静岡県焼津市方ノ上(かたのかみ)の方ノ上閻魔堂(かたのかみえんまどう)には、江戸時代に制作された閻魔大王座像が安置されています。
江戸時代中期の元禄15年12月14日(1703年1月30日)、「忠臣蔵」で有名な赤穂浪士の討ち入りで、吉良上野介義央(きらこうずけのすけよしひさ(よしなか))が討たれました。
駿河国(駿州)益津郡方ノ上(方野上)村の地蔵堂の堂守(どうもり)となった吉良家旧家臣は、吉良の殿様をはじめ赤穂事件の犠牲者達を供養するため、あの世で公正な裁きを閻魔様にして貰おうと考えました。
法号庵の住職・方ノ上村の名主・曹洞宗 高草山 林叟院方丈(りんそういんほうじょう)と相談の上、江戸で寄付を集めて仏師に閻魔像の製作を依頼。
享保3年(1718年)の暮れに完成した閻魔像は、享保4年(1719年)春に焼津湊の積間屋 巻田久左衛門所有の川岸丸で焼津に運ばれ、方ノ上地蔵堂に安置されました。
方ノ上閻魔堂

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