島爺と仲間たち

定職を離れ,JA広島市農業塾に学び,OB会・白木農園で仲間と繋がる。 広島市内に住むが,時に倉橋島に帰り,草取りなど農作業のまねごと。 連れ合いと子ども3人(県内2人,神奈川県に1人),孫5人は男ばかり。 巳年生まれ,徒然なるままに日常生活で思いつくまま,気楽に書きます。

18 BBQ-2 随分前のこと、世羅町を訪ねた折、
 知人におねだりして猪の肉を得た。
 腿肉2塊、夫婦二人の手に負えない。
 機会を得て、と思っていたが何かと
 差し支えて調整がつかずそのまま
 冷凍保存していた。
 
 夏休みも終わりに近い、思い立って
 電話を入れると都合が良いという。
 そこで急遽、18日BBQとなった。 
 つくばに出掛けていた家内も17日に
 帰宅。
 金曜日の私の用件もむこうの都合で
 日程変更となっていた。
18 BBQ-1 肝心の孫も、夜は空いていた。
 婿殿は・・・出張中で、残念。

 魚は好きだが、肉はちょっと、
 という孫用に手はずは整えた。
 娘は子ども用に鶏肉とセンマイ、
 私には本物のビール、加えて
 貰いものだというカニまで。
 娘家族には、
 “タダ肉で蟹を釣った”
 感じで申し訳なかった。

 場所は道路脇の駐車場。
 信号待ちの車や通行人の目も、
 この歳で一杯入ると気にならぬ。

 猪腿は次回にと半分残しが、
 家内が“焼き豚”に加工していた。
 シシは死んでブタに変身、だ。

17 八千代-4 昨夜の帰宅は今朝の農作業準備。 
 明後日は“白木農園”で蕎麦播種予定
 耕耘、畦立て作業は機械がやる。
 私の出番はないが、朝早くから農機
 を持ち込んで作業酢る仲間がいる。
 せめて飲み物だけでもと思ってだ。

 トラクターでの耕耘は圃場の提供者
 Oさんがやってくれる。
 畦立て作業は広島市内南区から、
 はるばる管理区を持ち込んだKさん。




17 八千代-1 蕎麦リーダーのNさんの見守る中
 3a弱だから小 1 時間で終了。
 畝に凹凸はあるが、あとは人力で、
 当日、レーキで地ならしをして播種。

 今日も高温注意報が出ている。
 朝から蒸し暑かった。
 

  昨日帰島、先程帰宅。15 盆踊り 
 島のお盆は、昔は14~16日。
 夜の明けるまで太鼓が鳴り響いていた。
 小さい集落だが、東、西、浜辺と、
 それぞれ供養の盆踊りを行っていた。

 身内の亡くなった家庭は酒肴料を提供、
 当日、青年団が太鼓を担いで家庭訪問、
 庭で踊りを披露して貰い、酒肴を提供、
 “踊り場”で“供養踊り”を踊って貰っていた。
 私の両親も、そうして送っていただいた。

 今は、廃校になった小学校の校庭に一括、
 14、15の2日間、3地区合で供養を行っている。
 それだけ人口も減少したのだが・・、
 昨年は15人、今年は16人の死没者があったとか。

 昨夜は後のお宅のご主人が亡くなられたご供養。
 除草をしながら太鼓の音を待ったのだが、・・・
 聞くと、亡くなられた方に対して青年の数が足りない。
 “踊り場”に遺影を飾ることで済ませているとか。

 遅ればせながら、昨日は水路の除草、
 今日は、わが家から農道までの通路の除草。
 7日には井戸水の水替えも行ったものであったが、
 今年はそれも出来なかった。
 上水道が引かれたとはいえご先祖様に陳謝。 

13 中華 13日8時起床。 
 前夜の仕事は8時半には終わったのだが、
 大汗をかいて喉はカラカラ。
 帰宅後近くの居酒屋でともかくビール。
 1時間ばかりで帰宅したのだがぐっすり眠っていた。
 姉を誘って帰島となったが帰省客と海水浴が重なり、
 ひどい渋滞でいつもの2倍以上の時間を要した。

 娘家族は既に墓地でお参りの準備をしていた。
 叔父の墓には相変わらずミツバチが出入りしている。
 加えて、隣の墓石に雀蜂が営巣している。
 彼等を刺激しないように、静かに墓参。
 墓地は岡野高い位置に鎮座している、
 足の不自由な姉には孫たちが手助けしてくれた。

 菜園のトウモロコシの収穫を婿殿に頼んだが、
 「食べられそうなものはないですね」
 僅かなミニトマトと曲がったキュウリ、
 保存しておいたジャガイモが土産。

 夕食を一緒にと3店を候補に挙げたが、
 遠慮したらしい、中華寮エイを、と。
 好き嫌いの多い姉、好みの異なる孫、
 多人数は様々な物を注文して、
 分け合って食べる中華はうってつけ。
 料金も覚悟した半分で済んだ。
 最も高いのは、ビールと酒の私だった。

 今夕は雨の下での警備。
 かみさんの帰宅はもう少し先のようだ。 

11 カープ 9,10日と仕事が開いている。
 で、9日は島に帰るつもりであったが、
 前夜の夜警の影響か起床は10時過ぎ。
 で、帰島を断念。

 10日、島に帰る支度をしていると電話、
 「明日の巨人戦の入場券があるけど」
 「うん、ぜひに!、でもちょっと待って」
 11日夕刻の予定変更の了解を得た。
 午前中にちょっとした用件を済ませ、
 家内の実家の墓参。
 午後、準備出来るのを待って駅へ。
 家内はつくば市に出掛けた。

12 ホテイアオイ さて11日、姉を誘って兄の墓参。
 夕刻予定の仕事を午後に済ませ、
 孫二人と観戦したのであったが・・。

 先頭打者が出塁するも後が続かず、
 ようやく4回、鈴木の2点本塁打。
 後は出塁できてもダブルプレ-。
 守っては直後に、あの阿部選手に
 走者一掃の3打点2塁打を浴び、
 代わった投手は8番小林を敬遠、
 9番田口にヒットを浴びる始末だ。
 かくて惨敗!
 お蔭でパソコンまで調子が悪く、
 ぶち切れで仕事をしない。
 なだめすかしてようやくに。
 
 昨夜は藪田の好投、だが
 得点はソロホームランの1点のみ。
 ようやく勝てたが、これでは、
 相手の菅野投手に申し訳ない。
 
 今から姉と島の墓参に。
 

 
 

 天風録  中国新聞(8月8日)

  三島由紀夫がこてんぱんにやられた。
 作家と大蔵官僚を掛け持ちしていた頃の
 話だ。筆力を買われ大臣の演説草稿を任
 されるも、課長に赤鉛筆で一から直された。
 著書「文章読本」でふり返っている。
 ▲「心の琴線に触れるような言葉は注意
 深く削除」され、誰に訴えているのか分から
 ない紋切り型の表現が並んだ。真っ赤に
 された草稿にも、三島は怒るどころか、
 「名文」だと感心する。もちろん、皮肉を
 込めてだが。
 ▲あいまいにして本質をはぐらかす文体は
 「霞が関文学」ともてはやされる。それを恥
 ずかしげもなく、「役所の原稿を朗読する」
 と宣言する大臣が現れようとは。新任の
 江崎鉄磨沖縄北方担当相だ。
 ▲野党の質問に誤った答弁をしないため
 だとか。これが首相の誇る「仕事人内閣」
 の実態としたらあきれる。想定問答を棒読
 みしたり、「二人羽織」のごとく背後に控える
 官僚に教えを乞うたりした前任者らを思い
 出す。
 ▲北方領土について「素人」と述べた江崎氏
 は、自信がないと一度は入閣要請を断った
 経緯がある。参考に三島の忠告を著書
 「不道徳教育講座」から引く。
 <やたらに人に弱味をさらけ出す人間のことを、
 私は躊躇なく「無礼者」と呼びます

  
 無断で引用させていただいた。ご容赦を。
 この度が「仕事人」なら、前回は「無能者」
 と言ったに過ぎない。
 ヒットラー張りのAさんも、にんまり笑って
 任期を満了した I 防衛相が脳裏を掠めた
 ので出た言葉であろうか。
  NHKの深夜の女性ニュースキャスター
 まるで幽霊のような(失礼)乱れ髪の女性
 字幕を読むだけでカメラ目を合わせない
 同じように、S官房長官(国民とは言わない)
 私と眼を合わせようとしないコメント、誰に
 語りかけ溶炉しているのやら・・。
  「素人」表現を評価すべきかもしれない。
 一人独裁に媚びを売り、ハクをつけようとする
 “仲良し内閣”、人材豊富と自負する自民党に、
 苦言を呈する人物はどこに?

05 白木圃場-1 8月5日(土)
 早朝警備を済ませ、そのまま
 白木圃場へ移動。
 この日は大豆と里芋の除草。

 ことわってはいたが、8時集合
 私の到着は10時前。
 耕耘機、溝切り機があるから、
 “ひょっとしたら終わっているか”
 甘かった。
 雑草の繁殖力は半端じゃない。
 作物に与えた肥料を横取りし、
 太く高く生長している。
 
 機械が耕し土寄せのあとを、
 手で草を取り、土寄せ。
 関連記事は、
05 白木圃場-2 白えい木農園だよ
 こだわり親父の野菜作り

 広島の6日前後は暑い。
 休憩が待ち遠しい。

 ラッキー!
 T さんのスイカ!
 O さんからは冷たいお茶。
 K さんからは小豆島の素麺。
 どれも冷たく冷えている。
 朝食抜きには有り難い。
 おいしく美味しく頂いた。

  6日、黙祷を捧げ、島に。
 台風5号の直撃がありそうだが
 私の行動日はほとんど晴れ。
 それを信じて帰った。

06 虹 菜園は仕方がない、
 お盆の前に庭の除草を、と
 思ってのこと。
 
 台風で多少の風はあったが
 前回の草を焼きながら作業。
 空の明るさに目をやると、
 虹!
 ちょうど従弟の2階の屋根に・・
 “まさか、あいつ・・・”
 彼の兄に確認して安心。
 風もあって、2時に消火を確認

 
 先程、強いかゆみ。
 見ると、黒い物が、マダニ
08 マダニ 庭だからと油断していたが、
 今年、広島県下で死亡事例1.
 介抱した野良猫に噛まれ
  2次感染したた事例もあった。  
 
 しがみついた奴を取ったが
 大きさは1mm程度。
 パンツも着替えるのだった。

 で、急遽、標題を変更した。

02 カープ-2  2日の広島はピースナイター 
 ピースナイターは2008年、
 “折りづるナイター”の名将で発足。
 核兵器廃絶を目指す平和首長会議
 のイメージカラー・緑色のポスターを
 全員が掲げ、全員が平和への願いを
 アピールしてきた。
 11年からは被爆者や被爆二世である
 著名人が始球式を勤めている。
 今年の始球式は高橋真梨子さん。
 以下、ポスターから抜粋した。

 高橋真梨子;1949年廿日市市生まれ
 02 カープ-3父親は国鉄に勤務していて、広島
 鉄道局にいるときに被爆。後細胞
 組織が腐敗する脱疽に罹り両脚を
 切除し、37歳で死亡(彼女15歳)。
 学生であった母親は弟を背負い
 爆心地から2Kmの自宅で被爆、
 屍体を踏みながら母を探し廻る。
  父親の仕事の関係で1歳前後で
 福岡に引っ越したが、両親の実家
 が廿日市市に、お墓も広島にあり
 縁が深い。

 始球式に臨む気持ちは、
 広島は療養で実家に戻っていた
 父に会うため,福岡から何度も
 通った心の古里。父は草野球の
 ピッチャー、その父がこの機械を
 与えてくれたのかも、と。
 02 カープ-4
 さて野球観戦だが、
 指定席の入場券が手に入らず
 仕方なく自由席を購入した。
 6時回戦、3時開門だが、12時に
 家を出て昼飯の弁当を買い求め、
 スロープのアスファルト状で鎮座。

 結果?
 クローザーが4球連発で逆転され
 自滅。
 今夜はかろうじて引き分け。 
 

02 カープ-502 カープ-6














 

  
右はWebから拝借した
  今夜はパソコン同好会。
 Aさんから立派なブルーベリーの差し入れがあった。
 感謝!

  30日(日)、JA広島市農業塾OB会の恒例行事・人豊講座。
30 人豊講座-1 年に2回開催する。
 内容は、市場の動向を踏まえ、
 種子の選択、生育上の注意、
 害虫駆除など、その季節の
 野菜栽培について学ぶ。

 いつもJA広島市の指導員さん
 に学ぶのだが今回は違った。
 講師;井谷種苗園 西村 実さん
 秋冬作野菜の品種と作型
  
 ていねいに話してくれるのだが、
 最近は耳も悪く、早口もあって
 ほとんど聞き取れなかった。
 残念。

30 人豊講座-3 2 部は会員の事例発表で、
 発表者は、西本 義和 さん
 最近は確定申告もパソコンで
 処理する人が多いからか、
 主に表計算Excel の裏技、
 “ショートカットキーの技
 を披露してくれた。
 複数のキーで作業を簡便に、
 という内容であった。       

 講演後動機であったUさん
 ご夫妻と話す機会を得た。
 “今迄,耕作地を借りていたが
 自前の農地を持ちたくて”
 という。1歩も2歩も前向きで、
 営農指導課長と相談を始めた。
 
 ご夫婦揃って、若さはいいなあ。

 
 ご夫婦揃って、若さはいいなあ。

 この日、娘家族は墓参に島に帰ってくれていた。 

29 花火-1 29日(土)、日帰りで島へ。
 30日は警備と白木行事の
 ダブルヘッダー。
 9時までたっぷり寝て、
 所用を済ませると昼。
 逡巡したが、決断。
 かみさんは優雅に、
 友人とカラオケに行って、
 ウナギを楽しむとか。

 畑は相変わらずカラカラ。
 遅まきながら灌水。
 だが、2時間余で止まる。
 井戸も水が欲しいようだ。
 ブルーベリーも粒が小さく、
 落果を始めている。
 トマトも煮えている、
 手で触るだけで落果。
29 花火-3 
 手の届く範囲を除草。
 期待しなかったミョウガ、
 小さい花を付けている。
 十数個を収穫。
 山の畑にもある筈だが
 今回は省略。








 音戸大橋を通過して
29 花火-2 呉市街地区に入ると、
 “ド~ン、ど~ん”
 眼を向けると花火!
 “呉港まつり・海上花火”
 
 海自・潜水艦基地脇で
 車列の間に一時停車。
 単純な花火が数発。









 “大和”まで帰ると人の列、
29 花火-4 花火大会は終わったようだ。

 広島市内に入っても、
 広杣駅周辺は人の列、
 スタジアムの花火大会も
 終わったらしい。

 あの大将は?

 何かとあって島に帰られない。 
 時間をみて23日(日)に日帰り。
 気になって水路を除くと、水は
 わずかに流れてはいるのだが
 青大将の姿は見当たらない。
 最近、アナグマやイノシシには
 出会さないが課題はカラスだ。
 無事を念じている。

 ところで、各地に被害をもたらし
 ている集中豪雨、島には一滴の
 雨粒も落としていない。
 期待したアケビは黒く萎縮し、
 イチジクやキウイも今年は口に
 入りそうもない。豊作を感じた
 トウモロコシ、知人に収穫適期
 を訪ねると、
 “先の方の実が太くなっていれば”
 とのこと。開けると実に水分は無く
 皺がよっている。なるほど、ヒゲが
 黒くなっただけでは大人では無い。
 キュウリは丸くとぐろを巻いている。
 
 もう一人の大将は29 魁皇関浅香山部屋  
 の親方・魁皇関だ。
 今場所は白鵬の記録が話題を
 浚ったが、その記録の一つは
 魁皇関の1047勝。
 腰痛など、怪我を克服しながら
 打ち立てた勲章であった。
 退位後独立し部屋を設けた。

 浅香山と言えば、裸の大将
 浅はか山だ。
 この大将、就任以来隊内から、
 周囲からも白い眼で見られた
 チルドレンはようやく辞任表明。
 孤立無援、応援演説で持ち出し
 たのも思考力の欠如からだ。
 親方が首を切らなかったのは、
 辞めさせれば任命責任を問われる、
 我が身を守る為と気付かなかったか?

 しかしひどいセンセイが多い。
 雄叫びを上げたり、男女間もぐちゃぐちゃ。
 “一線は越えていません”だってっ!
 連れ合い、子どもがありながら、
 彼等はどんな線を引いているのだろうか。

 組閣するらしいが、余ほど褌の紐を締めて,
 おっと、クールビズとやらでゆるパン姿か、
 相変わらず締まりの無い状態が続きそうだ。

 26日(水)、第89回料理教室に参加。
26 料理教室-3 食材は、ナス、ゴーヤ、ピーマン、トマト、
 ズッキーニ、ジャガイモ、人参に枝豆、
 細切り牛肉とシラス干し、削り節。
 野菜はすべて会員の労作。
 さてこれで何が出来ますか?
 「細切りしたナス、ゴーヤなど炒めて・・」
 「それじゃぁ“焼き”になりませんよ」
 今回の料理“1。夏野菜の焼き浸し
 古参打者の口撃は達者ですね。
 グリルで焼くことも可能と分かり、
 各班の工夫に任せることになった。

 我が班は焼きとフライパンの焼きを。
 焼き上がった傍から出汁と醤油で
 作った“つけだれ”に浸します。
 だから“焼き浸し”というのですね。

26 料理教室-2 もう一品は“牛肉と馬鈴薯の煮物
 枝豆は?さっと塩茹でして
 1.豆ご飯に。
   米3合に普通の水加減
   30分程浸水させ塩小匙2を混ぜ
   炊きあがりに酒大さじ1/2
 2.牛肉と馬鈴薯の煮物の色づけに

 しらす干しと削り節は“夏野菜の・・”
 に混ぜる、とあったが、美観から
 上にかけ、食べるときに混ぜた。

 今回は豆ご飯がさっぱりしておいしく
 夏向きのご飯となっていた。

 来月は、
 『取れたて小麦粉でうどん打ち』 

 広島市の民話7-あまんじゃくあまんじゃく
 
 五日市に道空という人がいました。                
 道空はお金をもうけても、世の中の
 ためになることに費やしていたので
 みんなに尊敬されていました。
 道空の一人息子の道裕は変わり
 者で、道空が
 「海へ行って魚を釣ろう」と言えば、
 「山に行って鳥を射った方がいい」
 と言い、何でも反対のことをする性
 格。そんな道裕は村の人からは
 あまんじゃくと呼ばれていました。
 道空が100歳を越え、亡くなる間際、
 息子を呼び、
 「死んだら津久根島に葬ってくれ」と
 頼みました。本心は海老山にお墓を
 建てて欲しいと願っていたので、
 わざと逆のことを伝えました。
津久根島 道裕は今までの親不孝を後悔して
 遺言どおりに津久根島に葬りました。
 最後まで父親の思いに添うことが出来ず、
 親孝行を果たせなかったそうです。     
     

 五日市駅の南東方向に海老山がある。
 これは山というより小高い丘であって、
 春には桜見物で賑わう。
 以前はその西側に五日市漁港があり、
 山裾を海水が洗っていた。
 今は広く埋め立てられ、山の南側には、
 広島工大傘下の幼・小・中・高校がある。
 津久根島も島と言うより岩礁に近い。
津久根島-2 
 道空の姓は湯蓋、
 海老山に住み漁師をしていたという。
 現在、子孫は市内で“津久根島”の
 店名で天ぷら屋を営んでいるという。

 22 白木-122日(土)、白木の農作業

 この日は、
  サトイモの追肥、と、
  蕎麦播種の準備
 作業開始(8時)の
 15分ばかり前に着いたが、
 Uさんは大豆畑の除草作業。
 大豆の発芽はまずまずだ。






22 白木-2 13名が集合。
 前回の作業に I さんの西瓜、
 残りの一俵をKさんが冷やして
 持って来てくれた。
 差し入れのお菓子に、
 飲み物は、栄養補給剤、
 スポーツドリンクにお茶、
 Aさんの冷やしたタオルが
 心地よく、話が弾む。









22 白木-3 一仕事を終えて移動。
 昨シーズンは水と雑草で
 蕎麦は不作であった。
 Oさんの発案で、
 彼の農地の一部を借用、
 今季はそこで実験的に栽培。
 ただし、
 白木圃場は白木街道(県道)沿い
 この圃場は国道R54添いにあり、
 わが家からの距離はほぼ同じ、
 だが、二つの間は十数㌔あり、
 場所を知らないメンバーも多い。
 で、場所の確認と除草、堆肥の
 投入で訪ねた。

 22 白木-4帰路白木圃場によると、
 除草作業のUさんが見える。
 炎天下、一人の農作業は怖い。
 彼は湛水もあって残ったのだ
 お蔭できれいになったが、
 萬一を憂慮。











22 白木-5 私は食糧米確保に世羅に走る。
 昼食はこの店で焼きうどん。
 この店は広島県実業団駅伝の
 コース沿いにあり、店主は、元
 世羅高校陸上部のエース格。
 頰も腹もふっくらして昔日の
 面影はない。

 彼は中国駅伝(福山⇒広島)で
 1区を走った。
 この区間の伴走は許されず、
 スタートを見送って迂回、
 これと思われる位置に姿無く、
 待てど暮らせど来ない。 
 “さてはダウンか?”と懸念。
 念のため前に出ると想外に!。
22 白木-6 久し振りに歓談し、
 “お土産が無くて・・”
 昔、シシの刺身を思い出し、
 “いや、シシ肉が入ったら
  連絡してくれれば来るよ”
 と言ってしまった。
 “ちょっと待ってくださいよ”
 持たされたのがコレ。
 猪のもも肉。
  
 孫とBBQに。
   
 

 広島市の民話6-夫婦岩婦岩
 
 彦太郎谷というところの庵に
 天基上人というお坊さんが
 お経を読んでいました。
 馬木村や福田村、温品村など
 の大勢の村の衆にまぎれて、
 年老いたたぬきのふうふも聞
 きにきていました。
 ある晩
 「冷えるので中に入れてほしい」
 とたぬきが頼んだので庵の中
 に招き入れ、聞きに来ることが
 厳しい冬の間には、お経を書い
 た紙を渡すなど優しく応じてい
 ました。
 春の大雨の日、たぬきの夫婦は
 村の役に立ちたいと思い、二つの
 大きな岩に変身して大雨で流れ込
 む水を二分して一方は温品村、
 また一方は馬木村に流れる分水を
 作りました。その岩は大雨になる日
 に突然あらわれ、そこには天基上人
 からもらい受けた2枚の経文が掛か
 っていたそうです。

 そうか!“水分(みくまり)峡”だな?。
 背後に
郊外登山の呉娑々宇(ごさそう)
 を控え、学生がハイキング、飯盒炊飯
 を楽しんだばしょだ。前にマツダ本社。
 傍を広島高速1号が走り、そういえば
 道の最高点の北は馬木,南は温品!
 中国山地には日本海、瀬戸内海への
 水の分岐点・分水嶺がいくつかある。
 R54号添いには広島県の八千代町、
 R184号線は同じく世羅町で別れる。
 
 今回の豪雨災害、おたぬき様でも
 叶わなかったろうな。でも山を大切に
 山に棲む生きものと共生していたから
 このような話が生まれたのだろう。

 広島市の民話5-亀助さんと霊泉亀助さんと霊泉 
 
 働き者の亀助という若者がいました。
 天気が悪くても、毎日精を出して野良
 仕事をしていました。田植がそろそろ
 終わる頃、亀助は身体中がかゆみで
 たまらなくなりました。何に刺されたの
 かは分かりません。木の実や草の汁
 など、人からかゆみに効くと教えても
 らった薬を全部つけても治らず、夜も
 眠れない日を過ごしていました。
  ある夜、夢の中で行定山の神様に
 お参りすればいいとお告げがあり、
 朝早くから神社にお参りに行きました。
 すると、「前の湯で拭けよ」と言われ、
 試してみると不思議なことにかゆみが
 すぐになくなりました。その噂は広がり、
 たくさんの人がお参りするようになり、
 それから湯ノ山の祠を湯の山神社と
 呼ぶようになったそうです。

  広島市の北西部に湯来町がある。
 行定山の位置は確認できなかったが、
 ここには“湯の山温泉”と“湯来温泉”
 があり、特に前者は藩主に愛され、
 広島の奥座敷と言われた。
 県内何れも冷泉で加温して提供して
 いる。湯の山の打瀬の湯は冷たい。

 大明神広島市の民話4-楠木楠木大明神
  (広島市西区の民話)

 広島の町に深い入り江が広がって
 いた頃、磯辺には一本の高い楠木
 が生えていました。
 その楠木の下には船の霊として
 猿田彦命という神様が祀られて
 いました。
 ある日、安芸の国をおさめる
 お殿様が楠木を切ってしまいました。
 お殿様は毎晩のように夢の中で
 神様からお叱りを受け、病にかかり
 寝込んでしまいました。
 切り捨てられた楠木を使って舟を
 造り、海上に乗り出しましたが、
 沖で沈んでしまいました。
 神様の怒りを鎮めるため、お宮を
 建て楠木大明神を祀ってお祭りを
 すると、切り株から新しい芽が出て、
 みるみるうちに大木に育ちました。
 村の者はみんなその不思議さに、
 土地の名前を楠木村と変えて呼ぶようになったそうです。

  JA広島市のカレンダー4月の民話。
 4月以来、ブログの更新が億劫になっていた。
 楠木村(現・楠町)は横川駅と太田川放水路の
 間に存在し、今は新宮の宮社叢に夫婦串楠が
 存在している。それがこの大楠の木か否かは
 寡聞にして知らない。
 近くの三篠町、カープ2軍の三篠寮があった。

 18 大月キャンプ場ここ数年孫たちは四国で遊ぶ。
 親子でキャンプを楽しんでいる。
 この連休も出かけるというので
 四万十川流域と早合点したが、
 今年はちょっと違っていた。

 今年は南下して大月町という。
 四国には何度も足を運んだが、
 この地名は記憶にない。
 調べると足摺岬の近くだ。

 私は広島を離れられないので
 声をかけそびれたらしいが、
 遠慮なく、と家内を参加させた。
 (地図はgoogle earthから借用)
 
18 大月キャンプ場-3 (次2枚の写真はWebから借用)
 
 太平洋を望む海浜のリゾート、
 『大月エコロジーキャンプ場』は
 テント宿泊はもちろんのこと、
 ロッジ、宿泊施設も備えていて
 簡単に余暇を楽しめるとか。

 孫たちは、勿論テント生活。






18 大月キャンプ場-2 テントの設営場は海辺から5分。
 中央右の炊事棟で調理、
 テント脇で刺身、焼肉を楽しんだ
 とか。











18 キャンプ-118 キャンプ-3 この湾は国内有数の
 サンゴの群生地とか。
 水泳、サンゴの鑑賞に、
 シーカヤックの体験。
 婆も幼心で楽しんだとか。

 





18 キャンプ-4 17日夕、島帰りの私と合流。
 少し離れた寿司屋で会食。
 今は三次市に吸収合併された地に
 勤務していた私は三次市の姉妹店で
 会食する機会があった。
 離職後、偶然にこの店を知って、
 と~きど~きおいしく食事している。
 以前はビルの一角を借りていたが、
 今は移転して日本家屋で営業。
 シックで近代的なお店、おいしかった。

17 島-2 16日に脱穀した麦藁と残滓を
 軽トラックに満載している。
 一部は必要するメンバーが引き
 取ったが大量に残った。まあ、
 島なら何とか処理出来よう、と・・。
 マナーの悪い奴に吸い殻をポイ
 されるとカチカチ山そのものだ。
 
 16日は動く気になれなかったが、
 週が明けると18、20~22日と,
 行事が詰まっている。かみさんは
 連休を利用して孫の家族と高知・ 
 大月エコロジーキャンプ場へ出掛けた。
 
 Rさんに電話を入れると“欲しい”
 とのことで意を決して島帰りに。
 彼女の必要とする漁を渡すと、
 “貰いものだけど昼ご飯に”と
 ばら寿司にビールまで。さらに
 缶コーヒーにキュウリとナス。

 山の畑に下ろしかけて、まてよ・・
 T君に声をかけると“要ります!”
 僅かの藁束を残して引き取ってくれた。

17 島-1 何でもホイホイ

 冷蔵庫の前に整列させた捕獲噐
 が乱れている。直そうとしてギョッ
 青大将だ!
 やはり頭が先だろうな、相当暴れ
 らしく尾部1/3はもう一つの器に、
 胴体部に粘着物とポリ袋を纏い、
 少々のことではとれそうもない。
 どだい地表を動く生きもので、
 足の無い者と8本以上持つ者は
 好きになれないのだ。

 荼毘に付す積りで何とか外に。、
 ところが蠢きだした。どうしょう?
 私は巳年、家の守り神かも?
 苦心惨憺殆どを取り除いたが、
 顔はベットリ張り付いている。
 刈り込み鋏で周囲を切り取って
 水路に入れた。

 祟り?・・・ととさま、雨が・・

 雷注意報が出ても蒸し暑い日が
 続いていたが、今朝は激しい雨。
 おまけに機械警備ようのカードを
 忘れたことに途中で気付きI さん
  に借用、事なきを得た。
 それにしても、
 “怨むでないぞ”とか
 “例来るには及ばず”とか
 諭しておくべきであったかなぁ。

 菜園ではキューリが豊作。
 ようやくオニユリの花を摘んだ。
 コスモスが繁茂しユリと背比べ。

 16 作業-516日(日)白木で農作業
  1つは小麦の脱穀
  もう一つは大豆の播種

 JA広島市のライスセンターに集合
 休憩時の飲み物の関係から、
 私は小麦の脱穀担当の一員に。

 三方を壁に囲まれた中での作業
 雷注意報の発令される数日だが、
 降雨もなく蒸し暑いばかりが続き
 ねっとりとまとわりつく中での作業。
 サウナより効果的な発汗作用。

 

16 作業-2 大豆を播種する圃場では、
 農事組合が耕耘してくれていて、
 Sさんの溝切り機で切った溝に
 根切り虫対策のダイアジノンを散布
 播種後、土を被せ転圧、さらに、
 雑草の発芽予防剤トレフォノサイドを
 を散布し、その間雑草の除去。
 
 作付面積は昨年の5割増し(?)
 むしろ、曇り空が恨めしい。





16 作業-1 疲れた身体を癒してくれたのがコレ
 体調不良で作業に不参加の I さん
  朝礼前に届けてくれていた。
 奥様の労作!。
 8個?
 お茶やジュースの陰が薄くなった
 のは当然のこと。
 









 16 作業-6休憩時間が嬉しい。
 












16 作業-3 近くの田圃では水の中の作業も
 やりきらないらしく日陰で休憩。
 
 残務整理をして帰宅は3時。
 シャワーを浴びたが喉はからから。
 ビールを1缶だけ口にしたが、
 昼間のアルコールはよく効く、
 そのまま眠っていた。

 休憩時間に連絡等で移動、
 写真の一部は白木農園だよりから借用
 
 関連記事は、
  白木農園だより
   こだわり親父の野菜作り に。

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