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榛原郡吉田町

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町指定文化財「林泉寺の十王像」を安置する十王堂 臨済宗妙心寺派 清涼山 林泉寺 (静岡県榛原郡吉田町片岡山の根2599)


 静岡県榛原郡吉田町片岡(かたおか)の臨済宗妙心寺派 清涼山 林泉寺(りんせんじ)は、南北朝時代の正平2年(1347年)8月に臨済宗 吉祥山 能満寺(吉田町片岡)2世 松厳禅師大和尚が臨川寺として開創。

大井川の洪水で流失したため、現在地に移転し林泉寺と改められました。

本尊は聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)の木座像、脇仏(わきじ、きょうじ)は薬師如来(やくしにょらい)です。

江戸時代初期の慶長9年8月20日(1604年9月13日)、東照宮より寺領として黒印3石を賜わりました。

境内の十王堂には、町指定文化財「林泉寺の十王像」が安置されています。

臨済宗妙心寺派 清涼山 林泉寺
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毎月26日が縁日の日限地蔵尊 臨済宗妙心寺派 月江山 大圓寺(大円寺) (静岡県榛原郡吉田町住吉511)


 静岡県榛原郡吉田町住吉(すみよし)の臨済宗妙心寺派 月江山 大圓寺(大円寺)は、南北朝時代(室町時代前期)の永和2年5月10日(1376年5月28日)に天徳和尚が能満寺(吉田町片岡)の末寺として開創しました。

江戸時代初期の慶長9年(1604年)、徳川家康が寺領高3石を寄進。

本尊は薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)です。

境内の日限地蔵尊(ひぎりじぞうそん)は、毎月26日が縁日で毎年8月26日に大祭を開催します(変更・中止の場合あり)。

臨済宗妙心寺派 月江山 大圓寺(大円寺)
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江戸時代 疫病退散を祈願 町指定文化財 地蔵院の百万遍 浄土宗 永久山 地蔵院 (静岡県榛原郡吉田町神戸1777)


 静岡県榛原郡吉田町神戸(かんど)の浄土宗 永久山 地蔵院は、江戸時代中期の享保9年(1724年)に僧瑞泉が浄土宗 光明山 遍照院 浄土寺(吉田町川尻)の末寺として開きました。

地蔵院の本尊は、神戸の下(吉田町立図書館の北側)にあった辻堂で祭られていた地蔵菩薩の石像立像です。

元禄4年(1691年)頃に疫病が流行したため、村人達は辻堂に集まって七日七夜念仏を唱えて鐘を鳴らしながら、大数珠を百万遍(ひゃくまんべん)回して疫病退散を祈願しました。

現在でも、毎年8月15日に「地蔵院の百万遍」(じぞういんのひゃくまんべん)として開催されており、町指定文化財(無形民俗文化財)です。

大数珠は直径約8mで、1050個の珠からなります。

浄土宗 永久山 地蔵院
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例年8月開催 夏季大祭(住吉神社祭典)で奴道中「入奴」を披露 片岡神社(通称 住吉神社) (静岡県榛原郡吉田町住吉2212-1)


 静岡県榛原郡吉田町住吉(はいばらぐん よしだちょう すみよし)の片岡神社(通称 住吉神社)は、創建時期が不詳ですが(一説によれば奈良時代の和銅6年(713年)創建)大和国(奈良県)・片岡神社より分霊を勧請。

仁徳天皇(にんとくてんのう)の御代(4世紀末〜5世紀前半)に、摂津国(大阪府)・住吉神社より分霊を勧請して、住吉大明神と称しました。

平安時代の延長5年(927年)に編纂された『延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)』記載の片岡神社だと考えられています。

例年8月第1土・日曜日開催の夏季大祭(住吉神社祭典)では、山車(だし)の曳きまわし・奴道中(やっこどうちゅう)の「入奴(いりやっこ)」・踊りが披露されます(変更・中止の場合あり)。

片岡神社(通称 住吉神社)
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豊漁祈願,海上安全祈願,海難事故の死者供養 青峰山のお堂,慰霊碑,延命地蔵尊 (静岡県榛原郡吉田町住吉 吉田漁港西側)


 静岡県榛原郡吉田町住吉(はいばらぐん よしだちょう すみよし)の吉田漁港西側には、青峰山(あおみねさん)のお堂、海難事故犠牲者の慰霊碑、延命地蔵尊があります。

明治時代初期、三重県鳥羽市の真言宗 青峰山 正福寺(あおみねざん しょうふくじ)の観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)を信仰する惣八(そうはち)さんが、豊漁祈願・海上安全祈願・海難事故の死者供養のため、住吉の大道(おおみち)前の松林に棒杭(ぼうくい)を建てたのが始まりです。

青峰山のお堂
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延命地蔵尊と六地蔵尊 岡向きのお地蔵さん (静岡県榛原郡吉田町住吉2162 曹洞宗 塩磯山 呑海寺の東)


 静岡県榛原郡吉田町住吉(すみよし)の「岡向きのお地蔵さん」は、曹洞宗 塩磯山 呑海寺の東側に延命地蔵尊(えんめいじぞうそん)と六地蔵尊(ろくじぞうそん)が一緒に祀(まつ)られています。

鎌倉時代(13世紀)頃より別々に祀られていましたが、昭和30年(1955年)頃に現在地へ移転。

毎年8月22日に、供養が行なわれます(変更・中止の場合あり)。

岡向きのお地蔵さん
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江戸,明治時代の浄瑠璃で使用 町指定文化財「三番神社所蔵の人形の首」 三番神社 (静岡県榛原郡吉田町片岡三軒屋上川原989-1)


 静岡県榛原郡吉田町片岡(はいばらぐん よしだちょう かたおか)の三番神社(さんばんじんじゃ)には、江戸時代中期以降の浄瑠璃(じょうるり)で使用された、町指定文化財「三番神社所蔵の人形の首」(さんばんじんじゃしょぞうのにんぎょうのかしら)が奉納されています。

九左衛門新田(くざえもんしんでん)の萩原家(はぎわらけ)は、遠江国榛原郡下吉田村(静岡県榛原郡吉田町住吉)出身の3代目 和泉太夫(いずみだゆう)の弟子かもしれない初代 清三郎(せいざぶろう、きよさぶろう)と、清三郎の息子 清吉(せいきち)が、江戸・明治時代に三味線の伴奏に合わせて語り人形を操る浄瑠璃芝居(じょうるりしばい)を行いました。

三番神社
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江戸時代中期(18世紀頃)以降 猿田彦を祀る 庚申塚 (静岡県榛原郡吉田町片岡)


 静岡県榛原郡吉田町片岡(かたおか)の庚申塚(こうしんづか)は、江戸時代中期(18世紀頃)以降に猿田彦(さるたひこ)を祀る棒杭(ぼうくい)が建てられた塚です。

中国から伝来した道教(どうきょう)の庚申信仰では、人間の体内にいる三尸虫(さんしちゅう)が、60日ごとの庚申の日の夜に寝ていると抜け出して、天帝にその人間の悪事を報告しに行くとされています。

そのため、夜通し本尊を祀ったり宴会をしたりする風習があります。

室町時代(15世紀頃)に仏教と結びつき、仏教では庚申の本尊が青面金剛(しょうめんこんごう)です。

江戸時代中期(18世紀頃)より、神道(しんとう)では猿田彦が庚申の本尊として信仰されました。

庚申塚
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江戸時代 大井川の洪水で流された神社の祭神を祀る 熊野神社 (静岡県榛原郡吉田町川尻字高島3611-2-1)


 静岡県榛原郡吉田町川尻(かわしり)の熊野神社(くまのじんじゃ)は、江戸時代前期の寛永元年(1624年)8月に字蔵屋敷で創立。

主祭神は伊奘冊尊(いざなみのみこと)です。

安永6年(1777年)、大井川の洪水で本村字若宮に鎮座していた若宮神社・諏訪神社が流されました。

熊野神社と合併して、若宮神社の祭神 誉田別命(ほんだわけのみこと)・諏訪神社の祭神 都味歯八重事代主神(つみはやえことしろぬしのかみ)も祀(まつ)られています。

明治26年(1893年)、熊野神社は現在地に遷座(せんざ)しました。

熊野神社
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戦国時代 六角行高(高頼)の宣奉により誉田別尊を勧請 大井神社 (静岡県榛原郡吉田町神戸3693-1)


 静岡県榛原郡吉田町神戸(かんど)の大井神社(おおいじんじゃ)は、創立時期は不明ですが初倉之庄青柳中原の氏神として、祭神 罔象女命(みずはのめのみこと)を祀ったのがはじまりです。

室町時代(戦国時代)の文明7年(1475年)2月、社家白髭家の祖先である近江国(滋賀県)領主 六角行高(ろっかく ゆきたか、後の近江国守護・戦国大名 六角高頼(ろっかく たかより))の宣奉により、近江国の八幡神社より誉田別尊(ほんだわけのみこと、応神天皇)を勧請して、八幡神社と大井社の両社殿を建立しました。

大井神社
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