静岡県磐田市三ケ野(みかの)の大日堂古戦場(だいにちどうこせんじょう)は、磐田原台地(いわたはらだいち)の東端(標高約38m)の東海道 三ヶ野坂に位置しています。

三ヶ野坂は、鎌倉・江戸・明治・大正・昭和・平成時代に築かれた7本の道が通る交通の要所です。

三ヶ野坂の大日堂古墳(だいにちどうこふん)の墳丘には、大日如来を祀る大日堂が所在。

周辺では、室町時代末期(戦国時代)の元亀3年(1572年)に、戦国武将 武田信玄軍と徳川家康の家臣 本多忠勝(ほんだただかつ)が率いる偵察隊との合戦が行われました。

大日堂古戦場
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<武田・徳川軍が戦った大日堂古戦場>

室町時代末期(戦国時代)の元亀3年(1572年)10月10日、3万5千の兵を率いた甲斐(山梨県)の戦国武将 武田信玄が青崩峠(浜松市天竜区)を越えて遠江(静岡県西部)に侵攻。

武田軍は犬居城・飯田城を攻略し、久野城(袋井市鷲巣)を包囲。

久野城救援のため、徳川家康が浜松城(浜松市)を出発。

徳川軍は、本多忠勝(ほんだただかつ)・内藤信成(ないとうのぶなり)が率いる偵察隊を先行させて、天竜川を渡り磐田原台地の見附(磐田市見付)に到着。

磐田原台地東端の三ヶ野坂に到着した本多忠勝は、この場所にあった松の大木(本多平八郎物見の松)に登り、木原・西島(袋井市木原)に布陣した武田軍の様子を偵察したと伝えられています。

許禰神社(こねじんじゃ)北方(袋井市木原・土橋)付近(木原畷古戦場)と三ヶ野坂(大日堂古戦場)で、武田・徳川軍が戦いました。

探訪は自己責任で!!

大日堂古墳戦場の地図

アクセス
国道1号線バイパス三ヶ野ICの近く

大日堂古戦場、大日堂古墳への行き方
磐田市の田原公民館または三ヶ野公会堂を目指します。
大日堂の駐車場はありません。

案内板(田原公民館、磐田市三ヶ野1045‐3、TEL 0538‐35‐4269)
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坂下橋付近(鎌倉の古道 入り口)
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石碑
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鎌倉の古道
坂下橋から3分ほど古道を登ると、大日堂があります。
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大日堂近くの案内板(地図)
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大日堂西側の車止め
三ヶ野公会堂東側の、道幅のせまい住宅地の道路の行き止まりに車止めがあります。
駐車場はありません。
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大日堂古戦場
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大日堂古墳
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五輪塔
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大日堂からの眺め(三ヶ野橋方面)
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大日堂の碑
徳川家康の家臣本多忠勝が松の大木に登り、武田軍の様子をうかがったと伝えられています。
(本多平八郎物見の松)
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