静岡県藤枝市南駿河台1丁目の御子ヶ谷遺跡(みこがやいせき)は、昭和52年(1977年)に発見されました。

発掘調査では、律令期(奈良・平安時代)の食器に郡名や郡司の役職名を書いた墨書土器や木簡など、文字資料が多数出土。

郡役所の志太郡衙跡(しだぐんがあと)だと判明し、昭和55年(1980年)に国指定史跡になりました。

志太郡衙跡の規模は奥行約130m・幅約110mで、周辺は御子ヶ谷公園として整備されています。

志太郡衙では、焼津で水揚げされた鰹(かつお)を加工した煮堅魚(古代鰹節)や、イロリと呼ばれる鰹の煮汁(古代の調味料)などを、貢納物(こうのうぶつ)として都に送っていました。

出土遺物の一部は、公園にある志太郡衙資料館で展示。
(一部は、藤枝市郷土博物館に展示)

志太郡衙跡(御子ヶ谷公園)
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見学者は、青島北公民館の駐車場を利用して下さい。

静岡県の歴史

国指定史跡 志太郡衙跡(御子ヶ谷遺跡)の地図

志太郡衙資料館
静岡県藤枝市南駿河台1‐12
TEL 054‐646‐6525
開館時間 9:00〜17:00
休館日(月曜日、祝休日の翌日、年末年始、臨時休館日)
変更になる場合があります。
事前確認してから、お出かけ下さい。

青島北公民館(TEL 054-646-2300)駐車場の地図

青島北公民館周辺の遺跡 秋合遺跡の記事はこちら

藤枝市郷土博物館 地図
静岡県藤枝市若王子500 蓮華寺池公園
TEL 054‐645‐1100
開館時間 9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日(月曜日、祝休日の翌日、年末年始、臨時休館日)

昭和52年(1977年)の発掘調査時の写真。
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案内図
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石敷道路         
写真右側の板塀(いたべい)に沿って、石敷道路があります。
左側の沼地はゴミ捨て場として利用されていたため、破損した土器(須恵器・土師器・墨書土器)や木製品(木簡・曲物・下駄・箸・斎串(ゆぐし)・杓(しゃく))などが出土。
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正門(左側)と通用門(右側)
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通用門
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正門
幅約2m、高さ約2.5mで、切妻造りの屋根が乗る棟門(むねかど)。
両側の板塀は高さ約1.8mで、柱の直径は約24cm。
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井戸跡
一辺2.5m、深さ1.6mの穴の中に、7〜8段の井戸枠を積み上げてありました。
井戸枠は厚さ3〜5cmのスギ板で、内側は一辺約75cmの正方形になるように組まれています。
井戸の中から、土師器・下駄・曲物・挽物皿・瓢箪が出土。
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掘立柱建物跡と復元建物(掘立柱建物C)
掘立柱建物跡は、円柱のあるものが床張建物、無いものが土間建物をあらわしています。
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復元建物(掘立柱建物C)
この建物は周囲を板塀で囲まれており、特別な建物だと考えられます。
5間(8.7m)×3間(6.9m)で南側に扉があり、直径約23cmと27cmのヒノキの柱を使用。
2009年8月11日の駿河湾地震の被害で、土壁が崩れました。
現在は修復されています。
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<志太郡衙資料館の展示物>
資料館の展示室は撮影禁止。
展示物の写真は、イベント開催時に撮影したものです。

平城遷都1300年記念イベント 
「古代鰹節の再現と志太郡衙(しだぐんがあと)」の記事はこちら


イロリ(煎)
鰹の煮汁を、さらに煮詰めて調味料としたもの。
須恵器の壺Gと呼ばれる容器に入れて、都に送られていたと推定されています。
須恵器は、助宗古窯跡群で焼かれていました。
須恵器、山茶碗の窯跡 助宗古窯跡群の記事はこちら
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古代鰹節(煮堅魚)
静岡県水産技術研究所の協力により、古代鰹節を再現。
現在の鰹節の製法との違いは、「塩水を使用して煮る事」「薪でいぶさずに、天日干しと風を利用する事」です。
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円面硯(えんめんけん)と木簡
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