静岡県島田市柳町・本通り4丁目の島田市民会館南側のおび通り周辺は、江戸時代の島田代官所跡(御陣屋遺跡)です。

江戸時代前期の元和2年(1616年)、島田代官 長谷川藤兵衛長親が野田にあった屋敷から島田宿内のこの場所に建てた屋敷に移りました。

3184坪の代官所敷地にあった御陣屋稲荷神社と、土塁の一部が残されています。

島田代官所跡(御陣屋跡)
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探訪は自己責任で!!

島田代官 長谷川藤兵衛の墓所
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江戸時代 東海道袋井宿を支配した川井代官の墓
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島田代官所跡(御陣屋跡) 御陣屋稲荷神社の地図

アクセス
東名高速道路 吉田ICの北西

江戸時代前期の元和2年(1616年)、島田代官 長谷川藤兵衛長親が野田の屋敷から島田宿内のこの場所に建てた屋敷に移りました。

翌年、地域住民の安泰と五穀豊穣を願って屋敷内に稲荷祠を建立。

長谷川氏は、代々長谷川藤兵衛(はせがわ とうべえ)を名乗りました。

2代目の長親から、5代目の勝峯が元禄5年(1692年)に遠江国川井(袋井市)代官へ転任するまで、代々島田代官を務めています。

寛政6年(1794年)、当時の代官 野田松三郎政晟が駿府代官となって駿府紺屋町の代官所へ移り、島田陣屋は出張陣屋になりました。

土塁
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御陣屋稲荷神社
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<出土遺物>
発掘調査で見つかった、金属製品と古銭。

文鎮(ぶんちん)
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煙管(キセル)
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寛永通寶(かんえいつうほう)
江戸時代前期の寛永13年(1636年)から幕末まで鋳造された貨銭。
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天保通寶(てんぽつうほう)
江戸時代後期の天保6年(1835年)から明治3年(1870年)まで鋳造された貨銭。
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