2015年11月24日

増田俊也『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』を読む

不世出の柔道家・木村政彦の生涯を描いた大作である。
本書の動機はみずからも北大柔道部に籍をおいた著者が、史上最強の柔道家・木村政彦がプロレスの力道山に負けるはずがないという執念から、18年の歳月をかけて調査して書いたものである。
本書は日本の柔術の歴史でもある。
講道館柔道とともに、戦前には高専柔道や武徳会柔道など柔道にはいくつかの流派があり、それぞれ多様な戦術を駆使して切磋琢磨していた。
敗戦とともに高専柔道は消滅し、武徳会柔道も占領軍により禁止されて、講道館柔道のひとり勝ちとなった。
木村政彦は「木村の前に木村なし、木村の後に木村なし」といわれた天才柔道家である。
木村は柔道を総合格闘技にまで高めようとし、空手・ボクシング・合気道などのあらゆる格闘技から学び、それを柔道な応用した。
その木村が師の牛島辰熊とともに戦後プロ柔道を旗揚げし、プロ柔道崩壊後はプロレスへと転身する。
そして、1954年に国民的ヒーローとなっていた力道山と天下分け目の決戦を行い、無様に敗北したことでその名声は地に堕ちていく。
プロレスは事前に勝ち負けが決まっているショーである。
当然、力道山対木村戦も事前に打合せがされて台本ができていたが、力道山がそれを破って木村をボコボコにしたというのが真相だという。
著者は木村政彦が力道山より強かったことを証明するために本書を執筆した。
柔道界を代表して木村の汚名をそそぐために、東奔西走して多くの関係者に取材し、全力でそのことを明らかにしようとした。
しかし取材の結果、木村政彦の敗北を認めざるをえなくなる。
著者は次のように書いている。
「私は悔しい。
ずっとずっと悔しかった。
力道山を許さなかった。
今だって悔しい。
 ……………
あれはただのプロレスのブック破りでしかない。
騙し討ちであった。
だから勝ち負けを論ずるのは間違っている。
だが、木村の魂はさまよい続け、介錯を待っているのだ。
ならばその魂に柔道側から介錯するしかない。
木村政彦は、あの日、負けたのだ。
もう一度書く。
木村政彦は負けたのだ。」
著者は木村政彦の人生を描きながら、木村の人生と交錯する多くの武道家たち、さらには力道山や大山倍達など昭和を駆け抜けた怪物たちの人物像をも見事な筆致で描いている。
とくに木村の破天荒な強さとは対照的な、不器用でやんちゃでやさしい人がらが、綿密な取材をもと温かい目で描かれている。
上下段組みで700ページの大作だが、最後のページをめくるまでノンストップの感動ノンフィクションである。
  

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2015年11月23日

一人称で書くことの大切さー平塚らいてうの挑戦

11月22日付日経新聞に評論家の芹沢俊介が、「平塚らいてう「青鞜」「わたくし」を主語に書く」という文章を書いているので紹介しておく。
1911年には大逆事件で幸徳秋水ら12人が処刑された。
同じ年の9月、わが国で初めて女性だけの手による女性のための月刊誌「青鞜」が発刊された。
その中心となったのが平塚らいてうである。
そのらいてうは、自伝で大逆事件は遠い出来事でしかなかったとのべている。
意外な発言だが、当時は男性中心社会で、女性は良妻賢母以外望まれていなかったことを考えれば、いくぶん納得がいく。
むしろ、それぐらい非人間的な現実を強要されていた女性の正直で貴重な証言であったという理解に傾く。
らいてうが挑んだのは、そうした閉塞した空気に対してであった。
「元始、女性は実に太陽であった。
真正の人であった。
今、女性は月である。
他に依って生き、他の光によって輝く病人のような蒼白い月である。
私共は隠されて仕舞った我が太陽を今や取戻さねばならぬ」
らいてうの手による「青鞜」創刊の辞である。
らいてうは、女性に人間としての復権をはたすために、自らもふくめた自己革命を迫ったのである。
創刊号に詩を寄せた与謝野晶子は、このような自己革命の第一歩を
「一人称にてのみ物書かばや 
われは女(おなご)ぞ 
一人称にてのみ物書かばや
われは われは」
と表現した。
だれがどう思うかではなく、女性である「わたくし」が感じたことだけを、「わたくし」を主語にすえて書くという宣言であった。
「青鞜」は、自我の頭を押さえつけられて身動きできずにいた女性たちを真っ心でとらえた。
らいてうは一躍時代の寵児となったのである。
「新しい女」という揶揄は彼女への称号でもあった。
らいてうは1886年生まれ。
本名は明(はる)。
小市民の穏やかな家庭に出現した内部の人であった。
内部の人とは、自由は自らの内側にあると考えるタイプの人間のことである。
らいてうは幼いころから孤独を好み、女性であるべき以前のあるべき自己の本性を探求しようと努めた。
そんな彼女の性分を、祖母は早くから目上の人のことを「ハイ」と率直に聞くことのできない剛情っぱりと見ぬいたのだった。
生涯、みずみずしさを失わなかったらいてうの感性、その秘密は内部の人という泉にあった、そう私には思えるのである。
以上が芹沢の文章の大要である。
「わたし」が感じたことを「わたし」を主語に一人称で書く(話す)というスタンスはいまでも大切である。
そして自由は自らの内側にあるという認識もまた重要である。
  
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2015年11月21日

東條英樹暗殺未遂事件

いま、増田俊也『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』を読んでいる。
上下段組みで700ページもある大作だが、めっぽうおもしろい。
そのなかに、東條英機の暗殺未遂事件について書いたところがある。
木村政彦の師が「柔道の鬼」といわれた牛島辰熊である。
牛島は思想的に石原莞爾に傾倒していた。
1944年6月1日、憂国の士としてつき合いのあった津野田知重少佐から牛島に電話があった。
津野田は大本営参謀3課に配属されて、秘密文書を読んで予想以上の日本軍の惨状におどろいた。
そして牛島に次のように話
した。
間違いなく日本は負ける。だが東條は国民をだまし、勝った勝ったとデタラメの発表をしている。
この戦争を早く終わらせるのが焦眉の課題だと。
これをきいて牛島はいう。
東條を退陣させることだ。
それにはお上の聖断を仰ごう。
皇族から献策する以外にないと。
そして2人で話し合い「大東亜戦争現局に対する観察」という意見書を書く。
これを三笠宮らを通じて天皇に渡してもらおうと計画した。
牛島と津野田は書き上げた「大東亜戦争現局に対する観察」を石原莞爾に見せるために山形をたずねた。
石原はその献策書を読んで一晩考えさせてくれと言った。
献策書の欄外には「非常手段―万やむを得ざる時は、東條を斬る」とあった。
翌朝、石原は赤鉛筆で検索書の末尾に「斬るに賛成」と書いた。
勇んで東京に戻った牛島と津野田は、暗殺方法について話し合った。
考えた末、習志野のガス学校で極秘のうちに開発が進められていた青酸ガス爆弾を使うことにした。
ガラスでできていて、地面に落ちて割れた瞬間、中の青酸ガスが放散されて50メートル四方の生物が死ぬという新兵器だった。
問題は投げた者も死んでしまうという自爆テロの化学兵器であることだ。
暗殺の実行は牛島がやることになった。
準備万端を整えて決行日を待っていた7月18日、東條内閣が総辞職したという報告が牛島のもとに届いた。暗殺決行直前で東條もろとも自爆しようとした牛島は救われた。
それから1か月半後、郷里熊本にいた木村政彦のもとに津野田と牛島が逮捕されたという知らせが届いた。
木村はおどろいて上京した。
その後、木村もまた憲兵に逮捕連行される。
木村に対する憲兵の拷問は5時間におよんだ。
顔の形が変わるほど殴られても木村は何も言わなかった。
最後は「熊本へ帰れ!」と釈放された。
1945年3月、牛島らに軍法会議の判決が下った。
「被告らの考えは、国字を憂うる真心に発したもので、今日現に被告らの憂えたような状態になりつつあるー」と、国勢紊乱、殺人陰謀の罪名で禁錮1年6か月、執行猶予2年がついた。
牛島本人も木村たちも死刑を覚悟していたので歓喜した。
ところが拓大OBの証言によると、東條英樹の暗殺は木村がやることになっていたという。
牛島は木村に東條暗殺をやるようにと追いこんでいた。
木村はやりたくなくてあちこちに相談に行っていた。
これはどうも事実らしい。
増田は次のように書いている。
「勝負師牛島は、国の大事に、絶対に成功させなければならない計画に、自身が最も信頼する超高性能の犧能兵器疚畋疾彦を選んだのだ。
もし内閣総辞職が後数日遅れれば、木村が東條暗殺を決行し、人間離れした身体能力と精神能力で間違いなくそれを成功させたであろう。
日本史は大きく塗り替わっていたに違いない。」
柔道の牛島辰熊、そして弟子の木村政彦が東條英樹暗殺を計画していたという事実は、わたしはこの本で初めて知った。
  
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2015年11月15日

津田久資『あの人はなぜ、東大卒に勝てるのか』を読む

副題に「論理思考のシンプルな本質」とある。
現在は「学ぶ」から「考える」に価値がシフトしている。
学歴よりも思考力の時代へと移行しているのだ。
それゆえ、学力におけるトップランナーよりも、思考力におけるプロフェッショナルが求められている「知的下剋上の時代」である。
かつて「頭がいい人」とは「学ぶのがうまい人」であった。
だがいまは「頭がいい人」とは「考えるのがうまい人」へと知の条件が変化している。
「頭がいい人」の条件は、たくさん知識をたくわえているかどうかではなく、物事を考えぬく力があるかどうかにシフトしている。
だからこそ、いまの時代は思考力の領域で勝負するのが賢明だ。
つまり、ライバルに勝つためには、中途半端な勉強よりも考える力を磨くべきだ。
では考える力をつけるにはどうすればよいか。
副題にあるようにシンプルだ。
著者は「人が考えているかどうかを決めるのは、その人が書いているかどうかである」という。
考えるというプロセスと書くというプロセスは不可分であり、書きながら考えるしかないのだ。
一流ビジネスパーソンは、ことごとくメモ魔である。
飛行機でも列車でもどこでもところ構わずメモをとる。
発明王エジソンにして生涯3500冊のノートを書きつぶした。
1000を超える彼の特許の成果は、「99%の努力=3500冊のノート」に支えられていたのだ。
論理思考のシンプルな本質は、言葉を明確にして筋道をつけて考えることだ。
人は書くことで言葉が本来持っている機能を最大限に発揮させて、アイデア=発想力を引きだすことができる。
語彙力こそ思考力や発想力の源泉である。
そのためには言葉の意味が明確になっていなければならない。
外来語の専門用語を多用することは避けなれければならない。
現在は自らの論理(結論仮説)を作れる人、それに応じた情報収集できる人が求められる時代になってきている。
考える力さえ磨けば、どれだけ勉強が苦手だろうと、どれだけ知識がなかろうと、下剋上ができるフィールドがいま世界で増えつつある。
そのチャンス到来を若い人たちにもわかってほしい。
しかし、「学ぶ」のフィールドで勝負しているかぎり、必ずその先には東大卒のようなエリートが立ちはだかっている。
もちろん勝てる可能性はゼロではないが、残念ながらここでは学力の差がかなり大きく影響する。
自ら進んで「ミニ東大」に堕する理由などない。
「学ぶ」が競争力の源泉になり得るのは、情報の格差があるときだ。
つまり、あなたが何かを知っていて、競合相手がそれを知らない時、その情報は武器になる。
かつてのビジネスは情報だけで勝負できた。
つまり、特定の情報にアクセスできるネットワークや資金力を持ってさえいれば、圧倒的優位に立てた時代が存在した。
しかし、情報へのアクセス環境が整ったことで、知識の相対的価値が暴落している。
それゆえ、もはや知識はかつてのように競争力の源泉にはなりえない。
こういう時代は早く確実に考える力を持つ人たちが有利になる。
そしていま、そういう人たちが「知の競争」のフィールドにおどりでて、従来のエリートをごぼうぬきにする知的下剋上が起こりつつある。
大事なことは「どこで戦うか」だ。
「考える」だけで勝負できる世界が存在する。
芸人の世界がそうだ。
学歴や知識に関係なく、思考力のある人材であれば一気にトップクラスの戦場におどりでることができる。逆に医者や弁護士・学者の世界は「学ぶ」フィールドだ。
確立された理論がまだ存在しない戦場では「考える」しかない。
考えた者が勝利する。
あなたの前に、決まったルールや理論が存在しない戦場が広がっているのであれば、あなたは思考力を磨き、そこで存分に戦ううべきだろう。
これが著者の結論である。
  
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2015年11月14日

野矢茂樹『哲学な日々』を読む

哲学教授による日々の哲学的話題が、やしさくやわらかく、そしておもしろく書かれている。
副題は「考えさせない時代に抗して」である。
本書からきょうみぶかいところを上げてみよう。
生きることを、目的とか意義とか価値とかといった言葉で語るのではなく、その味わいにおいて語る。
これこそ大人の態度であろう。
不測の事態は必ず起きる。
そんな時、スピードと効率だけで前のめりに行動していると視野が狭くなり、柔軟性を失う。
だから、哲学が必要なのだ。哲学は「いったいこれは何なんだ」と、自分のやっていることを問い直す。
立ち止まって自分を問い直す哲学の姿勢を身につけてほしい。
なぜ自殺をしてはいけないのか。理由などない。
生きるのに理由を求めること自体が、すでに病んでいるのだ。
理屈で生きるわけではない。
生きる意志は私たちの内にもともとあるものだ。
動物は自殺しない。人間だって動物だ。
人間は本来無一物である。
無力な人間が努力してパワーアップしていく。
そうした足し算の思想ではなく、人生は引き算の思想が大切だ。
丸裸の自分に立ち返ることできれば、そこに十分な力が現れてくる。
論理的ということは、言葉と言葉の関係をつかむことである。
そしてきちんと関係づけられた言葉を使えることが大事だ。
問いに答える、相手のいうことに賛成・判定する、述べたことに対して説明する。
これらはどれも言葉の関係であり、言葉と言葉をうまくつなぐことが論理的といわれる。
逆に言えば、問いを無視する、賛成も反対もしないでスルーする、説明不足なんか気にしない、ということが非論理的ということだ。
論理的に話す上で大事なのは、接続詞である。
「だから」といえば結論だとわかる。
「しかし」といえば逆のことを言おうとしている。
「しかも」とつなげば何かさらにつけ加えることだ。
仲間内の言葉しか話せないと「よそ者」とコミュニケーションができない。
論理的でない人は仲間内の言葉しか話せない。
仲間内の言葉しか話せないと、「よそ者」を切り捨てて排除することになる。 
それは危険なことだ。知識や考え方をあまり共有していない外部に向けて発信できる強靭な言葉を持たなければならない。
だからこそ、論理が必要なのだ。
論理的な文章を書くには、第1に読む人間をリアルに感じることだ。
自分はよくわかっていることを書く。
しかし、読む人はそうではない。
このギャップに無頓着だと、伝えたいことが相手に伝わらない。
自分が分かっていることを、それを分かっていない人の視線で見つめながら、書かなければならない。
そして、ここが肝心なのだが、読んでくれる人は物分りの悪い人でなければならない。
物分りのよい人は、あなたの文章を難なく理解してしまう。
自分の文章がいかに理解されないか、いかに誤解されてしまうかを、うんざりするほどたくさん経験していなければならない。
この経験があなたの文章をきたえてくれる。
考えることは雨乞いのようなものだ。
こうすれば必ず答えが降りてくるというマニュアルなどない。
答えが閃くのをひたすら待つ。
そして雨乞いの儀式のように、天井を見上げたり、コーヒーを飲んだり、散歩したりする。
論理的に考えるなどというが、論理は考えることとは違う。
考えることは答えに向けて飛躍することだ。
それに対して、論理は雨乞いのための下準備である。
問題を整理し、分析して考えるための下ごしらえを整える。
考える技術とは、どうやって答えを閃かせるかではなく、いかにうまく問を立てるかという、問う技術なのだ。
哲学で一番かんじんなことは、「自分たちの問題を自分たちで考える」ということだ。
哲学は妄想力と論理力で議論を構築していくしかない。
もしあなたが妄想力と論理力に自身がある妄想論理派なら、あなたは哲学に向いている可能性がある。
以上が本書の骨子だが、論理的に話すこと、論理的な文章を書くこと、そして考えるとは何か、本書を読むとそんなヒントが得られるだろう。
  
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2015年11月13日

シカの食害対策で石川県と福井県が県境紛争

シカの被害で石川県と福井県が対立している。
以下11月12日付読売新聞「シカ対策 にらみ合う隣県」参照。
福井県のシカの急増に危機感を抱いた石川県が、県境に柵を設置する計画を明らかにしたところ、福井県が「県内の繁殖に拍車がかかる」と反発。計画は1年以上も宙に浮いたままだ。
石川県は約50キロの県境のうち、シカの食害が確認されている石川側の24キロに、高さ2メートルの柵を設置し、福井川から越境するシカの被害をくいとめようとした。
しかし、事前連絡を受けていなかった福井県は、「県境の封鎖を意味し、福井の被害がさらにふくらむ。石川だけよければいいのか」と計画の撤回を要求。
もともとシカの多かった福井県では、2004年に約1・6万頭だった推定生息数が、2013年には3・5万頭に急増した。
暖冬で雪がへって小ジカの死亡率がさがったり、狩猟者がへったりしたためとみられる。
農作物の被害額は2009年には1642万円にものぼった。
石川県のシカの推定生息数は、2014年度は2800頭と2012年との2・5倍。石川県は福井県からの流入が原因とみて、「いまの内から対策を立てておかないと手おくれになる」と今回の計画を立案した。
両県はこれまで7回の協議をかさねてきたが話し合いは平行線。
広範囲で活動するシカ対策は、自治体間の広域連携が常識だ。野生獣にくわしい大井徹・石川県立大教授はつぎのように話している。
「一大繁殖地となっている福井県でのシカ対策の成否が、北陸全体に影響する。一刻の猶予もならない。
両県が共同で生息範囲や移動状況を調べて情報を共有し、統一した捕獲計画を立てて実施することが必要」
以上が読売の記事である。
ふえつづけるシカの被害対策は日本全国どこでも深刻だ。
環境省の調査では、1980年代は全国で2―3万頭程度であったのが、2012年度には46万頭を超えている。
イノシシも1990年代後半までは10万頭以下だったのが、最近は40万頭前後で推移している。
環境省はこのままでは全国のシカの生息数は2023年には400万頭になると試算している。
また、多産で繁殖力の強いイノシシも、シカ以上に急増する可能性が高い。
オオカミのいなくなった日本の森で、シカやイノシシを捕食できるのは人間だけだ。
ところが、全国的に狩猟者がへってきている。
2012年度の狩猟免許保持者は約18万人。
1970年度の53万人から6割へった。
10年後は狩猟者が地域からいなくなる恐れも出ている。
シカの食害は農作物だけではない。
森林の生態系にまで影響をあたえている。
希少植物の絶滅や、それを食べている草食動物の絶滅も危惧されている。
さらにシカに寄生するマダニによる感染症もひきおこされている。
しかし、漁師の千松信也はつぎのように書いている。
いまの状態は明治以降、シカやイノシシを劇的にへらしてきたからこそ成立していた一時的な状態ではないのか。
この100年が特殊な時代だったのだ。
われわれはオオカミもシカもイノシシもいない森の姿を「本来の自然」だと思って暮らして来たのではないかと(『けもの道の歩き方』)。
  
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2015年11月12日

北野武『新しい道徳』を読む

昨今、政治家がやたらと「道徳教育」の必要性を強調する。
それ対してたけしは冒頭から、「道徳がどうのこうのという人間は、信用しちゃいけない」とかます。
安倍政権批判だ。
いろんな価値観があれば、いろんな道徳がある。
それを「これが道徳だ」と、ひとつの価値観をおしつけるのは間違いだ。
人間の頭にまで手を突っ込むことをしてはいけない。
どうして人間には道徳が必要なのか。
なぜ人は道徳を守らなければならないのか。
道徳教育をやりたいなら、子どもたちにそういうことから考えさせなきゃいけない。
道徳は国の道徳も学校の道徳も相似形だ。
子どもに仲良くというなら、国と国も仲良くしなくてはいけない。
いかなる理由があってもケンカしてはいけないと子どもに教えるなら、いかなる理由があろうとも戦争は許されないことになる。
ところが大人は子どもに、学校の道徳と国家の道徳は別物だという。
戦争は必要悪だとか、自衛のためには戦争も必要だという。
しかし、戦争が必要悪だと考える大人が、子どもにケンカをするなと教えるのは筋が通っていない。
それは泥棒の親が、自分の子どもに泥棒をするなと教えるのと同じことだ。
いまの社会はいい大学をでて成功をして、金持ちになってぜいたくなくらしをするーそれが大人が子どもに教えるユメの中身だ。
子どもの鼻先にユメというニンジンをぶら下げているわけだ。
ユメをおいかけるということは、明日のために今日を犠牲にすることだ。
人が本当に生きられるのは、いまという時間しかない。ユメなんかなくても、この世に生まれて、生きて、死んでいくだけで人生大成功だ。
ゼイタクと幸福とは別物だ。
つつましく生きても、人生の大切な喜びはすべて味わえる。
道徳というのは社会秩序を守るために作られた決まりごとだ。
それは支配者が社会をうまく支配していくために考えだされたものだ。
道徳は時代によって変わるし、社会によっても変わる。
だれが変えるかというと力を持っているやつだ。
道徳というのは権力者のつごうで変わるものだ。
いつの時代も、どんな人間にも通用する絶対的な道徳などというものはない。
道徳は相対的なものだ。
それだけは頭に入れておいた方がいい。
そして庶民にとっての道徳とは、自分が生きている社会の中でつごうよく生きていくための術である。
道徳と良心は別のものだ。
良心を育てるために、道徳教育があるわけではない。
道徳を身につけるのは、人生を生きやすくするためなのだ。
人はそれぞれなんだから、道徳は自分で作るに限る。
自分なりの道徳とは、自分がどう生きるかという原則だ。
いわば哲学である。
たとえば、友だちなんて無理して作らなくていい。
友だちがいなくても幸せに生きているやつはいくらでもいる。
また、人生に目的なんかなくていい。
人生の目的を探すより、自分が夢中になれるものを見つけることが大切だ。
そして、道徳の土台にあるのは「メメント・モリ」だ。
ラテン語で「死をわすれるな」という意味だ。
死について考えることは、生について考えることだからだ。
ひとに何かを伝え理解させるのに必要なのは、巧妙な話術ではなく、伝える側の本気度だ。
道徳ってのはだれが、どんな気持ちで話すかが重要なのだ。
大人が心にもないことを言っている限り、子どもには伝わらない。
子どもの道徳子教育で一番大切なことは、本音で話すということだ。
そして、ほんとうに必要な道徳教育は、子どもたちにできるかぎりの真実を教えてやることだ。
人間の抱えている矛盾や問題をゴマかさずにだ。
以上がたけしがこの本で言っていることだ。
道徳を論ずることはむずかしい。
なぜなら、道徳とは何かが明確ではないからだ。
たけしも本書で道徳とは何か明確に述べていない。
だから書いてあることは、ときにマナーであったり、社会ルールであったり、人生哲学であったりと混乱している。
私見では道徳とは支配者による「期待される人間像」のようなものだ。
それゆえ、たけしが言うように「道徳がどうのこうのという人間は、信用しちゃいけない」のだ。
北野武の本を読むのは初めてだ。
しゃべっていることにくらべて、書くことは以外とまともだなと思った。

  
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2015年11月11日

自治会について考える(13)ー文化祭

文化祭には作品をみるために、あるいは芸能発表を楽しむために、そして模擬店で昼飯をたべるために大勢の人が訪れる。
だれがどんな作品をだしているか。
地域の人たちには作者の顔がわかる。
だから、そこここに、何人かの輪ができて作品評でもりあがる。
さらに、作者が会場にいると、作品について解説をしてくれるのでいっそう話がはずむことになる。
工夫を凝らしたゲーム、30年ものの杉・黒松の盆栽、クロスステッチの刺しゅう、プリザーブドフラワー、オシャレナな布製バッグ、千ピースのジグソーパズル等々、どの作品も見ても力作ぞろいで見あきることがない。
作品展を見た後は和室にうつり、お昼におにぎりやおでんを食べ、ビールや酒を飲んでくつろぐ人も多い。
子ども連れで来る若い夫婦は、模擬店でお昼をすませる人もいる。
特にみたらし団子やおでんは好評である。
200食用意したのがほぼ完売したという。
ハーブティつきの手作りの野菜入りケーキも人気ですべて売りきれたという。
また、茶道教室によるお茶席は、着物を着たメンバーによる本格的なおもてなしで、抹茶につく和菓子も高級なものでおいしいと評判である。
2日目の午前と午後は、舞台での芸能発表会を堪能する。
子どもたちの和太鼓にはお母さんたちが応援に駆けつけている。
若いおかあさんたちのコーラスは、ジブリのメドレーやふるさとなど、だれもが知っている歌が多く、会場でも口ずさんでいる人も多い。
また、平均年齢70歳の老人のフラダンスは、笑顔を絶やさず、手で物語を表現するレベルが高い踊りで、ほんとうにみごとなものだ。
今年は約500人の地域の人が文化祭に来場し、作品を鑑賞し、芸能発表を楽しみ、模擬店の食事でくつろいでくれた。
これだけたくさんのひとが参加してくれると、主催者である自治会・地区社会協議会としても大いにやりがいを感じる。
何度も書くことになるが、自治会長を引き受けてみて、地域に繰り広げられる多彩な人間模様を知り、地域の豊かさとたくましさ、さらに奥深さとオモシロさを実感する。
文化祭というイベントは、盆踊りとならび、地域にくらす人たちとの「顔の見える関係」をつくるうえで、自治会にとって欠かせない行事であると改めて認識している。
  
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2015年11月10日

自治会について考える(12)ー文化祭

10月31日(土)と11月1日(日)は当団地の恒例の文化祭である。
毎年文化祭は自治会と地区社会協議会の共催で実施している。
文化祭は盆踊りとならんで当団地の2大イベントである。
わたしたち自治会がモットーにしている「であい、ふれあい、つなぎあい」をつくる最大のチャンスで、地域の「顔の見える」関係作りにかかせないものである。
文化祭のメインは第1に作品展である。
自治会が住民によびかけて展示作品を募集する。
今年は100人の住民から170点のさまざまな作品がよせられた。
子どもから老人まで幅広い年代から作品がよせられて会場を華やかに彩る。
写真・絵・彫刻・俳句・盆栽・書・編み物・陶芸・飾り物・等々、多種彩々である。
そのどれもが玄人はだしのみごとな作品である。
地域に住む人たちの多芸多才ぶりにはほんとうに目をみはるものがある。
たとえば、絵でも油絵・日本画・水墨画・水彩画・ボールペン画・廃棄物利用画・七宝焼き絵・押し花絵・スケッチ・仏画・色鉛筆画・版画・など、じつ多彩な絵が飾られている。
第2に芸能発表会がある。
これも住民に呼びかけて発表するグループや個人を募る。
和太鼓・民謡・詩吟・津軽三味線・日本舞踊と、日ごろの趣味の活動できたえた芸を披露してくれる。
さらに、コーラス・フラダンス、それにカラオケのど自慢などもある。
第3に模擬店がある。
これは地区社会協議会が中心になって準備する。
憩いの家の庭でみたらし団子を焼き、おでんを作る。
さらに、ハーブティつきの手作りケーキを用意し、おにぎり・ビール・酒まで準備してある。
和室では無料のお茶席も用意される。(続く)
  
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2015年11月09日

自治会について考える(11)−福和教授講演会

11月8日(日)は、自治会主催で名古屋大学の減災連携研究センター長・福和伸夫教授をお招きして講演会を行った。
演題は「地域ぐるみで震災に備える」。
福和教授は防災・減災の研究者としてテレビ・ラジオにも出演している有名な研究者である。
また、講演は「わかりやすく、おもしろく、そしてためになる」と評判である。
大学の教授をよんで講演会を開催するのは当団地では初めてである。
幹事会でいろいろと検討して、白羽の矢をたてたのが防災・減災研究者の福和教授だった。
当日の講演には朝からの雨にもかかわらず、80ほどの人たちが参加し、熱心に福和教授の話に耳をかたむけた。
「これから嫌なことばかり話します」
「私の話は8割のひとは分かってくれるけど、のこり2割の人は怒りだします」
「私をよぶかぎりは、家具など全部固定して地震対策を万全にしていると思ったら、この自治会では何もやっていない。
人のおせっかいばかり考えている集団だ」。
冒頭から福和教授の話術がさえわたり、会場は爆笑の渦にのみこまれた。
期待した以上の話のおもしろさである。
わたしがさすが科学者だなと思ったのは、歴史を災害の視点からとらえていることである。
たとえば、1923年の関東大震災は10万人が被災死し、日本社会に甚大な被害をあたえた。
その関東大震災が昭和恐慌をひきおこし、昭和恐慌から脱却するために戦争を始める。
そして、1945年の濃尾地震で兵器工場が壊滅し戦争が終わる。
地震のために戦争が起き、地震のために戦争に負けたというのだ。 
こうした見方は、歴史学者にはない視点であり新鮮であった。
現代の火山噴火や地震のおき方は、9世紀の貞観地震のころとよくにている。
東南海地震が発生し、社会が大きく変動した。
浄土信仰もそうした天変地異に社会変動を背景に生まれた。
ちょうど1000年たって、同じような大地動乱の時代に突入している。
これから30年の間に70%の確率で南海トラフ地震が発生する。
その時、高層建築物がいかに危険か。
埋立地の地盤がいかに軟弱か。
元の地名によって家を建てていい場所、いけない場所は予測できるという。
名大減災連携研究センターは20122年の東日本大震災後に、福和教授らの働きかけで名大に誕生した研究所である。
減災→克災→ルネサンス(地方創生)のためのシンクタンクをめざすものだ。
地域力とは「人材力+資源力+情報」だという。
豊富な資料を利用した講演は、まさにわかりやすく、おもしろく、そしてためになる話で、講演会は爆笑ではじまり、爆笑で終わった。
講演をきいた地域住民からは、はやくも次も福和教授に来てもらいたいという声が上がってる。
こんど来ていただくときは、耐震対策をきちんとししたうえで来ていただきます。
  
Posted by sho923utg at 09:06Comments(0)TrackBack(0)