静岡県の遺跡・古墳・城跡ガイド

静岡県内の遺跡・古墳・横穴・窯跡(古窯)・廃寺・経塚・墳墓・中世墓・磐座(いわくら)・城跡・砦・陣屋など、埋蔵文化財を探訪して地図付きで紹介。考古学イベント、歴史博物館、郷土資料館、展示会の情報あり。 状況はすべて探訪時のものであり、その後消滅または立ち入り禁止となった場所があるかもしれません。 探訪はすべて自己責任でお願いします。原則リンクフリーです。

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駿河今川氏の城 今川城跡(大津城跡?) (静岡県島田市大草767 真言宗泉涌寺派 祥雲山 慶寿寺)


静岡県島田市大草の真言宗泉涌寺派 祥雲山 慶寿寺は、南北朝時代の興国6年(1345年)に駿河今川氏2代目当主 今川範氏(いまがわのりうじ)が京都から和尚を招き創建されました。

慶寿寺周辺は今川城跡で、『駿河伊達文書』に記された大津城跡かもしれないといわれいます。

境内には、今川範氏の墓とされる宝篋印塔(ほうきょういんとう)が所在。

今川城跡(慶寿寺)
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室町時代に横地氏が築城 日吉丸(豊臣秀吉)が仕えた松下加兵衛の城? 掘田城跡(松下城跡) (静岡県菊川市(旧小笠郡菊川町)西方)


静岡県菊川市(旧小笠郡菊川町)の曹洞宗 拈華山 正法寺(ねんげざん しょうぼうじ)の裏山は、掘田城跡(松下城跡)です。

正法寺西側の丘陵の細尾根に築かれた山城で、遺構(曲輪、土塁、十数条の堀切)が確認できます。

室町時代初期に、駿河今川氏6代当主の駿河守護 今川義忠(いまがわよしただ)と敵対した遠江の有力国人 横地氏が築城?

文明8年(1476年)、今川義忠が横地氏の本城 横地城を攻略し、横地氏15代当主 横地四郎兵衛秀国が討死。

掘田城跡は、戦国時代に日吉丸(のちの豊臣秀吉)が仕えたとされる、駿河今川氏11代当主 今川義元の家臣 松下加兵衛の城だったという説があります。

掘田城跡(松下城跡) 2重堀切
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今川氏,武田信玄,徳川家康の城 愛宕山城(愛宕砦,茶臼山砦,長沼塁) (静岡県静岡市葵区沓谷城山)


静岡県静岡市葵区沓谷(くつのや)の愛宕山城(あたごさんじょう)は、鎌倉時代初期に御家人・長沼五郎宗政が築いたとされています。

別名は、愛宕砦・茶臼山砦・長沼塁。

戦国時代(室町時代後期)の永正元年(1504年)、駿河守護の今川氏親(いまがわうじちか)が愛宕山城を拡張。

戦国時代(室町時代末)の永禄11年(1568年)、甲斐(山梨県)の戦国大名 武田信玄が今川氏の領国 駿河(静岡県中部)に侵攻。

武田氏は愛宕山城に陣をおいて、今川氏と同盟関係であった北条氏の進軍に備えました。

安土桃山時代の天正10年(1582年)、徳川家康が愛宕山城を支配。

天正13年(1585年)、徳川家康が駿府城の北東に位置する愛宕山城の本曲輪(標高約90m)へ、鬼門除けとして京都の愛宕神社を勧進。

愛宕山城 本曲輪(愛宕神社)
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