静岡県焼津市保福島(ほうふくじま)の大井神社(おおいじんじゃ)は、創建時期は不詳ですが山城国(京都府)より祭神の分霊を勧請。

室町時代(15世紀頃)に現在の藤枝市田中(たなか)へ築城された徳一色城(とくのいっしきじょう)内で、氏神として奉斎されたと伝えられています。

室町時代末期(戦国時代)の元亀元年(1570年)頃、武田信玄(たけだ しんげん)の家臣 馬場美濃守信春(ばば みののかみ のぶはる)が徳一色城に三日月堀のある馬出曲輪(うまだしくるわ)6ヵ所を増築し田中城と改称。

その際、大井神社を現在地へ遷座しました。

江戸時代の安永9年(1780年)に再建された現在の本殿は、多くの彫刻で飾られた流造り(ながれづくり)で市指定文化財になっています。

大井神社
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 江戸時代中期の享保15年(1730年)、本多正矩(ほんだ まさのり)が上野沼田藩(群馬県沼田市)より駿河田中藩4万石に国替え。

参勤交代で江戸屋敷滞在中、藩主 本多正矩や江戸詰めの家臣たちが疫病(えきびょう)にかかってしまい、江戸の人々には「疫病本多」と呼ばれました。

これを知った田中藩家老は、以前は徳一色城(田中城の前身)の氏神であった保福島の大井神社に参拝。

大井神社の注連縄(しめなわ)をゆずり受け、飛脚(ひきゃく)で江戸屋敷に届けました。

藩主・家臣の疫病が治ったことから、藩主(江戸滞在時は家老)が大井神社大祭当日の卯の刻(午前6時)に起床して、御注連縄を拝受するのが慣わしとなりました。

大井神社は本多家より寄進を受け、本多家家紋「立葵紋(たちあおいもん)」を神紋として使用する事を許されました。

「立葵紋」入りの御輿(みこし、神輿)が、大井神社にあります。

安永元年(1772年)、旧本殿が風水害で倒壊。

安永9年(1780年)に再建された現在の本殿は、多くの彫刻で飾られた流造り(ながれづくり)で市指定文化財になっています。

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大井神社の地図
静岡県焼津市保福島1117

アクセス
・東名高速道路 焼津ICの南西

拝殿
 祭神は、漁業の神・海上安全の神・市場の神・商業の神である事代主命(ことしろぬしのみこと)、酒造りの神・温泉の神・医薬の神である少彦名命(すくなひこなのみこと)。
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拝殿鬼瓦 神紋「立葵紋」
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本殿鞘堂(覆殿)
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市指定文化財 本殿
 江戸時代の安永元年(1772年)に旧本殿が風水害で倒壊し、安永9年(1780年)に再建。
屋根は正面に軒を支える柱を配置した流造り(ながれづくり)で、薄い板を重ねて葺いた柿葺き(こけらぶき)。
龍・鳳凰・鯉・飛龍・獅子・像・鳥・牡丹など、多くの彫刻で飾られています。
間口2.13m、奥行3.4m、高さ6.85m
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注連縄(しめなわ)
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御札(おふだ)
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絵馬
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戦争絵馬 「陸海軍総合大演習之図」
 明治25年(1892年)、歩兵第十八連隊有志によって奉納された大絵馬。
明治23年(1890年)に愛知県知多半島で実施された、陸海軍総合大演習を描いた物です。
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参考文献
・『志太地区神社誌』静岡県神社庁志太支部 1953年9月15日
・『第43回企画展 志太の大絵馬』藤枝市郷土博物館 1999年9月10日

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