静岡県静岡市駿河区根古屋の久能山城(くのうざんじょう、別名 久能城)は、室町時代末期(戦国時代)の永禄11年(1568年)に今川氏の領国 駿河(静岡県中部)へ侵攻した、甲斐(山梨県)の戦国大名 武田信玄が築城。
武田氏の滅亡後は徳川家康の城となり、慶長年間(1596〜1615年)には更に堅固な城に改修。
江戸時代前期の元和2年(1616年)4月17日、将軍職を息子の徳川秀忠に譲った後に、駿府城(静岡市)で大御所として君臨していた徳川家康が75歳で死去。
遺言によって久能山城を廃し、家康を祀る久能山東照宮(くのうざんとうしょうぐう)が創建されました。
久能山東照宮 楼門
推古天皇の治世(600年頃)に、久能忠仁が久能山に久能寺を創建。
室町時代末期(戦国時代)の永禄11年(1568年)、甲斐(山梨県)の戦国大名 武田信玄が今川氏の領国 駿河(静岡県中部)へ侵攻。
武田信玄は、駿河湾を望む久能山山頂の久能寺を鉄舟寺(静岡市清水区)の場所に移して、久能山城(久能城)を築きました。
久能山城は、甲斐(山梨県大月市)の岩殿城(いわとのじょう)、上野(群馬県吾妻郡東吾妻町)の岩櫃城(いわびつじょう)とともに、武田3名城のひとつに数えられています。
武田氏の滅亡後は徳川家康の城となり、慶長年間(1596〜1615年)には更に堅固な城に改修。
江戸時代前期の元和2年(1616年)4月17日に徳川家康が死去すると、遺言によって久能山城を廃し久能山東照宮が創建されました。
静岡市の日本平は、日本観光地百選で1位になったことのある観光名所です。
山頂から日本平ロープウェイ(有料)に乗って、徳川家康の墓所である久能山東照宮(くのうざんとうしょうぐう)を参拝できます。
静岡県の歴史
徳川家康が築いた駿府城の記事はこちら
殉死した徳川家康の舎人(とねり)
井出八郎右ェ門の墓の記事はこちら
「日本平ロープウェイ」乗り場 日本平駅の地図
静岡県静岡市清水区草薙597‐8、TEL 054‐334‐2026
アクセス
・東名高速道路 静岡ICより静岡日本平パークウェイ経由 車で約40分
・東名高速道路 清水ICより清水日本平パークウェイ経由 車で約40分
日本平山頂
山頂には、テレビの中継局が並んでいます。

日本平パークセンター(「日本平ロープウェイ」乗り場)

ロープウェイ日本平駅
久能山までの全長1065mを、約5分で結んでいます。
途中、深さ90mの地獄谷上空を通過。

鉄塔の奥に見えるのが、久能山(くのうざん)です。

ロープウェイ久能山駅

石垣
久能山駅のすぐ横にある、久能山城のものだといわれている石垣。

「久能山東照宮全景」案内図

久能山東照宮の案内図(案内板)

久能山城の縄張り図(案内板)

<表参道石段>
久能山下から、1159段の石段を登るのが本来の参道。
下り約10分、登り約20分(個人差あり、ロープウェイ運行時間に注意)

<一ノ城>
大手門(一ノ門)
大手門から博物館の下までが、一ノ城の範囲。

隠し郭
大手門西側の山林。


勘介井戸
戦国時代に、武田信玄の軍師・山本勘介が掘ったという伝説がある井戸。
武田信玄の駿河侵攻は永禄11年(1568年)なので、永禄4年(1561年)9月10日に「川中島の戦い(第4次合戦)」で討死した山本勘介が井戸を掘るのは不可能!!
深さ33mの石垣積みで、100円を入れると照明が点灯して内部が見られます。


<二ノ城>
博物館の下側は一ノ城で、上側の二ノ城とは城門(虎口)によって区切られていたと考えられます。
博物館の石垣

<二ノ城 二ノ丸>
ロープウェイ日本平駅、社務所などがある場所です。

社務所の上側は、社殿参拝が有料です。

<二ノ城 本丸>
桜門から上側が、二ノ城の本丸です。
楼門
江戸時代前期の元和3年(1617年)に建立。
前面に後水尾天皇の筆による「東照大権現」の額があり、勅額御門(ちょくがくごもん)とも呼ばれます。


久能稲荷神社、厳島神社

久能稲荷神社・厳島神社の裏側に、愛宕郭に続いている山林がありますが立入禁止。

神厩
左甚五郎作と伝えられている、木製の神馬が納められています。

神馬

手水鉢
江戸時代前期の元和3年(1617年)7月17日、黒田信濃守直綱が奉納。


鼓楼

五重の塔跡
3代将軍徳川家光によって、高さ約30mの五重の塔が建立されていた場所。
明治6年に神仏分離によって、解体撤去されました。

朝鮮蘇鉄
駿府城本丸に植えられていたソテツが、移植されています。


神楽殿

神饌所

唐門
四方唐破風造りで、彫刻・色漆・金箔などによって飾られています。
門の両側を、唐獅子?が守っています。


神庫

日枝神社
元和3年(1617年)に建立された、薬師如来像が安置されていた旧御本地堂。
明治3年12月(1871年)に神仏分離によって仏像を廃し、日枝神社となりました。


国宝 社殿
権現造りと呼ばれる、拝殿と本殿が「石の間」でつながった構造。
2010年10月に、静岡県内の建築物としては初めて国宝に指定されました。

国宝 本殿

国宝 拝殿


廟門

参道

神廟(しんびょう)
徳川家康は、元和2年(1616年)4月17日に死去。
遺言によって久能城を廃し、久能山東照宮を建ててこの地に埋葬されました。
神廟は西向きで、御霊所とも呼ばれています。
元和3年(1617年)3月15日に家康の遺言で勧請(分霊)し、御霊が日光東照宮へ移された際に遺体も移されたのかは不明。
高さ5.5m

家康公愛馬之霊所
徳川家康が、愛馬を埋葬した場所だといわれています。
神廟の後側です。

<愛宕郭>
神廟の上の山林で、久能山城の北東の最高地点に所在。
北側の尾根伝いに久能山城を攻めてくる敵を、監視する物見台があった場所です。
西側の二ノ丸へは、4段の曲輪で続いています。

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