静岡県焼津市花沢(はなざわ)の天台宗 高草山 法華寺(こうそうざん ほっけじ)は、奈良時代に行基(ぎょうき)が駿河国国分尼寺(するがのくに こくぶんにじ、天平13年(741年)の聖武天皇(しょうむてんのう)の勅願(ちょくがん)で諸国に創建された尼寺(あまでら))として創建したと伝えられています。
法華寺は、多くの伽藍(がらん、寺院の建物群)をもつ有力な寺院でした。
室町時代末期(戦国時代)の永禄11年(1568年)、甲斐(山梨県)の戦国大名 武田信玄(たけだ しんげん)が今川氏真(いまがわ うじざね)の領国 駿河(静岡県中部)へ侵攻。
永禄13年(1570年)、武田信玄による花沢城(焼津市)攻略戦で、法華寺は武田軍の兵火にあい焼失。
県指定文化財 木造聖観音立像(もくぞうしょうかんのんりゅうぞう)は、平安時代後期に造られたと考えられる寄木造り(よせぎづくり)の等身大立像です。
天台宗 高草山 法華寺
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焼津市(旧焼津市,大井川町)
2026年08月08日21:00
静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)藤守(ふじもり)の大井八幡宮(おおいはちまんぐう)は、延暦年間(782〜805年)に川除け守護神の大井宮を祀ったのがはじまりです。
平安時代の寛和元年(985年)に新しい社殿が建立され、神主の藤原秀広が陰陽師 安倍晴明(おんみょうじ あべのせいめい)を招いて地鎮祭を実施。
農民が大井川の治水祈願のために、農作業の様子を表した田楽を神仏に奉納する「田遊び」を行ないました。
昭和52年(1977年)に国指定重要無形民俗文化財となった「藤守の田遊び」は、毎年3月17日の祈年祭で豊作を祈願して奉納されます。
大井八幡宮

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2026年07月27日21:00
静岡県焼津市石脇下(いしわきしも)の臨済宗妙心寺派 石脇山 宝積寺(いしわきさん ほうしゃくじ)は、平安時代頃に法華寺(焼津市花沢)の寺坊として海岸の小浜(おばま)に創建されました。
津波で流失したため、瑞室仙公(ずいしつせんこう)和尚が寺の移転を発願。
室町時代の正長元年(1428年)、瑞室仙公は移転の実現前に示寂(じじゃく、高僧などが亡くなること)。
永享10年(1438年)、後継者の瑞然(ずいねん)和尚が石脇に臨済宗建長寺派 石脇山 宝積寺として再建しました。
改宗開山(かいしゅうかいさん)は瑞室仙公和尚、開基(かいき)は石脇の土豪 原川新三郎。
本尊は、聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)です。
安土桃山時代(戦国時代末期)の天正8年(1580年)、臨済宗妙心寺派 青龍山 長楽寺(藤枝市本町)の末寺となって、臨済宗妙心寺派に改められました。
宝積寺には、江戸時代の西國三十三番観世音菩薩と木喰仏(もくじきぶつ)の市指定文化財 地蔵菩薩像があります。
臨済宗妙心寺派 石脇山 宝積寺 西国三十三番観世音菩薩

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静岡県焼津市方ノ上(かたのかみ)の八王子神社(はちおうじじんじゃ)は、室町時代後期(戦国時代)の天文7年(1538年)9月に津島神社として創建。
江戸時代の宝永年間(1704〜1711年)、伊勢神宮内宮(ないくう)と呼ばれる皇大神宮(こうたいじんぐう)により八王子神社へ改められました。
文政3年(1820年)に桑原藤泰(くわばら とうたい、桑原黙斎(くわばら もくさい))が完成させた39巻からなる地誌『駿河記(するがき)』には、牛頭天王社(ごづてんのうしゃ)と記載されています。
八王子神社

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2026年07月20日21:00
静岡県焼津市浜当目(はまとうめ)の虚空蔵山(当目山)麓の曹洞宗 恵日山 弘徳院(えにちさん こうとくいん)は、例年2月23日に「虚空蔵尊ダルマ市」が開催(変更・中止になる場合あり)されることで有名な寺です。
弘徳院の墓地には、昭和29年(1954年)3月1日にアメリカがマーシャル諸島のビキニ環礁で行なった水爆実験で被ばくした、鮪(まぐろ)漁船「第五福竜丸」の無線長 久保山愛吉(くぼやま あいきち)氏の墓があります。
曹洞宗 恵日山 弘徳院

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静岡県焼津市本中根(ほんなかね)の国道150号西側には、栃山川(とちやまがわ)の第2堤防(集落を守る囲い土手?)の一部が残存。
焼津市の平野部は、かつて大井川下流域の氾濫原(はんらんげん、河原)が広がっていた場所で、「〜島」「〜河原」という地名が多くあります。
江戸時代初期の新田開発で村が発生して、本中根では集落の近くを流れる栃山川と木屋川(きやがわ)の豊富な水を利用して、水田経営が行われました。
蛇行して流れていた栃山川は、雨で増水すると低い堤防を越えて出水(しゅっすい、氾濫(はんらん))したため、第2堤防(集落を守る囲い土手?)が築かれたと考えられます。
栃山川の第2堤防

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静岡県焼津市は、「耳なし芳一のはなし」「雪女」などが収録された怪奇文学作品集『怪談』の著者 小泉八雲(パトリック・ラフカディオ・ハーン)ゆかりの地です。
明治30年(1897年)・明治32〜35年(1899〜1902年)・明治37年(1904年)の夏休みを、小泉八雲は焼津で過ごしました。
焼津を訪れた八雲は、浜通り(八雲通り)にあった魚商人・山口乙吉の家の2階に滞在。
小泉八雲が滞在した山口乙吉の家
静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)吉永(よしなが)の慰霊之碑(いれいのひ)は、昭和27年(1952年)9月に旧吉永村役場敷地の北側(現大井川南小学校敷地内)に戦没者を慰霊するため建立した石碑です。
昭和40年(1965年)3月、現在地(大井川南小学校の隣接地)へ移設。
敷地内には、大正13年(1924年)1月26日の皇太子殿下(昭和天皇)御成婚を記念して志太郡吉永村青年団が建立した石碑もあります。
慰霊之碑

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静岡県焼津市石脇下(いしわきしも)の旗掛石(はたかけいし)は、石脇浅間神社の前にある注連縄(しめなわ)を張った2つの巨石です。
地名もこの石に由来するもので、元々は信仰の対象となる古代の磐座(いわくら)だったと考えられています。
別名は、鞍掛石(くらかけいし)。
高草山周辺を鷹狩りで訪れていた徳川家康が、原川新三郎(はらかわ しんさぶろう)の屋敷に立ち寄り、旗や鞍を門前の石に掛けたことからこの名がつきました。
静岡県焼津市城之腰(じょうのこし)の臨港道路(オーシャンロード)は、平成12年(2000年)に明治時代の石造り防潮堤(ぼうちょうてい)を撤去して建設。
臨港道路(オーシャンロード)沿いに、感恩の碑・山口平右衛門翁出生之地の碑・高見三郎先生之碑が移築されています。
感恩の碑・山口平右衛門翁出生之地の碑・高見三郎先生之碑

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