2019年01月13日

平成の終わりに元号を考える 「平成」改元前後の反元号運動

以下の文章は、月刊誌『むすぶ』ロシナンテ社2018年9月号に、
「時代を駆ける 第310回
平成の終わりに元号を考える
〈平成改元前後の反元号運動〉
として掲載した文章である。

政府は新元号を「二〇一九年四月一日に発表」することを正式に認めた。
発表から改元まで一か月しかなく、新元号への対応は事実上不可能である。
そこで政府は自治体や学校などに、「二〇一九年にかぎり、五月一日以降も平成三一年の使用を認める」という通知を出している。
政府は五月一七日に、「新元号への切り替えを準備する省庁間会議」を初開催した。
そこでは「内閣官房はこんごのシステム連携を西暦で統一する」ことを決めたという。
中央省庁では情報管理は「西暦で統一」していくことをチャッカリ決めているのだ。
なぜ学校や自治体にも「西暦使用を認める」ことを通知しないのか。
今年の春から夏にかけて、全国の地方議会で「改元後も役所は元号を使い続けるのか?」という質問が相次いでいる。
だが東京都日野市などでは、すでにデータ管理は実質的には西暦で行われている
という。
庶民が役所の窓口で書く書類は元号だが、その元号は西暦に変換されて保存されているのだが、これもおかしい。
「元号いらない署名運動」に取り組んでいる井上森は、右のような事例をあげて、
「合理主義的な観点からの「元号不要論」は、なにも反天皇派だけのものではない」
「元号が不便であり、民衆生活から急速に姿を消している」
と書いている(『季刊ピープルズ・プラン81』)。
井上がいうように、元号が「民衆生活から急速に姿を消している」とは思えないが、グローバル時代の国際社会で通用しないことはたしかだ。
いまや元号というローカルな時代区分で生き抜ける時代ではないのだ。
井上らの新元号反対の署名数は七月までに四千筆集まったという。
だが、平成改元前後の反元号運動とは比べるべくもない。
一九九〇年前後は昭和天皇の戦争責任論と絡めて、天皇制問題が社会的に大きな問題なった。
反天皇制運動が全国各地で取り組まれ、その一環として反元号運動も活発であった
(以下、佐藤文明『「日の丸」「君が代」「元号」考』等参照)。
広島県では卒業証書を「西暦」で交付する運動が取り組まれた。
その結果、県下の四二%の高校で西暦による卒業証書が交付された。
一九八七年三月、広島県教委は西暦による卒業証書を交付した五四人の県立高校長らを文書訓告処分とした。
県が定めた卒業証書の規則に違反するとの理由からだ。
元号問題で校長が大量処分を受けたのは初めてであった。
処分を受けたある校長は、
「私も処分を受けたが、教育の場で元号や日の丸の問題を軍国主義化や平和教育ととらえて教えているのに、卒業証書で元号を使う矛盾に対して教師や生徒の声を無視できなかった」
と話した(一九八七年三月三一日付朝日新聞)。
元号反対運動は各地に広がり、大阪府・豊中市では一九八八年三月から在日「外国人」にかぎり、西暦の卒業証書を交付することが認められた。
一九九一年の春、豊中市の市立中学校を卒業した女子高生三人が、同市を相手どり損害賠償をもとめる裁判を提訴した。
「中学の卒業証書の日付は元号でなく、西暦で表示してほしいと校長らに要望したが、元号で表示され、思想・良心の自由を侵害された」(一九九一年九月三日付朝日新聞)。
さらに「やめよう!元号運動」も全国的に取り組まれた。
歴史学者の井上清が最初に提唱したものだ。
井上は元号の廃止をつぎの三点から問題にしている。
仝宜羸は不合理で役に立たない。
元号制は国際社会に通用しない。
8宜羸は民主主義の精神に反する。
一九八九年、岩国哲人・出雲市長が、市の公文書を「西暦」に変えて注目された。
市は民族派団体から「伝統文化の破壊につながる」と抗議を受けたが初心を貫いた。
岩国市長は「戸籍だけは法務省との関係で元号使用を余儀なくされている。
日本の独自性のみを強調する元号をのこす意味はどれだけあるのか」と政府にかみついた。
これに対して政府も、
「国に関与する行政部門を除き、地方自治体が元号をどう扱うかは自由」
だと言わざるを得なかった(一九九〇年一月八日付朝日新聞)。
東京都では自治体労働者連絡会が、一九八八年に都に元号使用に関する公開質問状を提出して都知事と交渉した。
交渉では「東京都には元号使用を強制する明文規定は一切存在しない」ことが確認され、元号を使用しているのは「今までの慣習」にすぎないことが明確にされた。
東京都の町田市や中野区では一九八九年一二月、「西暦原則」を打ちだし、仕事を西暦とするもの、元号で通すもの、併記で対応するものに区分した。
戸籍や健康保険など、全国統一的に事務処理を除き、区が外部に発行する証明書類は、西暦で対応するというものだ。
また、住民票の申請書に元号の印刷をやめている自治体は、東京都だけで八王子市・昭島市・町田市や、中野区など八区にのぼった。
平成改元の際、小渕官房長官が「元号を改める政令について」という談話を発表した(一九八九年一月七日)。その談話で小渕は、
「公的機関の届出書類は元号を用いるよう国民の理解と協力を得ていきたいが、これはあくまでも協力要請ということであり、西暦で記入されたものも受理されるものである」
とのべている。
しかし、西暦でもよいとするなら、政府は公文書も西暦・元号どちらでも提出できる様式にすべきだろう。
一九九一年二月、政府の臨時行政改革推進審議会に「世界の中の日本」部会が結成された。
その部会で行政文書の「西暦併記」が議論された。
ところが政府側の役人が、「併記を義務づけると事務が煩雑になる」と抵抗した。
部会ではやむなく最終原案を「当面可能なかぎり元号と西暦を併記する」とした。
それでも政府側の抵抗はおさまらず、一九九二年五月、とうとうこの一項は削除された。
審議委員の中からは、
「後退した原案さえもできないなら「世界の中の日本」の看板をおろすべきだ」
という強い反発も出た。
部会長の稲森和夫・京セラ会長も、「私も併記に賛成だ」としていたが、結局は内閣内政審議室の意向通りの「併記削除」の部会報告となった。
一九八九年の平成改元前後には、全国的な反元号運動が展開され、政府でさえも西暦併記を検討していた時代であった。
       
  
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2019年01月10日

『世界の名言名句1001』を読む

『世界の名言名句1001』(三省堂)という本があるので目を通してみた。
1000ページに1001の名言・名句が紹介されている。
どこかで聞いたことはあるが、だれが言った言葉だろうと思う名言をひろいだしてみた。
〃觝Г箸楼Δ諒莨譴任△襦
(『カサノヴァ回想録』イタリア・1797年)
作家で冒険家で悪名高い賭博師で兵士で女たらしで刑務所暮らしのカサノヴァの言葉。
「恋愛は美しき誤解、結婚は惨澹たる理解」(亀井勝一郎)といった名言もあるが。
△錣亡きあとに洪水よ来たれ。
 (ポンパドゥール夫人 フランス・1757)
ポンパドゥール夫人はルイ15世の公妾。
彼女はルイ15世に「私が死んだあと、何が起きようとも知ったことではない」と言ったという。
日本の政治家にも「いまだけ金だけ自分だけ」という輩が跋扈しているが。
0国心はならず者たちの最後の避難所である。
(サミュエル・ジョンソン 英 1775)
「ならず者」を「悪党」ということもある。
ジョンソンは内心出世欲を持ちながら、愛国者めいた発言をする者を「偽善者」だとした。
わが国にも愛国心をふり回す政治家はよーけいますが。
じ⇔呂鷲綰圓垢襦絶対的権力は必ず腐敗する。  
(アクトン卿 イギリス・1887年)
アクトン卿は神学者で政治家で歴史家。
この言葉の次は「偉大な人間というのは大体が悪人だ」と続く。
わが国でも長く政権に居すわり、腐敗した政治家が権力をふるっているが。
ノ斌瑤聾に苦し。忠言耳に逆らう。
(司馬遷『史記』 紀元前109年頃)
司馬遷は不利な戦で敗北した将軍を擁護して、皇帝・武帝の怒りを買い、牢獄に3年つながれた。
釈放されて20年かけて不朽の歴史書『史記』を書いた。
千里の道も一歩から。
(老子 紀元前550年頃)
老子は周王朝に仕えた学者だとされている。
司馬遷『史記』にある言葉。
右の言葉の意味は、何かをなす必要があればすぐにとりかかれということだという。
そんな意味だとは知らなんだ。
Р薪戮發弔れるウソは真実になる。
(レーニン ソ連 1917年)
よくウソも百辺繰り返すと真実になるといわれる。
何度もつかれるウソは真実に思えてくる。
どこかの国の大統領はフェイクしか言わないが、けっこうな国民が彼の言葉を信じているとか。
歴史は勝者によって書かれる。
(ジョージ・オーウェル イギリス1944年)
オーウェルは『1984年』の作者。
全体主義に反対し、社会民主主義を支持した。
歴史とはまさに勝者の歴史であり、敗者の歴史は葬り去られる。
優れた芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む。 
(パブロ・ピカソ スペイン1965)
偉大な芸術家は一から創るのではなく、過去にあった最良のものの上に積み上げるとの意味だという。
ピカソが言うと、スゲェーと思う。
語り得ぬものについては、沈黙しなければならない。
(ヴィドゲンシュタイン『論理哲学論考』1921年)
哲学者の含蓄のある言葉。
巷ではよく分かりもしないことをペラペラとしゃべる素人やら評論家のなんと多いことか。
黙っとれと言いたい。
確かに犯罪と犯罪者だけが、根本悪という難問を我々に突きつける。
だが、本当に芯から腐っているのは偽善者だけだ。
(ハンナ・アーレント『革命について』1963)
アーレントの『革命について』より。
偽善者というのは過ちを認めない。
自分のとった行動を過ちと認めないのだから、最も卑劣な犯罪者より質が悪いとアーレントはいう。
私には夢がある。
それはいつの日か、私の4人の幼い子供たちが肌の色によってではなく、人格そのものによって評価される国に住むという夢である。
(キング牧師 アメリカ・1963年)
「私には夢がある」というキング牧師の言葉はよく引用される。
1963年、公民権運動の一環として行われたワシントン大行進の時のリンカーン記念館前での演説。
だが「人民の人民による人民のための政治。ただし金持ちと白人に限る」
といわれるアメリカ政治は、キング牧師が銃弾に倒れて以来、どれほど変わったのか。
  
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2019年01月04日

春日井市近現代史研究会参加の呼びかけ

第1期 戦後史研究(2019.3〜2020.3)

=日本の戦後史を1年かけて研究します=
〇歴史に興味のある人
〇戦後日本史を研究してみたい人  
〇現代日本の状況に危機感を持つ人は       
 だれでも参加できます。      
◆本を読み、順番に簡単にレポートし、討論します。
◆戦後史をテーマ別に研究します。(原爆投下・敗戦・東京裁判…)
◆戦後日本が内包していた、問題点と可能性を追究します。
◆現在日本の危機的状況を、戦後史研究を通して分析します。
(民主主義の衰退、左翼リベラル派の退廃、右翼保守派の台頭…)
◆研究会は研究のみに徹し、政治活動等には一切かかわりません。

◇第1回 研究会 3月14日(木) 16:30〜18:00

場所 春日井市桃花園集会所 ※名鉄桃花園バス亭前(駐車場有)
    参加者による打ち合わせ会です。参加希望者は連絡下さい。

◇毎月  第1・第3木曜日(原則木曜日、都合により曜日変更可能)
      16:30〜18:00(時間の前後移動は可能)
◇場所  桃花園集会所2F集会室(駐車場有)
◇参加費 無料(費用は本代のみ)
連絡先 舘崎正二(090-9906-7463) 住所 東山町2-9-25

第1期 戦後史研究会(2019.3〜2020.3)(案)

3月14日(木) 初顔合わせ
 参加者による、年間計画の打合せ等
3月28日(木) 敗戦
吉見直人『終戦史』NHK出版 (1)
4月11日(木)  敗戦
吉見直人『終戦史』NHK出版 (2)
4月25日(木) 戦後史
福永文夫『日本占領史1945-1952』中公新書
5月9日(木) 戦後史
中村正則『戦後史』岩波新書
5月23日(木) 戦後秘史
孫崎亨『戦後史の正体』創元社
6月13日(木) 戦後ナショナリズム
梅田正己『日本ナショナリズムの歴史検拗睚幻(1)
6月27日(木) 戦後ナショナリズム
梅田正己『日本ナショナリズムの歴史検拗睚幻(2)
7月11日(木) 原爆投下の真実
木村朗『核の戦後史』創元社
7月25日(木) 憲法
古関彰一『平和憲法の深層』ちくま新書
8月8日(木) 東京裁判
大沼保昭『歴史認識とは何か』中公新書
8月22日(木) 朝鮮戦争
 五味洋冶『朝鮮戦争はなぜ終わらないのか』創元社
9月12日(木) 安保条約の成立
 豊下楢彦『昭和天皇の戦後日本』
9月26日(木) 日米安保条約
  矢部宏治『日本はなぜ戦争ができる国になったか』集英社
10月10日 日米地位協定入門
  前泊博盛『日米地位協定入門』創元社
10月24日(木)  北方領土
  岩下明裕『北方領土問題』中公新書
11月14日(木)  戦後政治史
  石川真澄・山口二郎『戦後政治史第3版』岩波新書
11月28日(木)  沖縄戦後史
  中野好夫・新崎盛暉『沖縄戦後史』岩波新書
12月12日(木)  戦争観
  吉田裕『日本人の戦争観』岩波現代文庫
12月26日(木)  戦争責任
  荒信一『戦争責任』岩波現代文庫
(21)1月9日(木)  靖国神社
 高橋哲哉『靖国問題』ちくま新書
(22)1月23日(木)  戦後日本の核心
 白井聡『永続敗戦論』太田出版
(23)2月13日(木)  隠された日本の支配構造
矢部宏治『知ってはいけない』講談社現代新書
(24)2月27日(木)  原発
武田徹『私たちはこうして原発大国を選んだ』中公新書ラクレ
(25)3月12日(木) 
加藤典洋『戦後入門』ちくま新書(1)
(26)3月26日(木) 
加藤典洋『戦後入門』ちくま新書(1)

【予備】
\鏝紊留ν磴蛤戸
浅羽通明『右翼と左翼』幻冬新書
知識人の戦後
加藤典洋『敗者の想像力』集英社新書
B佇峠沼阿寮鏝
笠井潔『8・15と3・11』NHK出版
ご霖蓮Ω業
矢部宏治『なぜ基地と原発を止めれないか』集英社
ゲ縄
中村徹『本音の沖縄問題』講談社現代新書
Ψ法
山室信一『憲法9条の思想水脈』朝日新聞社

※上記はあくまで予定であり、話し合いのなかで
変更していきます。
  
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2018年12月31日

2018年の収穫(12月31日)

以下にあげる多くの本は、本ブログで取り上げているので、コメントは割愛する。
〇一般書
…甲川宏『日本精神史 上下』講談社
橋本健二『新日本の階級社会』講談社現代新書
菅孝行『三島由紀夫と天皇』平凡社新書
〇歴史書
仝淕9弘『朝鮮戦争はなぜ終わらないのか』創元社
∪荳蠑粥慳ご阿寮抄仁汗后擔慶選書
松沢裕作『生きづらい明治社会』岩波書店
〇ノンフィクション
)匍廖愍赦族鯊痢拗崔娘
∪舒羌『もうごみの島とは言わせない』藤原書店
佐野眞一『唐牛伝』小学館文庫
❒番外
〇絨羹杜ぁ悗垢澆泙擦鵝,曚榮経営』日経BP
奥田昌子『長寿の習慣』青春新書
L敖躙押愧のために法は生まれた』朝日出版
〇小説
[慣聴賚此惶噺狂飜半』新潮文庫
∀⊂觚三紀彦『恋文』新潮文庫
6眈覦豕『対話編』新潮文庫
  
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2018年12月16日

「平成の終わりに元号を考える〈マスコミの元号報道と元号決定の舞台裏〉」

以下の文章は、月刊誌『むすぶ』2018年8月号に、
「平成の終わりに元号を考える〈マスコミの元号報道と元号決定の舞台裏〉」
のタイトルで掲載した全文であるる

最近のマスコミの元号報道からいくつか紹介しておこう。
⑴秋篠宮眞子さん、小室圭さんとも西暦使用。
昨年九月、秋篠宮眞子さんと小室圭さんの婚約記者会見が行われた。
二人の出会いについて問われた眞子さんは、「二〇一二年」と西暦で答え、続いた小室さんも西暦で答えた。
皇族の会見で元号が使われなかったことに保守派の一部に衝撃が走った。
保守派の論客である加地伸行・大阪大名誉教授は、「老生、ショックを受けた」として次のように話している。「われわれは生きている時間を、天皇の存在と連動して考えてきた。
それが失われれば、日本人のあり方が変質しかねない」
保守派は若者の元号ばなれに危機感を強めている。
若者の元号ばなれについて鈴木洋仁・事業構想大学院准教授は、
「元号は天皇という権威と分離し、文化として定着した」
「たとえるなら歌舞伎のような存在」
だと話している(七月三〇日付朝日新聞)。
昨年七月の朝日新聞の世論調査では、
「元号の制度を今後も続けていく方がよいと思うか」との質問に、
「続けていく方がよい」が全体で七五%。
七〇歳以上七〇%、六〇代七四%に対し、一八〜二九歳が七六%、三〇代が八〇%と、若い世代の支持が高かった。
若い世代は元号にはあまり関心はないが、元号を続けることに抵抗はないようだ。
⑵運転免許証の有効期限を西暦表記に。
警察庁は運転免許証に記載されている有効期限を、来年三月以降、元号から西暦に変更すると発表した。
外国人の運転免許保有者の増加などを背景に、よりわかりやすくするのが目的だという。
(外国人の運転免許保有者は二〇一七年末で約八六・八万人と全保有者の一%超である)。
ただし、生年月日や交付日、免許種別ごとの取得日はこれまで通り元号表記とする。
警察庁は運転免許証について「基本的には元号を使うことに変わりはなく、あくまで例外的変更」と説明している(八月三日付朝日新聞)。
平成改元前後から運転免許証については西暦併記が検討されてきた。
有効期限だけを西暦というのはいかにも中途半端である。
ちなみに、佐野洋『元号裁判』(一九七五年)という小説は、運転免許証の日付を西暦に書き換えた男が、私文書毀棄罪に問われて裁判になる話である。
小説は判決前で終わり、裁判所がどう裁くかという問題提起をしていた。
⑶「新元号」の予想がメディアでブームに。
メディアでは新元号の予想がブームとなっている。
新元号をあてたら商品をプレゼントするといった企画もある。
巷では新元号に「安」の字がはいるというウワサが流れているが、明治のM・大正のT・昭和のSと重ならないものになる可能性が高いという。
平成改元時に内閣内政審議室長として改元の実務を担った的場順三は、
「前回は元号予想など、とてもはばかられる雰囲気だった。今昔の感だ」
とふりかえる。
昭和天皇の闘病中に改元の準備を進めていることがマスコミで報道されると、首相官邸には右翼から抗議電話が相次いだ。
総理府の的場の部屋を右翼の男性が訪れ、新元号準備を「不敬だ」と批判する事態も起きた (七月三一日付朝日新聞)。
⑷平成の元号決定経緯を小泉元首相が暴露。
一九八九年一月七日、昭和天皇の死去を受けて、当時厚相だった小泉純一郎は元号決議の臨時閣議に出席した。
臨時閣議で首相官邸側から「修文」「正化」「平成」の三つの元号案が紹介された。
その際、「修文」「正化」については出典の説明がなかった。
「平成」ついては「地平らかに天成る」「内平らかに外成る」との説明があった。
その後、当時の石原信雄官房副長官が「平成でいかがでしょうか」と提案。
竹下登首相がうなずくと、みんなうなずいたという。
小泉は、
「一人ぐらい質問すればいいのにだれもしない。
異論ない。それで決まっちゃった。
あの時の不思議な雰囲気は今でも覚えている」
とのべ、あらかじめ「平成」で決まるよう道筋がつけられていたとの見方を示した。
官邸側は元号漏洩防止に全力を傾けていたという。
官房長官が発表するまで閣僚は部屋から出ないように指示された。
「国会議員は出れば必ず漏らすので出てはいけない」と足止めされたことを明らかにしている(六月二六日付中日新聞)。
それでは、元号選定はどのような仕組みか。
元号法案が成立した一九七九年、「元号選定手続きに関する要領」が閣議決定されている。
「要領」よると新元号決定の流れは次のようになる。
ー鸛蠅録人の専門家に新元号案を委嘱する。
∪賁膕箸楼嫐や出典を書いて、各自数個の候補名を提出する。
4泳篠拘韻論賁膕箸ら提出された元号案を整理・検討し、数個の「原案」にしぼりこむ。
そのさいには次の事項に留意する。
(ア)国民の理想としてふさわしいようなよい意味を持つものであること。
(イ)漢字二字であること。
(ウ)書きやすいこと。
(エ)読みやすいこと。
(オ)これまでに元号またはおくり名として用いられたものでないこと。(カ)俗用されているものでないこと。
ご泳篠拘韻詫識者懇談会を開催し、原案について意見を求めた上で、首相に報告する。
ゼ鸛蠅禄飴歌庄,寮吃議長の意見を聴取する。
閣僚会議で原案について検討する。
Τ婬弔膿係宜罎魴萃蠅垢襦
新元号は最終的に閣議で決定される。
しかし、小泉元首相の証言のように、新元号は密室で決定されており、閣議決定は茶番となっているのが実態のようだ。
政府は平成改元の経緯を公式に明らかにしていない。
委嘱がいつだれに対して行われたのか。
また、元号選定の経緯はどうであったか。
国民には一切秘密である。
安倍内閣は平成改元の手続きを踏襲して、新元号選定作業を極秘裏に進めている。
外部への情報漏洩を警戒し、担当者を内閣官房副長官補室の数人に限定。
官房副長官補室の担当者がすでに専門家に候補名の考案を依頼し、内々に回答を得ていると報道されている。
新元号の選定は前回同様、密室での決定となるだろう。
政府の秘密主義は非民主的で前時代的である。
国民に使用を義務づける元号選定が非民主的に決定されることに対し、各界からの批判が出ないことはまことに奇異だ。
平成改元前後は昭和天皇の戦争責任をきびしく問う声が高まり、反天皇制運動や元号反対運動が全国各地で取り組まれた。
今回は反天皇制運動も反元号運動もなく、先の的場の発言とは逆の意味で「今昔の感」がある。
               
  
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2018年12月10日

内館牧子に、『男の不作法』を読む

脚本家の内館牧子著『男の不作法』を読んでみた。
当方、根っからの「不作法男」なので思い当たる節が多々ある。紹介してみよう。
‐紊房紊下に強い。
常識。よくいますが。
∋間を守らない。
これは不作法の典型。どんなに能力があっても嫌われるタイプ。
真面目をバカにする。
ヤンチャが価値があり、まじめは面白くない人間となる。
だが、本当のまじめとは他人の思いを想像し、それに最適な形で対応できることだ。
まじめをバカにする不作法人間は、放っておくにかぎる。
げ畩蠅房慢話するる
自慢話というのは自分を大きく見せたいからする。
だが、自慢話を聞いてスゴイ人だと思う人はまずいない。
自分を大物にみせるはずが小物にみせているだけだ。
人の自慢話はだれもききたくないのだ。
ゥ献献丱を垂れ流する
孫があまりにかわいくて、自分一人の中にしまっておけない感情は誰でも理解できる。
問題はその感情を他人にどこまで言っていいかだ。
ほどほどならいいが、それがわからなくて垂れ流すのが困る。
薀蓄を傾ける。
薀蓄は自慢話とは違い、知っていることを伝えたいということだ。
自分の得意分野について延々と話す。
能書きを垂れる。
聞いている方は拷問である。
相手はそれに気づかない。
薀蓄・能書きは自制する。
聞かれたら手短にしゃべることを心がける。
Ц衆道徳を守らない。
恋をした女性が彼のたったひとつの行動をみて、一気に熱がさめた。
高速道路に煙草の吸い殻をぶちまけた行動だ。
電車内で足を投げ出す、順番を守らない、自転車スマホ等、公衆道徳を守らないことが彼女に知れたら、男子生命の終わりだ。
┸べ方のマナーが悪い。
バイキングで和洋中とテンコ盛りする。
それを食べ残す。持ち帰る。
食べ方が汚いというよりマナーが悪い。
マナー違反・ルール違反は、気づかずに誰もがしている。
注意されて覚えるしかないのだ。
過剰にプライドが高い。
内館は小説『終わった人』を書くためいろいろ取材した。
すると定年後の男性で、趣味も無く家でゴロゴロしている人が結構いる。
有名大学出や有名企業出身のエリートに多い。
過去はどんどん流し去り、今までとは無縁なものにどんどん手を出す。
それこそが「男の作法」だという。
妻や恋人以外の女性をほめる。
これは男性が考えているよりはるかに妻や女性を不快にする。
これは近所の女性だけでなく、女優やタレントへのほめ言葉でも同じだ。
これは焼き餅ではない。
不快の最大の理由は、自分にないものを指摘された気になるからだ。
妻や恋人の前で他の女をほめるは、男が考えているよりはるかに不作法でご法度と心得よ。
〇〇に似ていると言う。
似ていると言われて嬉しい対象と、嬉しくない対象を、女たちはわかっている。
だから本人を前にして、嬉しくない対象の名前を決して出さないこと。
ところが男はどうもそれをわきまえない人が多い。
似ていると思えば相手の気持ちを考えるより先に口をだす。
この不作法はまずい。
似ていると言いたくなったら寸止めして、言われて嬉しいかどうかを考えること。
美しいとか可愛い以外の対象は口にしないことだ。
下ネタを言う。
下ネタをユーモアだと思っている勘違いオヤジがいる。
下ネタは男同士だったり、それが好きな女性相手でもないかぎり、問題外の不作法と心得るべし。
ダジャレを連発する。
ダジャレを言うのは男性に多い。
女性たちは男性のダジャレにうんざりして疲労困憊している。
男性はダジャレを飛ばしてどうだと自慢気な顔をするが、みっともなくはた迷惑ことを分かっていない。
ダジャレに迷惑している女性に連発はNG。
思い出話に燃える。
昔の思いで話を、いつ果てるともなくするのは年配の男性に多い。
聞かされる方は地獄である。
思い出でを語っている時は、自分がその頃にもどれるのだ。
「その頃」とは自分の黄金期だ。
思い出話をしている間だけは、2度とはもどって来ない黄金期が甦る。
しかし、「思い出と戦っても勝てない」。
負ける試合はしないことだ。
持久力をつけ、筋力をつけ、今を生きることだ。
相手の地元を悪く言う。
ある特定の県や地域を名指しで悪口を言う。
地方出身者の悪口を言う。
田舎者だと皮肉る・おちょくる。
だが、多くの人にとって故郷は「聖地」なのだ。
案盍曚鷲垪酲,砲弔い董◆峽覿鼻頭が悪い」の言葉で処理できると締めくくっている。

「散る桜 残る桜も 散る桜」(良寛辞世句)
  
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2018年12月05日

元号を考えるー皇室は元号についてどう考えているのか

明仁天皇は元号についてどう考えているだろうか。
ふと、そんなことを思ってみる。明仁天皇は誠実な人柄だから、新元号への移行による社会的混乱について、心を痛めているのではないだろうか。
また秋篠宮夫妻は、眞子さんが婚約記者会見で西暦を使用したことについて注意したのだろうか。
秋篠宮家では娘が元号を使わなかったことについて、特別問題にしていなのではないか。
秋篠宮といえば、最近、大嘗祭に国費を支出すべきでないと発言したことが新聞報道で大きく取り上げられた。大嘗祭は来年11月に行われる新天皇即位の儀式である。
1990年の大嘗祭では、22・5億円の国費が使われている。
それに対して全国で憲法25条の「政教分離」に違反するとして「支出差し止め」の裁判が提訴された。
大阪高裁の判決では、「大嘗祭が神道儀式としての性格を持つことは明らかで、違憲の疑義は一概に否定できない」とした。
秋篠宮は「宗教色の強いものに公費を使うべきではない」とのべ、「私費である内廷会計でやるべきだ」との見解を示した。
このことは前回の大嘗祭でも言ったが、宮内庁長官らは「聞く耳もたなかった」という。
秋篠宮の発言は天皇家を代表してのものだろう。
秋篠宮の発言に対して原武史・放送大学教授は、「政治的意図」があり「問題をはらんでいる」と述べている(12月4日付朝日新聞)。
しかし、皇族といえども自分の意見を自由に発言する権利はある。
それさえも許されないというのでは、あまりにも理不尽である。
皇室の最大の目的は「皇統を守る」ことである。
明仁天皇は昭和天皇同様、皇室をいかに存続させるか知恵をめぐらしてきた。
「憲法を守る」ことも、慰霊の旅等の象徴的行為も、「皇統を守る」目的からである。
大嘗祭は宗教的儀式であり、憲法上問題がある点について、天皇家は十分に意識しているはずでる。
皇室が大嘗祭を私費でやりたいというなら、政府は真摯に受け止めて検討すべきである。
だが、宮内庁と政府は「きく耳をもたい」いう。
なぜなら、政府は天皇を政治的に利用することしか考えていないからだ。
  
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2018年11月30日

『舘崎正二著作集18 地域で生きる地域をつくる』出版案内

『舘崎正二著作集18 地域で生きる地域をつくる』
A5版 上下2段組240ページ 定価1000円

目       次
地域で生きる 地域をつくる
〈月刊誌『むすぶ』ロシナンテ社連載〉
1地域は可能性に満ちたフロンティアだ!  
2談笑カフェ「風(るん)」                  
3自治会と地域の活動を見直す        
4自治会と地域の活動を見直す◆      
5直接民主制の町村総会の設置
6地域フォーラムで地域問題に取り組む
7地域フォーラムで地域問題に取り組む
8地域フォーラムで地域問題に取り組む
9地域フォーラムで地域問題に取り組む
2017年度時評
4月 教育勅語はいかに作られたか/教育勅語を読んでみた/自治会は地方政府である/千葉県女児殺害事件/秋山利輝×ビートたけし
5月 憲法改正への道/憲法70年/憲法70年の潮流/映画「ショーシャンクの空に」/大東亜戦争開戦時の新聞報道/藤生明『ドキュメント日本会議』/憲法改正今やることか/山崎雅弘『天皇機関説事件』/なぜ安倍内閣の支持率は高いか/橋本治『知性の転覆』/東欧で吹 き荒れる排外主義
6月町村総会設置/加計学園問題/水道法改定と種子法廃止/談笑カフェ「風」/マフィア化する政治/国鉄改革/中野剛志他『グローバリズム…』/椎名誠『ノミのジャンプと銀河系』
7月 村西とおる『裸の資本論』/國分功一郎他『僕らの社会主義』/松田道雄『革命と市民的自由』/奥田昌子『欧米人…違った日本人の体質』/勢古浩爾『ひとりぼっちの辞典』
8月 政府が欧米で自衛隊CM放映/山折哲雄他『日本人が忘れた日本人の本質』/河合雅司『未来の年表』/731部隊の真実/知られざる地上戦/戦慄のインパール/鷲田清一・山極寿一『都市と野生の思考』/辺見庸・目取真俊『沖縄と国家』/内田樹・姜尚中『アジア辺境』
9月 池田清彦『正直者ばかりバカを見る』/北朝鮮の脅威/楠木新『定年後』/認知症対策ー大和市の保険制度/政府のJアラートを嗤う/鼠小僧は義賊にあらず/矢部宏治『知ってはいけない』/自殺・労働・朝鮮人虐殺/村瀬孝生他『認知症をつくっているのは誰だ』/アベの逃げ恥解散/日中国交45年目の秘史/高橋伸彰『世界』論文がナイス
10月 池内紀『すごいトシヨリBOOK』/諏訪哲史の非戦/衆議院選挙/廣淵升彦『メディアのおごり』/内田樹『街場の天皇論』/残業ゼロを目ざす日本電産/減る投票所/大竹文彦『競争社会の歩き方』/佐藤優『民族問題』/
11月 明治150年記念で暗い歴史抹殺/憲法9条3項は日本会議の発案/森本あんり『宗教国家アメリカのふしぎな論理』/国会の質問時間/北朝鮮の外貨稼ぎ/
12月 小塚かおる『小沢一郎の権力論』/NHKは公共放送か/橘木俊『遺伝か、能力か、環境か、努力か、運なのか』/平成時代の天皇/若者は保守化したのか/『定本柄谷行人5歴史と反復』/2017年の収穫
1月 Nスペ人体・骨/談笑カフェ風14号/小泉元首相ら「原発ゼロ法案」/東北から見える近代の陰影/Nスペ人体・腸/恩送りの実践/韓国と北朝鮮の南北統一合意/日本近代化の3段ロケット/日々雑感 織▲戮呂覆鴫憲を急ぐのか
2月 元号・天皇ー情けない言論事情/石牟礼道子の死/浜典子教授講演会/明治150年ー問われていること/河合史夫「形影譚」より/日々雑感◆親々雑感
3月 Jアラートは50年代米国防衛計画/みちのく未来基金/岡崎守恭『自民党秘史』/親の体罰で子どもの脳変化/籠池夫妻の拘留200日/欧州徴兵制の復活の背景/東日本大震災遺児育英基金/日々雑感ぁ真考問題ー財務省が隠している事/日々雑感ァ神鐐菴牲仂匹妨を当てる研究書/大澤真幸『サブカルは資本主義を超えるか』/日々雑感

  
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2018年11月29日

大澤真幸『三島由紀夫 ふたつの謎』を読む

ふたつの謎とは、ひとつは「三島の自決の謎」である。
革命かクーデターか、単なる愚行か時代錯誤か。
三島は日本が生んだ最高の知性の1人だ。
しかし、割腹自殺は最大の愚行のひとつである。
三島に似た人物がいた。
ハイデガーである。
ハイデガーはナチスとヒトラーを公然としかも熱烈に支持した。
20世紀最大の哲学者といわれた彼が、なぜ人類史上最悪の犯罪行為に加担したのか。
三島の最後の謎をめぐる問いはこの「ハイデガー問題」と似ている。
二つ目の謎は三島最後の小説『豊饒の海』の結末をめぐる謎だ。
結末の原稿は1970年11月25日、三島の自決の日に担当編集者に渡された。
その結末にだれもが驚愕した。
結末はあまりにも破壊的で、小説の存在理由を否定している。
なぜ三島はこんな結末を書いたのか。
三島は浪漫派の近くにいたが、皇国思想には染まらなかった。
また、敗戦も影響をあたえなかった。
政治にも安保にも憲法にも天皇にも本質的に無関心であった。
それではなぜ、敗戦から四半世紀後に「天皇陛下万歳」と唱えて自決するのか。
なぜ三島は25年後に天皇の熱烈な崇拝者になったのか。
三島にとって天皇とは何だったのか。
三島は「憂国」や「英霊の声」を書いた1960年前後から「戦争の死者」の感覚がよみがえったのではないか。「英霊の声」は2・26事件の将校や特攻を主題とした。
特攻兵たちは神である天皇のために犠牲になった。   
だが敗戦後に天皇が人間になったというなら、戦争への動員は詐欺だったことになる。
死者の死はまったく無意味になる。三島はこれを怒り、批判した。
そして戦争の死者たちを救済するため、人間となった天皇を批判しつつ、あるべき天皇の崇拝者となった。
愛する対象が破壊によって獲得される。
それが三島文学のモチーフだった。
『愛の渇き』で主人公は恋焦がれていた人を殺してしまう。
『金閣寺』で主人公は理想の美の象徴としての金閣に放火する。
三島の作品群は膨大である。
三島はなぜあれほどたくさんの作品を書いたのか。
彼が書きたかったこと、書く意味のあったことは『仮面の告白』一冊であった。
それなのにどうして三島はあれほど膨大な作品を書いたのか。
三島にとって書くことは終わらせること、つまり世界に終末をもたらすことであった。
三島は書くことで毎日世界を終わらせ、興奮していたのだ。
三島が天皇について熱く語り、書くようになったのは1965年以降である。
それは『豊饒の海』の執筆期間とちょうど重なる。
それ以降自決するまでの5年間、急速に天皇に強い関心を寄せていく。
三島は「文化防衛論」で、文化概念としての天皇について言及している。
文化概念としての天皇とは、神としての天皇ということである。
天皇による美の原理は「みやび」である。
天皇こそはみやびの源流であり、民衆文化はその模倣、「みやびのまね」で成り立っている。
そして「菊と刀の栄誉が最終的に帰一するのが天皇」なのだから、「天皇と軍隊も栄誉の絆でつないでおくことが絶対に譲れない条件」だとされる。
「美の論理」(菊)と「破壊の論理」 (軍隊)の結合なしに、天皇は「神」としての超越性を保持できない。
三島はなぜクーデターに失敗して割腹自殺したのか。
それは「破壊の論理」である。
三島の割腹による自決は、金閣に火を放つ行為と同じ機能をもつ。
放火の対象は美しくなければならない。
自刃の対象となる肉体も金閣のように美しくなければならない。
そのような肉体だけがしかるべき有意味な死へと予定される。
その肉体の中に死は自らの場所を見つけることになる。
三島にとって死は一種の殉死でなくてはならない。
それは肉体の破壊による死という、最高の犠牲によって達成されるものなのだ。
それでは、死が天皇に収斂する必然性はあるのか。
天皇である必然性はなく、究極的には偶然である。
三島が生きていた時代、「天皇」がほとんど唯一、こうした目的活用可能な主題だったのである。
『豊饒の海』の結末は、「記憶もなければ何もないところへ、自分は来てしまった」である。
これは深い虚無、徹底したニヒリズムである。
しかし三島はここから逃避した。
自分の肉体を破壊することで、「あるべき天皇」の存在が生まれるはずであった。
大澤はこのように結論づけているが、菅孝行よりわかりにくい。
わたしは、戦後は「余生」だとしていた三島は、死に場所を見つけてさまよい続けていたのだとしか思えない。それは松本健一がいうように、「美しい天皇」像との駆け落ちだったのではないか。

  
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2018年11月28日

菅孝行『三島由紀夫と天皇』を読む

三島由起夫の自衛隊での割腹自殺はいまなお謎にみちている。
その謎に挑戦した本を菅孝行がだした。菅の結論はこうだ。
敗戦後の三島の創作のモチーフは、ほぼことごとく理念としての天皇への愛と、生身の裕仁への憎悪に引き裂かれた三島自身の葛藤・軋轢を起源としている。
その葛藤を作品創作の内部で解決できなくなった結果が、自衛隊での割腹自殺であった。
戦争中、日本浪漫派の影響下にあった三島は、敗戦による神権天皇制の喪失に傷ついた。
敗戦で天皇は神国日本とともに死ぬべきだったというのが三島の立場だった。
天皇は神であることを根拠に、戦争中多くの兵士を死に追いやった。
ところが、天皇は「人間宣言」で神であることを否定した。
敵国アメリカにより人間となって延命した天皇が、三島には到底承服できない背信行為であった。
三島は徴兵検査を仮病を使って免れた。
本来特攻で死ぬべきだった自分の戦後は「余生」だとしていた。
戦後25年間は、「鼻をつまみながら通り過ぎた」と書いている。
そして「文学なんかどうでもいい…戦後民主主義の時代25年間を、否定しながらそこから利益を得、のうのうと暮らして来たということは、私の久しい心の傷になっている」と書いた4か月後に割腹自殺した。
天皇への愛と幻滅が三島の作品創作の隠されたモチーフである。
三島にとって「美」の極致は「理念としての天皇」である。
逆に「個人としての天皇」への怨嗟や憎悪は、戦後民主主義への敵意へとつながっている。
人間に成り下がった天皇を否認し、アメリカの統治の道具としての象徴天皇制の欺瞞性にこだわり続け三島は、戦後日本への訣別を宣言した。
三島にとって天皇は、ときに恋闕の対象であり、ときに破壊の対象である。
「順逆不二」、すなわち帰依することと背くことは別のことではない。
三島は日本の対米従属に強い苛立ちを抱いていた。
しかも、天皇がそれを受け入れたことを許容しがたいと考えていた。
三島は生身の天皇を憎悪ながら「理想の天皇制」を復活させたいという「妄念」を持つ異端者であった。
三島は切腹する前に、本当は皇居に入って天皇を殺したいが、それができないので自衛隊にしたと話したという。
これが事実なら、三島の割腹自殺は「諌死」であり「弑逆」である。
1970年11月25日、三島は自衛隊員にクーデターに蹶起せよという演説をおこなった。
「自衛隊は永遠にアメリカの傭兵としておわるぞ」と。
三島が呼びかけているのは、自衛隊員ではなく、戦後秩序の堕落の総体に責任を負う天皇裕仁であった。
三島は天皇を殺しもせず、拘束もせず、皇居に赴きもしなかったが、戦後体制の腐敗と、天皇の「人間宣言」を責め、天皇のあるべき身の処し方を想到せしめようとした。
三島の背後には特攻隊の兵士たちがいた。
松本健一は三島は「美しい天皇」像と駆け落ちしたといった。
平岡正明は、あれは三島由起夫という一人の人間の観念の自己運動が生んだ突発事態で、意味なんかないといった。
いずれにしても、「盾の会」は三島にとっては最後の死に場所を用意するための実行部隊であった。
三島の死後50年、日本の対米従属は病膏肓の域に達している。
右翼も左翼も他の選択肢を持てないところまで追いつめられている。
この現状から逆算した時、三島の敗戦直後からの気づきは卓越していた。
三島の抱えた困難は、天皇・皇軍・日本精神を冒涜したのが、崇敬の対象たる天皇その人だという発見のなかにあった。
三島の願いは天皇の再神格化であり、それによって日本文化に固有の「みやび」復権が可能になると考えていた。
三島の割腹自殺は、自刃による忠義の「諌死」にみせながら、裕仁から天皇霊を略奪するという「道義的革命」であった。
それは天皇がアメリカに従属してきた欺瞞に対する耐え難さと、その行くすえに対する怒りと憂慮の果ての行動だったと菅は述べている。
  
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