2016年06月26日

少子化進展の不思議─長谷川眞理子教授

2015年の日本の出生率は1・46である。
日本の少子化は進むいっぽうだ。
しかし、世界中どこでも少子化は起こっている。
ではなぜ少子化が進展するのか。
6月26日付毎日新聞に長谷川眞理子・総合研究大学院大教授が、「少子化進展の不思議」「競争社会で多産脱却」という文章を書いているので紹介しておこう。
生物はもともと生き残るために子どもの数を増やそうとする性質を備えている。
とすれば少子化は生物学的に不思議な現象だ。
特に全体的に豊かになっているのに、子どもの数が減るというのはおかしいのではないか。
少子化がなぜ起きるのかは、進化生物学の世界でも長らくナゾとされてきた。
生物の体の大きさ、1度に産む子どもの数、子どもの大きさや死亡率、寿命などはたがいに関連していて種ごとにだいたい決まっている。
体の小さい動物は1度に産む子どもの数が多く、産まれた子どもは小さくて死亡率が高い。
そういう動物は寿命が短い。
いわゆる多産多死・短寿命型である。
哺乳類でいえばその代表がネズミだ。
いっぽう、体の大きな動物は1度に生む子どもの数が少なく、子どもは大きくて死亡率が低い。
そして寿命が長い。
つまり、少産少死・長寿命型である。
その代表がゾウだ。
日本の乳児死亡率は1955年には1000人当たり約40人だったが、2000年代は2人になった。
日本人の平均寿命は1950年代には男女とも60歳だったが、現在は男女とも80歳を超えている。
出生率は1947年には4・54だったが、2015年には1・46になった。
つまり、多産多死・短寿命型から少産少死・長寿命型へと変化してきたのだ。
野生生物を見ると、多産多死・短寿命型の生物は、環境変動の幅が大きく予測がつきにくいが、空きの多い生息地に住んでいる。
いっぽう、少産少死・長寿命型の生物は、環境が飽和して空きがなく、子ども同士の競争がはげしい。
多産多死の生物は子どもの世話はほとんどせず、子の運は天にまかせる。
少産少死の生物は子どもに競争力をつけるために、しっかりと子の世話をする。
この状態は人間にもあてはまる。
すなわち、昔は都市も少なく、それぞれの地域社会があり、貨幣以外でも物やサービスが動き、情報も少なく、学歴も低く、その日暮らしが多かった。
しかし、現代社会は都市生活者が多く、高い学歴が求められ、情報の流通もはげしく、貨幣が1番で、高度な競争社会である。
つまり人間はこの100年ほどで高度知識基盤社会を作ってきたが、それは必然的に少産少死・長寿命で高度に競争的に社会をつくることだったのだ。
野生の動植物はどれも、資源が豊かになれば、資源の少なかった時よりも多くの子を生み育てる。
ところが人間は、文明が進んで国内総生産が増えるとともに、生活水準が上がり、必要に消費財の購入も増え、貨幣の重要度は増し、社会は複雑化し、学歴は高くなり、子どもに対する投資も劇的に増えたのである。資源も増えたが、使い道も増え、使い方も変わった。
だから、少子化は全世界の傾向なのである。
以上が長谷川教授の文章の論旨である。
子育てにはカネがかかるようになったので、世界中で少子化が進展しているということだろう。
ただ、結婚しない若者が増えていることも少子化の原因のひとつだとおもうが、なぜ若者は結婚しなくなったのか諸説提起されている。
これについて進化生物学はどうこたえるのだろうか。
長谷川教授にきいてみたい。
  
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2016年06月22日

米軍犯罪─前泊博盛教授の提言

元米海兵隊員の米軍属による女性暴行殺人事件に抗議する沖縄県民大会が19日に開催され、6万5000人が怒りの声をあげた。
沖縄の基地負担軽減や日米地位協定などが改めて問われているが、この問題をどう考えるか。
6月21日付毎日新聞に前泊博盛・沖縄国際大学教授が寄稿しいている。
紹介しておこう。
日米地位協定は米国の日本占領政策の延長としてつくられているため、戦勝国である米国の特権が保障されている。
米兵や米軍属は入国管理から外れ、免税や減税なとの特権が与えられる。
事件や事故を起こしても、それが公務中であれば身柄も米国側が確保するため、日本側の捜査は制限される。
こうした免法特権や治外法権が米兵らの「罪を犯しても逃げられる」という意識につながっている。
そこに表れているのは強い植民地意識であり、占領者意識だ。
だから、米軍関係者による事件や事故が起きるたびに、地位協定が「諸悪の根源」とされ、沖縄県が日米両政府に地位協定の改定を求めるという構図が続いている。
だが、いつまでもそれでいいのか。
どんなに要求しても日米両政府は「改定しない」と明言する。
沖縄県は実現できないことを言い続けることでむしろ不作為の罪を犯していると気づくべきだ。
日本政府が地位協定を改定できないのには理由がある。地位協定の「難解さ」だ。
条文自体は28条にしか過ぎないが、その裏には何千件もの日米合同委員会の合意議事録がある。
毎回「密約」がつくられているとされ、全容を知っている人間は外務省にもおそらくいない。
そうした現状に、国民の地位協定に対する無知と無関心が重なり、改定を阻んでいる。
もう一つの理由は、日本政府が自衛隊の海外派兵・駐留に伴って、ジブチやイラク・クウェートなどと日本が刑事裁判権などで優位に立つ地位協定を結んでいることがある。
米側に改定を求めれば、日本が他国と結んでいる不平等条約の問題が浮上する。
日本政府にとっては、地位協定の改定問題は「パンドラの箱」なのだ。
1972年の本土復帰以降、沖縄では殺人や強姦などの凶悪事件だけでも574件起きている。
被害者のことを考えれば、もう改定を待ってはいられない。
ではどうすべきか。
日本がまずは主権国家としての主権を行使すべきだ。
同じ敗戦国で米国と地位協定を結ぶドイツやイタリアは国内法である航空法を適用し、米軍の低空飛行訓練を中止させた。
日本もそういう実績を重ね、現行の地位協定違反にはすべて罰則をつける。
ペナルティを科せば少しは協定違反の抑止力になってくるはずだ。
沖縄県は地位協定すら改定できない日本政府をあてにせずに、県民の命を自ら守っていくべきだ。
それには条例という武器を使って犯罪を封じ込めればいい。
米兵らが基地の外で酒を飲む時にはパスポートや入国許可証の提示を求めるようにするなど、やれることをやるべきだ。
以上が前泊教授の提言である。
なお前泊編『本当は憲法より大切に「日米地位協定入門」』という本については本ブログ「米国の植民地だった戦後日本」(2013年7月1─3日)で紹介しているので、以下、関係個所を抜粋しておく。
全文を読んでいただきたい。
「前泊博盛編の前掲書は、日本が主権国家ではなく現在も米国の占領下にあるという衝撃的事実を明らかにしている。…
講和条約を調印した同じ日に米軍に巨大な特権を認めた安保条約がむすばれた。
安保条約は調印の直前まで内容も調印の日時もだれも知らない密約としてむすばれた。
さらに安保条約には書き込めない属国的な条項は、「秘密の了解」として日米行政協定(現在の日米地位協定)としてむすばれた。
しかも条約・協定にもない「本当の密約」さえも存在していることが明らかにされている。
安保条約と日米地位協定は、米軍が占領期同様に日本の法律に拘束されず自由に行動できる取り決めであり、全土基地化と基地の自由使用のための条約である。
全土基地化とは日本国内のどこにでも米軍基地を配備できる取り決めであり、基地の自由使用とは日本の法律に拘束されず自由に基地の使用ができる取り決めである。
前泊は戦後の日本国家の根幹をなす最も重要な法律は、憲法でも安保でもなく日米地位協定だとしている。日米地位協定は宗主国と植民地の日米関係を規定しただけではない。
安保・地位協定を上位法とし、憲法・国内法を下位法とする戦後の「法の下剋上」を推進した。…
かくして安保・地位協定が憲法・国内法より上位にあるという戦後日本の大原則が確定した。
その結果対米従属路線をとる政府・官僚は、憲法・国内法を超越することで脱法行為を常態化させてきた。
そして、対米従属路線を国是とする「安保ムラ」は、巨大な利益共同体=言論統制システムとして戦後日本社会の構造を規定してきた。
現在、全国30都道府県に10万人の巨大な米軍が駐留し、首都に米軍基地がおかれ、首都圏を米軍軍基地に包囲され、首都圏一都八県の上空を米軍に支配されている。
こんな国は世界中で日本だけである。
米軍が日本全国どこに基地を置こうが、どこでどんな演習を行おうが、どこをどのように移動しようが日本政府は拒否できない。
 基地の排他的管理権、米軍関係者の出入国自由の特権、航空法や環境規制の国内法の適用除外、税金・公共料金の免除、思いやり予算という超法規的予算、米兵犯罪の治外法権、地位協定さえ守られない恣意的運用…。
米軍は何者にも拘束されず日本国内でただ自由に行動できる。
前泊らが活写した沖縄の姿は鏡に映った日本の本当の姿にほかならない。… 」
  
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2016年06月20日

若者は自民党がお好き?

参院選の公示が6月22日、選挙は7月10日である。
こんどから選挙権の年齢が18歳に引き下げられる。
新たに240万人の有権者が誕生する。
メディアでも彼らの投票行動に関心が集まっている。
ところで最近の若者は自民党支持が多いという。
6月20日付日経新聞に芹川洋一論説主幹が、「若者は自民党がお好き?」という文章を書いているので引用しよう。
日経新聞と東京テレビの世論調査をみてみよう。
参院選で自民党に投票するという20代の若者はどれだけいるのか。
(カッコ内は全体)。
1月33% (36%)
2月56%。(33%)
3月42%。(36%)
4月52%。(44%)
5月45%。(44%)
20代の半数ほどが自民党に投票すると回答している。
若者ほど自民党を支持しているのはなぜか。
諸説ある。
⑴首相効果説。
小泉純一郎のあと個性的にリーダーが若者に好まれるようになった。
安倍もはっきりした物の言い方で期待感をうみ自民支持につながっている。
⑵民主党寄与説。
政権を担当した3年3か月で失望を招き、民主党はとくに若い人に嫌われてしまった。
支持政党の行き場がなく、結果として自民党の支持率を押し上げている。
⑶多数派志向説。
意識して自民党というよりはその時々の多数に合わせ、それを自分も支持しているのが無難と感じる当世の若者気質が背景にある。
⑷現実的思考説。
デフレのもとで育った今の若者はイデオロギーや思想ではなく生活がどうなるかを考え、現実的な思考をする。
⑸ナショナリズム誘引説。
中国・韓国・台湾との間で国境意識が芽生えてナショナリズムが高まり、保守化したことが自民党支持につながっている。
博報堂ブランドデザイン若者研究所の原田曜平は、保守化したいまの若者を「マイルドヤンキー」とよぶ。
地元に残って親にパラサイトし、ケータイで地元の友だちとつながっている若者たちだ。
地元密着型で保守的価値観を持っているが、旧来の政治的保守とは違い、うつろいやすくヤワである。
若者の自民党支持といっても、選挙のたびに支持政党を変える「そのつど支持」で消極的なものでしかない。 
ましてや多数派志向だ。
ドイツの社会学者E・ノエル・ノイマンのいう「沈黙の螺旋」モデルそのものである。
自分が多数だと思えばその声はどんどん大きくなり、逆に少数だと次第に小さくなっていく螺旋現象。
それは流れが変われば一気に逆方向に進むことも意味する。
日経の記事は最後にこう書いている。
「世界をみると、米国でのバニー・サンダース現象や英国労働党のジェレミー・コービン党首にみられるように社会主義的な言説が不満をもつ若者を引きつけている。
日本の若者の自民党支持はまさか春の夜の夢のごときものではないと思うが果たしてどうだろうか」
わたしの考えを書いておこう。
日本の若者が自民党を支持しているのは、とりあえずは食うに困らないからだ。
食えなくなったら、世界の「怒れる若者」たち同様、抗議行動に起ち上がるだろう。
それは自明の真理である。
  
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2016年06月19日

英国のEU離脱問題─浜矩子教授の警告

6月18日付毎日新聞に浜矩子同志社大教授が「英国のEU離脱問題」について書いている。
もともと浜教授はEUに対して批判的だ。
次のような文章だ。
結果はどう出るか。
英国の残留で決着がついても、何事もなかったかのごとく、いつものEUライフに立ち戻る。
これではいけない。
また、英国離脱の結果が出た場合も、厄介者がいなくなったと、安心してさらに統合を進める。
EUの統一ルール作りや財政統合などへ向けて一段とダッシュする。
これではもっといけない。
英国のEUでの存在には重みがある。
あまのじゃくで、ひねくれ者で、言うことを聞かない。
妥協知らずで、あきれるほどの一本気。
この異分子を抱き留めるふところの深さがなければ、汎欧州的共同体など、絵に描いた餅である。
筆者自身は、英国は離脱が自然体だと思う。
むしろ、EUに加盟したことが間違いだったと思う。
さらにいえば、EUというもの自体の存在に異論がある。
統合の理念はわかるが、仕組みとしてのEUにはどうにも無理がある。
この無理がある存在が、現実からどんどん有利していかないためには異分子が必要だ。
英国のような逆らい好きで、うっとうしい顔ぶれが貴重な均衡要因として作用する。
このパラドックスに気づけるのか、気づけないのか。
この問いかけを英国がたたきつけている。
筆者は従来、統合欧州の問題は深化対進化の問題だと考えてきた。
東西冷戦がこれから始まる─その時代に描かれた設計図を基盤に、統合をどんどん深化させていく。
EUの主流派はいまも基本的にこの姿勢を踏襲している。
だが、いまやあの時代は遠い。
世はグローバル時代だ。
変化にともなってEUも深化から進化へとかじを切るべきだ。
EUにとって進化とはなにか。
それは深化へのこだわりを捨てることだ。
これ以上統合しないことで結束を強める。
去るものは追わないことで、おおらかな絆を新たに結び直す。
1度去ったものがまた来たいといえば、それも拒まない。
そんな融通無碍さが、ヒト・モノ・カネが国境を超えて飛び交うグローバル時代には、お似合いではないかと思う。
英国が去ったことを機に、統合を深化させようとすれば、それにおびえて英国の後を追う国が出てくるかもしれない。
かくして、英国の離脱は英国の問題ではない。
EU問題だ。
このように浜教授は書いている。
英国の国民投票は6月23日だ。
日本のメディアも連日大きく報道しているが、わたしはEU残留で決着がつくと思っている。
  
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2016年06月18日

一夫一婦制─しかたなく選択?

6月18日付毎日新聞に中村克樹・京大霊長類研究所教授が「一夫一婦制 しかたなく選択?」という文章を書いているので紹介しておく。
「比翼の鳥」は目も翼もひとつずつしか持たないため、いつも雌雄が一体となって飛ぶといわれる伝説上の鳥である。
男女や夫婦の愛情が仲睦まじいことを表す。
比翼連理ともいう。
わたしたち日本人は一夫一婦制が当たり前だと思っている。
だがイスラム教の人たちは一夫多妻をとっている人もいる。
歴史的には一夫多妻の時代や地域が多かったと考えられている。
一夫多妻では子どもをたくさん作ることができる。
たくさん子孫ができることは生物学的には非常に重要である。
サルの世界でも一夫一婦はめずらしく、チンパンジーでもニホンザルでも父親すら分からない。
では、ヒトはどのような一夫一婦制ができたのだろうか。
一般的には狩りをする少人数の民族に一夫多妻が多く、多人数の農耕民族では一夫一婦制が多くなる。
ではなぜ農耕民族が一夫一婦制になっていったのか。
今年4月にカナダとドイツの研究者が興味ぶかい発表をした。
集団の大きさ、性病の伝播、社会規範に基づく罰則の影響などを考え、この問題に取り組んだ研究だ。
その結果、人口が300人程度の多人数の集団で一夫多妻をとっていると、いったん性病が流行すると集団からなくならずに定着してしまう。
するとたくさんの子どもが作れるはずの一夫多妻制の方がかえって出生率が下がる。
一方で人口30人程度の少人数の集団だと、たとえ一夫多妻制をとっていても、性病は次第になくなることがわかった。
だから少人数の場合は、一夫一婦制よりも一夫多妻制の方がたくさんの子どもを作ることができることになる。
多人数の集団では、一夫多妻制をとる人々に対して規範や罰則を与えることで一夫多妻制をやめさせるほうが、性病の蔓延や出生率の低下を防ぐのにより有利だったと考えられる。
宗教の教えも規範や罰則のひとつだと考えることもできる。
ヒトに一夫一婦制が広まるきっかけは崇高なものではなく、性病の流行や出生率の低下が直接の原因で、仕方なく一夫一婦制を選択したのではないか。
一夫多妻をうらやましく思う男性もいるかもしれないが、楽しいだけじゃないそうだ。
一夫多妻制の夫は、複数の妻を平等に愛さなければならない、すべての妻の生活を支えなければならない、妻の間の争いや嫉妬を調停しなければならない、と決まりや役割が多く、難行苦行の連続だという。
  
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2016年06月17日

憲法9条の提案者は幣原喜重郎

6月15日付中日新聞・特報「9条発案は幣原元首相」「世界記憶遺産に資料申請」より。
憲法9条の提案者が幣原喜重郎元首相であるとする資料群を、日米独の市民169人が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に共同申請した。
日本国憲法は連合国総司令部(GHQ)の押し付けと主張する改憲論に一石を投じるネライだという。
申請者は9条を「平和を願う人類の宝として世界で共有したい」と語っている。
共同申請は市民運動「9条ユネスコ世界記憶遺産登録ネットワーク」が呼び掛けて5月に行い、6月初めに受理された。
来年には登録の可否が決まる。
9条の発案者はマッカーサーだという説と、幣原だという説がある。
だが、幣原の提案をマッカーサーが了承した経緯を示す資料が多いとされる。
たとえば、故・平野三郎元衆議院議員が幣原から聴取して1964年に内閣の憲法調査会に提出した「平野文書」。
平野の憲法制定の経過の質問に、幣原は「ここだけの話」と口止めして「当時の実情では押し付けられたという形でなかったら実際にできることではなかった」と、自分から9条をマッカーサーに提案したと話している。
幣原が1946年の戦争委員会の開会挨拶で行った格調高い9条論は有名だ。
彼は次のようにのべている。
われわれは戦争放棄を掲げて国際政治の広漠たる原野を単独で進むが、世界は早晩戦争の惨禍に目を覚まし、同じ旗を掲げてはるか後方からついてくる時代が現れるだろうと。
協同申請者の1人、作家の荒井潤は次のように語っている。
「九条は先の大戦で亡くなった多数の死者や、生き残った人々の平和への願いを象徴している。
幣原氏の発案に至る思いを忘れて改憲論議をすることは、これらの人たちをも切り捨てる「時空を超えた棄民政策」だ」
9条が幣原説であったとする新資料の発掘については、堀尾輝久「憲法九条と幣原喜重郎」(『世界』5月号)に詳しい。
高柳賢三は自民党が改憲のために作った憲法調査会(1956年設置)の会長を務めた。
高柳は憲法制定過程を検証し、1961年に「憲法第九条─その成立過程と解釈」という論文を発表した。
そのなかで9条について「幣原首相の提案とみるのが正しい結論」だとしている。
堀尾は最近、国会図書館で「高柳・マッカーサー往復書簡」の原文を発見した。
この書簡は1958年に高柳が日本国憲法の成立過程を調査するために訪米した時のものである。
高柳はマッカーサーとの会見を強く希望したが叶わず、やむなく書簡でのやり取りとなった。
その書簡で高柳は、幣原首相が9条を入れるよう提案したのか、マッカーサー自身が日本政府に勧告したのかと質問している。
それに対してマッカーサーは、「戦争を禁止する条項を憲法に入れるようという提案は、幣原首相が行った」と回答している。
堀尾は「高柳に九条の発案者は幣原であると確信させたものこそ、このマッカーサーからの手紙に他ならない」として次のように書いている。
「九条を生み出したものは幣原の経国の志だけではない。
マッカーサーのサポートが不可欠であった。
さらにそれを支えていたものとして、国内での、中江兆民、田中正造、内村鑑三など、九条につながる日本の平和思想の流れ、国際的にはカント、ユーゴー、ジョーレス…戦争違法化の思想運動、そして不戦条約、さらに国連憲章。
加えて原爆と敗戦の体験のなかでの国民の厭戦と平和への渇望と希求。
それこそが九条を生み出す土壌であり、それを支える力であったこと、幣原はそれを新しい思想として熟させ、憲法前文及び九条として結晶させる役割を果たした」
そして最後はこう締めくくっている。
「九条は幣原首相の、先見の明と、経国の志と、英知の記念塔として、朽ちることなく立ち続けるだろう」
  
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2016年06月16日

スイスのベーシックインカム是非の国民投票

人間は働かなくても生活するだけのお金を保障されたら、労働意欲をなくして怠けるか、それとも安心してやりたい仕事をするのか。
6月15日付毎日新聞「水説」で中村秀明記者が「スイスからの問い」という文章を書いている。
つい先ごろ、スイスで国民投票があった。
すべての国民が生活に困らないだけの一定額を受け取る「ベーシックインカム(最低限所得保障)」の是非を問う国民投票である。
実現すれば、収入に関係なく大人は月27万円、子どもは月7万円が政府から支給された。
代わりに年金や失業手当・生活保護などはやめ、社会保障制度を簡素にする。
国民投票の結果は、財源難や経済の活力低下を心配した反対が7割を超え、否決された。
ベーシックインカムの考えは19世紀にはじまるが、格差や失業・貧困が改めて問題化し、注目を集めている。スイスの国民投票は市民団体が10万人の署名を集めて実現させた。
ネライは「生き方、働き方への問いかけ」だ。
現地で調査した山森亮・同志社大教授に団体幹部はこう語ったという。
「現在の経済の仕組みでは、多くの人は食べるために働かなくてはならない。
仕事とは本来、共同体のため、他人のため、社会のためであるはずなのに、自分と家族が何とか生きのびるためになってしまった」
「導入すれば、人は目先の生活の必要から少し離れて、自分が社会のために何ができるかを見つめ、そのために生きていくことができる」
労せずカネを手にすれば働かなくなり、社会への関心も薄れる。
そう考える人には「空疎な理論」かもしれない。
だが、興味ぶかい調査結果もある。
マイナビが毎年公表する大学生の就職観だ。
ここ数年、「楽しく働きたい」「個人の生活と仕事を両立させたい」につぎ、「人のためになることをしたい」が3位だ。
今年の結果はこれに「社会に貢献したい」を足すと、約25%になった。
現状でも大学生の4人に1人が「人のため」「社会のため」の仕事を望んでいる。
彼らに最低限の所得が用意されたら、もっと多くが世の中に深く関わる仕事や生き方に踏み出すのではないか。
社会保障制度が行き詰まりをみせ、こうした若者が社会の主役になっていく日本こそ、ベーシックインカムの可能性を論じる意味があると、中村記者は記している。
ベーシックインカムの是非を国民投票で問うスイスという国は、何ともフトコロの深いオモシロイ国だ。
長時間労働が蔓延し、生活保護をもらうことさえためらう日本では考えられないことだ。
最近、工藤律子『雇用なしで生きる』という本を読んだ。
スペインの時間銀行やフードバンク・地域通貨等の多様な足り組みを紹介するルポルタージュだ。
ヨーロッパでは資本主義に対抗してじつにさまざまな取り組みが行われている。
  
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2016年06月15日

欧州の公共図書館は有料貸し出し─公共貸与権で作家の著作権補償

 6月14・15日付朝日新聞がドイツ図書館の特集をしている。
ドイツ・ベルリンの図書館。
なかへ入ると「ベストセラーコーナー」の棚がある。
その週の上位1─20位の小説やノンフィクションが並ぶ。貸し出しは2週間で2ユーロ(約240円)。
本屋で買うよりずっと安いので人気があるという。
お金を払うのに抵抗のある人は、半年かかっても無料貸し出しの予約をする。
貸出料で得た収入は新しくランキング入りした本の購入資金になる。
ドイツの公共図書館ではこうした「有料コーナー」はめずらしくない。
ドイツ公共図書館協会によると、「それぞれの判断で導入し、自然に広まった」という。
日本では図書館法で公共図書館の貸し出しは「いかなる対価も徴収してはならない」と規定する。
1990年代後半以降、図書館が人気の新刊本を多数購入して無料で貸し出すことを問題視する声が、作家や出版社から上がるようになった。
いわゆる「複本問題」だ。
作家側からは「図書館が無料貸本屋化している」との批判があがる。
一方、図書館側の「貸し出しの増加が本の売り上げ減少を招いているわけではない」との反論も根強い。
図書館での貸し出しが作家の生計をおびやかす。
こうした議論は19世紀末のドイツで巻き起こり、第2次大戦後、経済成長で図書館が増えると再燃した。
旧西ドイツでは1972年、作家らの要請で著作権法が改正され、図書館で貸し出された書籍の著作者に一定の補償金を出す仕組みが導入された。
「公共貸与権」だ。
ドイツ・ミュンヘンにある作家の著作権者管理団体。同団体には毎年、連邦政府と各州政府から税金が計14億3000万円を拠出される。
うち50%は作家の老後の生活を支える「著作者年金機構」に出資され、のこりが公共図書館の貸し出し回数に応じて作家に配分される。
昨年最も多く配分を受けたのはミュンヘンの児童文学作家。
年間2万ユーロ(240万円)を受け取ったという。
貸し出しが少なくても同団体に加盟していれば最低年100ユーロ(1万2000円)は配分される。
公共貸与権について同団体代表は、「作家の仕事に対価を支払い、社会保障を支える。
この制度で生計を立てることは出来ないが、出版物は税金で賄うだけの公共性があるという理念が、国民の間で共有されていることが大事」と語る。
同様の仕組みは北欧や英仏など欧州各国に広がっている。
日本では出版社や作家らが、新刊書の貸し出しを発売から1年間猶予するよう、図書館側に要請する動きも出ている。
貸し出し回数の多い本は、図書館によって著作権者が不利益を被る可能性もある。ドイツのような補償は検討に値すると専門家指摘している。
  
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2016年06月13日

脱税の黒幕は国際錬金術師集団ータックス・ヘイブンたたきで脱税はなくならない

いやーオドロイタ ! 
5月3日に「米国こそ世界最大の租税回避地だ!」を書いた。
しかし、パナマ文書をきっかけにしたタックス・ヘイブン報道は「トカゲの尻尾切り」に近いというのだ。  
巨大な本丸はべつにあるということを、赤木昭夫「パナマ文書事件」(『世界』7月号)が書いている。
以下紹介しよう。
パナマ文書事件は世界の政治・経済・社会がガンにむしばまれていることを物語っている。
ガン細胞にあたるのがディリバティブ(金融派生商品)である。
このガン細胞はどのようにでも作ることができる。
ディリバティブは銀行間をつなぐコンピュータ・ネットワークという「血管」を流れ全身に転移していくが、皮膚ガンとして表面化したものがタックス・ヘイブンだ。
タックス・ヘイブンは世界41か国・地域にある。
富裕層による脱税は少なくとも3兆ドルにのぼるといわれる。
この脱税を放置しておくと徴税機能は破壊され、世界は絶命の危機に瀕してしまう。
パナマ文書に登録されている20万ほどの個人・企業のうち、日本関係は企業270、個人400である。
だが、日本の報道は腰が引けている。
パナマ文書で政治家が記載された国は46か国におよぶ。
米日独の政治家の名前は上がっていない。
理由としてはこの3国は国内組織で充足されているのではないかと考えられる。
つまり闇の組織が介在すると推測される。
企業は合法的に節税する。
大規模な節税が可能なのはタックス・ヘイブンを利用するからだと考えがちだが、それはかなり時代遅れの考え方だ。
実際の資金の隠匿・運用は世界を結ぶコンピュータ・ネットワークの中で行われる。
タックス・ヘイブンが消滅しても、コンピュータ・ネットワークで資産を操作出来る限り、脱税・節税はなくならない。
敵はタックス・ヘイブンではなく、世界をつなぐコンピュータ・ネットワークとそれを動かす国際錬金術師集団である。
世界の銀行はSWIFTというネットワークとニューヨーク連銀ネットワークでつながっており、世界中の銀行に送金可能である。
このコンピュータ・ネットワークは、金融機関同士のみで個人間の利用はできない。
通貨・先物・ディリバティブなどをマネーと呼ぶが、このネットワークの中ではマネーの名義変更・交換・分割も容易である。
ネットワーク上ではどんなことも可能である。
こうした錬金術は「金融工学」といわれ、すべて合法である。
このような世界の金融を牛耳るのが、GSやJPモルガンといった米国の投資銀行である。
投資銀行はどんな悪知恵でも働かせて巨利をむさぼる。
巨悪は当市銀行である。ヘッジファンドはその手先にすぎない。
企業のタックス・ヘイブン外の合法的節税の最大の方法は、ディリバティブにおけるリスク・ヘッジである。
たとえば、株なしでも株を持ったことに相当し、株価が上がれば配当を得るが、無株であるため課税不能といったディリバティブがある。
つまり何でもありなのだ。
ディリバティブがタックス・ヘイブンに代わりつつあるのは、タックス・ヘイブンに預けるよりディリバティブを使って合法的に節税・脱税ができるからである。
各国政府も本当の黒幕である投資銀行ではなく、タックス・ヘイブンをたたいている。
これは世論の沈静化を図る時間かせぎにすぎない。
国際錬金術師集団は濡れ手に粟のディリバティブを世界的に容認させるため、タックス・ヘイブンというアナクロなものをあてがっている。
国際錬金術師集団の悪行で、根本的かつ悪質なのが通貨レートのカルテル談合である。
国際的な金融取引で取引額が最大なのが通貨取引で1日当り4兆ドルになる。
その通貨レートはロンドン銀行間利率をもとにしている。
この銀行間利率を過去10年間、7行の巨大投資銀行が談合で決めていたことが2013年に暴露された。
もちろん、タックス・ヘイブンの規制は必要だし、その放置は許されない。
しかし、タックス・ヘイブンをつぶせば脱税・節税がなくなるわけではない。
本丸は国際錬金術師ネットワークである。
すなわち、世界的な所得格差をなくすには、錬金術師の投資銀行の規制が必要だと赤木は論じている。
  
Posted by sho923utg at 11:00Comments(0)TrackBack(0)

2016年06月10日

7月の参議院選挙─「なめんなよ精神」で安倍政権の暴走にストップを!

中野晃一「憤りはどう具現化されるか」(『世界』7月号)が7月の参議院選挙について分析している。
読み応えがあったので紹介しておく。
自公連立与党は今夏の121の改選議席中、十数議席上積みすれば3分の2の162議席を確保できる。
護憲派にとって戦後最大の危機である。
自民党の国政選挙における絶対得票率は、2000年以降16─17%で推移してきている。
つまり6人に1人が自民党の固定的支持層で、増えも減りもしていない。 
したがって、自民党への支持が回復したから政権復帰したのではない。
1990年代以降、投票率が低下し続けている。
これは民主党という反自民票の受け皿が凋落し、分断された野党が候補者を乱立させるようになった結果、多くの有権者が棄権するようになったためである。
自民党は6人に1人という支持層を増やしたわけではないのに、衆議院の小選挙区制、参議院の1人区のバイアスで圧勝している。
これこそが今日の非立憲・非民主・反自由の政治の成立条件である。
野党がバラバラで低投票率が続きさえすれば、自民党は6人に1人の固定層を広げる必要はない。
さらにいえば、民意に耳を傾けるよりあらゆる手段を使い野党を分断し、有権者に無力感を与えて政治を変えることをあきらめさせる方が割に合う。
報道や言論・学問の自由への介入、民主的手続きをないがしろに暴走は、政党システムの破綻がそれを許しているからだ。
政党政治が機能不全を起こしているということは、代表制が失敗しているということだ。
そのためデモなどの直接行動が広がりを見せている。
それは日本だけでなくグローバルな規模で起きている。
世界でも代表制の失敗と直接行動の活性化は、2010年の「アラブの春」以降顕著にみられる現象である。
失業、政治腐敗、2大政党制の欺瞞、社会保障費の削減等、グローバル資本主義の猛威から市民生活を守れない代表制民主主義はすでに「死に体」である。
超富裕層とグローバル企業が政党・官僚と結託して政治を牛耳り、国民は見捨てられている。
市民を「価値無き者」と侮辱する国家権力に対し、「おれたちをなめんなよ」と日本各地、いや世界各地で怒れる民衆が立ち上がっている。
非暴力の市民革命としての第1幕にあたる2016年参議院選挙では、安倍政権の暴走を食い止めることが最大の課題であると中野は論じている。
  
Posted by sho923utg at 08:39Comments(1)TrackBack(0)