2006年06月10日

なぜ日教組はたたかえなくなったか(12)

 戦後の日教組運動が戦前の聖職教師から決別して、「教師は労働者である」(「教師の倫理綱領」)と宣言するところからスタートしたと書いた。その「教師の倫理綱領」について日教組委員長だった槇枝元文は興味ぶかい話を紹介している。「倫理綱領」が発表された直後、当時の文部省教職員養成課長玖村敏雄に会ったらこういわれたという。
「槇枝さんりっぱな綱領ができましたね、この綱領にケチのつく時代がもしくるとすれば、それは日本の教育にとって危機の時代となるでしょうね。とくにわたしの体験からいえば、教師が労働者として認められないようなことになれば、また権力に従順な教師であることが強制されるようになると思います。また、教師の団結をおそれ、これを破壊するような政府が出現したら、日本の民主主義にとっても危機ですよ」(『日本の教師たち』三省堂)。
 教員の労働者性は戦後一貫して否定されてきたから玖村の予言はみごとに的中した。吉田松陰の研究者で国粋主義者といわれた玖村だが恐るべき眼力であったといえよう。
 しかし芝田進午は「教師の倫理綱領」についてつぎのように批判している。
「教育というものが教師だけでなく、事務職員、用務員、給食調理員など、教育に従事するすべての労働者すなわち「教育労働者」によっておこなわれるとすれば、しかも日教組が教員組合でなく教職員組合であるとすれば、なにゆえ「教育労働者の倫理綱領」ではなく「教師の倫理綱領」として執筆されたのであろうか。これではすべての教育労働者の倫理綱領として不十分であるだけではない。「日教組の倫理綱領」としても不十分ではないか」(『教育労働の理論』青木書店)。
 多くの論者が教師労働=教育労働と規定して考察しているとき、芝田は「倫理綱領」の陥弄をいちはやく指摘していた。日教組は「教育労働者とは学校を職場としてはたらく労働者である」といいつづけてきたが、倫理綱領にみられるように教育労働(者)とはなにかという認識がきわめて不徹底であった。教育労働が「教育に従事するすべての労働者によっておこなわれる」との認識にたてば、教員もまた教育労働の一翼をになう賃金労働者であり、他の教育労働者との連帯と団結が模索されるだろう。だが教育労働の主体を教員だけとみなせば、他の教育労働者への無関心、ひいては差別と分断にいきつくだろう。 (続きは「時代を駆ける」へ)
  続きを読む

Posted by sho923utg at 10:13Comments(0)TrackBack(0)