静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)岡部の浄土宗 久徳山 専称寺(くどくさん せんしょうじ)は、安土桃山時代の文禄4年(1595年)に称蓮社専誉順賀(しょうれんしゃせんよじゅんが)和尚によって開山されました。

本尊の阿弥陀如来は、駿河六阿弥陀のひとつです。

江戸時代後期の文化4年8月27日(1807年9月28日)、豊後府内藩(大分県大分市)の第7代藩主 松平近義(まつだいらちかよし)が参勤交代中に東海道 岡部宿脇本陣で客死。享年38。

専称寺に建てられた墓には、隷書体(れいしょたい)で「山高水落」と刻まれています。

豊後府内藩 第7代藩主 松平近義の墓
17680

江戸時代初期に、学僧の幡随意上人(ばんずいいしょうにん)が灸療法の「一卜火灸」(ひとひきゅう)を専称寺に伝授。

岡部の「一卜火灸」として東海道の旅人達に評判となり、灸療法は代々の住職に伝えられています。

明治25年(1892年)、専称寺は本堂・庫裡などを焼失。

唯一残った山門は、江戸時代後期の文政13年(1830年)に建立されたものです。

専称寺には、市指定文化財の西行坐像(さいぎょうざぞう)、不動尊立像(ふどうそんりつぞう)があります。

西行坐像は、元は十国坂観音堂(じっこくざかかんのんどう)に安置されていた西行法師の木像(高さ約50cm)。

江戸時代中期の享保11年(1726年)、江戸湯島天神の西に住んでいた柑本南浦(こうもとなんぽ)が西行山 最林寺(廃寺)に奉納した銘が像底裏に記されています。

不動尊立像は、立光山不動院(廃寺)に安置されていた鎌倉時代前期の作といわれる一木彫り立像。

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浄土宗 久徳山 専称寺の地図
TEL 054‐667‐0242

アクセス
東名高速道路 焼津ICの北西

専称寺の入口
静岡県道208号 藤枝静岡線沿いの、「岡部一卜火灸療所 浄土宗 専称寺」の看板が目印。
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山門
江戸時代後期の文政13年(1830年)に建立。
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新山門
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地蔵
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本堂
昭和50年(1975年)に再建。
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豊後府内藩 第7代藩主 松平近義の墓
隷書体(れいしょたい)で、「山高水落」と刻まれています。
境内西側にあり、説明板が無いため藩主の墓だと気づきません。
17678

参考文献
「藤枝・岡部・大井川の寺院」 藤枝志太仏教会