静岡県の遺跡・古墳・城跡ガイド

静岡県内の遺跡・古墳・横穴・窯跡(古窯)・廃寺・経塚・墳墓・中世墓・磐座(いわくら)・城跡・砦・陣屋など、埋蔵文化財を探訪して地図付きで紹介。考古学イベント、歴史博物館、郷土資料館、展示会の情報あり。 状況はすべて探訪時のものであり、その後消滅または立ち入り禁止となった場所があるかもしれません。 探訪はすべて自己責任でお願いします。原則リンクフリーです。

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移築された田中城の城門? 曹洞宗 田中山 旭傳院の山門 (静岡県焼津市保福島680)


静岡県焼津市保福島(ほふくじま)の曹洞宗 田中山 旭傳院(ぎょくでんいん)にある山門は、田中城(藤枝市田中)の城門を移築したと伝えられています。

城門にしては小さすぎるため、城内にあった屋敷の門かもしれません。

旭傳院 山門(伝・田中城 城門)
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初代島田代官 長谷川藤兵衛長盛が居を構えた 島田代官屋敷跡 (静岡県島田市野田 島田北幼稚園付近)


初代島田代官 長谷川藤兵衛長盛は、安土桃山時代の天正年間(1573~1592年)に大草(島田市大草)の上反方(かみたんぽう)の丘に居を構えていました。

その後、野田(島田北幼稚園付近)へ屋敷を移して島田代官を務めました。

屋敷の規模は、南北約156m、東西約146mと推定。

江戸時代前期の元和3年(1617年)、第2代 長谷川藤兵衛長親が島田宿内に陣屋(島田市柳町)を建てて移住。

野田の島田代官屋敷にあった稲荷は、地元の人々が野田山南東の中腹に遷座し三崎稲荷と呼んで信仰したといわれています。

三崎稲荷大明神
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太平洋戦争末期 静岡大空襲(1945年6月19~20日)の慰霊碑 賤機山山頂 浅間山観音広場 (静岡県静岡市葵区籠上)


太平洋戦争末期の昭和20年(1945年)6月19日深夜から20日未明にかけて、静岡県静岡市は米軍のB‐29爆撃機123機による空襲をうけました。

これが静岡大空襲で、死者約2000名・負傷者約5000名・焼失戸数約27000戸。

米軍側は、空中衝突した2機のB‐29が安倍川近くに墜落して搭乗員23名が死亡。

昭和45年(1970年)、静岡市葵区の賤機山(しずはたやま)公園山頂の浅間山観音広場に、僧侶の伊藤福松さんが静岡市戦禍犠牲者慰霊塔・B‐29墜落搭乗員慰霊碑を建立。

毎年6月19日に近い土曜日の正午より、日米合同慰霊祭が営まれており、空襲による犠牲者の遺族や米軍関係者など約200人が参列します。

賤機山山頂 浅間山観音広場の慰霊碑
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