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焼津市(旧焼津市,大井川町)

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戦国時代 武田信玄の花沢城攻略戦で焼失 天台宗 高草山 法華寺 (静岡県焼津市花沢3)


 静岡県焼津市花沢(はなざわ)の天台宗 高草山 法華寺(こうそうざん ほっけじ)は、奈良時代に行基(ぎょうき)が駿河国国分尼寺(するがのくに こくぶんにじ、天平13年(741年)の聖武天皇(しょうむてんのう)の勅願(ちょくがん)で諸国に創建された尼寺(あまでら))として創建したと伝えられています。

法華寺は、多くの伽藍(がらん、寺院の建物群)をもつ有力な寺院でした。

室町時代末期(戦国時代)の永禄11年(1568年)、甲斐(山梨県)の戦国大名 武田信玄(たけだ しんげん)が今川氏真(いまがわ うじざね)の領国 駿河(静岡県中部)へ侵攻。

永禄13年(1570年)、武田信玄による花沢城(焼津市)攻略戦で、法華寺は武田軍の兵火にあい焼失。

県指定文化財 木造聖観音立像(もくぞうしょうかんのんりゅうぞう)は、平安時代後期に造られたと考えられる寄木造り(よせぎづくり)の等身大立像です。

天台宗 高草山 法華寺
19741

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陰陽師 安倍晴明ゆかりの地 国指定重要無形民俗文化財「藤守の田遊び」大井八幡宮 (静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)藤守686-1)


 静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)藤守(ふじもり)の大井八幡宮(おおいはちまんぐう)は、延暦年間(782〜805年)に川除け守護神の大井宮を祀ったのがはじまりです。

平安時代の寛和元年(985年)に新しい社殿が建立され、神主の藤原秀広が陰陽師 安倍晴明(おんみょうじ あべのせいめい)を招いて地鎮祭を実施。

農民が大井川の治水祈願のために、農作業の様子を表した田楽を神仏に奉納する「田遊び」を行ないました。

昭和52年(1977年)に国指定重要無形民俗文化財となった「藤守の田遊び」は、毎年3月17日の祈年祭で豊作を祈願して奉納されます。

大井八幡宮
20848

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木喰仏の市指定文化財 地蔵菩薩像 臨済宗妙心寺派 石脇山 宝積寺(寶積寺) (静岡県焼津市石脇下692)


 静岡県焼津市石脇下(いしわきしも)の臨済宗妙心寺派 石脇山 宝積寺(いしわきさん ほうしゃくじ)は、平安時代頃に法華寺(焼津市花沢)の寺坊として海岸の小浜(おばま)に創建されました。

津波で流失したため、瑞室仙公(ずいしつせんこう)和尚が寺の移転を発願。

室町時代の正長元年(1428年)、瑞室仙公は移転の実現前に示寂(じじゃく、高僧などが亡くなること)。

永享10年(1438年)、後継者の瑞然(ずいねん)和尚が石脇に臨済宗建長寺派 石脇山 宝積寺として再建しました。

改宗開山(かいしゅうかいさん)は瑞室仙公和尚、開基(かいき)は石脇の土豪 原川新三郎。

本尊は、聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)です。

安土桃山時代(戦国時代末期)の天正8年(1580年)、臨済宗妙心寺派 青龍山 長楽寺(藤枝市本町)の末寺となって、臨済宗妙心寺派に改められました。

宝積寺には、江戸時代の西國三十三番観世音菩薩と木喰仏(もくじきぶつ)の市指定文化財 地蔵菩薩像があります。

臨済宗妙心寺派 石脇山 宝積寺 西国三十三番観世音菩薩
19033

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室町時代 天文7年(1538年)創建  八王子神社 (静岡県焼津市方ノ上149)


 静岡県焼津市方ノ上(かたのかみ)の八王子神社(はちおうじじんじゃ)は、室町時代後期(戦国時代)の天文7年(1538年)9月に津島神社として創建。

江戸時代の宝永年間(1704〜1711年)、伊勢神宮内宮(ないくう)と呼ばれる皇大神宮(こうたいじんぐう)により八王子神社へ改められました。

文政3年(1820年)に桑原藤泰(くわばら とうたい、桑原黙斎(くわばら もくさい))が完成させた39巻からなる地誌『駿河記(するがき)』には、牛頭天王社(ごづてんのうしゃ)と記載されています。

八王子神社
19600
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ビキニ水爆実験で被ばくした「第五福竜丸」無線長 久保山愛吉氏の菩提寺 曹洞宗 恵日山 弘徳院 (静岡県焼津市浜当目3-14-7)


 静岡県焼津市浜当目(はまとうめ)の虚空蔵山(当目山)麓の曹洞宗 恵日山 弘徳院(えにちさん こうとくいん)は、例年2月23日に「虚空蔵尊ダルマ市」が開催(変更・中止になる場合あり)されることで有名な寺です。

弘徳院の墓地には、昭和29年(1954年)3月1日にアメリカがマーシャル諸島のビキニ環礁で行なった水爆実験で被ばくした、鮪(まぐろ)漁船「第五福竜丸」の無線長 久保山愛吉(くぼやま あいきち)氏の墓があります。

曹洞宗 恵日山 弘徳院
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水害から集落を守る土手 栃山川の第2堤防 (静岡県焼津市本中根)


 静岡県焼津市本中根(ほんなかね)の国道150号西側には、栃山川(とちやまがわ)の第2堤防(集落を守る囲い土手?)の一部が残存。

焼津市の平野部は、かつて大井川下流域の氾濫原(はんらんげん、河原)が広がっていた場所で、「〜島」「〜河原」という地名が多くあります。

江戸時代初期の新田開発で村が発生して、本中根では集落の近くを流れる栃山川と木屋川(きやがわ)の豊富な水を利用して、水田経営が行われました。

蛇行して流れていた栃山川は、雨で増水すると低い堤防を越えて出水(しゅっすい、氾濫(はんらん))したため、第2堤防(集落を守る囲い土手?)が築かれたと考えられます。

栃山川の第2堤防
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雪女,耳なし芳一を収録『怪談』の著者 小泉八雲滞在の家跡 (静岡県焼津市城之腰 浜通り(八雲通り))


 静岡県焼津市は、「耳なし芳一のはなし」「雪女」などが収録された怪奇文学作品集『怪談』の著者 小泉八雲(パトリック・ラフカディオ・ハーン)ゆかりの地です。

明治30年(1897年)・明治32〜35年(1899〜1902年)・明治37年(1904年)の夏休みを、小泉八雲は焼津で過ごしました。

焼津を訪れた八雲は、浜通り(八雲通り)にあった魚商人・山口乙吉の家の2階に滞在。

小泉八雲が滞在した山口乙吉の家
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戦没者を慰霊するため建立 慰霊之碑 (静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)吉永 大井川南小学校の南西)


 静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)吉永(よしなが)の慰霊之碑(いれいのひ)は、昭和27年(1952年)9月に旧吉永村役場敷地の北側(現大井川南小学校敷地内)に戦没者を慰霊するため建立した石碑です。

昭和40年(1965年)3月、現在地(大井川南小学校の隣接地)へ移設。

敷地内には、大正13年(1924年)1月26日の皇太子殿下(昭和天皇)御成婚を記念して志太郡吉永村青年団が建立した石碑もあります。

慰霊之碑
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徳川家康が鷹狩りで立ち寄った 旗掛石 (静岡県焼津市石脇下507)


 静岡県焼津市石脇下(いしわきしも)の旗掛石(はたかけいし)は、石脇浅間神社の前にある注連縄(しめなわ)を張った2つの巨石です。

地名もこの石に由来するもので、元々は信仰の対象となる古代の磐座(いわくら)だったと考えられています。

別名は、鞍掛石(くらかけいし)。

高草山周辺を鷹狩りで訪れていた徳川家康が、原川新三郎(はらかわ しんさぶろう)の屋敷に立ち寄り、旗や鞍を門前の石に掛けたことからこの名がつきました。 


旗掛石
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明治時代 石造り防潮堤の築造を主導した山口平右衛門の顕彰碑 感恩の碑 (静岡県焼津市城之腰)


 静岡県焼津市城之腰(じょうのこし)の臨港道路(オーシャンロード)は、平成12年(2000年)に明治時代の石造り防潮堤(ぼうちょうてい)を撤去して建設。

臨港道路(オーシャンロード)沿いに、感恩の碑・山口平右衛門翁出生之地の碑・高見三郎先生之碑が移築されています。

感恩の碑・山口平右衛門翁出生之地の碑・高見三郎先生之碑
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