師の「このお方は困窮して餓死します」という予言を聞き、その愛人 鄧通 とう とう に銅山(!)を贈り、自由に銭を鋳造する権利(‼)を認めた。
 しかし、予言を避けても裏目に出る話は色々とあるんだなぁ。例えば、ギリシャ神話のオイディプス王の話が典型例だが、鄧通の場合もこのパターンだ。文帝の息子景帝などの恨みを買っていた彼は、文帝の死後、本来ならば違法である銭の自家鋳造などの罪により失脚し、全財産を没収されて、占い師の予言とほぼ同様に死んでしまった。

 とりあえず、まあ。文帝の過ちとは別に「同性の愛人だからダメ」というのではない。異性愛だって、こんな不正の要因になるのは珍しくない。というか、異性愛が原因のトラブルの方がはるかに多い。
 それはさておき、なぜ女性やゲイ男性は異性愛男性社会で差別されるのか? それはおそらく「サークルクラッシャー」という概念のせいだろう。サークルクラッシャーとは主に、男性ホモソーシャルにおける「女性」のあり方の一つだが、古代ギリシャの政治家アルキビアデスは「男性版サークルクラッシャー」だったようだ。
『史記』の佞幸列伝には前漢歴代皇帝たちの同性の愛人たちが取り上げられているが、私が思うに、前漢皇帝たちは呂后などの猛女たちに辟易して、同性愛を「癒やし」にしたのだろう。深澤真紀氏が『日本の女は100年たっても面白い』(KKベストセラーズ)で指摘しているように、男性同性愛の文化は女性蔑視と表裏一体にある。その典型例が古代ギリシャの男性同性愛文化だった。

shion_faust at 00:00|Permalink雑記