静岡県静岡市清水区(旧庵原郡由比町)由比の日蓮宗 霊瑞山 本光寺は、鎌倉時代の元弘元年(1331年)に宗祖 日蓮大聖人の直弟子 白蓮阿闍梨日興(びゃくれんあじゃりにっこう)聖人が蒲原に開いた、硯水山 慶徳寺(けんすいざん けいとくじ)がはじまりです。
戦国時代の永禄12年(1569年)、甲斐の武田信玄が北条新三郎綱重の蒲原城を攻めた際に、慶徳寺は兵火にあって焼失。
元禄13年(1570年)頃、現在地に霊瑞山 本光寺として再興されました。
境内には、「何でも願い事が叶う」とされる朝日堂、古墳時代後期の豪族の墓 室ヶ谷古墳群、今川義元の家臣 由比四郎光教の墓、由比宿本陣 岩辺家の墓、「薩埵山(さったやま)の戦い」(薩埵峠の戦い)で討死した戦国武将達の墓もあります。
戦国武将廟

探訪は自己責任で!!
日蓮宗 霊瑞山 本光寺の地図
TEL 054‐376‐0088
参拝者用 無料駐車場あり
アクセス
JR東海道本線 由比駅より車で約5分、徒歩約25分
日蓮宗 霊瑞山 本光寺

日蓮上人生誕700年記念碑
「南妙法蓮華経」と刻まれた石碑に、室ヶ谷1号墳の横穴式石室の石が転用されたと伝えられています。

室ヶ谷3号墳の横穴式石室
畿内から贈られた装飾大刀が出土!!
古墳時代後期 豪族の墓 室ヶ谷古墳群の記事はこちら

永代供養廟 平和観音

平和観音

<東海七福神殿>
七福神像が安置されています。

一木造りの七福神像

<山門>

仁王像(阿形)
向かって右側の仁王像。

仁王像(吽形)
向かって左側の仁王像。

<鐘楼>

<本堂>

<由比宿本陣 岩辺家の墓所>
岩辺家の初代は、由比四郎光教の息子 由比光広。
岩辺家当主は、代々岩辺郷右衛門を名乗っていました。
東海道沿いの岩辺本陣跡は、由比本陣公園として公開。

由比助四郎光教の墓
今川義元の家臣 由比四郎光教は、戦国時代の永禄3年(1560年)5月19日に「桶狭間の戦い」で討死。

<願満朝日日蓮堂>
日蓮聖人が日蓮宗を開いた32歳の姿の祖像を、願満の祖師として祀っています。
参拝すると「何でも願い事が叶う」とされている、人気のパワースポット。

日蓮聖人像

奉納絵馬



<浄瑠璃殿>
浄瑠璃姫を祀った、恋愛成就のパワースポット。
浄瑠璃姫の伝説
鎌倉に向かう途中の源義経が、尾張国の長者の家に宿泊。
義経は、長者の娘 浄瑠璃姫と恋仲となりました。
鎌倉に旅立った義経を追ってきた浄瑠璃姫は、増水した富士川を渡る事ができずにこの地で滞在中に病死。
里人たちは、塚を築いて埋葬。
その後、塚の近くに慶徳寺が建てられました。


<南無水子観音尊>

<戦国武将廟>
駿河湾と富士山を眺める薩埵峠周辺は、「薩埵山(さったやま)の戦い」(薩埵峠の戦い)が行なわれた古戦場です。
南北朝時代の観応2年(1351年)、足利尊氏と弟の足利直義がこの地で戦い、直義軍が敗戦。
戦国時代の永禄11年(1568年)12月、甲斐の武田信玄が駿河に侵攻。
「薩埵山の戦い」第一次合戦で武田軍を迎え撃った、今川義元の嫡男で駿河今川氏10代目当主 今川氏真(いまがわうじざね)の軍勢が破れました。
今川氏真は、重臣 朝比奈泰朝(あさひなやすとも)のいる掛川城へ脱出。
駿府(静岡市)は、武田氏によって陥落。
永禄12年(1569年)1~4月には、今川氏と同盟関係であった相模の戦国大名 北条氏康(ほうじょううじやす)の嫡男 北条氏政(ほうじょううじまさ)の軍勢と武田軍が、薩埵峠で睨み合いとなりました。
これが、「薩埵山の戦い」第二次合戦です。
「薩埵山の戦い」で戦死した武将達の墓(39基の五輪塔・宝篋印塔(ほうきょういんとう))が、集められています。


墓地の上に建つ、羅漢堂と釈迦堂。

<羅漢堂>
堂内には、十六羅漢像を安置。
屋上には、日蓮大聖人像が建つ。

十六羅漢像

日蓮大聖人像

<釈迦堂>
午後6時に、祈りの鐘が鳴ります。


墓地の上からの眺め
駿河湾を一望できます。






