2017年12月12日

恐るべき「姥皮女」薄姫

 私が昔働いていた工場で同僚だった女性がいた。その人は旦那さんとの離婚訴訟があったのだが、担当弁護士さんから「下手に毅然とした姿勢を取るとかえって不利になりますよ」と忠告されたそうだ。そして、問題の元旦那さんはうまい具合に(?)弱々しい姿勢を取っていたらしい。

 んで、私は思った。

 長宗我部元親が大河ドラマの主役になれないのは、ズバリ、あの前漢の呂后と同じ事をやらかしたからではないのか? いや、「人豚」ではない。自分の息子と孫娘(実の叔父と姪の関係)を結婚させたのがマズいからでないかい? 何しろ、テレビで古代エジプト特番を放送しても、当時の王族の近親結婚についてほとんど触れないからねぇ…? クリスチャン・ジャック氏の古代エジプト小説でも、うまい具合にその辺を避けているし。
 いや、元親は関係ない。古代エジプトネタも関係ない。問題は呂后だ。呂后は夫劉邦の愛妾だった戚夫人を虐殺したし、他の側室たちをも粛清したが、なぜか薄姫とその息子(後の文帝)を殺さなかった。なぜ? ただ単に、薄姫が高祖劉邦に愛されなかったから、呂后は彼女を敵視しなかったのだろうが、果たして、それだけか?
 劉邦の庶長子劉肥は、呂后に毒殺されそうだったが、異母弟(呂后の息子)恵帝にかばわれて陰謀を知り、酔ったフリをして退席し、後に呂后の娘(恵帝の姉で、恵帝の皇后になった女性の母親)に自分の領地の一部を献上し、粛清をまぬがれた。まるで、鴻門の会の再現ではないのか?

 多分、薄姫も劉肥と同じく、鴻門の会もどきの状況で弱気なキャラクターを演じて呂后を安心/油断させたのだろう。おそらく、「残虐な悪女」になる前の呂后は元々サバサバした姉御肌タイプの女性だったのだろう。戦国七雄の魏王室の血を引く薄姫は、女社会における「政治力」を磨いてきたのだろうが(余談だが、男性である韓非子が下手な現代人女性フェミニストよりもはるかに「女社会」の厳しさを知っていたのは、王家の一員として後宮で育ったからである)、戚夫人はただ劉邦に依存するしかなかった。
 作家の中村うさぎ氏は、女性の女社会における保身術を日本の昔話になぞらえて「姥皮」と表現した。他の女性たちの嫉妬心やその他諸々の悪感情を煽らないために、わざと自らの女性としての魅力の「ドレスダウン」をする姿勢を取るものだ。例えば、他の女性から「あなた、胸大きいね?」と言われると、すかさず己の腹の皮をつかんで「お腹の方が立派だよ〜!」と言って自らを笑い者に仕立て上げるような演技である。
 うさぎさんはこの「姥皮」を日本人女性特有の保身術ではないかと仮定したが、私は薄姫は(意外と単純な)呂后を欺くために「姥皮」をかぶっていたのではないかと思う。呂后は、自分の夫のライバルだった項羽と同じく、自分より「弱い」人間に対して寛容だったのかもしれない。そんな彼女にとっては、戚夫人は同性としてかなりの「強敵」だったのだろう。

 多分、薄姫は女社会での保身術を持たない戚夫人(やその他同性たち)を反面教師にして生き延びたのだろう。そして、その賢明さが名君文帝を育てたのだろう。もしかすると、彼女は呂后以上に恐ろしい女性だったのかもしれない。

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2017年11月29日

気まずいご対面

 1824年10月、若き詩人ハイネは大詩人ゲーテと会見した。大詩人は後輩に「あなたは今、何を手がけているのですか?」と質問したが、ハイネはハッキリキッパリと「ファウストです」と答えた。
 そう、ファウストといえばゲーテのライフワーク『ファウスト』だ。途端に気まずい空気になり、ハイネはサッサと退散した。ハイネは悪魔メフィストフェレスを女悪魔に変えた詩を作ったが、私はそちらは読んでいないので、感想を書きようがない。

 ゲーテの『ファウスト』の第一部は恋愛がメインテーマなので比較的とっつきやすいが、第二部は政治や経済などのテーマが色々とある上に、あっちゃこっちゃに時空を超えて物語が展開するので難しい。第一部が「箱庭」なら、第二部は青天井の大草原か、大海原か? いや、ああ果てしない大都会か?

 個人的には『史記』の呉起列伝はゲーテの『ファウスト』の雛形のように思える。己の立身出世のために愛する妻を犠牲にし、嵐を呼ぶ男。そんな彼の同類として秦の 商鞅 しょう おう がいるが、彼らはいわゆる「法家」である(呉起は兵家でもあるが、ある人曰く「兵家は法家の究極の形」なので、別に違和感はないだろう)。諸子百家の法家の元祖が誰かは意見は様々だが、春秋時代の斉の管仲や子産辺りが元祖であろう。
 春秋時代には鄭という国があった。この国は由緒あるが小国だった。そして、子産こと 公孫僑 こうそん きょう がこの鄭の宰相だった。
 法家思想は儒教のアンチテーゼとされる事が多いが、孔子は法家の元祖とされる子産を尊敬していた。前述のハイネもゲーテを尊敬していたのだが、もし仮に若き孔子と老宰相子産との会見が実現していたら、ハイネがゲーテに会ったのと似たような気まずい雰囲気になっていた可能性はある。
 現に、孔子は子産と並ぶ名宰相である斉の 晏嬰 あん えい と意見対立しているのだ。晏嬰は本によっては管仲や子産と同じく法家に分類されている(微妙に違和感があるが)。そんな晏嬰との関係からして、子産と孔子との相性も良くなかったかもしれない。

 司馬遷が『史記』での子産の列伝を「循吏列伝」という「僻地」に置いたのは子産に対する過小評価だと見なす人たちはいるが、もう一つ、使えた国が小国過ぎたというのもあるだろう。いや、楚の 孫叔敖 そん しゅくごう もいるか…。ただ、孫叔敖は主君荘王(春秋五覇の一人に数えられる事が多い名君)の個性が強過ぎるというのもあるか…よく分からん!

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2017年11月25日

世紀の対決、差し歯VSキャラメル

「歴史にifはない」。建前上はそうだ。しかし、「if」すなわち「仮想歴史」を想像(妄想)するのは、歴史ファンが「歴史ファン」である醍醐味である。
 例えば、歴史上の名将たちが古今東西の枠組みを超えて対決するシチュエーションを考えるのは、歴史ファンにはありがちな想像力プレイ(と言うのかな…?)である。ただ、この手の想像を楽しむのは男性の歴史ファンが多い。女性の歴史ファンはもっぱら人物の「関係性」を想像して萌える傾向が強い人が多いだろう。
 とりあえず、まあ。ヤフー知恵袋などで「三国志の武将で誰が最強か?」なんて質問を見るのはゲップが出る食傷気味のネタだ。何だか、今はなきファンロード誌における『北斗の拳』のアミバのネタみたいだ。そんなにいいか、アミバ? ついでに、昔のコーエーの歴史投稿雑誌シリーズにあった「曹豹血盟軍」は明らかにアミバネタを意識して作られたコーナーだった。そりゃあ、「歴史ファンロード」などと揶揄されるのは当然だべさ。

 さて、本題。楚漢戦争の韓信と、カルタゴのハンニバルは、だいたい同時代の人たちであり、稀代の名将たちである。仮にこの二人が戦争をしたら、どちらが勝つかという「歴史if」妄想プレイである(「妄想プレイ」って、いかがわしい表現だな)。地理や軍備などの違いがあるなら、互角の戦力を持てる仮想の戦場に二人を置こう。
 ズバリ、関ヶ原の戦いの東軍の総大将が韓信で、西軍の総大将がハンニバルだったら、どちらが勝つか?

 …あ、どちらがどちらの総大将でも、西軍に小早川秀秋がいる時点で、史実通り西軍の負けかな? しかし、仮に韓信率いる東軍が勝っても、家康は何だかんだ言って韓信を粛清してしまうかもしれない。ハンニバルが東軍総大将だとしても同様だろう。うーん、参った。

shion_faust at 00:00|Permalink雑記 | 戦史