静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)金谷東(かなやあずま)2丁目の水神社は、大井川の水害で亡くなった犠牲者を弔うために創建されました。
昔は大雨で大井川が増水すると、遺体がこの辺りに流れ着いたと伝えられています。
水神社、観音堂

江戸時代初期の慶長8年(1603年)、この地に川越し人足の溜まり場となる8軒の家が建てられ八軒屋町と命名。
江戸時代後期 文政11年(1828年)の大水では、八軒屋橋近くに住んでいた修行僧が犠牲となり七番出堤で遺体となって発見されました。
付近の住民は水神社に観音堂を建てて、「七番の観音」と呼ぶ様になったそうです。
幕末には30軒以上の家が並びましたが、文政元年(1854年)の大水でほとんどすべての建物が流出。
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水神社 観音堂の地図
静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)金谷東2丁目
アクセス
・新東名高速道路 島田金谷ICの南東
・水上公園の南
水神社 本殿

水神社 社務所
天井には、作者不明の絵馬があります。

観音堂
水神社境内の、北側の2堂が観音堂。

七番の観音

観音堂
もう一つの観音堂の下には、水害で亡くなった修行僧が埋葬されたと伝えらています。

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