2019年03月31日

民主主義に天皇はいらない=平成の終わりに元号を考える

次の文章は、月刊誌『むすぶ』201年93月号に
「平成の終わりに元号を考える院疚閏膽腟舛氾傾沈は共生できるのか」
として掲載した文章です。

民主主義に天皇はいるのか。
民主主義と天皇制は共生できるのか。
かつて作家の小田実は、「民主主義に王様はいらない」と題し次のように論じた。
「異質なものとの対等、平等、自由な共生の人間関係、それに基づいた社会ーそれこそを、私は「市民社会」と呼ぶのだが、そうした「市民社会」は、血筋、出自、貧富、文化その他さまざまなものに基づいた特権とそれがつくり出す差別を排除した社会だろう。…
ここでの基本は、そこにあるのがどのようにすばらしい王様であろうと、あるいはそれがただの「象徴」にすぎないものであっても、そうした超越的存在はいらないーにつきる。
さらに簡単に言えば、民主主義に王様はいらない」
(『世界』一九八九年四月号)。
小田は「昭和」から「平成」への改元時に、民主主義日本に天皇はいらないと論じた。
評論家の菅孝行も次のように書いている。
「君主個人の人格がどれほど優れていても、君主制が正しいということにはならない。
制度と人格は峻別すべきだ…君主制を認めることは、人間の尊厳は平等でなくてはならないという近代が生み出した思想に背反する」
(『三島由紀夫と天皇』)。
戦後を代表する思想家・丸山真男は、天皇制について次のように記している。
「敗戦後、半年も思い悩んだ揚句、私は天皇制が日本人の自由な人格形成ー自分の良心に従って判断し行動し、その結果にたいして自ら責任を負う人間、つまり「甘え」に依存するのと反対の行動様式を持った人間類型の形成ーにとって致命的な障害をなしている、という帰結にようやく到達したのである」
(『丸山真男集』第一五巻)。
丸山の文章は、日本社会に蔓延する無責任・無反省・無計画・無思考…の根源に天皇制があるとの指摘である。
笠井潔が「ニッポンイデオロギー」とよぶものだ。
空気による支配、無責任と自己保身、不決断と問題の先送り、その場しのぎの泥縄式方針、現実への無批判な追随、希望的観測、妄想的自己過信、…アジア・太平洋戦争で国民を奈落の底へと突き落とし、二〇一一年の福島原発事故で再現されたものである。
その根底にあるのが天皇制であることはいうまでもない。
日本国憲法一四条は「法の下の平等」をうたっている。
「人種、信条、性別、社会的身分、又は門地により」差別されないとする。
人種・性別・門地などは自分では選べない。
憲法一四条はそういう自分では選べないことで差別されてはならないとしている。
だが天皇は門地(家柄)によってしか天皇になれない。
それも正式に結婚した「男系の男子」だから、性別による差別にもなる。
む日本人は「門地」でしばられた「世襲」の天皇を、自分たちの生き方の「象徴」として生きていることになる。
天皇制のなかにまぎれもなく差別がある。
天皇制を尊重しない人は日本の伝統・文化・歴史を大切にしない人だとされかねない。
日本の文化や歴史を批判する人は日本人ではないとされる。
さらには天皇という「象徴」で「統合」されている日本人が、統合されない人々を排除する。
「日本国民統合の象徴」である天皇制は、その半面で社会のなかに排除を生み出す装置でもある。
国民は天皇を「象徴」という非人間的地位に置くことで彼の基本的人権を侵害してきた。
天皇(皇族)は政治活動の自由だけでなく、婚姻の自由も職業選択の自由も制約されている。
特権的存在であると同時に隷従的存在であり、非人間的な生を強いられた存在だ。
天皇を「天皇制から解放」する必要がある。
「国民統合の象徴」なる非人間的地位を廃絶し、天皇・皇族を自由な人間として復権させなければならない。「人の上に人を作り、人の下に人を作るシステムの外に出る道筋を探ることをなしに未来への一歩は踏み出せない」
(『菅孝行・前掲書)。
明仁の退位は「天皇の天皇による天皇のための退位」であったが、天皇退位問題について、佐藤優は『「日本」論』でつぎのように書いている。
「天皇の生前退位が議論されていた中で、日本の共和制について主張する人は、一人もいません。…
共和制論者が一人もいないのは、諸外国から見ると、かなり不思議に見えるはずです。
すでに、全体主義が完成しているようにも見えるでしょう」
佐藤は四〇年前なら天皇退位問題で、社会党や共産党が共和制を主張しただろうという。
佐藤がいうように、天皇退位問題は立憲君主制か共和政かという、日本の将来にふかくかかわる大問題である。
奥平康弘は
「天皇制は民主主義とは両立し得ないこと、民主主義は共和制と結びつくほかはない」と論じている
(『「萬世一系」の研究』)。
ところが昨今、リベラルから天皇への期待が高まっている。
彼らは象徴天皇は「護憲の天皇」であり、平和や民主主義をまもる戦いの先頭に立っていると評価する。
そして、脱原発や改憲阻止の言動を天皇に期待している。
しかし、これでは戦前の右翼と同じではないか。
なぜ戦前の右翼が焦れるほどに天皇に熱い期待をしたのか。
政治が機能しなかったからだ。
民衆の過酷な生活を救うために、右翼は「無垢なる天皇」に改革を期待した。
民主主義や政治への幻滅が、「天皇の政治利用」に道をひらくことは歴史の教訓である。
なぜ天皇が生き残ったか、歴史学でも論争になっているが、わたしの結論はかんたんだ。
日本の歴史上「革命」がなかったからだ。
島国日本は「ぬるい社会」だ。
本格的武力統一戦争もなければ、宗教戦争もない、本土を焦土とするような対外戦争も革命もない。
そうした「ぬるい日本」では天皇制は政治的利用価値があったのだ。
「祭祀の王」とか「情報・文化の王」とかいうが、要はその時々の支配者にとってつごうよく利用できたということなのだ。
だから天皇制は生きのびてきた。
戦後の日本国憲法は、天皇は国事行為のみを行い、国政に関する権能を有しないと規定した。
なぜ憲法が天皇の政治的行為を禁止したのか。
天皇が時の権力者によってつごうよく利用されてきた歴史を反省したからだ。
だが戦後の象徴天皇制以降も「天皇の政治化」は止まらなかった。
昭和天皇が戦後も政治的に暗躍してきた事例は枚挙にいとまがないし、現天皇の象徴的行為も時の政治権力の期待に応えて政治的役割を担ってきた。
「戦後の象徴天皇制は、アメリカの核戦略に忠実な番犬として、日本の安保・原子力政策と同伴し、それを権威づけてきた。
そして、そんな対米従属国家日本の恥部というべき真の姿を、非政治を偽装したイチジクの葉で包み民衆の目から覆い隠す役割を担った」
(中嶋啓明・週刊金曜日二〇一三年一二月一三日号)。
私は民主主義と天皇制は共生できないと考える。
それゆえ民主主義に天皇はいらない。 (2019年3月号)


Posted by sho923utg at 18:41│Comments(0)