2011年06月21日

中国人のカップル


        □四日目


 部屋でいつもどおり、ぼんやりと煙草を吸っていると、始まった。最近越してきたとなりの中国人のカップルの痴話げんかである。それが、何をいっているのかわからないのだが、気になって集中できない。
 深夜に帰ってきて、そこからすさまじい喧騒が続くのだ。足音も響くし、ロフトについた階段をがんがん登る。それがヘッドホンをつけても聞こえてくるので、どうしようもない。集中してくるときに、狙ったように女の声が聞こえてくるので、たまらない。一度顔をみたことあある。赤い帽子に、ビンテージジーンズと地味な見た目なのが、私を苛立たせる。もちろん、中国語もしゃべれないし、日本人に対しても、意見を言うことも躊躇する私は、何も言うことも出来ない。この際中国語の勉強に着手しようと試みるも発音記号やテキストを買う金が底を尽き、外食にも出かける余裕のない私には度台無理な話であった。この状況で漫画を描くこともできないし、普通の状態でも、できるような頭でない。部屋へ戻ってきたのが、午前七時半だった。
 一回分の盗作原稿を、なにくわぬ顔で、先輩にわたした日の晩から、私はパチンコに行った。中央のヤマダパーラーという妙な名前のパチンコ屋へ。桑沢が教えてくれた店で、私の従姉そっくりの女が、そこにつとめているのだ。桑沢にいわせると、女ではない。男だ、というのだが、それを私はたしかめたかった。難しい注文のようだけど、ひょっとして血のつながりでもあれば、話は簡単だろう。むりといえば、女の店での名前は、尾田といった。意を決して彼女に話しかけようとした。ああ、いったいどうしたらよいのだろう。思考はパチンコ玉のように離散し、ヤニでよごれた換気扇へと吸い込まれていった。
 私は、ゆっくりとキャスターマイルソの箱からフィルター付きの煙草を一本取って火をつけた。
 空になった煙草は素直に捨てられるのに、着古した服はそれだけの歳月、私といっしょに肌を重ねていたからだろう。また、賞味期限の切れた食品も捨てづらい。しかし、この場合は努力によってなんとかなる。買いすぎないようにしておけばいい。ただそれだけのことだ。煙草の灰は、この場合どちらにはいるのだろうか。
「御熱心ですな」
 中肉中背で、血色のいい顔に、愛想のいい笑いを浮かべたところは、生命保険の勧誘員それも私みたいな小口は相手にしない腕ききという感じだった。
「まあね。実をいうと、飽きてたんです」
「ところで、あなた、女が裸になったとき、いちばん美しい部分は、どこだとお思いですか?いちばんエロティックな動きをみせるところ」
「さあ……ひとによって、ちがうと思いますがねえ。映画では出てこないところは、たいがいのひとが、感じることは感じるでしょうが、美しいといえない場合もあるし…・・・」
「そんなとこじゃありません。映画にだってでてるし、たいがいの人が気づけば、なっとくします。わかりませんか?前面では鎖骨、背面では肩胛骨ですよ」
 来月抽選する宝くじの当たり番号を、教えてやってるんだぞ、といった感じで、得意そうでもあり、うれしそうでもある口調だった。
「骨ですか」
「骨そのものじゃない。皮膚におおわれた骨が描く線です。生殖行為またはそれから派生した享楽的行為に、密着したものだけが、エロティシズムじゃない。その点はわかるでしょう?」
「もちろん、つながってはいても、密着していないエロティシズムもありますな」
「そうです。そうです。女の―――いや、女とは限らない。女から見た場合の男でもいいわけですが、人間のからだを構成する線のなかで、もっとも美しく、エロティックに変化するのは、鎖骨の線と肩胛骨の線なんです。その証拠に、私の描いた春画をご覧にいれましょう」
 紳士は膝にのせていたカバンのなかから、二百字詰の原稿用紙ぐらいの大きさのスケッチブックをめくっていった。
「そのへんは前戯がおわって、結合状態に入るところです」
 紳士は説明してから、くすくす笑った。だが、顔を見ると、私をからかっているわけでも、ないらしい。
「これが、正に絶頂の状態ですよ」
 二本の横棒がおわると、こんどはもっと太くて長い二本が、八の字になっていた。
「肩胛骨の部です。肩胛骨のほうは、動きが微妙ですからね。鎖骨ほど、わかりやすくない。くろうとの観賞眼を必要とします」
「そうですか。じゃあ、ぼくにはわからないな」
「あきらめちゃいけません。説明してあげますよ。墨色に濃淡があるでしょう。これはドッグ・スタイルをとった男の目から、観察したものでしてね。官能が高まってくると、背中が曲る。すると、皮膚がひっぱられるから、肩胛骨の線は目立たなくなる。それを、うす墨いろで現わしてるんです。このシリーズの見どころですよ。恍惚状態を象徴してるわけです。
 ちょうど見終わったところで、渇いた空打ちの音が響く、場内が暗くなったように感じた。紳士は舌打ちして、
「残念ですな。いちど見るだけでなく、間をおかずに二度、三度と見れば見るほど、よさがわかるのに・・・・なんなら、外へ出ましょうか。こいつのいいところは、喫茶店でも、電車のなかでも、大っぴらに見られるところです。しろうとにゃ、わかりゃしませんからね」
 スクリーンの反射のなかで、紳士は満面に笑をたたえた。
「静かな喫茶店がありますよ。食事をしてもいいな。失礼ですが、お近づきのしるしに、わたしがおごりますよ。どうです?」
「いや、もう出ることは出るんですが、ほかに時間を約束したところがあるもんで・・・・・・・」
 と、私は腰を浮かした。
「ますますもって、残念ですな。これを何組も書いていて、一部さしあげるか、実費でおわけできるといいんだが、なにしろ時間がかかりましてね。天下にこれひと組、十万円でも、百万円でも、売りませんよ。それじゃあ、また機会があったら・・・・」
 紳士は優雅に、ソフトをつまみあげた。
『貴重なものを見せていただいて、ありがとう」
「なんの、なんの。こんどから行為の際には、鎖骨と肩胛骨に注目なさい。新しい美を発見することは、老化をふせぎ、意欲をましますよ」
 私は頭をさげて、ドアのほうへ歩き出した。階段をあがると、西へまわった日の光がまぶしかった。裏通りを駅のほうへ歩きだしと、とたんに黒っぽいのれんには丸のなかに八の字が、大きく染め抜いてあった。その八の両脚のひらきかたは、さっきの紳士のいう枕にしがみついて、身をふるわしている状態に、該当するようだった。紳士の芸術がひろく世にみとめられたあかつきには、この道具屋は猥褻物陳列罪でひっぱられるにちがいない。
 私はその晩、またファニイ・ビジネスに出かけた。だが、ムリはいなかった。無断で休んでいる、ということだった。
 あくる晩も、ファニイ・ビジネスへいってみると、ムリは店をやめた、という話を聞かされた。ほかの男たちにあたってみても、なんでやめたのか、ほかの店へ移ったのか、まったく聞きだせなかった。
 その翌日、私は中国人留学生達の乳繰り合う会話がはじまらないうちに、アパートへ出て、加須の工業団地の隙間をぬって、平べったい大地をぬけて、桑沢の家の前へ出た。
「いっそのこと超局地大地震でも起きればいいんじゃないかな。あんた、いまごろは寝てる時間をかえざるをえなくなってね。ところで、また教えてもらいたい」
 私は姉によく似た女の住んでいる家を、聞きに来たのだ。桑沢は細君に聞いて、だいたいの見当がついたらしい。わざわざ家内に立ってくれた。そのアパートは三階建てで、あまり大きくはなかったが、ちゃっちなつくりではなく、臆面のない経営者なら、マンションの看板をあげそうなものだった。管理人室の小窓をのぞいて、名前がわからないから、女の格好をした人の部屋は、と聞くと、
「その方なら、出ましたよ。引越したんです。引越し先はね。東京都内じゃありません。ちょっと待って下さい。ああ、これです」
 管理人は一枚のメモをさしだした。そこに書いてある文字を読んだとたん、メモを持つ私の手はふるえた。私は息をととのえてから引越し先を手帳に写させてもらって、アパートを出た。
「どうした?顔色がおかしいぞ」
 と、桑沢がいった。私は返事ができなかった。
「きみは宗旨をかえて、あの女に惚れたのか?どこかへ消えられて、ひどいショックだったようなようだな」
「ショックだよ。引越し先は静岡県だ」
「パリ、ニューヨークじゃあるまいし、それほど熱心なら、きょうでもいってみられるとこじゃないか」
「いくつもりさ。のぞむところだよ」
と、いいきってみたものの、自家撞着中毒である私は、本棚で埋めつくした薄暗い部屋でアニメなどをみて過ごすのであった。

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2011年06月19日

就職した先輩

  三日目


 「泣くの?いや、泣かないで!」
 俺はいきなり泣きだした少女の髪の毛をわしゃわしゃと撫でた。やれやれ、子どものおもりにしては、大きすぎないかあ・・・・ちらりと、少女の露わになった腰まわりを、舐めるようにみた。しかし、俺のあそこにエレクト…しない。つうか、背中に鱗のある女に、性欲をもてあますなんて、どういう変態だ?「なぜ俺はこんなところにいるんだ?どうして、こんなになってしまったんだああああああ」

 ふう、冷静になった俺は、周囲に配された状況を再び確認した。ファンシーグッズや熊のぬいぐるみがある気配は、ない。むき出しの白熱灯に、錆びたパイプ椅子、粗末な台所、こんな部屋に住んでいられるのは、日雇のおっさんか、綾波レイくらいだろう。少なくとも女の子の部屋にみえない。かといって、売春を斡旋しているモーテルの一室には、見えない。白熱灯の灯り照らされた彼女の鱗を見つつ、俺は洗面台についている、錆びのういた鏡を、のぞきこんだ。。目玉がやけにぎょろっとしていて、猛禽類のような顔の自分に、気がついた。古風な詰め襟の学生服を着ていた。校章はついているが、何も思い出せない。名札はついていない。
「おれは――学生らしいな」

 つぶやいてから、彼女に断るのが礼儀だが、半裸で泣いている少女に、喉が渇いたので水を飲んでもよいか、尋ねるのも悪いの、シンクの台に逆さまに置いてあるガラスのコップを手にとって、蛇口をまわして三、四杯飲んだ。小さな台所からふりかえると、少女はシーツをひきよせて、鱗をかくしている。
 「あのさ・・・、おまえは、ここに一人で住んでいるの?」
 マンションの粗末な一室を見まわしながら、尋ねてみた。少女は、軽くうなずいてみせた。肯定の返事だな。俺は、ベッドの前に遠慮がちに戻ると、窓があるのに気づいた。すりガラスの窓をあけてみると、美しい街の夜景に、月が沈もうとしている。こんな部屋に、彼女一人で住んでいるのか…。
 

俺は、ふいにため息がもれた。窓を閉めると、ふりかえった。手の甲で汗をぬぐいながら、少女はこちらを見上げている。巨大な毒魚を思わせる背中の鱗が、べつだんおかしいところはない。発育がすこしいいだけの、ただの美少女だ。シーツのすきまからあまり大きくない乳房は、うつくしい白桃のように瑞々しく、横座りの内腿は、汚れたシーツに白さが冴える。
 「ここに来る途中大きな時計台が見えたが、教会を知らないかい?」
 パイプ椅子に腰かけながら、俺は尋ねると、少女は小声で答えた。あいかわらず、貧弱な語学力のせいで、何をいっているのか聞きとれないが、うなずいているところをみれば、教会があるにちがいない。
 「そこへ、いってみよう。シスターならわかる言葉を、しゃべってくれるだろうからな。俺はどこへ行くのか。なんのために、こんなところにいるのか。学生服を着ているのに、どうして学校の記憶がないのか。なくしたのか、それをはっきりさせたいんだ」
 彼女は、あっけにとられた顔つきで、ベッドに両手をついたまま、俺を見上げている。
 「おまえのしゃべることが、ききとれないのだから、この土地の人間じゃないのは……確かだが、それだけじゃない。自分の名前さえ思い出せないんだ。」
 俺はいらついて、パイプ椅子を爪でつついていた。彼女は体をよじって、俺のほうに顔をむけた。シーツで奇形の背中を覆っていたが、男である俺に背中をみられたくなかったのかも知れない。裾がみだれて、片方の腿がつけ根近くまで、あらわになった。俺は・・・
 私は苦笑いして、シャーペンを転がした。明け方近い窓辺に据えたA3の原稿用紙の左側には、爪痕でみがかれたハードカバーの汚れはてた漫画が一冊、ひろげてある。
 エンターブレインのコミックビームは、 クオ・ワディス―――鈴村健二という無名の作家が二〇〇六年に発行した、怪奇漫画を近未来の日本の学園都市で、科学と魔術が交差する話に描きかえ、目下、私は盗作中なのだ。
鈴村の主人公は、もちろん日本人だが、その動き回る場所は言葉の通じないどこかの国だが、日本の学園都市を舞台にして、言語不通という設定はなりたたない。そこで、この女をいっそのこと、異国のつるぺた美少女にでもしてしまうべきだったろう。しかし、いまさら、書きなおすわけにはいかない。あした―――いや、今日の午後には、渡さなければならない原稿だ。そんなことより、エロシーンをなんとかでっちあげないと、大変なことになる。しかし、原本では、あまりにもそっけなくて参考にならなかった。
 あとで描き加えるために、二ページほど余分にあけておいた。白い原稿用紙をなでながら、神保町で買い物をしたときのことを、思い出した。古本をなでていると、指が茶色の絵具で塗ったようになってしまったことをおもいだした。私は、埃まみれになってくしゃみや鼻水がとまらなくなる悪夢をみる。「ハリーポッターの秘密の部屋」の映画でも、ハリーが埃まみれになるシーンがある。ああいったシーンがだめなんだ。私は元来、埃アレルギーで冬期の高校時代は、大変苦労した。その原因がよくわからなかったので、あのときは本当につらかった。
 こんなことを考えたのは、苦手な濡場のシーンを案じようとすると、つい頭に桑沢が男だといった女のことが、加須の露地で見かけた従姉そっくりの女のことが、浮かんでくるので気をそらそうとしたせいだ。あの女が気になるのなら、いまは考えないとして、原稿の肩をつけなければならない。
 俺は静かに服を着るようにうながした。通じないようなので、少し声を荒げてしまった。少女はおびえて、うなずいた。けれども、すぐに首をふりながら、早口になにかをいった。
「あのさあ、教会に連れてってくれないか?いやでないなら、なぜ首をふる?夜ふけだからか?そうか、それならわかるよ。シスター達は寝ている、というのだろう。俺はすこし焦っている。だが、むりやり叩き起こしたら、いくら神につかえて、ひとを助けるのがつとめでも、機嫌が悪くするかも知れないな。しかたがない、朝まで待とう」
 椅子に腰をかけると、少女はおずおずと手元につくねてある、白いシャツに袖をとおした。
「夜あけまでに、どれほどの間があるか知らないが、おれはとうてい寝られそうもない。俺は、頭が痛むんだ。おまえは勝手に寝てもいいぞ」
 なあに、やらしいことなんてしないさ。そこまで飢えてはいない。俺はただ、その顔を、長く見つめていたいだけなのだ。やましいことなんてしない。
しまった。また、話を終わらせてしまった。苦笑いしている自分に気がついて、私はタイピングをとめた。ゆうべ桑沢に、
「仕事は、以前と同じ……?」
と、聞いたときのことを思いだしたのだ。桑沢は、青いあごを、じょりじょりとなでながら、
「転業したのさ。電子書籍にさっさと鞍替えした。あんなに楽に金が入ってくるんだから、印刷業なんてしぼんでいくばかりだ」
 私は強引なすすめに負けて、桑沢の住居につれてこられていた。大宮に近い住宅街にあって、こぎれいな新居に住んでいた。留年した彼は相変わらずのようだったが、羽ぶりはよさそうだった。
「なんか景気よさそうですね」
「まあね、二年でそこそこなんて普通ないけれどね。まあ、うまくやってるよ。うん」
「なぜ、そこでぼかすのですか。なにかありますか」
「いや、ないわけじゃないけれど―――」
 ないけれど? といいかけて、私は気がついた。桑沢が手を浮かして、こちらの言葉をおさえようとしている。わけもわからず口をつぐむと、同時に襖があいて、細君がお酒を運んできた。ここへつれてこられて、最初にあいさつしたとき、ちょっとおどろいたのだが、桑沢とはひとまわり、年上にちがいない。ほっそりとした身体に、ゆったりめのやわらかな新緑のカーデガンが似合って、いやに子供っぽい細君だ。最近にもらったばかりで、桑沢の非合法活動のことは、なにも知らないにちがいない。そう判断していたら、膳の上の整理をつけて夫人がひきさがると、
「へただったのは事実だが、かみさんには聞かせたくないんだ」
 にやにやしながら、桑沢は声をひそめて、
「実をいうと、最後のほうで、わたしが出したやつを書いたのは、あれなんだよ。そのころは、なんでもなかったがね。」
 私は二度、おどろかされたわけだ。細君は桑沢の弟の印刷屋で、アルバイトをしていたらしい。桑沢が英語の材料を手に入れて、安く翻訳してくれる人間をさがしていたら、
「おかねになるなら、わたしがやります」
と、名のりあげたそうだ。
「けっきょく、その翻訳はものにならなかったがね。いまでもときどき、妙なものを探してくるよ。以前の、同業者に教えてやったら、どうだなんていうんだが、いまはだれともつきあっちゃいないんで――これもそうだ。読むんなら、持っていっていいよ」
と貸してくれた本が、今机の横に投げだしてある。大沢在昌や朝松建の本だ。しかし、あまり興味はないのでろくに読んでいない。パラパラとめくってみるが、どれもアクガ強くて盗作中の原稿にはつかえなかった。
 私はまた、桑沢が男だといった女のことを、思いだした。彼女が働いている郊外のパチンコ屋は、聞き出してある。けれども、目の前の原稿をしあげてしまわなければ、あいにくいくこともできない。私は再び筆をとることにした。
 俺はいつのまにか、寝こんでしまったらしい。疲れはてた身体に、彼女がのしかかってきて、
「さずけたまえ。さずけたまえ」
 と、浮かされたように称えながら、身悶えしていたのを、かすかに覚えている。ゆり起されて、目をひらくと、カーペットの上にうっすらと光の縞があった。じっとしていられない香りを、鼻でとらえて、あわてて身を起すと、カレーの椀がおいてあった。そのむこうに女がすわって、微笑んでいる。洋服をきちんとまとって、おどおどした感じは、もうなかった。
「そうだ。教会へ案内してもらうのだったな」
 俺がカレーの入った椀をとりあげると、女も自分の椀をとった。使いこんだ体の銀のスプーンでカレーを食べ終わると、俺はベッドからでた。女もちょうど食べ終えたようであった。いつのまに食べ終えたのだろうか。俺は女の顔をみると、黙ってまた、ほほえんだ。俺はドアをあけて、おもてへでた。朝靄がうすれかけたなかに、日の光が幅のひろい縞をつくっている。レンガのような弾力の地面は、ふわふわして歩く間隔を吸収しているようだ。建物が作りだす歪な影は、俺たちを包みこんで都市に同化を促すようだ。ふいに鳥の声がした。手足が急に冷たくなった。
 街を抜けると、砂利道で、遠く正面に木立ちが見える。その上に、尖塔がそびえていた。うしろの山に朝日があたって、木が一本一本、見わけられるようだった。遠くからは、ひと群れの木立ちに見えたが、近くなってみると、かなりの森だ。女は道から外れて、森のなかに入っていった。しばらくすると、こわれかかった石垣があった。その崩れたところを乗りこえて、女は身軽になかへ入った。
「なるほど、近道というわけか」
 塀のなかは、墓地だった。それをぬけると、古ぼけた本堂がある。回廊の手すりも、柱も、床も木目が浮いて、ステンドガラスは退色がすすんで、ところどころひびが入っていた。回廊の下に立って、女が大声をあげると、しばらくして、正面のほうに物音がした。回廊から階段をおりてくる足音がして、白い衣の神父が顔をみせた。骨と皮の枯れた顔に、神経質な大きな目は見開かれ、ギラギラと輝いていた。小柄な牧師で、年のころは見当もつかない。鼻の下にもっさりとヒゲをはやしてはいるが、肌はつやつやしている。髪は手入れがいきとどいているが、つぶれた大福のように歪んでいる。
「インデックスか、たいそう早いな」
 甲高い声が、はっきりと聞きとれたので、俺はほっとした。インデックスは早口でなにかいってから、俺のほうにふりかえって、にっこりと笑った。と思うと、神父に頭を下げて、墓場のほうへ駆け戻ってしまった。
「けさは馬鹿にうれしそうだ。オマエサン、ゆうべ抱いてやりなすったか?」
 神父は近寄ってきて、大声で聞いた。俺はあっけにとられていると、神父はひゃひゃひゃと笑った。
「けっこう。けっこう。あわれな娘での。オマエサン、いいことをしてくれた。うまく孕めば、なおいいのだが・・・・」
「あの娘は、子どもを欲しがっているのですか?」
と、俺は好奇心に駆られて尋ねてみた。
「ああ、そうだ。この一年のうちに、子を産まぬとな。殺されてしまう。あの若さで、死にたくはなかろう。だから、必死なのよ。このへんの若いものからは、妙に嫌われておるので、なかなか相手がおらぬわけさ」
「しかし、なぜ殺されなければ、ならないのです?だれが殺すのですか?」
「そんな他人のことより、オマエサン自身のことで、なにか聞きたいのではないかな?インデックスは、そういっておったぞ」
「それが、実は・・・・なにもわからないのです。自分のことが、名前はもちろんのこと、どこから来て、どこへいくのかも、わかりません」
 どういうわけか、首すじに薄ら寒さをおぼえながら、男はいった。
「ほう、それはお困りだろう。自分のことがなにもわからぬのか・・・・」
 神父は髭をなでながら、俺を見つめた。
「なにもわかりません。頭の中が、からっぽになったようで――――いまにも、気が狂いそうです」
「いつから?」
「それも・・・わかりません。生まれたときからのことが、ぜんぶわからない、というべきでしょうか」
「いや、私が聞いているのは、どこから、おぼえているか、とうことさ。名前もなにもわからないということが、いつわかったのか、そういうことだよ」
「それなら、ゆうべです。町家のならんだところ、歩いていました。ひと気もありませんでしたから、夜中でしょう」
「いまとおなじ身なりだったかな?」
「靴も、ズボンの裾も、泥だらけでした。山の中でも走りまわっていたのでしょうか。神父、わたしはどうすれば、いいのでしょう」
「難題だな。ちょっとここで、掛けて待っていなさい」
 神父は、奥に戻っていった。
 俺は、腕を組んで立ちつくしていた。背後でかすかな気配を感じた。狼のようなけわしい顔の男が――――いや、女のほうがいいかな。女が、巨大なバルカン砲をもって、あたりかまわず襲ってきた。銃弾によって、椅子を粉々に砕き、俺は反射的に柱の陰に隠れて、相手の動向をうかがった。柱はぼろぼろと崩れていく。俺は、壁にかかっていた斧を手に取った。いや、マスコット銃のほうがいいかな?俺は意を決して、立ち向かうことにした。俺は右手を突きだして、鋭く叫んだ。
「おれをだれだか、知ってのことか!いってもらおう、死にたくなければ!」
 ああ、いやだ。これじゃ、と○る魔術の禁書目録だ。やめたくなってきた。ひどく眠い。桑沢のところで酒なんか飲まなければよかった。

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不思議な話

 つい先日まで、私は二日酔いに苦しんでおりました。アルコールの反撃もおさまってきたので、ここに記そうとおもいます。それも、3,4人の友人と卓を囲んで、わいわいと飲んでいたところが、嫌な先輩から電話がかかってきました。
「飲んでるなら、こっちで合流するわ」
 彼は、普段天衣無縫というかどこか浮世離れした性格の人なんです。そりゃあ、留年してダメ6年生のくせに、少しズケズケと人の領分に足をつっこむというか、ひどく腹の立つことばかり言うのですが、それを除けば素直で底抜けに明るい人です。しかし、酒が入るとその欠点が悪化して人にからんでくるので大体は皆、関わらないようにしているものですが、少人数で飲んでいるのでどうしようもありません。仕方ないでしょう。ええ、来ました。友人達は空気を読んで出ていくと、下手したら私一人で相手しないといけなくなるかもしれません。友人には知らせないようにしておきました。いい具合に酒も回ってきました。皆、ゲームをやったり、寝ながら煙草をふかしたりしております。この場合だと、明け方まで飲むことになるのでしょうか。そんなとき、部屋にインターホンの音が響きました。
 私は、友人たちを一瞥し、おまえらも道連れだと思いつつ、私は散らかった台所を通って、ドアをあけると先輩はバイト帰りらしく、手元にもったビニール袋にブランデーの大きな瓶を下げていました。顔をみると、真っ赤な顔をしています。目が充血しています。ああ、我慢できなくてあけてきちゃったんだあ・・・・
 ここで友人たちの紹介をしようと思います。一人は村上といいます。坊主頭に目が小さく、眉毛と鼻が大きく、唇はすこし歪んでいます。成績優秀でサークル活動も活発に送っておりますが、かなり気分屋です。部屋は相当汚いらしく、仲の良いものでさえ玄関より先へいったことがないらしく、なんでもダンボールと学校のプリントが床一面散らばって、大学生の腐葉土を堆積させてるらしいのです。二人目は、山本。ちょっとしたオタクでアニメのグッズ集めやネットゲームに青春を費やす電脳男です。口数が少ないのですが、時折すさまじいことを言います。3人目は、山田さん。ラグビー部に在籍する筋肉隆々で女子からももててる様ですが、バイトばかりやっていて、空き時間の間にバイトにでかけるほど多忙で、中学生のかわいいらしい(?)彼女をかまっている時間もないようです。4人目は、いたのですが、さきほど私の制止も振り切って、逃げるように帰っていきました。つまらない男です。
 さて、先輩は早速私の普段の言動のだらしなさを指摘しはじめます。友人達も口数が減っていきます。それに反して、先輩の弁舌は磨きがかかってきます。浪人してはいってきた一つ上の私達と同学年の山田さんにも、筋肉を撫でさせろだの、彼女との情事のことについてや、聞きにくいことばかり聞きます。このままでは、先輩の白羽の矢が自分につきささるのではないかと、オタクの山本が外で酒のツマミを買いにいくように提案します。なんでもレバーのスモークがおいしいらしいというのです。先輩と4人で近所のスーパーにでかけることにしました。
 リトルグレイのように白い顔の山本は、夜道で見るとまるで幽霊のようです。そのことを彼にいってみると、おもむろにポケットから小さなメモ帳をとりだしてすすけた白いボールペンで何か書きこんだ。そして、すっと私にみせます。薄暗い外の中でもはっきりわかるくらいに激しく私をののしっているようなことが書いてありました。私は絶句しました。先輩は、山田の腕をあいかわらずさすっています。ぶよぶよしたビール腹の先輩にとってメリハリのはっきりした山田のからだが珍しいのでしょう。山田の力こぶをぺしぺしと叩いて喜んでいます。
「こんなんやったら、あそこのほうはすげえんやな。中学生の彼女とはどうなんや」今度は下ネタに弱い山田さんが絶句します。村上は先輩の陰に隠れるように歩いています。村上は先輩といっしょに先頭を切ってあるいています。山田と私と山本はの影の頭を踏むほど遠くを歩いました。影がひっそりとのびています。夜はのっぺりと澄んでいて、実感がないものだった。4人の足音だけが田圃の畦道に響きます。
 そのとき、村上はかなり泥酔していたはずです。先輩の悪意のこもった言葉の矛先をこちらに向けられないよう、常々媚びています。少なくともそうにしか見えなかった。先輩は彼をほめてばかりいました。俺に人を見る目がある。村上をいじめるやつは俺が許さないだの言いだしました。そんな小学生のようなことを言いだしました。私と山田は先輩と村上が肩をくんでる姿をじっとみます。そのとき、先輩はびくりと痙攣しました。村上もつられて、震えました。
「なんか聞こえる」
「そりゃあ、おかしいぞ。違うねん」
「聞こえるってなにがですか?」
「ううん、なんかうたみたいや。すげえきれいな声や。なんか聞こえんかー」先輩ががなりたてるように叫んだ。
「何も聞こえませんよ」遠くから私が一言。山田さんは顔を青ざめています。
「なにかきこえましたか」私は山田さんに尋ねてみました。
「女のひとの歌声が聞こえる」
「どんなふうに?」
「なんか・・・・すごくぼんやりしとる。なんか浮世ばなれしたかんじ・・・」
「どこからこの声きこえてくるんかなあ」先輩は首をかしげています。
「なんでしょう。この声は・・・」山本も戸惑うような顔をしています。
「すごく心地のいいような・・」
 その聞こえない歌声に聞き入っている皆のすがたを私はすごく恐ろしく思いました。

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自然のなりゆき

二日目
 

 とにかくわたしは、長編作品を書く約束をした。すくなくとも漫画にすると75ページぐらいにはなるだろう。けれども、いざとなると、筆が渋って、書き出せない。おまけに萌え談義は、恥ずかしくなって使いたくなくなってきた。思い煩った末、先輩に出くわさないようにように、大学構内を煙のように駆けた。そもそも発端は私にあるのだ。今度先輩に遭うまで、来週の経営分析の授業まで、つまり二日のうち、なんとか形をつけなければならない羽目に追い込まれて、私は部屋の中を歩き回った。
 だが、プロットを案ずるはずの頭は、うすら寒い夕闇の鴻巣を走るバスに吸い込まれ、落ち着かない。つい先日の夕方過ぎに見かけた女のことが気にかかってならないのだ。記憶に起った混乱とは、それであって、私は中学生になったばかりのころに、病院で死んだ従姉の顔を、その女性は持っていたのだ。というよりも、当時の従姉がそのままそこに立っている、と私には見えて、思わず、ひゃっと、声をあげたものだ。私のとなりを歩いていた女性は、ずいぶんおどろいただろう。なんにも言わなかったが、私がふりかえると、咎めるような眼をむけた。わたしはあわてて、歩みをなんとか元に戻し、次の道をまがって、また深く路地の奥に、潜りこんでいった。思えば、このとき、バスをおいかけるべきだった。
 私は、バスと反対側に歩きだしてしまった。視覚の隅からフェードアウトしていった。もうどこをみても、彼女のすがたを見つけることはできないだろう。私のこころの状態から考えても、あれが幻覚だったとは思えない。しかし、視界の一瞬をかすめただけで見間違いでない、と断定することはできない。
 もう一度よく見れば、なんとなく似ているだけに違いない、と決めこんで、そのまま自宅に戻ってしまったが、どうも気になってしかたがない。けれど、早く計画のめどがつかない以上、動きがとれない。天井を見上げ、頭上の蛍光灯のあかりを網膜に焼きつけて、強い光によって減色した風景を部屋の、あちらこちらに向けて、心をどこか遠くにむけていた。いろいろと、目玉を廻しているうちにロフトに積んである本の山に、視線がいった。そこにある一冊の漫画に眼が行った。私はもっさと手をのばして、オレンジの樹皮のような表紙も、うっかり、窓際で猛烈な日光をあびて、酔っぱらった乞食の頬のような色合いだ。
 題名には クオ・ワディス という題名と、 鈴村健二 という著者名が、メイリオのような手描きの文字で、ふわふわとした雲のような字に、犬のようなマスコットが、ゴシック体のアルファベットを抱くようにした、出版元のマークが背表紙が、上にあって、クオ・ワディス/鈴村健二と上に二行。二〇〇六年とあるのは本の出版年度で、通常のサイズより少し大きく、ページ数も少し多い。 eb というのは、コミクビームの単行本のみに書かれる明記だ。この、ラテン語で「何処へ行くの?」という短編は、萌え4コマでもなければ、少年漫画でもない。
 もっとも2006年は、題名が凝った作品が多く、漫画雑誌、コミックビームは今以上に、世の流れと対流をなすような硬派で、すさまじい作品を載せていた。ギャグ漫画の体をした、冒険譚なのだ。この、「何処へ行くの?」という題名は、記憶喪失の男が主人公で、金沢駅近くの古本屋で、買ってすぐに、そうだろうと、高をくくっていた。
 鈴村健二という、のっぺりとした名前の作者にも初対面だったし、その後、ほかで見かけたこともない。たいてい扉の対ページに、著者の作品リストがのっているが、それがないところをみると、新人の処女作だろう。しかし、コミックビームでは、そういう方針なのかもしれない。コミックビームの単行本を、他にも持っているが、砂ぼうずという砂漠の異世界譚をもっているが、それがないところをみると、それにも著者リストはついてない。
 とにかく鈴村健二は有名でないし、ストーリーを盗用するのにもってこいだ!
 しかも、記憶喪失ものはありきたりだが、うまく不条理系ギャグの体裁をとりいれ、なかなか興味深げに、おもしろく描いている。そんなことを思い出したときには、手がのびて、けれども、ぬきだすのに躊躇したのは、こうした理由からだった。私はオムニバス形式のちくま文庫の短編から、有名なピカレスク小説の構成を、はっきりとパクって、駄目大学生ものを書いたり、押井守の映画からパクッて東方シリーズの同人を描いたりしことはあるけれど、なにくわぬ顔の盗作は、一度もしていない。だから、
 「なにも、恥しらずなことをしようってわけじゃない。なにかヒントをつかめればいいじゃない、と思って、読むだけなのだ」
 と、自分の微妙なプライドをあやしながら、クオ・ワディスを机にひらいた。
 ――――彼はまず、浅黒い敷石道にひびく靴音にきがついた。鈍く、間をおいてひびくその靴音は、タップダンスするのに十分なくらいよく響いた。ダンスを踊ってみたが、相手がいないことに気づいて、やめた。夜の街によく響いた靴音は、なにかを思いださせようとしているみたいだった。けれども、彼にはなにも思い出せなかった。今は明け方なのだろうか、空は雲ひとつなく墨色に澄みきっている。夜であることは間違いない。
 彼は立ちどまった。靴音も聞こえなくなった。そのかわり、どこか遠くで、列車の汽笛がながながときこえた。だが、彼には汽笛とわからなかった。獸が鳴いたみたいに聞えた。彼とおなじ生き物が夜空にむかって、叫んだのだろうか。無機質に男を見下ろすビルの群れにむかって、うなり声をもらした。くぐもった声はかすれて、あまり響かなかった。
 彼は足もとに、視線を落した。靴はべたべたした泥や土埃に汚れていたが、まだ新しいものらしい。泥は、服にもついていた。ところどころ、枝にひっかかったような穴があいていた。手にはいくつかひっかき傷があって、血が赤黒く、凝まっている。爪の間はまっくろだった。ポケットを、ひっぱってみたが、銀行のひき下ろしのカードひとつなかった。ATMに吸いこまれていった風景をよく覚えている。いや、それを横目でみていただけかもしれない。カードを吸いこまれた客に同情した、コンビニの店員だったのかもしれない。何も思い出せない。
 彼は重くシャッターをおろした町並みに近よって、どこかになにか書いてないか、と見まわした。商店らしい一軒があって、窓がわに帳をおろした飾り窓に、古風な大正ロマン体風の書体で、書かれていた。だが、彼には読めなかった。彼はよろよろと歩きながら、両手でこめかみを押さえながら、一生懸命、思い出そうとしていた。自分はいったい、誰なのか?ここは、いったい、どこなのか?どうしたわけで、こんなところにいるのか?
 だが、思い出せない。なにも思いだせない。両側の家は、童話の押絵にある傾斜の急な瓦屋根をのせたたかい平屋か、高い二階で、遠くに高い尖塔がひとつ見えた。つやつやとした陶瓦の冷たい黒や灰色や、屋根の色はさまざまだが、夜の底で沈んで陰鬱に見える。彼は、痛みだした頭を押さえて、邪気眼・・とつぶやきながら、敷石道を急いだ。
 もう何も考えなかった。考えることが恐ろしかった。苦痛のように感じた。頭が能力の解放に抵抗しているかのように、万力で挟まれているように、頭が痛かった。彼は走った。不思議な白い生き物を踏みつぶしたように感じ、次に黒い魔法少女とすれ違ったように感じたが、彼にはどうでもよかった。何も考えないで走り続けると、頭の痛みがうすらいだ。ぺたぺた靴音が追いかけてくる。彼は耳をおさえて、なおも足を早めた。曲がり角まできたとき、不意に出てきたものがあって、彼はもろにぶつかった。相手の身体はやわらかかった。ひゃ、という可愛らしい声にあわてて、彼は手をさしのべた。
「すみません。大丈夫ですか?」相手は美しい少女だった。きれいな黒髪の隙間から見えた、大きな瞳が潤んでみえた。早口になにかいったが、彼にはさっぱり聞きとれない。
「大丈夫ですか?もっとゆっくり喋ってください」
 女はまたなにかいって、彼に笑いかけた。あいかわらずなにをいっているのかわからない。
「どうやらぼくは外国にいるらしいな」と、ひとりごとをいってから、彼は言葉をくぎって、問いかけた。「ここはどこ?ぼくのいうこと。わかりますか?」
 女は笑いながら、彼の腕に手をかけた。冷たい手だった。さらさらとした黒髪に縁取られた顔は、大変美しかった。だが、微笑みかたには、どこか奇妙なところがあった。愛らしい唇だけが、微笑みをかたちづくっていて、ほかの部分は笑っていないようにみえる。びいだまみたいな目は、むしろ脅えているようだった。なにか懸命になっている目だ。
 「この町にも、警察はあるでしょう。警察につれていってもらえませんか?」
 女はうなずいた。彼の腕をひっぱたいた。
「わかったんだよね?」と彼はまだ、ほっとはできなかった。「警察だよ。たのむ。警察へつれていってくれ。わかったね。」
 彼は元気づけるように、くりかえしうなずきながら、美少女は彼とならんで歩いた。ガス灯を模した不格好な街燈が立って、うすぼんやりしたオレンジの光を投げている。その下を通り抜けると、敷石道にみょうな影がのびていた。顔をあげてみると、いったいなんの看板なのか、嘲るように、つりあがった唇からとがった舌がのびた木彫りの彫刻が、かたえの家の軒からつきでた真鍮の棒に、ぶらさがっているのだった。ヒルのような長い舌は、周囲のくすんだ家並みのなかで、異様だった。この長い舌に記憶をもぎとられたのでは、と彼は思った。その看板の家から二軒向こうで曲がると、窓のない壁がつづいて、そこには、小さな扉があった。そうだ、やはりあのバスの女を、ほうっておけない。ほんとうに、従姉そのままの顔をしていたのか、もう一度確かめてみるべきだろうな。少女は、その扉をあけると、ためらっている彼の背中をおして、なかへはいった。少女は湿った感じの冷たい手で、彼の手をとると、暗い中を導いた。階段を五、六段おりて、ドアをあけると、少女は電灯のスイッチをひねった。天井の低いちいさな部屋で、病院のような簡素なベッドと椅子が、ひとつずつあった。
「やはりわかってなかったようだな 」と彼は嘆息を吐き、「ここはなんだ。ぼくは警察署に行きたいんだ」
 彼のいらだった声音い、少女は脅えたような目をむけると、細い指を一本たてて、唇にあてた。もう、仕方がない。この漫画を読んでいる読者は、ほんの数えるほどしかいないだろう。その読んだひとが、私の漫画を読む確率になると、ゼロにちがいない。万一でも、 クオ・ワディス を読んだひとが、私の漫画を読んだとしても、そのあいだには、数年の隔たりがあるはずだ。前者は忘れているだろう。第一に、読者は二人しかいないのだ。外にむかって発表するものではない。
 まさか、そのまま使うわけにはいかないが、時代を明治初期にでもうつして、ストーリーをなぞっていけば、数日で一本描けるであろう。うしろめたさに背中をひかれる思いをしながら、部屋をでて、駅前のラーメン屋で、しょうゆラーメンを注文すると、私は本をひろげて、つづきを読みはじめた。
 「だれか英語のできるひとはいないのですか」よわりはてた彼がいうと、少女は笑いながら、うなずいて、なにかしゃべりはじめた。彼は手をふって、「意味がわからないよ。いったいなんだって、こんなところにいるのだろう。ここには、日本人はいないのかね。ニホンジン、ジャパン、ジャパン。」
 少女は何か単語を繰り返すがなにをさして、そういっているのかさっぱり見当がつかない。彼が顔をkずれたアンパンのように、しかめると、少女はいきなり服を脱ぎはじめた。
 彼はあっけにとられていると、少女はたちまち粗末なブラウス一枚になって、ベッドにあがった。まっしろな両腕を、彼のほうにのばしなががら、片膝をたてると、彼女の内壁が露になった。彼はドアの方に、後ずさり「やめてくれよ、間違ってる。ぼくはおかねをもっていないんだ」とポケットをひっぱりだしてみせた。「わるかった。商売女だなんて知っていたら、来なかったんだ。帰らしてもらうよ」
 彼がドアノブに手をかけようとすると、少女は早口でまくしたてながら、しがみついてきた。体つきからは、考えられないような力だった。彼は仰向けに倒れて、「たのむよう」と、よわよわしい声をあげた。しかし、少女の力はゆるまなかった。
 ものをいってもむだとわかると、彼は彼をひきずりこもうとする白い腕から、懸命に逃げようとした。女は両手両足で、彼のからだにはいあがってきた。熱にうかされたように瞳は潤んで、口は唖のように半開きになっていた。彼は上着をはぎとられ、シャツをひきさかれながら、少女の歳の割には豊かな胸を押しのけた、つかみあっているうちに紐がちぎれたらしい。ブラウスがすとん、と少女の体から、抜け落ちた。
 とたんに、少女は妙な声をあげた。同時に彼の手のひらが、異様な手ざわりを感じた。その手は女の背に触れていた。だが、手ざわりは、女の背中ではなかった。大きな魚のそれだった。女の背中には、青みがかった鱗が、びっしりとはえていたのだった。そのとき、店員がイカスミのスパゲティを持ってきてくれたので、私は本をとじた。
 会計をすませた私は、例の露地についたとき、先日より一時間ほどは、早かっただろう。私は「何処行くの?」のその後の話の断片を反芻していた。あした、盗作するのでしっかり話を読み込む必要があると思ったからだ。ちょうどブラウスが隠していたあたりの女の背は、大きな魚をみるようだった。彼はおどろきの声をあげて、痙攣するように、のけぞった。立ちあがろうとしたつもりなのだが、片足をまだ少女の尻に敷かれて、腰をあげることができなかった。私はふと顔をあげて、道路を横切るバスに目をやった。だれも乗っていなかった。バスは鷲宮の巨大なアウトレットモール、直通のバスなので、そこへいって買い物でもしたのだろう。女の尻は、あれだけの格闘のあとでも、冷たかった。彼はその下から足をぬこうとして、床についた両手に力を込めた。腰をずらすと、脱げかかったズボンがしわになって、脛からずり落ちた。その姿がやけに滑稽にみえて、彼は悲しくなった。
「いい加減にしてよ」
 自由な片足で、女の肩を押しやると、白いからだは向こうむきになった。と思うと、女は床に両手をついて泣き始めた。その泣き姿は年老いた女のようだった。古い映画の女優ような、こらえるように、おいおい泣いているさまに、私はふりむいた。だれかに名前を呼ばれたような気がしたからだ。
「やっぱり、そうだ。しばらくだねえ」
 日に焼けた顔を笑いでくずして、チャンピオンの黒い生地に金のラインやマークをいれた、派手なジャージを着た、背の小さな男が、すぐわきに立っていた。
佐藤浩一を若返らせ、髪の毛をだらんとのばし、不精髭をはやしたような男だった。かつて私の先輩だった人だ。今はメガバンク系の銀行に就職したと風のうわさで聞いていた。
「ああ、桑沢さん―――」
 思わず目を見張りながら、頭の中の本のページをくる作業をとめた。桑沢は大きな口をあけて、
「なんかふとった?顔が丸くなったね」
「あなたも少し太りましたね。半年ぶりですかね」
「うん、一度駅であったじゃない。あのときは、お互い連れがあって、何も話さないでわかれたけれど…」
 そのとき、私の目のすみに、黒い影がさした。黒いコートの女が、露地からでてきたのだ。
女のすがたを目で追いながら、私は上の空で桑沢の話をきいていた。女はバス停留所のほうへ、歩いて行った。桑沢は私の視線をたどっていって、黒いコートの後ろ姿をとらえると、
「ご出勤だね」
「知っているんですか?桑沢さん」
「まあ、知っているようなもんだね。口も聞いたこともないし、名前も知らないけれどね。近所のパチ屋で働いているんだ」
「パチヤ?」
 私が聞き返すと、桑沢はヤニでよごれた歯をむきだして、笑いながら、
「君は、あれが女だと思っただろう。実は男なんだよね。ふふふ」
「そんな!」
フハッと、鼻息を荒くして私は口走った。傍らを通っていったとき、私は目をやったが、腰のつきかたや、肩はどうみても女そのものだった。従横顔は、派姉そのままの顔をしていた。ひげが、はえているように見えない。
「それなんて店だかわかりますか。桑沢さん」




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効果的な演出

 一日目





  先輩に脅され嬉し恥ずかしやら(Mっ気はないよ)漫画を一本新しく描かねばならなくなった。漫画だ。私が無駄な自慢や自己の喪失の念によりつい口が滑ってしまった。私の漫画なんてみせたくないのだ。私は私小説めいたものからだっきゃくできてないのだ。未だに。私だってサウスパークのようなプロフェショナルな脚本を書きたいものだ。萌えーなキャラがっきゃっきゃウフフでいいのだ。そういったみんなを幸せにできるようなものを書きたい。しかし、できあがったものにいつもがっかりするのだ。汚い、すぐ異世界に行く、女の子にろくなもんがいない、愚痴っぽい。概ね私の漫画小説は、これらの表現で感想をいうのだ。著者である私でさえこんな感想を持つのだから、人に見せたらどうなるのか?皆、絶句する。でも、描き続けるしかないのだ。私にできる特技なんてこれくらいしかないのだから。いずれなんとかなればうれしい。まず、「売れたい」「褒められたい」な作品を作っておいてなんの新しいこともせずパクリの連続でグダグダ続けておいて著者近況には「書き続けることは祈りに似ている」なんてわかったような心にもないような言葉を書くのだ。尾田先生なんて「アフロく〜〜〜〜ん、は〜〜〜〜〜い。なに〜〜〜〜宿題やってないだとお。よ〜〜〜〜し、アフロ、立っとれ〜〜〜〜〜」だぞ。そんなもんでいいのだ。表現は作品中でやれ。作者は作品の中で生かされているのだ。


 さて、二人をびっくりさせるようなパンチのある作品を書きたい。私の短い読書歴やアニメ映画歴でパンチのある作品と言えば、怪談、怪奇小説、恐怖小説、といった類いだ。純文学のような漫画はいずれやりたいなと思っているのだが、書こうと思っている本人ですら純文学というものがわかっていないからだ。私は同人、ファンアートから創作の道という女体のような茨の道にはいてしまった。行けども行けども姫が視えぬ。白雪姫はどこで寝ているのだろうか。ああ、そうだ。電気をつけていなかった!やはり書に関する疑問は、書籍をひも解く以外に答えは出ないのだ。さて、読んでみようか。ああ、でも漫画を描かなくてはダラダラしすぎたツケが今に回っていると言えよう。それでも、本が読みたいのだ。面白い本なら片っぱしで読んでいきたい。しかし、ネットの海は広大だが、本の海はもっと広大なのだ。なんでも一日に七万冊を超える新刊書籍が発行されるのだ。その数は毎年増加傾向にある。とてもじゃないが無理だ。話はそれたが、怪奇小説の類いは今のわたしにとってなかなか威力的であり幻想的でもあった。あのカビ臭い古い蔵のような雰囲気が好きなのだ。最近、大学で廃刊になった本をもらってくるのだが、そのなかに「ルルドの群集」もその類いの本なのでは…と興奮する次第である。

  金沢にあった叔母の家には本がたくさんあった。本に囲まれていたがゲームのほうがたのしかった。ぴこぴこしてドンキーコングやポピュラス、ヨッシーアイランド、マリオRPGと楽しいゲームがあった。そんな私でも図書館が好きだった。白戸三平や矢口高雄松本零士、手塚治虫、水木しげる。特に手塚にハマっていた。わたしはよく従姉が連れて行ってもらっていた。従姉は中学生頃で幼い私をからかって遊んでいた。そんな私は腹を立てていた。今考えてみれば中学受験を控えてた従姉は私をからかって勉強でたまった心労を癒していたのだろう。私は仕返しを考えていた彼女をびっくりさせようと怖い絵本を探した。開くと立体になり横からバーをひくと表に出ていた絵が変わるやつだ。それは一見美男美女のしあわせな結婚式の記念写真風の花嫁花婿の絵なのだが、バーをひっぱると律義すぎるくらいグロテスクなゾンビになった花嫁と花婿に変わるのだ。目玉が飛び出し毛細血管や蛆虫がこれでもかと書きこんであって、子どもを怖がらせるにはじゅうぶんだった。私が従姉にみせると、
「まあ、かわいいね」
従姉は少し目を輝かせていたが、紙の顔を変えたとたん、見ているほうの顔も変わって、あっ、といったのか、聞きとりにくい声をあげると、私の手から本をひったくった。と思ったときには、私の顔にきついビンタを喰らわせた。私はあっけにとられて、それから泣きだしたようようにおぼえている。

このときの従姉の話はどうでもいいが、恐怖小説を書くからには、読者を怖がらせたい。きらいな読者にはどうしようもないが、好きな人にまで白けた顔をされたのでは怪奇譚を書く意味がないだろう。そして、それを私の好物である「萌え」とミックスさせて書きたい。萌えときいて鼻で笑うものもいるだろう。なぜ一部の人間の間で萌えは非常に軽視されている。確かにいわゆるゼロ年代後半は日常アニメ、空気アニメ、乙女の花園系アニメが多く、非常にミニマルな世界感で収まり世界感を共有しない人にはチンプンカンプンなものだったろう。所詮、現実逃避なのだ。「あずまんが大王」の正統進化系である「けいおん!」はゼロ年代空気系アニメの金字塔であろう。同時に少女の日常を描く限界が生まれてしまった。しかし、二〇一一年の「魔法少女まどかマギカ」はその閉塞を破ったのだ。乙女の花園きゃっきゃウフフな世界や東浩紀が提唱するデータベース化世界と大きな物語の世界との融合を果たし、魔法少女の脱構築を果たした。そして、まどかの世界観は全体をメタ構造をとりいれることによって限界を超え、ただのエヴァ最終回のリライトでなく、概念となったまどかによって世界を再構築しまどかの世界は我々が現実に生きている世界とつなげることができたのだ。そして、これからの萌え作家はまどかを越えねばならないだろう。一〇年代で一つの歴史をつくられたのだ。あの最終回を笑うものもいるだろう。しかし、歴史を作る作品はどこか歪でエネルギーがあふれ出るものなのだ。すごいのだ。そのエネルギーを受信した全国の私も含む電波野郎がどう感動するか考えるか動くかに考えると非常にわくわくするのだ。
 今、こう恥ずかしい自論を書いていて気づいたのだが、いわゆる萌え豚と罵倒する方々は、前述の乙女の花園世界に惑わされている動物化した人達の現実逃避感を無意識に見抜いているのではないか。見抜くというわけではなく、甘ゝな世界と現実世界との差異に戸惑い攻撃的もしくは冷笑的にいっているのではないかとこういう風に考えた文章を今書いてるなんて図書館でロビンソンクルーソーに熱中していた当時の私には今を想像できなかっただろう。だいたい本は図書館で読んでいた。その頃私はしょっちゅう病気で学校を休み家でゴジラやガメラに熱中していた。体が大きくなるにつれ身長が従姉を追い越しそうになり、従姉を見降ろすのがなんとなく申し訳なくなり彼女とはほとんど会わなくなっていた。ある日、叔母からの知らせにより知ったのだが、ひと月ほど前から入院していて、図書館にいっても一人で本を読んでいた。
 本に興味を持ち始めの、私は中学に上がりかけた時に、親にせがんで手塚治虫のブラックジャックを買ってもらって、漫画文庫の重厚な表紙と中身の絵のギャップやきれいな装丁に魅了され、私の愛書熱はメラメラ燃えていたが、当時はそれが何なのか知らず、迷走を続けていた。当時のわたしはもっぱら怪奇小説であり、子供だましもいいとこの、怪しげな本ばかり、読んでいた。そのなかにはかなりえげつない内容のものもあり、女が髪を洗おうとするのだが髪は抜け、肉はそげ落ち、骸骨になる四コマ漫画や、肛門のような、非常に小さな口をもった男がストローで牛乳を飲んでいる写真があった。今になってかんがえてみると、あれは九〇年代後半のデヴィッド・リンチのような悪夢のような映像の静止画像だったのだろう。若いころのクリス・カニンガムやデヴィッド・フィンチャーやスタンリー・キューブリックなどの映像からの切り貼りだろうと考える。叔母の家にも毎日のように、入り浸っていた。特に二階の物置である。そこには、祖父の机があった引き出しを開けようとした。なぜそんな空き巣みたいなことをしたかというと、従姉がヴァン・ゴッホ製「のかっこいいケースの色鉛筆をだいじにしていて、
「あたしが死んだら、あげるわね。そんなに長く待たないでも、すむはずよ。」
 と言っていたからだ。なにしろ二四色はなんとも魅力的で、気になってしかたがない。意図が入院すると、もう私の物のように「思われて、探し始めた。武骨なスチール製の引き出しから見つかった。花札が置いてあり札に描かれた絵が独特で私の宝物にしてしまった。その中に一枚の写真が入っていた。
 一枚は抽象画で大きな赤い眼がこちらをぎょろっとのぞいているようで不気味だった。私の幼時の記憶なのだが、いつの間にか頭の中で、すみずみまでがみわたせる画面になってあざやかに覚えている。場所は橋場町から片町のほうにくだる通りのなかほどで、時間は日の暮れる三時ごろだろう。金沢は冬季の日照時間が極端に短い。半熟卵の黄身みたいな太陽が沈みかけていて、あたり一面強いコントラストで街が区分されているようにみえる。あたりいちめん真っ赤に染まっていた。私は母親の背におぶさっていたのかもしれにあが、周囲をきょろきょろ見回していたのかもしれないが、とにかく家へむかっていたのようだ。大見町市場と呼ばれる商店街があって、そこで夕食の買い物をした帰りだったのだろう。大売り出しの日ででもあったらしく、通りは人でいっぱいだった。傍らのさかな屋には赤や黄色の幟を立てて、赤い帽子をかぶった男が赤いメガホンでどなっている。もちろん文句は覚えていないが、死にかけのオットセイがモールス信号で吼えているような妙な調子はわすれられない。
 後年になってアニメ墓場の鬼太郎の一シーンを見た時に、私はこの記憶をすみずみまで、よみがえらした。というよりも、墓場の鬼太郎の昔の東京の雰囲気が私の記憶の脚本が映像のように演出されたのだろう。なぜなら母親は大見町市場で買い物などしないからだ。私の記憶はよく恣意的に捻じ曲げられているのだ。ロマン派だ。ロマン派。とにかく、丈の長い黒いコートを着た群衆が薄暗いライトに照らされ、 蝋人形のように生気のない顔が浮かびあがっている。独特の赤や黄の色彩を、今の私は記憶としてみているのだろう。だが、その中心あって、私に衝撃をあたえた人間像は、決して演出されたものではない。
 みんなに避けられた人物は、私たちの前に現れた。十二、三か十五、六か、年恰好のつかみにくい青年だった。かすりの洋服をだらしなく着て、長靴をぺたぺた鳴らしながら、ひと足、ふた足、はねるように歩いてくる。そのたびに、前かがみの痩せたからだが、左右に揺れた。青年は奇形だったからだ。
 頭だけが身体に比べて、極端に小さい。痩せていても、いちおう胴と手足のバランスはとれているのに、肩から首へ急に細くなって、、握りかためたみたいな頭には、わかめのような髪のはりついた頭がのっている。そのくせ眼鼻口の大きさは、むしろ手足とつりあっていた。だから豚の背脂ののように濁った白さが、薄気味悪い小さな顔に、はみだしそうな目鼻がついて、殊に両目は、ほとんど瞼からとびだしていた。この異形のものが、うっとりと眼をすえて、ぽかんと口をあけながら、夕陽の赤黄色の光のなかを、ひょこひょこと歩いていくと嫌悪や憐みの視線をそらして、人は道をひらくのだった。
 いまの私は、それが先天性の奇形だ、と知っている。けれど、そのときには恐怖のあまり、目をそらすこともできないで、母親の肩にしがみついた。母親は周りに聞こえないような小さな声で、
「がんくびだよ。見るんじゃない」
といったように記憶している。がんくびとは、どうもきせるの雁首ににていることから名付けられたらしい。先天性の奇形を意味する俗語かもしれない。なんのことかわからない私は恐ろしいものを見つめ続けた。ふいに、青年の足取りは痙攣した。立ち止まろうとしたらしい。同時に生気のない顔が、私をみて、笑ったふうにもみえた。いや、私に笑いかけたのだ。
 私は口のなかで叫びをあげて、母親の肩に伏せた。家へ帰って、背中からおろされるまで、私は目をひらかなかった。背中が汗でぐっしょりと濡れた具合のわるいかんじをはっきりと覚えている。その晩は、いつまでも寝つかれなかったような気がする。目をつぶると、あたり一面赤くなって、この世の終わりのような夕方の日のもとを、頭の小さな少年がこぼれおちそうな目で私をみながら、ひょこりひょこり歩いてくるのだ。しばらくのあいだ、私は夕方、おもてへ出るのを泣いて嫌がった。
 この記憶がとつぜん新しい意味を持ってきたのは、十余年ちかい月日がたって、溶ける女の絵や肛門のような口をもつ男の映像のカットを雑誌でみたころのことだった。ある理由で、この青年は、私の肉親ではなかったかと考えはじめたのだ。私はそれをネタにして、作品にする気はない。だが、あの場所が最近は、どうなっているのか見たい、と思った。そこまで考えたら、どうも腹が減ってきた。飯でも作ろうかと考え、部屋を出た。一月半ばの寒い午後だった、外套の肩をすくめて、玄関にでようとすると、買い物かごをさげた益岡見里とすれちがった。
「おでかけ?」
 声をかけられて、私は会釈を返した益岡はとなりの家に一人で住んでいる女だ。高校に通っているのに、この時間になにをしているのだろう。久喜駅のほうに歩きだしてからやっと私は、きょうが祭日なのを思い出した。
 買い物をすませ、本屋で新刊書籍をチェックし、本屋でプチ読書をすませたころには、空はもう暗くなっていた。外套のポケットに両手をつっこんで、私は裏通りに入っていった。ちらりと、なにかに追われるようなことは、していないが、後ろを覗った。黒いジャージを着た、茶髪の女性がひとり歩いているだけだ。最近、少し神経を使いすぎているのかも、しれない。しかし、それをすることで、私はそれとなしに心をおちつかせているのだ。なぜ、こんな愚にもつかぬことを、こねくりまわしているのだろうか。そう、漫画をひとつ、ポンと、描きあげなくてはならない。仕立てなくてはならないのだ。現実逃避の一種なのかもしれないな、と作品の構想を陶芸家が、陶芸年度をこねながら心をととのえるように、歩きながら、いろいろと考えていた。なにか考えることによって、なんとかなると思ったが今のところ、何にもなっていない。混濁するだけで、集中ができない。陶芸家は粘土を、壁に投げつけた。べとり。
 中央をぬけて鴻巣のほうにおりていくと、車の通りの激しい通りには、強い風がふきわたっていた。歩きつづけほどよく体が温まってきたころから、あのおどろおどろしい絵から解放されたような気がしたのだ。ゆったりとのびた飛行機雲を見つめ、公園から子どもがいなくなって、きょうが祭日なのを、あらためて思い出した。帰って酒が飲みたくなったけれど、明日は早いだろう。、部屋に戻って、また机にむかうのかと思うと気が重かった。
ちいさな溜息をつきながら、道路を眺めると私の心臓はとまりそうになった。
 バスの中で外を幽鬼のように、眺める青ざめた女の顔は、山野花枝だった。私の従姉―――かれこれ一〇年前に死んだ私の従姉の顔だった。

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さいかい!




久々ですね!

あれから1年経ちましたね。
なんだかいろんなことがありましたね!
ううーん。不思議なことばかり。


再開いたします!

shitakeminoru at 00:39|PermalinkComments(0)この記事をクリップ!

2010年05月09日

突然ですが!


001



。。









このブログを閉鎖します。


やっぱ自分は





「有名になろう有名に!絶対いい絵を描こう。すげー話を書こう!」


と思い。それだけに専念していました。僕は必死でした。










僕は本質にあることを見失っていたようです。





絵を描かない間、いろんなことを考えました。




考えた結果、自分の未熟さや、できないこと、手の届かないところに気づくことが出来ました。


いろいろ不満もあるでしょうが、僕自身ももっとはっきり説明することができません。


ただ"僕はもっと修行しないといけないようです。"


5月を以てこのサイトを閉鎖いたします。






ありがとうございました。





















shitakeminoru at 16:44|PermalinkComments(5)この記事をクリップ!

2010年04月09日

けいおん!!



009




唯。ギターを一回描いたし軽くイケるかなと思ったらうまくいかなかった。


2期がはじまって非常にうれしい限りです

ちょっと更新

日記

最近、無駄にむかむかぷんぷんと怒っている毎日です。


毎日、ぽけーっとぼんやりしているわけです。


ただぼんやりしているわけではありません。人間らしく毎日の学習などの日課はだいたいやってます。

だいたい勉強といっても軽いものですが、そういえば健康がね。いいですね。


健康っていいですよね。毎日外に出たいなって想像を膨らませることができますもん。


昨日はその想像の外から出て、DVDのレンタル屋さんに行きました。また変なDVDを借りてきました。


DVDはプレステがあるんですがあるから再生できますが、悲しいですねえ。パソコンのディスクいれるとこがこわれてダメになってますわ。

このまま放置するのもダメなので、修理を頼みに行きたいですな。そろそろ。


修理してほしいといえば、僕の個人的ないざこざとかも修理してほしいですな。まあ、僕ではなく相手の頭を修理してほしいとか考えてるわけで直るわけないわけですが。


なおさないといけない問題はもう自分の内側にないというのは、以前からは想像したこともなかったです。何か退化しそうな気がしますもん。

退化しないためにどうするかというと不満をもつことなんじゃないかと、一人勝手に怒ってるわけです。

怒ってることを明確にするために、こんなmixiにありがちな「僕の心の中を表現する」みたいな駄文を打ってるわけでは、ありません。


その「僕の心の中をを表現する」系の文は糞つまらない文ばっかです。だいたいは自分に酔ってるのでしょう。

酔って泥酔した様を大して親しくもない人にさらすのはけっこう恥ずかしいものです。気付かないでさらしまくってるとだんだん干からびていきます。

干からびないようにするには、人から賞賛されるとぷっくりと自尊心がまたふくらんでいきます。よく学校で卑猥な形をした水に膨らむおもちゃを学校でふくらましてましたね。あの要領ですな。今思うとあれはなかなか風刺っぽくていいですな。


そろそろ風刺の足音が聞こえてまいりました。やることをやらないといけないのでしょうか?


「ああ、そう。やりたくないーよーう」







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2010年04月07日

スキャナーを取り入れてみたぞい。尻

001




模写。



模写したやつをうちにあるやつで軽いノリでスキャンしてみたら便利すぎて吹いた。


こんどからガンガン使っていこうと思う



ちなみに右上は友達の描いたらくがきムーミソ

002


友達を待つこと6時間。ひますぎたので描いてた絵。なんか妄言がかいてあるけれど、きにしないで

002 - コピー




そんとき友達がだれかいたらいいなと思って描いてた漫画。深夜11時から早朝6時ちょっと前までいた。

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2010年04月04日

かなざわにて

rakjud



深夜のバスがくる30分前


家族と飯を喰らった後なので、とりあえず喫煙コーナーにて、喫煙する。


父がやけに優しく話かけてくれるなぁと思う。何だかやっぱり。

そのうち、お互いビールを飲みつつ話会えたらいいなと思うけど、これから先にそのような機会はあるだろうか?っなーんて腑抜けてみたりした。

雪が降ってきてて、センチメンタルになってみたりしてね。かさかさってする音が聴こえてるのさ。

喫煙所でタバコをくわえてチューチューやってると、変わったおじさんが来た。凄い柄したネクタイに緑のニット帽、黒の筆記体がちょろっと書かれたジャンパーを着ていた。変わった格好をしてるなーと思ってたら、世間話をしてきたので応戦。北海道の人らしい。変わった雰囲気のある人だったが、タバコを一本吸い終えると、ぷいっと駅校内に入っていってしまった。

僕もちらほら降る雪を見ながら一本を吸い終えたので、近くのスターバックスに入った。混んでたんだけどメニューを眺めていたらあっという間にレジまできていた。抹茶フラペチーノなる甘い汁を処女の血を吸い取るノミのような姿勢でチューチュー吸い取り一息つくと、隣に装苑にでてくるデザイナーさんみたいな格好をしたきれいな女の人が肉厚なスケジュール帳に何やら書き込んでいた。僕は話し掛けようか悩んだけども、やめた。

その女性がもしかしたら凄く、いい仕事をしている最中かもしれないと思ったからさ。そんなときの人間に話し掛けようとするのはとっても馬鹿げているってね。

その後10分。




しばらく母親に安心するよう電話し、クリームをぱくついたりしてたらバスがきた。

チケットを見せ、バスに乗り込んだ。














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