2017年08月17日

鷲田精一×山極寿一『都市と野生の思考』を読む

かたや哲学者で京都市立芸術大学学長。
こなた人類学者で京都大学総長。
なかなかオモシロい対談である。
オモシロいところだけ抜粋してみよう。
「あいつ、頭ええなと言われたら、馬鹿にされてると思え。
あいつはおもろいと言われて初めてホメられたことになるんだ」。
鷲田が学生のころ桑原武夫に言われた言葉。
「頭がええ」はいまの基準で測られた評価。
「おもろい」はこれまでの通説や基盤を揺るがすアイデアがある時の評価。
大学とは現世の利益など関係なく、おもろい研究に切磋琢磨するところであり、知の貯蔵庫であるべきだというのが2人の見解だ。
松下幸之助はリーダーの条件を3つあげた。
ひとつは愛嬌。
2つ目は運が強そうなこと。
実際に運が強いかどうかではなく、運が強そうにみえること。
3つ目は後ろ姿。
1が森石松なら、2は長嶋茂雄、3は高倉健だ。
これからのリーダーは人の話をじっくり聞けて、相手の立場で考えられること。
そして、まだだれも見たことがない風景を見せてくれる人でもある。
人間のコミュニケーションには、生物学的感性と文化的な感性が根底にある。
生物学的な感性とは五感のことで、人と向かい合って得られる感覚である。
文化的感性は相手の言葉・服装・態度などで表現されるものである。 
ところがネット上のやりとりは生物学的・文化的感性がぬけ落ちてしまう。
科学技術だけのコミュニケーションは感性の裏付けがないから過剰反応してしまう。
しかもネットではいつでも降りられる、リセットできるので、陰湿で無責任な誹謗中傷がはびこる。
人と人が生身で出会う場、そして楽しいコミュニケーションの場をふやすことがこれからの課題である。
人間の老化に関しては女性は「おばあちゃん仮説」というのがある。
女性はまだ体力のあるうちに閉経し、自分の子どもの出産や子育てを手伝うというものだ。
一方、男性には「おじいちゃん仮説」がある。
男性は歳を取ると髪の毛が薄くなったり、おなかが出たりしていかめしさが薄れ、ユーモラスになっていく。
それは子どもに好かれるためではないか。
つまり、自分の遺伝子を確実に残すため、孫を育てなければならない。
そのため孫に好かれるように体系が変化する。
かくして文化は祖父母から孫へと隔世代で伝わる。
山極仮説だ。
定年退職を迎えた人たちが、セカンドライフといって、だれもが自分の好きなことをやりたいと思っている。
その一方でアンチエイジングの言葉に代表されるように老いは否定的なイメージでとらえられ、戦うべき対象とみなされる。
かつての長老・老師といった「老い」に対する尊敬は損なわれた。
人間と動物のちがいは、性行為を公の場で行うかどうか。
動物は性行為をオープンにする。
人間が姓を隠すのは父親を特定するためである。
子ども育てるために、子育てや食糧を確保してくれる特定の男が必要だった。
その男性は生物学的に父親でなくてもいい。
家族の性を閉じる代わりに食は公開した。
みんなでいっしょに食べてつながりをつくる。
動物にとって食は隠すもので性は公に魅せるもの。
それを人は逆転させた。 
人間が共同生活を営んでいくためにはフィクションが必要であり、それを維持するための装置として家がつくられた。
家族は人間社会特有なものだ。家族は互いに親密な関係にあり、互いに見返りを求めず助け合おうとする。
(続く)
  
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2017年08月16日

戦慄のインパール=NHKスペシャル

8月15日放映のNHKスペシャル「戦慄の記録インパール」をみた。
アジア太平洋戦争で最も無謀な作戦だとされたインパール作戦。
ビルマからインドのインパールまで470キロメートル。
1944年3月、日本軍は3週間でインパールを攻略する作戦であった。
ところが、4か月たってもインパールまでたどりつけずに作戦は中止された。
戦死した兵士の6割が撤退中に病気や飢えで死亡した。
インパール作戦は極めてあいまいに決定された。
1942年1月、日本軍はビルマに侵攻し、全土を制圧した。
そして、ビルマからインドへ侵攻し、イギリス軍を叩く予定であったが、大本営はインド侵攻計画を中止した。
ビルマの第15軍司令官は牟田口廉也中将である。
東條首相は牟田口に会ったさい、太平洋戦線が悪化しているので、ビルマで一旗揚げてくれといった。
牟田口は日頃から盧溝橋はオレがやったといい、大東亜戦争はオレが決着をつけると放言していた。
牟田口と1943年に新設されたビルマ方面軍司令官・河辺忠三中将の2人は、インパールを何としてもやりたいと要望した。
つまり牟田口・河辺2人の野心からインパール作戦は始まったといえよう。
しかし当初、大本営はビルマ防衛に徹底すべしとして、インパール作戦に反対意見もあった。
だが、杉山参謀総長の説得で1944年1月に作戦が認可された。
現地ビルマでも小畑参謀長が作戦に反対して更迭された。
1944年3月作戦開始。9万人の兵士による3週間の短期決戦の予定であった。
470キロメートル踏破という前例のない作戦で、しかも急襲により本格的な戦闘を交えず敵を敗退させる「戦略急襲」という無謀なものであった。
補給計画もなく食糧は現地調達であった。
チンドウィン河を夜間渡航。
2000メートルのアラカン山脈越えは困難を極めた。
大砲などの武器は解体して馬で運んだ。
道なき道で馬が崖から転落したりした。
2週間後、110キロメートル侵攻したところでイギリス軍と交戦し、大敗北を喫した。
柳田師団長は牟田口に作戦変更の意見を具申した。
だが受け入れられなかった。
他の師団長からも作戦変更要求があったが、牟田口はバカヤローと怒鳴りつけて一蹴した。
インドのコヒマの戦いは2か月におよび、日本軍の死者は3000人。
日本軍は肉薄攻撃とよんで、爆薬をかかえて敵へ突撃させた。
食料もなく絶望的な闘いだった。
大本営は作戦継続に固執し、作戦変更はゆるされになかった。
軍指導部は兵士が全滅してもいいとの考えだった。
当時の軍指導部は自国の兵士を虫けらあつかいし、何千人殺せばどこがとれるとよく話した。
牟田口は作戦の遅延は指揮官が無能だからだとし、3人の師団長を更迭した。
1944年6月、インパールまで15キロメートルのレッドヒルの戦いで、牟田口は総突撃を指示。
しかし、日本軍はすでに武器弾薬はなく1万人が死亡。
作戦は完全に失敗だったが、それでも作戦は中止されになかった。
7月1日、大本営はついに作戦中止命令をだした。
作戦開始から4か月たっていた。
しかし、インパールの悲劇は作戦中止後に深まる。
戦死者の6割が撤退途中で命を落とした。
レッドヒルからの400キロメートル撤退は、イギリス軍の追撃を受けながらの悲惨な退却であった。
マラリア・赤痢などの病気で命を落とす者。
餓死する者。
力つきて倒れる者。
自殺する者。
道も密林も河川も日本兵の死体で白骨街道とよばれた。
倒れた兵士をヒョウやハゲタカが襲う。
死んだ兵士の肉が切り取られて食われる。
切り取られた肉は、物々交換され、売られる。
死んだ兵士は身ぐるみ1つ残らずはぎとられる。
まさに地獄絵図であった。
やっとのことでチンドウィン河までたどりつき、渡航しようとした兵士も力つきて死んだ。
その数は死者の3割にものぼる。
また野戦患者収容所では、手榴弾を渡されて自決させられた。
いっぽう、作戦中止と同時に、牟田口は現場を離脱している。
インパール作戦の死者3万人、死傷者4・2万人、計7・2万人。
亡くなった兵士のほとんどは下士官で、指揮官は生き残った。
敗戦後、連合軍は牟田口ら17人の軍人を尋問。
17人は自らを正当化する証言をしている。
牟田口は作戦は上司の指示だと述べている。
大本営の服部卓四郎作戦課長は、インパール作戦を大本営は計画していない、南方軍、ビルマ方面軍、第15軍の責任だと話している。
彼らはインパール作戦はいかなる犠牲を払っても続ける価値があったと証言。
誰ひとり責任を取ろうとしなかった。
  
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2017年08月15日

知られざる地上戦・樺太7日間の悲劇=NHKスペシャル

NHKスペシャル「知られざる地上戦」は、新たな資料を発掘して樺太の悲劇の真相に迫ったドキュメンタリー番組である。
1945年8月9日、ソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄して日本に宣戦布告をし、満州から樺太・千島へと侵攻を開始した。
8月15日、日本の敗戦。
樺太には1945年夏、40万人の日本人が住んでいた。
日本軍は現地の住民に「終戦」の事実を知らせずにいた。
そのため、翌16日から樺太の悲劇が始まった。
8月16日、南樺太の恵須取にソ連軍が上陸してきた。
もともとソ連兵は戦う気はなかった。
そこに日本兵が先制攻撃をしかけた。
日本軍の攻撃に対してソ連も機関銃で応酬した。
南樺太を管轄する北海道第5方面軍樋口中将は、16日、カラフト師団(陸軍第8師団)鈴木大佐に対し、「樺太を死守せよ」との命令をだした。
すでに「終戦」と同時に、東京の大本営は「戦闘行動即時停止」命令をだしていた。
現地のカラフト師団の鈴木参謀長も、武装解除の準備をしていた。
そこへ「樺太死守」の北海道方面軍の命令がだされた。
明らかに大元帥である天皇命令違反であった。
鈴木参謀長も疑問に思って北海道方面軍に問い合わせたが、命令は絶対であった。
それではなぜ樋口中将は独断で「樺太死守」の命令をだしたのか。
樺太を北海道防衛の防波堤にしようとしたのだ。
ソ連のスターリンはすでに米英に樺太・千島の領有を認めさせ、さらには北海道を狙おうとしていた。
それを阻止しようというのだ。
恵須取では対ソゲリラ戦のために、「国民義勇戦闘隊」が結成された。
国民義勇戦闘隊といっても一般市民や女・子どもで組織され、武器は竹やり・毒矢・手榴弾などであった。 
国民義勇戦闘隊は沖縄戦の玉砕を模範とし、全員を死ぬまで戦わせるもので、カラフト地上戦で戦争中唯一実行された。
地上戦の一方で、8月17日以降は住民の逃避行も行われた。
樺太は南北450キロメートルある。
住民は日本への引き上げ船がでる樺太最南部の大泊へと南下した。
その逃避行中にソ連の飛行機で襲撃されて多くの人が亡くなった。
さらに逃避行中、歩けなくなったわが子を崖から突き落とし、半狂乱になった母親。
手榴弾で自決した人々。
家族全員を日本刀で殺して自決した父親。
道に倒れている死体の数々。
まさに地獄絵図であったという。
8月20日、ソ連軍は最大の樺太上陸作戦を行った。
住民が引き上げのために集まっていた真岡に、10隻以上のソ連軍艦が集結して艦砲射撃を繰り返した。
真岡にはソ連軍3000人が上陸。
放火・略奪・強姦と狼藉のかぎりをつくした。
この日、カラフト師団鈴木参謀長はソ連との交渉を行った。
鈴木はソ連に停戦行為の中止と停戦協定締結、住民の避難を要求した。
それに対してソ連は日本はすでに無条件降伏をしているのだから、ただちに捕虜として投降せよと応じた。
鈴木大佐がソ連が南下するなら日本軍は戦うというと、ソ連はわれわれは進軍を続けると応答して交渉は決裂した。
市街戦が行われていた真岡のはずれの熊笹峠に、ソ連軍と戦うことなく日本軍200人が待機していた。
真岡の隣は日本軍の司令部が置かれていた豊原がある。
峠の日本軍は豊原へのソ連軍の侵攻を防ぐために待機させられていた。
真岡では1000人以上の日本人が亡くなり、豊原も空襲で焼かれた。
8月22日、北海道第5方面軍樋口中佐より鈴木大佐へ「直ちに停戦せよ!」との命令がだされた。
敗戦から1週間がたっていた。
樺太を攻撃したソ連軍は3・5万人。
日本人の死者5000〜6000人。
その多くが民間人である。
特に女や子どもが多かった。
生き残った住民はその後2年間樺太に留め置かれた。
日本本土に引き上げてからも苦難の連続であった。
鈴木大佐は12年間シベリアで抑留された。
戦争が終わった後の樺太地上戦。
なぜ、戦争が終わっているのに軍はその事実を住民に知らせなかったのか。
なぜ無意味な戦争をたたかわなければならなかったのか。
なぜ命を落とさなければならなかったのか。
その責任はどこにあるのか。
明らかなのは日本軍の指導者の無能と無責任責任である。
樺太の7日間の地上戦の悲劇とどう向き合うか。
失われた1人1人の命が問いかけている。
  
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2017年08月14日

731部隊の真実=NHKスペシャル

8月13日に放映されたNHKスペシャル「731部隊の真実」は、戦後72年にして明らかにされた事実をふまえたドキュメンタリー番組で見ごたえがあった。
731部隊は1936年に満州ハルビンに設立された秘密細菌研究所である。
ソ連への対抗のために細菌兵器を研究することを目的とした。
731部隊の隊長は石井四郎中将である。
1949年、ソ連のハバロフスクで行われた戦犯裁判の記録テープが初めて公開された。
そこには生きた人間を実験材料にした731部隊の生々しい証言が記録されている。
ハバロフスク裁判では731部隊と関東軍の12人が証言している。
中国人50人に砂糖水にチフス菌をいれて飲ませて感染させ、12〜13名が死んだと証言する者。
匪賊にペスト菌に感染した蚤で、ペスト菌を感染させたと証言する者。
凍傷の実験でマイナス20度の戸外に囚人をだし、扇風機で囚人の手を凍らせて凍傷にする。
あるいは零度の氷水に手を30分つけて観察する。
5人の中国人のうち3人は指が落ち、2人は骨だけになった証言している。
細菌爆弾の実験も行われた。陶器の細菌爆弾を空中で爆発させ、霧状の細菌を中国人の頭からあびせる。
チフス菌に感染して4〜5人が亡くなった証言している。
人体実験にされた中国人らは「マルタ」といわれた。
「マルタ」は日本軍に抵抗するスパイ・匪賊とされて、監獄に収容され、殺してもかまわないとされた。
監獄で生き残った「マルタ」は1人もいないという。
731部隊には3000人が所属していた。
京大11人、東大6人など、全国10以上の大学から医学界の権威が集められた。
医師は技師と呼ばれ、軍医と並ぶ将校クラスの待遇であった。
なぜエリート医学者が731部隊を指導したのか。
1931年の満州事変以後、大学から多くの医学者が満州に派遣された。
医学者も戦争に協力すべきだとされて、各大学から優秀な医学者が集められて満州へと送られた 
それでは、なぜ人の命を守る医学者が人体実験という一線を越えたのか。
当時の国民的風潮があった。
日本軍に抵抗する匪賊に対して国民的憎悪が向けられた。
軍隊は匪賊の殲滅を呼号し、国民は軍による匪賊の処罰を支持した。
研究者も同様に匪賊の処罰を支持した。匪賊は死刑囚であり、実験材料にしてよいとされた。
また、匪賊が人を殺すなら、匪賊を殺してもよいとした。
さらに、実験材料として、死んだ人間より生きた人間の方がよいとさされた。
さらに、国と医学界と731部隊には金銭を介在した癒着があった。
731部隊には国家予算が年間300億円も投資されていた。
その巨額のカネを動かしたのは京大出身の石井隊長である。
教授は個人的にも文部省から研究費を受け取っていた。
京大の田部井和教授は文部省から500万円の研究費を受けとっている。
同じく京大の戸田正三教授は文部省から2・5億円の研究費を受け取っている。
1940年代、731部隊はペスト・コレラ・チフスなどの細菌兵器を中国の軍隊に使用している。
捕虜収容所では3000人の中国人に細菌を注射したあと釈放している。
また、細菌のはいった饅頭を食べさせたり、水源や井戸に細菌を散布している。
1945年8月9日、ソ連が満州に侵攻すると、731部隊は撤退する。
撤退する際、囚人を殺害し、施設を破壊し、証拠を消滅した。
死体の処理に当たったのは少年隊であった。
死体にガソリンをかけて焼き、骨まで処理させられた。
医学者らは特別列車でいちはやく日本へと逃げ帰った。
そして、部隊の一切は口外するなと厳命された。
戦後、人体実験をした医学者の罪は問われなかった。
米国が人体実験のデータとひきかえに戦争犯罪を免除したのだ。
医学界の重鎮たちは、戦後も各大学で学長として、医学部長として活躍した。
いずれも人体実験については黙秘をつづけた。
また、各隊員も731について固く口を閉ざしてきた。
2017年に開催された日本学術会議では、原爆と731部隊が主要なテーマとなった。
学術会議では科学者が戦争を残酷化したのではないかとの意見がだされた。
当時、国際法で戦争での細菌兵器の使用は禁止されていた。
科学者の責任はもっと厳しく追求されよい。
731部隊は戦争へと進むなか、人としての一線を越えていった人間の姿を浮き彫りにしている。
だが、戦後70年以上たっても、731部隊の人体実験の真実は明らかにされていない日本の社会とは何だろうか。
  
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2017年08月07日

河合雅司『未来の年表』を読む

日本の人口は現在約1億2700万人である。
これが100年後は5000万人、200年後は1400万人、300年後は450万人にまで減るとされている。
日本の喫緊の課題は4つある。
第1に出生数の減少。
第2に高齢者の激増。
第3に労働力不足。
第4にこれらが絡み合った人口減少である。
著者はこれらを「静かなる有事」と表現している。
本書は第1部では「人口減カレンダー」として、2017年から2065年までの社会現象を資料を駆使して網羅的に分析している。
第2部では「日本を救う10の処方箋」を提案している。
著者が提案する処方箋とは、拡大路線から縮小路線への転換、人口減少を見据えたコンパクトで効率的に国ヘの作り替えである。
日本の経済上、大きな問題は労働力不足である。
生産年齢人口(15歳〜65歳)は2016年の約7665万人から、2040年には5978万人、2065年には4529万人に減少する。
労働力人口減少対策として政府が進めようとしているのは、
ヽ姐饋溶働者
■腺
女性
す睥霄
の4つの選択肢に大別される。
生産年齢人口は2015年から2040年までの25年間で1750万人減ると推計されている。
そのすべてを外国人労働者で穴埋めするのはムリである。
2015年末の在留外国人は223万人で、総人口の1・76%である。
外国人の増加は治安の悪化、社会の分断、歴史や伝統の変質等を招来し、好ましくないものである。
AIの活用は現時点では「夢物語」の域をでていない。
現段階で労働力不足の解決策とはなりえない。
のこる選択肢は女性と高齢者の活躍である
女性の労働参加はもっと柔軟な働き方を認めれば増えていくだろう。
また、高齢者も定年制の延長で労働参加が増えていくだろう。
そこで、第1の処方箋は「高齢者の削減」である。
65歳以上を高齢者とする現在の定義を変更する。
仮に高齢者を75歳以上に引き上げるとする。すると、2065年の高齢者は25・5%にまで下がる。
高齢者から外れる65〜74歳の多くの人が働く社会になれば、労働力不足も社会保障の財源問題も大きく改善するだろう。
74歳までを勤労世代と言うのは現実的でないというのであれば、70歳以上で線引きしてもよい。
わずか50年で勤労世代が40%も少なくなるという「国家の非常事態」である。
あらゆる分野で慣習やルールなどを見直さなければ、少子高齢化社会は乗り越えられない。
第2の処方箋は「時短」である。
「24時間社会からの脱却」「便利すぎる社会からの脱却」「過剰サービス社会からの脱却」だ。
日本の働き過ぎ社会は世界的にも突出している。
ドイツの労働者の労働時間は、日本の労働者より年間2か月以上が少ない。
1日5時間労働、週休3日にすれば労働力不足はただちに解消する。
24時間営業のコンビニや、休日なしのスーパー、過剰サービスの宅配など、働く労働者の犠牲の上に成り立っている。
「時短」こそは少子高齢化社会における最強の処方箋である。
その他、著者は「第3子以降に1000万円給付」「セカンド市民制度を創設」「中高年の地方移住」「匠の技の活用」「国際分業の徹底」「非居住エリアを明確化」などの処方箋をあげている。
だが、あまり具体性があるとは思えない。
興味のある方は本書を読まれたい。
  
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2017年08月03日

山折哲雄×高山文彦『日本人が忘れた日本人の本質』を読む

2016年8月の生前退位を求める天皇の言葉には2つのポイントがある。
1つ目は象徴天皇のあるべき姿とは何か。
2つ目は皇位を将来的にどう安定的に継承するか。
天皇制の原理は「血(血統)の原理」と「霊威(天皇霊)の原理」の2つある。
血縁の継承と霊の継承という2本立ての原理で天皇制は続いてきた。
これは世界にも例がない。
天皇の高貴さを正当化するのは「血の一滴原理」である。
「血の一滴原理」はもともとは黒人差別の原理である。
黒人の血が少しでも混じっていれば混血で、白人とみなさないという原理だ。
天照大神の血の一滴。
これはフィクションだが、系譜的に天皇の血を一滴含んでいるかぎり高貴である。
こうした「血の原理」は天皇制だけでなく、本願寺門主制や能・茶などの家元制にもある。
「霊の原理」とは代々の天皇は代わる、つまり肉体は死滅するが、亡くなった天皇の霊威は次の新しい天皇の身体に転移して生き続けるというものだ。
御衾の儀式は新天皇は先帝の死体と添い寝することで、先帝の霊が新天皇に再生する秘儀だとされる。
ヨーロッパでも王権の永続性を説明するため、「王の2つの身体」論がいわれてきた。
生死を繰り返す「肉体的な身体」と、「滅びない王の身体」すなわち宗教的=カリスマ的身体である。
象徴天皇の象徴は宗教的権威=カリスマである。
平安時代以降、政治的権力と宗教的権威の2元システムで、国家と宗教の間に調和をもたらしてきた。
血と霊の2本立てであるがゆえに天皇制は強固で長く続いてきた。
ところが、明治維新で天皇は政治権力のシンボルとされた。
これは天皇の歴史でいえばたかだか100年にすぎない。象徴天皇が歴史の本来の姿だ。
イギリスの法律では、前の王が死んで新しい王を議会が指名するまで、王位は空白となっている。
空位のときに場合によっては革命が可能になる。
王権の空位という伝統は、革命の国であり「王殺し」の概念に由来する。
ところが天皇制には空位がない。
それは「もがり制度」による。
死体を一定期間放置する儀礼で、「生理的な死」の状態になっても、魂が他界に去って戻ってこないと確認された段階で「社会的な死」と認める。
天皇制の永続性を担保しているのがこの「もがりの制度」ではないか。
現天皇は戦争犠牲者の慰霊、かつての戦争敵国との親善、被災地への慰問などを通じて、象徴としての使命を果たしてきた。
その使命を果たせなくなったら天皇の存在意義はない。
山折は新天皇は東京を離れて京都に住むことで名実共に象徴になれるとしている。
だが、以前本ブログでも紹介したが、島田裕巳は『天皇と憲法』で天皇制に代わり大統領制を提案している。
皇位継承を万全にするための方策はない。
しかし、日本国憲法では、天皇は政治的行為を行わないとしながら、天皇なしに国家の運営ができない体制となっている。
その矛盾に今私たちは直面している。
それを考えた時、憲法を改正して大統領制を導入し、天皇・皇室は憲法から外すという選択肢しかないだろう。現在、天皇の国事行為とされている大半を大統領の仕事として定める。
大統領は現在の天皇に近い象徴的な役割を果たすことになる。
大統領制は日本国の元首とする。
国民の選挙で選出する。
任期は6年。現在天皇の国事行為とされていることを職務とする。
憲法を改正して天皇を憲法から外しても、国事行為の一部「栄典の授与」「外国の大使接受」「儀式」など、天皇の意思で従来の役割を果たしてもらうことも期待されるだろうと、島田は結論づけている。
  
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2017年08月02日

政府が欧米で自衛隊のCMを放映

8月2日付中日新聞・特報が「欧米で自衛隊CM」「税金で制作 安倍首相自らPR」として、次のように報道している。
政府が欧米のテレビ局で自衛隊の活躍を宣伝するCMを放映し、在外邦人らの間で波紋を広げている。
日本の国際貢献を伝える広報活動の一環だが、自衛隊の海外派遣拡大に異論も噴出しているなか、政治的な意図を疑う声は多い。
大半のCMの最後に登場するのは、首相「シンゾー・アベ」の姿。
海上自衛隊の護衛艦上にピンと背筋を伸ばして 立つ制服姿の指揮官。
その映像にナレーションが重なる。
「私が日本の自衛隊による海賊対処活動を指揮しました」
欧州などで放映されている日本政府のCMの冒頭場面だ。
ソマリア沖の海自の活動をアピールするCMの最後は、安倍首相の画像に重ねた「日本は世界に貢献していく」の文字で締めくくられている。
イタリア在住の翻訳家斎藤ゆかりさんは、
「軍隊を自慢げにPRしているように見える。
しかも首相がしゃしゃり出てくるなど、どこの独裁国家かという印象」
だと違和感を隠せない。
製作しているのは内閣政府広報室。
海外で貢献する日本人の姿を紹介することが目的で、欧米のテレビ局で放映されている。
2013年からこれまで20数本制作。
予算は国際広報費36億円の中から支出されているが、内閣府はテレビCM自体の金額は分からないとしている。
自衛隊CMは海自だけではない。
陸自のCMも作られている。
そして大半の映像の最後に安倍首相の写真が登場している。
何のためなのか。
内閣府はどこの国か分かるように総理の顔写真と演説などの言葉を入れている。
首相の指示ではなく事務方の判断だと説明している。
だが、前出の斎藤さんは
「日本がこんな貢献をしているというアピールは赤面もの。
安倍首相個人のメッセージを税金を使って流している」
と話す。
同様の声はフランスなどの視聴者からも相次いでいる。
一連の「シンゾー・アベ」CMは何か効果があるのか。
作家の本間龍は
「はっきり言って税金の無駄。
PRのやり方を間違っている」
と手きびしい。
自衛隊の貢献など政治的な話をテレビCMで流しても伝わらないし、首相の顔を映しても意味がないと断じている。
海外メディアにくわしいジャーナリスト神保哲生は
「海外で軍隊の活動をテレビCMで宣伝するのを見たことがない」
と指摘し、首相まで登場させるのは
「異様」
だとする。
「日本のイメージが歪められる…首相や大統領が出てくるというCMは見たことがない。
日本という国を宣伝しようというのに、なぜ首相が登場するのか。
そこに違和感を持っている人は海外にもいる」
小林節・慶大名誉教授は
「日本は平和国家が売りだったはずだ。
…世界の紛争を仲裁し、経済的な復興を支援させてもらうと発信してこそ、海外からの需要がある」
とのべる。
外交評論家の天木直人は
「海外からみれば自衛隊は軍隊。
国際的にはPKOの活動を限定的にしようという動きが出ている。
この状況で日本が海外派遣を宣伝するのは間違っている」
「アジアでそのようにCMを流せばいっぺんに反発をくらうだろう」
と指摘している。
自衛隊のCMなど日本のイメージダウンでしかない。
ましてや「シンゾー・アベ」の顔など気色悪すぎる。
  
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2017年07月29日

勢古浩爾『ひとりぼっちの辞典』を読む

本書のなかからさらにステキな話を紹介しておこう。
服部匡志。
フリーの眼科医。
ベトナムで無償の医療活動を続けて8年。
1か月の半分は日本の北から南まで10か所の病院を渡り歩いて診察と手術。
のこり半分はベトナムで貧しい人たちへの無償の活動。
日本で得た収入は家族の生活とベトナムの活動にすべて使う。
ベトナムでは患者から金は一切受け取らず、渡航費・滞在費・衣料品代すべて持ち出しで活動している。
いじめられっ子だった。
高校2年生のとき父親を胃がんで亡くした。
父親が入院中、医師と看護師の立ち話をきいた。
「あのクランケは文句ばかり言って本当にうるさいやつだ。どうせもうすぐ死ぬのに」。
この言葉が服部を医学の道に進ませた。
こんな医者がいては世の中はよくならない。
だったら自分がいい医者になってやる。
4浪して京都府立医科大学に入学。
周囲の反対を押し切って勤めていた病院をやめてベトナムへ。
先のことを考えても仕方ない。
人生なるようになると。
医師たちから猛反発を食らった。
名声が欲しいのだ、売名行為だと。
何度も困難や障害に遭遇し、挫折しそうになった。
しかし、患者を救うという一念だけで仕事に情熱を注いだ。
いまではタイ・ラオス・インドネシアまで活動範囲を広げている。
もし開業すれば年収1億円。
いい家に住んで高級車に乗ってゼイタクな生活ができる。
だがそんな生活に心は動かない。
お金やミエや世間体のために生きるのはくだらない。
自分ひとりの幸せは虚しい。
損得勘定から本当の喜びは生まれない。
助ける人と助けられる人が、お互い喜びを共有できることこそ人間としての喜びだ。
ボランティアというのは崇高なものでも、格好いいものでもない。
とても地味な活動だ。
見返りを求めない。
人に強要されてするものではない。
だれかにホメられるためにするものでもない。
健康で毎日おいしいご飯が食べられる。
こんな幸せなことはない。
病気になった時、人は初めて健康のありがたさに気づく。
目指すのは医者らしくない医者。
医者は特別に人間じゃない。
ただのひとりの人間だ。
これが服部の信念である。
すごい人だ。
こんな日本人もいるのだ。
河合隼雄の『こころの処方箋』にはこんなことが書いてある。
老後、ひとりでも落ち着いて過ごしている人もある。
しかし、ひとりの楽しさを見せびらかして生きているような人はニセモノであることが多い。
本当に楽しい人はもう少し静かである。
老人にかぎらない。
何事につけ自分をみせびらかし、うるさい人間は自我がだだ漏れしているのだ。
ひとりで楽しく生きている人は、心のなかに何らかのパートナーを持っているはずである。
そのパートナーは人によって異なる。
母なるもの、父なるもの、かも知れない。
「もうひとりの私」と表現されるかもしれない。
ともかく「話し相手」がいるのである。
人間は自分の考えを他人と話し合うことによって、ずいぶんと楽しむことができるし、客観化することもできる。ひとりで生きてゆくためには、そのような意味で「2人」で生きていくことができねばならぬ。
内なる同行者、内なる伴走者である。
2人で生きている人は、1人でも生きられる強さを前提として、2人で生きていくことが必要である。
1人でも2人、2人でも1人で生きるつもりができているか、それをどの程度やっているか、自ら知っていることが必要である。
橋本治のこんな話もステキだ。
最近自己承認という言葉をよくきく。
しかし、世の中って、そんなに人のことを認めてはくれない。
認められようと認められまいと、自分なりの人生を構築していくしかない。
風の吹く広野をひとり行くのだ。
他のだれかが認めてくれなくても、自分で自分を認める。
勢古はくりかえして自分ひとりで立ち続けることを強調する。
社会で生きている以上、人に認められることは大事なことである。
しかし、他者からの評価以上に大事なのは、自分で自分を認める自己承認である。
世間の大半は違うかもしれないが、おれはこれでいいよ、ということである。
勢古は吉本隆明についてこう書いている。
「,錣燭靴愛したただひとりの知識人。
△佞弔Δ1番えらい、ひとりが1番強いということを教えてくれた恩人。」
ちにみに「ひとりぼっち」の語源は「独り法師」である。
宗派・教団に属さぬさすらいの僧侶の意である。
  
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2017年07月28日

勢古浩爾『ひとりぼっちの辞典』を読む

本書のなかからステキな話を紹介しておこう。
帝京大学ラグビー部は2009年以来、全国大学ラグビー選手権で8連覇を達成している。
監督は岩出雅之。部員数140人。
なぜ帝京大は強くなったのか。
3つの改革をやったという。
[習時間の短縮。
1日2時間だけでその時間に集中する。
医学部との連携。
科学的トレーニングを導入し、選手1人ひとりの食事管理と体調管理を行う。
上限関係の撤廃。
帝京ラグビー部では、最上級生の4年生が最も働く。
掃除や食後の後片付け、雑用など率先して行う。
運動部にありがちな上級生がいばりちらす空気はまったくない。
なぜなら、自分たちも上級生にそうしてもらったからだという。
岩出監督は次のようにいう。
「下級生を大切にする文化はチームを強くする」
下級生たちのモチベーションがちがうというのだ。
「誠実であること。
誠実な人は最終的に力をつける。
誠実は強いパワーとはちがう。
束になれる力だ。束になったエネルギーは大きな強さを発揮する」
下のものを大切にする文化は、日本の集団の中では画期的なことである。
2017年、箱根駅伝で3連覇を成し遂げた青山学院大学陸上部の原晋監督は、広島県世羅高校陸上部の出身である。
高校当時、上級生から怒鳴られ、殴られることは当たり前で、下級生は先輩に奴隷のように仕えた。
理不尽な支配服従の関係である。
原監督は3年生で主将になるとその悪習を撤廃した。
青学大陸上部の監督になってからも、先輩後輩の階級制度をなくした。
その結果の箱根駅伝3連覇である。
SCSKという情報システムの会社がある。
従業員1万1000人、売上高3200億円、業界5位の大企業である。
2009年、その会社に中井戸信英という人が社長で赴任した。
元住友商事の副社長だった。
彼は1人で1万1000人を長時間労働から解放し、ブラック企業を超優良企業に変えた。
彼はまず「残業半減運動恵」をはじめた。
それまで残業を月180時間以上やっていた社員たちは絶対できないと思った。
しかし彼には信念があった。働くやり方、チームワークの取り方、段取りや心の持ち方を変えれば、いままでより少ない時間で業績をあげられる。
結果は残業時間は半減したのに、売上高は2010年から2015年の5年間で140億円から318億円に上昇した。
残業減で浮いた10億円は全額社員に還元した。
中井戸は大学卒業後、住友商事に入社。1年目、研修が終わると1週間夏休みをとった。
上司に叱られたが反論。
接待は必要なものには出たが、2次回以後は上司を振り切って帰った。
異端児だった。
彼のモットーは「従業員ファースト」でそれを実行したのだ。
上に立つ者の意識で組織は変わる。
岩出監督や原監督のような人間が1人でも多くでてくるなら、日本の集団社会も変わるだろう。
なにごともひとりからはじまる。
勢古はリーダーについて「1人で組織の悪習を変えることができる人間」だとしている。
ピーター・ノーマン。
1968年に行われたメキシコ・オリンピックの男子陸上200m走の銀メダリスト。
200mで優勝したのは、アメリカの黒人スミス、3位はカーロス。
表彰台でスミスは黒い手袋をした右拳を、カーロスは左拳を、天に向かって突き上げた。
人種差別への抗議の意思表示である。
ノーマンは両手を下げたまま国旗を見ている。
ノーマンは表彰式の前、2人から示威行為を知らされていた。
ノーマンは彼らに連帯し、胸に2人と同じ「人権を求めるオリンピック・プロジェクト」のバッジをつけて表彰式に臨んだ。
IOCは政治的主張をオリンピックに持ち込むことを禁止しているオリンピック憲章によって、スミスとカーロスを即座にオリンピックから追放した。
当初、オーストラリア国民はノーマンの偉業に熱狂し、英雄に祀りあげた。
ところがノーマンが2人の黒人に連帯したとわかると、メディアは一転して彼を叩きはじめた。
家に脅迫状が舞い込んだ。
妻は去った。彼は牧師の父から人間はみな平等だと教えられて育った。
ノーマンは大バッシングを受けた後、高校で体育を教えながら、精肉店でアルバイトをした。
ノーマンは甥のマット少年にだけ、なぜ自分が彼らに連帯したかを語った。
彼らはすべてを失うことを覚悟で拳を突きあげた。
それに比べたら私がした行為など大したことではないと。
ノーマンが59歳のとき、1人の青年が彼のドキュメンタリー映画を撮り始めた。
かつてのマット少年だった。
2006年にノーマンはこの世を去ったが、2008年にマット監督の「サリュート(敬礼)」が完成した。
2012年、オーストラリア議会はノーマンに謝罪した。
(フジテレビ『奇跡体験!アンビリバボー』2017・1・26日放映)。
  
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2017年07月26日

奥田昌子『欧米人とはこんなに違った日本人の体質』を読むぁ漆澗”騨祝

脳出血は脳の血管が破れて出血する病気で、主に高血圧が原因である。
脳梗塞は脳の血管が詰まり脳に血液が流れなくなる病気で、動脈硬化が原因である。
脳出血と脳梗塞で脳血管障害とされている。
脳血管障害で年間10万人以上がなくなり、命を取りとめても重い障害がのこる。
日本には介護の必要な人が600万人いて、その4分の1が脳血管障害の後遺症とされている。
血管には動脈と静脈があるが、両方で約10万劼△襦
心臓から足の先まで送り出された血液が心臓にもどるまでの時間は、わずか20〜30秒である。
血液は猛スピードで流れ、動脈は特に流れが速くて勢いが強いので、壁の内側に無数のキズができ、そこから動脈硬化が始まる。
逆に静脈は血液が静かに流れるので血管の壁にキズがつかない。
コレステロール等の脂肪が動脈の壁にしみこむと、壁が厚くなりこぶができる。
これが粥状硬化である。
粥状硬化が進行すると動脈が詰まり脳梗塞や心筋梗塞となる。
粥状効果の原因は肥満・高血圧・高血糖・脂質異常症などである。
脂質異常症とは悪玉コレステロール(LDL)または中性脂肪が多すぎるか、善玉コレステロール(HDL)が少ない状態をさす。
総コレステロールとは、LDLとHDLを合わせたものである。
成人の体内に存在するコレステロールは100〜120g。
そのうち約70%が肝臓などで合成され、食事からの摂取は30%にすぎない。
コレステロールに善玉と悪玉があるわけではない。
コレステロールは肝臓が出発点である。
悪玉は肝臓から全身の組織に行くもので、善玉は全身の組織から肝臓に帰るものである。
悪玉がふえるとコレステロールが血管の壁しみこみ動脈硬化の原因となる。
善玉は肝臓で胆汁酸になり便として排出される。
悪玉はふだんは血管を強くしたり、細胞を作ったり、ホルモンを合成したりと、重要な役割りを果たしている。
善玉は動脈硬化が起きそうな箇所をみつけると、コレステロールを引き抜いて肝臓に連れていく。
こうして動脈硬化を防いでいる。
しかし、悪玉が必要以上にふえたり、善玉が減ったりすると、動脈硬化が進行する。
中性脂肪は動脈の壁にたまることはないが、悪玉は中性脂肪をもとに作られるので、脂肪を摂取しすぎると悪玉がふえる。
また、悪玉と善玉は同じ材料で出来ているので、悪玉がふえると善玉が減る。
悪玉の数値が高いと動脈硬化が進んでいるかというとそうではない。
日本は昔から心臓病出で亡くなる人が少なく、心筋梗塞も世界1低い国の1つだ。
動脈硬化を起こすのは悪玉ではなく、悪玉が酸化してできる酸化LDLであることが明らかにされている。
人は毎日500ℓの酸素を吸っている。
この酸素が変化してできるのが活性酸素である。
活性酸素は細菌やウィルスを攻撃して体を守る大切な役割りをしているが、余分な活性酸素は悪玉を酸化LDLに変えてしまう。
生活習慣で悪玉を酸化するのが喫煙である。
また、中性脂肪をふやして善玉を減らす作用もある。
喫煙すると坂道を転げ落ちるように動脈硬化が進行する。
日本人が動脈硬を起こしにくいのは善玉が多いからだ。
善玉は余ったコレステロールだけでなく、酸化LDLも引き抜いて肝臓に運んでくれる。
心筋梗塞に関しては悪玉よりも善玉が少ないほうが問題と考えられている。
日本でも食の欧米化で善玉が減って心臓病がふえると危惧されているが、日本人の善玉はこの20年間ほぼ一定で減っていないことが判明している。
血液を流れる脂肪酸には飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸がある。
不飽和脂肪酸は酸化されやすく、その影響で悪玉も酸化LDLになり動脈硬化を起こす。
ところが、日本の不飽和脂肪酸は動脈硬化を防ぐEPA(エイコサペンタエン酸)、DHA(ドコサヘキエン酸)が多い。
これらは青魚多く含まれている。
EPAは中性脂肪を減らし、DHAは中性脂肪だけでなく悪玉も減らす。
中性脂肪が減れば動脈硬化も起きにくくなる。
日本人は魚を食べてきたので動脈硬化が少ないと考えられている。
日本人4万人を対象に研究では、青魚の摂取量が最も多いグループは、最も少ないグループにくらべて心臓病の発症率が40%も低くなっていた。
青魚は心臓病を防ぐだけでなく、糖尿病・乳がん・大腸がん・肝臓がん・認知症などの発症率を下げるとされている。
もうひとつが大豆である。
大豆の摂取量が多いグループは少ないグループより脳梗塞の発症率が3分の2、心筋梗塞の発症率が半分になることが明らかにされている。
ただしこれは女性だけで男性には効果がなかった。
しかし、大豆を食べている地域ほど心筋梗塞による死亡率が低いことは明かにされている。
大切なのはコレステロールを含む食品ではなく、コレステロールの合成を促す飽和脂肪酸である。
肉、ソーセージ、バター、生クリーム、パン、菓子、チョコレート、インスタント麺などである。
逆に不飽和脂肪酸はコレステロールの合成を促さない。
魚介類、大豆製品、野菜、海藻、果物、ゴマ油などである。
卵やイカ、魚の卵もほとんど問題ないとされる。
すなわち、日本食が心臓病の防止になるということだ。
  
Posted by sho923utg at 18:29Comments(0)