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城跡,砦,陣屋,古戦場

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移築された田中城の裏門 浄土宗 光明山 悟真院 了善寺 (静岡県藤枝市天王町1-4-1)


静岡県藤枝市天王町(てんのうちょう)の浄土宗 光明山 悟真院 了善寺(こうみょうざん ごしんいん りょうぜんじ)は、室町時代(戦国時代)の文明18年(1486年)に遠江国見崎の海で引き揚げられた善導大師像を、この地に祀ったのが始まりです。

江戸時代の天和2年(1682年)、14世霊誉寛空南廓上人が堂宇を再建。

宝暦5年(1755年)に火災で焼失し、宝暦12年(1762年)に本堂を再建しました。

了善寺の山門は、田中城の裏門を移築したものといわれています。

浄土宗 光明山 悟真院 了善寺の山門
19061
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老中 田沼意次の失脚で解体された相良城の石垣 百花稲荷 (静岡県牧之原市波津 大澤寺の北)


静岡県牧之原市(旧榛原郡相良町)波津(はづ)の百花稲荷(ひゃっかいなり)は、真宗大谷派 釘浦山 大澤寺(ていほざん だいたくじ)北側の細路地に鎮座する小さな稲荷社です。

境内には、遠州相良藩藩主 田沼意次(たぬま おきつぐ)が江戸幕府の老中を失脚して、江戸時代中期の天明8年(1788年)に解体された相良城の石垣の石材があります。

安永3年12月13日(1775年1月14日)の日付と奉行3人の名前が刻まれており、大変貴重な歴史資料です。

百花稲荷 相良城の石垣
18947
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江戸幕府老中 田沼意次の相良藩『相良城発掘調査見学会』 (静岡県牧之原市(旧榛原郡相良町)相良)


静岡県牧之原市(旧榛原郡相良町)相良(さがら)は、明和9年(1772年)に江戸幕府の老中になった田沼意次(たぬま おきつぐ)の遠州相良藩があった場所です。

令和元年(2019年)11月17日(日)、『田沼意次生誕300年記念大祭』開催にあわせて、『相良城発掘調査見学会』を実施しました。

今回の調査地点は、「相良小学校正門二ノ丸のマツ前」の土塁に沿った堀です。

相良城発掘調査見学会
18873
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今川氏,武田信玄,徳川家康の城 愛宕山城(愛宕砦,茶臼山砦,長沼塁) (静岡県静岡市葵区沓谷城山)


静岡県静岡市葵区沓谷(くつのや)の愛宕山城(あたごさんじょう)は、鎌倉時代初期に御家人・長沼五郎宗政が築いたとされています。

別名は、愛宕砦・茶臼山砦・長沼塁。

戦国時代(室町時代後期)の永正元年(1504年)、駿河守護の今川氏親(いまがわうじちか)が愛宕山城を拡張。

戦国時代(室町時代末)の永禄11年(1568年)、甲斐(山梨県)の戦国大名 武田信玄が今川氏の領国 駿河(静岡県中部)に侵攻。

武田氏は愛宕山城に陣をおいて、今川氏と同盟関係であった北条氏の進軍に備えました。

安土桃山時代の天正10年(1582年)、徳川家康が愛宕山城を支配。

天正13年(1585年)、徳川家康が駿府城の北東に位置する愛宕山城の本曲輪(標高約90m)へ、鬼門除けとして京都の愛宕神社を勧進。

愛宕山城 本曲輪(愛宕神社)
7378

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戦国時代 今川氏親が保護された伝法永長者屋敷 小川城遺跡 (静岡県焼津市西小川3〜6丁目(小川字城の内))


静岡県焼津市西小川(にしこがわ)の小川城遺跡(こがわじょういせき)は、法永長者(ほうえいちょうじゃ)と呼ばれた長谷川治郎左衛門正宣(はせがわじろうざえもんまさのぶ)の屋敷跡(小川城跡)だと伝えられています。

現在は遺構を見ることができないため、下層にある古墳時代や平安時代の遺構を含めて小川城遺跡と呼ばれています。

昭和54年(1979年)から、区画整理に伴う発掘調査を実施。

中世屋敷跡は、東西約200m、南北約110mの長方形の居館と判明。

幅約15m、深さ約1.5〜2.5mの堀が巡り、堀の内側に土塁がある城郭的構造です。

小川城遺跡(伝法永長者屋敷)
3896
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徳川家康が高天神城包囲のため築かせた 獅子ヶ鼻砦跡 (静岡県菊川市(旧小笠郡小笠町)大石 蓮池公園周辺)


静岡県菊川市(旧小笠郡小笠町)大石の獅子ヶ鼻砦(ししがはなとりであと)は、駿河に侵攻した武田氏の高天神城(約3.3km西側)を包囲するため、戦国時代の天正8年(1580年)に徳川家康が家臣に築かせた6つの砦のひとつです。

菊川市営の宿泊施設小菊荘に隣接する、蓮池公園北側の丘陵上に所在しています。

遺構は、主曲輪(しゅくるわ)・小曲輪・堀切などが残存。

獅子ヶ鼻砦
6785

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甲冑,武器などを展示する模擬天守の歴史資料館 展望台小山城 (静岡県榛原郡吉田町片岡 能満寺山公園内)


静岡県榛原郡吉田町片岡の小山城(こやまじょう)は、駿河・遠江国の守護・戦国大名 今川氏が大井川西方の台地上に築いた山崎の砦がはじまりです。

戦国時代の元亀2年(1571年)、武田信玄の重臣 馬場美濃守信春が本格的に築城し、小山城と名付けられました。

小山城跡は能満寺山公園として整備され、三の丸跡に建てられた模擬天守 展望台小山城は甲冑や武器などを展示する歴史資料館になっています。

展望台小山城
6824

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掛川城の家老屋敷跡 国登録有形文化財・掛川市指定有形文化財 掛川市竹の丸 (静岡県掛川市掛川1200-1)


静岡県掛川市掛川の「竹の丸」は、掛川城天守閣 北側の郭(くるわ)に位置する家老屋敷跡です。

安土桃山時代の天正18年(1590年)秋、駿河・遠江を所領としていた徳川家康が、豊臣秀吉によって関東への国替えとなりました。

秀吉家臣の山内一豊が城主となり、天守閣や大手門を建設し城下町を整備。

掛川城の拡張工事を行ない、竹の丸が造成されたと推定。

防衛上の要所であり、高い石垣の上に所在。

家老屋敷跡には、明治36年(1903年)に葛布問屋「松屋」の松本家が建てた住宅があり、国登録有形文化財・掛川市指定有形文化財です。

竹の丸(旧松本邸)
772

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幕府老中 松平能登守乗賢の所領 美濃国岩村藩領 横内陣屋跡(代官所跡) (静岡県藤枝市横内)


静岡県藤枝市横内の横内陣屋跡は、江戸時代に美濃国岩村藩の飛び地を管理した代官所跡です。

江戸時代中期の享保20年(1735年)、幕府の老中となった美濃国岩村藩主 松平能登守乗賢(まつだいらのとのかみのりたか)が1万石を加増されました。

新しい所領の5276石が駿河国の15ヶ村(現在の藤枝市、島田市、焼津市、静岡市)であったため、横内村に横内陣屋を設置。

横内陣屋跡(稲荷神社)
9499

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天方氏,徳川家康,武田信玄の山城 天方新城跡 (静岡県周智郡森町向天方 地内城ヶ平公園)


静岡県周智郡森町向天方の天方新城(あまがたしんじょう)は、戦国時代の永禄11年(1568年)頃に今川氏配下の天方山城守道興(あまがたやましろのかみみちおき)が、徳川家康の遠江侵攻に備えて築城しました。

天方新城は天方城とも呼ばれますが、天方古城と混同される事があり注意が必要です。

城ヶ平山頂(標高249m)の天方新城跡は、城ヶ平公園(じょうがたいらこうえん)として整備され車で探訪出来ます。

遺構は、横堀(内堀、外堀)・竪堀・土塁・橋台・土橋・大手など。

物見台風の展望台からは、森町を一望できます。

天方新城跡
13477

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