2006年05月27日 06:21

板付IAB vol.3 当時の格納庫?弾薬庫?

板付格納庫














▲2005年5月撮影
福岡空港の東に残る格納庫。
The photograph is taken in May, 2005.
The place was found to the hangar east of the Fukuoka airport (old Itazuke airport). Or, is it an ammunition depot?


コメント一覧

7. Posted by 管理人   2007年10月05日 06:42
Duck様はじめまして。
中に入られたことがあるとは。。うらやましい。世代的にも私と同じくらいですね。中は今でも当時とあまり変わらないのでしょう。前を車で通るたびにデジカメ片手に入りたい衝動にかられます(笑)。一度、許可をいただいて撮影させてもらおうと思っていたんですが、消毒とか色々しなくてはいけないみたいなので断念しました。
私は春日市育ちですので、当時の板付の思い出がありましたら、また情報の提供をお願いします。
6. Posted by duck   2007年10月03日 00:43
5
私も1981年ごろ小学生時分友人とこの倉庫に懐中電灯を持って探検に行きました。当時入り口はシャッターか鉄板のトビラが開いており、中には「NO SMOKING」「DANNGER」の文字(ステンシル)が沢山書いてありました。中は2階建て(回廊式)で上が事務所のように成っていました。噂では奥の方へまだ何百メータか有るらしいのですが定かでは有りませんらしき穴が有りましたが怖かったのでそれ以上いきませんでした(換気口?)また外側は爆撃に耐えられるよう跳ね上げ式の鋼鉄の台形のトビラがコンクリ地面に有りました。
ところでこのサイトは小生が捜し求めていた情報で大変感激です!現在県外在住ですが、ちょくちょく書き込みますので宜しくがんばってくださいね!!
5. Posted by K BAR   2007年02月05日 23:33
昔は右側に崖があって、そこにコンクリートで固められた射撃調整の的もありました(これも80年代の中頃まで残っていました)昔の新聞には、その崖を飛び越えて少し離れた場所の民家に良く着弾したという怖い記事が出ていたのを読んだことがあります。

廃墟の板付アネックスも私が子供の頃は格好の遊び場でした。

個人的に一番記に憶に残っているのは、やはり板付タワーですね。88年頃まで今の国際線ターミナルの場所に存在していたと思います。私はそこに付けられていてパネルを見たさに、展示されているアメリカの空軍博物館まで見に行ったことがあります(アホですね。

私は今は外国に住んでいますが、写真はどれも懐かし見させてもらってます。

これからも情報の更新を楽しみしてますね。
4. Posted by K BAR   2007年02月05日 23:32
この施設は中に入ったことがあります!昔(80年代の中頃まで)は自由に中に入ることが出来ました。いろいろ説が出ていますが、これは米軍の弾薬庫だと思いますよ。山田の弾薬庫からここに運ばれて保存に使われていたのだと思います、でも利用されたのは板付が重要拠点とされた60年代の始めまでだと思います。

他の記事で板付ABの昔の航空写真がありましたが、それを見ると分かるのですが、昔はRW34のエンドとこの弾薬庫は繋がっており、板付所属の戦闘機は間を通る県道をクロスしてこの弾薬庫の前まで来ることが出来ました。戦闘機が県道をクロスする時には県道に鉄道と同じ踏切があって、戦闘機が通る度に遮断機が下りていたらしいですよ。私が子供の頃までは県道(今より内側にあった)に踏切だけが残っていました。
3. Posted by tks   2006年06月26日 22:39
ご教示ありがとうございます。梅雨が明けたら写真を撮りに行こうと思っています。
2. Posted by 管理人   2006年06月26日 06:31
tks様 コメントありがとうございます。

◎この格納庫について、別のサイトで説明しているページがありますのでご紹介しておきます。
 http://www.itazuke.org/memories/injerd/injerd2.htm
 このページの制作者は福岡在住のウェス・インジェードさんです。福岡における米軍基地や、戦時中にあった日本軍捕虜収容所等を調べてある方で、英会話教室の先生のようです。
◎この掩体壕に関する説明(英文)を、そのままExiteで和訳してみました・・
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 これは地下ハンガです。 誘導路は前部次第でした。 それは警戒に3F100を保持するかもしれません。下向きに開いたスチールドアがありました。ドアが閉じられたとき、施設は気密でした。 時代遅れになったとき、前と中古へのレンガがミサイル店としてあります。ハンガの横に、航空機の上の銃を向けるのに使用される穴のサイト範囲がありました。右へのビルは「福岡食物事務局」です。
 各ドアにわたって、まだ塗装された「50フィートの中の禁煙」があります。 AFM127-100の要件はそうであるに違いありませんか?
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場所はtks様のご推測のとおりです。「福岡農政事務所福岡政府倉庫」
1. Posted by tks   2006年06月25日 12:14
たぶん掩体壕(えんたいごう)と呼ばれる格納庫ですね。福岡県内では行橋市の築城基地近くに現存していることは知っていましたが、板付基地のものが残っているとは驚きました。戦争遺跡のマニアや保存運動関係者の間でもこれはほとんど知られていないと思います。

写真の建物から推測すると、場所は農林省の食糧倉庫の裏でしょうか。

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