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今川義元

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江戸時代の地誌 県指定文化財「遠江国風土記伝」を展示 浜松市立内山真龍資料館 (静岡県浜松市天竜区(旧天竜市)大谷568)


静岡県浜松市天竜区(旧天竜市)大谷の浜松市立内山真龍(うちやま またつ)資料館は、江戸時代後期の国学者 内山真龍に関する歴史資料や、天竜区に伝わる文化財などを展示している施設です。

内山真龍の通称は弥兵衛(やへえ)で、庄屋(名主)をつとめながら古典の研究をかさね、歴史地理学的分野など35部の著書を完成させました。

県指定文化財の地誌「遠江国風土記伝」(とおとうみのくにふどきでん)は、明治以降に数回出版されています。

浜松市立内山真龍資料館
9326
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今川義元を討った服部小平太 最期の地の伝説 姫街道 長坂 (静岡県浜松市北区細江町(旧引佐郡細江町)中川)


静岡県浜松市北区細江町(旧引佐郡細江町)には、東海道の脇道の姫街道が通っています。

姫街道 長坂は、戦国時代の永禄3年(1560年)5月19日に「桶狭間の戦い」(おけはざまのたたかい)で今川義元を討った、服部小平太(はっとりこへいた)が暗殺されたという伝説がある場所です。

姫街道 長坂 「服部小平太 最期の地」
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殺害された服部小平太を弔うため建立 臨済宗方広寺派 宗安寺跡 (静岡県浜松市北区細江町(旧引佐郡細江町)中川 旧姫街道)


静岡県浜松市北区細江町(旧引佐郡細江町)中川の臨済宗方広寺派 宗安寺は、安土桃山時代(戦国時代末期)の天正15年(1587年)に200m南にある姫街道 長坂で何者かに殺害されたという、服部小平太(はっとりこへいた)を弔うために建立されました。

明治時代に廃仏毀釈で廃寺となり、山門は正明寺(細江町気賀1060)へ移築。

宗安寺跡には、石段・庭園跡・地蔵があります。

宗安寺跡
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武田信玄・勝頼親子が攻略 今川義元の山城 花沢城跡 (静岡県焼津市高崎字城山)


静岡県焼津市高崎の花沢城(はなざわじょう)は、室町時代後期(戦国時代)の天文6年(1537年)に駿河・遠江国の守護・戦国大名の今川義元が築城したと伝えられている山城です。

永禄13年(1570年)正月、駿河(静岡県中部)に侵攻した甲斐(山梨県)の武田信玄・勝頼親子が花沢城を包囲。

激戦となって今川氏家臣の城主大原資良は、8日に降伏して遠江(静岡県西部)に退きました。

花沢城跡 一の郭
4970

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戦国時代(室町時代) 今川氏の家督争い「花倉の乱」の舞台 市指定史跡 花倉城跡 (静岡県藤枝市花倉勝り谷)


静岡県藤枝市花倉の花倉城(はなぐらじょう)は、室町時代初期の文和元年(1352年)に葉梨荘へ拠点を移した駿河今川氏2代目 今川範氏(いまがわ のりうじ)が、居館の詰城(つめじょう)として築きました。

戦国時代(室町時代後期)の天文5年(1536年)、駿河国の守護・戦国大名 今川氏親(いまがわ うじちか)の息子達による後継者争い「花倉(花蔵)の乱」が勃発。

栴岳承芳(せんがくしょうほう、後の今川義元)と争った、異母兄の玄広恵探(げんこうえたん、今川良真)は花倉城(花蔵城)に籠城。

戦いに敗れた玄広恵探は花倉城を脱出しましたが、天文5年6月10日(1536年6月28日)に栴岳承芳派の追撃をうけて普門寺(現在の普門寺とは別の場所)で自害。

栴岳承芳は駿河今川氏9代目 今川義元となり、教育係であった太原雪斎(たいげんせっさい)の補佐を受けて戦国大名として所領を拡大しました。

市指定史跡 花倉城跡
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今川義元の祖母 駿河国守護今川義忠の正室 北川殿の墓所(五輪塔) 曹洞宗 大窪山 徳願寺 (静岡県静岡市駿河区向敷地689)


静岡県静岡市駿河区向敷地(むこうしきじ)の曹洞宗 大窪山 徳願寺には、駿河国守護 今川義忠(いまがわ よしただ)の正室 北川殿の墓(五輪塔)があります。

北川殿は、今川義元(いまがわ よしもと)の祖母です。

奈良時代の養老元年(717年)、徳願寺は真言宗の寺として創建。

室町時代の長禄2年(1457年)、北川殿によって曹洞宗に改宗。

北川殿は、室町時代の享禄2年5月26日(1529年7月11日)に死去しました。

北川殿の墓
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戦国時代 花倉の乱で今川義元に敗れ20歳で自害 玄広恵探(今川良真)の墓 (静岡県藤枝市本郷)


静岡県藤枝市本郷の「藤の瀬会館」北東の旧普門寺跡には、20歳で自害した今川義元の異母兄 玄広恵探(げんこうえたん=今川良真)の墓があります。

戦国時代(室町時代後期)の天文5年(1536年)、駿河国の守護・戦国大名 今川氏親(いまがわうじちか)の息子達による後継者争い「花倉(花蔵)の乱」がおきました。

栴岳承芳(せんがくしょうほう=今川義元)と争った玄広恵探(今川良真)は、花倉城(花蔵城)に籠城。

戦いに敗れた玄広恵探は花倉城を脱出しましたが、天文5年6月10日(1536年6月28日)に栴岳承芳派の追撃をうけて普門寺(現在の普門寺とは別の場所)で自害しました。

玄広恵探の墓
18049------------ 「静岡観光おでかけガイド」 続きを読む ------------

駿河今川氏3代目当主 今川泰範、今川義元の軍師で徳川家康の師 太原雪斎の墓所 臨済宗妙心寺派 大揚山 長慶寺 (静岡県藤枝市下之郷1225)


静岡県藤枝市下之郷の臨済宗妙心寺派 大揚山 長慶寺(たいようざん ちょうけいじ)には、室町時代の守護大名で駿河今川氏3代目当主 今川泰範(いまがわやすのり)と、戦国時代の守護・戦国大名で11代目当主 今川義元の軍師だった太原雪斎(たいげんせっさい)の墓があります。

太原雪斎は、今川氏の人質となっていた竹千代(後の徳川家康)を教育した、名僧としても有名です。

臨済寺(静岡市)を開いた太原雪斎は、晩年に長慶寺を再興して隠居しました。

今川泰範、太原雪斎の墓
1272------------ 「静岡観光おでかけガイド」 続きを読む ------------

女戦国大名と呼ばれた今川義元の母 市指定文化財 寿桂尼(じゅけいに)の墓 曹洞宗 洞谷山 龍雲寺 (静岡県静岡市葵区沓谷3−10‐1)


静岡県静岡市葵区沓谷の曹洞宗 洞谷山 龍雲寺には、守護・戦国大名 今川義元の母 寿桂尼(じゅけいに)の墓があります。

寿桂尼(龍雲寺殿峰林寿桂大禅定尼(りゅううんじでんほうりんじゅけいだいぜんじょうに))は、中御門権大納言宣胤(なかみかどごんだいなごんのぶたね)の娘です。

永正5年(1508年)に、守護大名 駿河今川氏7代目今川氏親(いまがわうじちか)の正室となり、3男4女を生みました。

大永6年(1526年)に氏親が56歳で死去すると、髪を切って翠光院寿桂(すいこういんじゅけい)と号しています。
(後に長膳院(ちょうぜんいん)を名乗る。)

市指定文化財 寿桂尼墓所
8677------------ 「静岡観光おでかけガイド」 続きを読む ------------

安倍七観音霊場のひとつ 駿河三十三観音霊場 第20番札所 真言宗智山派 布袋山 自在院 平澤寺(平沢寺) (静岡県静岡市駿河区平沢50)


静岡県静岡市駿河区平沢の真言宗智山派 布袋山 平澤寺(ほていざん へいたくじ)は、駿河三十三観音霊場(駿河一国三十三ヵ所観音霊場巡り) 第20番札所です。

安倍七観音の霊場のひとつにも数えられ、平澤観音(平沢観音)と呼ばれています。

真言宗智山派 布袋山 平澤寺
13039------------ 「静岡観光おでかけガイド」 続きを読む ------------





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