2017年11月13日

森本あんり『宗教国家アメリカのふしぎな論理』を読む

「富と成功」の福音と「反知性主義」がトランプ現象の背景にある。
大統領選挙ではキリスト教徒の大多数がトランプを指示した。
「富と成功」の福音の論理から、トランプは成功しているからきっと神が祝福しているに違いないという理屈になる。
トランプは反ワシントン・反ウォールストリートによるエスタブリッシュメントへの攻撃、知性と権力の結びつきに反発する反知性主義で民衆の支持を集めた。
アメリカ大統領にはしばしば「愚か者」が選ばれる。
2000年の大統領選挙ではゴアとブッシュが争った。
ゴアはハーバード大卒の秀才だが、国民が選んだのはブッシュだった。
その前は2流の俳優で政治家としては無能だと思われていたレーガンが大統領に選出された。
1952年の大統領選挙では、スティーブンソンとアイゼンハワーが争った。
スティーブンソンは祖父が副大統領を務めた名門出身で、プリンストン大卒業。
対するアイゼンハワーは名将だが、知的に凡庸で、演説も下手、政治経験ゼロ。
選挙で投票したこともない。
だが大衆は「アイ・ライク・アイク」と連呼し、彼の圧勝となった。
反知性主義はこの時の大統領選挙を背景に生まれた。
19世紀前半のジャクソン第7代大統領。
無学で地元の人々は「あの悪党が大統領になれるならだれでもなれる」といわれた。
対立候補からは「ロバ」といわれた。
ロバは「まぬけ」「とんま」の意味だ。
そのロバが今や民主党のキャラクターとなっている。
対立候補のアダムズは再選を狙う現職の大統領。
父は第2大大統領ジョン・アダムズ。
彼はハーバードの教授も務めたインテリである。
この時の大統領選挙から一般人が投票に参加出来るようになり、リバイバル集会並みの大衆動員の大掛かりな大統領選挙が行われた。
結果はジャクソンの大勝利であった。
その後ジャクソンは八面六臂の活躍で、彼の時代はのちに「ジャクソニアン・デモクラシー」と呼ばれた。
アメリカを偉大にしてきたのは人権や民主主義を普及するといった大義名分があったからだ。
大義名分があったからこそアメリカのパワーとヘゲモニーは国際的に認証されてきた。
アメリカを偉大にしてきたのは経済力や軍事力だけではない。
目的の正統性である。
ところが、トランプ大統領は正義や人権・平等といった理念を棚上げして、国内経済さえ潤えばいいという「アメリカ・ファースト」である。
そもそもなぜ彼は大統領を目ざしたのか。
大統領として何かすることよりも、選挙に勝ち自分が世界に認められることだったのではないか。
アメリカを特徴づけるのは「自由意思崇拝」すなわち「なんでもできる精神」である。
自由意思崇拝は自己責任論と直結している。
「やろうと思えば何でもできる」の裏返しは、「できないのはやる気がないからだ」となる。 
なぜアメリカはそこまで意志力を崇拝するのか。
それはアメリカが意志の発動で作られた国だからだ。
つまり国家そのものが意志の産物なのだ。
どこの国でも長い歴史を背負って国家を形成する。
だが、アメリカは歴史に足を取られることなく国家形成することができた。
アメリカでは「神の前の平等」という宗教的信念により平等主義の倫理が確立した。
その平等主義がエンジンとなって、反エリート・反権威の精神が形成されてきた。
ポピュリズムとは代議制民主主義の「影」であり、ある種の宗教である。
ポピュリズムは特定の問題について賛否を問う。
二者択一は「悪に対する善の闘争」という宗教的二元論に陥りやすい。
市政の人々もこれを歓迎する。
日常の不満をそこにぶつけることができるからだ。
かくして人々は主体的政治参加を実感することができる。
だが政治は単一主義ではなく多元主義である。
だが、部分が全体を僭称するとき、暴走して全体主義へと一歩を進める。
今日、正統性の浸食が世界的に拡散している。
人々はインターネットでいつでも政治にアクセスできる。
人々は正統である必要を感じず、「みんな違ってみんないい」のだ。
だから現代はあらゆる局面で「権威」の失墜「正統」の弱体化を招いている。
進歩・自由・人権はそれぞれ民主主義の大事な構成要素だ。
それらが単独で暴走した結果、新自由主義・ポピュリズムに変質して民主主義を蝕んでいる。
その先にあるのは理念や目的を欠いた場当たり的ポピュリズムの支配である。
会社でいえば利益だけ追求する経営である。
正統とは社会全体を支える基礎的信頼関係のことである。
人は金儲けだけで生きているのではない。
自分が社会の役に立っている意識を持つことが大事だ。
そこに「正統」の根拠がある。
正統を担う人たちが社会を変えると著者は結論している(完)。


Posted by sho923utg at 18:52│Comments(0)