2013年11月26日

長寿の秘訣は「絆」と「生きがい」と「格差の少ない社会」

日本の女性の平均寿命は女性は86.41歳で世界1、男性は79.94歳で世界5位である (2012年)。
日本はなぜ健康で長生きなのだろうか。
鎌田實が11月26日付毎日新聞「さあこれからだ 絆と生きがい」に次のように書いている。
ハーバード大学のイチロー・カワチ教授が大事な要因として挙げたのは、「格差が少ないこと」と「絆」だった。
彼は公衆衛生学の専門家。米国の白熱教室のひとつとして評価されている。
長野県は厚労省の今年の発表で、長寿日本一となった。
日本総研が昨年発表した都道府県別幸福度ランキングでは、長野県が幸福度1位になっている。
長野県が健康長寿の県になったのは、減塩に成功したからとか、野菜摂取量日本1になったからとよく言われる。
じつは長野県はいまでも減塩の優等生ではない。塩分摂取量は31位とよくないほうだ。
何が幸せと健康長寿に影響しているのか。
たくさんのデータの中で注目したいのは、高い就業率だ。長野県は小さな農業をしている高齢者が多い。
農業をしながら、コミュニティのなかで絆を築き、得た収入で生きがいを見出している。
「格差の少ない社会」と「絆」、そして「生きがい」。
この3つが健康に大きな影響を与えているのだと思う。
しかし、この大切な3つが東北の被災地で揺らいでいる。
震災直後、何もかも失い、不幸のどん底にありながら、利他的に行動し、がまん強く生きてきた人たちが、2年8カ月たったいま、ほとほと疲れはてている。
ノンフィクション作家のレベッカ・ソルニットは著書『災害ユートピア』のなかで、なぜ、人は大災害や大事故の混乱の中で秩序だって行動ができ、無償の行為を行えるのか考察している。
東北で自分もつらい状況にあるにもかかわらず、人のことを考えて行動する人たちをたくさん見てきた。しかし、遅々として復興が進まないなかで、格差が大きく広がりはじめ、かつての「ユートピア」「絆」が成り立ちにくくなっている。
お金がある人は土地を買い、家を建てる。その一方、依然として仮設住宅暮らしを余儀なくされている人もいる。
家もなく、仕事もなく、未来の展望も持ちにくい。
みんな同じ状況だった時は助け合いの気持ちが強かったが、復興に向かうなかで格差が生じると不満や不安がでる。
うつや自殺、DV、依存症などが心配である。
阪神大震災では3年後に二番底が来て、うつや自殺念慮の人が増加した。
被災地は特にだが、被災地以外の日本中の誰にとっても「格差が少なく」「生きがい」のある生活が大切なのだ。この国に生きるわれわれは「生きがい」と「絆」を大切にしながら、おだやかに生き生きと、生きたいものだ。
以上が鎌田医師の文章の論旨である。
最近、故郷の岩手県宮古市に帰省した。
帰りに宮古市から石巻市まで三陸沿岸部を自動車で走った。
2年半前に訪れた時とほとんど何も変わっていないことに愕然とした。
政治は何をしているのだ。
復興税は何に使われているのだ。
暗澹たる気持ちで車を運転して帰ってきた。
  

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2013年11月19日

「産めよ、生ますな、国のため」(2)

ところが、国民優生法=断種法とは無関係に断種手術を強制された人々がいた。
ハンセン病患者である。
1907年に制定された「ライ予防に関する件」でハンセン病患者の療養所収容が始まり、1931年の「ライ予防法」で全患者の隔離政策が推進された。
療養所では結婚の条件として「任意」の断種手術が非合法に行われていたのだ。
敗戦後の1947年、女性解放運動の加藤シヅエら社会党議員が優生保護法を提出する。
その目的として「母体の生命健康を保護」とする一方、「不良な子孫の出生を防ぐ」と明記されていた。
人間を資源とみる優生思想は戦争が終わっても生きていた。
この優生保護法では国民優生法でも除外されていたハンセン病患者が中絶・不妊手術の対象となる。
優生保護法を推進した人々は「精神病やライがその子孫に繁殖することは人間の不幸である」と主張した。
1949年から1994年までに優生保護法に基づいて行われたハンセン病患者などへの強制的赴任手術は約1万8000件で、戦前をはるかに上回っている。
1953年、新たに「らい予防法」が制定されたが、隔離政策は維持された。
1996年に同法は廃止された。
同じ年、障碍者差別と批判の多かった優生保護法から優生思想部分を削除・改正した母体保護法が施行された。
以上が日経新聞「熱風日本史」の「産めよ、産ますな」からである。
 
以下は以前に書いた藤野豊『ハンセン病と戦後民主主義』(岩波書店)の書評である。

衝撃的な本である。
ハンセン病について何も知らなかったという点で。
さらに私自身が患者の絶対隔離政策を支えていたということを指摘された点で。
ハンセン病患者の隔離政策は1907年から1996年まで90年継続された。
なぜ戦後も隔離政策が継続されたのか。
著者は戦後民主主義が絶対隔離政策を必要としたとのべる。
1907年に成立した法律(「ライ予防に関する件」)の当初の目的は、ハンセン病患者が欧米人の目に映らないようにすることであった。
「ライ病」は「国辱」とされたのだ。
だが医療関係者により「ライの民族浄化」が唱導されていく。
1931年に成立した「ライ予防法」はすべてのハンセン病患者の生涯隔離政策を開始した。
内務省は「ライ20年根絶計画」を掲げ、「無ライ運動」が推進されていく。
「村の浄化のため進んで療養所に行くべきだ」として自宅患者の強制収用が強行された。
この隔離政策は、朝鮮・台湾・満州・サイパン・・・といった日本の植民地・占領地でも行われた。
当時の世界的潮流を無視して推進された日本の絶対隔離政策は、患者とその子孫を絶滅させる目的で行われた。
大戦後の国際的潮流はハンセン病患者の隔離政策廃止と差別廃止であった。
だが日本ではこうした国際的潮流を無視して、1953年の「らい予防法」で絶対隔離政策が継続された。
戦後民主主義の「公共の福祉」が絶対隔離政策を必要とした。
またハンセン病をめぐる差別は、部落差別・在日差別・奄美沖縄の植民差別と連鎖していると著者はいう。
戦後の「らい予防法」成立は左派社会党のハンセン病法案をつぶすために立案された。
法案審議のさなか患者は反対のために国会前で座り込みやデモをした。
それに対して社会党は患者の行動をを罵倒し絶縁宣言している。
社会党も施設での患者の処遇改善は求めても、「公共の福祉」のため隔離政策は必要だとしていた。
この時の法律の改定の背景には、戦後高揚する入所者の自治会運動や、誇大宣伝された朝鮮半島からの「ライ患者」の密入国といった治安対策もあった。
しかし、基本的人権を明文化した日本国憲法下で、ハンセン病患者の強制隔離・強制断種・強制堕胎を正当化する論理が「公共の福祉」であった。
患者はプロミン治療を受けるために隔離政策を受容せざるをえなかったが、ファシズム下の「無ライ運動」は戦後においてより徹底された。
国益を「公共」と置き換え、そのためには少数者の犠牲もやむなしとする論理が戦後の民主国家においても一貫していたと著者はいう。
隔離された中で患者の医療や福祉を充実させればよいとする「救ライ思想」に国民が支配され、国民1人1人が「らい予防法」を支えていた。
その「救ライ思想」のあやまりを明確にしたのがハンセン病違憲国賠訴訟であった。
どこに暮らしていても充実した医療と福祉を受ける社会の実現こそハンセン病問題の解決である。
さらに障害者・女性・・・と重層化する差別の連鎖を断つことなしに、個々の差別問題の解決はありえないと著者はいう。
「ハンセン病市民学界」事務局長の著者の指摘は重要かつ重大である。
  
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2013年11月18日

「産めよ、生ますな、国のため」(1)

11月17日付日経新聞の熱風日本史「産めよ、産ますな、国のため」より。
「人口は最後の武器」。
1942年に国策研究所から刊行された『戦争と人口問題』はこの言葉から始まっている。
1931年の満州事変以降、長期戦を遂行するため「人的資源」という言葉が頻繁に使われるようになる。
戦争になれば「資源=兵力」は消耗しいく。
そのため人口は豊富でなければならないが、障碍者・病人・虚弱体質の人間は資源iならないとされた。
日本の優勢政策に大きな刺激を与えたのが1933年のナチスの断種法制定だった。
「「劣悪者」が人口に占める比率が増加し、「優秀者」の比率が減少すると人口の質が低下して、「民族の変質」を招くと考えられてきた。この減少は「逆淘汰」と呼ばれ」た(松原洋子・立命館大教授)。
「国民の体力向上=強兵養成」を主張していた陸軍の要求を受けて、1938年に厚生省が誕生。
「主なる目的は健常なる者を増加せしめ、同時に悪質素質者の減少を図りて国民の平均素質の向上を期する」のが1つの仕事だった。
そして1940年に国民優生法が成立。
同法の第1条で「本法は悪質なる遺伝性疾患の素質を有する者の増加を防遏する」ことが明記された。
同法では「悪質な遺伝子」を持つ者への断種規定が設けられた。
ただ、当初の法案で既定されていた強制断種は審議の結果、施行が凍結された。
厚生省は逆淘汰の防止策として「優生結婚」を唱えた。
「悪質な遺伝子」を持つ者との結婚を規制する一方、優秀な資質を持つ者と結婚を奨励した。
1941年に閣議決定された人口政策確立要綱では、当時の24歳の結婚平均年齢を21歳にして出生数増を促し、「早く結婚して5人の子供を産むことが日本人に課せられた義務である」とされた。
さらに厚生省により「結婚十訓」が発表される。
「産めよ、殖やせよ」のスローガンはこの十訓から来ているが、「本来の言葉は「産めよ育てよ国のため」だった。
国民優生法施行後、厚生省の調査では断種の対象者は全国で30万人と見積もられていた。
しかし、1947年に法が廃止されるまでに実施された断種手術は、538件にすぎなかった。
これは強制断を認めず、任意としたためであった。
国民優生法は本来の趣旨である断種法としては不徹底なものになった。
ナチス並みの大量断種を防いだのは、天皇制国家の家族国家主義だった。
子孫を連綿とつないでいく家族制度と断種政策は相いれなかった。
国家主義者から「断種法は家族制度を破壊する」「赤化思想」と猛反発があった。
また精神医学者も「断種は殺学」と批判した。
さらに太平洋戦争に突入すると、人的資源の不足から国家の政策は「産めよ、殖やせよ」の多産奨励に傾斜していった。
非人道的な断種法を骨抜きにしたのは、国体思想と戦争だった(続く)。


  
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2013年11月13日

平成のホラ吹き男爵=小泉元首相の脱原発論

小泉元首相は12日に日本記者クラブで記者会見し、脱原発論の持論を披瀝した。
「日本は原発をそくゼロにすべきだ。」
「だって日本には核の処分場がないだろう」
「政治で一番大事なことは方針を示すことだ」
「野党は全部原発ゼロに賛成で、反対派自民党だけだ」
「再稼働すれば核のゴミが増えていく」
「安倍首相が原発をゼロにすると決めれば反対派は反対出来ない。
国家の目標としてほとんどの国民が賛成できる」
「首相の権力も国民から与えられている。
首相も国民の声を聞かざるを得ない時期がくる」
大勢の記者を前に得意の小泉節で意気軒昂。 
かつての原発推進派から完全に「転向」したらしい。
『文芸春秋』12月号に毎日新聞記者・山田隆男「小泉純一郎が私に語った脱原発宣言」が掲載されている。
8月末に小泉元首相と会談した時の内容だ。
こっちの方が面白いので紹介しておく。
「オレが現役にもどって態度未定の国会議員を説得するとして、「原発は必要」という線でまとめる自信はない。「原発ゼロ」という方向なら説得できる」
―いますぐ原発ゼロは暴論という声が優勢だが。
「逆だよ。今ゼロという方針を出さないと将来ゼロにするのは難しいんだよ。
野党はみんな原発ゼロに賛成だ。
総理が決断すりゃできる。
原発ゼロしかないよ。
今すぐゼロにしたって、廃炉に50―60年かかる。
とにかく方針出さなきゃ転換できないじゃないか。」
―昔は原発推進でしたね。
「そりゃそうだよ、当時は政治家もみんな信じていたんだよ。
原発はクリーンで安いって。
3・11で変わったんだよ。
クリーンだ? コスト安い? 
とんでもねえ、アレ、全部ウソだってわかってきたんだよ」
―再稼働も反対ですか。
「安全なものは動かせって言うけど、それだってゴミ(使用済み核燃料)がでるんだよ。
それがどうしてわかんねえかな。
そもそも野田総理の事故収束宣言が間違いだった。
あの時もオレ、講演で批判したんだよ。
だいたい、あの放射能汚染水、何だよ、あれ」
―潜在的核武装能力を失うと国の独立が脅かされませんか。
「それでいいじゃない。
もともと核戦争なんかできねえんだから。
核武装なんか脅かしにならないって」
―経済大国の転換は難しい。
「戦は殿が一番難しいんだよ。
撤退が。昭和の戦争だって、満州から撤退すればいいのにできなかった。
原発失ったら経済成長出来ないって経済界は言うけど、そんなことはないね。
昔も「満州は日本の生命線」と言ったけど、満州を失ったって日本は発展したじゃないか」
―日本だけでなく、原発を組み込んだ世界の産官軍複合体が相手。
目眩がする挑戦ですね。
「でかいよ。大きいよ。歴史の大転換だよ。
政治家にとって難しい問題だけどね、勇気もいるけど、やりがいがあるし、夢がある。
日本は世界をリードできる。
必要は発明の母っていうだろ? 
敗戦、石油ショック、東日本大震災―。
ピンチはチャンス。自然を資源に循環型社会を日本がつくりゃいい。
やりどければ世界の手本になる。
「日本を見てみろ」ってことになる。
ヨーロッパはドイツ、アジアは日本が引っ張ったらいい。
原発ゼロでも経済成長できるところを見せるんだよ」
以上が会談での小泉発言だが、過激だね、「平成のホラ吹き男爵」は。
いまどきのサヨクより過激じゃないか。
しかもサヨクの脱原発よりはるかにインパクトがあるぞ!
小泉の「転向」がどれだけホンモノかわからないが、いいぞ、やれよ!
 細川元首相と二人三脚で「原発ゼロ国民運動」を! 
  
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細川元首相―脱原発の国民運動を!

11月12日付中日新聞に細川元首相のインタビューが掲載されている。
以下、同新聞より。
細川元首相は安倍政権の原発再稼働路線を「犯罪的な行為だ」と批判し、原発ゼロに向けた国民的運動に発展させたい考えを示した。
また、小泉元首相と約一か月前に会談し、「再稼働反対は小泉さんと同じだ」とのべた。
以下インタビューの要旨。
「福島原発事故を目の当たりにして、原発を根本から問い直さないといけないと確信した。
震災後、がれきを埋めて盛り土をつくり植樹する活動「瓦礫を活かす森の長城プロジェクト」に取り組んでいるが、福島県沿岸を訪れたことも脱原発を本気でやらないとの思いを強くした。」
「私は野田政権の生みの親と言われているが、首相就任の直前と直後に「脱原発で旗印を鮮明にすべきだ」と強く迫った。
ただ、野田氏から明確な回答はなかった。
野田首相の原発事故収束宣言は誤りだった。
大飯の再稼働にも疑問を感じた。」
「核のゴミの問題を解決できないまま原発を再稼働してつけを回せば、われわれの世代が将来世代に対して重罪を犯すことになる」
ー原発推進派は経済的な理由をあげて「原発ゼロ」の主張を批判している。
「地震や津波は自然災害だが、原発の事故は日本の文明の在り方を問う「文明災」。
倫理の問題だ。日本では官僚も政治家も倫理の問題から逃げている。
企業だって産業廃棄物の処分のめどが立たなければ、工場の操業は許可されない」
「ドイツでは新規原発を許可する場合、核のゴミの処理能力の確保を義務づけていた。
倫理の観点からだ。原発事故の後、脱原発方針を決めたのも「倫理委員会」。
それほど倫理は大切だ」
原発問題は経済問題ではなく「倫理の問題」と言い切った細川元首相の見識を高く評価したい。
  
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2013年11月12日

アッキ―=安倍首相夫人が巨大防潮堤建設見直し提唱

11月5日の本ブログで、宮脇昭・横浜国大名誉教授が提唱している「森の防潮堤」構想について紹介した。
安倍政権は被災地に総延長370キロメートル、総事業費8000億円の巨大防潮堤を建設しようとしている。
以下、「被災地の巨大防潮堤建設 安倍昭恵氏が見直し呼びかけ」『週刊金曜日』11月8日号より。
10月31日、被災地の巨大防潮堤を検証する集会が衆議院第一会館で開催された。
冒頭、安倍首相夫人・安倍昭恵さんがあいさつした。
「防潮堤はどこに必要で、どこに必要ないのかをみんなで考えたい」と集会の趣旨を説明。
巨大防潮堤による景観破壊や、海が見えなくなることによる危機感喪失の問題点を指摘し、「本当に防潮堤を作っていいのだろうか、本当に日本の美しい復興なのかということを考えてほしい」と訴えた。
また、昭恵さんの紹介で参加した自民党の片山さつき参議員は、「巨大防潮堤がリアス式海岸にも必要なのか疑問。環境委員会などで国会で取り上げるべき」だと発言した。
昭恵さんは気仙沼の防潮堤の建設予定地を視察するなど、巨体防潮堤問題に精力的に取り組んできた。
11月2日には東日本大震災で壊滅的被害を受けた岩手県大槌町を訪問し、碇川豊町長と意見交換。
翌日は同町の住民有志による「町づくり文化祭―おらだちのまちはおらだちでつぐっぺ!」に参加。
ここでも挨拶をした。
大槌町は巨大防潮堤見直しの猗祥地瓩任發△襦「赤浜復興を考える会」がリードする形で住民が話し合いを重ね、行政が決定した巨大防潮堤の高さを低くする計画見直しを勝ち取ったためだ。
そのコンセプトは「津波に強い街づくりではなく、津波に強い人づくり」。巨大防潮堤にたよるハード一辺倒ではなく、防災訓練などソフトを重視する発想。
この成功事例に学ぼうと、防潮堤の見直しをするいくつかの住民団体が三陸海岸で発足した。
大槌町は行政主導のコンクリート中心の復興から、住民と行政が協同する形に転換しようとする試みも始まった。
それが「住民まちづくり委員会」が呼びかけた前記「まちづくり文化祭」の会合である。
 会合の最後を昭恵さんがこんな感想で締めくくった。
「大槌がモデルケースになって、過疎や高齢化に直面する全国の自治体を励ましてほしい。主人にも伝え、国が支援するように伝えたい」。
巨大防潮堤建設を安倍政権が見直すのかが注目される。
以上が『週刊金曜日』の記事の概要である。
安倍昭恵さんは首相とちがい、原発再稼働や防潮堤建設に反対するとてもいい人らしいが、安倍政権が巨大防潮堤を見直すことはないだろう。
その点については五十嵐敬喜・法大教授が『世界』12月号に書いている。
それについては次回紹介。
  
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2013年11月11日

安倍首相の歴史観への米国の怒り

米国は安倍首相の歴史観に強い怒りを示している。
以下、11月9日付毎日新聞の保阪正康「安倍史観に強い怒り」より。
10月3日、ケリー米国務長官とヘーゲル国防長官が連れ添って、東京・千鳥ヶ淵戦没者墓苑を訪れて献花・黙とうをささげた。
この報道に触れた時、米国政府は安倍首相の歴史観に強い怒りを示していることがわかった。
8月に米国人記者から取材を受けた時、共和党保守派が安倍首相の歴史観に不信感を持っていると聞いていた。
「侵略に学問上の定義はない」といった発言は、民主主義を守る戦いであった第二次大戦への挑戦状の意味をふくんでいるからだ。
さらに安倍首相が5月の米国訪問時に、「靖国神社は米国のアーリントン墓地と同じ」といった発言をしたことだ。この発言は米政府をはじめ、アメリカ国民を怒らせた。
なぜなら、アーリントン墓地は米国のために戦った兵士たちを宗教・民族に関係なく追悼する施設だし、敗者への慰霊もふくまれている。
それに反して靖国神社は宗教的・政治的施設であると同時に、なによりA級戦犯の死刑者も祭礼の対象になっている。
安倍首相はわれわれをバカにしているのではないか。
アーリントン墓地を侮辱しているのではないか。
そんな声が起きても当然だろう。
10月3日の2人の米政府高官の千鳥ヶ淵戦没者墓苑への献花は、靖国神社よりこちらの方がアーリントン墓地のもつ意味に通じているとの痛烈な意思表示だったのである。
10年ほど前、小泉内閣の時代に米国の国務省のスタッフの訪問を受けて、あなたの意見を聞かせてほしいと言われた。
米国務省は一つの政策を打ち出す時、それぞれの調査スタッフが相手国に赴いて多様な意見をたしかめるなど、事前の調査を丹念に行うそうだ。
私は日本政府を批判したくなかったので、靖国神社への個人参拝はまったく自由だが内閣は行くべきではないという自説だけを語った。
しかし、なぜ靖国参拝の公式的見解を準備するのかとたずねたとき次のような答えが返ってきた。
「国務省として在米日本大使館に靖国神社の説明を求めたところ、いやあそこはあなたの国のアーリントン墓地と同じですよと書記官は答えたのですよ。
高官たちは激高しましたよ。靖国はアーリントンとは異質の施設で、われわれの神聖な空間とは比較しないでほしいということです」
それで本格的にそのすべてを調査することになったというのである。
当時、小泉内閣の官房副長官だった安倍首相は、そういう国務省高官たちの怒りを知らないか、無視してか「靖国神社=アーリントン墓地」を口にしたことになる。
国務・国防の2人の主要閣僚が示した千鳥ヶ淵への献花は、長年の米国政府の怒りが正面切ってわれわれの前に示されたことになる。
安倍首相の歴史認識は、A級戦犯合祀を行った松平永芳宮司の歴史認識の延長線上にある。
つまり、太平洋戦争は1945年8月15日に終わったが、政治的には1952年4月28日に終わったという理解である。
松平理論によれば、A級戦犯は太平洋戦争が政治の場で続いていて、米国をはじめ連合国による「戦死」という理解だ。
だからA級戦犯を合祀するというのである。
安倍首相の「靖国神社参拝」や「押し付け憲法」という歴史観も松平理論の延長にある。
それは昭和史を偏った視点でしかみていないということだ。
以上が保阪論文の論旨である。
保阪正康は思想的には保守主義者である。
保守主義者の保阪からみても、安倍首相の歴史観は国内的にも国際的にも危険なのだ。



  
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2013年11月10日

企業はほんとうに賃上げするのか

経済界には賃上げのムードができている。
経済界への安倍政権の要請で賃上げの流れができつつある。
だが、本当に企業は賃上げするのか。
以下、11月10日付日経新聞「賃金増に3つの関門」より。
賃金水準を一律に引き上げるベースアップは2002年のトヨタのゼロ回答が節目となり、その後経済界は封印してきた。
だがベアに前向きな発言が経営者からでてきて、連合は来年の春闘で5年ぶりのベアを要求する。
はたして賃上げが経済成長の好循環を生めるかどうか。
重要なのは賃上げが働く人に幅広く波及し、しかも持続的に賃金が増えていくことだ。
そのためには3つの課題がある。
第1に非正規労働者の賃金改善である。
日本がデフレに陥った主因は名目賃金の低下にあるとされる。
OECDによると名目賃金は米国もユーロ圏も増えているが、日本は1995年を100とすると、2012年は87に減っている。
理由は正社員の賃金が減っていることもあるが、より影響が大きいのは非正規労働者の増加だ。
非正規労働者はいまや3人に1人。
年間所得でみると正規社員・職員で最も多いのが300―400万円なのに対し、契約社員・派遣社員は200―250万円、パートは50―100万円と差がある。
ベアは正社員に限られる。
非正規労働者の賃金をどう上げていくか問われている。
第2の課題は中小企業で働く人たちの賃上げだ。
大企業が賃上げして、これが中小企業にも波及する春闘方式はすでに崩れている。
グローバル化による競争の激化で企業間の業績格差が大きくなり、成果主義などで報酬の決め方も多様になって、賃金の相場観が失われたためだ。
このため、大企業の賃上げが中小企業に波及するのか不透明だ。
300人以下の中小企業に務める人は、1次産業を除いた総従業員数の6割強を占める。
春闘方式によらず中小企業労働者の賃上げを実現できなれければ経済は回復しない。
第3の課題は正社員のインセンティブ向上だ。
社員がやる気をだして企業の競争力を高めることは、持続的賃金上昇のために欠かせない。
実力重視の世界の潮流で、一律に賃上げするベアは異質だ。
どんな形で賃上げするかは各企業の判断だが、年功制からの脱却がゆるんでは企業の競争力が落ちる。
政府と経済界・労働界の代表による政労使会議に期待したいのは、国の成長力を伸ばして継続的に賃上げしていくための議論だ。
以上が日経新聞の論旨である。
わたしは正社員のボーナスが多少増えることはあっても、ベースアップはほとんどないだろうと考えている。
  
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2013年11月07日

欧州で高まる労働者重視の波

ユーロ危機に見舞われ、失業の増加に悩んできた欧州で、雇用重視に転換して景気を上向かせようとする動きが広まっている。
以下、11月5日付朝日新聞より。
イギリスでは「生活賃金」を求めるデモが頻繁に起きている。
日本と同じようにイギリスでも「最低賃金」がある。
だがその水準では生活が苦しい。
そのため労組が中心になって、「生活賃金」という新しい考え方を広め、給料を上げる試みが本格化している。
ロンドン市では最低賃金より約35%多い時給1400円を「生活賃金」と決め、公共始業の受注企業に実施させている。
ほかの企業にも広く導入を呼びかけている。
「生活賃金」の水準は一般家庭の出費を分析し、「まっとうな生活ができる最低限の賃金」として算出した。
ロンドン副市長は「経済危機で格差拡大のへの不満が強い。ロンドンが金持ちと困窮者に二極化しないよう、賃金水準を底上げする必要がある」と話す。
政府も支援する姿勢を見せている。
始めたのは8年前だが、取り組みが加速したのは最近で、「生活賃金」導入企業はこの1年で6倍近い400社に急増した。
時給が300円上がった下請け社員らは計5万人を超す。
大手会計事務所担当者は「人の大切さを説いたかつての日本式経営に通じる発想だ。一般的にコスト削減を優先すると従業員の心は荒廃する。労働の質が下がり、結果的に高くつく」と話す。
以前は食堂や清掃部門で欠勤や転職が目立ったが、「生活賃金」を導入した2006年以降は大幅に改善したという。
導入が増えたのは株主の圧力が強まっていることもある。
労働組合や教職員などの年金基金や、個人資産家らが株を買い、導入を求めている。大企業を中心に株を買って、株主総会で質問し導入に前向きな答弁を引きだしてきた。
オランダでも急増する非正規社員の「使い捨て」が大きな問題となり、政労使の協議でも重要な課題となっている。
特に働く時間をあらかじめ決めず、人手が足りなくなったら働いてもらう「呼び出し型」の雇用契約に批判が強まっていた。
決まった勤務時間がないので「ゼロ時間契約」と呼ばれる。
社会問題化する「ゼロ時間契約」をどうするか。
労使で話会った結果、2015年から医療などの一部業界で原則禁止することを決めた。
オランダでは不況などのたびに「政労使」が課題を話会う場を設けてきた。
その成果で他の欧州諸国よりも失業を低く抑えてきたが、最近は上がっている。
「ゼロ時間契約」解決への取り組みは、正社員の待遇改善を訴え続けてきた労組が、非正規社員の問題解決に本腰を入れだしたことを示している。
非正規が半数を占める企業もある状況のため、労組は非正規の処遇を改善して社会全体の底上げを図ろうとしている。
経営者団体も「政労使の3者で社会不安を解消していくのが重要だ」と、労組の声を政策に生かす効果を強調する。
北欧では、正社員が働きながら通える職業訓練を充実させ、職場の「人づくり」に力を入れる。
デンマークでは、職業訓練や社会保障を手あつくする「フレキシキュリティー」という制度が定着している。
主な都市にある職業訓練校には、地元の経営者と労組の代表が需要にあった学習内容を決め、政府と企業で費用を分担する。
さらに今年、政府は職業訓練を強化する方針を決めた。
「エネルギーや情報通信など最前線の分野の訓練が遅れている。高度で新しい技能を習得できるように、1―2週間の公的訓練コースを新設すべきだ」という労組側の要請に応えた。
新興国が台頭し、技術力を高めていることへの危機感が背景にある。
教育省担当局長は「人づくりが国の命運を左右する度合いが一段と高まっている。人材育成を怠っていると、必ず大きなツケが回ってくる」と話す。
  
Posted by sho923utg at 07:59Comments(0)TrackBack(0)

2013年11月06日

新ゴールドラッシュー海底資源争奪戦

海底は鉱物資源の宝庫である。
金・銀・銅・鉛・亜鉛・白金・レアアース・ニッケル・コバルト…。
数多くの金属鉱物資源が眠る太平洋に、経済発展の源をもとめて各国がなだれ込んでいる。
以下11月4日―5日付朝日新聞より。
太平洋にはあらゆるタイプの鉱物資源があり、世界で最も豊かな地域だとされている。
金・銀・亜鉛をふくむ「熱水鉱床」、コバルトリッチクラスト、マンガン団塊…。
太平洋にはマンガン団塊は約2億トン、コバルトリッチクラストは約3億トンあり、コバルトの量は日本の消費の250年分に達すると見られている。
その太平洋での各国の海底資源開発計画が目白押しである。
どの国も海岸線から約370キロメートル沖までを「排他的経済水域」(EEZ)として、鉱物資源の調査権や開発権を持っている。
日本では沖縄トラフでの海底資源調査が行われている。
沖縄トラフには金・銅・亜鉛などの鉱物資源をふくむ大規模な「熱水鉱床」があることが分かった。5年後にはそうした海底資源を掘削する計画だという。
公海での権益争いはさらにきびしい。
公海の海底資源は「人類共同の財産」(国連海洋法条約)で、資源のほしい国は管理者の国際機関「国際海底機構」(ISA)から探査権をえる必要がある。
ISAによると、2010年時点で太平洋の探査権取得は7か国であった。
現在太では探査権を持つ国は14か国で、3か国が申請中という急増ぶりだ。
深海技術が発展し、資源調査の能力も向上した。海底開発が採算に見合うようになり、各国の競争が激しくなっている。
その一方で、海底開発の環境への影響を問題にする声が、太平洋の島国の各地からあがっている。
 
  
Posted by sho923utg at 09:21Comments(0)TrackBack(0)