静岡県焼津市浜当目(はまとうめ)の虚空蔵山(当目山)麓の曹洞宗 恵日山 弘徳院(えにちさん こうとくいん)は、例年2月23日に「虚空蔵尊ダルマ市」が開催(変更・中止になる場合あり)されることで有名な寺です。

弘徳院の墓地には、昭和29年(1954年)3月1日にアメリカがマーシャル諸島のビキニ環礁で行なった水爆実験で被ばくした、鮪(まぐろ)漁船「第五福竜丸」の無線長 久保山愛吉(くぼやま あいきち)氏の墓があります。

曹洞宗 恵日山 弘徳院
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 昭和29年(1954年)3月14日、「第五福竜丸」が焼津港へ帰港。

23人の乗組員は米軍機で輸送されて、都内2ヶ所の病院に入院し治療を受けました。

久保山愛吉(くぼやま あいきち)氏は、東京第一病院に入院。

昭和29年(1954年)9月23日、「原水爆による犠牲者は、私で最後にして欲しい」という遺言を遺して、血清肝炎のため40歳で死去。

「第五福竜丸」は東京都立第五福竜丸展示館に、関連資料は焼津市歴史民俗史料館(焼津市文化センター2階)で公開されています。

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曹洞宗 恵日山 弘徳院の地図
静岡県焼津市浜当目3-14-7
TEL 054₋628₋3561

アクセス
・東名高速道路 焼津ICの東
・浜当目海岸駐車場の近く

曹洞宗 恵日山 弘徳院(えにちさん こうとくいん)
 室町時代後期(戦国時代)の永正16年(1519年)、祖堂岱越(そどう たいえつ)大和尚が駿河国益津郡野秋村(焼津市野秋)に曹洞宗 野秋山 弘徳院(のあきさん こうとくいん)を開創。
開基は、在地の領主クラスの有力者とみられる福翁弘徳(ふくおう こうとく)です。
明治23年(1890年)、虚空蔵山(当目山)麓の廃寺となっていた末寺の椿屋院(ちんおくいん)跡地の現在地へ移転。
山号を、恵日山(えにちさん)に改めました。
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本堂
 本尊は薬師如来(やくしにょらい)です。
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本多家家紋「立ち葵」(たちあおい)の提灯(ちょうちん)
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市指定文化財 香集寺の絵馬(西尾忠知奉納)
 虚空蔵山(当目山)山頂の香集寺は、弘徳院の末寺です。
江戸時代前期の寛文7年5月13日(1667年6月23日)、田中城主6代 西尾丹後守忠照(にしお たんごのかみ ただてる)の弟、西尾主水忠知(にしお もんど ただとも)が香集寺に奉納した焼津市内最古の絵馬。
筆者は塙宗悦法院(はなわそうえつほういん)。
現在は、歴史民俗資料館に寄託されています。(普段は非公開)
幅164cm、高さ93cm
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市指定文化財 弘徳院の絵馬(本多正珍奉納)
 江戸時代中期の元文2年(1737年)12月、田中城主16代 本多紀伊守正珍(ほんだ きいのかみ まさよし)が奉納。
額板に金箔を押し、梅軒(ばいけん)が後足を跳ね上げた馬を描いた絵馬です。
現在は、歴史民俗資料館に寄託されています。(普段は非公開)
本多正珍は、その後寺社奉行を経て延亨3年(1746年)から同8年まで江戸幕府の老中を務めました。
天明6年8月27日(1786年9月19日)に77歳で死去。
墓所は、静岡県藤枝市本町の浄土真宗大谷派 熊谷山 蓮生寺です。
幅121cm、高さ76cm
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子育地蔵(こそだてじぞう)
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弘法大師行脚像(こうぼうだいしあんぎゃぞう)
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墓地
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久保山愛吉(くぼやま あいきち)氏の墓
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広島市寄贈「夾竹桃」(右)、長崎市寄贈「紫陽花」(左)が植樹されています。
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参考文献
・『焼津市の寺院』柴田芳憲 2014年2月15日

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