20180809130805-0001

皆さんは凌霜隊をご存知ですか。
江戸から明治へと時代が変わるなか、旧幕府と新政府の戦い、いわゆる戊辰戦争の際、郡上藩(岐阜)の脱藩士たちによって結成されたのが凌霜隊です。
りょうそうたいと読みます。
戊辰戦争の詳細は専門書に譲ります。
凌霜隊は新政府と戦うため江戸から会津へと進みます。
その道中、塩原に駐屯することになり、3ヶ月ほど留まります。
それまでの厳しい戦いが続く状況と違い、塩原のそれは特に戦いの無い平穏なものでした。
しかしながら戦況が変わり、隊は次の土地へ向かうことになります。
駐屯した土地を去る時は新政府に利用されないよう全村焼き払います。
塩原も上からの命令で全て焼き払えとの指示が出ました。
ところが、3ヶ月も世話になった塩原を全て焼き払うのは忍びなかったのでしょう。
隊が泊まっていた数軒の宿は再建できるように3日がかりで丁寧に取り壊し、燃えるのを免れました。
また、平安からの歴史を持つ妙雲寺をはじめとする寺社も焼失を免れました。
焼失により、どの土地にも凌霜隊の痕跡はほとんどありませんが、塩原にはこのように残っているのです。

さて、今年はその戊辰戦争から150年という節目の年です。
それに際し、昨日(8/8)岐阜県の郡上市の関係者が塩原へ挨拶にお見えになりました。
凌霜隊と関係のある土地を回り、良好な関係を築いていこうという目的でしょう。
塩原では凌霜隊が宿舎としていた旅館に泊まるとのこと。
上の画像は持ってきてくれたチラシです。

凌霜隊の歴史が残る街、塩原。
興味のある方は是非ともお越しください。