2006年03月25日

公務員に労働基本権を!

 「なぜ日教組はたたかえなくなったか」を一時中断し、緊急報告をしておきたい。
全国の公務員労組は人事院・人事委員会の勧告をめぐり当局と交渉中であろう。今年の人勧は官民較差がマイナス〇・三六%とされ、ボーナスは〇・〇五月ふえるが年間約四〇〇〇円の賃金カットである。今春闘の結果は厚労省調査で平均プラス一・七一%五四二二円賃上げである。この調査結果からみても勧告内容はとうてい信じがたい。
それではなぜマイナス勧告か。人事院は科学的調査方法と自負してきた官民比較方法をふたたび変更したのだ。従来は比較種目は五者ベース(給料・扶養手当・調整手当・住居手当・通勤手当)とされてきた。この比較種目から通勤手当をはずし、かわりに管理職手当をくわえるというトリックでマイナス勧告を導出したといわれる。われわれは交渉の席でなぜ官民比較方法を突然変更したのか追及したが、「実費弁償としての性格が強まった通勤手当を比較種目からはずし、民間の実態をふまえて管理職手当をくわえた」という官僚答弁であった。勧告前財務省は賃下げを目的に官民比較のあり方について人事院に協議を申し入れている。賃下げのために通勤手当と管理職手当の入れ替えが合意されたのだろう。
二〇〇二年の史上初のマイナス勧告のときと同様の手法である。三年前も人事院は「大企業ばかり調査せずにもっと中小企業をふやせ」という政財界の圧力に屈服して、科学的調査方法といわれた層化無作為抽出方法を大幅に変更した。「民間企業の実態をよりくわしく把握するため」と称して、調査対象から大企業を大幅にへらし中小企業を大幅にふやしてマイナス勧告を演出した(五〇〇人未満企業調査数 二〇〇一年二七・七%→二〇〇二年五八・八%)。
民間企業で通勤手当がない企業はないだろうが管理職手当のない企業はある。愛知県人事委員会の調査によれば、県下三五二所中管理職手当制度がある企業が二四七(七〇%)、ない企業は九三(二六%)、不明一二(三%)である。それに対し、愛知県の管理職五〇〇〇人(全職員数の七・五%)の平均手当額は八万四六〇〇円(減額後は七万六〇〇〇円)である。官の管理職手当(率)が高く民の管理職手当(率)が低ければ官民較差は大きくなるだろう。しかも人事院の調査は、民間の管理職手当額を調査せずに給料コミで調査するという杜撰なものである。はじめにマイナス勧告ありきなのだ。
愛知県は九九年の賃金カット以来管理職手当を減額している(校長二〇%→一八%、教頭一三%→一二・五%。ちなみにこれは独立法人前の国の基準、校長一二―一六%、教頭一〇―一二%より高い)。本来なら給与実態に即した減額後の管理職手当で官民比較すべきであろう。ところが県人事委員会は減額前の管理職手当で官民比較をしている。
なぜ減額後の数値で比較しないのか、なぜ減額前・減額後両方の数値を示さないのか交渉で追及した。他県・他市では両者の数値をきちんと示しているところもある。人事委員会の回答は、減額後の数値はだしていない、来年度から検討するとの一点張りである。減額後で比較すればマイナス勧告がプラス勧告になるからであろう。はじめにマイナス勧告ありきの政府の方針に追随した政治勧告である。
それにしても国も自治体も管理職手当が高すぎないか。国の管理職手当は本省の部課長(二五%)・室長(二〇%)・課長補佐(一〇%)、出先機関の機関長(二〇%)・部長(一六%)・課長(一〇%)。愛知県の管理職手当は、部長(二五%)・事業監(二三%)・課長(二〇%)・主幹(一八%)。マイナス勧告は民間にくらべても高すぎる管理職手当にこそおこなわれるべきだ。
 一一月末には地域手当や成果主義賃金等の「給与構造の改革」が勧告される。⑴俸給表を全国一律四・八%引き下げ、⑵高齢層の給与抑制をはかる「昇給カーブのフラット化」、⑶〇―一八%格差の地域手当創設、⑷勤務実績を反映する「能力・成果主義」の査定賃金の導入などである。
 地域手当の創設は、もっとも民間賃金の低い東北・北海道地域にあわせて全体の給料を引き下げ、従来の調整手当にかえて地域手当を支給するものだ。調整手当は民間賃金・物価・生計費が特に高い地域が支給要件であったが、地域手当は民間賃金が高い地域が基本要件である。支給率は従来の三・六・一〇・一二の四段階に一五・一八をくわえた六段階になる。ただし俸給が約五%引き下げられるため、六%地域に指定されても給与はほぼ現状水準となる。
 地域手当は町村を最初から排除し市をランク付けする手法である。全国で一級地(一八%)は東京都特別区だけで、二級地(一五%)〜六級地(三%)は二二六市二二町で合計二四九地域にすぎず、その他は〇%地域である。支給地域割合は全国市町村数二五二一(二〇〇五年三月)の約一%である。
 地域手当が導入されれば全国の九九%の地域は未支給地域となり賃下げのみが強行される。その結果、未支給地域に勤務する地方公務員の生涯賃金は最大一二〇〇万円も削減されると試算されている。地域手当は同一労働・同一賃金の原則にも反するだけでなく地域間格差をいっそう拡大する。公務員の賃金が地域労働者にくらべて高いと批判されているが、地方公務員の労働条件は地域労働者の労働条件の標準となるべきものだ。
 さらに「成果主義」賃金は評価制度も確立されておらず、民間企業でも多大の弊害が指摘されている。二〇〇三年にだされたILO勧告をも無視するものだ。ILOは全教の提訴した教員評価制度について、⑴重大な影響をもたらす主観的評価がおこなわれる、⑵評価の詳細とその根拠とを知る権利をあたえられていない、⑶勤務評定の過程に公開性と透明性が欠如しており不服申立の権利も存在しないなどとして、六四項(評価の客観性と教員の知る権利・不服申立権)の適用対象であることを断言し、制度の再検討を強く勧告した。人事院は勤務実績を現行の勤務評定で評価するとしているが、評価制度が未確立なのに「成績主義」を強化することは容認できない。 
 今年度の人事院勧告は、公務員の総人件費削減を突破口に、消費税引き上げやサラリーマン大増税、社会保障費改悪などへの地ならしをおこなおうとする戦後最悪の勧告である。政財界・メディアあげての公務員攻撃は、財政破綻の責任を隠蔽するためのデマゴーグであり、公務員の総人件費削減が財政再建の切り札だとするプロパガンダである。勧告は独立行政法人をふくむ七五〇万人の労働者に直接悪影響をおよぼすだけでなく、民間企業の賃下げに拍車をかけ、ひいては地域の経済や雇用にも重大な打撃をあたえるものだ。
 人事院はみずからを「労働基本権の代償機関であり、公正な第三者機関」と公言してきた。しかしここ数年のうごきをみると、公務員制度改革の人事院権限縮小に対抗するため政府の意図に添った政治勧告を繰り返し、政府から独立した第三者機関としての任務と役割りを放棄している。
人事院の民間調査方法は全民間労働者と比較するのではなく、同種同格の仕事で比較するものとされてきた。それゆえ科学的調査方法とされ労働基本権の代償措置とされてきた。その制度の合意がなくなれば人勧は政治的意図で恣意的に運用される。人事院は二〇〇二年からその制度の合意をはずしたのだ。その結果人勧の数値はいかようにでも操作可能となった。「給与構造の改革」が実施されれば、地方公務員六〇〇〇億円の人件費削減になるという。こんごも「マイナス勧告」という「打出の小槌」は政治的に利用されていくだろう。
 郵政民営化につづく小泉構造改革の目玉は、公務員の「人べらしと賃下げ」である。今年六月に閣議決定した「骨太方針二〇〇五」では、郵政民営化後の構造改革を公務の民間開放や公務員の総人件費削減、社会保障費削減と大増税路線をうちだしている。夫婦と子ども二人の家庭で年収七〇〇万円のサラリーマンの所得税・住民税は現在約四〇万円。これが今年六月にうちだした政府税制調査会の「最悪シナリオ」では九〇万円に跳ね上がる。年収五〇〇万円の家庭では約四〇万円の増税だ。
九月末の閣議決定では、総人件費削減のため公務員の定員削減と賃下げをいっそう推進することを決定している。政府は一〇月には二〇〇六年度から四年間で国家公務員約二万八〇〇〇人削減する「五年間一〇%」定員削減計画を決定している。また人事院に対しては、官民給与比較方法を早急に見直して民間企業の実態をより的確に反映するように要請している。要するに人事院に対して勧告でもっと賃下げしろとはっぱをかけているのだ。
 だが日本の公務員数は先進国では最低である。人口一〇〇〇人当りの公務員数(地方公務員ふくむ)は、日本(三五人)・フランス(九六人)・アメリカ(八〇人)・イギリス(七三人)・ドイツ(五九人)。日本の公務員数はイギリスの二分の一、ドイツの六割にすぎない。国家公務員は二〇〇五年現在三三万人(自衛官をのぞく)。だが一九六七年の九〇万人に比較しほぼ三分の一に急減している。公務員の国家予算に占める総人件費の割合も六〇年代以降一貫して減少してきている(一九六五年二一%→二〇〇五年九・六%)。国家公務員の総人件費は二〇〇五年現在約二・八兆円(自衛官をのぞく)。
 麻生前総務大臣でさえ、「諸外国と比較しても極めて小さな政府を人件費の上でも実現している」と発言しているほどだ。赤字の原因は毎年三〇兆円以上も発行されている国債で人件費ではない。国の借金は現在五四〇兆円。小泉内閣の四年間で国の借金は一四〇兆円もふえており歴代内閣では最悪である。
一〇月末の国会で、佐藤人事院総裁は来年度にむけて官民比較方法の大幅な見直しを公約した。従来のラスパイレス比較方式や企業規模をふくめ、全体的な制度の検証をするという。代償機関としての人事院の責任を完全放棄し、政府の下請け機関になるという宣言だ。政府の人件費削減に全面協力を誓い、人勧によるさらなる賃金カットを実施するという政府への無条件降伏である。
「労働者の利益擁護機関」としての責任を放棄した人事院・人事委員会なら、公務員労働者にとって無用であるどころか有害である。二〇〇三年、ILOは連合と全労連の提訴に対し、公務員の労働基本権制約をILO八七号・九八号条約違反として日本政府に勧告した。政府はただちに国際条約違反を改め、公務員労働者に労働基本権を返還すべきだ。公務員労働者は剥奪された労働基本権を取りもどし、労使自治の原則で労働条件向上をたたかう秋(とき)ではないか。
 (月刊『むすぶ』05年11月号 ロシナンテ社掲載)   

Posted by sho923utg at 21:20Comments(0)TrackBack(0)