静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)道場(どうじょう)の時宗遊行派 雲海山 清浄寺(しょうじょうじ)には、市指定史跡 勝間田(かつまた)氏の墓があります。

勝間田氏は、南北朝期の応永年間(1394〜1427年)に勝間田城(牧之原市(旧榛原郡榛原町)勝田)を築いた勝間田定長の一族だと伝えられ、勝田庄(かつまたしょう)を本拠地とする土豪です。

市指定史跡 勝間田氏の墓
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勝間田平三郎成長の代には、鎌倉幕府の御家人として源頼朝に仕えました。

子孫の勝間田長清(かつまたながきよ)は、鎌倉時代の延慶三年(1310年)頃に中世最大の歌集「夫木和歌抄」(ふぼくわかしょう)36巻を編纂。

室町時代の建武3年(1336年)〜文和元年(1352年)の間には、勝間田氏は清浄寺山内に一族の霊を弔うため、供養塔を建立しています。

応永の乱(応永6年(1399年))および永享の乱(永享10〜11年(1438〜1439年))では、勝間田氏は駿河守護大名 今川氏の配下でした。

しかし、室町時代後期(戦国時代)の応仁の乱(応仁元年(1467年)〜文明9年(1477年))では、西軍から東軍に寝返って今川氏と敵対。

文明8年(1476年)、今川義元の祖父である駿河今川氏6代目当主 今川義忠(いまがわよしただ)が、勝間田城を攻略。

勝間田一族は四散し、その後は御殿場などに移住したようです。

戦場となった道場原に散在していた墓は、現在では清浄寺にある勝間田氏供養塔の墓地に集められています。

探訪は自己責任で!!

静岡県の歴史

時宗遊行派 雲海山 清浄寺(TEL0548‐22‐3928)の地図
無料駐車場あり

アクセス
東名高速道路 相良牧之原ICの南東

清浄寺 本堂
鎌倉時代の弘安5年(1282年)、恵法(えほう)和尚によって清浄寺が開かれました。
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墓地
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市指定史跡 勝間田氏の墓
清浄寺墓地の一番上にある覆屋の中に、約15基の墓が並んでいます。
五輪塔と宝篋印塔(ほうきょういんとう)の部材が、混ざった様な形状の墓です。
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以前は、「建武四年五月八日」(1337年)の文字が確認できたという。
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