2009年11月16日
愚かで悲しい 「生きものの記録」
黒澤明監督の「生きものの記録」(1955年)は現代社会とオーバーラップしながら、核の時代への警鐘を鳴らす作品です。地球全体を破壊するに十分な「水爆」を持ってしまった人類。その恐怖心から奇妙な行動をとる老人を三船敏郎さんが熱演しています。「燃える」と叫ぶ老人の言葉にこめられた悲しくも愚かな「生きもの」たちのイメージは鮮烈です。1945年8月、原子爆弾「リトルボーイ」「ファットマン」が広島、長崎に投下されました。その後も米ソ中心に核実験が相次ぎました。「生きものたちの記録」は広島、長崎からほぼ10年の情勢を背景に作られています。「生きもの」の愚かさに気付いた老人をめぐる周囲の表情や解釈が行きつく先は?
核、テロ・・。現代の「生きもの」たちは相も変わらず愚かな風景を繰り広げています。そのことに気付いている人々の思いは結実するのでしょうか。当面する問題を逆手に優先順位を組み替え、問題を先送りすることが現実的としてもてはやされる時代でもあります。ラストシーンが印象的です。「生きもの」たちの愚かさの果てを見詰める老人。その背中をただ見ている自分。観客の一人として、老人の背中を見ている自分自身は何であるのか。実際にご覧ください。
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2009年11月05日
ユーモアと無常観 「小早川家の秋」
久しぶりに小津安二郎監督の作品を味わいました。まだ未見の「小早川家の秋」(1961年)。代々続く造り酒屋の家族の物語。娘夫婦に稼業を譲った父親役が中村鴈治郎さん。原節子、新珠三千代、司葉子、白川由美ら女優さんの競演が華やかです。長女役の新珠三千代さんが群を抜いてうまい。次女役の司葉子さんと長男の嫁役の原節子さんの会話シーンが非常によく描かれています。みなさんいい女優さんです。カラー作品なので、若い世代にもなじみやすいはず。小津調の正しき調べが流れてきます。大阪が舞台です。「もうこれでしまいか」。道楽と放蕩の末に家業を傾けさせた父親(雁治郎さん)の最後の言葉です。「好き勝手やって親が残した身上を食いつぶした」。妹役の杉村春子さんが兄を亡くした悲しみを抑えるように陽気に語る場面があります。見どころの一つでしょう。友情出演のようにちょっとだけ登場する笠智衆さんが火葬場の煙突から上る煙りをながめながら言うせりふ。「いくら死んでも あとからあとから せんぐりせんぐり 出てくるわ」。ラストシーンも含めて、明るさと無常観がないまぜになった作品。しんみりします。「せんぐりせんぐり」は「次から次へ」という意味だそうです。
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2009年11月03日
バーニングプラン 「あの日、欲望の大地で」
シャーリーズ・セロン、キム・ベイシンガーの二人の女優さんの演技をたっぷり楽しめるのが、現在公開中の「あの日、欲望の大地で」(ギジェルモ・アリアガ監督、米国、2008年)です。が、苦情を一つ。この邦題は何とかならなかったものか。不倫に関する作品だからと言って、いまどき「欲望」もないです。セロンさん演じる主人公の心理や行動を凝縮した「Burning Plan」(「燃やす」「計画」)という原題をもっと生かしてほしかったように思います。いっそ「バーニングプラン」でもよかった。アリアガ監督は初めての長編だそうですが、今後も期待できそうです。硬質で緊張感のある雰囲気づくりがとても気に入りました。不倫する母役を演じるのがベイシンガーさん。その娘が成長したシルヴィア役を演じるのがセロンさん。セロンさんはセクシャルハラスメントを扱った力作「スタンドアップ」(ニキ・カーロ監督、米国、2005年)以来です。相変わらず強い役者さんです。過酷な過去を抱えた二人の女性の姿を、全体として寡黙に過剰な要素を排して描いています。見ごたえのある作品です。
エピソードの断片を一つの糸につないでいくアリアガ監督の手法は独特ですが、独りよがりになっていない点が好感を持てます。シルヴィアが最後に見せる表情がポイントかもしれません。心に負った深い傷が容易に癒されるはずはありません。アリアガ監督も、ハリウッド映画にありがちな、誰もが納得するハッピーエンドにはしたくなかったようです。歓喜の声は上がらないけれども、それでも、人間には前に進めることがある、という点をラストシーンは訴えているようです。アリアガ監督はメキシコ出身。
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2009年10月25日
西部劇が面白い 「3時10分、決断のとき」
ラッセル・クロウという役者はなんて格好いいんだろう。「3時10分、決断のとき 3:10 to Yuma」(ジェームズ・マンゴールド監督、米国、2007年、公開:2009年)を見終わって、まずそう感じました。あまりややこしいことは言わずにおすすめできます。忘れられそうな西部劇のジャンルで、まだこれほどの作品ができるんですね。カウボーイ、酒場の女、荒野、銃、馬、砂塵、襲撃・・。西部劇の伝統的な要素を総動員しているようでいて、マンネリを感じさせません。髭だらけのアウトローたちが個性を競い合っています。演技者の個性を浮き彫りにすることに大変熱心な監督さんのようです。悪名の高い強盗団のボス、ベン・ウェイド役がラッセル・クロウさん。強盗団の襲撃が予想される中、ウェイドを護送する危険な仕事を引き受ける牧場主、ダン・エヴァンス役がクリスチャン・ベイルさん。この2人の心理模様を軸に話は展開します。ダンが仕事を引き受けたのは牧場経営で出来た借金を返すためですが、妻の静止を振り切ってまで飛び込む姿はかたくなに見えます。強盗団のボス、ウェイドが多額の報酬を示して自分を逃がすようにそそのかしますが、ダンは応じようとはしません。
最後には勧善懲悪的な結末を迎える物語あるいは無法地帯における輝かしい正義のヒーローの話かと最初は軽く見ていました。しかし、派手な銃撃戦、逃走劇の末に意外な展開が準備されていました。特に息子を持つ父親にはグッとくるかもしれません。最後まで引き込まれました。
グレン・フォードさんが主演した「決断の3時10分 3:10 to Yuma」(1957年)をリニューアルした作品なんだそうです。知りませんでした。また、強盗団に襲撃されて負傷する賞金稼ぎを演じていた役者さんが、あのピーター・フォンダさんであることに全然気が付きませんでした。これは我ながら不覚であります。
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2009年10月16日
ジャームッシュの新作 「リミッツ・オブ・コントロール」
ジム・ジャームッシュ監督は「ストレンジャー・ザン・パラダイス」(1984年)以来、気になっている人です。2009年9月公開の新作「リミッツ・オブ・コントロール」(2008年、米国)も、異次元空間を映像化するような実験性あふれる作品に仕上がっていました。とは言え、ついていくのがちょっとつらかった。主役の殺し屋を演じているイザアック・ド・バンコレさんが記号的に演じてみせる無表情や、これでもかというほどに繰り返される同じせりふと同じ展開が、意識的に設計された点も分からなくもありません。最終盤、現代社会を「人工の世界」と象徴的に提示してみせるあたり、メッセージを読み取る楽しみはたっぷりあります。でも映画としては退屈でした。全編メキシコで撮影しています。メキシコという国の風景にどんな意味がこめられるものなのか、米国人なら皮膚感覚で分かるような、何らかの前提がないと、この作品は理解できないのかもしれません。ざっと見た限りでは、メキシコの風景を別の国の風景に取り替えても何の支障もないように見えます。「ストレンジャー・ザン・パラダイス」では、ジェイ・ホーキンスの「スージーQ」をバックに若い女性が歩くだけのシーンが印象に残りました。「ストレンジ」「パラダイス」を見る側がイメージするのに、あの光景は不可欠だったし、全体の調子を構成する、いい場面でした。
ビル・マーレイさんが主役を演じている「ブロークン・フラワーズ」(2005年)でジャームッシュ監督は予想外の独特のユーモアやペーソスを楽しませてくれました。ジャームッシュ流の新展開が予感できるようで、新作をとても楽しみにしていたのですが拍子抜けの感があります。マーレイさんはこの作品でもチョイ役で出ています。
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2009年10月05日
強靭な精神 「マンデラの名もなき看守」
「マンデラの名もなき看守」(ビレ・アウグスト監督、フランス=ドイツ=ベルギー=南アフリカ、2007年)は1960年代以降、アパルトヘイト(人種隔離政策)下の南アフリカで実際にあった物語です。政治犯として刑務所に収容されていたネルソン・マンデラ氏(後の南アフリカ大統領)と刑務官の交流を描いています。マンデラ氏を演じているのはデニス・ヘイスバート(Dennis Haysbert)さん。米国の人気テレビドラマ「24」で黒人大統領役を演じ、バラク・オバマ大統領への地ならしにつながったともいわれる人。俳優と現実の間の不思議な接点を見る思いがします。この作品の映画化をマンデラ氏自身が認めたといわれています。時の政治権力の下部機関で働く末端職員にすぎない刑務所看守が、やがてはマンデラ氏の開放を実現する重要な役割を果たします。最悪の環境の中で、最後まで人間というものへの信頼を失わず、全面的な開放を勝ち取るマンデラ氏の人間としての迫力を感じます。
ジョセフ・ファインズさんがマンデラ氏の看守ジェームズ・グレゴリー役を演じています。静かで知的な雰囲気の役者さんです。刑務所の看守、しかも政治犯を収容する刑務所といえば、南アフリカのアパルトヘイトの象徴ともいえる存在。その刑務所の看守として着任したファインさんはその語学力を買われ、既に名高い政治犯だったマンデラ氏をスパイする任務を命じられます。
「黒人はテロリスト」と考えるアパルトヘイトのもと、大物を監視する役割は出世の手段でもありました。そのチャンスに飛びついたグレゴリーがマンデラ氏に会い、彼の書いた「自由憲章」を秘かに読むうちにアパルトヘイトへの疑念が生まれます。
原題は「Goodby Bafana(さよならバファナ)」。「Bafana」とは?最後まで見ると、この原題の深さが分かります。
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2009年09月27日
「湖のほとりで」 本格派の推理映画
現在、日本公開中の「湖のほとりで」(アンドレア・モライヨーリ監督、イタリア、2007年)は殺人事件の犯人を追う刑事の物語です。荒っぽいシーンは一切ありません。追う刑事と捜査線上に浮かび上がる関係者の心理ドラマの趣。地味な作品ですが、推理映画、謎解きものとしてはかなり本格的です。ハリウッド的なエンタメドラマにあきた方はぜひどうぞ。
冒頭、ミステリータッチ、映像表現が新鮮です。事件の発生現場である「湖のほとり」のシーンが斬新です。そのままグイグイと引き込んでくれればいいのですが、残念ながら主人公である刑事の人となりや悩みを優先的に描こうとするので、事件の展開をハイテンポで期待するむきには少し退屈かもしれません。
アンドレア・モライヨーリ監督はこの作品が初めての監督作で、イタリアのダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で10部門を独占しています。同賞としては史上最多部門の受賞だったそうです。イタリアのミステリー映画ファンは本格派、文芸タッチが好みなんでしょうか。主役のサンツィオ刑事を演じるのはトニ・セルヴィッロさん。渋い俳優さんです。いかにもベテランらしい落ち着きを見せながら、悩み深き捜査官のイメージをうまく演じています。
▽「湖のほとりで」公式サイト
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2009年09月25日
教え子たちの秘密 「石内尋常高等小学校 花は散れども」
「石内尋常高等小学校 花は散れども」(新藤兼人監督、2008年)は新藤監督の母校を舞台にしています。豊川悦司さん演じる良人が新藤監督自身のようです。太平洋戦争にまつわる、苦しくて悲しいエピソードを簡潔に掘り起こしながら、その悲しみを超えてなお続いた教師と教え子の交流を描いています。この物語に登場する市川先生(柄本明さん)のような、質実で心温かい教師像には心打たれます。独特のおかしみに満ちた演技を得意とする柄本さんがその力を存分に発揮しています。柄本さんの市川先生像がこの作品の大きな見どころであるのは間違いありません。しかしながらこの作品における師弟関係は主に子どもたちの側から読みとくべきなのではないかと思います。市川先生を通して象徴的に描かれている教師としての心の置きどころは、難しい現代においても、必ずしも例外的ではないような気がします。この作品が重要なのは、懐かしい教師像よりも、一人の教師を懐かしみ、慕い続ける子どもたちの心のあり方を丹念に描いているためです。
自我が十分に育たない時期に出会った一人の大人と、どれほどの間、気持ちを通い合わせることができるものかどうか。社会環境が複雑になり、ややこしくなった昨今、そんなに容易な話ではないでしょう。恩師と教え子との間が目には見えない糸でつながっているといえば、あまりに運命論めいて、むしろこっけいでさえあります。子どもたちが成長する環境を含めて、今、何がどうなっているのか、これから一体どうなるのかと考えさせられた作品です。
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2009年09月23日
「幸せはシャンソニア劇場から」で、しあわせに。
小さな町に劇場があって、それが人々の暮らしの一部になっているというのはどういう感じなのでしょう。「幸せはシャンソニア劇場から」(クリストフ・バラティエ監督、フランス、2009年)は1936年、第二次世界大戦前夜のパリの下町を舞台に劇場を守ろうとする人々を描いた作品です。ハリウッド的なショービズの香りも取り入れながら、戦時下にもかかわらず生き続けた古き良き下町の情感をいっぱいに感じさせます。主役のピゴワル役を演じるジェラール・ジューニョさんの味のある演技に魅了されました。この人は決して派手ではありません。同じバラティエ監督の作品 「コーラス」(2005年)の音楽教師マチューのような芯を感じさせる役柄がうまい。この作品のピゴワルも同じ系統のキャラクターです。
劇中で素晴らしい歌唱力を披露する新人女優、ノラ・アルネゼデールさんが評判通りでした。今回は舞台女優としての華やかさが目立ちましたが、もっと幅のある役柄をこなせそうです。楽しみな女優さんです。それにしても名前を覚えにくい。忘れてならないのは撮影を担当しているトム・スターンさん。クリント・イーストウッド監督の作品を「ミスティック・リバー」(米国、2003年)以来担当している人です。後半、物騒なシーンが幾つか出てきます。その切れ味がなるほどと思うのは、恐らくこの人のせいです。
いわゆるミュージカルではありませんが、全編、音楽が重要な要素を占めています。アコーディオンの音色が特に印象的。ファシズムの台頭、反ファシズムの盛り上がりなど、政治的な背景もしっかり描かれています。親ナチス政権の時局講演会にコメディアンが重用される様子は、緊迫した政治体制の下の政治と芸能の結びつきを描いていて、非常に興味深いものでした。
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2009年09月06日
大都市ロサンゼルスの病 「路上のソリスト」
「プライドと偏見(PRIDE & PREJUDICE)」(2005年)で長編デビューを飾ったジョー・ライト監督(英国)が「路上のソリスト」( 米国、2009年)でいい腕を見せてくれています。天才的な音楽的才能を持ちながら路上で生活を送っているナサニエル・エアーズさんとロサンゼルスタイムズの記者スティーヴ・ロペスさんの心の交流を描いた実話です。「Ray/レイ」でアカデミー主演男優賞をとったジェイミー・フォックスさんがエアーズさんを演じます。現役のコラムニスト、ロペスさんを演じるのが「アイアンマン」のロバート・ダウニー・Jrさんです。
9万人ともいわれるロサンゼルスの路上生活者の現状や彼らを支援する専門組織の活動の様子がリアルに描かれています。路上生活者のみなさん300人がオーディションを経て出演しています。社会問題としての路上生活者の急増は大都市ロサンゼルス、ひいては米国社会の病のひとつです。あまりに日常的な風景となったためか、リアルな描写自体がとても新鮮に見えます。
とはいってもありきたりの社会派タッチではない点が肝心です。「路上のソリスト」はお金がないという理由で弦が2本しかないバイオリンを弾いています。ロペスさんとナサニエル・エアーズさんが出会うシーンです。この印象的なシーンが象徴するように、路上生活を送るエアーズさんには、本人で望んだわけでもない理由で、どうしても足りないものがある。その不足あるいは欠落を補い、問題をとくキーは誰が持っているのか。本人か?それとも・・。資格は大勢の人々が持っているはずです。
この作品ではジャーナリストがその契機を提供できるかもしれないという枠組みで話は進みます。しかし、解決に向けたステップはなかなか始まりません。豊かな音楽的才能がありながら路上で音楽を奏でるエアーズさん。その姿に感動し、記者としての意欲を刺激されたロペスさんが、エアーズさんの心に迫り、優れたコラムを書きます。そのコラムが評判になり、ロペスさんは一躍スター記者に。冒頭、ロサンゼルスタイムズの輪転機が猛烈な勢いで新聞を印刷するシーンから始まります。やや安直ながら、実話らしい雰囲気を醸し出します。
大都市ロサンゼルスをさまざまなカメラアクションで描かれています。ロサンゼルスが主人公の作品といってもいいぐらいです。ロサンゼルスという都市は世界的にも知名度が高く、映画の舞台になるのも珍しくありません。英国出身の監督ならではの斬新なフレームに新鮮な視点を感じました。
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